PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
作中で未成年者が喫煙をする描写がありますが、決してそれを助長する意図はありません。
真似をすることは法律的にも禁じられていますし何より社会的、健康的、金銭的、そして臭いという公衆衛生的にも問題があります。
そして一度喫煙を行えば依存し、その後断ち切るのに多大な精神的苦痛を伴うことになります。私は禁煙補助薬を用いた結果、禁煙には成功しましたが心の不調を起こしかねない事態となりました。
喫煙自体を否定するつもりはありません。ただ法律的に年齢の問題が無くなった時に、改めて自分の責任で行っていただくよう。この話を見て興味本位で試すことがないようにお願い致します。
なお、ガイドラインに記されてない為、映倫のケースによるPG-12を想定し、今作ではそれ以上であるR-15のレーティングを設けていません。
「北原くん、こないだの委員会の件だけど――ッ!?」
「あぁその時のなら既に議事録に……ってどうした?」
昼休み、教室を出た所でクラスメイトに、前回代理出席した委員会の件について尋ねられる。
軽音楽同好会に加入してからもなおクラス委員長として『いいんちょくん』ぶりを発揮している春希だが、話しかけてきたクラスメイトの女子は彼を見るなり固まる。
それは驚きも含まれているのだがどちらかというと恐れ――
「よぉ、北原。用事があるって言っておいて呼び出すたぁ、随分と偉いんだな『いいんちょ』様はよォ?」
「あ、あさ……くら、くん……」
怯えるクラスメイト。北原くんはいじめられている。金銭を強要されたりしているのだろうか。逃げないと私も標的にされちゃうかも。――そんなことを考えているかもしれない。
春希は軽くため息混じりに無理からぬ事、というよりこれが普通であって、やっぱり
拓未が学校から受けた処分は2つの停学だけだが、これは事実が発覚しただけであり、その他のバレてない――もしくは”立件”出来ないような事というのは大小合わせれば事欠かない。やはり1年近く経とうとしてもなかなか風評というのは消えないものなのかな。
春希は軽くため息を、今度は拓未への同情分を含めての事だが、ふうっと吐くと振り返り拓未に言葉を返す。
「浅倉、俺は昼に用があるってメールしただけであって、此方から赴くつもりだったんだが」
「え、そう?」
――本当は結構単純で御しやすいヤツなんだけどな。
「……で、俺に話って一体なんだ」
正午を迎えたばかりの夏の空は屋上を影を作る隙間すら作らせないとばかりに照り尽くす。
正直言って何処に避けても暑い。それでも春希と拓未は出入口の庇に隠れるように少しでも涼を求める。
幸い今日は日差しが強いだけで気温自体はそれほど高くはない。風さえ吹き続ければそれなりに凌げそうだ。
「あぁ、浅倉に頼みがあって……。
浅倉。俺に、冬馬と一緒にギターを教えてもらえないか?」
「はぁ? 既にかずさっていう先生をつけておいてなお他を求めるのか。
それに、お前は俺のこと嫌っているだろうが。意味わかんねぇんだけど」
「……見返して、やりたいやつがいるんだ」
しばらく拓未は無言で春希を見るが。はぁ、と息を吐くとポケットをガサガサと取り出し、白地に赤い丸がついた紙箱をトントンと叩くと、付属の学生がおよそ嗜んではいけないものを一本取り出し咥えて、火をつける。
腰を下ろし――いわゆるヤンキー座りをしながら火を付けたそれを、深く吸い込んでニコチンを血中に取り入れようと肺に行き渡らせると、先程よりも幾分楽な気持ちで息を吐き出した。
あまりにも自然に紫煙を燻らすその姿に春希は反応が遅れたが、目の前で行われている行為を認識すると共に大声をあげる。
「お、おい浅倉!タバコは法律的にも、校則としても認められて――」
「お前がバラさなければ問題ない、わかる? それに頼み込んでるお前が文句を言える立場か」
それとこれとは話が違う。そう思いながらも春希は黙認することを選ぶ。
その態度を見て拓未は満足すると再び紫煙で肺を満たし、吐き出すという一連の動作を行う。
「……さっきの話。続けろよ」
◇
『北原先輩……?』
そう呼ばれて思わず振り返る春希。
その視線の先にはラフだが可愛らしい服装で、コンビニで買ってきた雑誌を入れた袋を下げている美少女。
しかし、春希にとってはかつて自分達を奔走させるハメになった忌々しい女。サークルクラッシャー、むしろサークラと名付けた、去年の準ミス峰城大付属に選出された女。柳原朋がいた。
『やっぱり北原さんだ……。
さっきのコンビニの外で見かけたからもしかしてと思って追ってみたら。久しぶりですねぇ』
そう言って愛らしい笑顔でクスッと笑う。
――いいや、愛らしいなんてそんなことはない。これは同好会を手中に収めんと画策した時の笑顔。獰猛な顔だ。
『……柳原』
『偶然ですねぇ。この辺はよく通るんですか』
『お前こそ、何してるんだよ。こんな時間に』
『私ですか? 見ての通り買い物の帰りですよぉ。あ、お友達と遊んだ帰りなんですか』
鼻につくような話し方の朋。春希は所謂こういったあからさまな媚を売るような態度の女子は苦手だ。学校では誰にでも平等に接する彼だが学校の外でまで、ましてや
『それに、まだギターなんて担いでるし。空中分解してまで続けるなんて、飯塚さんと二人でフォークソングユニットでも結成するつもり?』
『どうだっていいだろ、お前には』
『もしかして、まだメンバーを探しているとか? 無理に決まってるのに無駄なことをするんですね』
『あー、もう。煩いな。「どうだっていいだろ」お前には』
『……なんてね、さっきのは彼女さんですかぁ? 随分と綺麗なコでしたねぇ。ちょっと高望みしすぎじゃありません?
