「■■■■■■!!!」
獣じみた咆哮が橋を揺るがす。
振るわれるは暴力の槍。
限界まで強化された腕力。
そこには技術などない。
圧倒的な怪力を前に、小手先の剣術は意味を成さないのだ。
「■■■■■■――!!!」
盾を構えた剣士達が吹き飛ぶ。
ただの薙ぎ払いで、だ。
ソードスキルでは断じてない。
それでもなお、剣士の体力が三割減った。
たった三割。
――されど、三割。
「全員下がれ! 撤退するぞ!」
戦闘が始まって約十秒。
リーダーたるディアベルは、この敵を撃破不可能と判断した。
「なんでや! これしき、まだいけるやろ!」
サブリーダーたるキバオウが不満を唱える。
防御重視のディアベルと違って、この男は攻撃重視の装備だ。
突撃部隊の彼からすれば、三割の増減は日常茶飯事。
よって彼は、これを危険とは感じなかったのだ。
「今のはタンクの連中がミスっただけやないか! しっかりガードすれば、倒せん相手やないで!」
「いや、だからこそ撤退するんだ!
今のヤツは本気じゃない。体力が半分切ったら攻撃力が上がるかもしれない。
それに、絶対ミスしないプレイヤーなんていない。このゲームにヒーラーがいない以上、少しでもミスしたらやり直すべきだ」
「っ――……言われてみれば、確かにそうやな。ったく、茅場昌彦は何考えとんのや!」
そう。このゲームには
加えて序盤は、即効性の回復ポーションが手に入らないのだ。
死者を出さないという条件。
スキルが満足に揃っていないという、初期ならではの制約。
回復手段が少ないというハンデ。
見方次第では、この『ソードアートオンライン』は序盤が最も難しいかもしれない。
「キバオウさん、転移結晶は?」
「ワイは持っとる。けど、流石に全員分はないで」
「なら、ここで転移するわけにはいかないな。あのボスの戦闘エリアから脱出するしかない」
「なるほどな。けど、具体的にはどうするんや」
「オレ達タンクが注意を引きつけて、アタッカーの皆には全速力でエリア外まで走ってもらう。そして、最後にタンクが転移結晶で逃げる」
「……つまり、転移結晶の数だけタンクが残るっちゅーことか。……無茶やで」
「でも、今はそれしかない。キバオウさん、《解放隊》から転移結晶を集めるだけ集めてくれ。オレは――」
ディアベルは、今も奮闘する《ドラゴンナイツ》に視線を向ける。
ギルド《ドラゴンナイツ》は、比較的
そのリーダーたるディアベルの能力は、語るまでもない。
「チッ……まあ、そうなるわな。死ぬんやないで、ディアベルはん」
「分かってる」
そう言い残し、ディアベルは戦闘に参加する。
背中に納めた剣を抜き放ち、声を張り上げる。
「全員防御態勢! 《アイアスの陣》!」
彼の号令を機に、盾を構えた剣士達は列を組む。
――アイアスの盾。
かのトロイア戦争にて、大英雄ヘクトールの投槍を唯一防いだ盾。
一説によると、それは青銅の盾に幾重もの牛皮を敷き詰めた盾だったという。
《アイアスの陣》は、それを元に彼らが考案した一つのフォーメーション。
こんなものに大英雄の名を借りるのは烏滸がましいが、だからこそ意思疎通はしっかりできている。
防御スキルで強化された騎士の層。
これを突破するのは、いかに狂戦士といえど時間がかかるだろう。
「よし――全員、死ぬんじゃないぞ!」
◆
「っ――、遅かった……!?」
息を整え、橋の様子を確認する。
二メートルを越える巨漢と、重装備に身を包んだ騎士の軍団。
――バーサーカーとプレイヤー達だ。
遠目にしか見えないが、既に戦闘は始まっている。
「展開は大方予想通りだな。バーサーカーの一方的な蹂躙。
……あのままではジリ貧だな。なんとか凌いでいるようだが、それだけだ。潰されるのは時間の問題か」
アーチャーが戦況を伝える。
……見たところ、宝具はまだ使われていないようだ。
なら、まだ間に合う。
「ヒドイやられようですねえ。――そなたこそ、真の三国無双よ……!」
「……キャスター、今は冗談では済まない」
「では自重します。
こほん――それで、どうするおつもりですか、
「…………」
手札を確認する。
こちらにはサーヴァント二対、マスター二人、プレイヤー大勢。
敵はサーヴァント一体。
条件は勝利――否、生還。
そして、死者を出さないこと。
アーチャーの宝具で不意打ち。
――却下。
彼の宝具は強力だ。そんなことをすれば、間違いなくプレイヤー達を巻き込んでしまう。
自分達も戦線に参加する……?
