PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題)   作:双葉寛之

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はぁ、拙い。ランキング載っても恥ずかしくのない文章がかけるようになりたい。
そうすればきっとより一層執筆に精を出せるのだろうに。




EPISODE:19

 7月13日

 

 拓未が去ったこの部屋――自室でかずさは、眠れないでいた。

 

 今から数時間前、日付の変わろうとする時間に拓未が電話を掛けた相手、冬馬曜子。

 かずさが、自身が捨てられたと泣きながら、慟哭しながら打ち明けたのを聞いてなお、その自分を捨てた母親に連絡を取ろうとする拓未がかずさは理解できなかった。

 

 当然かずさは断る。だがしかし、大丈夫だから。と真剣な眼差しでなおも連絡先を伝えてくれと迫る拓未にかずさは渋々ながら――かずさ自身は一度も掛けたことがない、ウイーンに住む母親の番号が書かれたメモを拓未に渡した。

 

 リビングの戸を開け廊下に出て電話をかける拓未。近づけば戸を上げずとも何を話しているかは聞こえる。しかし今のかずさにその会話を聞く勇気など無かった。故に、廊下からは離れたこの場所――リビングのソファーでかずさは足を抱えたまま座り、拓未が戻ってくるのを待つ。

 

 

    『柴田さんに身の回りのお世話は頼むから、あなたは何も心配しないでいいわ』

    『今までどおりレッスンは桜井先生に見てもらいなさい。

     もちろん担当は好きに変えてもらっていいわ』

    『それじゃ、元気でね』

    『……ふぅ、わかってちょうだいかずさ。今のあなたを連れて行く事に意味はないの』

    『あなたを連れて行くことに、意味はないの』

    『意味は、ないの』

 

 あの日、中学3年生の冬。自分を置いて単身ウイーンに渡った母さん。

 あたしを連れて行くことに意味は無い――あなたは必要がないと断言して去っていった母さん。

 

 それでも、高校で頑張れば。コンクールで何度も優勝を取れば、きっと振り向いてもらえると、がむしゃらに取り組んでみたけど……。気がつけば周りから孤立し、一人ぼっち。いや、自分は不幸だという思い込みもあっただろう。殻に閉じこもり最初から他人と関わるつもりがなかったのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 

 誕生日が来ても、曜子は帰ってこなかった。数日遅れて犬のぬいぐるみが届いただけだ。

 こんなぬいぐるみなんかより、母さんと会いたかった。どうしてこの気持は伝わってくれないのだろうか……。

 1年が過ぎ、2年が過ぎ。自分は一生懸命頑張ったつもりだったが、母親に再び振り向いてもらえることはなかった。そして誰も自分のことを見てもらえない。疲れきったかずさはピアニストとしての自分を捨て、普通科へ逃げた。

 

 今更拓未が連絡を取った所で一体何が変わるというのだろう。今の自分は、例えピアノを弾かなくても、学校に通わなくても、家から一歩も出なくても、生活が保障されているのだ。渡されたカードの限度額は無制限。何も困ることはない。

 今更見てくれない母親のことより……新しく出来た、ようやく出来た自分の大切な仲間。そちらのことをかずさは大切にしたい。そう思い込むことでかずさは自己を保とうとしていた。

 

 扉の向こう、廊下で拓未が大声を上げて喚いているのが聞こえる。悲しんでいるような声、否定するような声、懇願するような声。詳しくは聞き取れないが、かずさにとってはどうでも良かった。

 

 どうでも良かった、自分を捨てたような人など。

 どうでも良かった、あの人のことなど。

 どうでも良かった、母さんのことなど。

 

 抱え座り込んだ膝に染みが出来る。気にするまいと思えば思うほど、再び涙が零れてきた。

 母さんなんて、母さんなんて、母さんなんて……!!

 一度涙が流れると、それを止めることは難しい。負の感情の循環がより一層と悲しみを呼び寄せる。

 

 

『かずさ、終ったよ……まだ泣いているのか?』

 

『うるさい、うるさい……!

