PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
投稿も遅くなりました。
「はぁ?
学年でもこれほど信頼されている人間は他にいるだろうか。『いいんちょくん』と呼ばれる理由、それは何も学力だけの話ではない。生来のお節介焼きのせいで培われたのか、それともその能力故にお節介焼きになったのだろうか。
トラブルや悩み事、切羽詰まったスケジューリングや学校行事の現場での生徒に対する指揮といった
そんな滑稽な話があるか。そう拓未は一蹴する。
不穏な空気を見せたまま終った合宿の翌日。昼にまた冬馬邸にて練習を行うべく集まった同好会部員一同の前で雪菜は『ごめんなさい!』と集まるなり謝罪を始めた。
合宿が始まる前から泊まりがけで練習していたことに仲間外れを感じていたこと。そのことに子供っぽく腹を立ててしまったこと。かずさにみっともない姿を見せたこと。拓未を叩いてしまったこと。
幼稚なことをしてしまってごめんなさい。それでも、今後も仲良くしてほしい。素直に雪菜は謝った。
拓未もかずさも、何が雪菜に昨日のような行動を起こさせたかは十分知っていたので、こちらこそ悪かったと謝り合う。
でも、わたしが。いやいや、こっちのほうが。それぞれが謝るのを止めない中、昨日の出来事に対してようやく合点がいった武也が『いや、そもそも春希が悪くね? 下手だったから徹夜してたんだし』と助け舟を出し場を収めることが出来た。――もっとも、春希は自分が原因だと自覚していた為助け舟どころか傷に塩を塗りこまれたような顔をしていたが……。
『あ、あのさ皆……。実は昨日俺、柳原朋に――』
やっと解決したことだし、さぁ練習を始めるぞ。気持ちを切り替えてバンドの完成度を高めよう。そう意気込んだところに春希が新たな問題を持ちだして、冒頭のセリフに繋がる。
「脅されたって、お前。ハニートラップでも引っかかったのか?」
そんなバカみたいな手に引っかかるヤツ飯塚達ぐらいだろ。笑う拓未に喉に詰まったようなうめき声を上げて反応する武也。
「……いや、そういうわけじゃないんだが。
昨日の帰りに小木曽――わかったよ……雪菜、と口論したのを柳沢に見られて、よりによって写メも取られてさ……」
雪菜? わざわざ言い直して名前で呼んだ春希を不審に見る拓未。
昨夜に何か2人の間であったのだろう。電話が通じなかったのはそれが原因なのか。今日の憑き物が落ちたように、スッキリとした雪菜を見れば春希が解決したのだろうというのは容易に想像がついた。
しかし、いきなり名前で呼ぶようになるとは余程のことがあったのだろう……。勝手に自分で線引きしておいて勝手に嫉妬している。何だ俺は、ざまぁないなと拓未は自嘲した。
「これが知られたら小木曽の追っかけに文字通り殺されるかもしれない……ということ?」
「いや、むしろ春希の犠牲だけで済めば御の字じゃないかな。冬馬」
親友だから骨は拾ってやる。安心して逝ってこい。武也に紙切れのようにペラッペラの”アツイ”友情を実感したのか春希は泣きそうな情けない顔を作る。もちろん悲しみの涙を彷彿させるほうの顔だが。
「そもそもこの確執を生み出した原因はお前たちだろう、武也ぁ。
……たしかにファンから恨まれる云々もあるけど、柳沢騒動に加えて今回の雪菜騒動が加われば生徒指導が介入するぞと言われてさ。
柳沢は、それが嫌なら雪菜のミスコンエントリーを辞退させろと条件をつけてきた」
「えー、ミスコン? 良いよお、そんなの出なくても。
……もともと推薦を断れなかっただけだし」
……何の事はない、問題は解決されてしまった。
よくよく考えれば雪菜にミスコンへのこだわりはこれっぽっちも無いのだ。今までだって立候補したことは一度もない。出なくて済むし、ライブは出来るし、問題ないよね? そう笑いながら話す雪菜。
「……なんなんだ? この茶番は。お前は何を悩んでいたんだ?
それに、北原。お前年下に良いように扱われて悔しくないのか?
ギターのセンスは無くてもプライドは有るヤツだと俺は思ってたんだがな」
「いや、俺だって悔しいし! 確かにセンスは無いかもしれないけどそこまで言われたら傷つくし!
