ソラとシンエンの狭間で   作:環 円

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第三話 金剛提督 

 注釈

 金剛大好き提督様方々、我こそは金剛提督であるという方々、最初にお詫び申し上げます。

 作中に出てくる登場人物がその方自身を評するものではありません。

 大事なものに集中する余り、周りが見えないという観点でキャラを創作しております。

 気分を害しましたら申し訳ございません。

 

 

 

 

 

 やわらかい朝の日差しが差し込む午前七時一五分、金剛は昨日届いた一通の手紙を握り締め、ため息をつく。

 こんな日がいつかは来ると確信していたが、よもやこのタイミングでくるかと、頭痛を感じながら塵ひとつ落ちていない廊下を歩いていた。

 このショートランド泊地では日替わりで秘書が代わってゆく。初期は固定だったのだが、希望する娘達が増えたため、日を決めて業務を分担することになったのだ。

 今日は彼女、金剛が提督の秘書官を勤める日だ。

 十八日ぶりの秘書日である。袖を通す服装の乱れや、髪型にも気合を入れた。

 そしてノックの後、執務室へと入る。

 が、しかし。いつもはあるはずの提督の姿が無かった。

 

 「提督はどこへ行ったのでしょうネ? かくれんぼですか? 困ったさんデース」

 

 金剛が扉を閉め、周囲を見回しながら提督捜索に入った。

 戦艦の中では索敵が高いほうである。深海棲艦を見つけるのも慣れたもので、たまに、レーダーに映らなくともあそこにいる、という第三の目が開くこともしばしばあった。

 

 提督の行動は決まっている。

 朝起きる時間は決まってマルロクマルマル。寝室に付随ずる洗面にて顔を洗い身支度をして部屋を出てくるのがナナマルゼロゼロ。

 そこから食堂に行き、モーニング。朝からラーメンでもハンバーガーでもいける鉄壁の胃の持ち主であった。

 

 「おっはよーごっざいマース! 提督、今日の秘書はワタシですヨー!」

 

 いつものように張り切って食堂に入れば、多くの娘達の視線が金剛に向いた。

 だが提督はいない。

 すでにお勧めのベーコン厚切りハニーマスタードサンドイッチを平らげ、食堂を出た後だという。

 

 Shit! 

 金剛は次なる目的地、執務室に向かう。すごろくでいえばはじめに戻る、となるがそれもまた楽しい。

 だが提督はまだ戻ってはいなかった。隣にある作戦本部にも今日はまだ顔を出していないらしい。

 

 今日の予定を確認する。

 ほんの三ヶ月と半月前までは朝礼や会議の席を問わず、資源調達任務に失敗した娘らの懲戒などが分刻みでいれられていたが、今やこの最前線、南方海域においてだけでなく、本土の倉庫と化している大湊を加えたとしてもそれに次ぐ第2位の資源保有を誇るようになっている。

 

 艦娘たちの奮闘もあった。

 だがそれ以上に提督の助言が大きい、と金剛は考えていた。なぜなら遠征に失敗しなくなっていたのだ。三回に一度、五回に二度失敗していては、溜まるものも貯まらなくなってゆく。

 組み合わせがあるのだ、と提督は言った。

 

 「今までの報告を見た限り、手の空いた艦同士で組み出ていたようだけど、TPOを無視したら当然、失敗するだろうね」

 

 提督はそう言い、片手間として向かわされていた遠征を、ひとつの作戦とした。

 そのためこの泊地……というには規模が大きくなりすぎているような気もするが……には殺伐とした雰囲気が消し飛んでしまっている。

 どちらかといえば本来あるべき南国風土さながらの、おおらかさが戻ったというべきか。

 

 「提督、どこですカー」

 

 特別案件は何も入ってはいないが、最低限でも午前中に昨日の報告書に目を通してもらわなければならない。

 提督が喉から手が出るほど欲していた物資も到着する予定になっている。それなのになぜ居ない。金剛は腕を組む。

 ……手紙の内容についても相談したかった。妹達には言えない複雑な事情がある。

 金剛の提督探しは続く。

 

 

 

 金剛が探す当人である提督はその時、とあるなにか、を追いかけていた。

 それはあの画面で何度も見た猫娘である。

 イベントが始まるその日、大規模アップデートがあった日、サーバーが増強された日、それは現れる。

 妖怪、猫娘(吊るし)だ。

 

 可愛い画像であるはずのそれに、何度拳を握り締めたか。

 F5の連打をこらえたか。

 他のサーバーでは怨嗟にまみれ、まぎれた歓喜が報告されても自分の鯖には全く入れないというこの理不尽を幾度噛み締めたか!

