仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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第64話 デート

 

 

 

 

 

 

 

音が聞こえる。それは誰かが攻撃を行う音。

 

音が聞こえる。それは誰かが攻撃を防ぐ音。

 

音が聞こえる。それは誰かが攻撃を受けた音。

 

音が聞こえる。それは誰かが倒れた音。

 

音が聞こえる。それは誰かが叫んだ音。

 

音が聞こえる。それは誰かが抗った音。

 

音が聞こえる。それは誰かが壊された音。

 

 

 

世界は廻る。色が飛び交い爆発が起こる。

また誰かが吹き飛び姿を消した。それは破壊、壊される者と壊す者。

誰かが生き残り誰かが死ぬのか? その中で声が、聞こえた。

 

 

「こちら"   "ッ! 『―――』はまだ発見できない!!」

 

「もう少しだ、もう少しでヤツを倒せるッ!」

 

 

焦りの色、彼は何をそんなに恐れているのだろう?

もしかしてもう"彼らだけ"になってしまったからかな?

でも関係ないのかもしれない。だって、どうせ――

 

 

「ッ! 気をつけろ"   "ッッッ!!」

 

「な――ッッ!」

 

 

どうせ、壊れてしまうんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

「こ、これは!?」

 

 

無数のホログラムカード達が織り成す邪悪な光のルート。

彼はそれを確認すると必死に空を駆けて逃げ回る。ああ、早くしないと追いつかれてしまうよ?

でも駄目。知ってる、ソレからは逃げられない。

 

 

「うグッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「"   "ァアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

真っ赤な塊のなって地に落ちる彼、駆け寄る仲間達だが彼が再び立ち上がる事は無かった。

何故? それは簡単、もう壊れてしまったからに決まっている。仲間達は彼の破壊を悲しみ、そして怒りを力に変える。

積み重ねた想いをこんなに簡単に壊してしまうなんて――

 

 

「貴様……ッ! よくも!!」

 

 

それは別の男。仲間が壊された事が悲しくて悔しいの?

でも大丈夫だよ、どうせその想いだって壊されてしまうのだから。

 

 

「チェーンジ冷熱ハンドッッ!!」

 

 

男は友の為に炎と冷気を発射する。

全てを焼き尽くさんとする業火、全てを碧き檻にて封殺しようとする絶氷。

この攻撃が打ち破られる要素などどこにもなかった。そう、どこにもなかったのだが……それは壊れてしまった。

 

 

『ATTACK・RIDE』

 

「!」

 

 

消える。当たらない。

戸惑う。迷う。誰も、彼も、それは、答え、真実?

いや、無い。壊れた、全部、全て。ああ、どうして。どうして壊れた。私にも分からない。

 

 

「奴はどこに――ッ」

 

『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

「しま――ッ!! ぐああああああああああああッッ!!」

 

 

また壊れた。

また壊れてしまった。夢も、希望も、愛も、正義も。

それを認めてしまえば楽になれるのに、人は何故抗うのか。どうして希望を捨てないのか?

私にはもう、何も分からないの。

 

 

「破壊者! やはり……ッ!」

 

「………」『ATTACK・RIDE』

 

「俺もお前も――ッ! 呪われた力を抱えた因果! ここで終わりに――ッ!」

 

 

飛び上がる男、ポーズを決めると全身が赤く発光。

そのまま飛び蹴りを仕掛けるのだが、彼は知っているのだろうか?

その先にあるのは破壊なのに。

 

 

「何ッ! コレは――ッ!」

 

「………」『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

「お前は……お前は――!」

 

 

男は爆発に包まれて消える。

ああ、また壊れた。

 

 

「ロォオオオプアァアアアアムッッ!!」

 

 

それは意地?

 

 

「キキィイイイイイイッッ!!」

 

 

それは約束?

 

 

「お前だけはココで倒すッ!!」

 

 

それは誓い?

誰の為に戦うの? それは本当に守る価値のあるもの?

それは命を賭けてまで救う意味のある物なの?

 

 

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

 

「怯むなッ! 奴は――ッッ!!」

 

「―――――――――」

 

 

それは存在が消し飛んでまで愛する物なの?

答えは分からないし、答えなんて無かったのかもしれない。

たとえ示すべき物があったとしても、壊されてしまったからもう分からない。

 

 

「ウオオオオオオオオッッ!! チャァァァァァッジ! アァァァァップ!!」

 

 

過去、どれだけの命がそれを夢見たのだろう?

彼らは夢の為に戦った、愛の為に戦った。いつかきっと自分だって彼らの様になれると信じたのだろう。

でも諦めた、でも否定した。だから壊すの? 自らが望んだ過去を否定して、もう用はないと切り捨てるの?

 

 

『ATTACK・RIDE』

 

「グゥウウウウウッッ!! は……ハハッ! そんな攻撃がオレに――ッ!」

 

 

いらない、いらない、いらない、いらない、いらない。

もう、必要なんて無い。偽者なんていらない。真実だっていらない、だったらもう何もいらないじゃないか。

 

 

 

『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

「ガアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

だから壊す。

いらないんだ、全て。

 

 

「きりもみ反転――ッッ!!」

 

 

もしも――

 

 

「ライダァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

もしも人がそれを認めなかったら。

 

 

『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

 

どうすればいい? 何を目指せばいいのだろう。

また爆発が起こる。壊れたんだね、壊されたんだね。疲れたのなら、休めばいいのに。

 

 

「                」

 

「くっ! たとえこの身が朽ち果てようとも――ッッ!!」

 

「………」『ATTACK・RIDE』

 

 

望まれないのなら、意味なんてないのに。

どうすればいいの? 教えてくれよ、壊れる前に。

 

 

「正義は死なないッ! トォオッ!!」

 

「壊れろ」『FINAL・ATTACK・RIDE』

 

 

彼らは、本当に必要?

 

 

「ライダァアアアアア! キィイイイイイイック!!」

 

『DE・DE・DE――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぁ」

 

 

目を覚ますと見慣れた天井。

 

 

「ゆ、夢?」

 

 

変な夢、早く目が覚めてくれて助かりました。

爆発が起こって誰かが消えていく夢なんて誰が見たいんですか! それにアレは、あの姿は――

うん、ちょうどいい。もう起きよう。しかし、今……何時でしょうか?

部屋の時計に目を向ける、時計の針が示すのは午前8時50分。

 

 

「結構寝ちゃってた……」

 

 

ふと夢で聞こえた電子音。

ファイナルアタックライドって確か……。

ううん、そんな事あるもんですか。アレは変な夢なんだから!

 

 

「よし、決めた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

メタ世界から帰還した司たち、そこにはいつもどおりの学校が。

しかし皆フェザリーヌの言葉が胸に引っかかってどうにも気持ち悪い違和感を感じていた。

おかげで今日はいい天気なのにも関わらず学校は驚く程に静かだ。この学校こそがEpisode DECADEの世界だと魔女達は言っていた。

干渉される世界と干渉を行うこのEpisode DECADEと言う名の学校。

 

放送室の電子黒板にはまた別の絵が、つまりここはもう新しい世界と言う事だ。

ゼノン達がいないからこの世界が何なのか分からない、ただ好きに過ごしておいてくれと言うメッセージだけは受け取ったので休憩の世界なのだろう。

しかし自分達は試練を全て終えた筈、ならばこの次に訪れる世界とはどういう世界なのだろうか?

 

 

「はぁ……」

 

 

司は屋上で空を見ている。

先ほどから流れる雲しか見ていないが飽きないものだ、それにしても――

Episode DECADE、大ショッカー、滅びる世界。全くとんでもない話を聞いてしまった。

しかも所々記憶が抜けていると来ている、きっとメタ世界から出る時に記憶を消されたんだろう。

とにかくこれからは何をすればいいのやら。

 

 

「司くーん!」

 

「?」

 

 

屋上に姿を見せるのは夏美、彼女の姿を確認して司は立ち上がる。

どうしたのだろう? 司が聞くとゼノン達から連絡があったらしい。

とりあえずしばらく待機していてくれとの事、三日後にまた連絡するとの事だった。

やはりここはいつも通り休憩の世界と言う事か。

 

 

「司君はどうやって過ごすか予定はあるんですか?」

 

「いや、特に考えてなかったな……何をしよう?」

 

 

じゃあと夏美は笑いかける。

 

 

「明日、一緒に遊びに行きませんか」

 

「え?」

 

 

いきなりの誘いに戸惑う司。

嫌ですか? そう聞く夏美に彼は首を振る。

別に嫌って事は無いが――

 

 

「はい! じゃあ決まりです!」

 

「あ、ああ……」

 

 

嬉しそうに笑う夏美を見て司も釣られる様に笑みを浮かべた。

そう言えば今まで試練の事や学校と言う多人数が暮らす空間にいた事もあって二人で過ごすなんて事は無かったかもしれない。

尤も以前は一緒に暮らしていたから当たり前の様に毎日一緒にいたものだが。

司は鼻歌交じりに別れを言う夏美を釣られ笑いで見送る、休憩の世界だからゆっくりできそうだ。

そうだな、色々情報を与えられて戸惑ったが別にこれからも変わらず続けていけば良い。

ディケイドの力だってあるし、良太郎だっているし、きっと大丈夫だ。

 

 

「それにしても、夏美と二人で遊びにか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世間ではそれをデートと呼ぶんだよファッキン!!」

 

「ディケーイッッッ!」

 

 

椿のラリアットを受けて倒れる司。

誘いを受けた夜の事、明日誘われた事を話してみると椿からそんな事を言われた。

デート? そう言わればそうなるのだろうか? 司は予想にしていなかった椿の言葉に眼を丸くする。

 

 

「何だよ、我夢の次はお前か? ハハハ」

 

「司先輩! 僕にできる事があったら何でも言って下さい!」

 

 

椅子に座ってニヤついているユウスケ、眼を輝かせて司を見る我夢。

二人は完全にそう言う意味に捉えているらしい。しかしココで唸る司、デートと言われれば間違いは無いがそう言う事を意識したのは今が始めてだ。

 

 

「はい出た。はい出ました。皆さん出ましたよー! "意識してなかったわ厨"の登場でーす!!」

 

「な、なんだよソレ!」

 

 

手をパンパンとたたき合わせる椿。

しかし急にまじめな表情に変わり――

 

 

「い、今まで……お前と一緒にいる事が当たり前すぎて…気がつかなかったけど――お、俺……お前の事が―――的なヤツだよ!!」

 

「いや分からねぇよ!」

 

 

だが、あながち間違いと言う訳でも無い。

司自身他人に言われるまで明日がデートだとは思わなかった。

それに司の考えでは夏美もそう言った意味で言った訳では無いと思っている、彼女もまた息抜きにと自分を誘ってくれただけではないかと。

デートなんて恋愛的な要素はゼロと言う意味で……だ。

 

 

「だが、それなら他のメンバーでも良かった筈だ。女性同士の方がいいんじゃないか?」

 

「その通り! 双護の言う通りですがな!」

 

 

つまり双護が言いたいのは夏美が"わざわざ"司だけを誘ったのは少しおかしな話ではないかと言う事。

息抜きに遊びに行きたいのなら女性同士で言った方がいいのではないだろうか? 女性同士でしかできない話もあるだろうし。

ましてもう自分達の付き合いは十分長い、今更気を使う相手でも無い筈だ。司よりもある意味で仲がいいといえるだろう。

 

 

「その中でわざわざお前を選んだのは何でや!? おまはんソレはデートに誘ったん言う事ちゃうんか!?」

 

「喋り方おかしくなってんぞ! いやいや、別にそんなんじゃないって」

 

 

我夢とアキラの事があったから皆そう言う事に対して少し敏感になっているだけだと司は言う。

そしてソレに同意する様に頭を振るのは亘だ、彼としても最初はデートに誘われたのではないかと思ったが――

 

 

「まあ姉さんに他意は無いかな、マジで暇だったから誘っただけだと思う」

 

「そうだろ? しかも夏美と二人だけで遊びに行くって珍しい話じゃなかったし」

 

 

深夜遅くまで二人で仮面ライダー見てる様な仲だ。

今更デートがどうのこうの何て色気付いた事でもないと亘は言う。

そもそも自分達は普段から一緒に暮らしている家族みたいな物だ。

真志や美歩はまだ時間が短かった分もあるが、子供の時から一緒に過ごしてきた分、男女としての意識は限りなく薄くなっているのではないだろうか。

 

 

「そうなの?」

 

 

と、良太郎。

彼もあまり恋愛経験は薄い様だが司と夏美の仲がいい事は分かる。

それが双方どういった感情からなのかは分からないが。

 

 

「どうって言われても……な」

 

「まあ要するに、姉さんを女として見れるかだろ?」

 

「………」

 

 

何度も言っているが今まで兄妹みたいに育ってきたんだ。

今更彼女を一人の異性としてみるのは少し難しいと司は――

 

 

「………」

 

 

思い出すのはメタ世界でフェザリーヌが行った悪戯。

そこで初めて女性として夏美を意識したかもしれない。

美しい肌とか、いい匂いとか――って、何を考えているんだ! 司は首を振って唸る、何だかよく分からなくなってきたぞ?

