逆行オイフェ   作:クワトロ体位

1 / 62
序章
第01話『葬式オイフェ』


 

 グラン暦813年

 シアルフィ公国

 シアルフィ城

 

「お加減はいかがですか?」

 

 シアルフィ城の一室。

 城主が棲まうにはあまりにも質素な造りの一室に、青髪の壮年の男、そしてベッドに横たわる白髪の老人がいた。

 

「あまり良くないな。近頃は立ち上がる事も困難だ」

「何を仰る。老け込むにはまだまだ早いですよ」

「しかしな……」

「何でしたら、今から奥方を迎えるとかどうでしょう? 妙齢の美女を紹介しますよ」

「貴公はいつから女衒の真似事をするようになったのだ……」

 

 気遣う壮年の男性に、ベッドに横たわる老人は貯えられた口髭を歪め、力の無い笑みをひとつこぼす。

 老人に伴侶はいない。生涯不犯を貫き通した老人は、女性に興味が無かった……というわけでは無かったのだが、その全精力を荒廃した国家、そして未成熟な主君へと捧げる必要があったのだ。

 

「ユングヴィ公。私は、もう長くない。今更妻を迎えても、付き合わされる女性が可哀想だ」

「シアルフィ公……いや、オイフェさん。そんな寂しい事を言わないでください。それに、今この場は俺達しかいません。昔のように呼んでください」

「……そうだな、レスター」

 

 レスターと呼ばれた男は昔を懐かしむように表情を緩める。

 ベッドに横たわるオイフェと呼ばれた男も、同じ様に微笑みを浮かべていた。

 

「しかしこの死にぞこないの見舞いに時間を使っていいのか? イチイバルの件はまだ片付いていないだろう」

「いや、まあそうなんですが……当初は俺とファバルだけで済む問題だと思っていたのですがね……」

 

 レスターはバツが悪そうに顎を掻く。

 ユグドラル大陸に存在するグランベル七公国、周辺五王国の全てを巻き込んだ光と闇の戦乱。その傷跡が癒え、各国が復興を果たし、より繁栄を遂げた現在でも、戦乱が残した様々な問題が数多く表面化している。

 国家間の賠償問題、それに伴う領土問題、戦災に遭った市民への補償問題、軍縮による兵士の失業問題。

 そして、神器の継承問題。

 それが、レスターが継承したユングヴィ公国と、同じく聖戦を戦い抜いた同志、ファバルが受け継いだヴェルダン王国との間で顕在化していた。

 

「神器の継承問題はお前達だけで済む話ではない」

 

 妙に軽い言い草をするレスターを、嗜めるように言葉をかけるオイフェ。

 解放戦争後、主君であるセリス王からシアルフィ公国を任されたオイフェにとっても、隣国で起こるこの問題は頭痛の種であった。

 

 グラン歴632年。

 かつて大陸を支配したロプト帝国の苛烈な暴政に抗い、ダーナ砦に籠城せし十二の聖戦士達。

 その戦士達の前に古代竜族が現れ、血の盟約と共に与えた伝説の武器は、今も尚聖戦士達の子孫に受け継がれている。

 それは聖戦士の一人、弓使いウルが遺した“聖弓イチイバル”も同様であった。

 

 本来はウルが興したユングヴィ公国へ連綿と受け継がれていたイチイバル。だが、先のグランベル解放戦争により、その所有はユングウィ公国からヴェルダン王国へと移っていた。

 

 ファバルがイチイバルを継承する前の所有者は、ファバルの母親でありレスターの伯母、ユングヴィ第一公女ブリギッド。イチイバルの使用条件であるウルの聖痕は、ブリギッドの息子であるファバルへと色濃く受け継がれていた。

 それ故に、先の解放戦争ではファバルが聖弓の力をいかんなく発揮し、ロプトウス打倒の一翼を担っていたのだ。

 

「俺としてはそのままヴェルダンにくれてやれば良いと思っているんです。どうせ俺にはイチイバルは使えないし、息子達にもウルの聖痕は強く発現していません」

「しかし今後はどうなるか分からないではないか。お前の孫や、ひ孫に聖痕が現れる可能性もある」

「どうでしょうかね。ファバルの息子にはウルの聖痕が強く現れている。もう、ウルの血統はあちらが直系です。こちらはすっかり傍系になってしまった」

「……レスター。その話を臣下達の前ではしていないだろうな?」

「まさか。オイフェさんだけですよ。本音で話せるのは」

 

