今回はPIXIVのやつをちょ~っと弄っただけです。
「だ………だめだ、下がれ!! 全力で、後ろに跳べ―――――ッ!!」
「ッッ!?」
遥か後方からとある剣士の絶叫が聞こえた。
しかし、遅かった。
構えられた剣は独特のライトエフェクトを帯び、既にモーションに入ろうとしている。
“ソードスキル”
それがこの剣技に与えられた名称である。
ソードスキルとは、言ってみれば必殺技のようなものだ。
特定のポーズをとった後意識を集中するだけで、あとは勝手にシステムが攻撃を繰り出してくれる。
必殺技と言われるだけあって、ソードスキルの攻撃力は普通に剣で攻撃するよりも高い。
だが同時にそれは、一度攻撃モーションに入ってしまうと、動作が終わるまで一切の行動ができない、という意味でもある。
この時自分―――――岸波白野は、初めてその意味を実感した。
「■■■■■―――――!!!」
「な………!?」
アインクラッド第一層のボス………イルファング・ザ・コボルドロードが、床を揺るがせ、垂直に跳ぶ。
咄嗟に頭上を見上げる。
空中ではコボルド王が体をひねり、武器に威力を込めているのが見えた。
防御の体制をとりたいところだが、ソードスキルの発動中は一切の自由がシステムに奪われる。
つまり…………防ぐ手段は、ない。
軌道―――――水平。
攻撃角度―――――三百六十度。
重範囲攻撃、『旋車(ツムジグルマ)』
赤いライトエフェクトとともに、蓄積されたパワーが竜巻の如く解き放たれた。
「グ………ッ!!?」
コボルド王のソードスキルに直撃した―――――
そう認識した瞬間には、既に視界は旋回していた。
地面と天井が目まぐるしく入れ替わる。
痛みによるフィードバックは確かにあるが、予想していたよりもずっと軽い。
そのせいで、“吹き飛ばされた”と認識するのに時間がかかってしまった。
勢いが収まった後、すぐさま画面の左上を確認する。
体力ゲージは一気に半分を切り、既に四分の一以下にまで激減していた。
まさかあれほどの一撃を正面から受けて、それでもまだ体力が残っているとは………。
もし現実世界だったなら、間違いなく今の攻撃で岸波白野は死んでいた。
ここが“ソードアートオンライン”というゲームの世界であったことに感謝する。
「っ………は、ぁ―――――!」
まだ体力は尽きていない。
それはすなわち、まだ負けていないということ。
だったら、諦めるのはまだ早い。
吹き飛ばされた体に活を入れ、両足で地面に立ち―――――
「っ!? ぁ………れ」
―――――上がれなかった。
もう一度画面を確認する。
プレイヤー名を示す『Hakuno』の文字。その隣には、回転する黄色い星のマークが記されている。
一時的行動不能状態………スタンだ。
「っ………こんな、ところで………!」
戦う意思はある。闘志はまだ消えていない。
しかし体は『スタン』というシステムに縛られ、いうことを聞かない。
それでも、システムに抗うように、無理矢理顔をあげた。
そこで自分は。
―――――否、自分“達”は。
敵の異常に気がついた。
「な―――――に………?」
動けるものは、誰一人としていなかった。
一体、何が引き金だったのか。
コボルド王の体力ゲージが一定ラインを切ったからか。
野太刀によるソードスキル、『旋車(ツムジグルマ)』を放つことが条件だったのか。
…………それとも。
岸波白野の体力ゲージが、この世界に来て初めてレッドゾーンに入ったからか。
手にしていた野太刀も、バックラーも、既に存在しない。
目の前には、一人の女がいた。
全身は黒く染まっており、表情も分かりづらい。
だが、明らかに人間の枠を超えていた。
“巨大”なのだ。
その女は、呆然とするプレイヤー達を愉快げに見下していた。
