それは誰もが同時に思った事だった。
ここにいる全員が等しく間抜けな顔で響鬼を見る。
油断させるつもりなのか? それにしては攻撃が本気、まして彼はアキラを差し出した後で総大将に跪いているじゃないか。
「何のつもりだ……?」
「見ての通り、花嫁を差し出して僕は降伏します」
つまり、降参。
アキラを差し出すから命は助けてくれと響鬼は堂々と宣言してみせた。
あれだけ追いかけていたアキラを、こんなに簡単に見捨てるなんて?
「ざけんな偽物野郎ッ! 部屋に隠れてやがったかッッ!!」
ブレイドはそう叫ぶとラウザーを構えて走り出した、同時それに続くキバ。
彼らは特に我夢がアキラを好きなことを知っている、彼は命を賭けてこの戦いに挑んだんだ。
なのに今このタイミングで命乞いなんてあまりにも異常すぎる。
だとすれば考えられる理由は一つ、あの響鬼は我夢じゃないと言う事。
声は同じだが中身が全然違うのだ。そんな事で騙せるとでも思ったのだろうか?
きっと部屋に潜んでいた妖怪か何かが我夢と入れ替わり響鬼を騙っているに違いない、それはブレイド達だけでなく全員が思った事だった。それなのに――
「何を言っているんですか椿先輩、亘。僕は気がついただけですよ」
「「!?」」
響鬼はアキラを再び地面に下ろすと、音撃棒を構えて走り出す。
切りかかるラウザーを交わし、キバの蹴りを受け止めて彼は指を鳴らした。
すると空間がぶれてディスクアニマル瑠璃狼が出現。彼は我夢の匂いを完全に記憶しており、我夢の命令に従う味方だ。
そのディスクアニマルらが何とブレイドとキバに襲い掛かっていた。
「グッ!!」
「なんだよコレ! これじゃあ――」
怯む二人に襲い掛かる火炎弾。
そして響鬼はさらによろける二人へ爆裂火炎鼓を投擲する。
弾ける鬼の面、凝縮された火炎と音撃がブレイド達の脳を激しく揺らした。
「あぐぁ……!!」
「なッ――!」
そこへ緑大猿の拳が直撃、吹き飛ぶ二人を見て響鬼は苦笑まじりにため息をついた。
彼は言う。最初はアキラを助ける事に偽りは無かったが、戦いの中でそれを完全に諦めたと。
ならば生き残る方法を探した方がいい。その結果響鬼は、我夢が選んだのは総大将側につくと言う事だった。
「黙れ偽物ッッ!!」
「はぁ、相変わらず亘は真っ直ぐですね。昔と何も変わらない」
「ッ?」
立ち上がろうとするキバを伏せさせる為、響鬼は再び炎弾を発射した。
タジャドル達やイクサ達は我夢の真意が分からず棒立ちとなる。
話の流れを見るに彼は偽者の筈、しかしこの流れはどう考えても――……。
「君は大切な友達だ。あの時――! アキラさんのお父さんの事でもいろいろ助けてもらったからね」
「お前……ソレ――ッ!」
「襟居くんや伸くん達にも本当に感謝している」
それはまぎれもない過去の話、ならば彼は本当に我夢なのか? そんな疑問を誰しもが持っていた。
そんなわけは無いと思っているが、彼はさらに亘や椿の試練を持ち出してきた。
それは世界を移動していなければ知りえない話なのに。
「亘、僕はね、確かにアキラさんが好きだった」
「……ッッ!」
「でも、この戦いで学んだんですよ。一時の感情に流されるのはいけない事だと!」
その言葉を否定する様に切りかかるブレイド。
しかし響鬼は鬼火でブレイドの動きを止めて再び緑大猿に彼を殴らせる。
その力は強く、再び吹き飛ばされていくブレイド。
「やめてください椿先輩。僕は何も先輩たちを裏切ろうなんて考えていないんです」
僕が選ぶのはただ一つ。
響鬼は後ろで気絶しているアキラに顔を向ける。
「愛するアキラさんを、切り捨てる事なんですから……!」
「―――ッ!!」
響鬼は動かない総大将を見て、再びアキラを抱える。
そして隠れるようにしていた主の盆のところまで移動すると、彼にアキラを預けた。
戸惑う様に総大将と響鬼を見合わせる主の盆、受け取っていいものなのか? そんな表情の彼に響鬼は優しげに声をかける。
「大丈夫、早くアキラさんを邪神に差出してください。そうすれば世界は救われる……そうでしょう?」
「………」
響鬼はサトリに視線を送る。
しぶしぶ頷くサトリ、邪神の使いの心を読んだ結果の話だが――
「僕はアキラさんを愛しています。だから、やっぱり彼女の最初の願いを叶えてあげる事にしたんです」
「何を……何を言っている我夢! 正気に戻れ!!」
カリスの言葉を響鬼は真っ向から否定。
自分の思考は至って正常だ、洗脳もされていなければ急に考えを変えた訳でもないと言う。
あの時、アキラからさよならを言われた時から我夢は決意したのだ。アキラを切り捨てる事に。
その最後の勇気が欲しくてもう一度彼女に会いたかったと響鬼は言った。
今それが叶い、自分は最後の決断をしたと。それはもうコインを使うまでもない。
そう言って響鬼が取り出したのは、彼がいつもコイントスに使っている物と全く同じコイン。
意味するのはただ一つ、彼が正真正銘の本人であるという事。
「マジで……マジで言ってんのかよお前……!」
響鬼は頷く。
そして彼はその変身を一同の前で解除してみせた。
「嘘……!」
それを見た里奈がつぶやく、そこにいたのはまぎれなもない相原我夢だったから。
言葉を失い沈黙する一同、だが総大将達は彼らと違い確証を得る為の行動に出る。
それは簡単な事、サトリに心を読ませる事だ。人の心には個別に違った波長や形がある。
それをサトリは感じる事ができた、要はつまり我夢が今どういう状況にあるのかを調べればいいだけだ。
彼は本当にアキラを――?
