タリス王に俺はなる   作:翔々

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18.旧き時代の者達

 

「ここが頃合と思いますが、いかがでしょうか?」

 

 開口一番の村長の問いかけに、集まった一同はそれぞれの反応を示した。

 

「異議なし」

「まったく」

 

 二年前から賛同していた者は、即座に応じた。

 

「あれだけ熱心に誘われたら、断れんわな」

「婆さんと嫁さんを先に口説くのは卑怯じゃろ。ワシゃなんもできんわ。よその家の力関係まで調べおって」

 

 日和見を決め込んでいた者も苦笑いで応じる。

 

「で、お前さんは? トム爺さん」

 

 先代村長の声のもと、居並ぶ古株達の視線を集めた老人が、ふてくされたようにそっぽを向いた。槍ダコで節くれだった手だけが親指を立てている。文句は無い、の意思表示だった。

 

「ほっ、とうとうあんたも認めなすったんか」

「そらぁそうだわな。トムさんご自慢の槍勝負で、マックスの坊やに一本取られちまったんだもの。男に二言はないっちゅーたんを嘘じゃないと示さにゃな」

「負けとらんわ! 都会もんを叩きのめすために鍛え直すだけじゃ!」

「それを負けたというんじゃないかのう」

 

 活気に溢れる老人会の面々の顔は、いずれも晴れ晴れとしていた。二年前の会合では不安げに沈むものが多かったのに比べれば、天と地ほどの差がある。

 

 あの子達がやってのけた偉業だ。

 

 大陸の船を受け入れてからの二年間。村に生きるすべての人間が、まったく新しい価値観に触れてきた。食事も住居も衣類も違う、人の命の重さまで異なる文化が、まぎれもなく海の向こうに存在するのだと実感した。たかだか100人と少しの村でさえ、たったひとつの事実を受け入れるのに二年近くも時間を要したのだ。

 

 その時間が次世代の急成長に繋がった。スパルタに近い詰め込み教育だったが、モスティンは11歳とは思えない成長速度を見せたし、マックスもよくそれを補佐した。同年代の他の子供達もふたりに触発され、自分に何ができるかを常に考えるようになった。

 

 影響はさらに上の世代にも浸透している。自分は村で人生を終えるしかないと諦めていた青年達は、ワーレンという都会への道が開かれたことで、改めて自分の生きる道を考え始めた。大人達の若い世代も同様に悩み、年を経た世代は若者がいなくなってからの村の守り手としての在り方を覚悟するようになった。

 

 村は変わりつつある。凪のように緩やかだった歳月の流れが、激流のように流れ出した。眺めることしかできない老人達にも、新しい価値観の息吹がはっきりと聞こえるようになった。

 

「しかし……本気かね、村長? いくらなんでも、11歳の子供に代わるというのは前代未聞じゃぞ。いまさら反発はせんが、お前さんが後見についた方が良くはないかの?」

 

 心配そうに眉を寄せる老人に、父親は笑って首を振る。

 

「それこそいまさらでしょう。あの子には幼い頃から驚かされてばかりですが、村の新しい形を実現したのは、ほかでもないあの子の力です。私が教えられるのは、いままでの村の在り方だけ。ここからは、あの子が自分で作り上げていくことになる。そこに古い代表がいては、村が立ち行かなくなってしまう。代替わりにはいまが一番良いんですよ」

「なら構わんが……息子の影響を受けたのは、父親のあんたも同じかもしれんな」

「否定はしません」

 

 村秘蔵の酒が注がれた木椀を掲げる。モスティンのおかげで、村の酒蔵にはワーレンから届けられた異国の酒が置かれるようになった。だがこれは違う。世界が村の中だけで完結していた頃から作られてきた、この村だけの酒だった。

 

 村長にならい、老人達がひとり、またひとりと木椀を手に取っていく。トム爺さんが最後に天高く掲げるのを見届けてから、万感の思いを込めて音頭を取った。

 

「新しい村の未来に、乾杯」

 

 飲めない自分には珍しく、その日の酒はとびきり美味く感じた。

 


 

 ガルダ海賊として散々敵対した上に、口約束で北の港の襲撃を手伝わせたあげく、自分でろくな指揮もとらずに大敗させたペラティ海賊にのうのうと鞍替えした男。恥知らずという言葉がこれほど似合う男もいないだろう。

 

