PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題)   作:双葉寛之

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リビジョン版。
後半はちょくちょく変えていたので主に前半、千晶の部分を修正。


EPISODE:2 Rev1.0

 夏服の衣替えから1週間と少し、昨日は快晴だったが、今日は午後から曇りが見える。

 明日から天気を崩す模様――そうテレビで天気予報をしていた6月の第二水曜日。

 目前に梅雨入りが迫っているのかもしれない。明日からの雨の分も励むべく部活動に勤しむ運動部員を普段なら情緒を感じながら見ていたかもしれない。

 しかしそんな気分には到底なれないと、演劇部の部長、瀬能千晶は彼らには目もくれずズンズンと渡り廊下を大股で歩いて行く。

 

 千晶は”演劇部部長”という肩書以上に、演劇というものに情熱を注いでいた。

 役を演じること、つまり役になりきる時。その役の過去の経験、今の心情。その全てを吸収し自分の糧とする。

 彼女は演劇を通して様々な人間の感情というものを貪欲に求めていた。

 

 故に、去年の3年生が引退してからというものの、部全体の実力の低下に千晶は苛つく。

 拙い演技しか出来ない部員に苛つき、上手く指導出来ていない自分にも苛ついている。

 上手く役をこなせないのならいっそ舞台上から消えた方がいい。そう切って捨てたい気持ちが強いがさすがにコンクールでそれは出来なかった。

 

――今年の高等学校演劇発表会は優勝は無理かな。

 

 あぁ、駄目だ。イライラして気持ちが悪い方向にしか考えられない。早く喉を潤したい。自販機はまだだろうか。

 何か気分転換となるような刺激が欲しい。そう、こんなときは炭酸飲料がいいかな。

 

 そんなことを考えながら食堂を通りかかった所で意外な人物がテーブルに向かって唸っているのを見かける。

 放課後の、閑散とした学生食堂で考え混んでいる仕草の人物、学年でも有名な優等生だ。

 

 学年の優等生――北原春希。

 真面目でお節介焼き。東に困った人あれば手を差し伸ばし、西に悩んでいる人があれば共に考え知恵を貸す(正しい言葉ではないが)

 

 お約束に違わず、先程述べたような典型的な優等生であり。演劇に傾倒するあまり落第寸前の危機に瀕している自分とは正反対に、常に学年上位をキープする成績優秀者。

 

 おそらく3年生の間で『いいんちょくん』と言えば誰しも春希のことだと理解するだろう。1年次2年次と彼とお同じクラスだった生徒達は勿論、教師陣からも信頼されている。

 そういう意味で彼は有名であった。

 

 そんな彼の、けれども今までの経歴――誰にでも平等に接するように、何も浮ついた話を聞かない。そんな彼らしからぬ顔を目にした千晶は足を止める。

 

 彼のその表情はおよそ勉強や頼まれごとで考えたり、悩んだりしているそれではない。

 伊達に演劇部部長――自身は全国大会に出れるほどのレベルで通っている千晶には、春希が普段通りの顔を装っているものの、時折――物憂げな表情に、しかし何か鬼気迫るような雰囲気を作る瞬間を見逃すほど、表現というものに疎くは無かった。

 

――あの顔は……おそらく。

 

 役者としての直感。女性としての直感。たぶん、どちらも正しいのだろう。そして、普通の者が見せない思いつめたような表情からは、瀬能千晶としての直感。それらを信じた千晶は舌なめずりをすると『いいんちょくん』に気付かれぬよう彼の背後に回りこむことにした。……面白い悪戯を思いついたという表情をしながら。

 

 よほど集中しているのか全く気付く気配のない春希。その後ろから彼の手元を覗き見る。

 参考書や教科書でカモフラージュしているが、彼の視界の中央には図書室で借りてきたであろう『開桜社 基礎シリーズ 作詞の仕方 プロに学ぶヒットソングの技法』と、書き殴るためのメモ紙。そして何度も消して書きなおしたと思われる作りかけの詞だった。

 

 千晶はスッと目を細める。歌詞の一言一句見間違えないように注視する為に。

 

 プロの作詞家には到底及ばないであろう言葉の選び方かもしれない。実際に曲を乗せると無理がある構成かもしれない。けれども、その文章は、彼の心の底からの情景をありのままに映しだしていて。そんな注文など蹴飛ばしていいくらい千晶の心に染みていくものだった。

 

 今まで、様々な物語――中には当然、恋愛者も含まれていて、その役だってこなしてきた千晶。

 恋や愛というものを理解して演じていた千晶。

 演技の完成度の高さゆえか、演劇で彼女の恋人役を演じた男達はことごとく彼女の虜になる程、完璧といえる程恋愛というものを理解はしている。

 

 けれども、自身は一度も経験したことがない本物の恋愛感情。彼の心の中はどのような気持ちで溢れているのだろうか。爽やかで甘酸っぱいのだろうか。それともドロドロと渦巻いているのだろうか。

 

 その”生”の感情をノートに打ち付けている彼、春希に千晶は只ならぬ興味を覚えた。

 

 

 

 

 