……却下。
バーサーカーを倒す前に自分達が殺される。
だから。
本当に倒したいのならば、キャスターと一緒に行く必要がある。
「悩んでる時間はないわ。行くわよアーチャー」
「ほう。随分速い決断だな。ちなみに、勝算はあるのかね?」
「当然。
――貴方、私のサーヴァントになりなさい。ここで、今すぐに」
「え……?」
唐突に。
遠坂はアーチャーに向かって、そんなことを言い放った。
「何を言うかと思えばそんなことか。……本気かね?」
「本気も本気よ。悪い条件じゃないと思うけど?
確かに貴方は今でも十分に強い。けど私がバックアップすれば、今より贅沢な魔術が使えるんじゃない?」
遠坂は不敵に笑う。
アーチャーをバックアップする。
それはつまり、アーチャーはNPCとしてではなく、サーヴァントとして戦うということだ。
その意図を読み取ってか、アーチャーはしばし驚いた顔をした後、
「……了解した。確かに、手段を選んでる場合ではなかったな」
渋々と――懐かしそうに笑みを浮かべながら承諾した。
「とりあえず、これ渡しとくわ」
遠坂は懐から宝石を取り出し、アーチャーに手渡す。
色は赤。
装飾が施された、ルビーのペンダント。
「これは?」
「簡単な外付けのラインよ。持っていれば、それだけで私から魔力を補給できる。量はたかが知れてるけど、無いよりは確実に違うはずよ」
「そうか。
――して、具体的には何をさせるつもりだ」
「あのバーサーカーには遠距離攻撃の宝具がある。
誰かが残って足止めするって手もあるけど、残った方は逃げるより先に潰されるでしょう。つまり――」
「つまり、我々も戦線に参加するということか?」
「ご名答。接近戦もこなせる貴方なら、少なくとも戦いにはなるでしょう。これで一般人は逃せるはずよ」
「……成程。要するに私は、使い捨ての足止めか」
「まさか。そんなわけないじゃない。折角手に入れたサーヴァント、見殺しにする気はないわ。
――私が貴方を援護する。時間稼ぎ、なんて甘いことはしない。やるからには徹底的に。リベンジも兼ねて、バーサーカーはここで倒すわ」
「……フッ。
ああ、それでこそ遠坂凛だな」
「? 何よ、いきなり笑っちゃって」
「すまない。生前、君のような女性とは何かと縁があったのでね。少々昔を思い出していた」
「? ……まあいいわ。それで、岸波くんはどうするの?」
「どうするって――それは」
このあかいあくまは一体何を言っているのか。
……二人を見て、悩むのが面倒になってきた。
サーヴァントの力は規格外。
派手に行使すれば、疑いの目を向けられるのは避けられない。
――それがなんだ。
ここまできて、何を迷う必要がある。
「――決まってる。行こう、キャスター」
「承知致しました。いかにバーサーカーといえど、一度は倒したサーヴァントです。もはや私共の敵ではございません!」
「随分大きく出たな。今のうちに忠告するが、慢心は己の身を滅ぼすぞ」
「その点はご心配なく。私の後ろには冷静沈着なマスターがついておりますから。
この主従は、サーヴァントの私が調子に乗っているくらいが、一番バランス取れてるのです」
軽口を叩きつつ、各々戦闘態勢を取る。
……手段を選んでいる時間はない。
故に、今構えるべきは魔術礼装。
剣士“
「……オッケー。それじゃあ、思う存分暴れましょうか」
以下愚痴。本編と関係ないです。
ここまで書いてようやく気づいたんですけど、MMO物って一発逆転があまりできないんですよね。主にHPゲージのせいで。
隠していた超必殺技を当てても、突如覚醒して神スキルに目覚めても、基本HPを減らすだけですから。
fateならセイバーがどんなにボロボロになっても、エクスカリバー当てたら勝ちです。逆転勝利。魅せ方次第ではめっちゃ燃えます。
これをMMO物でやろうとすると――
主人公「うおおおお!!」
ドッカーン!
敵 「それがどうした。我の体力はまだ三割あるぞ。ちなみに今のは一割くらいしか効いてないぞ」
主人公「えっ」
……これはこれでいい気がするぞ? 主人公側が更にピンチになる展開。
こっちはいい。
問題はどうやって主人公ズを勝たせるか。その着地点がてんで分からぬ。
物語の主人公が正統派主人公ならば、最後はなんやかんやで勝利すべき。多分。
だがどうやって倒す?
エクスカリバーぶっぱを余裕で耐えたボスを、ただのライダーキックで倒してしまうのか?
……それはそれでアリな気がしてきた。