PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
中(仲)=那珂
期間=旗艦
春まで着用していた冬服も、装いをみて可愛いと思うことは確かにあるが、先月頭に切り替わった夏服もまた、女子生徒そのものの魅力を引き立てる。――真面目な『いいんちょくん』として周囲には知れ渡っている春希だが彼だって男の子である。そういった思考をすることは当然ながらある。
そして何故魅力を引き立てるかといえば、やはり厚手で長袖な冬服とは違い、薄地というのもあるが、やはり腕を露出させる半袖。つまりは肌を見せる部分が多くなるからだろう。
千晶の手首に、昨日までは付いていなかった痣。依緒はそれを見つけ指摘した。
「瀬能さん。その手首の痣、どうしたの?」
「んー、あぁ、水沢さん。これはね――昨日、春希の家に泊まったんだけど。彼、いきなり「食後のデザートは千晶、お前を食べたい」なんて言いだして。
私もその場のムードに流されてね、なすがままにされていたら気がついた時には手錠が。春希ったら拘束プレイじゃないと燃えないとかなんとか。私もそんなことしたことなかったから怖かったんだけど、春希が望むならいいかなって――」
「んなわけあるかぁ!!そもそも家に来ていないだろ!!」
春希の、これが俺の全力全開!と言わんばかりの否定が学食中に響き渡った。
7月の第一週、その金曜日。期末考査最終日の昼の学食。グッディーズに集まったことから始まった5人のグループは昼食を兼ねながら、午後の試験対策をしている中の雑談だった。
「あはは、本当はね――冬馬さんが求めてきた時の痣だけど、冬馬さんの名誉のために春希ってウソ付いちゃった。ごめんね」
「あたしの名誉を本当に守りたいと思うなら、その捏造をまずやめてもらおうか。瀬能」
そして、周囲に真摯に説明してからあたしに謝れ。と付け加える冬馬。
要は、千晶がかずさの家に泊まった翌朝、何故かベッドに潜り込んでてかずさの胸を揉み揉みと楽しんでいたのを抵抗された。その際につけられた痣だ。ということだった。
「良くもまぁそんなにポンポンとウソが出てくるな。さすが
感心したと言いながら呆れた声を隠そうとしない武也。
その横で春希は、今が何をしなくちゃいけない時期で、千晶が昨日何をしていたかというところに疑問を持つ。
「瀬能、お前昨日あれから泊まったのかよ」
「瀬能さん、期末テスト期間中に大丈夫なの?」
同じ疑問を感じた依緒が会話を繋げる。そんな春希と依緒、二人を見ながら千晶は自信ありげに答えた。
「いいやー、全然だいじょうぶじゃないよ。私は下から数えたほうが見つけるのが早いくらい成績は良くないからね。諦めはついてるよ」
あっけらかんと言う千晶。その目は、覚悟を決めた戦士の目……ではなく、どちらかというと水揚げされた魚の眼のように濁っていた。
「お前なぁ、そんなんでどうするんだよ。そもそもな、期末考査というのは三年にもなって言うのもおかしいが――」
「あーっ、だから少しでも追試を減らそうと、今こうやって春希にヤマを教えてもらってるんだって」
説教をし始める春希を遮るように反論する千晶――しかしその内容は結局春希頼みのものであったが。
ため息を付きながら春希は知ってるだろう? と言わんばかりに自らの状況を説明した。
「そうはいうものの、今回ばかりは俺も全然試験対策をしていないから、お前のお目当てのヤマはあてにならないぞ」
◇
かずさの加入から――遡ること3週間前、グッディーズで師弟関係を結んだあの日。春希は「じゃ、期末テスト終了後から頼む」とかずさに言い。今度はメニューなんぞ軽い物の角ではなく、歌詞ノートの角で頭を思い切り叩かれていた。
「あたしのさっき言ったことを忘れたのか? お前本当は馬鹿じゃないのか?」
このままじゃ絶対無理。それでも叶えたいならシゴキに耐え、ピアニストのあたしを満足させる結果を出せ。
そう告げたかずさに、春希が喧嘩を買う勢いで啖呵を切ってからそれほど時間も経たないうちに「ダイエットは明日から」みたいな先送り発言を受けたかずさは割と本気でノートを振りかざしている。
「しかしなぁ……学生の本分は勉強であり、もう期末テストは半月後に迫ってるんだぞ」
「そんなこと知らないしどうでもいい。生半可な覚悟だったらギターは諦めていいから、北原は真面目に勉強だけやって、学園祭では真面目にローディーとして頑張れ」