「どうだ? サトリ」
「………」
サトリは一度沈黙。
そして――
「はい、心の波長は正常。そして以前感じた相原我夢本人と相違は無し」
つまり。
「目の前にいる男は相原我夢本人であり、同時に洗脳等は一切施されていません」
「!!」
「彼はウソをついていない」
たとえどんなに強力な洗脳を施したとしても、やはりそれは心の波長に大きな影響を齎すものだ。
しかし今の相原我夢の心はいたって正常であり平坦である。それが意味するのは彼は洗脳などされていない、純粋な思考でこの行動に出たと言う事。
偽物ではない、それはコインやディスクアニマルが協力している点で明らかといえばそう。
もう疑う余地はない、相原我夢は悩んだ結果アキラを切り捨てる選択を取ったと言う事だった。
「………」
総大将は少しだけ迷う様に沈黙したが、すぐに頷くと主の盆に合図を送る。
彼は我夢の要求を呑んだと言う事。脱力した様に立ち尽くすブレイド達を尻目に、彼は踵を返してやってきた扉へと足を進める。
そこでもう一度我夢が口を開いた。
「すいません、お願いがあるんですが――」
「なんだ?」
「僕も……アキラさんの最期に立ち会っていいでしょうか?」
どうしたものか? まだ我夢がアキラを助けようと芝居を打っている可能性を否定できない。
しかし主の盆が焦ったように口を開き伝える情報、どうやら満月の夜がもうすぐやってくる様だ。
ココで決め打ちたいのはあったし、サトリも続けて口を開く。
「総大将、相原我夢は嘘をついていません」
「成る程、ではいいだろう。お前だけはついて来い」
そう言って総大将達は扉の向こうに消えていく。
我夢はまだ唖然としているブレイド達に向かって小さな笑みを向けた。
「すいません。だけど、僕はこれが一番だと思ったんです」
「本当に……それでいいのかよ――ッ!」
「はい。アキラさんを失う事は悲しいですけど……! きっと僕はこの先、生きていく事でアキラさん以上に愛する人ができると思うんです」
だから、今は悲しくてもきっと乗り越えられると我夢は言った。
そして最後に立ち会えるのは自分だけだから皆にはココに残れと告げる。
そのまま我夢はブレイド達を見ることも無く消えていった。残されたブレイド達、どうする事もできずにただ沈黙して立ち尽くすだけ。
「………」
まぎれもない我夢の言葉、彼はアキラを切り捨てる選択を取った?
アキラを一番大切に思い、一番救いたいと思っていたはずの彼が――!?
悲しみ、怒りではない。悔しさとも違う、それは虚しさだろう。それがブレイド達を包み込んだ。
一体この先自分たちはどうすればいい? アキラを助けに行っても我夢が邪魔をするという意味の分からない状況になってしまったんだ。
「………」
「?」
だが、ふと気づく。
総大将たちが姿を消した中でたった一人ホールに残り続けていた人物がいた。
それは七天夜であるサトリ。心を読める彼が残った理由は何か?
最初は追わないかを見張る役かと思っていたが、それを否定する言葉が彼の口から放たれた。
「一つだけ教えてやろう」
「―――?」
「あれは、相原我夢ではない」
「!!」
やはりそうなのか? だが洗脳はされていないとサトリの口から聞いた。
それにディスクアニマルがしたがっている時点で彼は本物だと思うしかない。
だがサトリは首を振る。たしかに心を読んだ時点で彼を偽物と判断する要素は一つもなかった。
過去にも姿を偽る妖怪には出会ってきたが、サトリは全てそれを見破る事ができた。
まして妖狐並みの幻術使いでも、やはり姿を変えていれば彼は把握する事ができる。
その彼が相原我夢を本物と見た時点で彼は本物。それはサトリも確信した事だ。なのに彼はアレを相原我夢では無いと言う。
「お前……なんでそんな――いや、それより本物じゃないって……」
「お前たちも、アレは偽物だと思った筈だ」
当たり前だと一同は頷く。
今までアレだけアキラの為に戦ってきた我夢があそこまで簡単に心変わりするとは思えない。
仮に彼の言っている事が本当だとしても、あまりにもおかしな点が多すぎる。
「だけどあの我夢は昔の事も、試練の事も知っていた」
「我夢のデータを完璧に記録している筈のディスクアニマルもちゃんと従っていたしな……」
否定しきれない要素が確かに存在する事も混乱を招く要因の一つだった。
我夢ではないと思っても、ではアレは誰なのかと言う事になる。
洗脳ではないとすれば、我夢を騙る人物。かつその人物が過去の出来事全てを知ることができるとでも?