自分はただ夏美に誘われただけなのに、どうしてこんな事になったんだ!?

 

 

「別に変に意識はしないさ、普通に遊びに行くだけだって……!」

 

 

そう、我夢はアキラの事が好きで結果そういう目的を合わせたデートとなった。

でも自分は違う、ただ単に遊ぶだけ。それでいいじゃないか、別に自分は夏美とそういう関係にはならなくても――……

 

 

「………」

 

 

ならなくても?

 

 

「うーん」

 

 

分からない、一番最初にディケイドになったのは夏美を守りたいと願ったからだ。

それがどう言った感情から生まれたのか自分はよく理解していない。彼女を失いたくないと、彼女を守りたいと願いディケイドとなった。

あのとき、夏美を守りたいと願った心の中にアキラを失いたくないと思う我夢と似た感情があったのかもしれない。

それは純粋に家族を守りたいと言う物? いや、違うのかもしれない。だったら自分は夏美と――

 

 

「ああ、そうさ。でも魔女さんが言ってたみたいにある程度は男女ペア狙ったんだろ? だったら別におかしい事じゃないってモンよ」

 

「?」

 

 

鏡治は言う、男女ペアになっている今の構図。

それは元々関わりが深かったから選ばれたのだと魔女は言った。

我夢は別の勘定が強かったが、多くは既に友人といえる関係ではあった筈。

変に意識しているだけで、気軽に誘えば司と夏美に限らず二人きりで遊びに行く様なメンバーではないのだろうかと。

 

 

「んなまさか! 二人きりで遊びにとかソラもう●●●●と一緒ですわ」

 

「黙ってろ」

 

 

椿を黙らせてから唸る男性陣、何かおかしな事になった。

どうかんがえてもあの魔女のせいだ、変にヒロインがどうだのあんな悪戯だのと……

だが取り合えず司の為にもと、ユウスケが携帯を手に取る。どうやら明日司と夏美同じく薫を誘ってどこかへ行こうと言う訳だ。

これで薫がオーケーしてくれるならば別に普通の事なのだと割り切れるだろう。

変に意識してしては楽しめる物も楽しめなくなる。

 

 

「なっ! おいおいありえねぇよ、考え直せユウスケ! いきなり電話して約束なんてレベルが高すぎる!」

 

 

とんでもないリア充にしか許されない行為だと彼はうんたらかんたら。

 

 

「あ、もしもし薫?」

 

『どしたの?』

 

 

しかしもう既にユウスケは薫に電話を繋いでいる所だった。

椿は残念そうに首を振る。さよならだなユウスケ、だが安心しろソレは別におかしな事なんかじゃ――

 

 

「明日さ、暇なら久しぶりに二人でどっか行かない?」

 

『んー、いいわよ』

 

「………」

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

「ん? あれ?」

 

「おー、サンキュー。じゃあ明日な」

 

『んー。じゃ、おやすみ』

 

 

あれ? うそ?

は? お? いやいや、え? あれ?

おいおい? んあ? ちょおま、え? おい、おいって! なあてッ!!

 

 

「え? 何コレ……」

 

 

椿は目を何度もパチパチと動かしたユウスケを見る。

え? 何お前普通にオーケーもらってんの? おかしいでしょ、そこは空気読んで薫も断れよ!

いや、俺今おかしい事言ってるね、あれ? 何コレ? もしかしてコレ俺がおかしな事言ってんのかな?

 

 

「ってな訳で、変に気にすんなよ司」

 

「そうだな、じゃあ――」

 

「待て待て待て!」

 

 

まだ何かあんのかよ! そう睨む司を無視して椿は手を振る。

今ここにいるのは葵の手伝いをしている翼、用事があっていない拓真以外の男性陣だ。

椿は納得していないと言った様子で真志に話を振る。どうやら全員、同じようにして試してみたいと!

 

 

「なんでそんな事しないといけないんすか……」

 

「いいじゃねーか別にサーっ! それとも何!? 君たち自信ないのぉー?」

 

「なっ! そ、そんな訳あるかい!!」

 

「………」

 

 

ギャーギャー騒ぎ始める男性時、しかし真志の表情は複雑だった。

それは美歩が誘いに乗ってくれるのかどうかと言う不安ではない、そもそも話を聞いていない様な素振りである。

それに気がつかずに詰め寄っていく椿、そこでやっと彼は自分の置かれている状況を把握した。

 

 

「あ……えっと悪い、何だっけ?」

 

「美歩と二人きりで――」

 

 

話を聞いてまた真志の表情が曇る。

しかしソレもまた単純な物ではなさそうな、とはいえ椿は興奮している為に全く気がつかなかったが。

真志はしばらく黙ってはいたがふと何かを思いつく様に携帯を手にする。もちろんかけるのは美歩、彼もまた椿の言葉に乗った様だ。

 

 

「なあ、美歩……」

 

『ういーす、どうしたんだよ電話なんて』

 

「明日……なんだけどよ――」

 

『明日? うん、明日が何?』

 

 

そこで黙る真志、表情は何故か険しい。

緊張しているのだろうか? 誰もがその時はそう思っていた。

だが時間は進むもの、美歩は気になったのか言葉の続きを真志に求めた。

自分から電話しておいて沈黙なんて意味不明でしかない、それは真志も分からぬ訳ではないが……

 

 

「いや、やっぱ……なんでも無いわ」

 

 

やはり緊張からなのか誘う事を止めようとし――

 

 

『何かな? まさか明日デートしたいとか言うお誘いなのかしら?』

 

「!」

 

「なんでやッ!?」

 

 

思わず声を上げる椿、まさか美歩からその話題を持ち出してくるなんて。

もちろん真志も驚きの表情を浮かべていたのだが、やはり彼の驚いた表情は椿のソレとは違って見えた。

予想外だから驚いたんじゃないと言わんばかり、だったら逆だとでも? 予定調和……。

 

 

『で、どうなんだよ?』

 

「あ……ああ、明日どっか行こうぜ……って」

 

『オッケー! じゃあ決まり! また明日って事で!』

 

 

電話は切られ、脱力したように携帯を握っていた手を下ろす真志。

同じく真っ白になって固まっている椿が隣には見えるが、ソレとある種近い物を彼からも感じた。

早い話が全く嬉しそうではないのだ、それが選ばれる事に疑問を感じているのか? 彼の表情は暗い。

だが椿のせいと言うべきなのか、すぐに真志から皆の視線は我夢に向けられる。ここにいない拓真、そして次の自分を飛ばしての事だった。

つまり今度は我夢とアキラ、だがココはやはりと言うべきなのか――

 

 

『いいですよ、行きましょう』

 

 

ってなモンである。

いや、分かってたけどね! そう言う椿の目には何故か涙が。

どんどん自分で傷口を広げていく気がしてならないがさらに彼は行動を続ける。次はカブト組みとなるのだが――

 

 

『いいよぉ…』

 

 

との答え。

だがここで問題になるのは鏡治と双護が同時に誘ったと言う事である。

そもそも真由からしてみればこの二人と遊ぶ事になんの抵抗も無いだろう、だがコッチ側ではそういう状況ではないのだ。

 

 

「お義兄さん、明日は俺がしっかり真由ちゃんをエスコートすっから。安心して学校にいてくださいよ」

 

「ふざけるな。もう一回言うぞ、ふざけるな。明日は俺が真由と遊びにいく、お前は学校でカバディかサンバでもやってろ」

 

 

笑みを浮かべつつも舞い散るのは激しい火花。

真由としては二人で遊びに行きたいのだろうがこの二人に一緒にと言う単語は存在しない、真由の隣にいるのはただ一人だけでいいと。

そして、それを双方に譲るつもりもないと――ッ!

 

 

「お前とはやはり戦う運命にある様だな――ッ」

 

「ああ、そうだな。ああそうだぜ……ッ!」

 

 

二人は同時にポケットに手を入れる。

おいおい何だか穏やかな展開じゃないぞ? 椿は汗を浮かべてゴクリと喉を鳴らした。

今にもゼクターがやってきそうな雰囲気である、現に二人の腰には既にベルトが。そして来た! 羽音と共に二つのゼクターが!!

 

 

「「変身!」」『『HENSHIN』』

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

「またやってんのかよ! つか変身する意味ねぇだろソレ絶対ッッ!!」

 

 

カブトとガタックは同時に正座して遊●王を始める。彼らには満足行くまで熱いデュエルを続けてもらおう。

次は良太郎だ、彼は困ったように笑っていたが何とか同じようにハナを誘ってもらうところにこじつけた。

 

 

『え!? あ、う……うん! いいよ、行こう!』

 

 

まさか良太郎がデートに誘ってくるなんて、そんな感想なのだろう。ハナは驚きを隠さずにだがしっかりとオーケーを出した。

灰の様にサラサラになっていく椿と苦笑する良太郎、彼も彼でハナがオーケーするとは思っていなかった様だ。

デートなんてした事が無い為に一体どうすればいいのか迷っている様、ともいえウラタロスがいるのだから何とかなりそうだが。

 

 

「これで分かったでしょ椿さん、別におかしな事じゃ――」

 

「まだだ、まだお前が残ってる」

 

「………クッ!」

 

 

ばれたか、亘は舌打ち交じりに顔をそらす。

確かに残るのは椿と自分だけだ、そうなると当然コッチも誘わなければならない状況ができあがる。

しかし亘としてはあまり好ましくない状況だ、もしココで里奈に誘いを断れたらどんなしたり顔をされるのやら……

それにここまで誰一人断られていない状況、勘弁してもらいもんだ。隣を見ればニヤニヤと椿が笑っている、と言うか目が語っている。

断れちゃいなよユー、なんて事が――ッ!!

 

 

「大丈夫だ、心配しなくてもいいぜ……」

 

「ど、どうも」

 

 

真志の言葉に緊張した様に笑う亘。

対して無表情の真志、それを見てカブトは少し引っかかる物を感じた。

考えすぎか? 何もなければいいが。

 

 

「り、里奈ちゃん……?」

 

『うん、どうしたの?』

 

「あの……もし良かったらさ、明日どこか行かない?」

 

『あはは、皆そう言ってるね。うん、いいよ』

 

「え!? あ、ああ! じゃあ明日」

 

『うん、明日』

 

 

プチン。

 

 

「うwwはwwすいません椿先輩ww普通に行けましたww」

 

「――――」

 

 

笑みを堪えきれず震えている亘といよいよ色彩が無くなっていく椿、草生やしてんじゃねぇよ。

いや、なんか見えてわ草が。ありったけのリーフが。

 

要するに彼以外今のところ明日はデートである。

確かにフェザリーヌが言っていた通り、既に自分達の仲はある程度まで行ってくれているのではないかと言う想いもあった。

相変わらず不服そうな表情の真志が気になるところではあるが、亘は嬉しそうに笑みをこらえている。

 

 

「っていうかさ、お前も何だかんだ言って咲夜がいるだろ」

 

「………」

 

「そうっすよ、自分も充分同じ土台じゃないですか」

 

 

ユウスケと亘の言葉を聴いて椿はゆっくりと携帯を取り出す。

当然コールするのは咲夜なのだが、ここで何故か彼はスピーカーの部分を押して会話をフルオープンにさせる。

椿はその意図を告げずそのまま沈黙する、何をしようと言うのか。

 

 

『何だ?』

 

「おお、咲夜か。明日デートしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死ね』

 

 

プチン。

 

 

「「「「………」」」」

 

「――ぅぅん」

 

 

良く分からない椿のうめき声の後、沈黙が辺りを包む。

ユウスケが辛うじて何かを口にしたが『ほらね?』なんて表情をしている椿を見て押し黙ってしまった。

開口一発目が存在を否定する言葉だった訳だが、司はふと考える。

 

さ、流石に言いすぎじゃないか?

確かに椿に対する咲夜の態度は厳しい物だが、今回は特にそれを感じた。

それから感じられる答えはつまり――

 

 

「お前、咲夜に何かしたのか?」

 

「いやいや、待ってよ司ちゃん」

 

 

椿はそこでメタ世界での出来事を言ってみる。あの悪戯、あれが相当咲夜には応えたらしい。

あの悪戯の犯人はフェザリーヌ、椿自身は何も悪くないのだがアレから咲夜がより刺々しくなったと。

 

 

「ソリッド咲夜はマジで触れると怪我するぜ」

 

「触れる前から刺しに来てるけどな」

 

 

とにかくこうなってしまった以上どうする事もできない。

椿には申し訳ないが各々明日はペアで過ごす事に決まった。

だがそこで再び音をたてる椿の携帯、見れば咲夜からの着信だった。

震える手で椿はコールのボタンを押す、何だ? まだ何かあるのか?

