進撃のほむら   作:homu-raizm

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 世界一かわいい人のライブに二日とも行っていたりしたら遅れました。筋肉痛で歩くのもキツイのは久々でしたね。


 前話、描写不足でした。冷静で頭が切れるようでいてどこか抜けてるほむほむですが、さすがに朝っぱらから堂々とスニーキングスタイルでうろついたりはしません。一応本人的には目立たないように魔法少女の格好から制服に着替えてますが、その分の描写がごっそり抜け落ちてました。近いうちに追加しておきます。

<現在公開可能な情報>
・マジカル☆ライフル M16A4ほむほむカスタム。撃つとどうしたって音が出るので、スニーキング中は一応携行しつつ主に撃たずに銃床で殴る。トロストで見回り中の兵士がすでに二人犠牲になっている模様。


第6話 Falling heavy

 トロスト区に来てから二日目の夜がやって来た。昼は当然ながら大型巨人の襲撃にも備えてないといけないし、それ以外にも色々あって結局寝れなかったためにいい加減ふら付く頭を何とか稼動させながら、夜勤に出かけるために制服を着込んでその上に雑技団装置(仮)――結局、装置のことまでは聞く時間がなかったのだ――を装着しているハンネスをぼーっと眺める。

 

「じゃあ、行ってくる。ちゃんと寝ろよ」

「ええ、分かっているわ。それじゃ、気をつけて」

「おう」

 

 短い挨拶を交わし、夜のシフトで壁上の見回りに赴くハンネスを見送る。扉が閉まるのを確認した後、いい加減睡眠を欲している頭と体に逆らわずにベッドに転がり込んだ私は、天井を見上げながら一人になった部屋で深い深い溜息を吐いた。

 

「どうしてこうなったのかしら……」

 

 寝不足のためか、はたまた理解を超えた展開のせいか。痛む頭を抑えながら、昼の会合からこっち、何故かハンネスの親戚の娘として一緒に宿舎に住むことになったその経緯を思い出しつつ、ゆっくりと溶けていく意識に身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

「……お前、眠そうだな」

 

 昼の鐘が鳴ったその直後、朝出会った場所で再会したハンネスは目の下に大きな隈があったうえにまぶたがはっきり二重になっていて、端的に言って立ったまま寝そうな雰囲気が出ていた。が、どうやら向こうも私のことをそう見ていたらしい。開口一番の台詞がそれなのだから、私はどんな表情をしているのやら。知りたいが、思い知らされたくはないから先んじてハンネスの言を遮る。

 

「……ほっといて頂戴。というか貴方こそ随分と眠そうだけど」

「ああ……俺たちシガンシナ組は夜のシフトだからな。徹夜で壁上から見張りをしてたんだ、そりゃ眠くもなる」

 

 ふあーあ、と大きなあくびを隠そうともしない。私だって周囲の眼がなければあくびの一つでもしてやりたいのに、つられて出そうになったあくびを思いっきり噛み殺した関係で随分と悪くなった目つきのままハンネスへと問いかける。

 

「今は昼よ? いつからか知らないけれど昨夜から今までずっと見張りをしていたの?」

「いんや、朝からは詰め所で細々と作業だよ。さすがに壁から落ちたりしたら洒落になんねえし、眠くて動きの鈍い奴が見張りやってたってしょうがねえ」

 

 人使いが荒いけどこっちの立場も弱いからしょうがない、とぼやきながらハンネスはまた一つ大あくび。羨ましくなんてない、本当に。だから、口調が若干厳しくなったというのはきっと気のせいだ。ジト目でハンネスを睨めつけながら、本題へと移行する。

 

「……で、私をわざわざ呼び出した理由は何」

「あー……お代は昼飯っつてたな、とりあえず場所移動すっか。何かリクエストあるか?」

「……そうね、今はあんまり重いものは食べたくないわ、それ以外だったら何でもいい。あとあんまり五月蝿い店は好きじゃないわね」

 

 よっしゃ任せろ、と先導するハンネスに着いていく形で歩いてきた道を再度引き返す。太陽と喧騒でどうにか眠気を相殺しつつしばし歩いた先にあった店に入ると、お昼時だけあって結構混んでいたが、混雑の様子からしたら割かし静かでとりあえずはリクエスト通りの店であったことに少し喜ぶ。もちろん表情には出さないけど。