 解放戦争後、聖戦士達の末裔はそれぞれの故国に戻り、戦後の復興に努めた。

 レスターも自身の母親であるエーディンの故国ユングヴィ公国を受け継ぎ、その復興に努める。

 そして、ファバルもまた父親であるジャムカの故国ヴェルダン王国へと赴き、豪族達による内乱状態であったヴェルダンを平定、王国の再統一を果たす。

 ファバル本人の実力もだが、統一に最も力を発揮したのは聖弓の威力と求心力であるのは言うまでもない。

 

 そして、数十年経った今日に至るまで、ユングヴィとヴェルダンの間に神器継承問題が発生したのだ。

 

「ヴェルダンの民は建国以来初めて神器を抱く事になった。だから、返したくない気持ちも十分わかるんですがね」

「それはユングヴィの民にも言える事だ。元々持っていたものが奪われたとも言えるのだから」

「そうなんですがね。でも、大陸の国家を眺めてみたらグランベルに神器が集中しすぎていると思うんです。まあ、聖者ヘイムの元に聖戦士が集結したから、ヘイムが建国したグランベルに集中するのも仕方ないとは思うんですけど」

「……ともかく、神器の継承問題はお前たちの代で解決しようと思わない事だ」

「はい。御助言の通り、孫の孫のさらにその孫の代まで棚上げし続けます」

「交渉の継続と言ってもらいたいのだがな……」

 

 結局のところ、オイフェはこの問題を次代以降にまで先送りするしかないと考えていた。

 早急に解決を急げば、武力紛争にまで発展しかねない。再びユングヴィとヴェルダンが戦端を開くことは、解放戦争を経験した者達にとって繰り返される“悪夢”そのものだ。

 時間をかけ、ゆっくりと解決へ向け、交渉を重ねる。

 国家間には、早急に解決してはいけない問題というのがあるのだ。

 

「ヴェルダンとまた戦になったら母上が悲しみますからね」

「そうだな……」

 

 レスターの母、エーディン。

 あの“バーハラの悲劇”を生き抜き、解放戦争を戦い抜いた聖戦士達の母ともいえるエーディンは、数年前、終生の住処と定めたイザーク国ティルナノグにて、その長い人生を終えていた。

 遺体はエーディンの遺言に従い、そのままティルナノグに埋葬されている。

 

「墓参りは行っているのか?」

「ラナ……じゃなかった、昨年の王妃陛下の墓参に同行しましたよ。シャナン王も、スカサハ将軍も元気そうでした。パティ……イザーク王妃は、相変わらずウットリしていましたけど」

 

 生臭い政治の話はここまで。後は、旧交を温める話だ。

 

「変わらんな、パティ妃陛下は」

「もう結構良い歳してるんですけどねぇ……オイフェさんも早いとこ身体を治して、母上の墓参りに行きましょう。きっと、母上も喜びます。それに、王妃陛下……ラナもオイフェさんに会いたがってましたよ」

「そうだな……」

 

 レスターの妹、ラナ。彼女は現グランベル国王、セリス王の正妃となり、セリスの王道をその可憐な外見に見合わない剛力を持って支えていた。

 幼少のセリスと共にティルナノグに落ち延びたラナは、幼馴染ともいえるセリスを愛し、セリスもまた常に己を支えてくれたラナを深く愛していた。解放戦争が終結した際、セリスの求婚を受け、ラナは晴れてセリスと結ばれたのだ。

 

「……お前たちの母、エーディン様は、慈愛に溢れた素晴らしい御方であった。彼女の友愛の精神を、努忘れるな」

「はい」

 

 ティルナノグで落ち延びたセリス達を、慈しみながら育て上げたエーディン。

 自身もバーハラで夫でありユングヴィの騎士であったミデェールを失い、深い悲しみを抱えていた。だが、それでも次代に希望を託し、セリス達を育ててくれたエーディンは、オイフェにとっても母といえる存在。

 懐かしむようにそう言ったオイフェに、レスターは無邪気な笑顔を浮かべて言葉をかける。

 

「そういえば、オイフェさんから母上の話をあまり聞いたことがなかったですね」

「お前はティルナノグでずっと共にいたからな……あまり話すことも無いと思うが」

「でも、俺らが知らない話とかあるんでしょう? 聞かせてくださいよ」

「お前たちが知らない、エーディン様の話か……」

 

