逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第16話『腹黒オイフェ』

 

 私は、あなたが羨ましい──

 

 グラン歴777年

 アルスター城

 

 度重なる過酷な逃亡の果て、レンスター王家の遺児であるリーフ王子がフィアナ村にて挙兵し、マンスター地方での果てなく苦しい戦いを始めてから一年。

 マンスター地方での戦いの節目ともいえるアルスター攻略を、同じくイザークにて挙兵した光の公子、セリス率いるユグドラル解放軍が成し遂げ、共に解放軍の旗頭として亡父の無念、そして世界の命運を背負った二人の少年はこのアルスターにて出会うこととなる。

 従兄弟同士でもあるセリスとリーフは、互いに尊敬の念を持って接し、この苦しく辛い戦いの苦労を分かち合う。

 

 そして、リーフ王子率いるレンスター解放軍はマンスターへ。

 セリス公子率いるユグドラル解放軍はコノートへと、それぞれ軍勢を向ける事となった。

 

 

「フィン殿、こちらにおられましたか」

「……オイフェ殿」

 

 アルスター城の中庭。

 リーフ軍の軍師である元ブラギの僧侶、アウグストと今後の戦略方針を詰めていたオイフェは、入念な打ち合わせが佳境に入り、アウグストから小休止の申し出を受け軍議が行われていた部屋から退出していた。

 どこかで一息入れるかとふらりと城内を歩くオイフェ。すると、中庭に備えられた長椅子に一人座る、レンスターの騎士、フィンの姿を見留めた。

 

「隣、よろしいか?」

「……ええ。どうぞ」

 

 オイフェはフィンの隣へ腰を下ろす。

 西に傾いた朱い陽の光が二人を茜色に染める。

 共に幼い主君、いや主君の遺児を守り育てて来た忠臣。

 分かち合える苦労は、それこそセリスとリーフの比ではない。

 オイフェとセリスと違い、フィンとリーフに安住の地は無かった。いや、ティルノナグに落ち延びてからも、帝国の魔の手が度々迫り、危うい局面も多々あった。

 だが、それでもオイフェ達はティルノナグを追われる事はなかった。ともすれば安全な場所で、着々と牙を研ぐ事ができた。

 

 フィン達に、それはない。

 フィン達がレンスター落城から今日この日まで繰り返していた悲惨な逃避行。安息の地を得たかと思えば、幾日も経たずに帝国の追手に追われ、計り知れない辛労辛苦を味わう日々。

 リーフの軍師、アウグストから大凡の事を聞いていたオイフェは、フィンが味わった苦難は察するに余りあると、その端正な口元を固く結んでいた。

 

「……」

「……」

 

 横並びになり、それまでの苦労を分かち合うかのように沈黙する二人。

 言葉はいらない。

 ただ、お互いのそれまでを想うだけで、十分だった。

 

 アルスター攻略後、リーフとアウグストに同行していたフィン。

 再会の挨拶もそこそこに、オイフェは直ぐに実務レベルでの協議をアウグストと行っている。数時間にも及ぶ綿密な会合は、解放軍の戦略、戦術、兵站、解放地の統治など幅広い分野で行われていた。

 その場には同席していなかったフィン。軍議に参加していなかった為、こうして改めてその姿を見ることとなったオイフェ。精悍な表情の下に、苛酷な戦いを繰り広げていた騎士の姿を見つめる。

 

 そして、僅かに憂慮するように眉をひそめた。

 

「随分……お変わりになりましたな」

 

 これが、あのフィン殿か。

 

 再会し、フィンの姿を見たオイフェはそう思考する。

 かつてオイフェが知るフィンは、元気いっぱいなキュアンに振り回され、困ったように笑い顔を浮かべていた。キュアンの粗相に頬を膨らませ、エスリンに宥められはにかんだ笑顔を浮かべていた。

 そして、あのノディオンの姫君の前で見せていた、赤らめた顔に嬉しそうな微笑みを浮かべていたフィン。

 

 だが、今のフィンの姿は、喜怒哀楽の感情が全て抜け落ちたような。

 ただリーフを守る為に、修羅の槍を振るう孤高の戦士の姿でしかなく。

 リーフやレンスターの解放軍にとっては、それは頼もしい姿なのかもしれない。だが、かつてのフィンを知る者が見れば、それは恐ろしく“危うい”ものに見えた。

 