「あなた、恋しているのね……」

 

「ッ……!?」

 

 突如、背後から首に腕を回して抱きつかれながら耳元で囁かれた春希は声も出ないほど驚く。

 身体が硬直し、呼吸をすることを忘れ、囁かれた方を見ることすら出来ない。

 

 

「驚かせちゃった? 北原くん」

 

 ようやく硬直が取れる春希。「うあぁぁっ!?」と叫びつつ下手なホラー映画を見るよりもよっぽど早く心臓を動かしながら千晶の下から離れ、レブリミットを超えそうな胸元に手をやる。

 

 

「ごめんね? あんまり真剣に取り組んでいるものだからついつい気になって覗きこんでしまったよ」

 

「っていうか、誰? なんで俺の名前を知って……」

 

 ぜぇ……ぜぇ……と、普段の、噂通りの彼――安全志向で冷静沈着で全てが計算通りであると言わんばかりの落ち着きのある人物。とは全く違う状態の、彼の呼吸を整えようとする余裕の無い反応を見て満足感を得る千晶。そしてさも意外だと言わんばかりに応える。

 

「あなたほど模範的な生徒という意味での有名人はいないよ。北原くん。先生からの信頼も厚く、定期テストの結果発表じゃいっつも上位をキープ。そして去年の学園祭を実質掌握していた実行委員。」

 

 まさに理想の高校生よねー。と続けながら千晶は彼の問に応え忘れていたことに気付く。

 

 

「っと、返事が逆になってごめんね。私は瀬能千晶。G組だよ。よろしくね」

 

 そして「いやー、それにしても意外なもの見れたよ。良かった良かった」と再び千晶はカラカラと笑い始めた。

 

 

「そうかい……。で最初の言葉はどういう意味だったのかな」

 

 なんなんだよ、この女……。と憮然とした表情も隠さずに春希は応える。――歌詞を書くことと恋愛している事は関係ないだろという態度を出しながら。

 

 

「どういう意味もなにも、そのまんまの意味だよ。こんなに激しく切なく心から想いを紡いでいる『恋文』はなかなかお目にかからないよ」

 

「そういう設定の歌詞なんだから。しょうがないだろ。実際の俺の気持ちとは別だよ……」

 

 いかにも感動した。と気持ちを込めた声色を出しながら千晶のその瞳は相手は誰なの? と興味津々の色を隠していない。

 

  ふぅっと息を吐きながら、更に言葉を続けようとした春希を遮るかのごとく千晶は春希に近づきスカートを押さえるように手を膝に当てる。そして意識してかしてないでか胸元を強調するよう――もちろん意識して行っていることだが。春希を下から覗き込むように見上げる。

 

 

「北原くん」

 

 不意に――反応する暇も無く春希の顔に手を当て耳元に口を近づける千晶。

 傍から見るとまるで春希の頬にキスでもしているように見える距離で。

 最初とは正反対の向きから、囁くように、しかし強烈に。千晶は彼に対して更に爆弾を投下した。

 

 

「そんなに、好きなんだね。『冬馬、かずさ』さんのことが」

 

 

「はふぇっ……!?」

 

 息を吐くのか吸うのかどちらを取っていいのかわからない声を上げながら、どうしてそれを。という目で千晶を見る。

 そして同時に自分の態度でその指摘が間違ってないことを示してしまったことに気付いた。

 

 実際は、ノートの横のメモ紙に『冬馬』や『かずさ』と書きなぐられているのを見たから確信していたのだが。

 

 

 ――私は何でも知ってるんだよ。

 

 そんな言葉が出そうな表情をしつつ、テーブルに右手を乗せて身体を預けながら千晶は最初の驚き方以上の顔を見せる春希を見つめていた。

 無言の勝利宣言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「春希ー! はやくぅ、ご飯食べに行こっ!」

 

  明けて木曜日。午前最後の授業が終わった後、前日の予報通りの雨。

 そのジメジメとした湿気を吹き飛ばんさんとすべく、さぁ昼食だ!とにわかに活気づきはじめる教室。

 その教室――春希の所属するE組にまるで顔パスだと、クラスメイトだと、皆おつかれー!といわんばかりの自然さで入室し、机に座っている春希の右側から声を掛けたのは、親友である飯塚武也でなく、水沢依緒でもなく。春希にとって昨日の悪夢の張本人である彼女。

 親友のと同じクラスの、G組の瀬能千晶だった。

 

 

「なんでお前こっちに……。っていうかお前、名前で――」

 

「いいじゃんいいじゃん。昨日あんだけ深く語り合った仲じゃない。

 そんなことより、お腹すーいーたー!」

 

 千晶の発言にクラスの中では「あれってG組のあの瀬能だよな」や「えー、北原くん瀬能さんと付き合ってるの?」とか「堂々と交際宣言!?」とか飛躍しながらヒソヒソとこちらを眺めている。

 

 語り合ったんじゃなくてズカズカとお前が探りを入れてきたんだろ! と交際云々は否定するがそれ以上は教室中を鎮めるのにすっかり疲れ果てて反論する余力を春希は持ち合わせていなかった。

 