 

 それが目の前をよぎったのだ。

 凝視してしまった。目が合い、猫娘は脱兎の如く逃げ出した!

 その逃げ足たるや、どこぞの銀色涙形モンスターかと思うほどの俊足だ。

 がしかし! 男はそれに食らいつく。逃がしてなるものか経験値の塊、捕まえて急所へ毒針を刺してやる!

 

 そうして男は工事現場に猫娘を追い詰めた。

 このショートランドはブーゲンビル島の南に位置する島だ。掘削してみると思いのほか固い岩盤が地下にあり、こうして鉄筋コンクリートで施設を拡張することが出来ている。この現場には毎日通い、仕事の正確さと速さに驚きつつも監督から進行状況の確認を受けていた。

 

 また子供とは工事現場が好きである。危険な場所への探究心、好奇心が抑えきれなくという経験も男はしていた。

 待機組みとなる駆逐組みの子達と遊べる環境として、危険が無い区画では発砲禁止の鬼ごっこや艤装封印の缶蹴り、影踏みなどが出来る広々とした場所も確保している。

 いつも追いかけられ、隠れ、見つかっては引きずられる日々を送っている己から逃げられると思うな。

 第三者が居たならば、提督の目が据わっているのを確認できただろう。

 肩で息をしながら、白服の男、ショートランドの提督は猫娘を追い詰めた。

 

 「……さあ、観念してもらおうか」

 

 じりじりと男が猫娘に近づいてゆく。

 行き詰った廊下の端である。両側に人がひとりずつ通れる隙間はあれど、日々艦娘たちに鍛えられた肉体であれば抱きとめるくらいは出来るようになっているだろう。否、出来る、そうできるのだ。思い込みに近いが、出来ると念じる。

 

 ため息のようなエフェクトがあり、猫娘が抱いていた猫を打ちっぱなしであるコンクリートの上に置いた。

 にゃあー。

 なんともしまりの無い泣き声である。

 娘がぽん、とひとつ手を叩くと現れたのは、小さなホワイトボードだった。

 

 『ふっ、ほめてやろう。わたしをみつけることができるなんてほこっていいぞ!』

 

 男は書かれた内容に男は眉を寄せた。

 全部ひらがなで読みにくい。

 そしてなんだこいつは、という疑惑が浮上してきた。形姿は見知ったそれだ。絵柄からだけではどんなキャラであるのか分からない。

 胸が痛んだ。軽い落胆、による精神的ダメージである。

 

 「観念した、と承諾していいな?」

 

 疑問系で問うたのは、エラーとは突然やって来て去ってゆくものであるからだ。

 そして考える。

 見つけることが出来る、とはどういう理由からか、と。

 見つける、とは通常、発見するという意味だ。

 発見とは、世に知られていないものを初めて見つけ出すこと、である。

 

 初めて、見つける、とはいったいどういうことなのだろうか。

 

 『かんねんなどしていない。けいいをはらっているのだ。にんしきをあらためようとおもってね』

 

 きゅききゅきと黒のマーカーで書かれた文字に男は得体の知れないなにかを感じた。

 がしかし、ここで引いては男が廃る。

 例え目の前に恐怖があったとしても踏み込まねばならぬ時があり、出来ぬとわかっていたとしてもやってのけるのが男だろう。

 失敗を想像しない。出来ると自分に言い聞かせる。

 

 『わたしをみつけたほうびだ。ひとつだけなんでもこたえてやろう』

 

 ほう、なんでもこたえてくれる、ね。

 酸素不足の脳が胸の奥にくすぶるほの暗い感情を呼び起こす。

 ならば今までの恨みこの場で晴らしてくれようか。

 男は久し振りにほくそ笑んだ。今日という日を記念日にしても良いかもしれない。

 

 「じゃあ応えてくれ」

 

 ひらがなではない。漢字を使い対応する。

 「俺の僕従となってもらおう」

 

 『な!』

 

 ホワイトボードには一文字だけ、大きな、「な」が書かれた。

 「ひらがなだけだといろんな漢字を当てることが出来るよな? 質問でもすると思ったのか。残念だな」

 

 おっと、反故にする、なんてことはしないよな。

 羅針盤娘たちと同じく、猫娘であるお前は本営の運営に携わる大事な『なにか』に携わっているのだろう。

 いいのかい?