現にそれはサトリですら分からない位置にあった。彼もまた確証無しに発言を行っていたのだ。
「確かに、アレは声、身体、顔、心の波長。全てが同一の存在だった」
つまり正真正銘の本人、それ以外の何者でもない。
「だがソレが、何よりもおかしな事だろ?」
「ッ?」
それは単純な事、先ほどから何度も言っている事だ。
アレほどアキラの事を救うと言っていた我夢がココに来ての心変わり。
それが何よりもの理由だとサトリは言った。
「私が仕掛けた妖術を、アイツは愛と言う説明不能な要素で打ち破った。強く輝いた心を私は見た」
にも関わらず、先ほどの我夢はアキラの事を愛してはいない様に感じた。
心を読んだ時も完全にアキラを切り捨てる事を考えていたのだ。
その心変わりの異質さ、まさにソレこそが相原我夢と言う人間の否定。
愛の為に世界を敵に回した男の末路にしては、あまりにも不釣合いな物ではないか。
「真意は分からん。私はもう心と言うものが分からなくなった」
それでも尚必死に愛を求める相原我夢、彼と仲間を助けようとする電王達。
その姿を見てサトリは自身の敗北を確信した。だが今、サトリは全く腑に落ちない心内にある。
だからこそ、こんな助言を行ったのかもしれない。サトリはそれだけ言うと踵を返して闇のエネルギーを足元で爆発させる。
煙が部屋を包み、一同の視界が奪われる。そして煙が晴れたとき、彼の姿はもう無かった。
「……我夢くん」
夏美の声で我に返り、同時に戸惑うメンバー。
追うに追えない状況になってしまったが、アキラが総大将達に奪われた事はかなり深刻な事態である。
既に生贄のタイムリミットが近づいていると言う情報もあった。
亘達はとにかく全員に連絡を取り今起こった出来事を全て話す事に。
皆同じように驚いていたが、すぐにゼノン達から興味深い情報が入ってくる。
『我夢本人か。心当たりがあるよ、とにかくソッチに行くから待っててよ』
そんな報告があり、発言どおりすぐにゼノンとフルーラ。
そして合流していたディスと巳麗、友里と葵がやって来る。
ゼノン達は事前に聞いていた事をもう一度亘達に問うた。本当にソレは我夢そっくりだったのか等の質問を繰り返し、彼はやがて納得した様に頷いた。
「ボク達だけじゃ厳しいか……! 葵、君をココに案内した猫はどこに?」
「それが、友人さんはいつの間にか――」
成る程と笑うゼノン、彼は携帯を取り出すとニヤニヤ笑いながらコールをかける。
二回くらい呼び出し音が鳴った後、どこから見ても猫だった友人の声が聞こえてきた。
どうやら彼は何らかの理由があって、葵の無事を確かめた時点で引き返したらしい。あまり自分たちには関われない様なのだが――
「どうしても君のメモリが必要なんだよ。だからまたコッチまで来てくれないかな?」
『ご冗談を。一度協力しただけでも危険だというのに――』
「大丈夫よ! 貴方も知っているでしょう? 神々は昔から3か7の数字を制約の数字に多様したわ! となれば、三度までは大丈夫に決まっているわ!」
フルーラは見えるわけも無いのに両手を広げて跪いて見せた。
しかし電話の向こうも彼女たちの空気を感じているのか、少し焦り交じりに笑っている。
『やれやれ、本当に今回はこれで終わりですよ?』
「あと一回は大丈夫だよ。ボクが保障する。場所の情報は教えておくからさ」
『……私の友人は本当に賭けが好きな事で』
電話が切れる。友人? 亘達はそれが誰か分からずに沈黙する。
しかし変化はすぐに起こった。友人はゼノンから受け取った位置情報を元に早速移動を開始したらしい、なんだかんだ言って彼も甘い性格の様だ。
「はやっ!」
ゼノン達の前にオーロラが出現。
中から現れるのは友人な訳だが――
「「「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」
「やあ、これはどうも。皆さんおそろ――」
「猫がシャベッ――」
「………まあ、そうなりますね」
ため息をつく友人、彼の登場からしばらくして続々と他のメンバー達がやってくる。
当然誰もが友人の事で驚きの表情を見せていた。しかし中には違う事で驚く者もいて――
「お前! イノセントじゃないか!!」
「そう言えば、お久しぶりな方々がいますね」
そう声をあげたのは双護、彼はなんと友人と既に会っていたと言う。
それは我夢とアキラが喧嘩をしている時、仲直りの為に動物を使おうと提案した時だった。
その時にたまたま校庭にいた猫を使ったのだが――それが友人だったと言う事だ。それだけではない、双護の話を聞いて椿と咲夜が声をあげる。
「そういえば双護ん時の試練で――」
「ああ、そうでした。あの時もでしたね」
カブトの試練のとき、作戦を立てる為に図書室にメンバーが集まった事がある。
その時、雨の中で外にいる猫を咲夜が学校に入れた事があった。
その直後天王路グループの情報が記載されている新聞を見つけたのだが――
「あの時の猫じゃないか!!」
「はい、あの時は私も協力しましたからね」
あの新聞を落としたのは彼だった。
そこで驚きの声をあげるメンバー、彼は前々から何度か司達と接触していたのだから。
そもそも考えてみればおかしな事だったのだ、この学校は世界から分離されていて司達メンバー以外は自分から中に入る事はできない。
