PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題)   作:双葉寛之

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一応、序盤の完結です。


EPISODE:13.5

 スゥ……スゥ……。

 

「ん……」

 

 カーテンから漏れた日が拓未の顔を照らす。例えカーテンの隙間から僅かにしか入ってこないそれだとしても、夏の日差しは強く、拓未は軽いうめきにも似た声をあげる。

 

 

 スゥ……スゥ……。

 

 小鳥のさえずりが耳に入ってくる。

 瞼が重い。しかし朝を告げるその鳴き声は再び眠りにつかせる事を許してはくれない。

 花を思わせるような、いい香りが拓未の意識を急速に覚醒させてゆく。

 

 

 スゥ……スゥ……。

 

 なぜか下半身が微妙に重い。

 そして首周りに圧迫感がある。しかし決して苦しいというわけではなく、温かく、柔らかい感触。

 うっすらと瞼を開け、視界に入った最初の光景は……。

 

 

「な、何でかずさがここで寝とっと?」

 

 目の前には静かに寝息を立てているかずさがいた。

 

 此方に来てから久しく使っていなかった言葉が思わず漏れる。

 

 

――やっちまった!? うそ!?

 

 状況を確認しようと自分のに手を当てようとするも先に触れるのはかずさの太もも。下半身に重さを感じた原因は片足を乗せられていることに気付いた。代わりに覗きこみたくても首に手を回されているせいで身動きが取れない。

 

 

――洒落になんねぇぞ、おい。

 

 バンド内で誰々と関係を――そんな沙汰を起こしては準ミスを笑うことなど出来やしない。自分が原因で崩壊することなど考えたくはない。

 

 つまり、今の状況を確認することは、これからのことを考えると死活問題であり、自分の沽券に関わる事である。

 

 かずさを起こさないように気をつけつつ空いているもう一方の手を回し自分のを確かめる。

 

 

――だ、大丈夫っぽい……?

 

 考えうる最悪の結末を回避出来そうな事に安堵を覚えるも、どうしてこのような事態になったのか……。

 

 

 確か……昨日は。

 

 曜子さんに電話をした後、さらに泣きじゃくるかずさをなだめていたはず。

 そして終電もとっくに過ぎて、タクシーを使って帰ろうとした自分を遅いから泊まっていけと引き止めたかずさ。

 

 さすがに豪華な――ベージュを加えた白色の本革ソファーで寝るのは忍びなく、来客用の布団を借りてリビングで寝てたはず。

 

 首を動かせる範囲であたりを見渡すがやはりどう見てもここはリビング。

 自室に戻ったはずのかずさが何故……。

 

 

「ん、んう……」

 

 寝息を立てていたかずさだが目覚めたのか軽く声をあげると瞼を開けていく。

 

 拓未を意識がはっきりしないまま見つめるかずさ。

 

 普段のクールさを感じさせない、とろんとした目で拓未を見ると……。

 はにかむような柔らかい――10人中10人が可愛いと断言していい笑みを顔に浮かべ、ただでさえ近いその距離を縮めようとする。

 まるで、おはようのキスをするような――

 

 

「ちょ! かずさ、待て!」

 

「……ぁ」

 

「……」

 

 接触するまでもうあと数センチ。重なろうとするかずさを止めたのは部員としては正しい選択だが男としては非常に惜しいことをしたような……。

 緊張しながらそんなことを拓未が考えていると完全に意識が確認したのだろう。

 超至近距離で、自分が仕出かしかけた事に気づいたかずさは口をパクパクと何度も動かして……。

 

 

「あぁ、うあああああああ!?」

 

「うぉああああ!!」

 

 超至近距離――ささやかれてもはっきりと聞こえる距離で放たれた悲鳴というよりは叫びといえるそれは、拓未の鼓膜を破りそうな程の音量で伝える。あまりのうるささに拓未も大声をあげるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん。寝ぼけて潜り込んでた……」

 

「いや、泊めてもらった俺が文句をいえる立場じゃねぇし」

 

 失態を謝りながらコーヒーを飲むかと尋ねるかずさ。

 

 畳んでおいたシャツに腕を伸ばしつつ、もう帰るから結構だと拓未は断りを入れる。

 

 

「かずさも、あまり気にするなよ? 何もなかったんだから」

 

「……あぁ、そうだね。そうするよ。

 拓未、今日は学校には来るんだろ?」

 

「だから、俺を登校拒否のように言うなっての。お前の前では一日しか前例ないだろ。

 とはいうものの、今日は午前中はパスする。昼から受けるよ」

 