まるで、無様に足掻く小虫共を嘲笑うかのように。
「っ―――――!」
左手の甲に激痛が走った。
帯電する電気のように、擬似神経である魔術回路が刺激される。
女の背後から九つの尾が姿を現した。
尾は燃えたぎる炎の如く揺らめいている。
左手に灼けるような痛みを感じながらも、自分は、その女から目を離すことができなかった。
きっと、見蕩れてしまっていたのだろう。
「ぇ………?」
それがいけなかったのか。
次の瞬間には既に、女は動いていた。
放たれた弾丸の如く空を裂き、一つの尾がこちらに迫る―――――
◆
遠坂凛。
否、プレイヤー『Rin』は、この世界の戦闘で初めて焦っていた。
“岸波白野がボスのソードスキルによって吹き飛ばされた”
ここまでの時点では、はっきり言って彼女は微塵も取り乱してはいなかった。
遠坂凛の中では既に、二人共無事に勝利、あるいは生還するというイメージが出来上がっていたからだ。
しかしそのイメージは、イルファング・ザ・コボルドロードの異変に気づいた瞬間に霧散した。
ソードスキルの発動後、装備は崩れ落ち、全身が黒く染まる。
現れたのは九尾の姿をした“影”。
だが、真に戦慄するべきは姿ではなく、レベルだった。
実際、他のプレイヤー達もそのレベルの威圧感に、そしてデタラメさに呆然としている。
“影”の表示名は『イルファング・ザ・コボルドロード』。これは変わっていない。
しかし。
「なんや…………これ」
「嘘だろ…………なぁ、これ、何かの間違いだろ? そうだよな!?」
「あ、ありえねぇだろこんなの! 何が世界初のVRMMOだよ! バグだらけじゃねえか!!」
あちこちから絶叫じみた不満の声が発せられる。
―――――それは、最強にして最凶。
どんなゲームにおいても序盤、ましてや第一層などで表示されていい数値ではない。
「レベル…………99、だと………!?」
黒服の片手剣士が絶望の色を混ぜた声で呟く。
『99』
それが今の、『イルファング・ザ・コボルドロード』のレベルだった。
「くっ―――――!」
呆然とするプレイヤー達の中で、遠坂凛は真っ先に動いた。
とはいっても、岸波白野を助けるために突撃したわけではない。
そんなことをしても返り討ちに会うのは必然。
それどころか、間に合わない可能性だって十分にある。
だから彼女はまず、懐を探った。
取り出したのは一つの赤い宝石。
アイテムの名前は『■■■■』
いや、正確には名前などない。
何故ならこれは、本来ならばこの世界に存在しないアイテムだからだ。
A級
―――――チートアイテム。
「シンジ………アンタがこれを見たら、なんて言うんでしょうね」
チート行為を嫌う彼ならば、虫唾が走る、と吐き捨てるかもしれない。
あるいは、ハッキングもプレイヤースキルの一つだ、と許容するかもしれない。
だが、彼女にとってそんなことはどうでもいい。
目の前で殺されかけている友人がいる。
これを放置することなど、『遠坂凛』にできるはずがないのだから―――――
「さぁて、いくわよ………ッ!」
自らの武器である短剣と宝石をかざす。
赤い光とともに宝石は砕け、光を浴びた刀身が姿を変える。
チートアイテムによって作成されたその短剣に、名前など存在しない。
しかし、モデルとなった礼装は存在する。
―――――宝石剣ゼルレッチ
それは無限に列なるとされる、平行世界に路を繋げる奇跡。
これは宝石剣をモデルに作り上げた、ただの短剣に過ぎない。
奇跡の力などありはしない。
代わりに宿るのはチートアイテムとしての能力。
即ち、驚異的なステータスの上昇。
そして、ゲームバランスを完全に無視したソードスキルである。
「
禁断の
無色だった刀身は徐々に光を帯び―――――
「
“影”に向けて、黄金の斬撃を飛ばす……!