もちろん司達が案内すると言う形であれば他者も学校を確認できるが、すくなくとも友人……猫は違う。彼が入ってこられる訳はなかったのだ。
「人でない故に油断しましたね。フフフ……」
そう言って笑う友人、彼はゼノン達の仲間らしい。
つまりは上位の存在であると言う事、その存在そのものも異質であるが。
「しかし今考えてみると君に名前が無いのは少し不便だね。ボク達も結構大変だし」
「ふむ、私には名乗る程の名前は無いので……」
ですが、貴方達に関わるとなるとそうともいくまいか。
友人は頷いて何かいい名前は無い物かと唸った。
すかさず手を上げる双護。
「イノセント、ちなみに漢字で書くと――」
「………」
「………」
沈黙。
「うん、君の創造主からとってシャルルでいいんじゃないかな」
「いや、だからイノセ――」
「そうですね。では私の事は皆さん"シャルル"とお呼びください」
「イノセ………分かったシャルル」
折れたか。
涼しい顔をしているが、うなだれている双護を見て誰もがそう思う。
ゼノン達の友人でしゃべる猫シャルル。さて、驚くのはそこまでだった。
シャルルが来てくれた事でゼノン達はある提案を彼に持ちかける。しばらくは彼らだけにしか理解できないだろう会話が繰り返され、その内本題である我夢と同じ我夢の話題に。
「なるほど、本人である筈なのに本人とは思えない……ですか」
「そう。ボクの記憶が正しければ可能性が一つある」
「では、何故私を?」
心当たりがあるならソレを調べればいいとシャルルは言う。
たしかにその通りだが、彼を呼んだのにはソレなりの訳がある。もちろん、それは彼でなければならない理由がだ。
「君のガイアメモリを貸してほしい」
「………」
なるほど、とシャルルは小さく笑った。
どうやら彼の口癖らしい、彼はしばらくなるほどを数回繰り返していた。
「せっかく記憶させたところ悪いんだけれど……お願いできるかしら?」
「この世界を救うためさ。よろしく頼むよ」
その言葉を聞いてため息を一つ。
シャルルは猫ながらも複雑な表情を浮かべて、もう一度静かに微笑んだ。
そして懐から一つのガイアメモリを取り出した。その身体ゆえ持つ手が危なっかしいが、彼はしっかりとソレをゼノンへと手渡す。
ゼノン達が使うものと同じサイズ、まぎれもないガイアメモリ。
「メモリーメモリ。確かに受け取ったよ」
ゼノンが目を閉じてスイッチを押す。
『M』と記載されたガイアメモリ。それこそがシャルルが使用するメモリ、"メモリーメモリ"。
文字通り記憶の力が記憶されており、ゼノンはそれを構えると視線をメンバーたちへと移す。
「電王、ゼロノス、君たちは夏美と真由、葵を連れて一度学校へ戻ってくれ」
「わ、わかったよ」
「わかったわ」
このタイミングで? とも思ったが、今だ妖怪城は危険地帯である事に変わりはない。
電王をはじめとした数名を引き連れて学校へと戻る事を決める。
夏美や真由も少し複雑な表情を浮かべたが分かってくれた様で、すぐにホールを出て行く。
その中で里奈だけはゼノンに言われてホールに残っていた。
「じゃあ始めようか。椿、咲夜、亘、里奈。君達は前に円をつくる様立ってくれ」
「他の人たちは彼らを囲むように立ってね!」
何かと戸惑う一同。
しかし時間も無いので言われたとおりにやってみせる。目立つのは前にいる亘達四人。
ぱっと思いつくのは我夢と関わりが深いと言う事。その予想通り、ゼノンとフルーラはメンバー達に強く我夢を思う様に言った。
彼はサトリと同じく今の我夢が偽物だろうと言う結論に至る。もしもそうだった場合、この行動には大きな意味があると彼は言う。
「我夢と今まで過ごしてきた中での思い出を念じるだけでいいわ!」
「そうとも! 想いの力で我夢を呼び出そうじゃないか!」
演劇の様に声をあげて回り始めるゼノン達、何がなんだか分からないが亘達は言われたとおり強く我夢を思った。
今まで彼と過ごしてきた思い出をフル回転で思い出す。
口調、姿、声、仕草。全てを思い出し――
「さあ、いけるかしら?」
フルーラがガイアメモリをタッチする。
するとメモリーメモリはその身から一筋の光を放ったではないか!
光は一直線にある場所を指し示す。それを目で追う亘達と、ニヤリと笑うゼノン達。
どうやら彼らの読みが当たっていたらしい、やっぱりとフルーラは笑いながらスキップでその場所へ向かっていく。
ゼノンも手を叩くと亘達にもういいと告げた。どうやらその光が出た事で彼の予想は確信へと変わったという。
「やはり、我夢は我夢じゃなかったみたいだね」
「ど、どういう事なんだよ!」
その言葉には答えず、フルーラはその部屋の扉を開けた。
それはアキラが捕らえられていたと言う扉、つまり我夢が中に入っていった扉だった。
考えてみれば我夢がおかしくなったのは部屋の中に入ってからだ。だとすれば部屋の中で何かがあったと考えるのが普通だろう。
「特に普通の部屋っぽいけど……」
部屋の中に足を踏み入れる一同、美歩の言うとおり特に何の変哲も無い部屋。
僅かな家具とベッドだけと言う洋風の造りだった。少し広いと言うのが特徴だろうか?
しかしクローゼットの中には何も無く、目立つ家具も無い部屋だが?