 

 

「な、なんだよ……」

 

『―――ぁ』

 

「ッ?」

 

 

何だ? 声が小さくてうまく聞き取れなかった。

椿はもう一度咲夜に内容を問う。すると電話の向こうからうめき声の様な音が漏れてきた。

椿は固まりながらよく耳を澄ませるのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――………ッ』

 

「――――」

 

 

カターンっという音と共に電話を落とす椿。

顔を真っ青にして全身汗を浮べながら彼はゆっくりと椅子に座った。

全身を震わせて椿は手で顔を覆うように隠す、どうしたのだろう? 司が汗を浮かべて聞くと彼はゆっくりと。

 

 

「俺、呪われたかもしれない」

 

「はぁ?」

 

 

いやいや、マジで何なのよアレ……人間の口から出す音じゃないよ。

何、アイツ俺を呪殺する気なの? あのラップ音聞いたら三日後に乙るとかそんな感じなの?

いやいやいや待て待て待ていくらなんでもそれはおかしい、なら何が目的だ? ハッ! まさかアイツ俺の精神を破壊して――

 

 

「椿先輩、咲夜さんが呼んでますよ」

 

「え゛ッ!?」

 

 

我夢が落ちた電話を拾っていたらしい。

数回会話をする内に我夢は咲夜が渋る理由を理解していた様だ。

当然椿を呪い殺すなんて理由で唸った訳ではない、どうやら彼女なりに迷っている物があった様だ。

椿は震える手で電話を受け取る。

 

 

「な、なに……?」

 

『や……あの、その――さ、さっきは悪かった』

 

「お、おう……」

 

『だ、だから――』

 

「だから?」

 

 

少しの沈黙。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死ね』

 

「――――」

 

 

プツ……

 

 

 

何だ、何が! 今何が起こった!? おおおお落ち着け、落ち着け俺。

何で今の流れでその言葉が出てくる――ッ! 今は完全にツンデレ的な謝罪の流れじゃなかなかったのか?

何でまた呪詛の言葉がココで出てくるのか? やっぱアイツ俺を呪い殺そうと――

 

 

「椿ィィイイイッッ!!」

 

「ひぃいいいいいいいいいいッ!?」

 

 

教室のドアをぶち破って現れたのは咲夜、手には携帯電話を持って呼吸を荒げている。

その目はまるで野獣、殺意を纏った視線で椿を睨みつけていた。

何だ、直接殺しに来たのか!? 一同に戦慄が走る!

 

 

「椿ぃぃいぃいいぃい……っ!」

 

「なななな何だよマジで!」

 

「明日ぁぁぁあああ……」

 

「はい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 

明日? 明日が何だ!? お前に明日は来ないとかそんな感じの話か?

椿はへたり込んで這う様に後退していく。対して獣の様に前進していく咲夜、本当に取って食わんばかりの勢いである。

いや間違いなく咲夜は殺る気じゃないかコレ!

 

 

「明日ァァ……」

 

「ひぃいいい!! た、助けて司!!」

 

「馬鹿野郎ッ! 俺にどうしろって!!」

 

 

司の後ろに隠れる椿、二人はジリジリと近づいてくる咲夜から逃げるためにワチャワチャと教室を駆け回る。

咲夜はそのまま苦悶の表情を浮べながら言い放つ、やはり彼を殺そうと――!?

 

 

「ワタシに付き合えぇぇぇ……ッッ!」

 

「えええええええええええ!?」

 

「じゃあなぁぁあ……ッッ!」

 

 

バタン! そう大きな音を立てて咲夜は扉を閉める。

しばらくは沈黙の時間が続いていたがようやっと双護が口を開いた。

つまり、あれはデートの誘いなのではないかと。

 

 

「なんだよ……! やっぱ、ツンデレだったじゃんか――……」

 

「あんなツンデレは俺の望んだヤツと違う……!」

 

 

椿は糸の切れた人形の様に倒れて動かなくなったのだった。

 

 

 

 

一方拓真、彼は屋上でファイズギアを耳に当てていた。

つまり電話をしていると言う事である。相手は――、ゼノンか。

 

 

『ファイズ、以前言った事を覚えているよね』

 

「うん……」

 

『コレから先、キミが選ばなければならない道はきっと――』

 

「分かってるよ、そりゃあ少しは抵抗あるけど……」

 

 

その後しばらくして電話は終わるが、彼の表情は重い。

大きくため息をはいて柵にもたれて俯く拓真、すると背後に衝撃が。

 

 

「たーくまっ! 明日一緒に遊びにいーこう!」

 

「ゆ、友里ちゃん!?」

 

 

ブラブラと背中にしがみ付く友里を振り払おうと回る拓真、その表情は笑顔。

けれど、どこか重いものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、いよいよデートの日となる。

尤も我夢の時みたく皆身構えている訳ではなく、あくまでも二人で遊びにと言う心持だ。

とはいえやはり意識せずには要られないのは本音ではあるが。

 

 

「じゃあ行ってらっしゃい」

 

「あはは、気をつけてね」

 

「真由に何かあったら殺すぞ」

 

 

翼と葵、そして結局デュエルに負け……折れた双護に見送られて司たちは同時に学校を離れる。

それぞれは別の行き先を決めて一日を過ごす様だ、適当に別れを告げて校門をバラバラに出て行く。

唯一引きずられていく椿と準備に戸惑っている亘達は例外かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここでそれぞれのペアの過ごし方に目を向けてみるとしよう。

まずはユウスケと薫だ。

 

 

「あはは! ほらほら置いていくわよ」

 

「うわっ! ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 

遊園地、そこにユウスケと薫はやってきていた。

今二人が乗っているのはゴーカート、成り行きで勝負しようと言う流れになって薫がリード中である。

今日はどうやら休日の様で家族連れが多く見える、皆楽しそうだった。

 

 

「遅いわよユウスケ!」

 

「言ったな! こんの――ッッ!!」

 

 

 

スピードを上げるユウスケ、すると薫の隣につく事に成功する。

驚きの表情を浮べる薫、どうやら追いつかれるとは思っていなかった様だ。

彼女はやるじゃないと笑みを浮べる、そうやっている内に二人は並んでゴールとなった。

 

 

「なかなかだったわよユウスケ!」

 

「はは! だろ? おれだってやる時はやるんだよ」

 

 

ゴーカートの後、二人は遊園地の中にあった広場に来ていた。

フリスビーで遊ぶ親子、鬼ごっこをしている子供達、木陰で本を読んでいる老人、多くの人が自由な時間を過ごしている中で二人もまた腰を下ろしていた。

ユウスケから差し出されたジュースを受け取って薫は空を見上げる。

 

 

「どんな世界でも……空は青いのね」

 

「薫?」

 

 

先ほどまでのハイテンションから物悲しげな雰囲気に変わる彼女、ユウスケはつい間抜けな声を上げてジュースから口を離した。

今までいろいろな彼女の表情を見てきたつもりだが、今の表情は珍しい。

 

 

「どうしたんだよ」

 

「ううん、ただちょっと不安になるっていうかさ」

 

「不安?」

 

 

薫はその言葉に何度も頷く。

正直本音を言ってしまえば薫もまた司同様に全試練終了で旅が終わるのではないかと期待を抱いていた物だった。

今でこそ落ち着いたが彼女はやはり姉である葵の事が心の中に常にチラついていたのだろう。

また葵がどこかに行ってしまうのではないかと言う不安と言えばいいか、それは自分の世界に帰るまで続くものなのかもしれないと言う自覚。

一刻も早く姉を連れて元の世界に帰りたいと言う想いはあったのだ。

 

そして響鬼の試練が終わった時、もしかしたら世界は滅びの運命から解放されたのではないかと言う気持ちが強かった事も事実。

だが蓋を開けてみれば今までの試練はプロローグと言っても差し支えは無いもの、本番がこれからだったのは薫としても大きく予想が外れていた事だった。

これから自分達はどうなるのだろうか? そんな事を柄にも無く考えてしまう。

 

 

「ユウスケはどうなの? そう言うの無い?」

 

「あー……まあ、無いことは無いさ」

 

 

クウガになれた事の実感と重さは持っているつもりだ。

だが薫と同じくその力を振るうゴールと言うものがあるのかどうか、それが分からない状況ではある。

ショッカーを全滅させろだなんて途方も無い事、果たしてどれだけ自分達はこれから戦わなければならないのだろうか。

 

自分が初めて変身したあの日からどれだけ時間が経ったのだろう?

世界が変わる毎に時間の概念が変わってしまう為明確には分からないが、眠った回数は相当だ。

もしかしたら一年程度経っているかもしれない。あるいは二ヶ月も経っていないのかも。

だが未だに終わりが見えない状況、果たして自分達はこのままでいいのだろうか?

 

 

「でも、おれにはクウガの力があるんだ」

 

 

今日もまたどこかで悲しんでいる人がいるかもしれない。

その人がまた笑える様にする為に、それを邪魔するやつ等を倒さないと。

ユウスケは一気にジュースを飲み干すと薫に笑顔を向けた。

 

 

「だからさ、薫も笑えよ。何かあったらおれが守ってやるからさ」

 

「プッ! 言うようになったわね」

 

 

ユウスケは立ち上がると少し離れたゴミ箱に缶を投げる。

しかし缶はゴミ箱を大きく反れて地面に落下した。

またも吹き出す薫、ドヤ顔だったユウスケが目を丸くしていたのがツボに来た様だ。

 

 

「だっさぁ! アハハハ!」

 

「う、うるさいな!」

 

 

ユウスケの代わりに缶を拾ってゴミ箱に入れる薫。

言葉ではユウスケをからかいつつもその表情は笑顔に変わっていた。

薫は少し真面目な表情で呟く、ありがとうと。

 

 

「いや……いいんだ」

 

 

ユウスケはサムズアップを薫に向ける。

彼女は手を後ろに組んでゆっくりとコチラに歩いてきた。ユウスケは確かに言った、自分を守ってくれると。

もちろん自分も彼を全力でサポートするつもりだが――

 

 

「期待、していい?」

 

「ああ、絶対に守ってやるよ」

 

 

その言葉を聴いて薫はニッコリと笑う。

今の彼女が浮べている表情は何度も見た事があるものだった。

ユウスケはそれを確定とはせずだったが心の中では同じ気持ちを浮べていただろう。今の薫は、嬉しそうだったから。

 

 

 

 

 

 

次に翼と葵。

彼らは学校に残り朝食の後片付けを行っていた。

いつもは他の女性陣が手伝ってくれるものだが今日は特別だ、翼が葵の隣に並んで皿を洗っていた。

普段あまり家事関係はやらないと言う事もあって翼の動きが若干ぎこちない。それを見て葵はニコニコと笑っていた。

その表情もまた薫そっくりだ、嬉しそうである。さすがは姉妹と言ったところか。そしてそれに振り回されるのも兄弟と言えよう。

 

 

「葵さんは僕の失敗を見て嬉しそうに笑うドSさんだったのかい?」

 

「フフフ、そうじゃないわ」

 

 

葵は遠い目で語るように言う。

並んで何かをやるなんて久しぶりだ、こうしていると昔を思い出すと彼女は言った。

その言葉を聞いて同じく遠い目をする翼。そうだ、確かにあの時もこうやって彼女と一緒の事をしていたっけ。

 

 

「なつかしいね……」

 

「うん――」

 

 

翼は誰もいない食堂を見回して想いを馳せる。誰もいないのは部室も同じだった。

ただ彼女との時間だけがそこには存在して、ただ彼女と過ごす日が続く、それはあの時の自分にとってはとても貴重で大切な時間だったろう。

そう言えば途中からいつだったかは忘れたが進入部員がくるのではないかとヒヤヒヤしていた時期もあった。

まあ要するに彼女と二人きりでいたかった訳だ自分は。彼女の他には誰も来てほしくない、我ながら我侭な物だ。

でも分かるだろ? 憧れの先輩と二人きりの部活なんて最高じゃないかと。

 

 

「静かだね」

 

「皆普段から賑やかだから、より感じるわね」

 

「………」

 

 

そうだな、今はもう二人きりじゃないんだ。

この学校には今特別クラスの皆がしっかりと存在している。

そして自分は仮にも彼らの保護者、だから彼らを守る義務と使命があるんだと心に誓う。

 

 

「ただ――」

 

「え?」

 

 

こう言ってみては何だが、はっきり言ってしまえば自分が大人になった感覚なんてまだ薄い。

言うてまだ20代前半、ユウスケと一緒に暮らしていると言うのは理由の一つだろうか?

とにかく心のどこかではまだ自分が子供だと思っている面もあった。

 

そもそも大人とは何なのか?