学生としての正論を振りかざす春希と、それをそれを心底下らないと切り捨てるかずさ。
「それは出来ない」
「なら練習だな」
「だからそれはテストが終わってから……」
平行線を描き、決着が付かない二人に武也は妥協案を提示する。
――テスト期間とその1週間前は部活動が制限されるから、部活動の時間帯は勉強に当てる。これは学校側から活動の禁止を言い渡されているので仕方がない。しかし、部活動の時間帯以外で自主的に練習しても問題あるまい?と。
それから議論を重ねた末、斯くして今回春希は上位の成績を狙うことを諦めさせられる事となった。代わりにかずさは部活動禁止の時間帯は勉強を教えられるハメに。そして放課後、音楽室が使えない代わりに校外で練習することになった。
「何故、あたしまで変な約束をさせられるんだ……」
自分は間違ったことをしていないのに。そうボヤくかずさ。
期末テスト対策は終わった。次は軽音楽同好会の予定建てだ。そう仕切りなおした部長と渋々納得し受け入れる春希。
春希の練習場所としてどこのリハーサルスタジオを借りるか。そう話し始めた周囲に待ったをかけたのは現実に復帰した妥協案の犠牲者――かずさだった。
練習場所としては申し分ない所があるからそれは気にしないでいい。あたしの家を使えばいい。と。
何故自宅で練習が――ピアノもそうだがアンプにつないだエレキギターの練習が出来るのか。ご近所からクレームが飛んでくるのは間違いない。そう思った春希は、自分の常識という物差しだけで物事を考えてはいけないと実感することになった。
何しろ、豪邸なのだ。都内の、都心から少し離れたところとはいえ、岩津町。そこに決して小さくない……いや、むしろ広いといい敷地を構え、自動シャッターのあるガレージにはB○Wが鎮座しているその外観は春希を圧倒させた。
そしてなにより、一番驚いたのが地下という空間で防音を施した――つまりは地下練習スタジオだ。自宅に練習スタジオ。まぁ、中には老後の趣味とか、パパの一生の夢なんだ。と作る人はいるだろう。
しかし複数のシンセサイザーにドラムセット。それに(春希は知るはずもなかったが)Ken○mithのベース。さらに各種アンプにモニタースピーカーはもちろん、録音用のミキサー室。……加えて(もちろん春希は知らないが)およそ2千万相当のグランドピアノだ。
これでなんとも思わない人のほうがどうにかしている。自分の知らない世界がそこにはあった。同時に世界的ピアニストの家はこういうものなのだと春希は思い知らされた。
さてさて、そんな恵まれた待遇だったら涙を出して喜ぶ環境で普通科の
1日というには長く、2日というには短い期間でかずさは初めて触ったエレキギターの腕前を春希と比べて軽く凌駕し、それなりに披露できる程度になっていた。
才能の違いに悲しむ春希だが、かずさは言う――人間の扱う物事には何にでもルールが有るんだ、と。
「北原がテストの問題で設問がどういった答えを求めているのかなんとなくわかったり、相談事を受けた時に解決方法がなんとなくわかったりするのと同じだよ。積み重ねた練習が法則性を見つけるんだよ」
あえてかずさは極力ギターを自ら披露して春希に教えることは控えていた。そのかわりかずさは、音の構成にはスケールという存在があること。そしてそれらを組み合わせたコードがあること。理屈で考えるのが苦手なのだろうか、かずさは本格的ではないせよ多少の音楽理論を説き、それらを踏まえた上でゆっくりとしたテンポから始まって、ピアノ――他者と合わせること。を最も時間を割いて充てた。
最初の一週間近くは殆ど座学らしきものが中心で、残りは春希自身の練習。次の週からかずさのピアノとで練習することが中心になった。
多少のぎこちなさはなくなってきたものの、本当にこれでステージに立つほど上達出来るのか不安な春希。なんせエレキギターとしてのテクニックは殆ど教えてもらっていない。
まだまだ始めたばかりだとはいうが、ピアノと合わせるように鳴っても曲じゃなく。コード進行に合わせてストロークの練習ばかりだった。
そうして今週。テスト期間を迎え、放課後は試験のヤマ当て目当てで来た武也達と教室で勉強会を開き。放課後は冬馬邸で指導を受け、終電ギリギリに帰宅しては自分の試験勉強を開始する。そんなかつてないほどの忙しい毎日を春希は続けていた。
――こんな生活続けていると死んでしまう。