 奥のほうの空いていたテーブルにつく。置いてあったメニューをとりあえず見てみたが、文字が全く読めないので早々に選ぶことを諦める。ハンネスセレクションに任せよう、メニューを置くと選び終わったと思ったか、ハンネスが聞いてきた。

 

「何食うよ」

「一緒のでいいわ」

「じゃあ日替わりだな。おばちゃん日替わり二つ」

「…………」

「お姉さん日替わり二つ」

「あいよっ!」

 

 今の不意打ちは汚い、何か飲み物を口に含んでなくて本当に良かった。そんな私にハンネスが聞いてくる、わざわざ地雷を踏む必要はないと思うのだけれど、突っ込まずにはいられない、ってことかしら。

 とりあえず、お姉さんと呼ばれるような人は、あいよ、なんて返事をしないだろうという突っ込みは胸のうちに仕舞っておくとしよう。

 

「どう思うよほむら」

「綺麗な方だと思うわ」

「あらあら嬉しいこと言ってくれるねえお嬢ちゃん、お姉さんオマケしちゃう!」

「……どうも」

 

 まあ、食べ切れなかったら目の前の男に食べてもらえばいいか。注文を聞きにきたときよりは若干機嫌よさそうな足取りで去っていくお姉さん店員を見送った後、ハンネスが恨めしそうな表情のままおもむろに呟いた。

 

「……上手くかわしやがったな」

「何のことかしら」

 

 それからしばし気まずい沈黙の後、出てきた料理はここ数日の慢性的な空腹も加味されてかなり美味しく感じる。生野菜だけはシガンシナでの惨状を見てしまっているのでハンネスにプレゼントし、きちんと火が通っているものだけを選んで食べる。

 といっても大分味は薄い。素材の味を生かしているといえば聞こえはいいが、実際のところ調味料の類が少ないだけではないだろうか。こんなところにも現代日本に慣れきった弊害が出てくるとは思わなかったが、ないものねだりをしてもしょうがない、仮に近場に海があったとして塩の作り方なんて知らないし。などと取り留めのないことを考えつつも手は止めない、止まらない。だが、段々とテーブルの反対側から向けられ続ける視線に耐え切れなくなり、ついにフォークを皿の上に置く。

 

「…………」

「……食べにくいからそんなにじろじろ見ないでほしいのだけれど」

「あ、ああ、わりい。随分上品に食うと思ってな」

 

 箸が欲しいと思いながらフォークとナイフをいつもどおり使っているだけなのだが、言われてみれば確かに周囲でもここまできちんと食べている人間はいない。まさかこんなところにも突っ込みどころがあったとは思わなかったが、これで何か勘違いされても面倒である。今のうちに誤解の元を把握し、きちんと釈明しつつ次回以降気をつけるようにしよう。

 しかし、わざと汚らしく食べるというのも中々に難しいだろう、なるべくならば外食すらも避けたほうがいいということか。

 

「……そうかしら。普通だと思うのだけれど、何か問題あるかしら?」

「いや、ないな。そこまで上品に食器を扱えるのは貴族ぐらいなもんだと思うが、お前さんは違うだろう?」

 

 食器の使い方一つでも色々と得られる情報がある、というのは今までの私にはない観点だった。ハンネスを平均と考えれば兵士の二人に一人はこのぐらいの洞察をしてくるということか、これは思ったよりも神経を張って生活する必要があるだろう。警邏中の彼らに思いもよらないところで目を付けられたくはない。

 そんな思考を顔に出さないように押し止め、とりあえずハンネスの言葉には否定を返しておく。貴族の位を詐称した、なんて言われて面倒ごとになるのは避けたいし。

 

「……ええ。少なくとも貴族と呼ばれる存在じゃないわ」

「……そうかい」

 

 もぐもぐと食事を続ける。さっきの会話からどんな情報を得たのか、ハンネスの発する空気が若干重くなった気がする。この世界にも貴族というのがいたことに驚いたが、やはり中世のように絶大な権力を握っていたりするのだろうか。それこそ、兵士の首ぐらい気まぐれの一つで飛ばせるほどの。

 食べ方から私を貴族だと推測して今までの無礼を恐れたか、それにしては空気が重くなったのが私が貴族であることを否定してからなのが気に掛かる。まあ、食事が終わった後に聞けばいいだろう。