 玄関で靴を履き「じゃあまたあとで、昼飯でも食おうぜ」と告げ、冬馬邸を後にする拓未。

 

 

「……昼飯?」

 

 確認するかのように口唇を人差し指で撫ぜつつ、拓未から聞き慣れないセリフを聞いたことに違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、もしもし。柴田さん……にしては遅いわね。……かずさ?』

 

 表示された番号を見て、電話の主を確認する曜子。

 

 時刻は17時。日本(現地)の時間でいえば深夜0時だ。

 訝しがる曜子。あの子が電話を掛けてくることは考えられない。ということはかずさに何かあって近所のお手伝い(柴田)さんが掛けてきたのか。

 

 しかし、そんな考えを他所に。曜子の耳に響く声は全く予想のしていなかった。男性のそれだった。

 

 

『曜子さん、お久しぶりです。……3年前にお世話になりました、浅倉拓未です』

 

『浅倉……アキくん? いや、拓未……アキくんの連れてきた子?』

 

『あ、アキくん……。そうです。浅倉晃弘の息子です』

 

 自分の親父が愛称で呼ばれていることに軽く頭痛を覚える拓未。しかしそんなのはまだ序の口だった。

 

 

『あー! 浅倉、拓未!

 ギターでシコシコ弾きながら慰めてた……悲ニーくんじゃない!』

 

『やーめーてー!!』

 

 3年前のあの日曜子に『自分の殻に閉じこもってグチグチと過去を引きずっている音――泣きながらギターで自慰してんじゃないわよ――腕前ばっかで全く聞くに堪えない情けない音』そう酷評されたことがさめざめと蘇る。

 

 思い出したくない過去。出来れば曜子さんとの美しい思い出だけで美化したかった。なのに当の本人からぶち破られる。

 

 

『ふぅん、あの時の悲ニー君か、随分落ち着いちゃって。

 あなた、結構頑張ってるみたいね。こないだの巡業、動画で見たわよ』

 

『え、知ってるんすか? っていうか俺のこと覚えてて……』

 

『私はね、教え子なんて貴方以外持ったことはないのよ。

 あなたが高校1年になった時からのTAKUMIってステージネーム、私は知っているんだから。

 昔とは見違えたわね。自分を自由に表現出来る。いい音出してたわ』

 

 嬉しかった。自分を覚えていることや、サポートで入っていたバンドが動画投稿サイトにアップロードした動画を見てくれていたこと。そして何より自分のことを教え子だと恩師が言ってくれたことが……。

 

 

『でも、かずさと付き合っていたとは思わなかったわ。

 関心しないわね。こんな時間まで家主がいない家で……私はまだおばあちゃんにはなりたくないわよ?』

 

『付き合ってねぇです!』

 

 感動はわずか5秒で壊される。あぁ、これが曜子さんだ。マイペース過ぎる。

 懐かしいやりとりにある種別の感動も沸き起こっていたが、それは疲れ混じりの感動だ。

 

 

『今日は、そのかずさとの事でお電話しました――』

 

 

 

 

 

 

 電車を使わず徒歩で学校とは真逆の方向に――つまりは朝帰り状態なわけだが、そんな拓未は昨夜のやりとりを思い出す。

 

 自分から難儀な課題を出してしまった。そもそも昨日はいろいろと出来事がありすぎた。

 

 

 ……柳原朋の襲来。

 

 

『――どうせあなたが所属しているだけで、私が何もせずとも同好会も小木曽雪菜も地に落ちるわ! 』

 

 あの言葉が心に重く響き渡る。

 

 そうだ。自分がいるだけで、それだけで悪評が立ってしまう。

 既に一度、楽器経験者の間で主にだが噂が広まった同好会事態はこの際どうでもいい。

 

 だが雪菜が加わった。彼女にまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 しかし抜ける訳にもいかない。それこそ最悪の結果学園祭に出演出来ず恥をかかせてしまうことになりかねない。

 

 だからこそ、出演して彼女を朋に勝たせなくていけない。

 

 それに春希のお願いの件もある。

 

 ならば、自分が推し進めようとする計画の交渉も上手くいくかもしれない。

 

 同好会は藤代達に。

 雪菜は朋に。

 そして拓未は曜子に。

 

 勝たなければいけない。

 

 

「しゃーねーよな。しばらくサポートの一時停止(開店休業状態)だな!」

 

――前より気軽にタバコ吸えねぇよなぁ。停学どころか次は退学だもんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーるーきー! 今日はエビフライだよぉーっ。

 はいっ、料金前払いー!」

 