そういう問題にもなってくるのだが――……だが今はもう理解しているつもりだ。

自分は彼らを守る、彼らの背中を押す要因となる。彼らを無事元の世界へ帰す、それだけだ。

 

 

「ただ、それでも自信は無くてさ。この前もアキラちゃんや鏡治君と友里ちゃん、君を危険な目に合わせてしまったよ」

 

「翼君……」

 

「なかなかどうして……うまくいってくれない」

 

 

君に迷惑をかけた。

翼の脳裏に映るのはアギトバーニングフォーム。自分は暴走を抑えられると思っていたのに結果はあの様だ。

最悪誰かを殺していたか、それとも自分が崩壊していたか、その二つは自分が心に持った目標と大きくかけ離れている。

いや少なくとも三人には既に危害を加えているじゃないか、直接的な外傷ではないと言え絶大な熱量をぶつけてしまったのだから。

あの痛みは、あの熱は、明確な苦痛だったろう。

 

 

「気にしないで翼君、貴方はうまくやってるわよ。それに全てを守る役割を全て背負うなんて無理よ」

 

 

少し肩の力を抜いてもいいじゃない、彼女は柔らかい笑みを翼に向ける。

 

 

「あはは……だといいんだけどね」

 

 

しかし翼は心の中で確かな焦りを感じていた、何故ならば彼は知っているからだ。

いや尤もそれは杞憂に終わってくれるものならばいいのだが、おそらくそうもいかないのだろう。

そう、きっとこの先バーニングフォームを絶対に使わなければならない敵と出会うと言う事。

 

その敵に出会った時、当然自分はその力を行使しなければならない状況に陥る。

ならば自分自身に甘えている事は不可能、自分にできる事はあの力を一刻も早く使いこなせる様にならなければならないと言う事なのだ。

できるのか? 自分に――

 

 

(本当に、難しいね……)

 

 

その力に甘えてしまう時もくるだろう。

だったらもうその時は意地でも仲間だけは傷つけないようにしなければ、たとえ自分が壊れたとしても。

そう、自分が壊れる事を考えておかなければならない。だが翼はそれでいいと目を閉じた、皆を守れるのなら――

それでいいと。

 

 

 

 

 

 

次は真志たちに目を向けてみよう。

真志と美歩は特に行き先を決めていなかったと言う事もあって、喫茶店でどうするかを決めようと言う事になった。

向かい合って座る二人だが、美歩は先ほどから少し違和感を感じていた。

 

 

「………」

 

「真志、どうした? いつもより静かじゃん」

 

「ああ……いや」

 

 

しかしすぐにまた押し黙る真志、美歩は少し不服そうにストローをくわえる。

気のせいなのかもしれないが彼は目もろくに合わせてくれないじゃないか、いつもの彼とは明らかに雰囲気が違っていた。

 

 

「も、もしかして……楽しくない?」

 

「いや――! 悪い、違うんだ。ちょっと考え事があって」

 

「考え事?」

 

 

真志は美歩から目を反らしたまま少し沈黙する。

言うべきか言わないべきか迷っている様な素振りの真志、美歩としてもどうする事もできない為に彼の言葉を待つ事に。

しばらく沈黙が続いた後、真志は遂に口を開いた。

 

 

「なあ美歩……」

 

「ん?」

 

「なんで、お前はメロンソーダ頼んだんだ?」

 

「は?」

 

 

目を丸くする美歩、てっきりもっと重大な事を考えているのかと思えばコレか?

確かに今自分が飲んでいるのはメロンソーダに間違いないが理由を聞かれても困ると言うものだ。

 

 

「んー、そりゃ飲みたかったからじゃん」

 

「飲みたかったから……?」

 

 

それはそうだ、誰だってそう思ってジュースを買う。もちろん真志とて同じである。

今目の前にあるジュースも美歩と同じ理由で注文したにすぎない、真志はその理由は分かっている。

だが彼の心に引っかかる物はまだ消えなかった。

 

 

「どうしてお前、今日メロンソーダを飲みたくなったのか……分かるか?」

 

「えへへ! 何だよソレ、変な質問!」

 

「まあ……」

 

 

確かに自分でもおかしな質問だとは思う。

飲みたくなった理由なんて特に無い、しいて言うなら飲みたくなったからでしかないだろう。ふとした気分などで決めるものだ。

しかし今の真志には余計な考えが常にチラついていた、普段ならば絶対に考えない様な事だったが真志はその考察をめぐらせてしまう。

美歩が今日、この場でメロンソーダを頼んだのは――

 

 

(どこぞの神が、"そう書いた"からじゃないのか……?)

 

 

フェザリーヌ達は自分達が元いた世界を神々が書いた一つの小説だと言って見せた。それはつまり当然作者がいると言う事では?

しかし魔女の言葉を鵜呑みにするならば今現在仮想の作者(かみ)を用意して自分達をEpisode DECADEに移植したと言う事になる。

ちょっと待て、だったら元々あった自分達の物語はどうなった? 双護が復讐の為に自分と~等と言うストーリーを書いていたヤツはどうなったと言うのだ。

魔女は言った、自分達は二次創作の駒だと。そして神なる世界以外は全て誰かの創造した世界からの派生、ならばやはり自分達は今現在も――

 

 

(小説の中の登場人物でしかない……?)

 

 

一応フェザリーヌとシャルルはフォローの言葉を言ってはいた。

試練をすることで文字を増やしていくのならば、自分達が行動する事で物語りは創られていくのだと。

だから何も気にする事はない? 自分は自分? 確立された存在だと?

 

 

(冗談、信じられるか――!)

 

 

それが率直な感想である。

自分の世界にも小説はあるし、やろうと思えば自分が何か物語を書くことだってできる。

だが手放しで物語が書けるか? 分かりきってるだろそんなの、無理なんだ。できやしない、不可能。

 

だったら自分達だって同じ筈だ。

元は一小説の登場人物である自分達が物語を紡ぐなんて不可能の筈。

分かりにくいか? だったら簡単に言おう、要は今現在も自分達の行動はどこぞの神に――

 

 

つまり"Episode DECADEを書いている作者に決められているのではないか"と言う事。

 

 

なんつー名前だったか? そう、例えばホシボシって神がいない事を証明できるか? 無理に決まっている。

ゼノンやフルーラの位置にまでいけば何か掴めるかもしれないが、少なくとも今の自分には何も情報を得る手段が無い。

だったらよりいっそう疑問や疑心が生まれるのは当然じゃないか。ホシボシって奴は本当に存在して、かつ本当の作者じゃないのかって話。

だからこそ膨れ上がる感情。今までの人生も、行動も、今この場にいる事も全ては作者とか言うヤツが決めている確定された道なんじゃないかと。

作者はおらず、Episode DECADEは自分達の行動を記録して作られていると言っていたがそれは本当なのか?

神なる世界では架空の作者を仕立て上げて他の神々を騙している? おいおい胡散臭くて堪らないぜ。

 

いるんじゃないのかよ、作者様ってヤツは。

そして自分達と言う登場人物。いや、『駒』を使ってただ暇つぶしの小説書いてるだけなんじゃないのかよ。

所詮自分達はエンターテイメントの為に使われる道具でしかない。

 

アキラが死にそうになったのも、自分が龍騎になったのも、この試練に巻き込まれたもの全部はソイツの暇つぶし。

お遊びでしかない。まして両親があんな現実離れしたハッキングソフトを作ったのも同じだ。

ひと時のエンターテイメントの為に自分達が被害を被る。

 

全てはそのお偉いお偉い作者様が自分のお話を盛り上げる為にしかけたイベントでしかないんじゃないか?

今自分がこうして美歩といる事だってそう、暇な作者(かみ)様が時間つぶしの為にパソコンのワードか何かで打ち込んだからじゃないのか?

美歩がメロンソーダを頼んだのもソイツがキーボードをそう叩いたからじゃないのか!?

 

これから先の自分たちの運命はソイツが全て決める。

その想いがメタ世界から戻ってきた時から真志を取り巻いていた。

もちろんその感情に同居しているのは不満である。勝手に自分の人生を決められるなんて不快でしかない。

そしてありったけの虚無感。

 

 

「……ッ」

 

イライラする。

答えが分からない、教えられない問題だけに。

 

 

「真志……マジどうした? もしよかったら、アタシに――」

 

 

険しい表情を浮べる真志、美歩も何かただ事ではないと悟る。

真志はそんな中で美歩の表情を確認、心配そうに自分を見ている彼女。

 

だが今の真志には彼女の気持ちを歪んで捉える事になる。

彼女が心配してくれているのも全てはシナリオ通りではないのかと言う想い。

そして自分が彼女に対して抱いていた気持ちも全ては偽りのフィクション、創れた産物なのでは……と。

 

 

「―――……ッ」

 

「真――」

 

「なんでも……ないんだ。悪かった」

 

 

どんな顔をしていいか分からず、ただ曖昧な笑みを浮べるだけの真志。

ああ、また考えてしまう。それすらも神々に創られたものなのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ! 結構拓真強くなったね!」

 

「えへへ、そうかな?」

 

 

拓真と友里はゲームセンターで格闘ゲームの真っ最中だった。

デートなのだからもっと気の利いた場所へ、などとはならず先ほどから二人はゲームに夢中である。

実力としてはまだまだ友里の方が上の様だが、拓真も必死に食いついてくる辺り才能を感じる。

二人は格闘ゲームを終えた後、シューティング、音ゲー、クレーンゲームと次々に乗り換えていった。

そしてその途中――

 

 

「あれ? あの子……」

 

 

財布を抱えてオロオロと困った様子の男の子、そんな彼が二人の目にとまった。

迷子だろうか? 二人は頷くとその男の子の所へ向かう。姿勢を低くして問いかける拓真、すると男の子が口を開いた。

 

 

「お金取られちゃって……」

 

 

何でも柄の悪い連中にお金を取られてしまったらしい。

最初は返してくれると言っていた連中もいつのまにかどこかへ消えてしまったとか。

要するに言いくるめられて騙されてしまったと言う事だろう。

 

 

「酷い!!」

 

 

こんな小さな子からお金を奪うなんて許せない!

友里と拓真はすぐにその子のお金を取り戻す事を約束する。

今からそいつ等を探せば見つかるかもしれない、早速二人は男の子から連中の特徴を聞き出そうと試みた。

しかし男の子は二人に言う。何でも同じような事を言ってくれた人がいたと、だから男の子はその人にお願いしたらしい。

するとその人は了解して連中を探しに行ったそうだ。

 

 

「あ、いたいた」

 

「「!!」」

 

「お兄ちゃん!」

 

 

噂をすればなのか、自分たちを見つけると手を振って近づいてくる人物が。

男の子の反応からするとあの少年が取り戻しに行ってくれた人物と見て間違いない筈、現に少年の手にはお札が握られているではないか。

気になるのは頬が若干はれている所だが――

 

 

「はい、取り戻してきたよ」

 

「ありがとう!!」

 

 

少年は男の子の手にお札を握らせると頭を撫でる。

お礼を言う男の子だが彼もまた少年の頬が腫れているのに気がついた様だ。

何故かを聞いていた、そして答える少年。

 

 

「いや、素直に返してくれなくてさ。数発だけだけど殴られちゃった」

 

「!」

 

 

謝る男の子だが、少年は気にするなと笑ってみせる。

そして気をつけなよと優しく言って男の子を帰した。

同時にすぐ少年へ声をかける拓真達、少年も拓真達に気がつくと足を止めた。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ハンカチ濡らしてくるね!」

 

「え?」

 

 

そう言って走る友里、拓真は自分達もまた男の子に気がついて話を聞いていたのだと少年に説明する。

それを聞くと笑みを浮べる少年、どうやら自分の方が一足早かった様だなと。

 

 

「それにしても凄いですね、勇気がある……」

 

「あははは、そんな事は無いですよ。貴方達だって同じ事をしようとしていたんでしょう?」

 

 

拓真の言葉に少年は照れくさそうに笑った。

しかし拓真は必要ならばオルフェノクの力を使おうとしていたのだ、もちろん傷つける為ではないが。

それに対してこの少年は生身で向かっていった事になる、見れば自分と同じくらいの年齢ではないかと言う所だ。

 

 

「昔から正義感が強いってよく言われてましたよ、だからなのかな? ああ言う行為を見ると放っておけないっていうか……」

 

 

少年は自信に満ちた様子で言ってみせる。

つまり自分の中にある正義の血が滾ってしまうのだと、悪を許せない想いが強く出てしまうのだと。

だから少年は連中を許せなかった、維持でもお金を取り戻すつもりだったらしい。

 

 

「幼稚だと思われてもいい、だけど僕は正義の味方になりたんです」

 

「そう……なんですか」

 

 

そこで友里が戻ってきた、少年は友里からハンカチを受け取るとお礼を言う。

少年は少年で拓真と友里の正義感に感動していた様だった。彼は言う、最近の世の中は正義が少なすぎると。

 

 

「わかるよ! 皆関わらない様にしてるもんね!」

 

「だけど僕たちはそれが気持ち悪くて……損な性格なのかも」

 

 

拓真も友里も正義感は強い方だ。

尤もそれでいろいろと苦しんできたのも事実、しかし根本的な性格は今でも同じだ。

どこか二人も少年と心通じる物があるのだろう、そのまま三人の会話はしばらく弾んでいった。

 

 

「今日はなんていい日なんだろう! こんな正義がまだいたなんて!!」

 

「あはは、いいすぎだよ」

 

「うんうん、でもトアも凄いね」

 

 

トア、それが少年の名前。儚げで精悍な顔立ちの少年だ。

彼は昔の友里の様に正義感に溢れ、それが正しいと信じて疑わない性格だった。

正義の味方、それがトアの目指す夢であり道なのだ。人はそれを幼稚と笑うかもしれない、途方もない目標だとバカにするかもしれない。

しかしトアは自らがいつか必ず正義の味方、つまりはヒーローになれるのだと信じていた。

 

 

「いい夢だと思うよ」

 

「え!?」

 