◆
「なッ………!?」
その驚きの声は、一体誰のものだったか。
先ほどの黒服の片手剣士か。
いや、少し違う。それだけではない。
おそらく、このフロアにいる全てのプレイヤーが同じような驚きの声を漏らしただろう。
その尋常ならざる攻撃は間違いなくソードスキルによるものだ。
しかしソードスキルはその名のとおり、大半は近接系の技を占める。
広範囲の遠距離攻撃など、本来ならばありえない。
「ぐ……、あ―――――!!」
目前にまで迫っていた尾は、横からの光の斬撃を受けて狙いがずれる。
尾は自分の横を高速で通り過ぎ、轟音とともにフロアの地面へ深々と突き刺さった。
「っ……」
思わず喉を鳴らした。
これほどの威力、実際に喰らうまでもない。
まともに受けていたら、例え体力ゲージが全快であったとしても一瞬で弾け飛ぶだろう。
「何してるの、岸波くん!」
遠坂からの通信。
今の一撃は間違いなく、彼女によるものだ。
「っ、遠坂か。ありがとう、助かった」
「お礼はいいから、さっさと下がって回復しなさい!」
「え……ぁ、あぁ………」
声の様子から察するに、遠坂は焦っているようだ。
どうやら、随分と心配させてしまったらしい。
「――だけど」
下がるわけにはいかない。
それだけは絶対に許されない。
何故なら、見えてしまったから。
全身が黒く染まってしまった“彼女”の瞳を。
「――――」
左手を見る。
手の甲に刻まれているのは、残り一画の赤い痣。
『令呪』。それがこの痣の名称。
そして、“彼女”との絆の証。
コボルド王の外見が変化してから、左手の疼きは徐々に大きくなってきている。
その疼きに応えるように、記憶の穴が徐々に埋まっていく。
空白に欠片が集い、やがて未完成の絵が浮かび上がる。
予感は確信へと変わり、絶対の自信をもって左手を構えた。
“彼女”は、手を伸ばしている。
己の身を削りながらも、この浮遊城のどこかから必死に手を伸ばしている。
その結果があの“影”なのだろう。
既に、“彼女”の手は目の前にあったのだ。
――――ならば。
岸波白野が“彼女”のマスターであるならば。
その手は、握り返してやるべきだ。
「岸波くん……ッ!!」
遠坂の叫び。
同時に九尾の“影”は、別の尾で再び攻撃体制に入った。
尾の先は槍のように尖っている。
あれならば、いとも簡単に風穴を開けることができるだろう。
「…………」
「――――」
視線が合う。
だが、怯えはない。
剣を捨て、代わりに疼く左手を掲げた。
もはやこんな物、必要ない。
岸波白野の本当の“剣”は、この手の先にある。
「どうすればいい?」と疑問が浮かび、即座に打ち消される。
難しく考える必要はない。
いつだってそうだった。
自分にできることはただ一つだけ。
「■■■■―――――!」
再び尾の攻撃が放たれる。
遠坂は既に奥の手を使った。助けはもう期待できない。
―――――充分だ。
おかげで“彼女”の名を呼ぶことができる。
自分が諦めない限り、共に戦うと誓った。
“彼女”の名は―――――
「来い、キャスター――――ッ!!!」
そう。
いつだって、何度だって、その名を呼びかける―――――!
◆
「きゃー! キタキタキターっ!
雨天決行! 花も嵐も踏み越えて、ご主人様への愛に、一・直・線!」
この場に相応しくない、能天気な女性の声が響く。
その声に、約四十人のプレイヤーは耳を疑った。
そして、眼前の光景―――――魔法陣のような何か―――――のライトエフェクトを見て、今度は自分の目を疑った。
言うまでもなく、こんな仕様はテスト時代には存在していなかった。
「うッ―――――!?」
一瞬の眩い閃光。先ほどの魔法陣による光であることはすぐに分かった。
次に目を開けた瞬間には、何もかもが元に戻っていた。
レベル99の化物に執拗に狙われた片手剣士。
狐の尾による攻撃が、『99』に相応しい速度で彼に迫る―――――はずだった。
しかし、巨大な九尾の姿はどこにもない。
あるのは記憶通りの『イルファング・ザ・コボルドロード』。
体力ゲージは減少したままだ。
「■■■■―――――!」
「っ!」
獣の王が野太刀を大きく振りかぶった。
直後、剣が赤いライトエフェクトを帯びる。
狙いは目の前の片手剣士。
彼の体力ゲージは今、四分の一にも満たない。
まとも喰らえば間違いなく体力ゲージは尽きるだろう。
それはすなわち、死を意味する。
今からでは、どうやっても間に合わない―――――!