「はぁ……。もういい。飯、行くんだろ。早く行こ――」

 

 春希が言い終わる前にこの混乱の元凶、千晶は彼女から向かって春希の後ろ――左隣りに位置する席で顔を伏せたまま眠っている”お隣さん”に声をかける。

 

 

――あ、やばっ

 

 ギョッと千晶の動く方向へ首を向けながら、昨日の件が春希の脳裏をよぎる。

 からかいのネタとしてかずさに接するのか、それとも暴露するのか……。

 春希は身体から嫌な汗が吹き出てくるのを感じる。

 

 

「春希の、隣の席の~、冬馬さんだよね~? 冬馬さんも一緒に――」

 

 千晶の言葉を遮って”お隣さん”は椅子をずらす。床と椅子の足が擦れる音がひときわ大きくクラスに響き渡った。

 

 起き上がった”お隣さん”――冬馬かずさは春希と千晶、二人を一瞥することもなく無言で教室の外へ出て行く。

 

 あっ……、と声を出し左手を冬馬が出て行った場所に伸ばしたまま春希は固まる。

 

 先程まであれだけ賑やかだった教室が静寂に包まれる。が、次の瞬間には「おおう、修羅場か?」とか「三角関係の予感!?」とか「宮崎先生の授業に似た展開なかったっけ?」とかそれまで以上に激しい”ヒソヒソ話”が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、岩津町。雨は上がり、気温はそれほど高くないまでも相変わらずどこかしらジメジメとしているのは梅雨ならではだろうか。

 

 かずさは帰宅後、不快な気分を一掃しようとバスルームへ赴く。

 嫌なことも何もかも綺麗さっぱりと流すかのように、頭から降り注ぐ暖かいシャワーが心地いい。

 

 

 

 

 結局。その日かずさは放課後まで教室には戻らなかった。

 

 生徒の間では”開かずの間”と言われているここ――第二音楽室でかずさは荒々しく鍵盤を叩いていた。その音色は怒りと、誰を責めるのかできかねているかのような理不尽な迷いとが混在する奏者の、乱暴に鍵盤を叩く力が奏でる音だった。

 

 かずさは何故、自分がこんなに苛ついているのかよくわからなかった。

 ただ、いつも彼女がピアノで"壁越し"にギターのサポートというべきか、指導をしていたクラスメイトの"お隣さん"――春希がだらしない顔をしながら他所のクラスの女と話していただけだ。

 

 いつも面倒を見てあげていた自分を放っておいて違う女――自分が初めてみた相手と仲良くしていた事に嫉妬したのか?

 

 

――いや違う。自分はそんな女々しくはない。第一、北原のことなどなんとも思っていない!

 

――そうだ。あれはきっと、ちっとも上達せずに女にフラフラする、教え子の不甲斐のない軟派な姿を見たからだ。

 

――あぁ、不愉快だ。不愉快だ。

 

 かずさの心の叫びが鍵盤を通して音に現されたのか、その日――”木曜日”だが、隣の第一音楽室で下手くそなギターが聴こえることは無かった。

 彼女の音がギターをひくことを躊躇わせたかどうか。今はひたすらがむしゃらに弾いていたかった彼女にはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 やはり湯上がりというのは気持ちがいい。身も心も軽くなった気がする。

 バスルームから湯気をこぼしながら出て、誰が見ても褒めるであろう黒髪をドライヤーで乾かしながら時計を見やる。

 20時を回る前だ、まだ時間に余裕はある。

 自宅に帰ってくるまで浮かべてた難しい顔をシャワー上がりからは一転して穏やかにして、かずさは私服に着替える。

 

 もともと身の回りに頓着しないかずさは化粧をすることは殆ど無い。しかしほんの少し薄くする程度だが今日くらいはと、あまり多くはないが一通りは揃えている化粧道具を収納した棚に手を伸ばす。

 

 30分後、支度を整えたかずさは家を後にする。さすがにいくら暖かくなって日没までが長くなったといえどこの時間住宅街は静かだ。そんな中、かずさが向かう先は付属もある町、南末次町にあるファミリーレストラン、グッディーズだった。

 

 

 グッディーズの敷地にたどり着くとかずさは駐輪場のほうを見やる。

 そこには停めてあるビッグスクーターの横で紫煙を燻らす男――かずさが待ち合わせている男が居た。

 彼もまたかずさを見つける。色を抜いた長髪をテールアップにしている軽薄そうな容姿。

 どうみてもかずさには似合わない感じの男だが、かずさは彼を見つけると弾むような軽い足取りで向かっていく。

 

 

「久しぶり、待った?」

 

「久しぶり、かずさ。もう少し待たせてくれても良かったくらいだよ」

 

「あたし、タバコ嫌いなんだけど」

 

 彼は、苦笑し謝りながら手元の火を消してかずさに並ぶと、店内に入るため一緒に歩き出した。

 

 

 

 




あまりに酷い出来だと、逆に手を付けられない。
そんな典型例を強く感じる今日このごろ。

千晶ってのを表すのは難しいですね。この宇宙人っぷり。雪菜以上に書きにくいです。

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