「うんうん。似たもの同士かもね、あたし達」

 

 

しかし拓真は笑わない、それが彼の夢なのだから。

そしてそれは友里も、同じような夢を自分も持っていたし鏡治辺りも同じ事を言っている。

確かにこの世の中で正義と言う物を貫くのは難しいし、正義の定義もあやふやではある。

しかしそれでも誰かの為に何かをしようと思う事は間違っていない筈、それを信じたかった。

そんな二人の言葉を聞いて驚きの表情を浮べるトア。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

トアは嬉しそうにもう一度お礼を言う。

そして彼は震える声で二人にあるお願いを申し立ててきた。

それはどうか自分と友達になってはくれないかと言うもの。

顔を見合わせる拓真と友里、答えは一つしかない。

 

 

「「もちろん!」」

 

「!!」

 

 

笑顔を浮べるトア、嬉しいなと大げさに笑ってみせる。

何故ならば彼にとって二人が初めての友達らしい、しかも同じような夢を持っていた。

それを理解してくれるなんて何てすばらしい人達なんだとトアは呟いていた。

 

 

「て、照れちゃうな」

 

「うん! でへへ!」

 

 

ここまでべた褒めされると拓真達としても嬉しいものだ。

心残りなのはこの世界を移動してしまえばトアとはお別れだと言う事、それを言うタイミングが少し分からずに二人は困ってしまった。

まあ後から言えばいいか、二人は少し申し訳なさそうに笑ってトアと次の行き先を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

一方。

 

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

5分後

 

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

10分後

 

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

 

15分――

 

 

「だああもう! なんか喋ろよお前!」

 

「………」

 

 

咲夜と椿、咲夜が半ば強引に椿を連れて回っているのだが彼女は一言も言葉を発する事は無かった。

椿としてもそんな彼女に怯えながら後をついていくだけ。これがデートならば俺は一生引きオタでもいい、そう椿に思わせるレベルである。

しかし沈黙が続くと流石に気まずい、椿は意を決して咲夜に声をかけた。どうして彼女が沈黙しているのかなんて分かりきっている。

あのフェザリーヌの悪戯の後から様子がおかしい事を考えるとソレ以外はないのだ。

 

 

「アレは悪かった! でもお前も分かる通り魔女の力なんだよ、仕方ないだろ!」

 

「………」

 

 

表情を曇らせている咲夜、しかし彼女とて椿の言っている事が完全に正しいのだと分かっている様だ。

しばらくは渋るように暗い表情を続けていたが、シュンと風船が割れたように彼女はうなだれた。

彼女は近くにあったベンチに腰掛けてしばらくまた沈黙を続ける。

迷いながらも隣に座る椿、そしてさらに少しだけ時間が経った後ついに彼女が口を開く。

 

 

「すまない、その……ショックだったんだ」

 

「は?」

 

 

いきなりの謝罪、それに戸惑うばかりである。

 

 

「その……裸を見られて」

 

「いやいや――ッ! 語弊だろそれ、裸じゃなくね?」

 

「同じような物だろ……! そ、それにあんな破廉恥な格好で――ッ!」

 

「そ、それはまあ」

 

 

目に少し涙を浮べる咲夜、対してどうしていいか分からず歪んだ笑みを浮べる椿。

確かにあの時の格好はやばかった、いろいろな意味で。アレは確かにショックを受ける人は大きな傷を受けるだろう。

 

 

「父様と母様に、男の人に体を預けるのは結婚してからと強く言われていたんだ……その約束を破ってしまった」

 

「あぁ、うんそうね。いやでも多分お前の親父とお袋が言ったのはそう言う意味じゃなくて――」

 

「結果としてお前みたいなヤツに……うぅぅ!」

 

「失礼だな君はッッ!!」

 

 

強く言う椿の態度にますます肩をすくめて小さくなる咲夜、いつになく下手な態度に椿も困惑気味である。

咲夜はまたしばらく何かを言いたそうに迷う態度を見せたが、またもいきなり頭を下げてきた。

なんなんだと椿、まさか油断させておいて一気に喰らおうと言う作戦なのか?

 

 

「そ、そうだな……悪かった――っ! 確かに今回はお前に非が無い事くらい……分かってるんだ」

 

「ああ、そう……」

 

「だけど何かに当たりたくて……結局お前に怒りをぶつけてしまった――!」

 

 

始めてみせる本気の謝罪とでも言えばいいか、椿にとって今の咲夜は咲夜で無い様に感じているだろう。

咲夜は少し椿と距離をとってもう一度頭を下げる、それはもちろん謝る為に。

 

 

「その……すまない椿、今回は全てワタシが悪い……!」

 

「いやまあ、なんていうか。分かればいいのよ?」

 

 

調子が狂うものである。

半ばコッチはケツを差し出す準備もしていたというのに、咲夜は椿の言葉を聞いて少し頬を赤らめた。

おい、何故そこで赤面する。青ざめる椿をよそに咲夜はペコリと小さく頭を下げた。

 

 

「ありがとう……や、優しいなお前」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひょぉおぉおおおぉぉ!! 止めて、止めてくれそんな言葉を投げかけるのは!!

全身が無性に痒くなる! 痒い! 痒い痒い痒い! クソクソ! ひぃひぃい!

椿は言葉にこそ出さなかったがモゾモゾと体を動かして抵抗の意を送る。

なんだんだ今日の咲夜は一体、今までが今までだけに違和感しか感じない。

ともあれ、彼女は彼女で思う所があったのだろう。椿は首を振ると膝を叩いてベンチから勢いよく立ち上がった。

 

 

「もう、こんな事ばっかしてても仕方ないだろ!」

 

「え……」

 

「一応、一応な、これデートなんだわ咲夜さん」

 

「でぇと?」

 

「おい知らない単語みたいに言うなよ! まあなんだ、つまりこのままじゃ味気ないなって話だよ」

 

 

丁度今はお昼時だ、このままずっとベンチなんて冗談。

だからこそどこかへ食事へ行かないかと椿は提案する。

どこだっていい、どうせ咲夜と二人きりで外食なんて初めてだ。お前の食いたい物を言ってみろと椿は吼えた。

 

 

「な、なんでもいいのか?」

 

「ああ。いや――ッ、ごめん嘘ついた。あんまり高いのは止めてね」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 

そして――

 

 

「なんつーか……マジでここでいいの?」

 

「あ、ああ。一度来てみたかったんだ」

 

 

そう言って二人がやってきたのはなんと牛丼屋である。

恥ずかしそうに周りを確認しながらキョロキョロとしている咲夜を椿は呆けた表情で見つめていた。

はっきりいって彼女の印象とは間逆であるが――

 

 

「何で牛丼屋なんだよ、お前好きだったっけ?」

 

「は、はじめて来た。あと、牛丼……食べたこと無い」

 

「マジでか」

 

 

咲夜の家では確かに並ばないメニューではありそうだが、まさか一度も食べた事が無いとは思わなかった。

そうなると店に入ったことも無いのだろう、だからこんな物珍しそうにと言う訳だ。

 

 

「一度食べてみたかったんだ。だけど一人で入るのは恥ずかしいし……かと言って友達と行こうとは言いにくいし――」

 

 

美歩に何度か行かないかと言おうとしたらしいのだがどうも恥ずかしさが勝ってしまうらしい。

だが今日はもう恥ずかしさついでと言う事で切り出せたと彼女は言う。

それに――

 

 

「お前だったからかな……」

 

「あ? 何か言ったか」

 

「ああ、いや……何でも」

 

 

同時に目の前に置かれる二つの牛丼、椿は箸を持って動きを止める。

先ほどは鈍感主人公特有のスキル『聞き逃し』を使ってスルーしたが――……ついにコイツ今"デレた"な。

私は聞き逃しませんでしたよええ、椿はニヤリと笑い咲夜を見る。同じく箸を持ったままコチラを見ている咲夜。

目が合った、なんだろうか?

 

 

「つ、椿……コレ、どうやって食べるんだ?」

 

「普通にだよ。あ、そっか箸の使い方が分からないんですねおサルさんは――」

 

 

睨まれた。

ちょっと調子に乗ったかな? 椿はジト目で咲夜を見続ける。

牛丼を口にする咲夜、うまいか? 椿は聞く。

 

 

「あ、ああ! おいしい!」

 

「そっか……そりゃよかった」

 

 

まあたまにはいいか、椿は気の抜けた様に笑うと自らも丼を持つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

公園のベンチ、そこに座っているのは我夢とアキラだ。

以前まではアキラが隣にいるだけで動揺していた我夢も今は動じずに会話に応じている。

二人の前にははしゃぎ回るディスクアニマル達が。陽の話では式神にも心を持つものがいるらしい、ディスクアニマルもその一つだと彼は言っていた。

ならば遊ばせてあげるのもいい筈だ、人目を気にしなければならないが見つかったとしてもラジコンだの玩具だのと誤魔化しようはある。

 

 

「アキラさんにもディスクアニマルがいるんですね」

 

 

我夢は茜鷹、瑠璃狼、緑大猿。

アキラは浅葱(あさぎ)(わし)黄蘗(きはだ)(がに)鈍色(にびいろ)(へび)だ。

浅葱鷲は茜鷹の色違い、黄蘗蟹は緑大猿と同様パワーの強いアニマルだが、手のハサミで物を切ったりドリルにして掘ったりできる。

鈍色蛇は伸縮自在のアニマル、瑠璃狼と同じく景色と同化できる能力を保持しており、黄蘗蟹共々水中で活動できると言うものだ。

二人ははしゃぎ回るディスクアニマルをぼんやりと見守りながら何をするでもなくその場で過ごしていた。

 

 

「今こうして考えると、昔の我夢君って結構挙動不審だったんですね」

 

 

意地悪く笑って我夢に近づくアキラ、しかし最近の彼はどっしりと構えているばかりだ。

フェザリーヌの悪戯では流石に焦っていたようだが、おそらくもうしばらくすればどんなシチュエーションでも彼はどぎまぎを見せてはくれないだろう。

 

 

「少し寂しいな……なんて」

 

「ご期待に沿えず申し訳ありません」

 

 

逆に顔を近づける我夢、怯んだように赤面するアキラを見て彼は小さく笑った。

やれやれ、すっかりブラックガムになってしまって。昔は全く気にしていなかったが今にして思えばあの時の彼は初々しくて可愛かったものだと。

 

 

「今度は君のたじろぐ姿が見たいです」

 

「フフ、期待に副えるかどうか」

 

 

二人は視線をディスクアニマルに向けたままクスクスと笑いあう。

今までは友達としての会話だったが今は少し違う。とは言え恋人の会話としてもおかしいのかもしれないが。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

二人の手がふいに触れ合う。

今までならばどちらかがすぐに離れていたろうが、アキラも我夢もそのまま動かなかった。

手を繋ぐとは違うが二人は触れ合ったまま公園に吹く風を体に受ける。それにしてもどこか物悲しい二人の雰囲気。

彼らの仲が悪くなった訳ではない、むしろこの儚げな雰囲気は恋が成就した故のもの。

 

焦りと言えるか? いや少し違う、それは不安だ。

我夢もアキラも邪神を倒す事で大きな自信を得たがフェザリーヌの言葉でソレが大きく揺らぐ。

流石は魔女と言った所か、彼女の言葉には異常な重みを感じる。何、別に魔女が言わずとも変わらない事実であった事は知っている。

それは自分たちのこれから、未来の結末と言えようか?

 

 

『ショッカーを全て倒すまで、この戦いは終わらない』

 

 

それが現実。皆はどう思っているのだろうか? 我夢はハッキリ言って不安で仕方なかった。

司達はそれを心内に隠しているのだろうか? 誰も何も言わないから我夢も何も発する事は無かったが――できるのか?

果たして自分達……だけとは言わないがそれでも戦力は大きい筈だ。

 

向こうは邪神を仕向けた組織、それはつまり邪神と同質の戦力をまだ残していると言えるのではないか。

もっと言ってしまえばそれこそ邪神を超える力を持っている連中もいるかもしれない。

自分たちは特別クラスの試練で何度もピンチに陥った。途中何度も仲間やライダーの力に救われてきたが今思えばソレは奇跡の様な物も。

 

 

「「………」」

 

 

我夢もアキラも思う事は同じだった。

果たして自分たちは無事に、誰一人として欠ける事無く元の世界に帰れるのだろうか?

そう思ってはいけないと思いつつ、我夢は厳しい考えを持つ。それは……不可能なのではないかと。

戦う前から諦めるつもりはない、自分はこの命がある限り世界と仲間を守るために戦うつもりだ。しかし――

 

 

「アキラさん……」

 

「はい――」

 

 

怖くない訳が無い。

 

 

「愛してます」

 

「……はい。私も」

 

 

自分は何度彼女の笑顔を見られるのだろうか?

チームディエンドは自らの年齢の概念がややこしいと言っていた。

なんとなくその意味が我夢には理解できていた、世界を移動し続ければ年齢の概念が消滅する。

そしてそれはおそらく肉体の変化もだろう、つまり簡単に言えば自分たちの時間は最初の世界から止まっている筈だと。

 

最悪自分たちはこの先ショッカーを倒しきるまで戦わなければならないと言うのならそれだけの時間は流れる筈だ。

しかしあくまでも自分たちの時間は止まったまま。体感時間で100年を超える事もありえるかもしれないと言う事ではないのだろうか?