「!!」
そこで誰かが気づいて声をあげる。メモリーメモリが放つ光がある場所で途切れていた。
何も無い場所、これまた何の変哲も無い平坦な空間だが光は確かにそこで途切れている。
「何かあるのか?」
「もちろん。今からソレを具現化させるよ」
そう言ってゼノンはフルーラからメモリーメモリを受け取る。
先ほど我夢の事を願ってもらったのは、このメモリの中に我夢の情報を詰め込める為だった。
記憶や思い出がメモリに蓄積されて、メモリーメモリはその真なる力を発揮する。
今だ意味を理解していない者がほとんどだがゼノン達三人(?)は、かまう事無く進める様だ。
彼はメモリーメモリをもう一度タッチすると、光が途切れていた場所にメモリを投げ捨てる。
「少し早いネタバレになりますね」
「いいんじゃないかな。どうせバレないだろうし」
気になる会話が聞こえたが、すぐにメモリが光輝いて一同はソチラに気を向ける。
メモリーメモリは光に包まれると、その姿を徐々に人型へと変えていった。
メモリが人間に? その不思議な光景にメンバーは釘付けとなっていた。そして徐々に光が晴れていき。
「え!?」
現れたのは――
「―――ッ!」
相原、我――
「ああ、そうだ」
?
「もし、
「………ッ?」
少年は部屋にあった鏡で自分の姿を確認してみた。
何もおかしな事はない、だがおかしな事は確かに存在しているのも事実。
服装は何故か紫と赤の胴着になっているし、若干背丈が違う様な気もする。
少年はいろいろな事を思い出して頭を抱える。しかしすぐに仲間達の声が聞こえてきて、少年はそちらの方に視線を移した。
「みなさん! あれ? 僕はどうなって……」
「おお! やっぱりアイツは偽物だったんだな!!」
「?」
偽物? どういう事だ?
戸惑う少年にかけられる言葉。
「大丈夫か、アスム!?」
「えッ!?」
少年、"アスム"は自分にかけられた言葉を理解できずに沈黙した。
それに構わず尚も自身の無事を確かめてくる仲間達、それは何一つおかしな点など存在しない筈なのに。
それでもアスムは強烈な違和感を感じて立ちすくむ。
「ア……スム?」
「やあ、お目覚めかな響鬼」
「ゼノン君……こ、これって――」
目を細めるゼノン。
フルーラを見れば人差し指を唇に押し当てて沈黙を促すポーズをとっている。
そう言えば自身の名前や存在に疑問を持つなと言われた、それが関係しているのか?
少なくとも、自分はアスムと言う名前では無かった筈だ。
なのに皆、知り合いは口を揃えて自分の事を? あれ? そういえば自分の顔ってこんなんだったっけ? うまく、思い出せな――
「何があったんだよ、アスム」
「え……わ、亘――」
少なくとも彼らに冗談を言っている余裕は無い筈だ。
と言うことは本気で自分をアスムと認識している事になる。
一体どういう事なんだ? 分からない、混乱してきた。
するとゼノン達が自分にしか分からないような声で直接話しかけてくる。
「"盗まれた"んだよ。君はね」
「ええ。貴方と言う存在はドーパントによって奪われたの」
「そして犯人は今、貴方を手に入れた」
やはりゼノン達三人は何かを知っている様だった。
と言うより既に何があったのか大体を把握している様な口ぶりである。
もう駄目だ、アスムは堪らず助けを求めた。意味が分からない、何故自分はこんな状況に置かれているのか。
「それは、直接観測しようか」
「え?」
「さあ、メモリーメモリよ。全ての真実を白日の下に晒したまえ――!」
そして彼らは何がこの部屋で起こったのかを観測する事となる。
アスム、彼はいったい何故ここにいるのか。その答えを、アスム自身も確認する。
"
それは、ブレイドの助けを借りて響鬼が部屋に入った時まで時間を戻す。
響鬼は部屋を確認すると敵がいない事を悟る。
それよりも、視線の先に入ってきたのは――
「あ……アキラさん?」
「え?」
窓の外をずっと見ていたから気がつかなかった。アキラは振り返ると、響鬼の姿を確認する。
彼女は悲しげな表情を浮かべながらも、現れた響鬼を見てその雰囲気を変える。
最初はお互い微妙な沈黙が続いていたが、遂にアキラが口を開いた。
「我夢くん……?」
「!」
そうだと、響鬼は変身を解除して我夢に戻る。
そして彼は走りだしてアキラの元へと駆け寄った。
「アキラさん! 大丈夫ですか!?」
掴む肩、我夢は安心の笑みを浮かべてアキラを見る。
あの時は戦闘で彼女の姿をまともに確認する事はできなかった。
だが我夢は今しっかりとアキラの無事を確認した。彼女と言う存在がとても愛おしく感じ、今すぐ彼女を抱きしめたいと願う。
「あの……! アキラさん――」
「は、はい……」
「ぶ、無事で……よかった…です」
しかし、彼のヘタレな血がそれを阻止である。
あいまいな笑みを浮かべると我夢は手をアキラの肩から離した。
相変わらず再会はあっさりと。しかし我夢はしっかりとアキラの瞳を見て、その言葉を投げた。
「逃げましょう。ココから!」
「………ッ」
戸惑う様に視線を泳がせるアキラ。
やはり様々なことが彼女を縛っているのだと我夢は感じた。
一度は決意し、そして迷い、再び決意を固めた彼女。そして今もう一度我夢はその決意を崩さなければならない。
固く結んだアキラの意思、それでも我夢は彼女を生かさなければならないのだ。