 どうして今更あの人に電話なんかするんだよ……

 拓未は、あたしをいじめたいのかよっ』

 

『……』

 

 感情がとめどなく溢れてくる。先程拓未に泣きながら出し切ったと思われる慟哭。しかしそれでもなおかずさには足りなかったのだろう。かずさの胸の内に溜まっていた寂しさ、悲しさといった孤独感とようやく折り合いをつけた今の心の平衡を乱してほしくないといった気持ち。様々な考えが湧き出て次々と拓未にぶつけてしまう。

 

 

『ウイーンにあたしを置いていった母さんは、あたしを連れて行く意味はないとだけ告げて去っていった。

 だけど、2年間、頑張ったんだ。たくさんのコンクールに応募して、受賞して。

 行きたくもない音楽科に通って。程度の低い奴らの中に我慢して混じって授業を受けて。

 あたしにとって母さん、冬馬曜子は全てだったんだ。

 唯一人の親として、先生として、ライバルとして、本当にあたしにとって全てだったんだ。

 それでもやっぱり振り向いてもらえなかった……。

 全く相手にされていないってわかったらさ、もう音楽科も、ピアノも、どうでも良くなった。

 だから3年からこっち(普通科)に旧校舎に移ったんだ』

 

『かずさ……』

 

『そこで瀬能と、北原と、水沢に部長。それに小木曽と出会ったんだ。

 嬉しかった。こんな無気力で自堕落な生活を送ろうとするあたしをさ、仲間に引きずり込んで馬鹿騒ぎしてさ。

 やっと母さんのことなんてどうでも良いと思えるようになってきたんだ』

 

『どうでも、いいのか……』

 

『どうでも、いいよ。なのに……。

 なのにどうして拓未はそれを思い出させるんだよ!

 やっと、あの人のことを忘れることが出来そうになったのに。

 あんな、酷い奴のことなんて。

 あんな、あたしを捨てた母親のことなんて!!』

 

『かずさっ!!』

 

 パシン。と乾いた音が部屋に響く。頭に伝わる衝撃と、両頬に広がる痺れ。

 それは、気付けではあるが、拓未が叩いた音。拓未がかずさの両頬を勢いをつけて挟むように押し当てた衝撃だった。

 

 

『バカなことを、言うなよ。

 そんな悲しいことをいうなよ。

 確かに結果として曜子さんはかずさを捨ててしまったかもしれない。

 けど今こうやってかずさの面倒を見てくれている人もまた曜子さんなんだ。

 お前のことを捨て切ったワケじゃない。

 お前のことを嫌いになったワケじゃない

 もう一度言うぞ

 曜子さんは、お前を嫌いになったワケじゃない』

 

『たく……み……?』

 

『曜子さんはきちんとかずさのことを見ているさ。

 そりゃウイーンは遠いところだけど、いつだってお前のことを気にかけている。

 かずさはさ、母親に見てもらおうと躍起になる必要なんて無いよ。

 今までそうやってダメだったんなら、自分のしたいことをすればいい。

 自分のやりたいことをやって、曜子さんにこれが自分なのだと思いっきり見せつけてやればいいんだ』

 

『自分の……やりたいこと……』

 

『そう、自分のやりたいことを精一杯やり遂げろ。

 差し当たっては同好会でいいじゃないか。

 バカみたいなガキのお遊戯に等しいだろうけどさ、別に嫌いじゃないだろ?

 だったら、存分に暴れてやろうぜ?

 そういった積み重ねがきっと、曜子さんを見返してやる事に繋がるんだと思うぜ、俺は』

 

『母さんを見返してやるのか……?』

 

 かずさは、自分は母親に振り向いてもらうことだけを考えていた。

 どうすれば母さんの好みになれるのだろうか。

 どうすれば母さんに腕前を認めてもらえるのだろうか。

 どうすれば母さんのいるウイーンで一緒に過ごせるのだろうか。

 そのための答えの1つが、彼女にとって当然のことではあるがピアノの技術を磨くことであった。

 それ以外になにも思い浮かぶことは無かった。

 

 だが拓未は見返してやれと言った。

 母さんの好みになれというわけでなく、ピアニストとして上達しろというわけでなく。

 自分の今やりたいことを精一杯楽しめと言った。

 お遊びのようなキーボードでやりたいように暴れろと言った。

 母さんの好みとは全く正反対になるだろうが、呆気にとらせてやろうぜ、と。

 そんなこと考えもしなかった。だって、そんなことしたら母さんはますます離れていくじゃないか。

 