だったら同時にそれだけ危険が伴うと言う事にもなる。隣にいる恋人、クラスの友人、大切な仲間、彼らがその間に傷つくかもしれないと言う恐怖。

 

 

「我夢君……」

 

「何ですか?」

 

 

アキラはそこで初めて我夢の手をギュッと握る。

 

 

「勝ちましょう、勝ち続けましょう……っ!」

 

「………」

 

 

はいと、今は言えなかった。

ただ我夢は頷いてアキラの手を握り返す。

決意は固い、側面を示したあの日から負けぬと誓った。ただそれでも得体の知れないショッカーに対する恐怖は強い。

我夢は決意の炎を目に宿しつつ、アキラに微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああそうだ、真由ちゃんあんまり走るとこけちゃうぜ?」

 

「うん……気をつける…ね」

 

 

鏡治と真由はショッピングセンターに足を運んでいた。

何だかんだ言って双護は二人の外出を許してくれたようで、鏡治としても心置きなくデートを楽しむ事ができる。

とはいえ真由にはコレがデートと言う感覚は無いかもしれないが鏡治には一緒にいられるだけで充分だった。

何かを買う訳でもなくただブラブラと歩くだけ、それでも真由はとても楽しそうに笑っていた。

 

 

「ちょっと休憩しようか真由ちゃん。ああそうだ、アイスでも食おうぜ!」

 

「うん……! アイス好き!!」

 

 

休憩所にあったアイス屋に向かう二人、真由はバニラで鏡治はチョコアイスを選んだ。

そこでハッと鏡治は表情を変えてお金を用意しようとした真由を制す、つまるところココは自分が払うと。

 

 

「え? だけど……」

 

「いいっていいって! ああそうだぜ、あの時のお礼さ!」

 

 

奢るとドヤ顔をしておきながら奢られたあの日、そのリベンジさ! 鏡治はそうだと大きく頷く。

これはリベンジ、過去あの情けなかった自分を超えていく試練! ハッ! そうか、つまりこれは鏡治の試練なのでは!?

新意鏡治が男として進化する為の試練だったのかッ!! くおぉおおあああっ! 何故気がつかなかったんだ!!

ココでビシッと男を見せて真由ちゃんのハートを掴めってか!? おいおい、ソイツはいいお膳立てだぜ!

 

 

「ああそうさ! 負けねぇぞちくしょぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「うん…! よく分からないけど…頑張ってね!」

 

「お客様、早くお金を……」(うるせぇなコイツ)

 

 

冷めた目で見つめる店員を気にする事無く、鏡治は気合の咆哮をあげるのだった。

そしてしばらくしてテーブルにはバニラとチョコが、二人は無邪気な笑みを浮べると早速アイスを口に運んでいく。

 

 

「くぅぅうう! うめぇえええ!」

 

「うん…! おいしいね……」

 

 

しかしそこで浮かぶ欲望、こういうのは大抵が相手の食べている物がおいしそうに映るものだ。

それは鏡治と真由とて例外ではない、自分のチョコアイスを見つめる真由を見て鏡治はつい吹き出してしまった。

 

 

「ハハハ、どう? 食べるか真由ちゃん?」

 

「い、いいの…?」

 

「ああ、いいぜ」

 

 

じゃあと真由はお礼を言って口をあける。

 

 

「あーん……」

 

「え?」

 

 

こ、これは――……思わず固まる鏡治。

鏡治は一瞬迷ってしまったが結局自分のスプーンでアイスを取って真由へと差し出す。

周りを見れば親子連れが多いもの、なんだかその親がコチラを見てニヤニヤしている気がするのは気のせいだろうか?

 

 

「おいしい…!」

 

「え!? あ……ああそうか? ならよかっ――」

 

「ボクのも……あげる…ね。はい、アーン――……!」

 

 

そう言って真由は自分のスプーンでアイスを取ると、それを鏡治に差し出した。

再び固まる鏡治、耳を済ませれば親達の声が聞こえてくる。

若いねぇとか、あの時を思い出すねぇとか、見てるコッチが恥ずかしくなるよ……だとか。

それはつまり、それはつまるところ――

 

 

(うおおおおおおおお!! 俺達ってカップルに見えてる!?)

 

 

ああそうだ、それ以外にありえない。

おまけに先ほどからの行為は完全に間接キスである。

真由はそう言った類の事は気にしない性格だと言っていたが鏡治にとっては好きな女の子と間接キスだなんてニヤけずにはいられないってものだ。

 

 

「あ、あーん……」

 

「おいしい…?」

 

「あ、ああ! そうだな、おいしいぜ!」(おおおおおおお! ああそうだ! 多分今俺めちゃくちゃ気持ち悪い顔してるけど!!)

 

 

二人はその後しばらく他愛も無い話で時間を潰していった。

そんな中で真由は周りを確認してみる、今日は家族連れが多いのかいろんな親子が見えた。

子供が親の手を握ってあるいている光景は微笑ましいの一言に尽きるだろう。

だがそれは実体験、もしくはその光景をよく見ていたから来る感情なのかもしれない。

真由も鏡治もその光景が微笑ましい物だとは知っているが、どこか遠く感じる部分もある。

 

 

「………」

 

 

鏡治はふと真由を見てみる。

真由は――いや、"真由香"は両親に愛されていたのだろうか?

そしてそれは自分だって言える事だ。自分の母親は、自分の父親は果たして自分の事を愛してくれていたのだろうか?

そしてもし愛してくれていたのなら、どうしてあんな研究を続けていたのだろうか?

 

 

「ボク……パパとママの事――あんまり覚えてないんだ…」

 

 

同じ事を真由も思っていたのだろうか?

彼女は小さくそう呟いた。対してため息を漏らす鏡治。

 

 

「安心していいぜ真由ちゃん、それは俺もさ」

 

「鏡治くんも……?」

 

 

頷く鏡治。両親は有能な科学者だとか言われていたらしいがあまりモラルのあった人物では無かったのかもしれない。

禁止と言われた研究を続けて、あげく無茶をしすぎたのか実験を失敗させてそのまま――。

有美子は実験に参加していた人物の家族や関係者に謝罪を行って回ったらしいが、どうにも相手にされなかったらしい。

 

当然か、どんなに謝っても命は戻ってこない。

それに自分の家族が禁止されていた研究に参加していたと言うショックもあったのだろう。

何も無い状況から命を作る。ネオ生命体の研究、それがどういう結果をもたらしどんな発展を世界に齎したのかは神のみぞ知るといったところか。

思えばいつも自分は誰かに預けられていたような気がする。両親が忙しかったのだと言う理由は分かるが、母にも父にも遊んでもらった記憶すらなかった。

子供ながらにソレはなかなかショックな事、ついつい自分は何のために生まれたのかだとか、両親は自分を愛していないなどと捻くれた考えを持ってしまうと言うもの。

 

 

「だけどさ、真由ちゃんはまだお父さんがいるじゃないか」

 

「うん……でもパパは――」

 

「大丈夫。ああそうだ、大丈夫さ」

 

 

真由は父が自分を好いてはいない、嫌っていると考えている。

尤もそれは悲しいが当たっているのかもしれない。だって真由の父から見て彼女は娘の皮をかぶった他人なのだから。

だがその壁もいつかきっと壊れる、鏡治はソレを知っていた。

 

 

「俺と真由ちゃんがこんなに仲良くなれたんだ。きっと真由ちゃんと真由ちゃんのお父さんも仲良くなれるって」

 

「う、うん……!!」

 

 

鏡治の両親はネオ生命体に命を注いだ。文字通り全てを捧げたのだ。

しかし結果は全てを失った。命も研究成果も研究資料も全てだ、両親が今までやってきた事全てが無駄となり灰と消えた。

虚しいものだな、いろいろな意味で。鏡治は強くソレを感じる。何も無いんだ、生きてきた意味も失っただろう。

やるせない、救えねぇ、ああそうさ誰も何も得ちゃいない。失っただけだ、無くしただけだ。

 

 

「救えねぇ……」

 

 

鏡治は小さく、真由にも聞こえない程小さく呟く。

その言葉は両親に向けたものなのか、それとも死んだ両親を今も思い続けている自分に対するものなのだろうか?

今更もう思う事なんてあるのかと、自分は何を望む? ああそうさ、考えれば考えるほど無駄だと理解できる。

 

 

 

ああ、救えねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ついたわね良太郎」

 

「うん、そうだね」

 

 

良太郎とハナは映画を見る事に。

途中良太郎のスキルなのか二回財布を落としてしまい時間を消費したが何とか上映には間に合った。

急いでチケットを買いに走る良太郎達、そこで良太郎が一度転ぶと言うアクシンデトもあったが、しかし――

 

 

「本当にこの映画でいいのかい?」

 

 

ほらこれだ。

確かに今から見る映画は恋愛物のストーリー、子供には退屈な物には間違いない。

こういう場合はたいていどこも似たような事を聞いたり、自分も似た様な事を何度も言っている。

 

 

「はい! これで大丈夫。いこ、良太郎!」

 

「う、うん……」

 

 

子供分の料金を差し出して二人は奥へと向かう。

やはり周りから見れば子供に見えると言うのは不便なものなのか、それとも恩恵を受けられると喜ぶべきなのか、何とも微妙なラインである。

ハナは良太郎の手をとって劇場へ、こうしないと気がつけば良太郎がいなくなっている事が多々あったからだ。

それは迷子とか言う次元ではなく、彼自身の体質と言うべきなのか? どうにも不運な役回りが回ってくる事が多いのだ。良太郎は。

 

 

「よかった、今から始まるみたいね」

 

「うん、ごめんねハナさん……ぼくが迷惑かけちゃって――」

 

「う、ううん! 良太郎は悪くないよ!」

 

 

椅子に座ってため息をはく二人、ようやっと落ち着いた時間が過ごせそうだ。

しかし映画に行きたいと言ったのはハナ、少し興味がある映画を見つけたと言っていたが良太郎としては何も聞かされていない状況である。

彼女は一体どんな映画を見たかったのだろうか?

 

 

「う、うん……ちょっと恋愛物なんだけどさ――」

 

「へぇ、やっぱりハナさんも興味あるんだ。そういうの」

 

「そ、そりゃわたしだって一応……女だからね」

 

 

それにとハナは今から始まる映画の特徴を告げた。

それはなんと禁断の恋愛をキャッチコピーとしたもの。

どうやら血の繋がった兄妹の恋愛を題材としたらしいが――

 

 

「ど、どういう結末なのか気になっちゃって」

 

「うーん、どうかな?」

 

 

禁断の恋、良太郎は縁の無い世界だと頷いてみせる。

自分にも姉がいるし姉の事は大好きと言ってもいいが恋愛感情など一度たりとも抱いた事が無い。

まして恋愛さえ自分はした事があったろうか? せいぜい幼稚園だか小学校だかに先生の事を好きと言っていたくらいかもしれない。

 

元々消極的な性格に加えて事情が事情だった為に今までまともな恋愛をしてこなかった。

恋愛か、良太郎はふと考えてみる。ハナもやはり誰かを好きになったりしているのだろうか?

とは言え、彼女のいた時間は消えた。そんな事を聞くのは気が引けると言うもの。

 

 

「始まるよハナさん」

 

「うん……」

 

 

映画が始まる。

ハナは少し複雑な表情で良太郎に視線を送った後、スクリーンへと視線を向けるのだった。

それから時間が流れ映画はついにクライマックスへ。そのままエンディングへと向かい、映画は終わりを告げた。

劇場が明るくなり良太郎は隣にいたハナへ笑みを向ける。

 

 

「凄いね、まさか本当の兄妹じゃなかったなんて思わなかったよ」

 

「うん…! ハッピーエンドで良かったね」

 

 

なのだが、少しハナとしては複雑な表情である。

彼らがどんな答えを出すかが知りたかったのに本当の兄妹じゃないなんてソレは少しズルイ、反則じゃないか。

結局映画の兄は妹……ではなく義妹と結ばれて終わり。

 

 

「もし……さ、良太郎」

 

「?」

 

「もし――……あの二人、本当の兄妹のままだったらどうしてたんだろう?」

 

 

良太郎は目を丸くしながらも質問の意味を理解すると唸り声を上げる。

難しい質問だ、彼はしばらく考えた後で困ったように笑う。

結局コレといった答えは浮かばなかったが答えはきっと――

 

 

「二人は、幸せになれたんじゃないかな?」

 

「そう……なのかな」

 

 

お互いの間に愛があったなら――?

 

 

「難しい事だと思うけどね。いろいろ大変だと思う」

 

「………」

 

 

ハナは少し残念そうに俯き、頷く。

この気持ちは何なんだろう? なんて、知っているくせに。

 

いつからだろう?