「アキラさん! 僕と一緒に……行きましょう!」
「我夢君……」
迷う様に行き場を探すアキラの手、我夢はその手を掴もうと自分の手を――
「すばらしい! やはり貴方は私が見込んだ通りの人材だった様だ」
「「!!」」
やはり、そう簡単には行かせてくれないか。
我夢は舌打ちと共にアキラをかばう様に立った。
部屋を見た時には誰もいなかった、しかし問題は部屋の外に誰かがいた事を確認しなかった点。
それは窓の向こうから姿を見せる。どうやら彼はアキラがいる部屋の真上にずっといたらしい。
彼は――邪神の使いは、窓を打ち破るとアキラの部屋に姿を現した。
「お前が……邪神の――ッッ!!」
「………」
うわさに聞いていた通りだ。
真っ白なスーツ、そして禍々しい龍の仮面、それはアルファベットのSを模しているようにも思える。
見たところ普通の人間にしか見えないが、まぎれもない邪悪の化身。
使いは我夢と、我夢の後ろで怯えた表情を見せるアキラを見た。そして彼はあくまでも静かに首を振る。
「安心してください花嫁。私は、もう貴女に対して興味は無い」
「え……?」
「そもそも、最初から貴女は餌だったといえる。もちろん邪神のではなく……ね?」
邪神の使いは視線をまっすぐに我夢へ向ける。
戦うつもりか、我夢は音角を構えて使いを睨みつけた。
しかし仮面をつけている為に向こうの表情が全く見えない。彼は今どんな表情をしているのか、そもそも人間の顔を持っているのか。
「相原我夢、貴方は不思議には思いませんでしたか? 何故妖怪達が集団で自分たちを潰しにこないのか、と」
「………」
それは我夢だけでなく誰もが思っていた事だ。
七天夜にしても河童兵にしても、妖怪達にしても散らばらずに一気に攻めてくれば自分たちに勝ち目は無かった。
にも関わらず向こう側はまるで自分たちに合わせるようなやり方で戦ってきた。
おかげでアキラには近づけたがそこがずっと腑に落ちない点だった事は事実。
それを、使いは話しに出してくる。
「あれは私が指示しました。侵入者に実力を合わせ、かつ殺すなとね」
「!」
使いが指示を出しただと? 我夢は疑問が解決したのと同時に新たな疑問が生まれるのを感じた。
何故敵側である筈の使いがそんな面倒な事をする必要があったのか、我夢にはそれが理解できない。
何か意図があっての事なのだろうが……
「何故そんな面倒な事をする?」
「簡単ですよ、私の狙いが邪神とは違っているだけです」
邪神の使いは白いスーツの胸元に手を入れて何かを鳴らす。
うまく聞き取れなかったが、使いが話を始めたので集中はできなかった。
使いが言う事は理解に難しくなかった。邪神はアキラを狙っているが、使いのほうは別の対象を狙っていたと言うだけの話。
では邪神の使いは何を狙っていた? それは彼の口から話されるだけ。
「限界を超えるだけの力を持った存在」
「ッ?」
「相原さん、貴方は愛と言う存在がいかに強大で恐れるべき存在か分かりますか?」
唐突にそんな事を言ってみせる。
出方が分からずに沈黙する我夢、しばらくして使いは独りでにまた語り始める。
まさに語ると言うに相応しい使いの立ち振る舞い、ある意味我夢もアキラも視界に入っていないのではないかと思わせる程だった。
「形の無い存在である愛。だがそれがもたらす影響は絶大の一言に尽きます」
現に我夢達は今ここにいる、それが奇跡だと使いは言った。
七天夜を全て倒し、かつ他の妖怪もねじ伏せるその実力は間違いなく愛が関わってくるのだと知っているから。
使いはソレを踏まえた上で全ての出来事を今まで観測してきた。
するとどうだ? 勝率がゼロとまで言われた彼らが確実な逆転劇を刻んできた。
どれだけ妖怪陣営が追い詰めようが必ず彼らは勝利する。まるで奇跡の安売りみたいな光景。
だがそれは実際に起き、結果として彼らを勝利へと向かわせる要因。
そこにあるのは友情や愛情、アキラを助けたいと願う心が起こした必然だと使いは言う。
「私は愛と言う不確かな存在が、確かな力を生むと確信していた」
そしてソレは我夢と言う人間によって証明された。
邪神の使いは今までの戦いを全て確認してソレを言う。
我夢はアキラに対して特別な感情を抱いていた。その感情の連鎖が仲間達に伝染していき、結果今に至ると言う訳だ。
「何が言いたい! お前の目的と、それが何の関係を?」
「つまり、私はその要因……! つまり貴方の位置にいる人間を見たかった」
その為にはいろいろな人物に戦ってもらわなければならない。
そしてそれを確認するだけの時間がほしかった。
結果、使いは妖怪達の数を減らす事でギリギリ我夢達がアキラにたどり着ける様セーブを行っていたと。
もちろんその過程で侵入者が全滅すればそれまで、しかし結果は彼の期待通りになってくれたらしい。
相原我夢を中心として侵入者は期待以上の活躍を見せてくれた。愛の為に――
「貴方達は勝利を確信している。その自信、希望、なにより力がある」
「………ッ!」
使いは手を我夢に向ける。
何か来るのか? 我夢は音角を発動させようと――
「え?」
そこで気がつく。無い、無い、無い! さっきまで手に持っていた音角が消えていた。
何で? どうして? 焦る我夢、音角は念じればいつも手元に出現していた。
なのに今はどれだけ念じても音角は自分の元へやってこない。
それにさっきまで持っていたのに!!
