ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】 作:ノイラーテム
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惑星間航行実験船イエローノア。
それが木星圏に辿り着き、木星公社が回収したとの報告を受けてようやく警戒し始めた者が出たらしい。政府高官や軍官僚たちがやって来る。
「木星帝国……いえ公社が反乱を計画しているかもしれません」
「こんな話を知って居るかね? とある極東の国家が無謀にも超大国アメリカに挑んだ事がある。後にインドの判事は『こんな条件をつきつけられたらモナコやルクセンブルクでも矛を取って立ち上がるだろう』と述べたよ」
木星圏に閉じ込め物資も送らないでおいて、恨みに思わぬはずもなく攻めてこない理由もない。
今更だろうと思いつつもジャミトフ・ハイマンは相談に応じる事にした。随分前からクラックス・ドゥガチが反乱を起こすかもしれぬという前提で反攻計画は練っていたからだ。
反乱せぬならせぬように無用の警戒シフトは見せないという前提で、事も無げに計画書をチラリと見せてやった。それだけでホっとため息を吐くのはなんと浅はかな事か。こんなものは『計画』の一部に過ぎぬ。
「どんな仮想敵なのかを断じるには容易い。人は前例の積み重ねと、必要性に応じて開発するからな」
「前例と必要性?」
次にジャミトフが見せたのは、大容量エンジンに大型スラスターを取り付けた機体である。
主機としてメインスラスターが直結し、脇からサブスラスターが斜め後方に向かっている。滑稽なのは小さなロボットアームが工作機械を手にしている事だ。
「これはプチモビ? それにしては随分と大きい」
「木星圏の重力ゆえだよ。大型のエンジンに巨大なブースターを付けて作業を行う。足に見えるのは補助機であり、強大な重力圏を脱出する際に推力を束ねる為のものだ。手は作業用であり、この段階では可変機というよりも小型のモビルアーマーだな」
何を当たり前の事を疑問に思うのか。
いや、その程度の想像すらしないから木星圏の住人を無視できるのだろう。これだから反乱を起こされる可能性が高まるのであるし、たかが辺境と侮っているから具体的な戦力数値を聞くまで無関心で居られたのだろう。
「そしてエレカーが何故にそれまでの車と酷似している姿をしているのか? ジムが何故にザクと大して変わらぬ形状なのか? それは積み重ねによる発展形だからだ。数年内に攻めてくる気ならば大幅な変化は難しいだろう」
「なるほど。先ほどのマシンを改良した物に収まる……と」
日常の作業と同時並行を余儀なくされる為に、元の機体を改良するしかない。
大容量エンジンと大型スラスターの組み合わせを基本形とした機体になるだろう。足のサブスラスターはそこまで大きく成る必要はないので、小さくなって代わりに人間形に近づく。腕はやや大きくなって外付け式のライフル類を構える事になるだろうか。
理解が追い付いたところで、ジャミトフは予想図と銘打った画像を空中に3D投影させる。
それは原作におけるガザ・シリーズを思わせる物で、これが大多数の主力だと規定してから、数機の特別機が存在するだろうと記載してあった。
「新型の慣性制御システムを組み込んで高速航行するのであれば、それほど期間は掛かるまい。だがそれは逆に艦内での作業を難しくさせる。本来であれば移動中に新型機としてまったく新しい機体を一から設計し直すであろうがな」
「奇襲しようとすればするほどに旧型を改良する方が先でしょうしね」
大型艦を工房として利用するとしても、限界という物はある。
存在するラインを旧型機の改良に当て、一部を整備用に残せばそう多くのスペースは残らない筈だ。そこまで言われてようやく訪問者も落ち着いたようだ。
「とはいえそれは従来機でしょう? ニュータイプ専用機の可能性はいかがな物でしょうか?」
「君。そんなものはまったく話にならんよ」
もっともと言えばもっともなのだが、それにジャミトフは薄く笑って応じるのみだった。
想定される木星軍の総数が表示され、通常技術時から慣性制御の更新時になると恐ろしく減り、ニュータイプ専用機の推測を経るとさらに減っていく。
「いいかね? 慣性制御技術を更新すれば移動速度が相当に早くなる。だがこの方法では甲板に露天係留したり牽引するという方法が取れんのだ。三百が二百になりそこからどれだけ総数を引く気かね? もちろん一騎当千の可能性も捨てきれんが、実のところニュータイプというものを君らは見誤っている」
そして今度は身体測定や健康診断の数字が表記され、数人分が並べられていった。