 お前達の存在を、他の基地の提督全員にぶちまけても。見つけた、ってことはそういう意味だよな。

 

 男が優しげに、にこやかに笑む。

 猫娘が僕従となれば、多くに話すことはしない。約束しよう。

 

 猫を置いた娘はうつむき目を瞑る。

 ここにいては危険だ。この男は危険だ。

 いつものように消えようとした。

 だが消えることが出来なかった。なぜ、と思うまでもなく、男の双眸が猫娘を射抜く。

 言うことを聞く。絶対だと言われていない。

 ならば言いつけられたことを拒否しよう。そうすればいい。きっとそうだ。そうしよう。

 

 猫娘は白猫を抱き、こくんと、頷く。

 頷いて顔を上げればすぐそこに男の顔があった。首にそっと手が回される。

 

 キン。

 

 何かが留まる音がした。

 それはペンダントだった。

 ハート型の、薄いピンクの石がはまった、契約の印であると気づくまで数秒とかからなかった。

 

 「ようこそ、我が泊地へ。歓迎しよう。俺の専属となり、その力を存分に振るってくれ」

 

 落ち着いたら執務室に来るように耳元で囁いた後、男は靴音を響かせてどこかへ去っていた。

 猫娘はへなへなとその場に座り込む。

 

 どうしよう、どうしよう。

 プロフェッサー、どうしよう。どうしたらいい?

 

 その心の内に答えてくれるものはこの場には無かった。

 

 

 △▽△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 「提督ぅー。どこで何してたデース! 探しマシた!」

 

 艤装を揺らし、金剛に体当たりされた男が壁に押し付けられる。

 頬を膨らませ、拗ねた表情の金剛はいつものはきはきとした様子とはまた違い、新鮮で可愛かった。

 押し付けられているふくらみも、大仕事を成したご褒美のようにも思える。

 

 「いやあ、ちょっとね」

 

 自分の中で消化できていない事柄を相談するわけにもいかず、提督は語尾を濁す。

 金剛は男がこの地に着任した当初から在籍していた、どちらかと言えば古株だ。この泊地には男が着任するまでの1ヶ月ほど、提督が不在であった時期もある。生まれは隣のブインだと聞いてはいたが、どんな場所であるのか、基地の責任者に関する情報等が詳しく聞けぬままとなっていた。

 丁度今日という日、秘書を務めるのが金剛であるならば聞いてみるのも良いかもしれない。

 

 「ほら、in a hury! もうすぐ9時デース!」

 

 柔らかな手に握り締められ、提督は廊下を行く。

 ドアを開け中に入れば大和と長門が椅子に座し、くつろいだ姿勢で待っていた。

 ショートランドに自生しているという植物で編んだ、い草のような柔らかなすわり心地を提供してくれるマットの上に転がっているのは青葉と衣笠である。その横で行儀正しく正座しているのが赤城と加賀だ。駆逐組みからは夕立と不知火が、軽巡寮からは球磨と多摩がテーブルの上で茶を飲み、丸くなっている。

 青葉がにやりと提督に笑む。

 いい写真が取れたとにんまりしているところを見れば、繋いでいた手でも撮られたのだろう。

 ちゃんとわかっている。慢心などしてない。提督としてこの地にあるからこそ艦娘たちにちやほやとされているだけで、本土に戻れば無職、童貞のニートに逆戻りであると。勘違いなど、してはいない。

 こんな男を撮ってなにが楽しいのか。

 理解に苦しむがしかし、娯楽が少ない島だ。ある程度は容認しなければ鬱憤も溜まるだろう。

 

 椅子に座せば早速仕事の始まりだ。

 まずは金剛から今日一日の予定をざっと聞く。そしてそれぞれ演習航海、戦闘訓練、哨戒任務、偵察にあたる旗艦へとその内容が書かれた命令書を手渡してゆく。

 

 「提督、この演習の時間確認を願う」

 

 長門から未記入であった空白を指し示され、廊下を隔ててすぐにある作戦本部へ金剛を向かわせた。

 その他に不備が無いと追認すれば今日の業務が動き出す。

 