「ッ!」
「私は確信した。貴方はすばらしい力を持っている存在なのだと……!!」
そして、また使いは我夢に向かって手を伸ばす。音角が無い焦りが我夢の動きを鈍らせる。
後ろにいるアキラを守らなければと言う思いから我夢は動く事ができなかった。
敵の前で停止、それが何を意味するのか彼とて分かっていた筈だ。
「だから、いただきます」
「――――」
「ッ!!」
いきなり、一瞬だった。何かが消えたと――
我夢は、アキラは確信しただろう。でもそれはあまりにも一瞬の出来事で二人は何も言えずただ立ち尽くすだけ。
「ァ――………ッ」
我夢を襲う強烈な違和感、それを確認する為に我夢はゆっくりと顔をその方向に向けた。
そして見た、見てしまった。違和感の正体は紛れも無い真実、アキラは顔を青ざめて我夢を見ている。
分かっていた、違和感の正体なんて簡単だったから。それは、ある筈の――
腕が無くなっていたから。
「我夢くんッッ!!」
「ッ!」
アキラの叫びで我夢は我に返る。
音角を持っていた右腕がまるごと消えていた、鏡を見れば生生しい断面図が見える程に。
我夢は半ばパニックになりながら左腕でそこを抑える。
強烈な違和感はあるが痛みは無い、血も出ていない。だが腕が無くなっていた事は紛れも無い事実。
「我夢くんッッ!」
「は……はい――ッ」
我夢は使いを見る、彼は再び我夢に手をかざしていた。
まさか――我夢は最悪のイメージを浮かべてしまった。もちろん、それはすぐに現実となるのだが。
「ぐぁあぁぁ……ッッ!!」
大きく一瞬の衝撃、そして我夢はバランスを崩して地面に倒れた。
何故? 決まっている、身体を支えるべき存在の左足が消滅したからだ。
叫ぶアキラ、彼女は涙を流しながら必死に我夢の名前を呼ぶ。何とか無事である事を伝えようとした時、右脚が消滅した。
「ぐぅッッ!!」
「ですが、鬼の力がなければ……貴方は弱い人間である事には変わりない」
「我夢くんッ! 我夢君ッッ!!」
パニックになりながら我夢の名前を呼ぶアキラ、普通の人間ならば死んでいる程の状態に我夢はある。
残っているのは左腕と胴体、そして頭部だけだ。
いや訂正しよう、たった今左腕が無くなった。
「ッッッ!!」
始めて経験する状態。
立つ事も、何かを掴む事もできない。今の我夢は自身で終わりを感じていた。
確定した敗北、戦う事は絶対にできない、ならばと彼が思う事はアキラの無事だけ。
外にはブレイド達がいる、何とかしてアキラだけでも逃げてもらいたい。
「やめてッ!! お願いします止めてください――ッ!!」
「!」
しかし、我夢の前に彼女が出る。涙で顔をぐちゃぐちゃにした彼女は始めて見るかもしれない。
いつも冷静で静かだった彼女が今は錯乱状態にある、我夢はそれがたまらなく悔しかった。
「アキラさん……ッ! 駄目だ――……逃げて――ッ」
絶大な疲労感が襲ってくる。
これは気絶なのか、それとも死の始まりなのか? とにかく我夢はアキラに逃げるように言いたかった。
それでもアキラは我夢を守る為に使いの前に立つ、呂律がまともに回っていない状態で彼女は子供の様にひざまずく。
「お願いします……お願いですから、もう我夢君に酷い事しないで……くださ…ぃ」
「アキラ……さん――ッッ!」
「私は……私はちゃんと餌になりますからッ!! だからもう我夢君を傷つけないで……ッ!!」
邪神の使いはその言葉に拍手を送る。
互いが互いを想い合い、そして自らが危険と知りながらも守ると言うのか。
美しい愛だ、使いは頷くとアキラの願いを聞くといった。
「相原我夢は殺しません。だから貴女は餌になりなさい」
「……はい」
「!!」
ふざけるな!
我夢は使いに向かってそう叫ぶが、アキラは傷心しているのかグッタリと我夢に微笑みかけるだけだった。
彼の無事が確定して、何とかアキラは安心できたのだろうか?