ひょっとしてギターを始めたのも彼女の為ですかぁ? アハハハッ! 超ウケるんですけど』
『っ……勝手な事を言うな』
『違うんですか? まぁそうですよね。全然釣合わないですもん』
何も知らない朋、知らないだけに図星をついた先程の指摘は春希を苛立たせる。こいつは一体何が目的なんだ。いきなりやってきて一方的に嫌味を繰り出す朋に関わることは早めに終わらせたかった。
『一体何が言いたいんだ。柳原』
『……私、今度藤代さん達と新しくバンドを組むことになったんですけどぉ。北原さんがどぉーしてもって言うんなら。入れて差し上げても構いませんよぉ? 北原さん、あなた女性ボーカルを探してたんでしょう』
『……女性のボーカルと演奏できたら、そりゃ最高だな。だがな、柳原。お前とだけは絶対ゴメンだね』
『っ……! 残念でしたね! せっかくステージに立てる最後の機会だったのにっ』
なによ、からかいがなくて超つまんない。そう言い捨てて、来た道を返す朋。
話を思い出すのも苛々するが、やはり朋は藤代達――おそらく他にも引っ掻き回して手中に収めた手駒と新しくバンドを組むようだ。
となると、当然自分達軽音楽同好会と同じ舞台で対面することなる。拓未を含めた実力者が偶然にもそろったこの同好会。自分のせいで観客にはともかく、柳原達には恥を晒したくはない。対抗心からその日、春希は今まで以上に集中してギター練習に励むことになった。
◇
「ふーん、準ミスに吠え面をかかせたくて上達したい、ねぇ。
人によっちゃ不純と考えるかもしれないけど、いいんじゃねぇの?」
話を拓未に打ち明けると、意外に悪い反応を返さない。春希は望みが見えたと思うがやはりそう思うように上手くことは運ばず、色よい返事は続いてこなかった。
「けどよ、それは俺が必要な理由にはなんねぇだろ。かずさがいるじゃん。
思っちゃいるがアイツの音楽に対する素質はガチだぞ? 俺のお呼びじゃねーよ」
「確かに冬馬の指導には何も不満はないよ。ないけど現実問題として俺が今、成長出来ていないのは間違いないんだ。冬馬が悪いわけじゃない。かといって何が悪いかもわからない。
冬馬には学校帰ってからもあいつの家でいろいろ教わってるんだ。なのに成果がここ最近見られないのは申し訳なくて」
「……へぇ」
表情を崩さないようにしているように見えるが、その奥の目が笑っていない。そんな気配がしつつこれは拓未は知らなかった話だったか。失敗したかと春希は焦りを感じる。
演奏について相談したのに女の家がどうのこうのと話が展開されてはさすがに拓未も面白くなぞないだろう。慌てて話の方向を戻すことにした。
「こないださ、武也が上手くいかなくて悩んでた時に。思わぬ方向から助け舟を出しただろ?