 

『そんなことして、見返してやることが出来るの……?』

 

『あぁ、出来るさ。俺が付いている。何も寂しい思いをする必要はない。

 見返してやるまでずっとお前に付いていてやるよ』

 

 何故そう自信満々に断言出来るのかがわからない。

 だが拓未は何も心配は要らないとばかりに言い切る。

 お前だけじゃない、俺もお前の味方だと。

 表層的には仲間が出来て新しい自分を歩めると思っていたかずさ。

 そこに、根本的なところからお前を見捨てない、悩み事を1人でさせないと拓未は宣言する。

 孤独感を常に抱えていたかずさには、それがとても暖かく。何より嬉しかった。 

 

 

『っ……拓未ぃ』

 

『だぁ、もう泣くなよ……ほら。涙拭けって。

 おい俺の手で鼻をかむな!!』

 

『うぅ……だってぇ……。グスッ』

 

 

 

 

 

 

 

 今日は一体何度泣いてしまったのだろうか。

 ようやく落ち着いたかずさ。それまで何も言わずに、ただ黙って自分の髪を撫でてくれる拓未が有り難かった。

 落ち着いたのをみると手を離し、帰りの支度を始めようとする拓未。

 急に離れるぬくもりに寂しさを感じる。

 嫌だ。沸き起こった気持ちが意識せずかずさの口から零れた。

 

 

『なぁ、本当に帰るのか?』

 

『あぁ、もうすっかり遅いし』

 

『だからだよ。終電なんてとっくに終ってるじゃないか』

 

『だが、かといって泊まるわけには――』

 

『――泊まっていって』

 

『はっ?』

 

『今のあたしを置いて帰るほど拓未は薄情なのか?

 あたしはいま情緒不安定だぞ。ついうっかり何をしてしまうか――』

 

『あぁ、わかったわかった! 泊まるよ! だから早まるなよ!?

 ……俺が寝るのはリビングだからな。布団とタオルケット借りるぞ』

 

『うん、けどあたしが眠るまではあたしの自室に居て……。

 今日は、1人は嫌だ』

 

『……わかったよ』

 

 

 パジャマに着替えたかずさは自室のベッドに横になる。

 拓未はその近くに並べてある1人用のソファーにいた先客――犬のぬいぐるみをどかす。

 腹が破けて綿がみえるそのぬいぐるみは、縫い針で2~3針縫った程度のすぐにまた綿がこぼれそうな縫合しかしていなかった。

 ソファーに腰掛けると、横になったかずさが手を伸ばす。握れと催促しているのだろう。

 今日のかずさに反抗しても何もいいことはない。大人しく拓未は差し出された手を握り返すことにした。

 

 

『ねぇ、拓未。昔の話を聞かせてくれよ』

 

『昔の話……? 曜子さんとのことか?』

 

『母さんとのことも気になるけど、それよりもっとずっと昔の話

 拓未の子供の頃の話が知りたい。

 楽器歴10年なんでしょ? その当たりとか』

 

『そうだなぁ……。

 前も話したと思うかもしれないけど、俺もともと福岡の出身でな。

 母ちゃんは生まれた時に死んじゃった。親父は東京でレコード会社務めでな、営業職でまぁ俺を面倒見ることが出来なくて、祖父母のところに預かられてたってわけだ』

 

『父さんと、会えなくて寂しくなかった?』

 

『そりゃ寂しかったさ。爺ちゃんと婆ちゃんは優しかったけど、でもやっぱり”パパとママ”はいないわけだし。運動会とかの行事はいつも俺のところだけ両親がいなかった。

 それが原因で親父なんか嫌いだと思ってた時期もあった。けど幸運なことに、出来るだけ帰ってきてくれてたし、少ない時間でも最大限愛情を注いでくれてたと思うよ。お陰で今では親父のことは一番尊敬している』

 

『そっか……あたしとは違うんだな』

 

『あぁ、ほんの少しでも、ボタンのかけ間違いがあったらかずさのようになってかもしれないから、俺は幸せだったのだろうな……』

 