 度重なる逃避行の果て、ボロボロとなったレンスターの騎士。壊れかけている彼をつなぎとめているのは、ただリーフ、そして亡き主君への忠誠心……そして、あの美しい金髪の乙女への想いだけだった。

 

「それは、オイフェ殿もでしょう」

 

 無表情にそう述べるフィン。

 口元に視線を受けつつ、オイフェは頬をかきながらフィンへ言葉を返した。

 

「いや、まあ。似合いませんか?」

「いえ、良く似合っています」

 

 とりとめのない会話の後、再び口を閉ざすオイフェとフィン。

 しばらく夕日を見つめていたが、ふとオイフェが思い出すかのように口を開いた。

 

「そういえば、デルムッドにはもう会いましたかな?」

「……はい」

 

 フィンがそう言いつつ、重たい空気を纏わせたのを察知したオイフェ。

 それを受け、ああ、やはりと、柔和な顔を悲しげに歪めていた。

 

『デルムッドはフィンとラケシスの子。そして、ナンナは()とラケシスとの子だ』

 

 アルスターでリーフ軍と合流する前。

 セリス軍の大目付として同行する、かつてシレジアの風の王子と謳われたあの人物から、そう言われていたオイフェ。

 にわかには信じられぬオイフェであったが、今のフィンの姿を見て、それは事実なのだと、言葉にできない確信めいた感情を浮かべる。

 

 あまり、私達のことは、立ち入ってくれるな。

 

 そう、言外に言われたオイフェ。

 アウグストから、フィンとリーフがレンスター落城から今までどのような足跡を辿っていたかを大凡聞いていたオイフェ。

 そして、フィンがレンスターで再会したであろう、かつて愛した人。愛した人が、自分とは別の男の子供を身籠っていた事を、フィンはどのような思いで受け止めていたのだろう。

 ターラで別れた、愛した人。それを、どのような想いで見送っていたのだろう。

 

 重苦しい空気の中、長い息をひとつ吐いたオイフェは、フィンへ努めて明るい口調で話しかけた。

 

「……フィン殿。実は、私は今の歳になっても男女の営みというものを全く知らずにいましてな」

「え……?」

 

 僅かに、無の表情からやや驚いたといった表情を浮かべるフィン。

 それに構わず、オイフェは飄々とした感じで言葉を続ける。

 

「ですので、フィン殿がデルムッド……ラケシス様への想いで苦しんでいるのは、私には分からぬ苦しみです」

「……」

「今の今まで、私の中にあるのは、ただセリス様を立派に育て……そして、グランベルの王として君臨して頂くことだけなのです」

「それは……」

 

 私も、同じです。

 そう言おうとしたフィンだが、オイフェが己の何もかもをセリスに捧げていたという凄まじい覚悟を感じ取り、それ以上口を開くことは出来なかった。

 

「私の幸せは、セリス様です。セリス様の幸せだけが、私の幸せなのです」

「……私は、貴方が羨ましい。私には、そこまでの純粋な思いは無い」

 

 フィンは己の覚悟が足りぬと、オイフェにそう叱責されているように感じ、辛そうに表情を歪める。

 

「我々は、シグルド様やキュアン様を救えなかった」

「……」

「だけど、今はセリス様とリーフ様がいる。共に戦う、頼もしい仲間もいる」

「……そう、ですね」

 

 顔を上げたフィンは、清廉な忠義に身を焦がす、口ひげを蓄えたかつての少年軍師の顔を見る。

 オイフェはすっと立ち上がると、フィンへ貼り付けたかのような笑顔を向けていた。

 

「戦いはまだまだ続きます。ですが、我々は決して一人ではない。その事をどうかお忘れなく」

「オイフェ殿……」

 

 さて、これ以上アウグスト殿を待たせるわけにはいきませんな。

 そう言い残し、オイフェはフィンの前から立ち去っていく。

 壊れそうな自分を、オイフェなりに励ましてくれたのか。

 そう思ったフィンは、オイフェの後姿を僅かな謝意と共に見つめていた。

 

 そして、はっとしたように目を見開いた。

 

(ああ、オイフェ殿は……)

 

 ()()()()()()()()()()()

 キュアンへの想い、リーフへの想い、そして、ラケシスへの想い。それらの想いで、ギリギリで踏みとどまっていた自分とは違い、とっくに壊れていたのだ。

 一度壊れた自分を、セリスへの忠義、そして世界を暗黒教団から救うという使命感で、作り直していたのだ。

 