……いや、俺がドラムを叩けば上手く行くとかいう話じゃないけど。違う視点からアドバイスを貰えたら助かると思ってお願いをしにきたんだが、やっぱりダメなのか」
「んー。とりあえず、部活内ではお前も鍛えてやるけどさ、その話はちょっと考えさせといてくれ。それが答えだ」
第一回の交渉は次回へ持ち越しとなった。だがまだ学園祭までは時間がある。罵倒され拒否されなかっただけマシだ。今後の交渉がうまくいく可能性はまだ高い。
わかった。すまないな、呼び出して。そう春希は拓未に曖昧な笑みを浮かべる。
「今後も部活ではよろしく頼むよ。……それと、今から皆と一緒に飯食いに行かないか?」
「へ? お前が、俺を、飯に誘うのか? ……なるほど、南の雲行きが怪しいな。雨が振りそうな訳だ。
まぁ、冗談はおいといて。今降りて学食に行ったら雪菜にあって匂いについてどやされちまう。誘ってくれてありがとな」
俺はしばらくここにいるわ。そう告げる拓未。わかった、喫煙。バレるなよ?と一応形だけの、効果も何も期待できない注意を残して春希は学食に向かうことにした。
学食についた春希が辺りを見回す。いつもの一角――もはや彼らの専用席となりつつあるそのテーブルに雪菜、かずさ、武也、依緒と千晶が集まっていた。
「遅いぞ春希。一体どこに行ってたんだ」
すっかり食べ終わった皿を乗せたプレートを指差しながら春希を迎える武也。
すまん、遅くなった。そういいながら春希は空いている席――雪菜の隣、かずさの向かいに座る。
「春希ぃー。なぁんで遅いの? 定食売り切れたじゃん。私A定食も食べたかったのにB定食しか食べてないよ」
「いや、瀬能さん。いつも思うけど食べ過ぎじゃないの?」
「そりゃー私は文化部だけど、演劇部ってのは意外とエネルギーを使うんだよ。水沢さんだってダイエットとか考えたことなかったでしょ?」
「おい依緒ー。お前部活引退したから今度から考えなしに食べるのはやめとけよー?」
「ちょっと武也! デリカシーなさすぎでしょ! 信じらんない。っていうかその呼び方やめてって何度も――」
非常に騒がしい。いい表現をするなら賑やかな中、購買で買ったパンを食べようと袋を開ける春希は、雪菜とかずさ、二人から怪訝な目で見られていることに気づく。
陰と陽、月と太陽。実際は真逆の激情家とそれに比べて温厚派の部類に入るが、対局的な二人が同時に、同じ目で自分を見るその顔は春希にとって非常に奇異に映る。一体どうしたというのだろう。
「な、なぁ、どうしたんだよ。二人とも」
「……いや、なんでも。ただ――」
「春希くんさ、拓未くんと会った?」
「な、なんで?」
「うーん、なんていうか――」
「拓未の匂いがする……」
そうそう、そんな感じー! 二人とも同じ表情で同じ意見を述べる。
――匂いってなんだよ匂いって。お前ら犬かよ……。
煙がついたのかな。一応風上だったんだけどな。
目ざとく気付く、女というものに、春希は若干の怖さを感じた。
◇
「失礼しますーぅ。お久しぶりですねぇ、飯塚先輩。それと、この間はどーも。北原先輩」
放課後、練習を行うべく一同が集まった第一音楽室。
口にヘアゴムを咥えながら髪を束ねようとする拓未、指のウォームアップを行うかずさ。依緒に茶々を入れられている武也と、喉の確認をする雪菜。それに、やはりスランプ状態みたいなものだろう、いい表情ではない春希。
そんな拓未達の部活動を邪魔をするかの如く、遠慮なく開けられたドアの発した音に各々の動作をやめ、一同はその音を出した人物に注目する。
――新入部員だろうか?