 「待機の筆頭は扶桑、山城姉妹として、今日も臨機応変に行こう」

 

 決定が下されると、艦娘たちが部屋から飛び出してゆく。

 提督も見送りのために埠頭へと向かおうとし、廊下の端、角でこちらを見ている猫娘を発見した。

 手招きし、執務室を指差す。

 猫娘がこくん、と頷くのを見れば、作戦室へと入った。

 中には本土からこの地へ赴任してきたそれぞれが揃っている。

 タンカーの出入りをレーダーによって位置を確認し応援の有無の監視、昨日出た物資の最終的な数字の確認、これから来る新装備を据える場所の確認等、やらねばならぬ事は数限りなくある。

 

 「提督が着任されてから、ここほど恵まれている場所もない、と思えるようになりましたね」

 

 交換手が男へ笑みを向けてくる。

 単身赴任で来ている交換手のひとりが話し出せば、他の泊地や基地ではブラックだとか残業手当も雀の涙であるとか、なぜそんな離れた基地のことを知っているのだと突っ込みたいほど、情報が行き来していた。

 

 「ま、伝手はいろいろあるって事です」

 

 男が釘を刺すべきは今ではない。悪事に使われたときにこそ有効である。

 そう考え、猫娘に指示する内容のひとつを決めた。

 

 書類を手にしたまま男が歩みを止めたのは、埠頭だ。

 これから訓練に向けて出撃してゆく艦娘たちを見送るのだ。

 子ども扱いしないで欲しいと大人ぶる暁も、出るときだけは抱っこをせがんでくるようになっている。

 駆逐組に囲まれると、年の離れた兄のような心境になってくるのがどことなく、くすぐったい。

 もし妹が居たならば、こんな風に触れ合えていたのだろうか。そう思う。

 

 この地に着たばかりの頃は海に出ることを厭う娘達も居た。

 だが今や、誰もが我先にと出ようとしている。

 戦いが好きなもの、仲間を、姉妹艦を迎えに出るもの。行った事のない景色を見に、過去の記憶を新しくするために。

 理由はさまざまだが、誰ひとり欠けず、賑やかしさが増すこの泊地が誰にとっても希望となればいい。そう願う。

 

 最後を見送れば、再び作戦室に戻ろうと踵をかえした。

 非常事態が次々起きても困るが、何かがあったときにすぐ動ける体制にある、のは最前線の当然であった。

 くい、と白の制服が引っ張られる。

 

 「あの、提督?」

 「どうした、金剛?」

 

 首をかしげ、上目遣いで両手の指先をつつきあう姿に、男は軽い動悸を必死に抑える。

 「Breakfast がまだなのデス。提督を探して食べ損ねました。付き合ってくだサイ」

 

 途中作戦室に寄り、食堂に居ると伝えた後、個室に入りふたりだけの空間で飲食が始まる。

 個室にどうしても、と金剛が願ったからだ。なにやら神妙な相談事もあるらしい。

 

 金剛がナプキンで口元をふく。ロコモコを3人前、完食しての一息である。男が朝食べた皿よりもカロリーが高いに違いない。

 見ているだけで腹が膨れる、を体感しながらブラック珈琲を飲み、彼女から口を開いてくれるのを待つ。

 

 「アノですね、提督。金剛は、金剛がブインで生まれたという Story をした事があったと思うのデスが、覚えていマスか?」

 「ああ、覚えているよ」

 

 男が頷けば、なぜか金剛の頬が赤らんだ。

 

 「この Letterを見てくだサイ」

 

 す、と出されたのは趣味の良い花柄の封筒であった。中身を見て良いかと聞いてから、開く。

 すればブイン基地に在する金剛からの救援が書かれていた。

 深海棲艦からの脅威ではない。提督のわがままが自分達では手に負えなくなった。なので戻ってきて欲しい。

 という要約すればそういう内容である。

 

 「提督はブイン基地提督のあだ名を知っていますカ?」

 

 ショートランド提督である自分を、周囲がどう呼んでいるくらいであれば把握出来ているが、他の基地となれば全く分からない。唯一知っているのは大湊だけだ。手紙で何度もやりとりし、大体の人柄を把握することが出来た。今では仲の良い友人である、と相手は分からないが、男のほうはそう思っていた。