「オイフェ殿……」

 

 共に聖戦の系譜を懐き、苦難の道を歩んできた者同士。

 だが、決定的に違うその生き様。

 フィンは深く目を閉じると、オイフェが見せた哀しい忠義に想いを馳せていた。

 

 フィンがオイフェの心の奥底に秘める悍ましいまでの怨恨に気付くことは、終ぞ無かった。

 

 

 


 

「皆、楽しそうだ……」

 

 オイフェはシグルドとディアドラの邪魔をしないように、パーティ会場を散歩するようにのんびりと歩いていた。

 シグルドとディアドラの仲睦まじい様子を永遠に眺めていたい衝動もあったが、かつての陽だまりである勇者達の輝かしい姿も見たく、こうしてパーティ会場を回っている。

 

「……?」

 

 ふと、オイフェは壁際にもたれかかり、物憂げな表情を浮かべながら佇む、ヴェルダンの新王であるジャムカの姿を見留めた。

 ヴェルダン王族の正装であるトーブ調の民族衣装を纏ったジャムカは、僅かな供回りと共に黙々とグラスを傾けていた。

 

「ジャムカ王」

「オイフェか」

 

 ジャムカは声をかけてきたオイフェにふっと寂しげな笑みを浮かべる。

 供回りは主君の空気を察したのか、オイフェとジャムカの会話の邪魔にならないように後ろへ控えていた。

 

「……このパーティは、お気に召しませんか?」

「そういうわけではないんだが……俺が楽しんで良い場じゃないからな」

 

 ふと、ジャムカはパーティ会場の中央へと視線を向ける。

 エーディンがアゼルとミデェールに挟まれあたふたしている様子を、眩しそうに目を細めて見つめていた。

 

「ジャムカ王、そのようなことは」

「いや、いいんだ。婚礼では大役を担わせてくれたし、これ以上は自重しておく」

 

 そう言ったジャムカは、手にしたグラスを煽ると、ふうと重い息を吐く。

 

「……その節は、本当に、どう御礼を申し上げていいのか」

「いや、むしろ礼を言いたいのはこちらの方だ。まあ、これを機にヴェルダンが少しでも許されるといいな」

「はい……」

 

 オイフェはジャムカが婚礼時、ディアドラの親族役として共にヴァージンロードを歩いていた姿を思い起こす。

 ジャムカの逞しい腕に手を絡ませ、静々とシグルドの元へ歩くディアドラ。ゆっくりと、花嫁と歩調を合わせていたジャムカ。大事な役割を担った若きヴェルダン王へ、オイフェは混じりけのない純粋な感謝を捧げていた。

 

 王国聖騎士、そして属州総督としてヴェルダンを統治する事となったシグルド。

 その結婚相手となったディアドラ。しかし、その身分は平民、それも素性不明の森の民でしかなく。

 前回では、此度の婚礼とは違い形だけの婚礼を上げていたシグルドとディアドラ。祝福する者達も、シグルド陣営の数名のみという寂しいものであったが、ディアドラの身分にまで気を回す必要はなかった。

 だが、此度の婚礼はシグルドの属州総督としてのお披露目でもある。故に、ディアドラの身分の格をそれなりに整える必要があった。

 得体の知れない端女を妻に迎えるなど、今のシグルドの身分では許されないのだ。

 

 しかし、だからといってディアドラの本当の身分を公にするわけにはいかない。少しでも匂わせるだけで、暗黒教団の魔の手が伸びてくるのは必至であり。

 そこで、オイフェはディアドラをヴェルダン王家の係累として、その身分を捏造する事を計画する。

 属国と成り果てたヴェルダンの新王として、戦後処理を忙しなく働くジャムカの元を訪れたオイフェ。オイフェは徴税の軽減と引き換えにジャムカへこの申し出をしており、戦後復興の為少しでも国庫を潤したいジャムカが断る理由は無く。

 

 こうして、ディアドラはジャムカの亡父が密かに産ませた庶子としての身分を得る。

 立場上シグルドの義兄となったジャムカであるが、征服された国の子女が征服者へ嫁ぐのは周囲からみても不自然ではなく、むしろシグルドと形式的ではあるが縁戚関係となれたのは、ジャムカが国家元首である以上悪くない“取引”であった。

 