雪菜はそういうだろうと思ってたけどさ、悔しいのは確かだよ。だから何か良い方法ないかなって」
「そんなもの、放っておいていいでしょ。その柳原って子がどうこうしようっていっても、相手にしなければ良い話」
「いや冬馬。そんないつもみたいに関係ないねって態度してたら同好会がだな――」
「だから、本当に放っておいて、適当にあしらえばいいんだって。
――だって、もう皆仲直りしてるだろ? 仲間内でよくある言い合いの喧嘩だったんだって言えば済むでしょ」
はっきりと言い切るかずさに、そんな簡単に物事が解決するのだろうか。そんな不安気な顔を春希は見せていた。
◇
結果としてかずさの提案は正解だった。
練習中かかってきた朋からの電話に対して、「アレはただの喧嘩だから何も問題ない」全員が同じセリフでそう言い切ってしまうと朋は教師陣へ噂をリークする訳にもいかなかった。
憎たらしげな声を隠しもしないで、ならば追っかけに噂を流そうかと諦め悪く責めようとする朋に「弱みを握ってるのはお互い様だろ?」と武也の含みをもたせた反論で朋の追撃は途絶え、目論見は崩れ去ってしまった。
ようやく本腰を入れて練習に取り組むことが出来る軽音楽同好会。
雪菜がアルバイトの日は夕方まで、そうじゃない日は夜まで。再び訪れた土日は合宿形式で。これほど毎日皆で一丸となって真剣に取り組むバンドはそうそうないだろう。
そう自画自賛出来るくらいに練習に励んだ成果が実ったのか、著しく上達する春希に拓未はようやく自分のパートに専念出来る。そう安心できるくらいにはバンドの完成度が高まっていった。
「なあ、拓未」
「んー、なんだ?」
その日は皆予定があり、久々に練習がない日だった。
特に用事のない拓未はかずさの家で、ライブ用に向けた打ち込みパートの細かな調整をしていた。
別に拓未の自宅でも作業が出来ないことはないが、良い設備が整っている上にモニタースピーカーで確認できる冬馬邸だと仕事の捗りも良い。
そんな拓未と同じ部屋、地下スタジオでピアノを弾くのをやめて休憩に入るかずさ。手元に、大量のガムシロップのせいで随分と透明度が高くなったアイスコーヒーを持ちながら、かずさは拓未に話しかける。
そろそろ時間だし、昼飯の話だろうか。今日は何を作ろうかな。
かずさのことだから辛いのはダメだろうな。そう思いながら拓未は応える。
「あたしはさ、暑いのは苦手だ」
「そんな感じだよな。外に出たらバターみたいに溶けてしまいそうだ」
「特に今日みたいなセミのうるさい日とか買い物に出掛けることすら億劫だ」
「必要な物があったら何でも言っていいって柴田さんが言ってただろ?
――正直、ハウスキーパーさんが訪れる家って今でも慣れないけどさ」
「けどさ、だからと言って毎日ピアノを弾いていたいっていう訳じゃない」
かずさは不満だった。拓未が楽器を持ち替える時は4人で楽しそうに会話しながら帰るのが、楽器を持たない日や遅くなった日はヘルメットを被りタンデムシート乗って帰る雪菜と拓未が帰るのが。
いつも見送る立場であること、拓未や春希達がほぼ毎日会ってくれるのは嬉しい事だがあの帰りは皆でどこかに寄っているのだろうかと考えたりしたこともある。わかりやすく言えば雪菜のように仲間外れに似た感覚を味わっていた。
「だからさ――暑いけど……あたしをどこかに連れて行ってよ」
◇
「あたしを、他の女が使ったシートに座らせるのか」
「……どうしろっていうんだよ」
「別に、ただちょっと言ってみたかっただけだよ。
それにしてもやっぱり外は暑いね」
「すげぇ反応に困るんだけど。……ほらよ、ヘルメットの被り方はわかるか?」
ダックヘルではあるが留め具はプラスチックではない”日”の字形の金具に紐を通すタイプのそれを渡す拓未。
バイクのヘルメットを被ることなんて初めてのかずさに留め方がわかるはずもない。
拓未は困ったような顔をするかずさに苦笑しながら留めてあげることにした。
「……よし。わかったか?」
「顎の下が見えるわけないだろ。全然わかんないよ」
「あぁ、そりゃそうだよな。紐の通す順序、もっかいやり直すから、お前も触りながら確認しよっか」
かずさに紐をもたせ、その指を取って通し方を教える。
触れているからだろうか、かずさの頬がにわかに赤くなる。
普段クールな顔を見せるかずさが頬を染めるその反応に拓未は柄になくドキドキと、自分の心臓が早く鼓動するのを感じた。
かずさの容姿が好みじゃない、というわけではない。というかはっきりと美人だと断言出来る。
