PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
はい、榛名は大丈夫です。って響いて原作が台無しに。
「北原くん」
――拓未から割り振られた自分のギターパートがうまく弾けない。2拍伸ばした後に入るタイミングがどうしても掴めない。カッティングの”ウラ”も理解してはいるのだが実際に弾くとなると全く出来ない。あとアルペジオも滑らかにいかない。
「……おーい、北原くーん」
――ただ繰り返して練習するだけじゃダメなのか。冬馬は頭で考えるのじゃなく指で覚えろと教えてくれているが、それだけじゃダメなのか。俺と浅倉、浅倉と武也、武也と俺……経験してきた歴だけはどうしようもないが、それぞれの違いは一体……。
「ねー、北原くん」
――俺の前で実演したときのアイツはどう弾いてた。思い出そうとしても綺麗に弾いてたとしかわからない。そういえば綺麗に弾こうとしても余計な音が混じってしまうのもあった。……駄目だ、徹夜で弾いていたせいか考えがまとまらない、眠い。
「ねぇってば!!」
「いだだだだっ! 小木曽!? 痛いって!」
春希の思考が雪菜によって中断される。何事だと雪菜を見ると「わたし、怒っています」といわんばかりの表情が春希を責めているのを物語っている。そこで初めて春希は雪菜に何度も呼ばれていたことに気がついた。
「もう、北原くん。ひどいよ、なんで無視するのかな」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してて気が付かなかったんだ。それで小木曽、どうしたの」
「……北原くん、生姜焼きをズボンに落としたのを指摘したんだけど」
「へ? あぁっ、うあぁぁ!」
「……馬鹿が」
見ればタレがたっぷりついた本日のA定食のメニューである豚のしょうが焼き――日替わりの定食の中でも美味しいと人気ですぐに売り切れるそれは春希の太もも、というより股間に近い部分にしっかりと、豚肉が広がった状態で付着している。
雪菜とかずさ。良くも悪くも周りの目を引く美少女二人と席を囲んでいる春希は、学食利用生徒の視線を集めている中間抜けな声を上げながら自身の注意散漫さを改めて呪った。
「もう、北原くんどうしたの、そんなにぼうっとしてて」
慌ててトイレに駆け込んで汚れを落としてきた春希。
その横でプリンとシュークリームという昼食と呼ぶには非常に甘ったるい食事を終えたかずさは「北原、くさい。近づかないで」と鼻を押さえる仕草をしながら春希から距離を置く。
「いや……地味にショックなんだがそういう態度……。
ごめん小木曽、心配かけて。ちょっと昨日眠れなくてさ」
「寝てないの?悩み事?」
「ん、そんなところかな。学園祭のライブのことを考えてたら寝付けなくて」
「そうなんだ!そうだよね、楽しみだなぁ学園祭。まだだいぶ先のことだけどわたしも本当に楽しみ!」
「……小木曽はさ、不安じゃないのか?緊張というか」
「北原、あんたは考えすぎ。そうならないために今練習しているんでしょ。
それに小木曽の言うとおりまだまだ先の話。そんなこと考えている暇があるなら寝ずにギターでも弾いてろ」
かずさの指摘に思わずムッと機嫌を悪くするも、ここで事を荒らげたって仕方がないと春希は抑える。
「うーん。冬馬さんに春希くんに飯塚くん。それと拓未くんがいたらね、なんだって出来そうな気がして不安な気持ちなんて全然しないよ。屋上で歌う前の時のほうがずっと緊張したかな」
「小木曽は北原と違って本番に強そうだね。逆に北原は本番はトイレに篭っていそうでそれがあたしは心配だ」
「もう、冬馬さん。あまり北原くんをいじめちゃダメだよ。
でもホントに楽しみ。そういえば他にやる曲はまだ決まってないんだっけ」
「”WHITE ALBUM”だって正式に決まっていたわけじゃなかったけどね。
小木曽は森川由綺を推すけど、あたしは里奈派かな」
「緒方理奈っ!じゃあ、”POWDER SNOW”とかかなぁ。」
「それもいいけど”WHITE ALBUM”と曲調が被っちゃうね」
「そっかぁ、アップテンポな曲なら”SOUND OF DESTINY”が好きだけど」
「……それはまぁ、皆と相談しないとね」