「だぁ! くっつくな。腕を組むな! 押し当てるな!」

 

 昼休みを迎えた春希のもとに千晶が学食をタカリにやってくる。

 いや、千晶にとってはタカリではない。誰もが羨むその豊かな膨らみを春希に押し付け――所謂おさわりで定食の対価を支払っているのだから。

 

 またまたぁ、ホントはまんざらじゃないんでしょ? かわいいねぇ、むっつりだねぇ。と"やらしく"笑う千晶を連れた、同伴状態で廊下を歩く春希に、周囲の男子生徒は突き破る程の強い殺気を浴びせる――実際、胃に穴が空きそうではあるのだが。

 

 

「そんなことしても、俺は奢らないからな」

 

「えぇ、これじゃ満足出来ないの……?

 これ以上するんだったら。私、きつねうどんも食べたいな……」

 

「さらにタカる気かよ!?」

 

 定食も大盛りを食べるくせに、こいつの一日の消費カロリーは一体いくらなんだ……。そこなしの食欲に若干恐れをおののく春希。

 実際、千晶にとっては定食1つじゃ全然足りないのだ。

 彼女の演技に掛けるそのエネルギーは、まるで命の灯火を燃やし尽くさんとするぐらい情熱的に、激しく、オーラといってもいい程まばゆく発される。

 それが定食1つで賄えるなど、どだい無理な話。きつねうどんを追加した所でおやつ程にも値しないくらいだった。

 

 

「北原くんっ」

 

 周りにとってイチャラブ同然の雰囲気を醸し出してる春希達に声をかけるのは同じ同好会のメンバーである雪菜。

 彼女と一緒に依緒と武也が春希を待っていた。

 

 

「あれ、冬馬さんはいないの?」

 

「あ、あぁ……。冬馬なら授業が終わるなり先に学食に言ってると伝えて走っていったんだが」

 

 何か絶対食べたいものでもあったのだろうか。それにしても焦りすぎだったが……。

 甘いものに目がないといってもさすがに限度があるだろう。

 そう思わせるような勢いで飛び出していったかずさを不思議に思う春希。

 

 

「春希……、お前公衆の面前で何やってんだよ」

 

 そういうのは隠れてしないと身動き取れなくなるぞ。と筋の違うアドバイスをする武也。

 

 

「最近春希の武也化が進んでいるような気がするわ。

 ……春希、あんた種馬二世とか言われないようにしなさいよね」

 

「北原くんってさ……。やめろやめろっていう割には本気で嫌がってないよね?

 ううん……むしろ――」

 

「喜んでいる」

「鼻を伸ばしている」

 

 雪菜の確信めいた指摘の後半に被せてくる千晶。言葉は違うが同じような意味合いだけに余計に春希の心に刺さる。

 

 

「それそれ! 鼻を伸ばしている! 北原くん、ホントはやめてほしくないんだよね?

 周りの目も顧みずにさ。だったら……こうされても平気だよね」

 

 えいっと、千晶と腕を組んでいない反対側に周り、ぐいと春希の腕を抱きしめる雪菜。

 所謂”両手に花”状態の春希に降り注ぐ周りの視線は、既に殺気というようなもんじゃない。怨念といっていい程だ。

 

  無理もない。騙された男は数知れず。魔性の演劇部部長である大女優、千晶と2年連続ミス峰城大付属の雪菜を侍らかせればそうもなる。

 

 あまりの空気の変わり様に「俺らも真似しよっか、依緒」など軽口も叩けない武也。なまじ、依緒となら……と思っているだけに軽口の割には随分と本気が籠もる予定だったが……。

 

 そんな武也に気付く依緒

 

 

「するわけないでしょ、バーカ!」

 

 愛嬌混じりでベー!っと舌を出しかねない怒り顔を見せる依緒はとても魅力的で武也は思わず呆けて見続けてしまう。

 

 

「何も言ってないだろ、したかったのか?