 そして両者が完食し、テーブルの上が片付けられて暫くしたのち。奢ってもらったこともあって初手は譲る気だった私が一向に喋らないため、ハンネスが意を決したように問いかけてきた。

 

「アケミホムラ、お前さんは何者なんだ」

 

 両肘をテーブルについて口の前で手を組んで、覗き込むような眼光は嘘は許さないと明確に伝えてくる。が、内容が漠然としすぎてて求める答えが見えてこない。どう答えたものか、いや、その前に恐らく持たれている名前に関する誤解と珍妙なイントネーションを修正するところからかしらね。

 

「……私はどう答えればいいのかしら。ああ、あとほむらが名前だから、あえて言うならホムラ・アケミかしら。ほむらで構わないわ」

「オーケイほむら、けど質問に質問で返すんじゃねえよ」

「……なら、答えられないとしか言えないわね」

 

 まあ、魔法少女だなんて言えないし、真実を話したところでそれを証明する手段もないし、まさかこんなところで変身するわけにもいかないし。

 

「私としては何故そんなことを思ったのかを知りたいのだけれど」

「……お前の名前だよ。俺はアケミホムラで一単語、姓は別にあると思ったんだが、ミカサが言うにはホムラの部分が名前だってな。まあ、結局ミカサのほうが正解だったわけだけどよ」

 

 ハンネスの中々に信じ難い誤解というか思い込みというか想像というかは置いとくとして、というかそれってどんな名前よと突っ込みたいのを何とか抑える。

 確かに、ハンネスやらイェーガーやら響きで言えばヨーロッパ、ドイツ語圏に近いもののなかで私の名前は異彩を放っていると言えなくもない。だが、シガンシナで助けた少女ミカサの名前は私のものに近い響きを持っているではないか。

 

「……名前からそこに到る思考過程が分からないわね。今貴方が言ったミカサなんて私と近いじゃない」

「そうだな、確かにそうだ。だが、ミカサのような東洋の血はもうミカサにしか残ってないんだよ。当然名前もな。これはカルラ、ミカサの母親から聞いた話だから間違いない」

 

 カマかけかとも勘繰ったが、だとしたらミカサの名前を出すのはどうだろう、本人に確認を取れば分かってしまう嘘をつくだろうか、それは中々に考えにくい。しかし、だとするならば東洋系の名前を持つ唯一の少女とあんなあっさり遭遇していたことになるわけで、冗談にしても笑えない。あそこでフルネームの名乗りを上げたのは失敗だったか、内心舌打ちしながらもぱぱっと思いついた反論をぶつけていく。

 だがしかし、東洋の血と言い切ったということは、恐らく私の顔立ちなんかも加味した上での発言だろう。反論したところであっさりと論破されるに違いない、そんな諦観からか、私の言葉に力は無かった。

 

「成る程。だとしても、知らないところで生きていたのかも知れないわよ?」

「お前が最初っからトロストにいたならそういう仮説もあったかもだがな。仮にシガンシナに住んでいたなら俺ら駐屯兵の誰もが知らないってことはねえよ」

「貴方たちシガンシナにいた兵士はシガンシナの住人全員を知っていると?」

「言い方は悪いがほぼ絶滅した東洋の血を引く子供、なんて知らないほうがおかしいぜ」

「普段は別の場所に住んでてあの日偶々シガンシナに来ていたという可能性は?」

「さっき貴族かどうかの確認を取ったな? 端的に言ってあのときのほむらの格好は余程上流階級の人間でもない限り手にすら取れないような代物だ。そんな格好の人間が入ってきたとして、兵士の誰一人も覚えていないのはおかしいを通り越して有り得ないのさ。貴族のご令嬢に何かあったら俺らの首が物理的に飛ぶからな」

 

 予想通りだけれど、旗色が悪い。まさかこんな何度も遭遇するなんて思ってなかったからシガンシナで割と後先考えずに取った行動が全て裏目に出てしまっている。最悪気絶させて逃げ出すことも視野に入れるべきか、魔法少女状態じゃない今の私には周囲に全く気付かれずにというのは中々に難しいが、いざというときはやるしかないだろう。

 

「で、もう一度聞くぜ。お前さんは何者だ」

「……答えられないわ」

「……そうか」

「それで、どうするのかしら。捕まえる? 処刑する?」

「何でそうなるんだ。どっちもねえよ、つーかどっから処刑なんて発想が出てきやがる」

 