だけどソレは決して抱いてはいけない物だとも知ってた筈。

しかし今自分はこうして心を掴まれる程に苦しい。

やはりコレは間違いなく――

 

 

「もし良太郎が好きになった人が……許されない人だったらどうする?」

 

「え?」

 

「仮の話」

 

 

ハナは唇を噛む。対して良太郎は――

 

 

「ぼくは、きっと――」

 

「きっと?」

 

「その想いを、諦めちゃうかもしれない」

 

「そっか」

 

 

少し悲しげに笑う良太等を見てハナもまた悲しげに笑うのだった。

自分は今、どんな顔をしているのだろう? そしてどんな顔をしたらいいのだろう?

そんな複雑に絡む思いにハナは胸の痛みを感じた。

 

 

「やっぱり……駄目、なのかな?」

 

「え?」

 

「そういう思いは、許されないのかな?」

 

 

血の繋がり、その壁が愛を阻むのか。

愛さえあれば関係ない? 本当だろうか?

その時はそれで良くてもきっと後で後悔してしまうんじゃないかと恐怖がある。

アキラは自分の思いを伝える事ができた。だけど自分は――

 

 

(言えないよ……)

 

 

伝えた時点で、もう絶対に戻れないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校の校門前では亘が外の景色を見ながら立っていた。

少し皆とは出発が遅れてしまった彼ら、それには訳があって――

 

 

「ごめんねー! 亘君!!」

 

「あ、もう大丈夫なの里奈ちゃん」

 

 

実は寝坊してしまった里奈。

おかげで用意に時間がかかってしまい他のメンバーとは遅れてしまったと言う訳だった。

別に亘としてもソレでどうこう言うつもりは全く無い、必死に謝る里奈を嗜めると亘は笑みを向ける。

 

 

「でも珍しいね、何かあった?」

 

「う、うん……昨日はちょっと眠れなくて」

 

「え?」

 

 

もしかしてデートが楽しみだったとか言う理由ならば泣いて喜ぶものだが、流石にソレは都合がいいと言うものか。

亘は苦笑しながら彼女の方向へと足を進める。今日はどこに行こうか? 二人ともノープランな訳だが――

 

 

「どこか適当に――……」

 

「?」

 

「………」

 

 

何故か急に言葉を止める亘、その表情は何故か鬼気迫るものだった。

どうしたのだろう? 里奈は彼の視線を追ってみる、一見特に何の変哲も無い景色に思えるが?

亘は少し沈黙した後に一言謝罪を。

 

 

「ごめん、里奈ちゃん――」

 

「え?」

 

「デート、今度にしない?」

 

 

いきなりの予定変更、里奈は一瞬自分が遅れたせいで彼が怒ってしまったのだと不安になる。

しかしそう言う事ではないらしい、亘はその事をしっかり告げるともう一度同じ事を言った。

デートの日を変更する。つまり今日はフリーにしてくれと言う事だ、亘一人での自由行動。

 

 

「う、うん。大丈夫だけど、どうして?」

 

「ありがとう……見えたんだ」

 

「え? 見えたって――」

 

 

亘を見れば少し汗を浮べているじゃないか、つまりそれほど重要な何かを見たという事。

彼は何を見たのか? それは彼自身の口から告げられた。彼は先ほど里奈の車椅子を押そうとした瞬間、見つけてしまう。

 

 

「黄金の……大鷲――ッ!」

 

「え!? そ、それって――!!」

 

 

亘は携帯を取り出してすばやく文字を打ち込む。

そして里奈に絶対に学校から離れるなと告げると、自分は校外へ。

黄金の大鷲、それはつまり――

 

 

「一人じゃ危ないよ亘君!」

 

「大丈夫、気のせいかもしれないし!」

 

 

里奈も追いかけようとはしたが、亘はすぐに見えなくなってしまう。

焦る里奈、気のせいかもとは言っていたがもし本当ならばショッカーとの出会いと言う事になる。

しかし確かにココは休憩の世界では? ソレに今日は皆デート、下手に不安にさせてはいけないと言うジレンマもある。

だから里奈はいつでも連絡できる様に携帯を持ち、申し訳ないと思いつつも学校に残っている翼達へ相談に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

一方の亘、彼は先ほど大鷲が見えた男をつけていた。

正確に言えば男は二人組み、年齢は兄と同じくらいに見えるが惑わされてはいけない。

もしも黄金の大鷲を信じるならば奴等は世界を征服しようとしている恐ろしいショッカーなのだから。

少年達はしばらく街中を何気なく歩いていたが、数回程度会話をしながら次第に人気のない場所へとやってくる。

何をするつもりなのか、亘も緊張を隠せない。

 

 

「しばらく歩いてみたけど、もういいんじゃない?」

 

「だな。やっぱオレ達は自由にやらせてくれるらしい」

 

 

少年達は裏路地をある程度進んだ後に少し広い空間で立ち止まる。

亘は路地の影に隠れて二人の会話を盗み聞きする事に、亘はその中で二人組みの名を確認する事に成功した。

一人は名を飛針と言うらしい。アシンメトリーボブ、刃物の様に鋭利な瞳、そして含みのある笑みを浮べた少年。

もう一人は茶髪のウルフカット、黄金の大鷲のアクセサリーをつけた百瀬と言う少年だった。

百瀬のつけているアクセサリー、それは果たしてショッカーマークのソレなのかどうか……? 亘はよく覚えていなかった事を後悔していた。

 

 

「さて、じゃあ始めるか」

 

「んー、まあソレもいいけど――」

 

 

百瀬は何かを始めようと、そして飛針はソレを止めようと。

当然百瀬は何故止めるのかを聞く、すると飛針はニヤリと笑って――

 

 

「どうして、俺達を見てるのかなって……?」

 

「「!!」」

 

 

亘を見た。

いや亘は路地の影に隠れている為飛針からは見えない筈だ、しかし彼は隠れている自分の気配に気がついていたと言う事だろう。

やられた! 亘は小さく舌打ちを行う。そしてそれは同時に確信へ、つまり彼らは只者ではないと言う事に他ならない。

 

 

「出てこないの?」

 

「………ッ!」

 

 

仕方ない、亘は意を決して二人の前に姿を見せた。

一見すれば飛針も百瀬も自分と変わらない見た目ではあるが何か別の姿を持っているのだろうか?

亘は上空へキバットを飛ばしておく、いつでも変身できる様に。

 

 

「少し道に迷っちゃって……何か邪魔しちゃったならごめんなさい」

 

「道に迷った? よく言うじゃないか、ココまで俺達をつけておいてさ」

 

 

飛針の目が鋭く亘を刺し貫く。

コイツ、完全に気がついてやがる……! 亘はため息をついて自虐的な笑みを浮べた。

まさか完璧に気づいていたとは、自信を無くすと言うものだ。

 

 

「お前、まさか監視役か?」

 

「……ッ?」

 

 

監視役? 百瀬の言葉に亘は戸惑いを見せる。

何だソレは? 向こうは向こうで何か付け回される心当たりがあると言うのか。

飛針はそんな亘の表情を見て彼が監視役で無い事を悟る。しかし彼らとて亘の正体を掴めずにいた、付け回される理由も分からないし――

まあいい、飛針は亘自身に教えてもらうまでと笑った。

 

 

「おい――」

 

「分かってるよ、ちょっと脅かすだけだか――」

 

 

ら。

最後の言葉と共に飛針は指を鳴らす。

すると彼の体が変化を遂げた、飛針からフライングフィッシュオルフェノクへと。

 

 

「!」

 

 

そしてその手には巨大な水中銃・ボウガンが。

フライングフィッシュはボウガンを亘に向けてもう一度質問を行う、何故自分たちをつけて来たのかだ。

わざわざ自分たちをつけ歩くにはソレ相応の理由がある筈、ましてこんな中学生くらいのガキがならなおさらだ。

流石にこれならば怯えて話してくれるだろう、それがフライングフィッシュの考えだったが――

 

 

「キバットッッ!!」

 

「は?」

 

『おりゃりゃりゃりゃあああああスッッ!!』

 

 

百瀬の背後から現れてフライングフィッシュに突進を決めるキバット、彼はそのまま亘に噛み付いた。

同時に現れる闇の鎖、亘はキバットを掴むと構えを取って百瀬達を睨みつける。

 

 

「ショッカー……! 変身!!」

 

 

ベルトにキバットを装填する亘、闇の鎖が全身を駆け巡り弾け飛ぶ!

現れるのは仮面ライダーキバ、その姿に今度は百瀬たちが驚く番だ。

何だコイツは!? 百瀬達、そしてキバ。両者まだ状況が飲み込めていないがただ一つ分かる事があるのならばソレは目の前にいる

 

キバが――

フライングフィッシュが――

 

 

「「ッ!!」」

 

 

敵だと言う事だ。

まず最初に動いたのはキバだった。地面を蹴って跳躍、そのまま蹴りをフライングフィッシュに仕掛けようと狙いを定める。

しかしフライングフィッシュは冷静だった、スカートの様な形状をしたマントを翻しヒラリとキバのとび蹴りを交わす。

そして自らも照準をキバへ合わせた。だがまだ発射はしない、キバも回避する気だからだ。

それは当然の事だがフライングフィッシュにはそのタイミングを見る事は大切である。

 

銛を放つボウガンは強力ではあるが連射はできない。

一発ずつ銛をリロードしなければならないから、だからこそフライングフィッシュは腕に備え付けてあるヒレでキバに切りかかる。

 

 

「お前、何者だよ……!」

 

「コッチの台詞だねソレは!」

 

 

キバはヒレのカッターを鎖が巻かれたカテナで受け止める。

そしてカウンターのハイキックを仕掛けた! だがこれもまたバック宙で交わすフライングフィッシュ。

さらに跳んだ先にある壁を蹴って三角跳びを決める。離れたと思えば一気に距離を詰めて来る敵にキバも隙を見せてしまう。

そこへ打ち込まれるとび蹴り、地面を転がるキバとボウガンを構えるフライングフィッシュ。

 

 

「悪いけど……結構痛いぜ、コレ!」

 

 

そう笑いフライングフィッシュは引き金を引いた!

放たれる銛、キバは素早く立ち上がり回避を行おうとするが――

 

 

「ッッッ!!」

 

 

だが遅かった! 銛は不運にもキバの腹部ど真ん中に命中、彼は膝をつき動きを止める。

幸い銛が大きくなかった為に貫通はしなかったがソレでもダメージは大きい筈だ、フライングフィッシュは確信を持つが――

百瀬の表情(かんがえ)は違っていた。

 

 

「なかなかやるじゃないか、意外だったぜ」

 

「?」

 

 

………。

 

 

「ッッ!!」

 

 

今度は逆だった。キバがいきなり動いたかと思うと再び跳躍、とび蹴りをフライングフィッシュに命中させたのだ。

彼もキバが動けるとは思っていなかった分回避を忘れていた、地面を擦り彼は後退していく。

おかしい! 確かに銛は命中したのに!! ヤツの防御力が高かったのか? フライングフィッシュは苦笑交じりにキバを見た。

 

 

「なるほど……ッ」

 

「悪いね、コッチもただじゃやられない!」

 

『そう言う事っスね』

 

 

銛はキバに刺さってなどいなかった。キバットがその歯で受け止めていたのだ!

彼はしっかりと銛を噛み止めていた、キバは銛を手に取るとそれを放り投げる。

そしてキバは手を広げて構えると戦闘の続きを示した。だが意外にもソレを否定する声が。

 

 

「そこまでにしないか」

 

「っ!?」

 

 

割り入る様に発言したのは百瀬。

彼はキバとフライングフィッシュを交互に見て言葉を紡ぐ。

それはつまり二人にこの言葉を向けたと言う意味だ、戦いを終わりにしようとの提案。何の意図が――?

 

 

「文字通り、戦いを止めにしないかって事だ」

 

 

こんな無駄な時間を過ごしている意味は無いと百瀬は言った、それはお互いにとってと言う事。

百瀬はキバに視線を向ける、彼が何者なのかは知らないがショッカーの存在を知っている以上『普通』ではない。

そして自分たちに攻撃を仕掛けてきたと言う意味、それは恐らく正義感。

 

 

「お前、取引をしよう」

 

「取引?」

 

「ああ、オレは君にある情報を送る。そして君は今すぐココから消える」

 

 

首を振るキバ、その情報がどんな物なのか分からない以上はいそうですねと易々条件を飲むわけには行かない。

まして敵の罠と言う可能性だってある、ゼノン達はショッカーは皆等しく悪だといっていた。ならばココで倒しておくのが正解では?

