――その少女を初めて見たのは、こっちに来て一週間後だった。
◆
場所は《はじまりの街》。
自分は遠坂に頼まれた用事を済ませ、特に理由もなく街をブラブラしていた。
街には様々なプレイヤーが入り乱れている。
装備の新調をする者。回復アイテムの補充をする者。昼夜逆転の生活をしているからか、ひどく眠たそうな者。
革のコートや金属の鎧。
およそ現実的ではない衣を纏う彼らの中に――
――えらく普通の格好をした、一人の少女がいた。
「――――」
少女の風貌に思わず息を呑む。
髪は雪のように白く、瞳はルビーのように赤い。
顔立ちも、よくできた人形のように整っている。
私は雪の妖精です――そう言われても信じてしまいそうなくらいの、まごうことなき美少女だった。
「……♪」
少女は男達が闊歩する街中を悠々と歩いていく。
ここでは銀の髪は珍しくないせいか、それとも別の理由があるのか、すれ違うプレイヤー達はその少女を気にも止めない。
少女もまたプレイヤー達を気にせず、街の景色を楽しむかのように歩いていき――
「――?」
突然、少女が足を止めた。
何かにぶつかったわけでも、誰かが通せんぼしているわけでもない。
ただの気まぐれ。
今の自分と同じように、大した理由もなく歩みを止めて振り返り――
――その赤い瞳と、目が合った。
「え――?」
理由のない悪寒が奔る。
宝石のような赤い瞳が、
「…………」
「…………」
沈黙。
しかし、距離にして約二十メートル。
通行人達の雑談もある。
この距離では声を張り上げない限り、こちらの声は全く届かないだろう。
銀髪の少女はこちらを見たあと、ニコリと破顔し――
『じゃあ、またね』
そう、一言だけ言い残して、何事もなかったかのように歩き出した。
◆
「――――ぁ」
ふと、目が覚めた。
どうやら夢を見ていたらしい。
天井が暗い。ということは、まだ夜か。
「……ん?」
なんとなく左腕を動かそうとしたが、動かない。
横になったまま辺りを見渡す。
……誰もいない。
安い宿に相応しい固めのベッド。
薄くボロボロな掛け布団。
――そして何故か、愛らしいモフモフの塊がひとつ。
「…………」
布団をめくって中を覗く。
そこには――気持ちよさそうに寝息を立てるキャスターがいた。
寝巻きはわざとらしく着崩れており、たわわな水風船二つで左腕をがっちりホールドしている。
手の平には、柔らかくて暖かい彼女の手。
尻尾は布団に収まらなかったらしい。
ふむ…………なるほど。
――これが、俗に言う添い寝というやつか。
「っ――……む」
――この程度、ももはやなな慣れっこである。
そう、慣れっこなのだっ。
別にキャスターが裸というわけでもない。
実った二つの果実とて、視界に入れなければどうということはない。
触れているのは大体肘の関節あたり。
さらに自分の服と彼女の服という、鉄壁の防壁が二つあるわけでして――
――つまり、たったそれだけしかない、ということだ。
「はぁ…………頭、冷やそう」
組まれた腕を強引に解き、起こさないよう布団から出る。
岸波白野はありふれた一人の男子だが、キャスターは傾国レベルの美人さんだ。
聖杯戦争の緊迫した空気ならともかく、緩みに緩みきった今の自分が彼女と添い寝するのは、ちょっと耐えられる気がしない。
思考をクリアにするため、真夜中の外に出る。
「……え?」
宿屋の外。
プレイしやすいためか、周囲には武器屋だの防具屋だのが密集している。
つまりは、ここが現在行き来できる最上階である限り、常に賑わっているべき場所なのだ――が――
「なんで――誰も、いない……?」
辺りは不気味なほど静まり返っている。
ゲーマーの中には、昼夜逆転している人だっているはずなのに――
外にはただ独り。
いつか見た、銀の少女が立っていた。
「な――――」
記憶を取り戻した今ならはっきり分かる。
こんなことができる人種はひとつのみ。
……この少女は
それも『超』がつくほどの。
岸波白野は勿論、遠坂凛でさえ敵わないレベルだろう。
少女はこちらを確認したあと、紫のコートの裾を持ち上げて優雅にお辞儀する。
「こんばんは。私は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。……って言っても、貴方は分からない、かな?」
困ったように少女は微笑む。
「これはどうもご丁寧に。私がこの御方のサーヴァントにして妻、キャスターです」
「――は?」
聞き慣れた声に振り向く。
いつの間にか、後ろにキャスターがいた。
「キャスター、いつの間に?」
「いえ、なんとなくバッドエンド臭がしたので。『こんばんは』からの『殺すね』はお約束ですから」
「どんな世界観だ、どんな」
それだと怖過ぎて、夜中出歩けないぞ。
「へえ……ちょっと意外。仲良いのね、貴方達」
「そりゃもう夫婦ですから! 相性の良さに関しては、そんじょそこらの主従に引けはとりません!