 事実、バーンズは2年前の敗北が自分のせいだとは毛程も思ってはいなかった。黙って男に酌でもしていればいいものを、女のくせに海の上までしゃしゃり出てきて足を引っ張り、あろうことか船ごと逃げて帰った女がすべて悪いと責任転嫁している。

 

 ブレンダが全ての責任をバーンズに被せたように、バーンズもまたブレンダに敗戦の責任を押し付けたのである。もっとも、ブレンダが計算づくでやったのとは違い、こちらは本心からその通りだと信じて疑わない。

 

 幸か不幸か、バーンズのよくいえば単純明快、悪くいえば厚顔無恥の振る舞いは、ペラティ海賊にはおおむね好意をもって受け入れられた。ブレンダのように頭脳派の海賊は極めて少数派であり、ペラティ海賊にはバーンズと似たりよったりの脳筋しかいないのだ。

 

 初めこそ白い目で見られていたが、悪意をまったく意に介さない図太さと、相変わらずの暴力至上主義が男を再びのし上げた。一年もしない内に船長の座を奪い取り、10人、20人と部下を増やしていく。いまではガルダ海賊時代よりも規模が大きくなっていた。

 

 敗戦の傷は癒えた。雪辱を晴らすためにも、ここらで大きな仕事がしたい。ペラティ海賊だけでなく、古巣のガルダ海賊にも喧伝できるような功績が欲しかった。自分を追い落としたあの女を屈服させられるような手柄が。

 

 部下を走らせて情報を集める内に、バーンズの直感に触れるものが混ざってきた。

 

「ガルダ海の入り口に村がある?」

「はっきりした話じゃないらしいですが。なんでもワーレンのそこそこデカい商家が絡んでるとかで、船が泊まってるのを見たって噂を聞きやした」

 

 それだけなら珍しくもない話である。たいていはブラフであり、商家の撒いたデマでしかない。だが気になった。忘れもしない2年前、自分の敗北を招いた北の港封鎖中の出来事。

 

 自分の従えていた船が二隻、いつまでも帰ってこなかったのだ。どうせ獲物でも追っていったのだろうと気にもせず、集まった大船団に浮かれていた。今まですっかり忘れていたのだが、あの二隻はどうなったのか。

 

 ――――まさか、噂の隠し村を襲って返り討ちに遭ったのではないか?

 

 バーンズらしからぬ発想だった。普段ならしようともしない推論を重ね、足りないところを空想と妄想で補強する。絵に描いた餅でしかなかった獲物が、脳裏で現実へと昇華されていく。

 

「もう一つありやすぜ、頭」

「あん?」

 

 考え事を止められて不機嫌な声にも気づかず、部下が続ける。

 

「ペラティから上にでっかい島があるんですが、そこの南西から上がった奥に集落があるんじゃないかって話です。海から見た限りじゃ、身なりも貧相でろくな武器もない。そのくせ、若くてそれなりの女がぞろぞろ見えたって噂も聞きやした」

「ふうむ」

 

 顎髭をつまんで考える。

 

 いつもなら鼻で笑う噂話だった。しかし、いまは違う。何かがバーンズの琴線に触れている。これはとてつもない儲け話に繋がると、海賊としての勘がささやいている。

 

 嘘か真か、確かめてみればいい。

 

「乗ったぜ、ふたつともだ」

「おお!」

「骨折り損は御免だ。お前らふたりとも、適当な船を駆ってそれらしい場所をあたってこい。水と食い物、酒も好きなだけ待ってけ。きっちり見つけてきたら、褒美をたっぷりくれてやろう」

「さすがはバーンズの頭だ! すぐに行ってきやす!」

 

 駆け出していく部下ふたりの背を睨みながら、バーンズは下品に舌舐めずりをした。

 

 この運をモノにしてやる。商家が絡むほどの儲けの種と、奴隷に最適な女ども。すべて売っ払ってしまえば、自分の勢力はさらに大きなものとなる。それらを率いて、自分を追い出したガルダに戦争を仕掛けるのも悪くない。

 

(待ってやがれ、ブレンダ。俺に赤っ恥をかかせたことを後悔させてやる!)

 

 あの女を這いつくばらせ、許しを乞わせて、汚れた靴を舐めさせてやる。いままで何度妄想を現実にしてやろうと迷ったか、数える気もしない。だがもう終わりだ。

 

 夢を現実に変えてやる。どこまでも独りよがりの欲望が、男に実力以上の力を与えていた。

 


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