この際、個人情報というものは忘れよう。ここに居るのは政府首脳陣を構成するジャミトフと、政府高官や軍官僚たちなのだ。この程度のデータは仕事の範疇として幾らでも理由を付けて手に入れられるだろう。
「この数値を見れば判ると思うが、能力的にはただの人に過ぎんよ。軍最精鋭のトップ部隊と比べたら劣ると言わざるを得ない」
ピックアップされたアムロやシャアを始めとする実技の計測数値。
アムロよりもシャアは実技で高い数値を出しているが、ヤザンや教導団はそれ以上であるし、仮想データとして計上されたコーディネイト・ヒューマンの数値とは比べようも無かった。
「で、ですが……ニュータイプは先の大戦でメガ粒子砲すら避けたというではありませんか」
「それは大いなる誤解というよりはザビ家の宣伝だな。そもそも光を避けられる機械など存在しない。ニュータイプが優れたるのは、思考を推測し殺意を読むというだけだ。念頭におくという言葉を知っているだろう? あれと変わらんよ知ってさえ居ればどうとでもなる」
一定以上の知識や行動を脳裏に描き、その情報を前提に動く。
その事を念頭に置いて行動するというのだが、ニュータイプはこの念頭に置いた情報を同機して行動を推測しているだけなのだという。
まるで数十年連れ添った夫婦や仕事の相棒が、相方の言わんとする行動をノータイムで受け止めて行動するようなものだとジャミトフは締めくくった。
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さて、表向きの話はここまでだ。
所詮は政府高官や軍官僚もドゥガチが攻めて来る『可能性』に目を向けているに過ぎない。
未だ存在しない可能性に対し、戦乱が起きたとしても勝てるというのは容易いのだ。
実際に死んでいく軍人たちに『万全の策を用意したから死んで来い』というよりも遥かに気が楽な仕事であった。
「やはり軍を編成はしないのでしょうか?」
「私ならばやらん。ガザ・シリーズを強化した程度の部隊など幾らいても足手まといにしかならん。地球破壊の為に戦略兵器の時間稼ぎをしたいならば別としてな」
確認を行うジャマイカン・ダニンカンに対してジャミトフは冷徹に返した。
ソーラレイを大型化して木星から地球を貫くとか、無数の隕石を加速させて地球にぶつける。その作戦を覆い隠す為だけに軍隊を組織するという非人道的な策を平然と口にして見せだ。
「いまのドゥガチはかつてのメラニーと同じだよ。手の中の選択肢を捨てきれん。手から何もかもをこぼすまいとするだろうさ」
「持つ者ゆえのジレンマですか……」
メラニー・ヒュー・カーバインは有り余る財産で聖地奪還の策謀を企てた。
しかしアナハイムを経営し、連なるグループ全体の利益を損なわず該当地域を管理しようとした為に叶わなかったのだ。それこそ全財産を使って地球のジャングル全てを焼き払えば、地球に人は住みつらくなって簡単に目的は叶っただろう。そしてソレは翻ってドゥガチにも言える事なのだ。
ここまで手塩にかけて育てた木星圏を捨てられるのか?
何もかも捨ててまで復讐に走るほど『今の』ドゥガチは振り切れてはいない。すくなくとも逆行したジャミトフにとって、一周目の彼はそうであった。
「だから大型艦一隻ないし高速艦二隻に積み切れる精鋭部隊だけに絞るであろうな。それならば余計な工業力は使わぬ」
「段階的に改良などせずとも、最初からハイエンド機のみを製造できますからな。しかしそれでは……」
ジャマイカンにも理屈自体は判らないではない。
彼とて准将にまで昇進し、少将になるのも時間の問題とまで言われている。最初から軍官僚コースだったジャミトフと比べて、作戦課で地道に働き続けていた分だけ軍務では詳しいとすら自負していた。
だからこそ悩むのだ。
多めに見積もって僅か二隻の部隊で何が出来よう。それこそジャブローを陥落させたとして今の地球連邦は困りもしない。月面首都圏計画も途上であり、戦略目標自体が存在しないとすら言える。
「その戦力では地球圏の何処を攻略することもできませんし、よしんば攻略したとて維持することなど不可能です」
「地球連邦の目線にこだわるからそうなる。逆だ、ドゥガチにとって何が欲しいかを考えて見よ。本当は『今』動くべきでは無いやもしれん、だが血気盛んな若手は今こそ千歳一隅のチャンスだという。では何を手に入れれば満足できる?」
それはジャマイカンが考えても見なかった視点だ。
地球連邦政府の要地を全て並べてみたが、ここを奪えば良い場所というのはなかなか見つからなかった。だが地球連邦政府の管理下に無い場所であれば?