 

 「……金剛提督、と呼ばれていマス」

 

 金剛提督。

 思い当たる節が滅茶苦茶あった。

 まさか本当にそうではないよな、と思いつつも、さらりと聞いてみる。

 金剛ばかりを集めているからその名になったんじゃないよね、と。

 

 「よくお分かりになりマシタね。その通りデス! さすが金剛の提督デスね! That's famous!(すばらしい)」

 

 頭痛がした。

 よもや本当にそうだったとは思わなかった。

 ということはそのほかに榛名提督とか、その他諸々の勇者達も存在していそうな気がする。

 

 「で、金剛はどうしたいんだい」

 

 結局のところ、論点はそこだ。ずばりと核心を突く。

 

 「金剛はここに居たいデス。金剛の提督は、貴方だけ」

 

 真っ直ぐに向けられる瞳に男は後ずさりそうになった。椅子のまま倒れなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 恋愛経験ゼロの童貞には、このような恋愛スキルは皆無なのである。

 

 「行きたく、ないんだな」

 「ハイ、ですが……」

 

 ため息が落ちる。

 ブインの金剛提督は、今まさに目の前に座る金剛をどの金剛より大切にしていたという。

 だが前ショートランド泊地提督が行なった---今もなお調査中であるが---非道な行いによって激減した艦娘たちの穴埋めのため、最も近隣であるブインから金剛を筆頭に4姉妹が派遣された経緯がある。

 派遣されたのであれば、戻ってくるのが筋であると金剛提督がのたまっているそうだ。

 たしかに、筋としては通っている。

 

 「ワタシたちは既に、本土指令部よりこの地、ショートランド所属となってイマス。

  ですがワタシの記憶が確かであれば、ブイン提督はこれごときでワタシを諦めるとは思えまセン。

  その歪な Love 故に強硬手段に出てきてもおかしくないのデス」

 

 あー。

 うん、わかるなあ、その歪さ。

 

 男は腕を組み、漏れ出そうになる乾いた笑みを飲み込む。

 ブインとショートランドは目と鼻の先である。情けない話だが、艦娘たちにお姫様抱っこで運んでもらえば、ものの一時間ほどで行き来できる距離だ。

 

 「あー、なるほど?」

 

 男はつい先日の騒ぎを思い出す。

 ブイン基地から資源の借受打診が来たのだ。

 大湊に要請を出しているが、到着前に枯渇してしまう可能性が高い。

 タンカー到着後にそちらへ借受した分を運ぶので、数日間貸してもらえないだろうか。

 そういう話が来た。

 男は必要数を聞き、それらの用意をしていた。

 小型の輸送船に荷を積み込み、さあ出発だとしたとき、あちらから一方的にこの話は無かったことにして欲しい。

 そう連絡が来、司令部内で詰めていた士官たちと顔を見合わせたのは記憶に新しい。

 

 資源を欲していたのは提督ではない。基地を運営する士官たちであったのだ。

 レシピを何十回と回したのだろう。

 確定されたもの、であってもなかなか目当てが来ないのが建造ミキサーの悩ましくも恐ろしいところだ。ギャンブルに通じると男は思っている。節度をもって資源に余裕ある場合にのみまわすべきが本来の正しい使い方であろう。大湊のように、資源を保管する倉庫のような場所で。

 

 「大湊からの物資運搬により、戦力と装備の拡充平均化は図れているはずなんだがな」

 

 なにが気に入らないのか。

 男にはうすうすわかったが、それを口に出す勇気が湧かなかった。

 

 「……提督。ワタシは、ここに居て、いいですか?」

 

 男は自嘲する。

 女性に言わせていいセリフではない。

 

 「金剛は俺が守るから。ここにいれば、いい」

 

 

 

 「ならば決闘を受けてもらおうか!」

 

 個室のドアを突然開けて入ってきたのは、美男子だった。

 白の軍服を着ていることから、男と同じ提督の地位にいるのだろう。

 はて、決闘とは何をするものであっただろうか。男が考え始めた頃、目を点にしていた金剛がわなわなと震え始める。

 心底嫌いぬいてはいない。だが好意を向ける相手でもない。男はそう、美男子を評した。

 

 「どうしてアナタはいつも突然なのデスか! 周囲の迷惑も考えなサイ!」

 「ああ、金剛、君だけだ。僕にそう言ってくれるのは君だけなんだよ。ずっと聞きたかった、その声を、その言葉を」

 