雪菜のような可愛らしさよりも、凛とした綺麗さ。全く反対方向ではあるが整った容姿であることには間違いない。かずさを不細工だという人間がいたらそいつはきっとどこか頭がおかしい。きっと家畜の写真をみて興奮するようなやつだ
ひどい言い方ではあるがそこまできっぱりと決めつけてもいいくらい掛け値なしの美人だった。
だがしかし、彼女は拓未にとって友達なのだ。そして友達であり同じバンドのメンバーなのだ。
そんな彼女に対して起こして良い反応ではない。平静を保ちながらも内心、早まる鼓動を抑えるのが必死だった。
「それで、何処に行きたいんだ?」
「そ、それを考えるのは男の役割だろ」
「んー、んじゃあ何処か適当な――」
「……海」
「え?」
「……海に、行きたい」
「水着は?」
「要らない。行くだけでいい」
「いくら薄手のサマーカーディガンを羽織ってるからって、首元とか日焼けするぞ?」
「日焼け止めなら持ってきてるし、塗ってある」
「……へいへい。わかりましたよ、お嬢様。
ほら、俺の肩に手を置いて、跨って。……いや、ステップを踏むのは左足な」
バイクの左側にいるのに、跨るために右足を出すかずさ。
ホントに乗ったことがないんだな。不慣れがもたらす緊張故に、よく考えたらそれじゃ全く乗れない事に気付くはずなのに。
右足を先にステップにかけてしまうと大正浪漫なハイカラさん座りになってしまう。
初めての子にありがちなパターンに拓未は笑いが出てしまう。
不貞腐れるかずさはヘルメットの後頭部を叩いてくる。
笑って悪かったって。そう話しながらセルスターターを回す。
「おっし、それじゃ当機はまもなく発車しまーす。肩か腰かグラブバーか、捕まるところを今一度ご確認しろよ」
フライトアテンダントのようなセリフで安全を促してスロットルバーを開く。
おっかなびっくりしている搭乗者を後ろに、拓未はビックスクーターを走らせた。
止まっているときは暑いと思ったけど、一度流れに乗ると風が気持ち良い。
信号につかまる時の暑さだけは勘弁して欲しかったが、思ったより快適なバイクはかずさにとって全く初めての体験だった。
環状通に向かって緩やかに南下するなかで、最初は不安で戸惑っていたかずさだったが次第に慣れてくると頬を撫でる風を楽しむようになってきた。
「バイクも、意外と気持ちいいんだね」
「そうだろ、話しづらいのが難点だけどな」
「こんなことなら、もっと早く乗ってみるんだった」
「そういや乗せる機会がなかったな」
「ここは今まで小木曽専用シートだったからね」
環状通りにたどり着く。学生にとっては夏休みだが世間では平日の昼間。
環状通りはそれなりに交通量が多く渋滞するところもあったが、そこはバイクである。すり抜けすることで比較的快適に走ることが出来た。
実際は法律的にグレーゾーンではあるし、タンデムしているから細心の注意を払って、ではあるが。
「環状通りまできたけどさ。かずさ、海は海でも、何処に行きたいんだよ」
「うーん、鎌倉?」
「は? ……マジ?」
一日を使った外出になることに、拓未は今日の作業はもう無理だな。そう諦めながら予定の変更を考え始めた。
◇
途中で休憩しながらも有料道路を2つ突き抜け、国道に入れば目の前に広がるのは青く広がる太平洋だった。
休んだ時間を含めても片道で1時間半程度。頻繁にストップアンドゴーを繰り返す下道を走るよりも有料道路だとずっと疲労は少ないが、それでもタンデム初心者に一時間以上はきつかったのではないだろうか。
そう心配した拓未だったが海を目にしたかずさの歓喜の声に心配は不要だったと安堵した。
都心とは違う、潮の香りを含んだ風が鼻孔をくすぐる。
晴れ渡る空の下で輝く海原は気持ちがおおらかになるような、包み込むような気持ちにさせる。
広がる海とさざ波は拓未に落ち着きを与えてくれるのだが、目の前の連れ――かずさの喜びようは異常だった。
「これが、海水浴場……。拓未っ、ねぇ拓未! 海だ! 海が見える!」
「だぁ、お前普段とキャラ全然違うって。海だろ、見ればわかるだろ。
生まれてこの方、海を見たことがない日本人なんて珍しいだろ」
「なんでそんなにテンション低いんだよ、あんたは。
あたしだって海くらい見たことあるさ。でもホテルのプライベートビーチじゃない、日本の海水浴場ってのは初めてなんだよ」
「日本の海が初めてだなんて……お前」
普通の人間とは方向の違う感動に拓未は呆れる。