 親のいない環境や寂しさもあって、友達はそれなりには出来たが。なかなか作ることに苦労したらしい。

 祖父は当時は珍しく楽器に、バンドに理解があって(当時のバンド=ロックは不良の、反社会的なならず者がやることだった)。親父が若い頃は自宅のガレージを練習スタジオとしてバンド練習に使っていたため、楽器が一通り残っていた。

 拓未の生涯を一変したきっかけは10年前の、当事8歳だった時にテレビで見た音楽祭。森川由綺の”White Album”に、それになにより緒方理奈の”SOUND OF DESTINY”だったこと。

 当時ブラウン管にくっつくのじゃないだろうかというくらい、迫り寄ってただひたすら画面を見続けていたらしい。

 それから、祖父に楽器の使い方を習った。ただ、あくまで祖父なので、手入れの仕方や基礎的な使い方しか教わることは出来なかったそうだが。

 CDの再生ボタンが壊れるまで、ピックアップレーザーのギアが壊れるまで、何度も何度もその2つの曲を聞きながら真似して弾こうと練習していたこと。

 学校の授業の合間に宿題をこなして、家に帰ればすぐにガレージに籠り。ご飯を食べて風呂に入ればガレージに籠り。朝は早くから起きてガレージに籠り。ただひたすら耳コピをしながら、ビデオを見ながら練習したこと。

 音楽祭を見てから1年と少し。10歳を迎えた夏、遂に拓未は遊びを極めたとでも言おうか。カセット式MTR(マルチトラックレコーダ)にドラムからベースにキーボード、ギターまでといった全て自分で弾いた曲を録音し終わることとなる。

 

 それを聞いたかずさは驚いた。3歳くらいからの英才教育を施した子供ならまだしも、8歳である。音楽的な感性についてはもう固定されるような年齢になってだ。

 わずか1年半で2曲とはいえすべての楽器をこなすようになったのだ。最初の使い方だけ教わり、後は全てビデオとCDの耳コピでという超ハードモード。

 素質の問題かと思ったが、どうやら本気で何もかも捨てて練習に打ち込んだような話から。努力の賜物だとかずさは感嘆した。

 

 そのテープが親父の手に渡って。怒られるかと思わずげんこつを恐れて目を瞑ったが、代わりに頭を撫でられたのは印象に強かった。それがきっかけで当事寂しさから憎んでいた親父とのわだかまりはなくなったのだ。

 もっとも、当事ガレージにたくさんあったロック(ロックンロール)なレコードのせいで、やたら反社会的な考えが染み付いてしまったのには、今でも親父を恨んでいるが。と軽口を叩きながら。

 

 

『拓未も、なんだか音楽に関わる部分はあたしと少し似ているね。

 ただひたすら打ち込むところとか。

 母さんに褒められた時は本当に嬉しかったなぁ……』

 

『ま、俺達はどうあがいても、親父や、曜子さんの子供であるっていう事実は消えないからな。

 やっぱり褒められたら嬉しいし。怒られたら悲しい。

 今のお前の抱えている気持ちだって間違っちゃないんだぜ。それをどう捉えて受け止めていくか、だな』

 

『そう、だね……。

 なぁ、その後の拓未はどうだったの?』

 

『その後は……。今となっちゃ大したことないさ。

 ちょっと女性関係で揉めてな、中学校入ってすぐは荒れに荒れた。

 楽器がそこそこ弾けるのも関係したんだろう。親父に、こっちに来て好きにバンドでもやってみたらどうだって言われてな。

 それで上京してきたんだ。ま、こっちでも女性関係で荒れて曜子さんに修正……いや、矯正してもらうことになったんだが。

 そういや、あの小学校の時の録音テープ返してもらってないな……』

 

 ま、それが俺の中学校時代だ。そういって拓未の話は終った。

 

 やはりそこで母さんの話が出て来たか、と思ったことは事実だ。

 自分は捨てられたのに、拓未は自分の母さんに助けられたと言っている。同じ年の出来事なのに。

 そう思うことでかずさの心にチクリとした痛みが走るも、同じくらい、お前の母さんはすごいんだぞと褒めてくれることに対して少し誇らしげな気持ちもあった。

 そのすごいと言われた母を見返してやらなくちゃいけない。けど、見返すことに囚われちゃ駄目だとも拓未は言った。

 大切なのは楽しむこと。バンドを、ライブを馬鹿みたいに騒いでやることが大切なんだと。

 なーに、お前なら出来る。クールに決めただけでも大盛り上がりするはずだからよ、と。

 そう言いながら拓未は握っている方とは反対の手、左手でかずさの髪を撫でた。

 