必死に気合で乗り切るも弱音を上げそうな春希だったが、まさか将来。この程度なんともないぜ、と言わんばかりの超ブラック勤務の出版社でさらに自分で自分に鞭打つような仕事をこなす可能性があることは当然、知る由もなかった。
◇
そんな回想をしつつ。今回は俺も本当に全然勉強出来てないんだと説明しつつ。昼食を終えた一同に前日の深夜に必死で見つけた次のテストのヤマを教えている中、春希は武也に”その後の進捗”を尋ねる。
あれから、メンバーは見つかったか、と。
武也はあからさまに掌を上に向け肩の高さまで上げると全く芳しくないといったジェスチャーをした。
武也も先日の件以来、奔走を続けていた。春希がレギュラー入りしてみせると宣言した熱意と、依緒達にさんざん避難された手前、格好悪いことは出来なかった。
楽器経験がある生徒にひたすら声を掛けるも、軽音楽同好会の評判はここ3週間で急降下を辿る。
なにせ相手が悪かった。噂が巡るのは早く、男子生徒からは準ミスを入れてグチャグチャにしたサークル。さらに柳沢朋のファンにとっては朋ちゃんを傷つけた憎き怨敵。女子生徒も実際に何があったかは知らないまでも女性ボーカルとして入ると問題が起こるサークルとして。勧誘をするとそのように警戒気味に認識されていた
「まったく、北原みたいに堅ければばこんな事態にはならなかったんだろうにな」
いや、そもそも『いいんちょ』はモテそうなタイプではないだろうけどね。と武也を避難しているのか春希を貶しているのかわからないかずさ――多分両方だろうが。
春希は柳沢朋に「懐柔されなかった」だけで「いい思い」――具体的には
「あれぇ、冬馬さん。春希のことそんな風に言い切っちゃていいの?」
千晶は知り合いに何人か春希のことを良いなって言ってる子がいるよ、と口にする。
「あぁ、そういや俺も何人からそういう話があるってのは聞いたことあるな」
武也も耳にしたことがあるのか春希に対する噂に同意する。
「そ、そうなのか?」
心底驚いたのか慌てたようなかずさに武也は続けた。
「そりゃ、そういうこともあるだろうよ。なんとか効果ってやつ?お節介焼かれてブーブー言ってた女の子が、後からなんだかんだ言って有り難みを実感させられたりするとホロリといっちゃう子もいるってわけだ。
とにかく、春希はただの真面目一辺倒の優等生。という評価だけじゃない。というのは確かなことだ」
”そのテ”のことに縁がない春希がどう反応していいからわからず挙動不審にオタオタしているのを尻目に、武也はかずさを見ながら――ひょっとして脈ありなんじゃないかという感想を抱く。
恋愛方面に聡い武也だ。春希がギターや歌詞を作り始めたいと言った時期、その春希の歌詞を見たかずさの反応に加え、これまでのかずさの変貌ぶりと先程の反応。それらを踏まえた上で武也は――"限りなく正解に近い”考えをしていた。
◇
試験終了後の第二音楽室。ようやく使用を解禁されたその音楽室には自宅においてあった予備だろうか、おそらく学校にも無断で運送の手配をしていたJ○-120――ギターアンプが設置されていた。
「昨日までは各パートを集中して練習していたよね。今日は最初はテンポをゆっくりとしてだけど……通しで"WHITE ALBUM”を弾くから」
思えば一ヶ月近く、かずさの様々な罵倒。そして春希の言い訳を黙って聞いた後「続けるなら早くやれ。でなければ帰れ」とサングラスの偉い人のような声音で宣告するかずさに、謝りながらも指導をお願いし続けた日々。
長かった、でも今日でようやく報われる!遂に、
ギターのチューニングをし、アンプのパラメータをクリーンに設定した後、レコーダーを設置した春希。
同じく指のストレッチを終えたかずさは、最初は原曲の半分のテンポから始めると伝える。
イントロの終わりで躓き演奏を止める春希。まだピアノを引き始めていないかずさは頬杖をつきながら春希に、「ん、どうした?」と聞く。
「もう一度、はじめから弾きます……。」
判ったと答え、春希が演奏するのを待つかずさ。これまでも冬馬邸で行われていた、いつもの光景だ。だが春希は通しで行われるという指導をお願いして以来初めての事にやはり緊張は隠せなかった。
はじめはイントロで、次はAメロで、その次はBメロ、サビ……。躓くたびに演奏を切り直しながらも着実にミスを減らしながら曲を進行させていく春希。完奏しきっても次はテンポを上げるから、とかずさは何でもないことのように練習を進めた。
「ん、少し休憩だね。いつものようにスケールの運指を確認したあと休ませて、また運指を確認して」
