ジャミトフに転生してしまったので、予定を変えてみる【完】   作:ノイラーテム

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外伝:禍いの洗礼

 とある場所を航行する船団の中、与えられた個室で男がポートレイトを開いた。

浮き上がる3D画像を眺めて気を紛らわさせ、あるいは昂らせるというのは長距離航行中の船乗りだけではない。戦場や基地で、あるいは会社の社屋や工場の中でと、色々な場所で色々な人々がそれぞれの方法でモチベーションを高めていた。

 

この男にとって一番の発散方法は、二人の老人が珠を動かしている写真であったというだけだ。

 

「……老人共が」

 開かれた片方ではクリームイエローのスーツを着て、グリーン・ワイアットがビリヤードをしていた。突かれた白い球は青いボールをもう片方の画像に跳ね飛ばし、そのボールを黒いコートのジャミトフ・ハイマンが受け止めている。

 

そしていつの間にかハンドボールの様に大きくなったボールをジャミトフが、笑ってこちらに投げて来る頃には青い色の上には地球の地図が描かれていたのだ。

 

「老人共が地球を弄ぶ。いつ見ても度し難い」

 その光景は己に対する挑戦であり、受け渡そうとするバトンの様に『彼』は捉えていた。

やれるならばやって見せろ、相応しいならば地球をくれてやろう。傲岸不遜な老人たちのお遊びで地球が動いている。そんなイメージの画像にしか思えなかったのだ。

 

実際の話、そんなゴシップが流れた当時にジャミトフがワイアットを誘って撮影したポートレイトであった。痛烈な皮肉であり権力に捕らわれる気などないという判り易い姿で、不謹慎と言われながらも人気の一枚として出回っている。

 

『船団長。お休みの処、申し訳ありません』

「……っ。私でなくば処理できない問題なのか?」

 長距離航行を行う船団では、実に優秀で多岐に渡る能力を持つ人材が集められている。

容易に戻れない任務中に『誰かが欠けたら成り立たない』などという事態は絶対に起きてはいけないからだ。ゆえに多様な人材が高額の報酬で集められ、多様な能力を育てるようにプログラムされている。

 

船団長と呼ばれたこの男が地球を差配する野心を抱くのも、それだけ優秀であるが故だった。

だが時にモビルスーツの設計すらするこの男が神経質で、時に非常に気を取られる作業をしている事は知られている。そんな中で休憩中の彼を呼び出すような事態など、普通ならばありえない事なのだ。少なくとも当面の予定にはないし、予定して居たら休憩などしていない。

 

『申し訳ありません。非常に高度な判断を要することでして、席次者単独では閲覧が許されておりません』

「ちっ! 直ぐ行く」

 問題なのはこの船団が、木星急行便であることだった。

高度な政治的判断を要することは稀にあり、その場合はトップである船団長か、複数の席次者を集めなければならない。緊急時であれば他の船の船長や航海士たちを複数集めるよりも、『彼』一人を呼ぶ方が手早く判断できると考えてもおかしくはない。

 

その判断を是として応えつつも、『彼』は苛立ちの様なモノを隠せなかった。

そもそもこの船団に志願したのも過去の戦乱を一時的に避け、手早く階級を上げるための算段だったのだ。民間人であれば高額の給料であるが、連邦士官やジオンの士官であれば特進に値すると見なされる。木星船団に必要な技術の中で、作業用のプチモビ設計や整備のみならず、モビルスーツの設計・製造まで身につけられたのも、彼の才能であり若くして志願したという心意気あってのことだ。

 

だがいつの間にか、上手くいっていないことを理解していた。

最初の参加時には船長の一人に抜擢され、世界は自分を中心に回っていたとすら思っていた。帰還時には新しい戦乱が起きる可能性が高く、そんな中で木星急行便で培った集団運営経験や、コネクションその他は重要視されるはずであったのだ。実に大隊以上の指揮官に匹敵する経験と掌握力だ。ヘリウム3の供給量がどの程度なのかという機密を知っていることも踏まえて、大きく躍進するはずであった。

 

(だが気が付けば戦いは遠ざかっていた。老人共が戦いではなく金儲けでの争いに移行したからだ。しかし……何が起きた?)