 レスターの言葉を受け、オイフェはベッドの上で何かを思い出すように瞑目した。

 

「……」

「?」

 

 ふと、それまで纏っていたオイフェの空気が、少しだけ変わる。

 その微妙な変化に、レスターはやや訝しげな表情を浮かべるも、黙ってオイフェの言葉を待っていた。

 

「……ティルナノグで再会した時、謝られたよ」

「謝る?」

 

 やがて絞り出すように声を出すオイフェ。

 何かを悔いるように。

 そして、何かを怨むように。

 

「シグルド様を見捨ててしまったと」

「ああ……」

 

 オイフェがセリスを支え、解放戦争の狼煙を上げた、その十五年前。

 かつての主君……いや、兄ともいえる存在を思い出したオイフェは、苦い表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

「エーディン様は、シグルド様が()()に討たれる瞬間を見ていたそうだ。そして、見捨てるしかなかったとも」

「……」

「まだ青二才だった私に、涙を流して謝罪していた。エーディン様も、お前の父……ミデェール殿を亡くしていたというのに」

「……」

「それでも、ずっと私に謝り続けていた。ずっと、涙を流し続けていた。私は、何も言えなかった。エーディン様が涙を流しているのを、ただ見ていることしか出来なかった」

「……」

 

 オイフェの沈鬱な表情を見て、レスターもまた表情を暗くさせる。

 解放戦争を戦ったレスターですら話でしか聞いたことのない、聖騎士シグルドと勇者達を襲った悲劇。特に、リューベックでセリスを託され、主君と共に戦う事も出来ず、逃げる事しか出来なかったオイフェの無念はいかほどであろうか。

 

「……レスター。お前は、あ奴……あのアルヴィスをどう思う?」

「アルヴィス前皇帝ですか?」

 

 ふと、オイフェがレスターの目を見ながら、そう言った。

 レスターは考え込むように顎に手を当てるも、直ぐに言葉を返す。

 

「悲しい人だったと思います。俺が言うのも、変かもしれませんが」

「……」

 

 悲劇の根源とも言えるグランベル帝国皇帝アルヴィス。その存在は、レスターにとっても父の仇。

 だが、このシアルフィ城で繰り広げられたアルヴィス皇帝との戦いで、レスターの考えに少しだけ変化が生まれる。

 セリスとの一騎打ち。討たれたアルヴィスの最期の言葉。そして、セリスが目にしたという、父シグルドと、母ディアドラの霊魂。

 悲しみを知れと両親に諭された、セリスの想い。

 全てが終わった今だからこそ、レスターはアルヴィスもまた運命に翻弄された被害者であると認識していた。

 

「セリス王も仰せになられていました。彼も、あのマンフロイの陰謀の犠牲者だと──」

 

 

「私は違う」

 

 

 瞬間。

 レスターは、オイフェから発せられるただならぬ怨念に気圧され、それ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。

 

「レスター……お前は、私にだけ本音を言えると言ったな。ならば、私も本音を言おうじゃないか……」

「ッ!」

 

 オイフェは、尋常ならざる怨気を纏っていた。先程までの温和で知的な表情が一変し、般若の如き形相。

 レスターは初めて見る豹変したオイフェの姿を見て、この世の怨みを全て煮詰めたような悪寒に苛まれていた。

 

「アルヴィスがセリス王に討たれた時、私は思ったのだよ」

「なにを、ですか?」

 

 そして。

 

「私が、この手でアルヴィスめを八つ裂きにしたかったと……!」

 

 オイフェは、生涯燻ぶらせていた怨みを、レスターの前にぶちまけた。

 

「パルマーク司祭も、そしてセリス王も、アルヴィスもまた悲しみを背負う人だと言っていた。その悲しみを知れと」

 

「だが、私は許せなかった」

 

「シグルド様を、そしてディアドラ様を奪った、アルヴィスを」

 

「この手で殺したかったのだ!」

 

「この手で仇を討ちたかったのだ!」

 

何故(なにゆえ)お二人が引き裂かれねばならなかったのだッ!」

 

何故(なにゆえ)セリス様と幸せに暮らす事が出来なかったのだッ!」

 

何故(なにゆえ)何故(なにゆえ)何故(なにゆえ)ッッ!!」

 

「奴だ!」

 

「奴が奪ったからだ!」

 

「マンフロイの企みなど知ったことか!」

 