盛り上がる二人を他所に春希は箸を進めながら春希はまたギターの事を考える。自身のセンスと今の練習量じゃ到底、他のメンバーと釣り合うとは思えない。ならどうすればいいのだろうか……。
武也は昨日のあの数時間で見違えるほど上手くなった。特にその数時間、ひたすら練習したわけではない。ただちょっとドラムの練習をしただけだ。だからといって俺がドラムの練習したって上手くなるとは限らない。
「そういえばさぁ、冬馬さん。グッディーズに夏限定で、なめらかプリンとトロピカルマンゴーっていうのが出るらしいよ」
「え、本当か!いつ、あたしはいつ行けばいいの!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。あ、そろそろ戻らないといけないよ」
「夏限定なんだな。そうか、通い詰める必要があるな……。
おい、北原。いつまで食べてるんだよ。先に戻るからな」
「あ、あぁ。すまん」
とりあえず今は練習をし続けよう。それしか方法がわからないんだ。
◇
「よぉ、かずさ」
「あ、拓未。そっか、今日は学校きてたんだ」
「いや、そりゃ来るだろうよ……お前の前で来てなかったのはこないだの件しかないじゃないか」
「そうだよね、あんたはこの学校の生徒だったんだよね。会おうと思えば毎日会えるんだよな」
音楽科の時は新校舎だったから知らなかったのは無理もない。けど3年になってからずっと気付かなかったのは、あたしは他所に気をつける余裕なんてなかったのかな。そんな自嘲染みた考えをしてしまい苦笑するかずさ。
「あぁ、なんで2年以上もかずさのこと知らなかったんだろうな。普通こんだけ美人なら気付くだろうにな」
「なっ、恥ずかしいことを言うな!」
「……ホントお前、俺がツアーから帰ってきてからなんか変わったな。素直な表情するようになった。何があったんだ」
あんたがあたしに世界は良いものだって教えてくれたからだよ。と言い出しそうになったかずさだが、やっぱり気恥ずかしいからか躊躇う。
それでも感謝の気持ちは少しでも伝えなくてはいけない。そう思うこと自体が拓未の指摘するような”変わった”ことそのものなのだとはさすがにかずさは自覚しては居なかったが。
「……あんたがあたしの背中を押してくれたんだよ」
「なんだそりゃ?それよりさ、今晩飯食いにいかね?久しぶりに落ち着いて話とかしたい」
「ほ、本当!――いや、ごめん。しばらく夜忙しくてさ、ちょっと無理かも」
「……そっか、まぁまた今度誘うよ。んじゃ、明日の部活でな」
心なしか気持ちが沈んだような背中を見せて廊下を去っていく拓未。夜に会うことを楽しみにしてくれてたのかな、そんな思いが頭をよぎるもさすがに自分にとって都合が良すぎる考えだと頭を振りつつ、教室の席につく。
――せっかく誘ってくれたのにごめん。拓未
だが、今は他に心配な事があるのだ。自分が上手く教えられないばかりに悩ませてしまっている
他人の事を心配するなんてあたしも馬鹿だよな。確かに拓未が言った通り変わったみたいだ。でもね拓未、あたしはそんな今の自分が嫌いじゃないんだよ。
まぁ放課後の心配事は放課後に考えよう。とりあえず今は今のするべきことをしないとね。そう思いながらかずさは机に伏し、眠りについた。
◇
「っつ!」
軽やかなピアノを響かせる教室に、必死に追いつこうとしていた春希は手元を狂わせ盛大な不協和音を奏でる。
深夜に繰り返し練習していたところと相変わらず同じポイントで間違える春希は自身の苛立ちを声に出そうとし、必死に堪えた。
「なぁ、北原。あんた、昼休みもずっとギター弾いてたでしょ――頭のなかで」
「えっ……どうしてそれを」
「いや、昼休みだけじゃないな。昨日の夜も寝ずにギターを弾いてた。違う?」
「……あぁ。そうだよ。なんでわかったんだ」
「そりゃわかるよ。ずっと上の空というか思いつめたような感じだったし。指、それと身体が微かに動いていた。
そんな態度されちゃね、あたしとしてはそれしかないと思ったんだ」
「そっか……。いやごめん、そのせいでちょっと今集中出来てないのは確かだ。教えてくれているのに失礼だよな」
「北原、あたしも悪いとは思ってるんだ。説明しようとしても、あたしにとっては当たり前のことすぎて、北原が上手く出来ずに失敗しているその原因を理解できないっていうのもあるんだ。
