船が燃える。射かけられた火矢が油樽を巻き込んで爆発したためだ。黒煙をあげながら燃え広がる炎に呑まれ、あるいはパニックになって右往左往する護衛を見て、ハイエナ達がいっせいに舌なめずりをする。
「いくぞお前ら、略奪の時間だ!!」
「ヒャッハーーーーーーーー!!」
潮の流れは読み切っている。黒地にドクロを描いた旗の海賊船が三隻、ぐるりと商船を取り囲むやいなや、命知らず達が雄たけびをあげて乗り込んでいく。明らかに素人ではない。何度も繰り返すことで習熟した、船上特有の動作だった。
ガルダ海賊。
構成員はほとんどが犯罪者であり、アカネイアからの追手を逃れて東方へと流れついた悪漢達のなれの果て。数百年の間に海賊村として部族を形成した一団もあるが、たいていは新顔である。
一年後の生存率は三割を下回るかわりに、生き残ったごろつきは凄腕に成長する。彼らは自身のボスがそうであったように船を持ち、仲間・子分を集めて海賊集団を結成する。その活動は多岐に渡るが、今おこなわれているのは一目瞭然だった。
商船の襲撃である。
498年の解放戦争終結から38年の月日が経過し、大陸は平穏を取り戻した。しかし、当時の混乱から回復しないどころか、悪化したエリアも存在する。アカネイア王都パレスから東北にあたるペラティ海近辺である。
アカネイア大陸の囚人をまとめて流刑地ペラティへと船で移送するルート上、どうしても治安が悪い。なにより一度滅亡したアカネイア王国は金が足りず、海軍にかける予算は削られる一方。おまけにアカネイア貴族が中抜きと賄賂で搾取するので、さらに乏しくなる。金がなければ人員はおろか装備も維持できず、治安が回復するわけもなかった。
必然、ここが海賊達の狩場となる。
「ご主人様、逃げ―――!」
「邪魔すんじゃねぇや!」
健気にも盾になろうとした従者が、たっぷりと血脂のついた斧で剣ごと両断される。派手に噴きあがった血しぶきを浴びた頭目の姿は殺人鬼も同然だった。顔を埋め尽くす髭と切り傷の筋、そのすべてに血が走り、絵の中の悪魔が這い出てきたようにしか見えない。少なくとも、足元で震え上がる商人には。
「船から飛びゃあ助かったかもしれねぇだろうに。ま、その図体じゃ無理か。王都でさんざん美味いものを食ってきたのかい、ええ?」
「ひぃっ!」
「積み荷はしっかり見たぜ。サムスーフ山の毛皮にロウソク、マケドニアの竜の牙、おまけに宝石ときたもんだ。ガッツリ稼ごうと奮発したってところか……全部おじゃんだがな、ハッ!!」
商船の主の首筋に刃筋をあてがいながら、頭目は笑った。
「せいぜい地獄で広めてきやがれ! ガルダ海賊バーンズ様の名前をなぁ!!」
胴体から斬り飛ばされた首が飛ぶと同時に、野太い歓声があがる。今日の稼ぎでしばらくは彼らも大人しくなるだろう。その間だけ、他の商家は少しだけ安全に交易ができる。明日は我が身、と誰もが理解していた。
アカネイア暦536年 モスティン 7歳
「そんなことがあったんだって。こわいなー」
ねー。こわいねー。たいへんだー。
こんばんは、7歳になったモスティンです。現在わが村は南の部族との定期交流会を開き、夜になった今は宴会中。大人たちが貴重なアルコールとお互いの収穫した自然の恵みでドンチャン騒いでいる間、俺たち年少組は子供なりに親交を深めあっていた。昼間に俺が教えたオセロ・相撲・だるまさんが転んだなどでたっぷり遊んだので、夜はおしゃべりに花を咲かせるのだ。
たかがおしゃべりと侮ってはいけない。南の部族は俺たちの村より活動範囲が広く、子供であっても情報量がパンクするぐらいに豊富である。さすがにワーレンとの交易ルートはないそうだが、位置的に近いのもあり、ペラティ海でたむろする海賊の戦闘をしばしば目撃するのだとか。
で、つい先日に村の見張り役が見届けた襲撃事件を伝えてもらったのだが……いや、怖いわ。相手の船も立派な造りをしていたそうだが、あっけなく燃えあがって乗り込まれたらしい。そうして手際よく積み荷が運び出された後で、商家の主らしい男の首がポーンと宙を飛んでいくのも見たと。
「それをやった海賊の頭ってのが、これまたすごい面だったんだってさ。遠くからでも見えるくらいモジャモジャの髭で顔中が傷だらけ。まわりの部下もおっかなびっくり従ってるみたいだって。そんなの相手にしたくないよなー」
「うええええ……」
マックスが悲鳴をあげている。そりゃ怖いわな、ペラティ海からこっちのガルダ海に来てもおかしくないんだから。そんな海に出なきゃいけない漁師はたまったもんじゃない。アカネイアの海軍が取り締まってくれないかな。期待するだけ無駄だろうけど。
俺たちに身振り手振りも交えて解説する少年はタームくん8歳。南の部族の跡取りで、ついこないだ妹ができたので兄として張り切っているんだとか。良かったね、守ってやれよお兄ちゃん。相撲も教えたが、荒っぽいことが苦手だといって乗り気ではなさそうだった。大丈夫かなこの子。そんなんでこの世界で生きていけるかしらん?
交流会が終わって数日、村もすっかり落ち着いた頃に爺様と話してみた。
「どうしてこっちに海賊がいないのか、じゃと?」
正確には、いることはいるのだが少数グループしかおらず、村の屈強な漁師達が見つけ次第排除しているのだ。俺もマックスも参加させられたので実態は知っている。殺しの童貞卒業? 吐いたが初日だけだった。つくづく過酷だよ、この世の中。
「そりゃ簡単じゃ。いくら海賊でも、実入りの多い方を選ぶに決まっとるからの」
「安全なここより、ワーレンに通う商家の船を狙ったほうがいいってことか」
「ワシもパレスを離れて久しいが……南の部族の話からするに、アカネイアの海軍はろくに仕事をしとらんようじゃ。ガルダの海賊どもがペラティまで出張って帰らんぐらいにはの」
爺様が呆れた様子であご髭をいじっている。
「南が荒れている間は、ここが襲われる危険はないってわけだ」
「酷なようじゃがな。それが正しい」
海賊が好き放題にのさばっている状況はむかつくことこの上ない。が、俺にも、この村にもできることはない。
今はただ、待つだけだ。南の海からのきっかけを。
「ところでモスティン、新しいツマミはないのか? 『タコワサ』が南の連中にも受けたから、そろそろ次が欲しいんじゃが」
「イカの塩辛の香草和えとか」
「詳しく」
……ワーレンにいけたら、小麦粉をたっぷり仕入れたい。居酒屋のツマミだけじゃなくてさ、もっとパスタとか作れないものか。さすがに体こわすぞ爺様。