逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第02話『号泣オイフェ』

 

「──そろそろ戦場を経験するのも悪くはないだろう。ただし、戦うのはまだ早い。しばらくは私のそばにいて、相談相手に──」

 

 朧気な視界。

 頭にモヤがかかったような、曖昧な思考。

 温い湯の中に浸かったような、気だるい感覚。

 

「──オイフェ?」

 

 ああ、懐かしい声が聞こえる。

 兄と慕った、あの人の声……。

 

「オイフェ、どうした? 急に押し黙っちまって」

 

 尊敬する、あの先輩の声も聞こえる。

 いや、私が勝手に先輩扱いしていただけで、彼らは私を後輩とは思っていなかったのかもしれないが……

 

「オイフェ、聞いているのか?」

 

 ああ、この声は、アレク殿だ。

 キザで、女癖が悪い、それでいて、芯は熱い男。

 尊敬する、シアルフィの騎士。

 

「オイフェ」

 

 そして、シグルド様の、両翼の一人。

 緑の翼を持つ、熱い魂を持った男。

 

「オイフェ!」

「ッ!?」

 

 びくりと、身体が跳ねる。

 雷に打たれたような衝撃が、身体中に駆け巡る。

 

 そして、私の中にあったモヤが晴れた。

 

「アレク……殿……?」

 

 目の前に、アレク殿の姿。

 そしてアレク殿の後ろには、あの人──シグルド様の御姿が──

 

「あ、ああ……!」

 

 再び、視界がぼやける。

 涙で、前が見えない。

 でも、大きな、大きなシグルド様のお姿は、よく見える。

 

「シグルドさまぁ!」

「オ、オイフェ?」

 

 思わず、シグルド様の胸に飛び込む。

 年甲斐も無く、涙と鼻水を垂れ流しながら。

 

「シグルドさま! シグルドさまぁ! シグルドさまぁ!!」

「オイフェ、一体どうしたんだ」

 

 ああ、シグルド様の匂いだ。

 シグルド様の、大きくて、強くて、優しいお身体。

 大好きな、大好きなシグルド様!

 

「う、うぅぅ~! シグルドさまぁ……シグルドさまぁ……!」

「オイフェ……」

 

 これは、夢だ。

 いや、私は、あの時、死んだのだ。

 だから、これは死後の世界。

 シグルド様がいる、死後の世界だ。

 

 シグルド様の手が、私の背中をさすってくれる。

 それが、どうしようもなく、暖かい。

 まるで、あの時のように──。

 

「シグルド様、リューベックの約束、覚えていますか? 私を迎えに来てくれる、あの約束を!」

「な、何を言っているんだオイフェ」

「シャナンと私が、どれほどあの約束を信じていたか! ああ、ひどいです、シグルド様!」

「オイフェ、落ち着いてくれ。お前が何を言っているのか」

「褒めてください、シグルド様。私は、セリス様を、立派に──」

 

 感情が、溢れて止まらない。

 ああ、それにしても、私は何を言っているのだろうか。

 あの約束は、私達を落ち延びさせる為の、シグルド様の優しい嘘だったじゃないか。

 それを責めるなんて、できるはずもないのに。

 

「アレク。お前がオイフェを連れてきたんだろう。一体どういう事なんだこれは」

「そ、そんなこと言われてもよノイッシュ。俺にも何がなんだか……おいアーダン! お前がなんか変な事を吹き込んだんだろ!」

「なんで俺なんだよ。ノイッシュ、お前が何か怖がらせるような事を言ったんじゃねえのか?」

「私がそんな事するわけないだろう。やはりお前が何か怖がらせるような事をしたのではないのか?」

「アーダン。お前固い、強い、遅い、ブサい上に怖いとかどんだけ盛るつもりなんだよ」

「固い、強いってのはいいけど遅いってのは気にいら……最後何て?」

 

 懐かしい声が聞こえる。

 アレク殿、ノイッシュ殿、アーダン殿。

 シアルフィの、若い騎士たち。

 ああ、みんな、あの頃のままだ。

 あの頃の……

 

 あの頃の?

 

「……オイフェ。初めての戦場だ。お前が混乱するのも無理はない」

「シグルド様……?」

 

 ふと、違和感を覚える。

 顔を上げると、シグルド様の困惑しきった表情が見える。

 

 ……顔を、上げる?

 

「あ、あれ?」

 

 私はシグルド様から離れ、自身の手を見る。

 シワだらけだった手は、十代の頃の瑞々しさを取り戻していた。

 

 顔を触る。

 張りのある肌。

 口髭がない。

 

 周りを見回す。

 困惑した、アレク殿達の姿。

 そして、シグルド様の姿。

 

 壁面にかけられた、鏡を見る。

 そこには、あの頃の、十四歳だった私の姿が……。

 

「アレク。やはりオイフェにはまだ戦場は早かったようだ。オイフェは、このまま城に残らせるよう──」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 待て。落ち着け。

 死後の世界にしては、あまりにも生々しい感触。

 これは、一体どういうことなのだ?

 

「……あの、ひとつ確認したい事が」

「何をだ、オイフェ」

 

 ……いや、まさか。そんな。

 これは、夢でもなく、ましてや死後の世界でもないというのか。

 

「あ、あの……」

 

 ならば、確認しなければならない。

 夢でもないのなら、きっと今は……

 

 涙を拭い、しっかりとシグルド様を見る。

 あの頃の、シグルド様を。

 

 

「今、グラン暦何年ですか?」

「は?」

 

 

 




シグルド様のお世話くらいできます……////

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