 ジャミトフは軍閥のワイアットだけではなく、アナハイムのメラニー・ヒュー・カーバインとも手を組んだ。結果として地球圏の争いは無くなり、『彼』としても仕方なくモラトリアムの様に木星便に再び参加せざるを得なかった。大型船の船長から船団全体の団長に選ばれたとはいえ、とうてい許容できるはずもない。

 

何が最高にいらだたせるかと言えば『自分ならば地球を奪える』という気持ちが、『自分ならば選ばれる』という消極的な気持ちになっている事だったろう。それだけ老人たちの地球経営が上手くいっていたのだ。

 

「艦長、何が起きた? 把握している範疇で良い。一足早い新年の挨拶ではあるまい」

「新年ならこの間、荷卸し中に済ませたじゃないすか。幾ら何でも一年が早過ぎます。この調子で三年経つなら儲けものですが……高速航行船の実験みたいですね」

 部下である女艦長の緊張を和ませようと冗談を口にすると、馴れた調子で帰って来た。

そしてコンソールを手早く動かし、手元の端末に画像を出してから秘匿コードの入力端末を手渡す。

 

画像には警告色である黄色に塗りたくられた宇宙船が映し出されていた。

その速度は恐ろしく早く、モビルスーツの戦闘速度を越えているではないか。

 

「この画像や取ったデータコードは一部のみを保存し厳重にロック。他は全て処分しておけ。せっかく地球に戻ったのに禁固刑では割に合わんからな」

「はっ!」

 最新型らしき実験艦に塗られた警告色。

それが意味するのはぶつかったら危険というだけではない。最重要機密につきデータは処分せよ、さもなくば極刑に処するという無言の圧力である。

 

その前提の上で現在の艦橋クルーも対処しており、指示があったことで即座にデータを処分。『彼』はその段階でまず自らのみ発信されてきた閲覧情報を確認した。

 

(……慣性制御システムの実験艦? 可能としたのはサイコフレームとやらだと!?)

 驚いたのは途方もない技術だからではない。

慣性制御自体は常々研究されてきた。それだけならば以前にも可能であったのだ。単純に実現すると艦や機がパワーダウンを起こすほどに動力を食う事であり、またやらなければ乗組員やパイロットが死にかねないほどのGが掛かる事である。すくなくとも実験中に故障すれば死ぬのは間違いがないだろう。

 

そして何より、実現に貢献したサイコフレームの存在であった。

『彼』が研究を完成させたバイオ・コンピューターと同類のものだが、これにはエネルギーを若干ながら発現させる機能があるという。この能力で得られる余剰エネルギーを丸々利用して、慣性制御システムに組み込んだらしいのだ。

 

「どうなさいました、船団長?」

「どうやらあの船の中には生存者が居るらしいな。いや、訂正しよう。人間ではなくイルカだが」

 この船の艦長は複数いる席次者の一人であり、二次的な閲覧許可を持つ物であった。

『彼』は事実のみを述べつつ開示された資料を手渡し、驚いている間に策を巡らせる。

 

そう、策だ。

この情報はこのまま捨て置いて良い情報ではないし、少なくとも自分が浮かび上がる以上のナニカを手にするには必須だろう。ここで動かなければ自分は一生、ただの優秀な乗組員のままだろうと思える。

 

「イレブンナインも休暇中だったな? あいつを部署に戻して迎えに来させろ。私がメッサーラ改の実用試験を兼ねて見に行ってくる」

「キラですか? 確かにこういう時の為ですが……何も船団長が自ら動かなくとも」

 イレブンナイン、成功確率推定99.999999999%。

シグマシックスすら超える凄腕の技術。限りなく操船が巧みで限りなく不定問題への対処率の高い船長。その存在は問題発生時にリカバリーする為だ。木星急行便では物資の受け渡し時にすら停泊しないほどにエネルギーの浪費を嫌う。今何かするとしたら指名されるのは当然であろう。

 

だが問題なのは『彼』は高速実験艦へと向かうと言い出したことだ。

船団の中でも最優秀であり若く健康的な体とはいえ、船団長が動くべきではない。それこそ動くべきならば先ほどの文章の中で厳命していただろう。

 

「私自ら設計し、改良まで行ったメッサーラならば、問題なくスピードを合わせられる。中のイルカが生きているならば、木星急行便としても最重要の関心事だろう? 実データを回収すればもしかしたら次は二年で往復出来るやもしれんし、公社のドゥガチ総裁も喜ぼう」