 悪かったな、単純な興味本位だとハンネスは続ける。いやいや、今の流れからどっちもないというのは少しおかしくないだろうか。内心警戒は解かないまでも、確かにハンネスからはそういったやる気は感じられない。

 問いたださないまでも視線で疑問をぶつけていると、観念したかこちらから視線を外し、今までとはまた違った随分重い口調で聞こえるか聞こえないかぐらいの答えが返ってきた。

 

「……お前さんは恩人だからな」

「恩人?」

「ああ……こっちの話だ。気にすんな。少なくとも俺はお前をどうこうするつもりは一切ねえ。俺はな」

 

 確かにシガンシナで逃走の手助けはしたけれど、あの時エレンを見捨てていればハンネスとミカサは特に問題もなく逃げ切れただろうし、実際逃げようとしていたのも知っている。エレンを助けた恩人ということだろうか、にしてはハンネスの口調から感じるものと異なっている気がする。ハンネスが気付いていないのは間違いないのだが、状況が最悪に近かったからといってシガンシナの内門が破られるのを黙って見過ごした一方的な負い目もあって、こちらにそんな気は一切ないのに恩人と言われるのもなんだか申し訳ない。

 

「まあ、他の連中がお前のことを知ればどう動くかはわからんがな」

「……そう。忠告はありがたく受け取っておくわ」

 

 が、口調に感じた違和感を追求するよりも早く、この話は終わりだとばかりに手をひらひら振ったハンネスが今度は私の番だと告げた。気にはなるが、本人も気にするなと言っているし恐らく再度聞いたところで答えてはくれないだろう。私は個人情報をあっさり話さないようにしようと内心戒めた後、軽く頭を振って思考を切り替え、ハンネスに聞こうとピックアップしていた事柄を思い出す。さて、まずは何から聞くべきか。

 

「ああ、そうしろ。で、お前さんの質問は何だ?」

「……そうね、いくつかあるのだけれど、まずはウォール教について聞きたいわ」

「ウォール教……何でまた。何か関わりがあったのか?」

 

 ハンネスの逆質問に、今朝方ハンネスと別れてからウォール教の礼拝堂に立ち寄ったこととそこで話した内容を伝える。話が進むにつれてハンネスの顔がしかめっ面に――特に、信仰が足りなかったからシガンシナが陥落したといったあたりで――なったが、とりあえず最後まで話す。

 

「……というわけ。業務に壁が関わるハンネスなら何か知っているんじゃないかと思ったのよ」

「ああ、知ってるぜ。そうさな、どっから話したもんか……連中が壁を神が人類に与えた神聖なものだって言ってるのは分かってるよな?」

「ええ」

「あまりに壁を神聖視しすぎて、痛んだ部分の修理や防衛力強化のための砲台設置にすら文句を言ってくるのさ、文字通り指一本触れること罷りならんってな。俺らにとっちゃ邪魔者以外の何者でもねえ」

 

 まあ、仮に連中の妨害が一切なかったとしてあの超大型の侵攻を防げたかは謎だけどな、とハンネスは一旦切って背もたれに体を預け宙を仰ぐ。確かに、あの筋肉型にすら効いていなかった大砲が超大型に効くとも考えにくいが。百発ぐらい同時に当てればまた話は違うかも知れないけど、まあ今は関係ない。

 

「シガンシナの壁が破られたことで連中も大人しくなるといいんだけどな。まさか信仰が足りないせいで壁が破られたなんて言い出すとは思わなかったけどよ」

「どうかしらね。シガンシナ以外の人たちは実際に巨人が壁を破壊するところを見たわけじゃないし、案外ウォール教の言い分が広まるかもしれないわよ? 一応百年近く巨人を防いでいたという実績はあるわけだし」

「だとしたら悪夢だな。一枚破られたのに何の対策も立てられないまま、ただ漫然といつまた今度はローゼがぶっ壊されるのかに怯えるだけなんて冗談じゃないぜ」

 

 やってらんねぇ、とばかりに大きく肩を竦める。それこそ文字通り命がけでウォール教の信徒も含む一般人を守るために戦っている兵士としては、これ以上内ゲバで足を引っ張られるのは死活問題を通り越して背中から刺されるのと同じであろう。

 神聖なる物に触るな、という言い分は理解できなくもないが、自分の命が掛かっているにも係わらず壁を優先するのははっきり言って不気味だ。

 

