「ぎゃああああああ!?」
光が消えた瞬間、フェリスとライナを待っていたのは気持ちのいい青空だった。
都会の生活臭に溢れた空気とは違う自然独特の美味しい空気が肺に心地いい。
ピクニックでも始めたくなってしまうだろう。
場所が高度4000メートルの大空でなければ、だが。
「死ぬって!これマジで死ぬって!」
ライナは必死だった。
まさに文字通り必死だった。
真剣だという意味の必死と、絶対死ぬという意味での必死だ。
しかし、フェリスはライナとは対照的にいつも通りの無表情でだんごを頬ばっている。
そして一言。
「ん。やはりウィニットだんご店のだんごは格別だな」
「そんなことより状況見ろ!状況!」
「そんなこと、だと?貴様、だんごをなめているのか!」
危機的状況にもかかわらず、剣を抜き始めるフェリス。
どんな状況でもフェリスワールドは健在のようだ。
「今そんなことやってる場合じゃないから!下を見ろ!」
フェリスはチラッと下を見ると、だから何だと言わんばかりに、
「ん。落ちているな」
「落ちているな、じゃねえええええ!このままだと俺らは死ぬの!」
「何を慌てている。イエットに行く時も似たような状況があっただろう」
ライナとフェリスはシオンの命令で全国を回っていたことがある。
その最中、犯罪者が流れ着いて作ったというイエット共和国へと向かう途中で断崖絶壁を上ろうとしたことがあり、途中で面倒な騒ぎに巻き込まれ落下したのだ。
その時も随分な高さがあったのだが、
「あの時は崖の引っ掛かりに縛呪を引っかけたからなんとかなったけど、今縛呪を引っかけられるような場所はないだろうが!」
そう。
その時は縛呪という魔法でできた縄を出す魔法と崖の引っ掛かりがあったから助かったのだ。
しかし、今回は大空。
あるのは無気力昼寝男と無表情だんご娘だけ。
縛呪を引っかけられるような場所はどこにもなかった。
「あー俺こんなところで死ぬのかな。もっと昼寝しておけばよかった」
ついに諦めだした。
そうこうしている間にどんどん地面に近づいている。
そこでフェリスはあることに気づいた。
「おい見ろ。湖があるぞ」
「あ、ホントだ。つまり助かる?おお!フェリスやるなお前!」
「ん。当然だ。私は超絶完璧美少女天使フェリスちゃんだからな」
心なしか得意げに笑う。
着水まであと数秒しかないだろう。
そんな中、フェリスはライナを見つめる。
そして、
「へ?何?まさか・・・・・・」
足をライナの背中に乗せて体制を変え始めた。
《ドボン》
「がばぐばごぼ」
フェリスはライナの背中の上に見事着地した。
意外に浅かった湖の底でもがき苦しんでいるライナを見てフェリスは言った。
「ん。いたのか」
「ごばぐぶがぼ」
「ん。いたのか」
「がば・・・・・・・・・」
「よし」
ライナが息をしなくなった辺りでようやくフェリスはどいた。
その瞬間、
「よし、じゃねえよ!マジ殺すぞテメエ!」
死にかけていたライナが怒りの表情で復活した。
軽い殺人未遂である。
しかし、フェリスもキレてはいるがライナでさえも驚いた様子がない。
いつものことだからだ。
今度の今度はライナも頭に来たらしく割と本気の殺意を滲ませながら魔法陣を描いていく。
「我・契約文を捧げ・大地に眠る―――」
その速さは目にも留まらないという表現が陳腐に思えるほど速いのだが、
「遅い」
フェリスの動きはさらにその先を行った。
「ぎゃあ」
見事に描きかけの魔法陣は砕かれライナはフェリスの剣に思い切り吹き飛ばされた。
そして、フェリスはもはや常人の目には消えたようにしか映らないほどの速さでライナに迫ると、その手に持つ長剣の切っ先を彼の首筋に添えた。
「まだやるか?」
「ごめんなさい。すいませんでした」
誰でも死は恐ろしいものである。
◇
「それでそこのあなた達」
いきなり知らない声に呼び掛けられライナとフェリスが振り向くと、そこには三人の男女と一匹の猫がいた。
どうやら三人(と一匹)もライナ達と同様に落ちてきたらしくびしょ濡れである。
三者三様の雰囲気を持っていたが、共通している点はメノリス大陸ではあまり見かけない服装をしているということだ。
声をかけてきたのはその中の一人。
若いながらもどこか高貴な雰囲気を纏う少女だった。
「おいライナ。昔お前が捨てた女がお前に文句を言いたいそうだぞ」
「捨てる以前に知らない奴だから。ていうかどう見てもローランドの人間じゃないだろ」
そんなライナのセリフを聞いたフェリスは青い顔をして、
「ま、まさか、他国の人間まで!?なんて危険な変態色情狂なのだ!せ、成敗しないと!」
「おいフェリス、何でそこで剣を・・・・・・ってぎゃあああああ!」
再び吹っ飛ばされるライナ。
どう見てもそれを見ている三人ともドン引きしているが、フェリスにとってそんなことはどうでもよかった。
数秒後、何事もなかったかのように戻って来るライナ。
「ねえ、一体何がしたいの?」
「うむ。世の婦女子達を襲う悪魔を退治しているのだ」
そう誇らしげに言うフェリスに対してライナは疲れたような溜息をつき、
「もうそれでいいよ」
なげやりだった。
「そろそろいいかしら?」
会話?が一段落付いたと思ったのかさっきの少女が再び声をかけてきた。
「ん。なんだ?ライナに捨てられた女」
「だからもうそれはいいから。・・・で、何?」
フェリスの不満げな表情は無視された。
「もう全員自己紹介が終わって、あなた達だけなのだけど。早くしてもらってもいいかしら?」
「ああ、自己紹介ね。俺はライナ・リュート。で、こっちの剣持ってる方がフェリス・エリス」
「そう。私は久遠飛鳥。猫を抱いている女の子が春日部耀さんで目つきの悪い野蛮そうな男の子が逆廻十六夜君よ」
猫を抱いている少女――耀が無言で軽く会釈し、ヘッドホンをしている少年――十六夜が「よろしくな」と気さくな様子で挨拶してきた。
耀もフェリスと同様表情が乏しいが、微かにわかる程度には豊かだった。
特に抱いている猫を見る時は顕著だ。
十六夜がライナを興味深そうに見て言う。
「さっき変な言葉唱えてたよな?何だアレ?」
何故かフェリスがライナを指さして、
「こいつは変態だからたまに意味の解らない戯言を―――」
「言わないから。・・・・・・魔法だよ。知らないのか?」
十六夜はライナの眠気溢れる言葉にさらに好奇心を露わにした。
「へえ、魔法ね。じゃあお前らは異世界から来たってことだな。少なくとも俺のいた世界にそんな素敵なものはなかった」
「異世界?ここはメノリス大陸じゃないのか?」
「お前手紙読んでなかったのかよ?『全てを捨てて箱庭に来られたし』って書いてたろ」
「そういえばそんなことが書いてあった気がする。・・・・・・・・・つうことは何だ?ここは異世界でローランドはないからシオンがいないと?」
「シオンってのが誰だか知らないがそういうことだ」
ライナは信んじられないような顔をして問う。
「マジで?」
「マジだ」
フェリスも、
「それは本当か?」
「おそらくな」
そして二人は、
「よっしゅあああああ!これで安心して寝れる!」「うむ。だんごの天下も目前だ」
手を取り合って狂喜した。