「ふうん。じゃあ、最底辺のコミュニティーってのは?」
冷や汗が首筋を伝う。
ライナの何気ない質問にジンは明らかな焦りを覚えていた。
その質問の答えはいずれライナ達に話さなければならないことではあるが、同時に話してしまうとジンにとって非常に危険な可能性をはらむ。
飛鳥や耀をはじめ、だんごに夢中だったはずのフェリスまでもがジンに注目している。
誤魔化しや時間稼ぎなどできるはずもなかった。
しかし話せるはずもない。
話したら最後、せっかく呼び出した彼らが去って行ってしまうだろうから。
問の主であるライナはその眠そうな目でジッとジンを見つめている。
そのプレッシャーもあってか、口を開くも彼の喉からは「あ」とか「え」などうめめくような声しか出てこない。
やがてしびれを切らしたようにライナが言葉を発した。
「話さねえの?だったら俺の想像でものを言うけど・・・・・・いい?」
いいも何もない。
最悪だ。
ライナの目は確信を持つ者のそれであり、十中八九正しい答えを言うだろう。
そして自分の口で語らなかったジンはライナ達から信用を失い、彼らをコミュニティーに引き入れることを完全に不可能にするのだ。
それだけはあってはならないと、ジンはやけに重く感じる上唇を持ち上げた。
「だ、ダメです!」
「じゃあ、どうするわけ?」
「僕から話します!」
「あ、そう」
どうやら最低限の防衛線は守り切ったらしい。
ジンは心中でホッと息を吐きだすと、再び口を開いた。
◇
「なるほど。崖っぷちだな」
フェリスのその呟きは至極もっともだった。
ジンのコミュニティーはまず名前がないらしい。
権限を悪用する「魔王」と呼ばれる者によって名前と旗を奪われたそうだ。
故に「名無しの権兵衛」「名無し」「ノーネーム」などと呼ばれている。
加えて魔王はコミュニティーの主なメンバーを捕らえ、現在は黒ウサギを除き10歳以下の子供しか存在しないという。
まさに崖っぷちであった。
この状態では組織を運営していくことは不可能だといっていいだろう。
「ま、俺は寝床さえあればいいけどさ。フェリスはどうよ?」
「ん。私はだんごがあればいい」
「だよなあ」
ライナとフェリスはジンのコミュニティーに入ることに異存はないようだった。
飛鳥と耀も、
「私もジン君のコミュニティーで構わないわ」
「友達を作りに来ただけだから・・・・・・」
同様の返事を返す。
よほど嬉しかったのだろう。
ジンは感激の面持ちで頭を上げた。
「ほ、本当ですか!?」
全員が頷く。
これで今はこの場にいない十六夜さえ承諾してくれればジンにも希望が見えてくるというものだ。
「それより、そこの人どうするの?」
耀が指す場所にはガルド・ガスパーが転がっている。
先ほどフェリスに一撃でのされてだらしなく気絶したまま放置されていた。
「ほっといていいんじゃねえの?」
「うむ。だんご神様に裁かれたのだ。生きてはいまい」
まるで興味のない様子で言うライナとフェリス。
ガルドは生きているし、裁いたのもフェリスだが、言わぬが花だろう。
フェリス以外の全員がそう思った。
◇
数十分後。
ライナ達は十六夜を連れ戻してきた黒ウサギと合流し、桜の美しい並木道を歩いていた。
目的地は《サウザンドアイズ》という商業を中心に栄えているコミュニティーの店舗の一つだ。
そこで召喚された五人のギフト鑑定をしてもらうつもりらしい。
つまり各々の才能を見極めてもらいに行くのだ。
余談だが、数分前に少々難しい会話があった。
出身世界の季節がそれぞれ違うというのだ。
これは立体交差並行世界論が関わっている。
簡単に言えば、
『AさんがBして昨日寝たが、それとは別にDして寝た並行世界が存在する』
という理論だ。
だから、同じ人物が存在していても、その行動によっていくつもの世界が存在したりする。
つまるところ、十六夜、飛鳥、耀の世界の歴史が似ているのはそのためだ。
ライナとフェリスの世界に至っては完全に別物だが。
ふと、黒ウサギが立ち止った。
どうやら目的地に着いたらしい。
日が暮れているため看板を下ろそうとしている女性店員に黒尾ウサギは話しかけ・・・
「まっ」
「待ったなしです御客様。うちは時間外営業はやっていません」
ることもできなかった。
超大手の商業コミュニティーは押し入りの対応も完璧である。
「なんて商売っ気のない店なのかしら」
「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!ほら!ライナさんや十六夜さんもなんとか言ってください!」
そう言って振り向く黒ウサギだが、途端に石像のごとく固まった。
いつの間にかライナとフェリスが消えていたのだ。
黒ウサギの異変に気づいた十六夜がなんのこともないような口調で補足する。
「ああ、ライナなら『ここは茶屋だな!?そうだな!?よし花見だんごといこう!』とか言ってフェリスがその店の中に連れていってたぜ」
「なぜ止めてくれなかったんですか!」
「俺が気づいた時には店の玄関に入ってたからな。いや、すげえなあいつら」
「そんなところ褒めないでください!」
気配すら感じることができなかった店員は唖然としている。
数秒後、その表情が店内から聞こえてきた騒ぎの音によって真っ青に塗り替えられたのは別の話。