「アーチャー!」
立ち位置を調整するアーチャーに呼び掛ける。
それを横目で確認した後、アーチャーは再び空中のバーサーカーを見る。
構えているのは宝具・
そのうちの一つ――『射』の型。
「っ――今更何をしに来た。尻尾を巻いて逃げたのではなかったか」
「流石に、あれを見たら放っておけない」
ここがダンジョンや草原だったら、あるいは逃げていたかもしれない。
けれどここは橋。上からあれだけの宝具を撃たれたら、この橋も無事では済まない。
「チッ――遅いか。もういい、下がっていろ」
アーチャーは左手に魔力を集中させる。
その影響か、彼が持つ幾重もの魔術回路が色を伴って視覚化される。
あの線に沿って魔力が流れているのだろう。
この英霊は投影魔術で宝具を再現する。
所詮は再現だ。幾ら宝具の構造を頭に叩き込んでも、オリジナルをそのまま作ることはできない。
――しかし、真に迫ることならばできる。
今のアーチャーは自滅を心配する必要がなく、より精度の高い宝具を投影可能なのだ。
「――――――――」
二騎の視線が交わる。
それが合図。
限界にまで引き絞られた矢は――大量の魔力を引き金に発射された。
数十メートルの距離が一瞬にして詰まる。
砲弾は空気を捩じ切り、貫きながら直進する。
「
――だが。ここに、それを塞ぐ花弁が出現した。
花弁は七枚。その一つ一つが城砦の壁。
勿論これは贋作。本物に比べれば何もかも劣っている。
しかしその弱点は、キャスターの宝具によって補われる。
以前までと比べれば圧倒的な精度。投擲武器、飛び道具に無敵を誇る最硬の盾。
「ぬぅ――……っ!!!」
――その一枚に亀裂が入る。
人中に呂布ありと言われた最強の武将と、最高傑作とまで言われた最強の武器。
その一撃は、城砦の一つや二つ軽々と消し去る。
「ぐっ……!」
衝撃波で橋が揺れ、表面のコンクリートが剥がれていく。
触れてすらいないのにこの影響。やはり、破壊力はずば抜けている。
「っ――――!」
足場が崩れた瞬間、一気に二枚の花弁が割れた。
……まずい。足場が悪い。
今アーチャーが投影した宝具なら、バーサーカーの宝具もなんとか凌げるだろう。
しかしそれは、ここが普通の平地だったらの話。
階層が低いせいか、この橋の耐久値は高くないようだ。
時には隆起し、時には陥没し、乱れに乱れる。
自ずと踏み込みも甘くなり、踏ん張れるものも踏ん張れない。
「キャスター!」
「お任せ下さい! コンなの、朝ご飯前ですっ」
そう言って、キャスターは呪言を唱え始める。
――《呪層・黒天洞》
自分達が持ちうる最強の防御手段。
「む……キャスターか!」
「
「――は。言われるまでもない――!」
ドーム状の障壁が貼られ、アーチャーの盾と重なった。
それを確認した後、耳につけた
――純銀のピアス。
刻まれたプログラムは“ gain_mgi(16); ”
キャスターの魔力を上昇させ、黒天洞を補強する。
五枚の花弁と一枚の障壁。
アイアスを突破しても、その下には黒天洞。
これらを一気に敗れる宝具などそうそう無い。
――ピシリ、と割れる音。
発生源は壁ではなく矢。
矢に篭められた魔力が底を尽き、衝撃に耐え切れず自壊する。
これで終わりではない。
《呪層・黒天洞》は、防御と吸収を兼ね備えた呪術。
行き場に迷う魔力は全て、彼女の鏡に吸い寄せられる。
――耐え切った。
バーサーカーの宝具、
「……ふぅ、どんなもんですか! 如何な宝具とて、二人掛りなら楽勝――」
「言ってる場合か! まだだ!」
跳躍したバーサーカーが着地する。
脆くなった橋に更なる亀裂が奔り――
「■■■■■■――――!!!」
「!」
驚異的な脚力でこちらに迫る。
地形がガタガタになろうとお構いなしか……!
