逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第15話『宴会オイフェ』

 

(ああ、素晴らしいご婚礼だった……)

 

 シグルドとディアドラの婚礼がつつがなく終わり、オイフェは格別の満足感に浸っていた。

 チャペルの内陣にて花嫁を待つシグルドの凛々しい姿。ヴァージンロードを歩くディアドラの可憐な姿。聖書台の前で指輪を交換し、誓いの口づけをする、二人の尊い姿。

 それを見たオイフェは目尻に涙を溜め、その神聖で幸福な光景を噛み締めていた。

 

 とはいえ、オイフェの目には神々しい輝きを放つ婚礼であったが、余人から見ればそれは中々にコミカルなものとなっていた。

 

 準備に時間がかかったのか、中々姿を現さないディアドラを心配しすぎて落ち着きのないシグルドに介添えのキュアンが脇を小突いたり、現れたディアドラの美しい花嫁姿に見惚れ呆然としてしまい段取りの全てを忘却したシグルドにキュアンが脇を小突いたり、誓いのキスがやたら長いシグルドとディアドラに神父役のパルマーク司祭が盛大な咳払いをしたり、フラワーガールならぬフラワーボーイのデューが派手にすっ転び花びらが入ったカゴぶちまけたり、ディアドラの花嫁姿を見てグラーニェが突然興奮したり、いい男がいい男だったりと、やや落ち着きのない挙式ではあった。

 

 だが、それらは概ね参列者の笑顔を誘い、和やかな婚礼の一助となっていた。

 

 

 現在、婚礼後の晩餐会がエバンス城で行われており、シグルド陣営の主だった者達、そして招かれた賓客らが思い思いにパーティを楽しんでいる。

 立食式で行われたパーティでは、各人が料理と酒を楽しみ、楽団が演奏する華やかな曲に合わせダンスに興じている。また、シグルドの計らいにより無礼講での会話も楽しんでいた。

 

「ディアドラ……綺麗だ……とても……」

「シグルド様も……とても……素敵です……」

 

 そのシグルドであるが、ディアドラと指を絡めるように手をつなぎ合い、陶然と見つめ合いながら二人だけの世界を作っている。当然、それらは周囲から筒抜けであったのだが、全員が空気を読んで生暖かい目で見守っていた。

 

「あ、あの、エーディン様、良かったら、僕と一緒におど──」

「エーディン様! エーディン様がお好きなワインをお持ち致しました!」

「あら、あらあら……」

 

 また、これを機にエーディンと仲を深めようとするアゼルであったが、それを阻止せんとミデェールが横槍を入れ、両者に挟まれたエーディンは困ったような表情を浮かべる。

 

「そこで俺は言ってやったのさ。『腹ン中がパンパンだぜ』ってな」

「ほお……」

「それはそれは……」

「ウホッ……」

「やりますねぇ!」

 

 その隣では、レックスが軽妙洒脱な語りを賓客達の前で披露しており。

 やたら筋肉質な男達に囲まれネットリとした視線を向けられるレックスだったが、いい男は全く気にしていなかった。

 

「奥様! こちらの方はあのグリューンリッターの騎士様ですって!」

「まあ! 凛々しくてかっこいい御方だわ!」

「いや、あの、私はまだ若輩で……」

 

 少し離れた所では、ノイッシュが賓客の貴婦人達に囲まれ困惑しっぱなしの表情を浮かべている。

 

「ご婦人方。こいつは奥手でして、こういった場には慣れていないのです。宜しければ俺と一緒に踊りませんか?」

「あら! こちらもハンサムな御方だわ!」

「ああ、素敵……」

 

 同じく貴婦人に囲まれたアレクは、ノイッシュとは正反対に惚れ惚れするような伊達男ぶりで黄色い歓声を浴びていた。

 

「アーダン! 肩車! 肩車して!」

「はいはい、わかったよもう」

「アーダン、おしっこ」

「はいはい、便所はあっちだよお嬢ちゃん。一人で行けるか?」

「アーダン! 僕とも遊んでよ!」

「はいはいってシャナン、お前とはいつも遊んでるじゃねえか……くそぅ……あいつらだけいい思いしやがって……」

 