 ディアドラ自身は当初、恐れ多すぎるといった理由でこの事を固辞しようとしていた。だが、オイフェにシグルドの妻となるにはこのような形式を踏まなければならないとやんわりと諭され、渋々と頷いている。

 当然、シグルドはシグルドでディアドラの身分がどのようなものであれ、妻に迎えるのは厭わないと鼻息を荒くさせていたが、オイフェ、そしてパルマーク司祭のいつも通りの理攻めの説得により、最終的には首を縦に振り、諸々の手続きの承認を下していた。

 

「オイフェ、めでたい日にまでジャムカ王と悪巧みか?」

「エルトシャン王……いえ、悪巧みでは……」

「いや、冗談だ」

 

 しばらくとりとめのない話をしていたオイフェとジャムカであったが、そこへイーヴを連れ、グラスを片手にしたエルトシャンが声をかける。

 慌てて応対するオイフェに、エルトシャンは色気がある整った顔立ちを柔和に和らげていた。

 

「しかし、公爵家の参列者はシアルフィとユングヴィからしか来ていないのだな……バーハラからは法務官のフィノーラ卿のみ。レンスターからはキュアン達が来ているとしても、少々寂しいな。これは」

「……」

 

 ふと、エルトシャンはパーティ会場を見回すようにさりげなく視線を回す。

 エルトシャンの言う通り、この婚礼に参列した貴族諸侯は多くなく。フリージ、ドズル、ヴェルトマーの貴族は誰一人として参列しておらず、エッダ公爵家からも参列者はいない。

 バーハラ王宮から駆けつけたフィラート卿は、現在旧知であるパルマーク司祭と談笑している。彼は、王宮では中立の立場を保っていたが、心情的にはバイロン……つまり、シアルフィ派に傾いていた。

 

 オイフェはフリージらシアルフィと敵対する公爵家へは一通も招待状を送っていないので、シアルフィやユングヴィ以外の公爵家からの参列者が少ないのは当たり前ともいえた。

 エッダ家に関しては、今後の計画上絶対的な中立の立場を取ってもらわねばならず、あえて招待リストから外している。

 そして何よりディアドラ、アイラ達の姿をフリージ、ドズル、そしてヴェルトマーの者に見せるわけにはいかないという理由があった。

 

 アイラやシャナンについては、現在戦争中のイザーク王族である為、当然ながらその顔を知るものに見られるわけにはいかず。もっとも、元々アイラ達は国家間の社交界に出ることはほとんど無かったので、参列した貴族がその正体を看破することは無かった。

 ディアドラについては言わずもがなである。少しでも暗黒教団との関わりが疑われる者へは、そもそも招待状を送付していなかったのだ。

 

「ウチの商家連中も何人か来ているようだけど、もう少し来てほしかったんじゃないか?」

「仕方ありません。今はイザークと戦時中ですし……エルトシャン王やジャムカ王が来てくれただけでも十分光栄です。主のシグルドに代わって、改めて御礼申し上げます」

 

 ぺこりと頭を上げるオイフェに、ノディオンとヴェルダンの王は何となしに決まりが悪そうに頭をかいていた。

 

「いや……オイフェ。私も、お前に礼を言わねばならない」

「え?」

「グラーニェの事だ。あれの為に希少な薬草を届けてくれた礼は、まだしていない」

「ああ、その件は……」

 

 真摯な視線をオイフェに向けるエルトシャン。ノディオンの獅子王は、この少年軍師に感謝をしていた。

 妻であるグラーニェは、元々病弱な体質であり。今現在の活発なグラーニェを見ると信じられぬことだが、つい数週間前までは床に臥せっているのも珍しくなかったのだ。

 だが、オイフェが婚礼の招待状を携え、シグルドと共にノディオンへ訪れた際。オイフェは入手していたジェノア領で僅かに取れる、滋養強壮の効果が高い薬草も持参していた。

 それを服用したグラーニェは、日に日に体調が快復しており。その効能に驚いたエルトシャンは、シグルド、そしてオイフェへただただ感謝するだけであった。

 

 この薬草であるが、ジェノアの商家が細々と栽培していた希少性の高い薬草であり、原産地はトラキア地方の山深い場所にある。だが、養殖環境を整えるのは非常に難しく、ジェノア商家は幾度とない試行錯誤の上、偶然その環境を整える事に成功していた。

 といっても、生産量は極々僅かなもので、商家はその薬草を流通させることなく秘匿財産として所有していた。

 