「……何故そこまで壁を神聖視するのかしらね。破られる前ならまだしも」

「連中に言わせればあの壁は全知全能の神様がくれたもんだからだろ」

「……壁を通して神を崇めていると? だったらその壁を破った巨人は神以上の存在にならないのかしら」

「あんまでかい声で言うなよ、連中に聞かれたら面倒だ」

「分かっているわ。そのぐらいの分別はあるから安心して」

 

 会話の声は大きくないし、それとなく周囲にこちらの会話を聞いている誰かがいないかは確認している、今のところそういった相手はいないから大丈夫だ。

 だが、朝方礼拝堂で聞いた話とシガンシナで聞き流していた内容から推測するに、ウォール教は巨人については単純に敵としか認識していないだろう。あるいは、神や壁に対する信仰を試すための試練か。まあどっちでもいいけれど、友好的な存在としていないことは間違いない。

 だとすると、尚更あの壁の謎が気に掛かる。いくらなんでも全知全能の神が人間に与え給うたものだとは思わないが、あれだけのものを造るにはそれなりの技術が必要になるのは間違いないからだ。

 

「……ねえ、あの壁ってそもそもなんなの? 誰が造ったとかどうやって造ったとか、何か知ってることはない?」

「おいおいそんなのが分かってたら壁を修理するのに苦労はねえよ」

「……たった百年しか経ってないのに誰が造ったのかもどうやって造られたのかも分からないの?」

「たった、って……百年も経てばそりゃ分からなくもなるだろ?」

 

 人間は記録を残すもの。百年程度前の文献なんてそれこそちょっと探せば誰にでも見つかるレベルで残されている現代日本がおかしいのか、いや、そんなことはないだろう。

 確かに百年と言えば長く感じるかもしれないが、百年前当時に二十だった人を初代として、二十で子を成し六十で寿命を迎えたとざっくり仮定したうえで計算してもたった四代で届く年数だ。ちょっと長生きした家系があれば当事者から話を聞いた孫世代がいたって不思議ではない。

 

「ハンネスの知り合いにも誰も知ってる人はいないの?」

「聞いたことがないからなんともだが、恐らくいないだろうな」

 

 例えばだが、古代中国だってかの曹操がそのさらに昔に記された兵法書に注釈を入れた書を作成した、なんて逸話もあるぐらいだ。この世界の文明レベルは確かに現代日本とは比べ物にならないが、逆に古代中国とだって比べ物にならないのは間違いない。まして、あんな大掛かりなものを造っておいてその造り方や直し方のマニュアルを作ってないほうがおかしいのだ。一般兵には浸透していないだけかとも考えたが、壁の修理をする兵士達にそのやり方が一部でも伝わっていないのは有り得ないだろう。

 

「……臭うわね」

「……悪かったな、まだ風呂に入れてねえんだよ」

「そうじゃないわよ……」

 

 それを言うなら私もそうだ、もちろん魔法である程度の体裁は整えているが、乙女として。まあそれは置いとくとしても。

 考えられる可能性は二つ、本当にあの壁は造られた際に一切人の手が関わってないか、壁に関する情報が意図的に隠蔽されているか。可能性としては明らかに後者の方が確率は高いだろうが、巨人からただひたすら逃げていたという一点で前者の可能性もなくはない。足止めすら出来ないような状況でこれだけの壁を造るなんてことが出来るわけもないのだから。

 

「……まあ何でもいいんだけどよ。知ってどうすんだ?」

「別にどうもしないわ。ただ気になっただけで」

「益々お前さんが謎だぜ……あんなん見慣れてるだろうに」

「…………」

 

 ああ、そうか、私と違って生まれたときから見慣れてたら疑問にも思わないのか。なるほど、こういう点から私そのものに疑問が向くというのは考えもしなかった、色々聞いて回ろうかとも思ったけれど、どこで誰の耳に入るか分からない状況では話すべきではないと、話す相手はきちんと選べということか。

 

「……そうね、好奇心は猫も殺す、か。気をつけるわ、ありがとう」

「あ、ああ……まあいいけどよ」

「じゃあ次ね。どこか一軒空き家があったら融通してくれないかしら?」

「……何言ってんだお前。難民キャンプにいろよ」

「…………」

 