 アーダンはシャナンを始め賓客の子供達に大人気であり、子供に囲まれつつノイッシュとアレクへ恨みがましい眼差しを向けていた。

 

「あの、ラケシスおばうえ」

「ん? おば……?」

「あ、いえ、ラケシスおねえさま……」

「ん。なぁに、アレス?」

 

 一方では、アーダン達の様子をそわそわと落ち着きのない様子で見ていたアレスが、意を決したかのようにラケシスへお伺いを立てている。

 

「ボクもアーダンやシャナンといっしょに遊びたいです」

「そう? じゃあ、いってらっしゃい」

「はい!」

 

 許可を得たアレスはパッと顔を輝かせ、優しい巨漢と子供達の輪に加わっていった。

 

「チャンスだ。フィン、行け」

「えっ!?」

「ラケシスは今一人だ。エルトもイーヴも近くにはいない。時は得難くして失い易しとも言う。レンスターの騎士ならば、この千載一遇の好機を逃すな」

「い、いや、ラケシス様はノディオンの王女で、私は騎士見習いの身分ですし、そ、そもそも、ラケシス様の事は、別に……」

「ええーい! お前が行かぬならば俺が行く! フィン、後に続けぇー……グー……」

「えぇ……」

 

 やや前後不覚に陥ったキュアンにそう呆れた声を上げるフィン。

 勇気を出せないこのレンスターの将来を背負う期待の星に、キュアンは苛立ちを隠せないように声を荒げ、直後に爆睡した。

 とはいえ、フィンも少なからず酒が入った状態。

 眠りに落ちた主君を放置し、アルコールも手伝ってか緊褌一番の大勝負に打って出た。

 

「あ、あの、ラケシス様……」

「……あなたは、確かシグルド様の控室にいた」

「は、はい。レンスターの騎士見習いで、フィンと申します」

「そう……」

「は、はい……」

 

 アレスがアーダンの背中をよじ登り、アーマーソシアルナイト(ぼくのかんがえたさいきょうの騎兵)ごっこで遊んでいる様子をぼんやりと眺めていたラケシスに、フィンが緊張しきった表情で話しかける。

 フィンを一瞥したラケシスは、興味が失せたかのようにアレス達へ視線を戻す。

 フィンは所在無さげに言葉を詰まらせてしまい、やや気まずい空気が流れていた。

 

「……子供」

「え?」

「子供、好き?」

「え、いや、あの、ええっと……!」

 

 唐突なラケシスの問いかけに、顔を赤面させるフィン。

 センシティブな質問にどう応えればいいのか、しどろもどろになりながら必死になって答えを探していた。

 ちらりとフィンの方を見たラケシスは、くすりと花が咲くように唇をほころばせる。

 

「ふふ。変な人」

「えっ? あの、なんか申し訳ありません……」

「なんで謝るのよ。それより、アレスの子守りが無くなって暇になってしまったわ」

「は、はあ……」

 

 うじうじと煮え切らないフィンに業を煮やしたのか、ラケシスは微かに刺々しい表情を浮かべた。

 

「もう、気が利かないわね。レディから誘うのはマナー違反なのよ?」

「えっ!? あ、いや、あ、その……え、ええと、ラケシス姫。よ、宜しければ、私と踊っていただけませんか?」

「……三十点ね。つまらない人」

 

 ため息をひとつ吐いたラケシスは、ステップを踏むように軽やかな足取りでフィンの手を引いた。

 

「せめて、ダンスで楽しませてくれる?」

 

 長い睫毛を可憐に揺らし、優しいような皮肉なような独特の笑顔を浮かべるノディオンの姫。

 その表情に数瞬見惚れたレンスターの若き騎士は、やがて強張った表情を緩め、ぎこちない笑顔を浮かべながら応えた。

 

「はい……! 喜んで!」

 

 数組の男女が楽曲に合わせて楽しげに踊る踊り場へ、未熟ではあるが瑞々しい活力を感じさせる若者達が加わっていった。

 

「フィン、やるじゃない。それにしても、ラケシス王女ってあんな風に笑うのねグラーニェ」

「どうして、どうしてなのよぉ~! 私のディアドラがお嫁にいくなんてひどすぎるわぁ~~ッ!!」

「人の話聞いてる? ていうか別にあなたのディアドラ様じゃないでしょうが……」

 