慣性制御システムがあれば高速で地球圏に移動する事ができる。
だが待ち構えられた状態では大した戦果など稼げはしない。もっと時間をかけて連邦政府が油断し疲弊するのを待った方が良い。そもそも慣性制御技術があれば、自前の輸送艦を仕立てて物資を調達する事だって可能になるのだ。
だが若手の軍人は血気盛んで戦いを求めている。
かつてはドゥガチもそちらに近かったはずだが、今では完全循環型コロニーであったり、再開された物資輸送によって怒りを超える理性がもたげているはずだ。
「まさか……ジオンを!?」
「そうだ。ジオンを落として橋頭保にすれば良い。サイド3がダメでも火星ジオンでも良い。どうせ木星圏のアクシズはドゥガチと繋がっているのであろうしな。証拠を探す必要すらあるまいよ」
既にジオン公国はジオン共和国と名前を変えた。
幾つかの利権や賠償金の減額と引き替えにソレを呑ませた。今では月面首都圏構想に相乗りする為、工作機械に立ち戻ったモビルスーツを利用して多大な利益を得ている事だろう。それは金銭面のみならず資源や発言権でも同様なのだ。
だがこの融和路線に乗り遅れた武闘派のアクシズや派生した火星ジオンはそうもいかない。
何時までもダダをこねる様に反乱勢力のラベルを張ったままで、ミネバを旗印にしているといえば良いが、拉致して確保しているのとどこが違うというのだろう?
「確かにそれならば十分でしょう。しかし身内とは言いませんが潜在的な味方であり、せっかくの緩衝地帯を自ら手放すことになりはしませんか?」
「ジオンが勢力として保っていればの話だ。放っておいても数年内に瓦解する。ましてや慣性制御技術を手に入れたことで露骨に警戒されておるではないか」
驚いてゴクリと唾をのみ込むジャマイカンにジャミトフは追い打ちをかける。
このまま軍部に任せておいても良いが、それでは面白くも何ともない。火星圏に戦力を回すとか、ジオンに査察でも入れて何時でも介入できるようにする気なのだろう。
しかし、それでは面白くないのだ。
何より犯罪という物は未然に防いでも何の利益も得られないのだから。
「そもそも木星公社は地球連邦内の一経済団体に過ぎまい? 別に反乱を起こす必要などないのだ。重要なのは制約のない自由を手に入れる事、そして振り上げた拳を降ろすガス抜き相手でしかない。動くとしても十年先・二十年先の為だな」
「経済団体で済ませるには大きすぎる気はしますが……判りました。ジオンを餌に公社を誘導するのですな?」
察したジャマイカンに対しジャミトフはニヤリと笑って見せた。
アクシズは電撃占領するとして、火星ジオンを落としたところで適当に『気が付いていた』と見せるだけで良いだろう。それで戦乱は終わり。もしジオン本国にまで手を伸ばすようなら幾らでもやり様がある。
重要なのはドゥガチを手の中で転がす事であり、支配ゲームのプレイヤーにしてしまう事だ。
ただそれだけで彼は無茶が出来なくなる。失う者が多過ぎる老人と化して耄碌して身内を争ってくれればよい。火星ジオンを潰して気が晴れたならば、身内争いが起きて軍政が始まるのはまだ先のことになるだろう。それこそ二十年先のことだ
「火星ジオンなぞどうなっても良い。そうだな。『赤い彗星』に危険くらいは伝えておいてやれ」
「閣下もお人が悪い。何処まで伝えるか見ものですな」
赤い彗星のシャアはキャスバル・レム・ダイクンでザビ家に恨みを持っていた。
今ではガルマと仲直りして、二人三脚で共和国を支えている。だが、その恨みと復権への思いはどうだろうか? シャア個人が納得していても、ダイクン派とザビ家派はどう思うだろうか?
対岸の火事ほど面白い物はなく、かつ、重要な推測をちゃんと伝えておいたという実績だけが残る。ジャマイカンもつられて笑うとしても仕方がないと言えるだろう。
「火星へのメッセージは何を?」
「そうだな。火星圏進出を考えれば色々と必要だろう。我々の手で前倒しにするとして、現地調査用のモビルスーツでも送るとしよう」
火星を占拠されて困るのは敵の前線基地にされ、こちらにはないからだ。
これまで火星圏に本格的な基地を作る話は立ち上がっては消えている。この際なので、木星公社には理由になって貰う事にした。『偶然』にも調査隊が火星ジオンに対抗可能な勢力を発見し、連邦政府として協力を要請するという流れである。
その後に大規模基地ができれば、軍部は重要ポストが増え、木星公社も中継基地に出来る。みんな困らないという訳である。
誰もが納得できるかは別として。
ジャミトフとしては木星から出てきてもらう方がありがたいのだ。何が起きようともあるかどうかも分からない伝説巨人がアステロイドで発掘されたりするよりは余程マシなのだから。
という訳で地球ではなく火星圏で争いが起きる予定です。
「火星圏がシロッコの物になるまであっという間だったわ」
みたいな流れですね。
次回は慣性制御システムの最新鋭艦に乗って、火星探査用ガンダムが動く話かな。