「なぁ冬馬。少しずつテンポを上げていってるけど、ホントにこれでステージに建てるほど上達しているのかな」
「なに、北原。あんたはそんな余計なこと考えなくていいって。あたしの指示を信じてればいいんだよ」
「あぁ……。俺はお前を信じてる。俺はお前の期待に応えるよ」
「き、期待なんてしてない!いつまでも休ませてないでさっさと指を動かせ!」
練習を再開する春希。パート毎の繋ぎの部分を確認した後、かずさは春希に次は原曲テンポで行くから。と伝える。
◇
「で、出来た……。ありがとう冬馬!俺冬馬のおかげで、ノーミスで"WHITE ALBUM”を演奏出来るようになったよ!!」
遂に完璧に弾ききった春希はかずさに喜びのあまり普段はあまり見せないテンションで喜びを伝える。
未だに礼を言われることに慣れていないかずさは反応に困りながらも、それでもなるべく素直に春希に労いの言葉を掛けた。
「何を言ってんの北原。あたしはギターは教えてない。あんた自身が努力したから出来るようになったんだよ」
かずさとしても、以前の自分からしたら到底信じられないほどの才能のない相手、それこそ理解できない事だし我慢も出来無い事だったのだが。ようやく――ギターを始めて2ヶ月以上。本格的に練習を見てあげてからは3週間も時間がかかったが、着実に成長して一曲を演奏しきった春希を見るのは嬉しかった。
何しろ、春希は普通科なのだ、音楽科のように才能を磨くために学校に通っているわけではない。 その一般人の中でも音楽に少しだけ向いていないだけなのだ。そう思える程度にはかずさは他人のことがわかるようになっていた。
喜びのあまり「うぉぉ!」と吠えたり、跳ねたり、回ったりする春希――アンプとギターが接続された状態で、危なっかしくて見てられないかずさ。
「ほらほら、いつまでも暴れてないで。録音を確認してて。あたしはちょっと、席を外してくるから」
同じように浮かれている自分がいる。――あたしらしくない、諌めよう。手洗いに行くついでに頭を冷やそうとするかずさに春希は「そうだった、でも本当にありがとう」といいながらレコーダーをパワードスピーカーに接続しに取り掛かった。。
――そう、まだギターとピアノだけ。アコースティックバージョンに近いような構成で、出来も粗いクオリティで完奏しただけなのだ。バンド構成でのギターパートはまだ演っていないし、しかも1曲だけ。
自分まで喜んでいて学園祭に間に合わなかったら仕方がない。用事を終え、第二音楽室に向かいながらそう考えるかずさ。
近づくつれ、聞こえてくる録音に不思議だと違和感を感じた。ドアが開かれたまま再生されているのだ。
自分は締めたはずだったが……。そう思いながらもたどり着いたかずさは音楽室を見て呆けたような顔になった。
開けた窓、つまりは外にスピーカーを向け再生し終えようとしているレコーダー。開かれたままのドアに、春希がいない無人の教室。春希が何を意図してこの状況を作りだしたのか理解出来ない。
とりあえず、再生を切り、外でも眺めて待とうかとしたかずさに外――自分達よりも上の階層かと思われるところから女性の泣き声が聞こえた。
――まさか、北原。理由はわからないけど文句か説教をしに行って泣かせたのか!?
踵を返し、駆け出す――声の聞こえ方からしておそらくだが屋上。自分の指導を無視して訳のわからない行動をしている、だろうである春希を考えると怒りがこみ上げる。
女にうつつを抜かす暇があるのか?一言文句を行ってやらないと気がすまない!
あくまでかずさの勝手な考えではあるが込み上がる激しい感情は足を加速させた。普段の自堕落な自分からは考えられないほどの勢いで階段を駆け登るかずさ。
鉄扉を跳ね飛ばす勢いで開け、夕暮れだが眩しく照らす屋上へと出る。逆光越しではあるが春希と……座り込んでる女子生徒であろうシルエットが見える。
「北原ッ!!」
まだ目が慣れないがアレは春希に間違いない。ならば問い詰めるしかあるまい。
「お前、舐めてるのか!?あたしお前に言ったよね!録音聴いとけって!……って小木曽、雪菜?」
迫りつつ目が慣れてきたかずさの目に映った光景は……。
泣き崩れながらも抵抗する学園の人気投票No.1である女子生徒――小木曽雪菜と、”性的な犯行現場”を見られて驚いたような表情をしている春希。
怒りのあまり、かずさは頭が真っ白になった。
雪菜「ようやくきちんと登場出来たと思ったのに……。セリフがないまま終わった」