だがしかし、それならこの喜びようもまぁ納得は出来るか――それにしてもはしゃぎすぎではあるが。
「海の家がある、かき氷はやっぱりイチゴだよな。いやでもブルーハワイも好きだし……ミルク宇治金時も渋いな……いっそ制覇してみるのもありかな」
「全然ありじゃねーよ、お前腹壊すぞそれ。
とりあえず、この格好じゃ暑い。サンダルもねーし、Tシャツでも買って着替えようぜ。周りは水着なのに場違いすぎる」
「むぅ……わかったよ。でもそのあとでかき氷、忘れるなよ」
水着こそ用意しなかったので泳ぐことは出来なかったがそれでもかずさにとって海水浴場は楽しかった。
貝殻を探すといった少女チックなことでも新鮮な事だったし、砂遊びをしたのも10年以上ぶりだった。
海の家で食べるかき氷は、フェスで食べるそれと同じシロップだが、何故か特別に美味しく感じた。
どこまで浸かれるか進んだ結果、深くなった部分に足をとられ、結果水浸しになったのさえも笑うことが出来た。
どうせ水浸しになってしまったのだと拓未も道連れだと背中を押し、無理やり進ませればやはり同じ所で転ぶのを見てはゲラゲラと笑った。
ただの遊びでここまで笑うことは随分と無かった。いや、ずっとピアノと関わっていただけに、物心ついてからはおそらく初めての出来事だった。
普段とは全く違う、底抜けの笑顔を見せるかずさ。斜に構えたような笑みではなく、弾き終えた達成感による笑みでもない。連弾やセッションで見せる顔でもない、心から、ガキのような笑顔。
今まで見たことがなかった、それこそこれが本当のかずさかもしれない。そう思わせるような彼女の喜びを見て拓未は今日ここに連れてきて良かったと、自分のことのように嬉しく感じた。
昼から出かけた為、日が暮れるのは思ったより早かった。18時を迎えれば夕焼けが見えてくる。
海水浴場からバイクの駐輪場に向かう際にすれ違う人の数は、海に向かって歩いた時より随分と少なくなった。
かずさは帰り道の海岸の堤防に登り、手を広げながら歩く。
「よっと」
「おいかずさ、危ないぞ。何やってんだよ」
「AIRごっこ」
その発言が果たして許されるかどうか……。ブランド違いのネタに言葉が詰まる拓未。
夕焼けが2人の影を作る。遠く伸びるその足元に立つかずさ。手を広げながら歩く彼女は、来た当初の喜びようとは打って変わって、落ち着いた声で拓未に話しかける。
「なぁ、拓未」
「んー」
「初めて来た海、楽しかったよ。
貝殻を集めたことも、かき氷を早食いしたことも、二人ともびしょ濡れになったこともすごく楽しかった。
ピアノ以外の世界がこんなに楽しいなんて、想像さえつかなかった。」
「そっか、俺も久しぶりに楽しめたよ。ガキの頃みたいだった」
「ありがとう、拓未。
拓未が連れてきてくれた事、今日見たこの景色も、心から笑った出来事も、あたしは絶対忘れない。
……なんだか、無性にピアノが弾きたくなってきた。
今度のライブは、HOTLIVEはあたしは万全のモチベーションで挑めそうだよ。必ず成功させような」
「かずさ……」
いきなり感謝された拓未は思わず堤防を歩くかずさを見上げ息を呑む。
夕陽に照らされた髪が輝く逆光になってはっきりと判断は出来なかったが。
笑いながら、感謝を告げた彼女の顔は。笑顔のはずなのに泣いているように見えた。
繰り返すことになるが美人だと断言できるかずさ。
だが単純に美人だと簡単に言い切る事ができない。笑っているのに悲しいという、心の琴線に触れるような、揺らぎを与えるような、そんな美しさを今のかずさに感じていた。
かずさを見続けたまま、鼓動を早くする拓未。
駄目だ、抑えろ。必死に身体に命令するが言うことは聞かず鼓動は早くなったままだ。
いけない、この感情を認識してはいけない。
バンド内では絶対に持たないと思っていた感情。
雪菜に対して起こる想いを必死に抑えつけていた感情。
それをあろうことか同じバンドのもう一人に対してまで湧き上がらせてしまう。
それは彼が嫌悪する意思をはっきり持たない人間――周りに流されてしまう者が持つ、最低の感情だった。
冗長な日常回だけにするつもりだったんですが、尺的にその後も挿れることに。
手元の詳細なプロットが全部尽きて、中期的なプロットしか無い状態になったので執筆に必要な時間が今以上に増えそうに。
更新のペースは落ちてしまいそうですが、物語は中盤のさらに中程に差し掛かろうとしています。
つまらない改編物語ですが中盤の完結までもうしばらくお付き合い下さい。