――当然、貴女にもです」
キャスターは守るように、岸波白野の前に出る。
「あ、やっぱり分かるんだ。流石は、
「用件はなんでしょうか。いくら貴女が礼儀知らずとはいえ、魔力を流して無理矢理叩き起すのは流石にどうかと」
「む……だって、しょうがないじゃない。それが私の役割だったんだから」
「? 役割……?」
銀の少女――イリヤスフィールと名乗った少女は、その二文字を強調した。
「そう、役割。残念だけど、これって仕事なのよね。
さて……――と。
――キャスターのマスター。貴方の実力を見込んで、私から依頼があります」
「依頼?
…………あぁ、そういうことか」
合点がいった。
この
言峰綺礼同様、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという人物が、ムーンセルによって再現されたもの。
そして。
言峰綺礼がチュートリアルおじさんだったように。
彼女は、プレイヤーにクエストを配布する雪の妖精だったのだ。
「はてさて、貴女にその必要があるのでしょうか? ……確かに、
「いやよ、めんどくさい。私は私で、ここでやりたいことがあるんだから」
少女はさっと手をおろし、メニュー画面を表示した。
「…………」
――雪の妖精と言ったな。あれは嘘だ。
と言いたくなる速さで、少女はウインドウをポチポチ操作する。
ああ……妖精のイメージが、音を立てて崩れていく……。
……数秒も経たないうちに、視界の中央にクエストが貼られた。
「はい、これでいいわね。今回の仕事は終わり。終わったら私に報告しに来てね」
「? 報告ってことは、どこかで待機しているのか?」
「そんなわけないでしょう。やりたいことがあるって、ちゃんと言ったじゃない」
……なるほど。
それはつまり、アーチャーを探すのと同じように、自分の足で探せということか。
で、肝心のクエスト内容は――
「…………」
内容、は――――
「…………えぇ」
…………なんだ、これ。
「では、ごきげんよう。せいぜい死なないように気をつけてねー」
そう言い残し、銀の魔術師は去っていった。
……不吉だ。特に最後の一言。
「で、ご主人様。内容はどういったものなんです?」
「……えっと、内容は――――、その、ない」
「はい? ……あのう、ない、とは一体……」
メニュー画面、クエスト内容をキャスターに見せる。
――言ったとおり、内容はなかった。
ただの空欄。表示されているのはクエストのタイトルのみ。
――――『
「…………あらら」
「…………はは」
乾いた笑みがこぼれる。
たった二文字でこの絶望感。
ご丁寧にルビまでふってある。
「確かに、これはちょっと……どころか凄く……いえ、とてつもなく――」
――厳しいですねぇ、と苦い顔で呟いた。
ああ、確かに厳しい。
理性を失う代わりに、強靭な身体能力を得るクラス。
……純粋な力比べならば、全クラス中最強ではなかろうか。
対してこちらは――全クラス中最も貧弱なキャスター。疑う余地もなく、相性最悪である。
……いや、キャスターという時点で不遇というか、相性も何もないのだけども。
「はぁ…………」
今悩んでも仕方ない。
とりあえず今は眠い。明日、遠坂に相談しよう。
hollowクリア。カプさばもクリア。
女の子可愛かった。やっぱりボイスはすごいぜ。
イリヤを出したのはhollowの影響。だがしかし白野をお兄ちゃんと呼ばせるつもりはない。
魔術師とウィザードは厳密には違うし、EXTRAの世界ではアインツベルンがどうなっているのか分からないのだが――些細なコトだ気にするな。
きっとコンバートしたんだよ(適当