「アルヴィスが醜悪な野望を抱いたせいで!」

 

「シグルド様は、アルヴィスに殺されたのだ!」

 

「ディアドラ様は、アルヴィスに奪われたのだ!」

 

「全て、奴の仕業なのだ!」

 

「許すことなど、出来ようものか!」

 

「お前に想像できるか!? 父と、母を、惨たらしく奪われた、セリス様の悲しみをッ!」

 

「兄と、姉を、無惨に奪われた、私の哀しみをッッ!!」

 

「許せぬ!」

 

「たとえセリス様が許しても、この私だけは!」

 

 

「絶対に(ゆる)す事など出来ぬのだッッッ!!!」

 

 

「オ、オイフェさん……」

 

 激高したオイフェに、慄く事しか出来ないレスター。

 数十年間、誰にも見せた事が無いオイフェの真の姿。アルヴィスはレスターにとっても父の仇。だが、オイフェがここまでアルヴィスに対し憎悪(ぞうお)を燻らせていたとは。

 レスターはショックでそれ以上言葉が出せなかった。

 

「ゴホッ……!」

「オイフェさん!」

 

 やがて、オイフェは苦しそうに咳き込む。興奮したせいか、オイフェの体調は急激に悪化していた。

 

「オイフェさん! 直ぐに医師を──」

「レスター……!」

 

 慌てて控える城医を呼ぼうとしたレスター。その手を、オイフェはひしと掴む。

 

「私は、お前たちが思っているような人間ではない……!」

「オイフェさん、今はそれどころじゃ──」

「聞け! レスター!」

「ッ!」

 

 鬼気迫る表情で、レスターの手を握り締めるオイフェ。

 病に侵された老人とは思えない程の握力を受け、レスターは硬直したように身を竦ませた。

 

「お前は、お前たちは、私のようになるな……!」

「……」

「憎しみを、悲劇を、繰り返しては……」

「オイフェさん……!」

 

 やがて、ぐったりと身体を弛緩させるオイフェ。

 意識を手放したオイフェの身体を、レスターは慌てて支える。

 

「オイフェさん! オイフェさん! ああ、くそ! 誰か! 誰かある!」

 

 気を失ったオイフェを見て、レスターは大声で控える城医師を呼ぶ。

 オイフェはレスターの声かけに反応することなく、意識を落とし続けていた。

 

 混乱に包まれるシアルフィ城。

 だが、医師達の努力も虚しく、シアルフィ公オイフェ・スサール・シアルフィは、七十年に及ぶ激動の生涯に幕を閉じた。

 

 

 

「レスター公」

「デルムッド将軍」

 

 数日後。

 シアルフィ城で行われた葬儀にはグランベル王セリスを始め、各国の元首、有力諸侯、その配下ら多くの人々が集い、解放戦争の立役者であるオイフェの死を偲んでいた。

 死期を悟っていたオイフェは己の葬儀をあくまで小始末に行うよう遺言を遺していたが、それでも多くの人々が葬儀に参列しており。それは、グランベルの国葬といっても差し支えない規模で行われていた。

 

 参列したユングヴィ公レスターは献花を終えると、共に聖戦を戦ったアグストリア諸公連合国の大将軍、デルムッドに声をかけられる。

 デルムッドは“獅子王の再臨”とまで謳われたアグストリア王アレスに同行し、オイフェの葬儀に参列していた。

 

「惜しい御方を亡くしてしまった。若い頃、貴公共々厳しく指導して頂いた事が、今はとても懐かしく思える」

 

 沈鬱した表情でそう述べるデルムッド。

 解放戦争後、乱立した軍閥による内乱状態が続いていたアグストリア。それを統一し、アグストリアを再び列強の一員へ押し上げたのは、アレス王の統治もさることながら反逆軍閥征討の急先鋒に立ち続けたデルムッドの功績による所も大きく。

 自身の従兄弟であるアレス王と共にあり続けたデルムッドは、オイフェの薫陶を直に受けた解放戦争初期からの古強者でもあり、それは若き時分、共に汗と血を流したレスターもまた同じ。

 二人は少年時代をティルナノグで共に過ごした幼馴染でもあり、聖戦の系譜を共に抱く同志でもあったのだ。

 

「そうですね、将軍……いや、デルムッド。今は、昔のように呼び合わないか。俺達まで堅苦しくしてたら、オイフェさんも安心して逝く事が出来ない」

「……そうだな。わかった、レスター」

 