 

『ありがとう拓未……。なんだか寝れそうな気がする。

 ごめん、遅くまで』

 

『いいってことよ。んじゃ俺はリビングで寝るから、また明日な。おやすみ』

 

 学校での全く束ねていない……だらしない長髪と違って、テールアップにした拓未は、とても人懐こいような、安心させるような顔をしてかずさの部屋を手を振りながら出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思い出しながらはや2時間。一向にかずさは寝付ける気配がない。

 下の階に拓未が寝ているからだろうか。泣きつかれたはずなのに、身体は眠気を訴えているのに、意識が落ちようとすることはなかった。

 妙に身体が熱い。少し顔を洗えばすっきりするだろうか。

 出来るだけ、音を立てないように階段を降り、洗面台へ向かう。

 何度も顔を洗う。これだけ泣いてしまえば明日はきっと目が腫れるのだろうか。

 皆には情けない顔は見せたくない、そう思い再び顔を洗い始めた。

 

 その帰りにリビングで寝る拓未を見る。

 途端に、かずさの鼓動が跳ね上がった。

 この感覚は、前にもあった。ギター君が春希だと知った時と同じ感覚。

 かずさの身体が更に熱くなる。

 顔のが赤くなるのが自分でも判った。

 

 

 そうか、そうか……。この感覚が。

 

 

 好きっていうことなのか。

 

 

 二人の相手に好意を寄せるなんて、浅ましい。

 しかし、一度意識してしまえば、その衝動を止めることは出来なかった。

 

 

 拓未に離れていたくない。触れていたい。

 

 

 

 少しだけくっついてみようかな。

 

 

 

 バレたらバレタで開き直るまでだ。

 

 

 窓側を向いて眠る拓未の背中に寄り添うように横になり、手を置くかずさ。

 春希より若干小柄そうにみえる拓未の背中。だけど自分を叱咤してくれた彼の背中は他の誰より大きく頼りがいがあるように感じる。

 両手から伝わる拓未の体温、それを感じるのが何かとても幸せなことのように感じた。

 

 もう少し、もう少しの間だけ。

 

 

 不意に、寝返りをうつ拓未。

 焦って手を伸ばしてしまったかずさは、結果として拓未の頭を抱きかかえる形になってしまった。

 自分のすぐ目の前に拓未がいる。大人しく寝息をたてている。

 

 少しでも近づけば触れるその距離。

 

 

 あぁ、拓未……拓未……拓未ぃ……。

 

 熱に浮かされるように、かずさは顎を突き出すようにし、その距離を縮めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっ。と目を覚ます。

 ここは、何処――私の自室。

 今は何時――朝の9時前。

 そうだ。今日は、合宿が終った翌日、夏休みが始まって最初の月曜日か。

 

 

 すこしだけ汗ばんだかずさは不快感を拭うためにシャツをはためかせる。

 そっか、夢か。どうしてあのことが夢に出て来たのだろうか。

 たぶん、昨日の事だろうか。

 泣きながら自分に仲間外れは嫌だと打ち明けてきた雪菜。

 その話を聞いて隠したつもりでも――隠しきれていないショックを受けた拓未に気付いたかずさ。

 

 拓未は、きっと本当は、雪菜の事を……。

 

 

 胸が痛む。

 しかし、まだそのことが、拓未の想いが雪菜との関係を持つことには至っていないのだ。

 同時に北原のことを思い出してしまう。

 

 なんて浮気者なのだ、あたしは。女々しいにも程がある。

 

 今日だって彼らは練習をしに来るのだ。雪菜と顔を合わせるのは辛いが。だからといって自分がこの調子ではいけない。

 

 

 気分を入れ替えよう。そう思いかずさは部屋を出るとシャワールームに降りていった。

 

 

 

 




今回はかずさのターン。
小春ちゃんのターンはまだか。まだです。そもそも予定が……。

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