「何?ライナとフェリスが消えた?」
王の為にあるのに無駄の感じられない質素な執務室で銀髪の青年―――シオン・アスタールはそう言った。
金色の自信に溢れた目と高貴に整った顔立ちが特徴的な青年だった。
彼はここローランド帝国の国王で、国民からは英雄王と呼ばれ慕われるほどカリスマ性に富んでいる。
そんなシオンは部下から告げられたその一言に衝撃を受けていた。
「はい。数日前から帰っていないそうです」
そう答えたその部下の名はカルネ・カイウェル。
金髪で童顔の優男だが、この若さで少将の位を持つエリートである。
当然想像もつかないほどの苦労をしてきている。
その反動で人妻に手を出すのも仕方がないことだろう。
いつもならここで冗談の一つでも言うのだが、シオンの真剣な表情を見てカルネは何も言わなかった。
「いったいどういうことだ?・・・・・・カルネ。ただちに捜索隊を出せ。彼らはまだこの国に必要な人材だ」
「わかりました。ではシオンさん。僕はこれで」
一礼してカルネは執務室から出て行った。
足音が遠ざかっていくのを確認し、シオンは背後の何もない空間に呼び掛けた。
「ルシル」
「・・・何だい?」
するとそこには一人の男が現れた。
美しい金髪、神秘的なほど整った顔立ち。
その姿は否応なくフェリスを連想させる。
彼の名はルシル・エリス。
フェリスの実の兄だ。
彼はいつもどこからともなく姿を現し、消える時は一瞬で文字通り消えるのだ。
「どう思う?」
「ただの行方不明じゃあなさそうだね」
「お前もそう思うか?ライナはこの間出て行って戻って来たばかりだ。同じことを短期間に繰り返すとは思えん。それに・・・・・・」
シオンは一度そこで言葉を区切った。
これから口にすることを躊躇うように。
「それに?」
「喪失感があるんだ。何かが・・・そう、まるで必要なピースが世界から消えてしまったような・・・・・・そんな感覚がある。これは俺の中の『黒い勇者』が感じていることだろう?」
『堕ちて狂った黒い勇者』・・・・・・
それははるか昔全てを、
壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して
壊しつくした悲しい堕ちた神のこと。
狂い悲しみ苦しんで、
殺し続けた神のこと。
悪魔を食べた、
神のこと。
そしてシオンを蝕む、
神のこと。
「そうだね。確かに私も似たようなものを感じるよ」
「それはお前が喰った『悪魔』が感じていることか?」
「そうだよ」
そう。
ルシルは『悪魔』を喰った。
妹を守るため、『寂しがりの悪魔』の半身『悪魔』を喰った。
『寂しがりの悪魔』は喰われるためにある。
『黒い勇者』に喰われるために、ある。
「ということはライナとフェリスは・・・・・・少なくともライナは確実に世界から消えた?」
確かに消えた。
ライナとフェリスはこの世界の、メノリス大陸のどこにもいない。
シオンは自分の言葉に深い絶望を覚えた。
「私は死んでいないと思うよ」
「何故そう言い切れる?」
「この喪失感はライナ・リュートが『死んだ』というより、『寂しがり』が消えたと感じる」
「つまり、『寂しがり』が封印されたか、かなり荒唐無稽な話だが・・・・・・別の世界へ行ったということか?」
シオンの予想は的を得ていた。
しかし、シオン自体がこの想像を信じ切れていない。
いや、信じることができるはずがなかった。
「可能性はあるかもしれないね」
表情一つ変えずに答えるルシル。
シオンがそれに不安を覚えることはない。
いつも通りだからだ。
むしろ不安そうなところを、ルシルが看過できない行動をとると、
殺される。
二人はそういう関係だった。
「大丈夫。まだ君は新しい歯車だ。殺しはしないよ」
シオンの心を読んだようにルシルはそう言って姿を消した。
数十秒後、
シオンは泣きそうな、
今にも崩れ落ちてしまいそうな声で呟いた。
「・・・頼む。生きていてくれ。俺は、俺はお前を失って耐えられるほど強くないんだ・・・・・・ッ!ライナ・・・ッ!」
その声が届くはずの相手は、もうここにはいない。