 エッダの教主、コープルが鎮魂の祈りを捧げている中、各人が順番に献花を続けている。

 その様子を、葬儀場の後ろの方で見つめるレスターとデルムッド。公人として葬儀に参列していたが、声を抑えていれば多少は昔のように話す事が出来た。

 

「思えばあの人には色々な事でお世話になったものだ。国の事、アレス王の事、ナンナの事、母上の事……」

「うん……。そういえば、ラケシス様は、まだ……」

「生きているとは流石に思っていない。ブリギッド様の例もあるが、俺もナンナももう諦めている。親父殿は最期まで諦めて無かったが……。骨のひとつでも見つかってくれればと思っていたが、それもな……」

「そうか……」

 

 “バーハラの悲劇”の後、レンスターへ落ち延びたデルムッドの母ラケシス。デルムッドの妹ナンナを身籠っていたラケシスは、ナンナ出産後間もなくオイフェ、セリスらと共にティルナノグへ落ち延びた幼いデルムッドを迎えに、単身イード砂漠へと旅立つ。

 そして、そのまま今日に至るまで行方知れずとなっていた。

 

 記憶を失い、名前を変えたファバルらの母ブリギッドのように、どこかで生きている可能性もあった。だが、今となってはその望みも薄い。

 ラケシス捜索にはオイフェも携わっていた事を思い出したレスターは、諦観の念を浮かべるデルムッドと共に複雑な表情を浮かべていた。

 

「レスター、俺たちもこうやって大勢の人に惜しまれながら逝くのかな」

「さあな。ま、お前さんの葬式じゃここまで人は集まらんと思うがね」

「あ、この野郎。じゃあお前の葬式には俺は行かないぞ」

「俺はお前さんの葬式には行くよ。花より団子でも供えようかな」

 

 小声でそう軽口を叩きあう二人。

 そういえば修練の時にこうして軽口を叩いていたら、即座にオイフェさんの拳骨が飛んで来たなと、レスターはぼんやりと思い出していた。

 そして、修練の後はいつも笑顔を浮かべて、頭を撫でて褒めてくれた事も。

 同じ事を思い出していたのか、デルムッドもまた懐かしむような笑顔を浮かべていた。

 

「……」

 

 ふと、レスターは献花台へと視線を向ける。

 

「ユリア様……」

 

 視線の先に、儚い表情で花を捧げる一人の女性の姿があった。

 グランベル王セリスが異父妹、ユリア皇女だ。

 ユリアは解放戦争後、()()()()()の罪を償うかのように、バーハラ郊外にある教会にて祈る日々を過ごしている。

 結婚もせず、生涯に渡って動乱で命を落とした人々の冥福を一人祈り続ける、痛ましいまでのその姿。

 今も、解放戦争を戦い、生涯を兄であるセリス王、そしてグランベルへ捧げていたオイフェの冥福を静かに祈っていた。

 

「……」

 

 そして、レスターはオイフェが死に際に見せた激しい怨恨を思い起こす。

 ユリアは、オイフェがユリアの父アルヴィスに、あそこまでの増悪を燻らせていたことに気付いていたのだろうか。

 祈りを捧げるユリアを見て、レスターはやりきれぬといった表情を浮かべる。

 

 ユリアの後に献花を捧げたセリス王が思わず涙を流し、オイフェの棺にすがりつく様子が、参列した人々の涙を誘う。

 だが、唯一レスターだけが、悲しみとはまた違う複雑な表情を浮かべ続けていた。

 

「どうした、レスター」

「……いや、なんでもない」

 

 レスターの様子を訝しむデルムッドであったが、やがてオイフェの冥福を祈るように目を瞑る。それを見て、デルムッドは同じ様に恩師であるオイフェの冥福を祈っていた。

 

 

 レスターはオイフェの死に際に見せた、あの苛烈な怨念を誰にも話すことはなく。

 生涯胸に秘め、名軍師と謳われたオイフェの偶像を守り続けた。

 

 

 光の公子、セリスを支え続けたオイフェ。

 

 だが、その心の奥底には、主君の仇、アルヴィスへの深い囚われがあった。

 

 死者の魂は、やがて冥府へと還る。

 

 しかし、怨念を抱えし軍師の魂は、冥府へと誘われず。

 

 

 

 全ての始まりの、あの日へと──

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。