「まずい、逃げろ―――――ッ!!」
渾身の力を込めて叫んだ。
しかし、圧倒的に遅かった。
叫んだ瞬間には既に、野太刀は振り下ろされていた。
血のように赤い光を放ちながら、ソードスキルが片手剣士に叩き込まれる。
「ぇ―――――?」
だが、その攻撃が通ることはなかった。
野太刀は、その男にヒットする直前で停止していたのだ。
攻撃を遮っているのは巨大な紫の大盾と、蒼い着物を着た一人の女性。
いや、あれは巨大な盾ではない。
紫のライトエフェクトが盾を巨大化させ、防御能力を強化しているのだ。
その中心には、バックラー程度の大きさの盾。
蒼の装飾が施されているそれは一見、鏡のようにも見える。
あれもソードスキルの一種なのだろう。このゲームにも盾が存在するのだから、盾用のソードスキルがあっても何らおかしくはない。
おそらく彼女は、先程の閃光の瞬間に誰よりも速く動き、真っ先に狙われた彼を助けに行ったのだ。
「………まさか、本当にただのバグだったのか?」
そうとしか思えなかった。
レベル99の悪魔は既に消え、代わりにHPが削られたままのコボルド王が出現した。
まるで、あの巨大な狐とコボルド王が強引に入れ替えられたかのように。
アインクラッドは全九十九層から成る巨大な浮遊城だ。
ここはまだ一層だが、上に登れば登るほど敵もまた強力になる。
おそらく上層階には、レベル99の狐の化物………つまり、先程のようなボスモンスターも存在するのだろう。
この世界のシステムか、あるいは『茅場晶彦』本人か。
それとも、それ以外の“何か”か。
そのどれかは知る由もないが、たった今大きな“何か”によってバグが修正された。
「…………なら、やることは一つだ」
右手の『アニールブレード+6』を強く握り締める。
敵は既にレベル99ではなく、ただの『イルファング・ザ・コボルドロード』。
狙いは一つ。LA―――――ラストアタック。
ただ、一つだけ心残りがある。
この戦いが始まる前に、俺は密かに決意したのだ。自分がここでゲームオーバーになったとしても、隣の女性……アスナというレイピア使いだけは何としても守る、と。
彼女には、俺など及びもつかない程の才能がある。VRMMOに魅せられたものとして、彼女をこんなところで散らすのはどうしても容認できない。
そして、このフロアのボスはかなり異常だ。
ここが仮に第二層だったなら、「一緒に行こう」、あるいは「手伝ってくれ」と、声をかけたかもしれない。
しかし、バグが無事処理されたとはいえ、敵はついさっきまで確かにレベル99だったのだ。
次にこんなことが起こらないとは限らない。
俺は隣に立つアスナを見て、「後方に留まり、前線が決壊したら離脱しろ」と言おうとした。
だが、まるでこちらの意図を読んだかのように、俺が口を開くよりも早く彼女は宣言する。
「わたしも行く。パートナーだから」
それも拒む理由も時間も、今の俺にはなかった。
「…………解った。頼む」
二人同時に向きを変え、広間の奥に向かって走り出す。
つまり、『イルファング・ザ・コボルドロード』と対峙しているのはたった二人。
未だ体力ゲージがレッドゾーンにある男性プレイヤーと、彼を助けに入った蒼色の女性。
………いや、もう一人いる。
巨大な黄金の斬撃を放った赤い女性プレイヤー。
目立たない位置からの攻撃だったが、俺には見えていた。
あれは決してソードスキルではない。あれ程のデタラメなソードスキルが、このゲーム内に存在するはずがない。
彼女自身もそれが解っているのか、先程の短剣は既にしまい、アスナと同じレイピアを装備している。
だが、彼女の参戦は個人的には有難かった。
何故なら負ける要素がない。
コボルド王の野太刀による攻撃は、ベータテスト時代にはない要素だった。
しかし、それ以上の強力な戦力がこちらにはある。
LAを取られる可能性が高いが、それでも勝てるのだ。
力は余裕を生み、余裕は心の安定を生む。
精神が研ぎ澄まされ、コボルド王の動作全てに集中する。
―――――そうして、戦闘は再開された。
本来ならこの前にディアベル、キバオウ、エギル達の攻略会議の話を入れるべきだったんでしょうが………まあ、そのうちなんとかします。多分。