 後ろに控えていた無表情な金剛からバラの花束を受け取ると、ふぁさ、という軽やかな音が似合うような投げ方をする。

 花束は金剛の手の中に納まるが、すぐさま、隣の椅子へとそっと下ろされる。金剛提督からもらったバラが嬉しかったから、ではない。

 

 「これを得るために、いったいどれくらいの子たちを使ったのデスか」

 

 表情を固くする金剛に美男子は些末なことさ。とウインクしきらりと光る歯を見せた。

 おいおいここはいったいどこだ。男は口元を引きつらせる。

 ブイン基地はショートランドよりも広い面積を持ち、豊かな森を抱える島だ。

 深海棲艦が現れるまで住んでいた現地民も基地から離れた内陸に住まい、生活を送っている。

 流行って、いるのだろうか。

 こんな一昔以上前に流行った仕草と行為が。

 

 思わず男が美男子を蹴る。

 美男子が痛みに顔をしかめた。そうだろう、そうであろう。男が履いている白靴は鉄板いりの特別製である。大井が鬼ごっこするならこれくらいのハンデがないとね? と男に課された重りである。

 そしてこの表情豊かで変な訛りで話す金剛はショートランド所属の、金剛である。

 既にブイン基地所属ではない。

 

 「ここから、出ろ」

 

 男が低く、美男子---金剛提督だろう人物に放つ。

 暑苦しいのは嫌いではなかった。大の好物である。それがさらにロボットものであるならば、言うことはない。

 だが己の欲望を満たすために、手段として使うのは嫌いだ。この地に居た前任者と同じく反吐が出る。

 艦娘たちが居なければ深海棲艦と戦うことすら出来ぬのに、それがさも自分の力であるかのように錯覚している。

 

 人間などちっぽけな存在である。

 何をするにも個人では出来ず、群れを作り科学で、機械で技術でその身を守りながら出なければ何も出来ない生き物だ。

 だからこそ手も足も、核兵器すら使っても倒せない、有象無象に立ち向かうために、どういう手段を使っているのかはわかってはいないが、艦娘という兵器を作り上げ戦力としている。

 

 それを支えるのが各基地に配属されている提督の職務と男は自覚していた。

 資材の管理や作戦の立案もあるだろうが、その全ては艦娘たち中心で回っている。

 この戦いが終わるよう、男が関わってきた人物たちはみな身を心を砕いていた。

 だから乞われこの地へやってきたのだ。

 

 この決闘は本来ならば受けるべきではない。

 そう思う。だが感情が納得しない。理性ではやめておけ、と警鐘が鳴らされている。

 だが受けねば守れない。

 この泊地に集う各々に問いかけられない。

 惰性で戦いなどあってはならないからだ。始まりがあれば終わりもある。

 いまだ何者がゲートを開き無限に湧き続ける深海棲艦を送り込んできているのかわからぬ状態だ。しかもどこに終着点があるのかすら不明である。

 

 ゲーム、であればそれは間違いではない。

 所詮は遊び、であるからだ。オンラインゲームであれば尚更だ。続かなくては人が離れていってしまう。

 人生をかけてゲームをしている少数はあれど、課金するな! 無理なく利用してくれ、と公式で発表するほど『遊び』を追求していた運営である。そうであるならば、100ある枠数全てを金剛で埋めても構わない。眺めてにやにやし、観賞用に改二と改、そしてノーマルを並べて優越に浸っても良いだろう。

 だがこの世界では命がゴミくずのようにぽろぽろと死んでいる。

 死が、当たり前にある。

 艦娘達もそうだ。今もどこかの海で海の中へ引きずり込まれている誰かがいる。

 止めたいと願うのは、偽善だろうか。

 今を維持するために多くの犠牲を必要とするならば、その根本を排除せねばならない。

 

 艦娘たちがいったい何で作られているのか。

 考えたこともある。

 人体の元にもなっているたんぱく質を合成させて作った複製人間だろうか。

 それとも日本という国の中で暮らす両親のいない子供達を教育し、戦場に立たせているのではないだろうか。

 