もう既に向こうは変身している、つまり人間では無いと言う事なのだから。

 

 

「おっと、君は何か勘違いをしているな」

 

「ッ?」

 

「そう、大きな勘違いだ」

 

 

百瀬はそう言うと指を鳴らす。

先ほど飛針が行った変身方法と同一の物、それが意味する事は彼もまた飛針と同じだと言う事だった。

刻印が百瀬に刻まれ、彼の姿がタイガーオルフェノクへと変身する。やはり彼も人間ではなかったか、構えるキバだが――

 

 

「悪いが、オレ達が本気で戦えば不利になるのはどちらか……分かる筈だぜ? 君が馬鹿じゃないならなだけどよ」

 

「―――ッ!」

 

 

確かに二対一の状況に持っていかれるとキツイものがある。

しかしコチラとて多彩なフォームを持っている、ただで負ける訳には行かないとキバは引き下がらなかった。

それを見てため息をつくタイガー、威勢がいいのは立派だがそれでは駄目だと彼は言う。

これは取引と上辺は繕ったが本音を言えば命令でしかない。

 

とは言えタイガーはこのままキバを殺す気は無かった、それは彼自身望まぬ結果だ。

たとえ向こうが何者なのか分からない存在であったとしても命は命、無闇に奪っていい訳がない。

彼はまだ、人間である。

 

 

「今からこの世界に何が起こるのか……教えてやるよ」

 

 

一方的に話を進めるタイガーに苛立ちを覚えるが、生憎フライングフィッシュがボウガンでコチラを狙っているのが見えた。

下手には動けない状況である。だからキバはタイガーが放つ言葉を聞くしかなかった、今からこの世界は――

 

 

「――――」

 

 

キバはタイガーの言葉を聞いて停止する。

何を聞いたのだろう? 見ればキバの足が少し震えているじゃないか、タイガーはそれを見て最後の言葉を紡いだ。

何度も言っている、戦う事に意味は無いと。

 

 

「こんな下らない事に時間を割くより、もっと他にやるべき事があるんじゃないか?」

 

「そうそう、早くしないと手遅れになっちゃうよ。フフフ……!」

 

 

フライングフィッシュもまたそう笑う。

その言葉を聞いても尚沈黙を貫くキバ、いやそれは彼が迷い言葉を失ったからだ。

今奴等はなんと言った? そしてそれが本当ならばとんでも無い事になるぞ――ッ!

 

 

「オレ達だって無駄な血は流したくない。だがもうそんな事を言っていられる程余裕は無いぜ?」

 

「そうだとも、君にも大切な人……いるんじゃない?」

 

 

二人の言葉が剣となってキバの心に刺さる。

そう、そうなのだ。彼らが言っている事が本当ならば今すぐココを離れなければならない。

今すぐ走りださなければならないのだ! どうする? このまま見逃していいのか!? キバは迷う。

だから動きを止める、例えば今ココでフライングフィッシュがボウガンを放てば何の問題も無くそれはキバを貫くだろう。

ソレほどまでに今のキバは迷い、震えていた。

 

 

「時間が無いぜ? 早くしたらどうだ」

 

「……ッッ!!」

 

 

タイガーは急かす様な動作でキバを急き立てる。

早くしないとと追い討ちをかけるのはフライングフィッシュ、正直二人の思惑通りに見えてしかたないが――

 

 

「クソッ!」

 

 

二人に背を向けて走り去るキバ。

どうやらタイガーの取引に乗ったと言う事になる、尤も早くこの場を離れなければならない理由を作ったからなのだが。

とにかくコレで邪魔者(キバ)は消えた。二人のオルフェノクは変身を解除すると飛針、百瀬と姿を戻した。

そして百瀬は辺りを見回して人がいない事を確認するとポケットから大鷲のワッペンを取り出す。

 

 

「さて、お手並み拝見……かな」

 

「そんな凄い物じゃないぜ」

 

 

百瀬は逆のポケットから赤いハンカチを取り出す。

そしてまずはハンカチを手で隠す様に握りしめた。

そして指を鳴らす百瀬、手を離すと――

 

 

「おお!」

 

 

なんと赤いハンカチが何倍もの大きさの布へと進化を遂げた。

流石は奇術師の名を与えられるだけはあるか、飛針はそれが奇術としりながらも拍手を送った。

さて本題に戻ろう。百瀬は大鷲のワッペンを地に落とすとそれを赤い布で被い姿を隠した。

マジックでよく見る光景につい飛針はその言葉を口にする。

 

 

「ねえ、ソレって種も仕掛けも無いの?」

 

「当たり前だろ。だってオレは――」

 

 

百瀬は少し笑みを浮べて布を思い切りなびかせ、引き剥がす。

 

 

「奇術師なんだからよ!」

 

「―――……ッッ」

 

「へぇ、凄いな……!」

 

 

先ほどまでこの場にいたのは飛針と百瀬の二人、しかし今は新たなる命がこの場に現れたではないか。

その青年は一瞬何が起きたのか分からずに呆然としていたが、すぐに叫びだしてうずくまる。

混乱と恐怖、その感情が強く青年からは感じられた。

 

 

「おちつけ! オレが分かるか?」

 

「―――ッッッ!!」

 

 

百瀬は青年の肩を掴んで落ち着けさせる。

腕を組み、壁にもたれかかっている飛針は感心した様に頷く。

案外いつもの装飾を無くせば自分たちと変わらないくらいの年齢、そして風貌じゃないか。

正直もっとオッサンだと思ってたら違ってたか、声はまあ確かに若かったけど――

 

 

「ねえ? 道化師(ピエロ)さん」

 

「わ、私は――ッッ!!」

 

 

以前一度だけ彼を見た事があったが、その時はピエロの様な風貌で素顔を確認する事は難しかったものだ。

だが今は完全な人間そのものである、いやだがもちろん彼だって普通ではない。

飛針はそんな事を考え、目の前で半錯乱状態にあった道化師・トードスツールオルフェノクを見た。

それにしても酷い慌て様だ、そんなに――死ぬ時に恐ろしい目にあったのだろうか?

 

 

「ひぃいいいぃぃぃ……ッッ!!」

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 

首を押さえて転がる道化師、しばらくは落ち着けるのに時間がかかったものだ。

しかし時間がたつにつれてようやっと彼も状況を理解してくれた様だ、自分が今生き返ったのだと言う事を。

 

 

「つ、つまり……貴方が私を――ッ?」

 

「まあな、ソレがオレの能力らしい」

 

 

百瀬、つまり奇術師・タイガーオルフェノクの特殊能力――それは『死んだオルフェノクを蘇生』させると言う神業であった。

もちろんそう簡単にホイホイと生き返らせる事はできない、例えば死んだオルフェノクが身に着けていた物を媒介として用意しなければならないし。

まして精神力を大きくそがれる為に多様は百瀬自身の命を縮める事となる。

 

しかしソレでも百瀬は道化師を蘇らせたかった。

なぜなら百瀬は彼が同じショッカーに所属している者に殺されたと言う事を知っていたからだ。

誰に殺されたのかまでは知らないが、その事実だけで充分だった。

 

 

「す、すまなかった――ッ! あああ貴方は命の恩人だぁぁ……ッ!!」

 

「別にいいさ……」

 

 

道化師は仕事で失敗したから殺されたと聞く。

たしかにミスは大きければそれだけの責任が問われる事になるかもしれない、しかしその代償が命?

馬鹿げている、百瀬は簡単に命を奪おうとするショッカーの考えに難色を示さざるを得なかった。

物騒で乱暴で、かつ見下されている気がしてならない。

 

尤も百瀬視点で世界破壊に同意していた道化師はあまり好意的に映る人物ではなかったのは事実だ。

彼もまた命を下に見ている下種野郎とまで思っていたかもしれない。

しかし腐ったとしても彼は自分と同じオルフェノク、どこかで同族の親しさを持っていたのかもしれないと今思う。

そして彼を蘇らせたのは自分にとっても大きく出る筈だ、それもまた奇術師の能力なのだから。

 

 

「さてと、早速だがアンタにはオレ達に協力してもらう」

 

「ッ?」

 

「オレ達と一緒に、人間に戻らないか?」

 

 

百瀬は道化師に全ての事情を説明する。

大丈夫なのかと目を見張る飛針、彼の視点でも道化師は信用ならない人物だ。

ハッキリ言って仲間にしても裏切られる未来しか見えなかった。

もしも自分達の事情がショッカーに知られればきっと向こうは自分たちを裏切り者だと言って処刑してくるぞ。

そんな事を飛針は百瀬に伝える、しかし百瀬は大丈夫だと笑みを一つ。

 

 

「オレが蘇生させたヤツは、ある程度オレの力の制約を受ける」

 

 

まずは情報漏洩を阻止すると百瀬は言う、道化師に自分たちの目的をリークできない様に設定できるらしいのだ。

便利なものだと飛針は思う、要は復活させたヤツに様々なルールを与えるのだと。

 

 

「そして、もしもアンタがオレ達に危害を加えようとした瞬間――」

 

 

また灰に戻るだけだと。

どうやら裏切りを阻止できる機能は充実の一言らしい、道化師も焦ったのか大きく首を振って了解の意を告げた。

それにと道化師はうつむく。一度は処刑された身、今更ショッカーに戻れる訳がないと。

 

 

「あの女……クルス――ッ! ああ恐ろしいヤツだったッ!」

 

「まあその点に関してはオレも同意するぜ、あいつ等は命を軽視しすぎてる」

 

 

だから仲間になんてなりたくないんだ。

あそこにいたら感覚が狂っておかしくなっちまう、ソレは道化師を見ていれば分かる事だった。

百瀬はアンデッド達がいた世界での出来事をある程度知っている、ジョーカーウイルスで世界をめちゃくちゃにしようとした彼の作戦もだ。

 

 

「アンタもオレ達の仲間になる以上、無闇に命を奪おうとする姿勢は止めてもらうぜ」

 

「………っ!」

 

 

一瞬だけ迷う道化師。

だが道化師視点で考えても答えは一つしかなかった、もちろんそれは百瀬達の方につくと言う事だ。

確かに裏切ろうと思えば裏切れた、だがそうなればまた自分は死ぬ。加えてショッカーの姿勢を知った今、あそこに戻る気もしない。

むしろ――、叩き潰したくなる。

 

 

「わ、分かった――ッ! 私はあんた等につく!!」

 

「助かるぜ、アンタの技術は凄いからな」

 

 

先ほどまでとは一変して柔らかい笑みを浮べる百瀬、そのまま道化師の手を取り彼を引き起こす。

こうなればヤケだ! コッチについてやろうと道化師は心に決めた。少なくともショッカーよりかは信頼できる相手に見えるのも幸い。

それに同じオルフェノクと言う事もある、尤もとはいえ不安が無いわけではない。

 

 

「私の姿は――」

 

「問題ないぜ。別の格好してれば人間態はアンタだって分からないし、オルフェノクの容姿は変更したからな」

 

 

そんな事ができるのか、道化師もコレには驚きを隠せなかった。流石は奇術師と言ったところだろう。

百瀬は新たに与えた姿を説明する、取り合えず元の姿を少し弄っただけなので能力的には変わりないのだと。

ためしに変身してみる道化師、そうすると確かに姿が変わっていた。それは元々だったモデルのキノコと言うよりは――

 

 

「つくしに見えるね」

 

「じゃあ――」

 

 

道化師は少し考えて、自らの新しい名を宣言する。

 

 

「私は今から、道化師・エキセタムオルフェノクだ」

 

「ああ、よろしくな道化師」

 

「まあ楽しくやりたいよね」

 

 

奇術師、道化師、飛針は――……

 

 

「忘れちゃったんだよねぇ、俺の役職」

 

「じゃあ今何か考えたらどうです?」

 

 

道化師の言葉に成る程と笑う飛針。

そうだな、だったら――

 

 

暇人(フリーマン)って所かな?」

 

「ヒャハハハ! そりゃあいい」

 

 

調子を戻してきたのかいつもの笑い方に戻る道化師。

さてと、もうこの世界でやる事は終わったと百瀬は言う。

元々出席が重要とされていたのだから最後までいる必要は無い。

この世界には気の毒だと思うが……

 

 

「申し訳ないが、諦めてもらおう」

 

「世知辛いねぇ、笑える程に」

 

 

さっきのガキも少し驚いたがどうせ。

何かあるのだろうか? そんな表情の道化師に飛針は事情を説明する。

すると飛針と同じく笑みを浮べる道化師。

 

 

「あらあら、運の無い事で!」

 

 

百瀬はオーロラを出現させて二人に合図を送る。何でも次の仲間候補に会いに行くらしい。

彼はオルフェノクだ、人を殺す事なんて簡単にできる。しかし彼は人間に戻りたいと願う故に人を殺さない、殺してはいけないと思っていた。

だが彼は足を進める。もしも彼の目の前で人が助けを求めてきたのなら彼はきっと救いの手を差し伸べる筈だ。

しかし彼らは足を進めた。それはきっと救えると思う人だから、救いたいと願う前に自分にその力があると知っているから。

百瀬達はオーロラを超えていく。小説を逆さから読むのはつまらないものだ、何故ならもう――

 

 

「結末が分かっているんだから」

 

 

 

 








蚊に散沙雨くらいました。
アイツ等おかわりの量がハンパじゃないよね。全身痒いわ。

やっぱりこの作品カップル多いけど、これからもモリモリ増えていくかも。
まあ別にハーレムとかは全然嫌いじゃないんだけどね、なんとなく個人的な趣味の関係でこんな感じになってます。

多分子供の時にやったライブアライブってゲームと、初めて見た深夜アニメのefがこんな作風の基盤を作ったんだろうねw

はい、まああんまり関係ない話で申し訳ない。そんな感じです。
次は来週のどっか、火曜か水曜くらいに予定してます。
ではでは。

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