 備えられたソファに座りパーティを楽しんでいたエスリンだったが、フィンの健闘を見て思わずニヤニヤと含んだ笑みを見せる。

 だが、自身の隣で場末の酒場でくだを巻くかのように飲んだくれていたグラーニェの醜態を見て、一瞬で真顔になっていた。

 

「だって、だってぇ~~ッ!!」

「もう。最近調子が良くなったからって、あなたは元々身体が強い方じゃないんだから、飲みすぎは良くないわよ。はいお水」

「う゛、う゛ぅ~~……お水おいしい……」

 

 差し出された水をちびちびと飲むグラーニェに、エスリンはやれやれといった体で力なく笑っていた。

 

「……私は、いつまでこうしていればいいのだ」

「ご、ごめんねアイラ。グラーニェはお酒飲むとちょっと絡み酒になっちゃうから……」

「いや、絡み酒というか、物理的に絡まれてるのだが……」

 

 グラーニェを挟んで同じソファに座り、そう非難がましい声を上げるのはアイラ。

 しなやかな筋肉をドレスで隠したアイラの四肢に、酔いつぶれたグラーニェが手足を絡めるように抱きついている。

 身動きの取れないアイラは乾いた表情をその美しい顔に貼り付けていた。

 

「でも、よかったわね。シャナンも楽しそうじゃない」

「……そうだな」

 

 アーダンの膝の上でアーマーソードファイター(ぼくのかんがえたさいきょうの剣士)ごっこで遊ぶシャナンを見ながら、そう呟くアイラ。

 招待客の中でアイラ達の正体を知るものはシグルド陣営以外ではノディオン王家の人間しかおらず、公ではアイラはシグルドの客将身分でしかない。

 しかし、シグルドが身分の差を鑑みぬ超無礼講を許しているこのパーティ。アイラやシャナンにも楽しんでもらいたいというこの心遣いに、アイラは祝福の気持ちと共に、シグルドへ深い感謝を捧げていた。

 もっとも、その恩恵を現在最も多く受けているのは、ノディオンの姫君の軽やかなステップに必死についてくように踊る、レンスターの従騎士であったのだが。

 

「子供には何も罪はないからね」

「……エスリン。貴方にも子供がいると聞いたが」

 

 ふと、寂しげな表情を浮かべるエスリン。

 アイラはエスリンが幼い子供を残し、夫共々シグルドの救援に参上したエスリンの事情を思い起こし、気遣うように口を開いていた。

 

「ええ。アルテナっていう名前で、一歳になったばかりの娘がいるわ」

「その、会いたくないのか?」

「もちろん。可能なら今すぐにでも会いに行きたい。でも、そういうわけにはいかないから」

「その……」

「でも、お義父様やお義母様もいるし、信頼できる子が面倒を見てくれているから心配はしていないわ。セルフィナって言ってね、アルテナのお姉さんになるんだ-! って、一生懸命お世話しているの。すっごく可愛い子なのよ」

「……そうか」

「アイラも……いえ、何でもないわ」

 

 エスリンの話を聞き、優しげな微笑を浮かべるイザークの王女。

 信頼出来る家臣に恵まれているエスリンを羨ましそうに見つめるも、それ以上エスリンへ気遣う事を止める。

 エスリンもまた、アイラの現状を気遣うように口を開くも、イザーク王女であるアイラの正体を余人に知られるわけにもいかず、申し訳無さそうに言葉尻を窄めていた。

 

「……私も、このパーティを楽しむことにするよ」

「アイラ……」

 

 優しげな微笑を浮かべる王女、アイラ。

 恩のあるシグルドの晴れの日に、これ以上陰鬱な話題を続けるわけにはいかず。

 健気で、いじらしくもある剣姫の表情を、エスリンもまた微笑を持って応えていた。

 

 

「アイラ~ん……こうなったらアナタがディアドラの代わりにウチに来なさい~……はむはむ」

「何を言っているんだ貴方は……あと私の髪を食べるのはやめて頂きたい」

 

 だが、今のアイラの状況は、ちっともパーティを楽しめる状態ではなかったのであった。

 

 

 

 


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