 思考すればするほど、どつぼへとはまってゆく。

 だが彼女達が居なければ、少なくとも日本という国は成り立たないところまできている。

 男が守っているものは、戦場へ出る娘達の心だ。それを踏みにじる目の前の美男子には、きつい仕置きが必要であろう。

 

 提督ふたりが向かい合った場所は、柔道場だった。

 決闘とは生命をかけて行なう果し合いである。だが互いが基地と泊地の提督という責任ある立場についている。ならば雌雄がつけばよいだろう、と異種格闘技、使う技は何でもありでやりあえばいい。そう言い、ショートランドの男は背を向けここにやってきた。

 横須賀鎮守府に座す総司令に出会わなければ、一般民衆の中に男は紛れていただろう。

 あの人物と話す機会が無ければ、今も就職を求めてハローワークに通っていただろう。

 偶然とは本当に恐ろしく、また人生の転換期が音もなく背後から突然襲い掛かってくるとは言いえて妙だが、納得することが出来ていた。

 パソコンの画面に吸い込まれるなど、人生一度きりの経験としたいものである。

 

 上服を脱ぎ、帽子を置く。

 金剛提督は決闘を受けた男に感謝していた。

 なぜならば勝つのは当然、自分であると自信を持っていたからだ。

 柔道は幼い頃から修めて来た。大会で何度も賞を取っている。家柄も代々軍人を輩出してきた家系であり、内閣を構成する議員とも親交があった。

 提督という職務に、なるべくしてなったと言っても過言ではない。

 着任し、金剛という艦に魅かれた。雄雄しき軍艦は数あれど、ここまで洗練され優美な姿を持つ艦など他に見たことが無かったからだ。

 戦果を上げ、多くから認められてきた。

 その地位は、威光は揺るがない。そう、揺るがないはずだった。

 

 目の前に立つ、何のとりえも無い男が現れるまでは。

 

 一般人であったという。

 幼い頃から人の上に立つ事を望まれそうなるべく、勉学を収めてきたわけでもない。

 ポッと出だ。偶然が優位に重なり、勲功を立てただけだ。

 先の戦いで立案した作戦も見た。荒が目立ち、もしこれが学院の戦術科であれば再提出を求められていただろう。

 だがなぜか全てが上手く運んだ。

 こちらが戦力の建て直しに手をこまねいている間に、いとも容易くとんとんと、一般人はすり抜けていった。手柄を全てかっ攫っていったのだ。

 しかもその作戦の全てに、ブイン基地出身の金剛が携わっていた。

 手塩にかけて育てた、一番気に入っていた金剛が先頭に立ち、作戦をやり遂げたと聞いたとき、その金剛は僕のものだ、と叫びそうになったくらいだ。実際にそうなのである。金剛提督の、金剛であった。

 

 「返してもらおうか。僕の金剛を」

 「……寝言は夢を見ながら言え」

 

 決闘が、始まった。

 

 

 

 取り柄ではないが、何でもやっておくべきだとつくづく男は痛感していた。

 兄に殴られ、投げられ続けた記憶も、今やいい思い出だ。

 

 美男子の動きは軽い。柔道の自慢をしていたが、それだけ実直に身につけていたわけではないようである。

 どこか良家のお坊ちゃんだと思っていた男は、多少上向きに美男子の評価を上げる。

 男の兄は何でもできる人物であった。父と母の養分を全て吸い取ったかのごとく、ありとあらゆる才能を開花させた。

 次男として生まれた男は簡単に言い表せば味噌っかすである。

 両親は男に興味をなくした。当たり前である。

 霞ヶ丘に勤める父とそれらの世界に生きる母は同じ考え方、目線を持つ兄だけが居ればよかったのだ。

 もし兄も両親のように冷たく男をあしらっていたなら、もっと擦れた性格になっていただろう。

 だが兄はことごとく男の味方になった。その兄も父の後を追うように入った政界で鎬を削っている。

 

 国とはそこに生きる人が在ってこそ成り立つ。

 内部にあれば消えてゆく感情もある。国のためにと多くが助かるために小を切り捨て、非道な行いもそれがどうした、と行なう場合もあるだろう。だから自由な目でおれを見てくれ。お前の目に、おれはどう写っている? 家に戻ってきた兄がいつも言っていた言葉だ。

 内部は固い。固くあらねば国の行く末を決めることが出来ない組織である。

 そしてそれはこの世界にも当てはまっていた。ならば男は外から柔軟に動こうと決めた。

 