この後の展開を考えると到底ありえない予想をする拓未と雪菜。
拓未はこんな華奢なコがベースをするのか、と。
雪菜はコーラス担当? ボーカルだったら
一方、かずさはストイックだ。練習の邪魔、とばかりにすぐに意識を手元に戻す。
しかし来訪者のことをよく知る春希と武也。そして武也づてにも、周りの生徒からも噂を聞いている依緒は違う反応を返す。
「なっ、柳原朋! 今更どうしてここに!」
驚愕の表情で目を見開く武也をみて、拓未はこいつが準ミスだ。と判断する。
なるほど、そういえば良く見かける顔だ。確かに可愛い、可愛いがよく作られた笑顔だ。
一昨日、春希が朋をみて評した内容と一致する。獰猛な、獲物を奪おうと計算しているのを隠すような笑顔。
そりゃー騙されてコロッと手玉取られる男も多いだろうなぁ。それが拓未が朋に抱いた第一印象だった。
「先日ですねぇ、北原さんとお会いした時に、なんだかやたらと強気だったのが気になってぇ。いろいろ調べてみたんですけど。
……噂通り、小木曽雪菜を迎えていただなんて、やってくれましたね。北原さん」
初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさん達は……。とは言わないものの。
春希に向けられて吐き捨てられたセリフからは作られた笑顔から苦々しさが隠せずに零れ出ていた。
「え、わたし……?」
「飯塚さん、今日は宣戦布告に来ました。私も
準ミスとして上品に、しかし嫌味ったらしく元同好会のメンバーも含めて新しくバンドを結成したことを律儀に報告する朋。もちろん嫌がらせ意外のなにものでもない。武也は苛立たしげに朋を睨むも朋の注意は既に彼女にとって最大の敵。雪菜に向いていた。
「私が考えた案を真似するなんて、今年はそんなに人気投票に自信がなかったのかしら? まるで泥棒猫みたいな所業よねぇ」
「そんな、あの……あなた――」
「まぁでもぉ? 見たところ上手くコントロール出来ていないみたいだし。所詮真似事、底が浅いわね、小木曽雪菜――」
雪菜に向かって牽制を兼ねた口撃を続ける朋、そんな朋から雪菜を会話から、物理的に遮るように拓未は身体を割り入れ追撃を中断させる。
「おい、そこの穴の開いた
グダグダ喚いてねーで、見てもわかんないのか? お前邪魔になってんだからとっとと出ろや」
「お、おい浅倉」
意外な人物――だがよくよく考えたら問題行動の代名詞にもなろう拓未は全然意外じゃないのだが。火に油を注ぐような発言をする拓未に春希と武也は慌てて止めに入る。
「なっ、あなた……。3年の、浅倉……浅倉、拓未。見た目通り、随分と下品な言葉を使うのね。
気をつけたほうがいいですよぉ、先輩? 噂一つで同好会なんて簡単に吹き飛んでしまうんですから」
「ほう、自信満々に言ってくれるな。やってみろよ? ミスコンに無事に出れると思うなよ、お礼参りが待ってるぜ。
暴力沙汰は信頼と実績があるんでな、期待しとけや」
同好会の邪魔をするだけならまぁ、静観しといてやろう。だがコイツの本来の目的は、ミスコンの優勝――つまり雪菜だったのか。ならどんなことをしてでも阻止せねばなるまい。
火に油を注ぐ? とんでもない。ガソリンにマッチを投げ入れるようなもんじゃないか。
拓未の過激な発言にもはや朋が激昂するのは明らかだと予想する春希と武也。
朋は拓未の剣幕に一瞬だけ怯むも春希と武也、二人の期待に応えるように。顔を真赤にして怒りを露わにする。
「ッ! ……どうせあなたが所属しているだけで、私が何もせずとも同好会も小木曽雪菜も地に落ちるわ!
見てなさい、小木曽雪菜。ステージで人気を得るのは私。ミスコンだってあなたには取らせない」
吐き捨てるように自身の勝利を雪菜に叩きつけると、忌々しげに拓未を睨み足音荒く出て行く朋。
事態を上手く読めないのか雪菜がオロオロしている中、拓未は歯ぎしりの音が伝わりそうな程顔を歪めると、売られた喧嘩だな、言い値で買ってやるよ。と意気を露わにする
「おい、北原ァァッ!」
「は、はい!!」
今まで聞いたことがない、叫ぶと表現するのがすんなり当てはまるほどの怒声に思わず春希は直立不動で返事をする。
条件反射でやってしまった。しかし誰も指摘はしないだろう、だって武也も依緒もかずさや雪菜でさえもビクッと身体を震わせるんだから。そう思わせても仕方のないような声量だった。
「……昼の話。受けてやんよ。お前、覚悟しとけよ。1日10時間はギターから離れることは許されないと思っておけ」
「あ、あぁ……。望むところだ。よろしく、頼む」
春希にとって降って湧いた幸運。のはずだが、素直に喜んでいない春希の表情は、まるで藪蛇のような墓穴をほったかのようなそれを作っていた。
――さっきの子、誰だったんだろ。
そんな中一人この場にそぐわない考えをする雪菜。
彼女が柳原朋を認識するのは別の世界でも3年後。……無理はないのかもしれない。
中古呼ばわりされてる朋ですが、実はそのあたりの貞操観念はキチンと持っている。と設定します。
だって、俺の朋ちゃんが、そんなはずない……。
話は次回に持ち越します。EPISODE:12.5です。