「それは判ります。判りますが……パプティマス様……」

 理解はできるが納得は出来ない。

この行動を叶えるには彼……パプティマス・シロッコが操縦して作業に当たらねばならないのだ。一歩間違えれば接舷した機体ごと船は木星圏を飛び越える。万が一にも慣性制御システムが故障すれば、シロッコがGで死ぬのは間違いないだろう。

 

だが何よりもこの女艦長が反対するのは、シロッコがイザという時の為に文字通り抱き込んだ側近であったことだ。女として部下として、全てを捧げたシロッコが死ぬのは耐えられない。何があっても反対する気ではあったのだが……。

 

(冷静に成れ。もし本当に慣性制御システムが完成して二年、場合によって一年になってみろ。我々……いやドゥガチの功績など吹き飛ぶぞ? 木星急行も木星公社も今まで苦労した意味がなくなる)

(っ!?)

 声を潜めて耳もとで囁けば、女艦長にもその意味がようやく分かった。

シロッコが船団長を務めて出発した時には、あの黄色い船の情報などどこにもなかった。それが目の前に現れたという事は、本当に実用化直前であり、相当な時間短縮が可能になるという事であった。

 

流石に人間が載った状態で、木星往復を一年ということはないだろう。

だが荷物を送りつけるだけならば話は別だ。少なくともシロッコたちはもう不要になるかもしれない。そうでなくとも、今の様に往復して戻ってくれば階級が特進することなどありえないのだ。精々が危険地帯への単身赴任の扱いであろう。

 

(場合によってはドゥガチの元に駆け込み、アクシズを占拠することになるだろう。そのための処置は判るな?)

(パプティマス様に逆らうとしたら、キラを含めて数名。……確かに他に方法はなさそうですね)

 逆に考えればどうだろう? 高度な慣性制御技術をドゥガチが手にした場合だ。

その技術を使って戦艦を建造し、あるいは長距離ミサイルを多数生産して攻め込むことができるだろう。仮に戦争を起さなかったとしても、生活向上の為に技術を買い上げてくれるだろう。

 

元よりドゥガチ達は木星に幽閉同然で、地球に恨みを抱いていると言われている。

地球で木星帝国と言われているのはブラックジョークで済むが、木星圏ではむしろ願望に近かった。ドゥガチならば生活を良くしてくれる、木星に押し込めた恨みを晴らしてくれると期待していたのだ。

 

(ですがデータを直接引っこ抜いては地球に送信されませんか?)

(問題ない。サイコフレームは私のバイオ・センサーと同系統の技術だ。差分さえ掴めれば何とでもなる。それこそ精神エネルギーなぞ地球人共と比較になるか)

 最重要機密を保持する仕掛けは施してあるだろう。

だがシロッコならば十分に解除できるし、最低限の情報を掴めれば再現できるだろう。

 

ここまで来れば女艦長も否とは言わなかった。

メッサーラと呼ばれた可変モビルスーツの推進力を使い、高速実験艦イエローノアへと接舷。その貴重な技術を回収して、スイングバイ中の船団に戻ることに成功した。

 

かくして地球圏に再び戦いの気配が訪れる!




 という訳で思いついたので書いてみました。
前回と同じく、『ワンシーン』を効果的に使ってストーリーを組んでみる実験でもあります。
本来は既に終わったシリーズなのですが、実験に丁度良かったので使用した感じ。

今回はシロッコが脳内でハアハア言ってるだけの話ですね。
女艦長も居るけど基本的には一人遊び。

●人物紹介
『パプティマス・シロッコ』
 言わずと知れた木星帰りの男。
設定的に無茶な部分を、木星便そのものが技能者を育てているという事にして補完。
木星公団自ら優秀な技術者を育て、そうでない者にも技術を身につけさせているなら
この位の事は出来てもおかしくはないでしょう。
一年戦争時に中尉、木星域に志願して大尉、帰り着いたら少佐へ特進。
二回目に返って着たら退役して木星公団の相談役か、小さな支社を持てる予定だったとか。
その場合は火星の補給基地にでも飛ばされた事でしょう。

『女艦長』
 シロッコの愛人

『キラ・イレブンナイン』
成功確率推定99.999999999%。超凄腕で頑固な艦長。
木星急行便ではリカバリー要員として小型の高性能艦を預けられていた。
ちなみにシードのキラと、とある少女漫画の女艦長混ぜたネタである。
多分出てこない。

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