 

 伸ばされる手をかわす。頬の横を空を切り裂く音が響く。

 相手は殺る気まんまんだ。

 

 肩や腕、何度か受けた投げ技と関節締めで筋肉と神経が悲鳴をあげている。

 さすがに強かった。

 若さもそうだが、真っ直ぐにそれだけのために突き進む気力とそれを成してしまう才能が男には羨ましかった。

 これと決めたことを曲げず出来る行動力ははっきり言って妬ましい。

 だが男は無いものねだりをして喚くほど子供はない。欲しいもののために計画を立て、着実に一歩ずつ進む大人だ。

 

 「お前、何のために戦ってる?」

 息を吸うその狭間で男は美男子に問うた。

 「僕の! そして国のためだ! 金剛は返してもらう!」

 

 薄い。教えられたとおりのステレオだ。

 愛国心が濃いのは見上げた心意気だがしかし。その国がどうして成り立っているのか、わかっていない。

 

 「俺は今、金剛とお前が呼ぶ彼女のために戦っている」

 

 

 

 聞こえてきた声に金剛は息を呑んだ。もしかするならば。淡い期待が膨らむ。

 この人であるなら、金剛たちを光さす場所まで連れて行ってくれるかもしれない。

 

 アナタであるのですカ? 

 真実を知ったとしても、否定しないでいてくれますカ?

 終わりまで、一緒に行ってくれますカ?

 

 金剛は両手を握り締める。

 男同士のさしの殴り合いが続く。両者とも一歩も引かぬ、拳と拳の戦いだ。

 

 「         」

 

 一瞬、美男子の動きが止まった。

 男はすかさず足を払い、その崩れ落ちる体重と重力を利用し、ひねりながら真横に投げ飛ばす。

 肩関節が外れる音がしたが、男は意に返さない。髪をかき上げる。

 勝負は一瞬で決した。

 動揺を誘ったことは否定しない。だがこれもまた、戦略の一手だ。

 

 しばらくの間、その痛みを噛み締めろ。美青年を見る目がそう語る。

 上がった息が収まり、落ち着けば戻してやるのもやぶさかではない。

 

 久し振りに全力で体を動かしたツケはきっと、二、三日後にやってくるに違いない。

 これだから歳は取りたくないものだ。

 

 「くそ、始末書も必要だな」

 

 すっかり忘れていた男も悪いが、放置していた猫娘がいつの間にか道場に入り込み、ホワイトボードにこう記していたのが見えてしまったからだ。

 

 『げんすいにばらしてやった。ばーか、ばーか、いいきみだ』

 

 わざわざ教えに来てくれたのかと思いきや、罵りにやってきたらしい。

 ちゃんと理由をホワイトボードに書くとは律儀だ。

 

 ありがとう、の意味を込め片手を上げると、ふい、と横を向きながらちらりと男を猫娘が見る。

 ボードには、『そふとくりーむおおもりでてをうってやる。ありがたくおもえ』とあった。

 実にちゃっかりとした猫娘だ。

 

 「ほら、無理矢理入れようとするな。余計に悪化するぞ」

 「お前が外したんだろう!」

 「おうおう、たいした元気だな。じゃあ痛みに耐えられるよな?」

 

 くぐもり引きつる声音が響く。

 あとは冷やしておけ、そう言いつつブインから付いてきていた無表情の金剛を呼ぶ。

 氷嚢のありかを指示すれば、この泊地の金剛が並び立ち、

 

 「提督、この金剛にPlease give me some instructions デスよ!」と欲した。

 ならば言うべき言葉はひとつしかない。

 「じゃあ、頼む」

 

 YES! お任せください!

 そう走りながら返事を返す金剛と、ぺこりと会釈する金剛のふたりを見送った後、男は腕をさする美男子の、痛む方の肩を叩いた。

 

 「隣同士だ。仲良くやっていこうぜ?」

 

 手を差し出せば、憮然としながらもその手をとり、立ち上がる。

 

 「……僕の、金剛」

 「もし会いに来たくなったなら、こっちまで来ればいい。歓迎はしないが拒否もしない。ただちゃんと向こう側での仕事は終えてからな」

 「本当だな!? 嘘だと言ったら酷いからな!?」

 

 まったくもって金剛提督の金剛愛は基地を隔てたとしても終わらないようである。

 


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