 成る程、普通被災者は一時避難所的な場所に集まる、集められる。シガンシナの住民が誰も彼もトロストに伝手を持ってるわけでもないだろうし、結構な人数になるなら一箇所でまとめて管理したほうがどちらにとっても楽だろう。完全に盲点だった、というよりは今朝歩いていたあたりにシガンシナの難民キャンプがなかっただけだが。にしても気をつけた端からしくじっている気がしてならないのはどうしたものか。

 しかし、はい分かりましたと納得するわけにもいかない。避難所にいては恐らくプライベートも何もあったものではないし、それでは今後の行動に思いっきり差し支える。オマケに、いつごろキャンプが張られたかは知らないが私はそこに一切関係を持っていない。今更兵士も知らなかった人間が一人増えます、なんて通じるわけもない。仕方ない、この場は適当に乗り切って後でこっそり探すしかないか。

 

「……うら若き女性が一人身寄りも無くあんな場所に居続けたいと思うかしら」

「そりゃ思わねえだろうけどよ、皆苦労してんのにその程度の理由で一人だけ特別扱いするわけにもいかねえってのはお前なら考えなくたって分かんだろ……他に何か理由でもあんのか」

「過分な評価ありがとう。聞かなかったことにして、というのは無理かしら」

「無理に決まってんだろうが。お前の様子からじゃ、素直にキャンプで大人しくなるとは思えない。今は兵士も元々トロストにいた住人たちもシガンシナからの難民も皆揃ってピリピリしてっからな、余計な問題を起こされても困るんだよ」

 

 確かに、私の行動が原因でシガンシナ住民とトロスト住民の間に軋轢なんか生みたくはない。ないのだが、こちらとしても引けない事情がある。何とかハンネスが適当に折れてくれればいいのだが、もし私をキャンプまで送っていくとか言い出したら面倒なことになる、今のうちにさっさとこの会話を終わらせないとなのだが。

 

「いくらほむらが俺にとっての恩人だからって、それとこれとは話が違うからな。問題を起こされようものなら俺にはどうすることも出来ねえし、そこまでいったら庇いきれないしそもそも庇うつもりもねえ」

「ええ、分かっているわ」

「……それでもキャンプには行かない、って面してんな」

「……行くわよ?」

「嘘こけ」

 

 終わらせようと適当に言ったのは事実、確かに行くつもりはこれっぽっちもないけれど、何故こうも鋭いのか。それとも私が分かりやすいのか、いつぞや佐倉杏子にも似たようなことを言われたなと少し感慨深い。なんでも、私は顔に出ない分露骨に纏う空気が変わるのだそうだ、といっても私には自分の纏う空気がどう変わったのかなんて分からないから直しようがないのだが。

 しばしテーブル越しに目線を合わせていた私たちだが、先に折れたのはハンネスだった。なにやら達観したような、あるいは諦観したような、そんな盛大な溜息を吐く。

 

「はぁ……しょうがねえな」

「……無理しなくてもいいのよ? いや、本当に」

「問題を先送りして大問題にしたくねえだけだ、ったく」

 

 大きく足を組み替えながら、どうして俺はこうも、なんて呟いているのが丸聞こえで、なんというかもう逆に申し訳なくて居た堪れなくなってきた。大問題になると決まったわけでもないのに酷い言い草だとも思うが、ハンネスは私の本当の力を知らないのだからそれもまあ仕方ないのだけれど。

 確かに、空き家にある日突然知らない女が一人で住み始めたら周囲にしてみれば胡散臭いことこの上ないのは間違いないが。

 

「……そこまでヘマは踏まない。だから、本当に気にしないでいい」

「そうもいかねえんだよ……俺にだって色々あるんだ、察しろ、いや、やっぱ察しなくていいわ」

「何よそれ……まあいいわ。そこまで言うからには当てにさせてもらっていいのね?」

「ああ、ちゃんと連れて行くから安心しろ。さて、結構長居しちまったな、待ってる奴らも居るみたいだしそろそろ出るぞ」

「そうね。ご馳走様」

 

 そうしてハンネスに連れられ店を出る。会計時にハンネスが出した恐らく貨幣であろう物をチラ見したが、少なくとも私の知る限りの硬貨とは一致しない。まさか日本円が使えるわけもないと思ってはいたが、懸案がまた一つ確定したことに内心気落ちしながら先を歩くハンネスの背についていく。

 

「……ちょっとだけ待ってもらっていいかしら?」

「ん、どした」

「すぐ戻るわ。そこに居て」

「え、あ、おい?」

 