 なんだ、腕を組みたいならそう言えば――ヒギィ!」

 

「馬鹿なことを言ってないで、さっさと歩く!」

 

「わ、わかったから腕をつねってひっぱらないで、ください……」

 

 腕を組むどころかつねられ引っ張られる武也。

 

 今日も賑やかな、終業式までちょうど一週間を迎えた、春希達の昼休みの光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、遅かったじゃないか……」

 

 定食の乗ったプレートを運びながらいつもの席にたどり着くとかずさが一人、いつもより気持ち少なめのデザート――メインなのにデザートを手にしながら春希達に文句をいう。

 

 

「いや、お前が早すぎただけだろ……。冬馬、席詰めてくれ」

 

「だ、だめだ。ここは、空けてるんだ」

 

「はぁ?」

 

「いいから、さっさと食べなよ。熱いうちのほうが美味しいだろ」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 いまいち要領を得ないかずさの言動を変に思いつつも席につく春希。

 

 春希と千晶の定食――ちあきにはきつねうどんもついてるが。それを見て雪菜は「ホントに今日はエビフライだったんだ……ひょっとして全部記憶しているの?」と千晶に問う。

 

 

「私はねー、学校じゃ部活の次に楽しみなのがお昼ごはんなのだよ。

 テストは全然わかんないけど、日替わりのパターンは暗記しきったよ!」

 

「瀬能さぁ、そういうこと自信満々に言わないで少しは勉強に向上心を持ってだな。そもそも――」

 

「よぉ、飯塚。飯、一緒にしてもいいか?」

 

「おぉ!浅倉、お前やっと来てくれ――え?」

 

 同好会に加入して以来、一度も一緒に昼食を取ることはなかった拓未。

 昨日でだいぶ打ち解けたのだろう。武也が朗らかな声で迎え入れようと、向かいに座る春希の後ろを見上げたが、お前誰だ?と言わんばかりの表情のまま固まった。

 

 拓未の声を聞いてすごい勢いで後ろを振り返ったかずさもその姿勢のまま固まっている。

 千晶は振り返らずにひっくり返るように背を反って見上げたままだ。

 依緒と雪菜は、二人とも同じように口をあんぐりと開けたまま時が止まっていた。

 

 どういうことだ?訝しげに春希も後ろを向くと。

 

 

 いつものだらしのない長髪――ロン毛ではなく。

 ここ数日見せていた部活時のトレードマークであるテールアップ……ですらなく。

 

 

 お世辞にも綺麗とはいえなかった脱色した髪色はアッシュを交えた焦茶色に。

 

 サイドに2ブロックを入れたショートレイヤーをWAXで無造作に持ち上げた、ある意味想像がつかないだけに不気味にすら思える好青年な――浅倉拓未が立っていた。

 

 

「あ、浅倉。お前……」

 

「いやー、登校した途端生徒指導(諏訪)に会って、そのまま職員室に連れ込まれて”職質”されちまった。

 北原に諭されたと答えてみたらアイツ、涙目混じりになってて、超ウケたぜ」

 

「い、いや浅倉。俺が言いたいのは春希との事じゃなく……」

 

「へへ、意外と似合うだろ。あ、だが伸びると飯塚と被るな……。

 とりあえず、これが俺の覚悟だ」

 

「拓未くん。ひょっとして昨日の事……。

 わたしのせい……?」

 

「――昨日のこと?」

 

 心配する雪菜の言葉に千晶が反応する。

 自分が部活に行っている間に同好会で何かが起った?

 雪菜のせいでトレードマークを捨てた?

 

 俄然興味が湧いてきたのか。うっすらとだが口元を歪めた千晶の表情は昨日の朋――獲物を定めた顔をわずかに浮かべる。

 

 

「いいや、雪菜が気にすることじゃない。同好会を成功させるためだ。

 まぁ、今からの話次第じゃその同好会から早くも脱退することになるんだが」

 

「拓未っ、どういうこと?」

 

 かずさを見つめる拓未、これから話しかける相手は武也なのだろうが、自分に挑戦状を叩きつけるような、挑発的な目を向けられている。かずさは何故だかそう思えた。

 

 

「飯塚……いや、部長。

 同好会で、このメンバーで、夏のHOTLIVEに参加してくれ」

 

「……は?HOTLIVEって、あの全国でやってるオーディションの?」

 

 HOTLIVE――複数の大手楽器店が共同で主催するライブ形式のオーディション。

 高校生や大学生などの若手に知名度は高く、特に関東ローカルでは全国大会が深夜の音楽番組で取り上げられる程人気がある。

 楽器屋に訪れたら誰しも一度はポスターでそれを目にする故に、特に音楽経験がない武也や春希でもよく知っているイベントだった。

 

 

「あぁ……御宿の広場で予選やってるのは知ってるだろ? そのHOTLIVEだ」

 

「広場って……あれ野外じゃないか。

 ちなみに、それっていつの話だ?」

 

「……1ヶ月後、8月11日だ」

 

「いっ、1ヶ月後!」

 

 どこか他人ごとのように聞いていた春希が具体的な日付を聞かされて思わず声を上げる。

 それはそうだろう。春希の腕前は、ライブに出るのはおろか、人前で披露することでさえ躊躇してしまうレベルだったのだから。

 

 

「浅倉、春希のことも考えて言ってるんだよな……?