方天画戟は元の形状に戻っている。
切断、刺突、打撃、薙ぎ、払い。
大型両手武器の特徴を全て備えた万能兵器。
「――十秒、といったところか」
「アーチャー?」
「時間を稼げ、岸波白野。出来るか?」
「…………」
十秒……十秒、か。
何をする気か見当もつかないが――
「……分かった。任せる」
「ああ、任された。気を楽にな。あの戦いを勝ち抜いたお前なら、安い注文だろう」
「――え?」
今……なんて――
「ご主人様!」
「!」
考えるのは後だ。
今はバーサーカーに集中する。
――とは言っても、どうするべきか。
右腕は動かない。
使えるのは左手と礼装くらいか――
「――――いいや、なんてことはない。キャスター!」
「ラジャーです
キャスターが飛び出す。
バーサーカーに、ではない。
悪い足場を巧みに駆け抜け、バーサーカーの側面を位置取る。
「――
アーチャーが呟く。
やはり何かを
――それがこれまでと明らかに違うものだと、すぐに分かった。
光。
星のように眩い光が、アーチャーの手から発せられている。
これを危険と判断したのか、バーサーカーはキャスターに目も暮れずアーチャーを狙う。
「炎天よ、はしれ!」
死角から《呪相・炎天》を放つ。
キャスターの呪術は範囲が広く、威力も申し分無い。
「■■■■■■――――!!!!」
攻撃を受け、バーサーカーはキャスターへと方向転換する。
――やはり速い。
彼の敏捷値はキャスターと大差ないが、狂化の影響で本来よりも速くなっている。
筋力値、耐久値は言うまでもない。接近戦になればキャスターは五秒と持たないだろう。
だが侮るなかれ。この程度、危機でも何でもない。
キャスターは脆い。非常に脆い。一度のミスで簡単に死にかける。
しかし、そんな綱渡りだったからこそ得られた経験がある。
――ここで勝負を決める。
とっておきの礼装《アトラスの悪魔》を起動する。
「っ……! ぁ――、」
一気に体が脱力し、膝をつく。
効果が強力な分、消費量も激しいようだ。
残り少ない岸波白野の魔力が、キャスターへと流れていく。
「ではでは、ここらでバシっと決めてやります!」
こちらの意図を理解したのか、彼女は動きを止め、ある構えをとった。
――《呪層界・怨天祝祭》
キャスターの魔力を瞬間的、かつ爆発的に引き上げる呪術。
大気が呪力で満ち溢れ、蒼い着物は躍りだす。
この間、キャスターは気を集中するため、完全に無防備となる。
「■■■■■■――――!!!!」
襲い来る薙ぎ。
その凶悪な攻撃は、彼女を紙をように破り捨てるだろう。
「おや? 何かしましたか、貴方」
だがキャスター本人は、一切動じていなかった。
バーサーカーが手加減したわけではない。
原因は先程の礼装《アトラスの悪魔》に刻まれたコードキャスト―― add_invalid();
一撃のみ、あらゆる攻撃からキャスターを守る。
「気密よ、うなれ!」
「――――――――!!」
強化された呪術がバーサーカーに直撃する。
撃たれたのは風の呪術。
中華の鎧を砕き、四肢を切り刻み、狂戦士の巨体を軽々と跳ね除けた。
「■■■■■■――――、■■■!!!」
まだ、倒れない。
ことタフさにおいて、このクラスのサーヴァントは他の追随を許さない。
だとしても、呂布奉先に無敵の逸話はない。どれだけ耐えようと、いずれは力尽きるのだ。
そして――
「いい仕事だ。後は任せてもらおう」
最後には、彼の締めが待っている。
「禁じ手の中の禁じ手だ。バーサーカー……いや、呂布奉先。貴様にこの投影を受けきれるか――!」
「■■■■■――!!」
バーサーカーは方天画戟を持ち直し、槍投げの要領で
「――――――」
ふと、有り得ない幻を見た。
聖剣を構える赤い英霊。
それに重なるように――青いドレスを纏った、誇り高き騎士王の姿を。
「
アーチャーは高らかに
勝利を約束する聖剣。それを模倣した偽物の名。
その名に込められた意味は、赤の他人に過ぎない自分には分からない。
巨大な光の斬撃。