 その途中で、思い出したかのようにハンネスを置いて路地裏へ。さも今回収しましたといわんばかりの様子で実はこっそり魔法を発動させて盾から引っ張り出した刀を袋に入れつつ路地裏から出る。ハンネスと別れたときにこれを持っていて、拠点に行くというのにこれを持っていないのはおかしいだろう。

 何か言いたげなハンネスに先んじて刀を差し出しつつ言葉を被せ、疑問や突込みを封殺する。

 

「さすがに街中で持ち歩くわけにもいかなくてね。はい、預かってて」

「……いいのか?」

「私が持っているよりも貴方が持っていた方が色々疑われなくて済むでしょう」

「ま、そりゃそうか。んじゃ、改めてこっちだ」

 

 その後は特にこれといった出来事もなく、どうでもいい会話をしながら暫く歩いた後に着いた場所はそれなりの大きさを持つ、私の知る限りではアパートに類似する建物だった。そして、心なしかその建物の周りにはハンネスと同じ格好をした人たちが多い、気がする。

 

「こっちだ」

 

 今も二階へ続く階段から降りてきた兵士に軽く挨拶をしつつ、ハンネスはさも当然といった様子で建物の中に入っていこうとする。だがちょっと待って欲しい、私の推測が正しいなら、この建物はきっと恐らく、本来私のような人間が入っていい場所じゃない筈の建物だ、いろんな意味で。

 

「……ああ、言ってなかったか。兵士の宿舎だよ」

「ちょっと待ちなさい」

 

 まさか宿舎が男女共用ということもないだろう。ということは、ハンネスは所謂男子寮といって差し支えない場所に私を放り込もうとしているというのか。いや、それはそれで有り得ないけど、まさかまさかハンネスの部屋に連れ込もうとしている、なんて可能性も。

 

「ああ、そのまさかだよ。安心しろ、俺もトロストに来たばっかりだからスペースは十分だ」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

 

 予想が的中したことに焦った私は慌てて詰め寄るが、ハンネスはどこ吹く風といった様子で私の抗議を軽く受け流す。

 

「しょうがねえだろ。俺はトロストのことは全然知らねえんだし」

「だったらトロストの兵士に聞いて……」

「宿舎がある俺がトロストで空き家を探すのか?」

「ぐ……」

「お前のことをおおっぴらにしたら他の連中がどう動くか分からねえ、って言ったの忘れたか?」

「覚えてる、わよ」

 

 確かに、色々と事情を知られてしまったハンネスと一緒に居るのが合理的なのは理解できる。ハンネスとしても、私が近くに居たほうが監視もしやすいという考えはあるだろう。だが、だがしかしだ、これでも私はループを繰り返し続けた結果実際の年齢に直すともう十分いい歳であるけれども肉体年齢そのものはまだ花も恥らう十代の乙女であってまさか会って数回の人間、しかも男性の部屋に転がり込むことなど――と頭の中が混乱を続ける間にも、ハンネスは私の様子を一通り眺めて、そしてある一点で視線が止まった。

 

「……ああ、まあ警戒するのも分かるが――はっ、安心しろよ?」

「……今、どこを見て何を鼻で笑ったのかしら? ハンネス?」

 

 お前さんの壁は固そうだ、二重の意味で、という呟きははっきり聞こえていた。一つは心の壁だとして、もう一つの壁は何なのか。誰がウォール・ほむらだ、いい加減にしてもらおうか。額に青筋を浮かべながらハンネスの襟首をギリギリという音が聞こえてきそうなぐらいに締め上げる。

 早くも顔色が蒼白になりつつあるハンネスの、謝罪とも言い訳ともつかない掠れ声を聞きながら思う。いつもの私ならこんな風に軽口を叩きあうこともなくさっさと見限り、去ったはずだと。どうやら私は自分で思っていたよりもこの男を信用しているんだと思い知って驚く。

 はぁ、うまいこと外に出る言い訳を色々考えないといけないわね、なんて思いつつ、泡を吹き始めたハンネスを解放して部屋まで案内させるのだった。




 ドキドキ同棲生活の始まりです、命の危機的な意味で。もちろん冗談ですが。


 どう見ても繋ぎ回なのでさっさと終わらせようと思ったら何故か分量が1.5倍ぐらいになった不思議。これでも削ったとか何かの冗談としか思えないですね。

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