 なんでまた急にそんなこと言いだしたんだ」

 

「俺はな、勝てない勝負はしたくないんだ。

 学園祭のライブではあいつらに負けるわけにはいかねぇ。

 だが、ぶっつけ本番でこのメンバーが成功させることが出来ると思えるほど、俺は楽天的ではない。

 かずさを除く他のメンバー、特に雪菜の度胸付けが主な理由だ。

 それに、ハコと違って参加料はあるがチケットノルマがないからな。」

 

「だからといっていきなりHOTLIVEか……。あれってデモテープ必要じゃなかったか?」

 

「そんなもん、俺が参加するって伝えたら審査なんてパスだよ。俺伊達にサポートで回ってねぇよ。顔広いんだぜ?」

 

「そ、そっか……」

 

 存外に、審査があるから無理って流れを期待していた春希が気落ちした声を発する。到底今の自分には出来っ子ないと思っているのに、最大の障壁である参加条件がクリアとなると現実味を帯びてきた。

 

「おい、春希。どうするよ」

 

「そ、それは……」

 

 武也に振られた春希はかずさを見る。なんといっても自分の師匠はかずさなのだ。彼女が断れば自分も諸手を上げてそれに賛同出来る。

 「俺には無理だ」などと情けなくて自分からは決して言い出せない。

 故に若干男らしくない、卑怯だとは思うが自分にとってはそれ以外に方法が無かった。

 

 

「わたしは良いよ」

 

 えっ。と一同は雪菜を見る。楽器の経験がないとは言えど、アレを聞いてなおその発言が出来るのか。っていうかどんだけ春希のギターが好きなんだ。そんなことを言外に含ませた視線を皆は隠そうとしない。

 しかし雪菜は平然と続けた。確信していると断言して。

 

 

「だって、拓未くんが問題ないと思ってるから話を切り出してきたんでしょう?

 だったら、わたしは信じるよ。拓未くんを、みんなを。

 自分が出来る事を――精一杯歌うだけだよ」

 

 

「小木曽」

「雪菜ちゃん」

 

 春希と武也の声が被る。

 

 

「あたしは……。正直、今までのあたしなら北原なら無理って言ってた。

 けど拓未、あんたが北原を出せるって思ってるのは、昨日の経験値の話が理由なの?」

 

「ああ。昨日話した、今までの経験値と今後の練習(調教)次第では、可能性は十分にある」

 

「そっか……。ならあたしは反対しないね。もともと自分の腕前には何も不安はないんだし」

 

 

――なるほどね、自分の弟子を仕上げてみせろって挑発だったわけだね。

 

 先ほどの意味ありげな目配せをそう解釈したかずさ。もっとも、拓未自身にも手伝わせるつもりなのでその挑発には十分勝算があると見込んでいる。

 

 

「女性陣は賛成してるぜ? 飯塚と北原(野郎共)はどうなんだ」

 

「ちなみに、断ったら?」

 

「俺は恥をかきたくないんでな、同好会の入部は無かったことに」

 

「受け入れるしかないじゃないか……」

 

「北原は?」

 

「……。

 やるよ。師匠が出来るというんだったら弟子は応えて見せないとな」

 

「よし、交渉成立だな。あらためて、よろしく頼むぜ。部長」

 

 

 そういって拓未は昨日に比べて気味が悪いほど清潔感のある笑顔で武也に握手を求める。

 ホントに春希のこと頼むぞ? といいながらそれに応える武也。

 

 春希の肩を叩く依緒。栄養ドリンクの差し入れぐらいはしてあげるよ。と、叩くその手は語っている。

 

 

「ねぇ冬馬さん。衣装どうしよう!白いフリルがついたのとかどうかな?」

 

「い、衣装? ……制服じゃダメなの?」

 

 

 昨日何かあったのは間違いない。それがきっかけで今後波乱がありそうだと誰に気付かれることなくほくそ笑む千晶。

 

 

 夏休みまで残り1週間を迎えたこの日、軽音楽同好会は本格的に活動を始めることになる。

 

 

 

 




少し急いで執筆したせいか、当初のプロットとのズレを戻すために、今までの投稿分を加筆修正しようと思います。
したがって次話の投稿はしばらくズレこむことに。

やっぱ大人は余裕が大事だよねー。

ちなみに、いわゆるカップリング的な部分はどうしようかと悩んでいたり。複数パターン用意してるんですがどれもなぁ……。

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