だから少しでも良くなれればとテンポを遅くして繰り返したりはしてるけど――」
そう、幼少の頃からピアニスト冬馬曜子の娘として、音楽に触れて育ってきたかずさにとってそれこそ考える必要もないほど染み付いた事。それを春希が出来ずに悩んでいるのは解っていた。それでもその事を上手く説明するのは難しい。
例えるなら事故等にあった結果、身体を治しても上手く動かすことが出来なくなった人にどうしてそれが出来ないのかと思うようなもの。かずさにとって手足みたいなものなのだ。
だからこそリハビリを行うかのようにゆっくりと繰り返して練習する事を選んだかずさ。そしてそれを受け入れて何の不満も無かった春希。だがここに来て問題点に突き当たったことは確かだ。
「そんな、冬馬。俺はお前が教えてくれて助かっているんだ。感謝こそしても冬馬のことを悪いと思ったことは一度だってないよ」
でも……と、春希は言いとどまる。しばらく無言が続くも苦々しげに、そして申し訳ない顔も含ませながらもかずさをしっかりと見つめ、話しだした。
「こんなことを言うのは冬馬に悪いとは思っている。それに俺自身だって嫌だ。だけど冬馬、お願いがあるんだ――」
◇
夏といえどさすがに薄暗くなってきた時間、世間でいえば夕食の時間帯だろうか。春希は公園のブランコに腰を掛け、眼鏡に三つ編みの地味な少女――雪菜と話をしていた。
『あぁ、わかった。北原がそう思うのならそうなんだろう。確かに一理あるね、良いよ。
それで、どうする。明日あたしから誘う?』
『いや、そこはやっぱり俺が話をつけないと……。ありがとう冬馬』
『っ……。お前の感謝は気持ち悪いんだよ。とりあえず、そんな寝不足で浮ついた考えじゃ練習にならないだろ。今日は帰ったらゆっくりと寝なよ』
あたしの家での練習は無しだ。とりあえずこの時間は今の苦手なポイントを割り出し練習しよう。その日は夕焼けが出来るくらいの時間で切り上げ、先に帰らせてもらう春希。
下駄箱で靴を履き替えた所で携帯電話に届いた一通のメール。
『北原くん、練習が終わってもし19時くらいに時間があいたら、私のバイト先に来れる?』
どうしたんだろう?そう思いながらも「大丈夫。直接店に顔を出すよ」と返信し――今に至る。
「小木曽、どうしたの。バイト先抜け出して来てよかったの?」
いつ見ても――自分は気付いたが、完璧な変装っぷりに感心しながらも春希は雪菜がアルバイトの就業時間であることを気にする。
「うん、ピークの時間は過ぎたし、少しくらいなら。休憩時間扱いだよ」
「そっか。しかしやっぱりその格好は小木曽だとは信じられないな」
「見破ったのは北原くんと拓未くんだけだよ。
北原くん、はい、これ。急いでいたから既成品だけどね。それと呼び出しておいてなんだけど応援したくて」
「チョコレート?それに、応援って」
「北原くん、昨日寝ていないのはギターをずっと弾いていたからだよね。
私は楽器弾けないから、よくわかってもいないのに無理しないで休めだなんて言えないから。甘いもの食べてリフレッシュして、少しでも早く休める時間を作って欲しいなと思ったんだ」
集中して疲れた頭には甘いモノが一番良いでしょっ?そう笑いながらチョコレートを差し出す雪菜。
地味目の女の子に変装してなお、その仕草は春希の鼓動を早めるのに十分な威力を持っていたが、それ以上に春希は雪菜の優しい気遣いが有り難かった。
「ありがとう……小木曽。でもなんでわかったんだ」
「私も、アーティストの端くれだからね。ってのは冗談で、北原くんあの時ぼうっとしてたけど、瞳は拓未くんと冬馬さんが見せるのと同じだった。
だからかな、何か真剣に取り組んでることがあるのかなって。だったら同好会のことかなって」
「それだけでそこまでわかったの? かなわないな、小木曽には」
「女の子はね。男の子の普段見せない仕草っていうのは敏感なんだよ?」
身体を壊しちゃダメだからね? そう言いながらスーパーに戻る小木曽。
かずさには帰ったら休むようにと言われているものの、寝る前に少し練習しようかな。
既成品のチョコだってきっと特別な味になるだろう、そう思いながら帰路につく春希だった。
ま、真夏のバレンタイン!
もうすぐ"あの"時期ですね。死にたい。
さて、例によって誤字は後日修正。ダジャレじゃないです。ホントです。