 トラキアの山巓に自生している薬草の原種を入手するのは、ノディオン王家でも非常に難しい代物であり、そもそもその存在は一般的に知られていない。トラキア王家ですら数年に一度入手できるかというそれを、オイフェは諸々の利益供与の約束と引き換えに全てエバンス城へ献上するよう手配している。

 ジェノア商家としては解放者であるシグルド、その実質的な頭脳であるオイフェへ恩を売る機会を逃すわけにもいかず、嬉々として薬草を差し出していた。

 

 オイフェが秘匿していた薬草を知っていた事を、交渉に訪れた少年軍師の異様な気迫に押されたジェノア商家が追求することは無かった。

 

「エルトシャン王。あの薬草は根本的な治癒効果が認められた薬草ではありません」

「うむ……」

「ですので、()()()()服用する必要があります。あまり無理はさせないよう、グラーニェ王后へしっかり注意するようお願いします」

「ああ。分かっている」

「もちろん、薬草は定期的にノディオンへ届けるよう手配しますので、そこはご安心ください」

「ああ……すまないな、オイフェ」

「いえ。礼には及びません。エルトシャン王は、シグルド様の()()()()()()ですから」

 

 頭を下げようとするエルトシャンへ、謙虚な姿勢で応えるオイフェ。

 だが、その腹の中はやや黒い思惑が滲んでおり。

 

(まるでグラーニェ王后の健康を人質にしているみたいだな。いや、シグルド総督に限ってそのようなつもりはないのだろうが……)

 

 一流の狙撃手としての顔も持つジャムカは、それを僅かに察知するも、直ぐに頭を振りその思いを打ち消す。

 だが、ジャムカのこの推量は、その卓越した弓術に見合うかのように的を射ていた。

 

 オイフェは、エルトシャンを何が何でもシグルド陣営に引きずり込む腹積もりであり。

 その為には、外道と謗られようとも構わないほどの、悪辣な手段を用いる覚悟であった。

 希少薬草は、その栽培地を特定出来ぬよう、オイフェの手により絶対的な秘匿を施されており。オイフェとジェノア商家以外では、秘匿工作を手伝ったデューでしかその栽培地を知る者はいなかった。

 

 

「むっ。ラケシスと踊っているのは」

「キュアン様の部下で、レンスターの従騎士であるフィン殿ですね」

「そうか……従騎士か……キュアンの……うーむ……」

 

 ふと、エルトシャンは踊り場で青髪の若者と可憐に舞う妹の姿を見留める。

 オイフェの言葉を受け、難しそうに表情を歪めていた。

 

(フィン殿……今回は、前回以上に上手くやってくださいね……)

 

 微笑の内に、自身の悲願達成の黒い感情を滲ませるオイフェ。

 フィンはレンスターの、キュアンの騎士。そして、キュアンはシグルドと義兄弟であり、絶対的な信頼関係で結ばれた盟友。

 故に、フィンがラケシスと結ばれるのは、エルトシャンをシグルド陣営へ()()()()一助となるはずだ。

 

 最期には忠義より家族の情を優先したエルトシャン。

 それをよく知っていたオイフェは、妻、そして妹という()を打ち込む為、増々フィンの恋路を援護するべくその頭脳を働かせていた。

 

(……もう、あのような複雑な関係は見たくない)

 

 オイフェは想う。

 フィンと、ラケシス。

 そして、あの風のような自由騎士との関係を。

 

 それは切なくて、悲しくて、尊い男女の関係。

 男女の情愛に疎いオイフェですら、その純粋で、歪な関係は、心に重たいしこりを感じさせる関係だった。

 

(ならばこそ、彼と会う必要がある……)

 

 フィンの恋敵というには大いに複雑な背景を抱える、エルトシャンの旧友でもある自由騎士の姿を思うオイフェ。

 フィンの援護以上に、オイフェの大計略で必要なその人物は、剣姫の夫であるあの大剣豪と並び、この段階で必ず出会う必要があった。

 

「あのエルトシャン王、お礼の代わりといっては何ですが、ひとつお願いが」

「なんだ?」

 

 その人物を得るべく。

 オイフェは自身の策謀を悟らせないよう、可憐な口を歪めていた。

 

「手練の傭兵を紹介して頂きたく」

 

 少年軍師の秘めた計略は、暖かい晩餐会と反比例するかのように、冷酷な温度を発していた。

 

 

 

 

 


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