使いは動けない我夢を見下しながらアキラを手招きして入り口へと移動させる。
そして自身が扉を開けようとした時――
「殺しは、しません」
「……え?」
「でも――」
使いは我夢に手を向ける。まさか――
「いや……」
また無くなった。
「いや―――ッ」
それがなくなっちゃ駄目なのに。
「嫌ああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
我夢の胴体が消えた。アキラは見てしまう、首だけの我夢を。
そして彼と目が合った。人間は普通首だけで生きていく事なんて不可能だ、ならば彼の辿ったルートはたった一つ。
死、なのだ。
「我夢……く―――」
ショックがあまりにも強かったのだろう。
アキラは耐えられずに気絶してしまう、我夢が死んだと言う衝撃は一撃で彼女の心を打ち砕いた。
それを確認して笑う使い、倒れたアキラを無視しながらも使いは我夢の首に近寄っていく。
「お前ぇぇええ……ッッ!」
「フフフ、滑稽な姿ですね」
だが、だがしかしまだ我夢は生きていた。
首だけとなった彼自身何故まだ自分が生きているのかなんて理解できない。
しかしそれでもアキラを泣かせて傷つけたコイツを許す訳にはいかないと使いを睨む。
「僕に何をしたァァァァア……ッッ!」
「何を? 決まっているじゃないですか」
邪神の使いは我夢の髪を掴んで自分の視線上に持っていく。
同時に外す自分の仮面。そう、こんな玩具にもう意味はないと仮面を投げ捨てて。
始めてみる素顔、だが我夢はそこで息を呑む。使いもまたある筈のものが無かったのだ。
それは、顔。
「私は"のっぺらぼう"」
「ッ!!」
「と、総大将には説明しました」
顔が無いのっぺらぼう、同時に我夢は彼の姿が変わっている事に気がついた。
見覚えがあると言うレベルじゃない、だって今ののっぺらぼうの姿は先ほどまでの自分なのだから。
無くなった物が、そこにあった。
「本当の目的は花嫁を助けようとする強い意志を持った人間を選出する事だったんですよ」
「なんだと……ッ」
「それを、私が頂く」
最後には愛が勝つ。愛のために戦った主人公はどんなに強い悪でも打ち破ってみせる。
何故か? それは愛と言う物がそれを可能にしうる力を齎すからだ。
そんな力を手に入れてみたいと思うのは当然だろう?
そう、邪神の使いは我夢を盗んだのだ。手も、足も、無くなった胴体は全て邪神の使いへと移動していた。
先ほど彼が言った言葉、頂くというのはこういう事だったのか。
我夢は全てを理解し、同時に次に盗まれるものがただ一つだと言う事を悟る。
顔だけとなった今の自分、残っているのは――
「最後に、貴方の
「ッッ!!」
邪神の使いは手をかざし、同時に懐からある物を取り出してソレを我夢に見せ付けた。
目を見開く我夢、それは最初に盗まれた物。
変身音叉、音角。
「まさか……ッッ」
「その通り。私は貴方を盗み、そして同時に貴方になる」
そんな――
我夢の意識はそこで途切れ、邪神の使いは近くにあった鏡を見てニヤリと笑う。
先ほどの彼は顔が無く、笑う事などできなかった。でも今は違う、ちゃんと――顔があるから笑みを浮かべる事も可能だ。
もう自分は顔の無いのっぺらぼうなんかじゃない、そうだろ? "相原我夢"はそう思い、ニヤリと笑った。
そして地面に倒れているアキラを見る。
「お別れですね。アキラさん」
我夢は手に持っていた音角を鳴らす、そしてそれを額へとかざした。
身を包む紫炎、力が漲るのを感じる。やはり彼を盗んだのは正解だった、こんな力が使えるなんて最高じゃないか。
「さてと――」
響鬼へと変身を完了させ、アキラを抱きかかえる。
哀れな眠り姫よ、次に目覚める時は終わりの時だ。
「……フッ、これが財団の力なんですよ」
響鬼は小さく笑うと扉を開いて外に出るのだった。
「奴はおそらくガイアメモリの中でも強力な、"シーフ"を使って君を盗んだんだ」
「そうか……そうだ、思い出した――ッ!!」
アスムは自分の身体を確認してみる。足も手もしっかり存在していて、彼は安堵の声をあげた。
だが今の自分は自分じゃない、なぜなら彼の身体は今現在違う所有者に移っているからだ。
邪神の使い。ヤツは自分の身体を、"相原我夢"を盗んだ。そんな事ができる力を確かに持っている。
「でもゼノンくん……この身体は――?」
「君の前世……とも違うけど、限りなく近いもの」
「?」
黒服は黒、黒い靴は黒。
白い花は白、白い車は白。そう言ってフルーラは笑いながら説明を行う。
レモンティーは紅茶、ダージリンは紅茶、アップルティーも紅茶。
たくさん種類はあれど、名称を一括りにするならばソレは紅茶となる。
別で言えばブラックコーヒー、ミルク入りコーヒー、砂糖入り……どんなに工夫をしてもコーヒーはコーヒー。
カテゴリに分けられた存在はいかなる別存在と比較されようがその域を出る事は無い。
貴方もそれと同じ、フルーラの言葉がアスムにはどう伝わったのか?
彼はもう一度自分の身体を良く確かめて見る。自分と同じに感じるが――
「同一に近く、かつ同一ではない。難しいものでしょう?」
「ボク達も同じさ。名前はいろいろあるけど、種族で見れば"人間"としか本には記載されない」
シャルルもまた分かったような笑みを浮かべる。
きっと彼らは全てを知っているのだろう、その彼らが詮索を止めたなら自分に言う事は何も無い。
どういう事なのかは知らないが、今の自分はアスムで間違いない。ならばこのチャンスを使う以外に道は無いと。
(協力してください……アスムさん――ッ!)
簡単にまとめよう。
我夢は邪神の使いに存在を奪われ、一度は消滅した。
しかしゼノン達が用意したメモリーメモリの効果でアスムと言う存在に変わり再び具現した。
つまりそういう事。確認してみるがやはり音角は無い、今の自分は響鬼には変われないと言う事だった。
だって今は使いが響鬼となっているのだから。他のメンバーにはあくまでも偽物に自分が一度消されたと言う事にしておいて、アスムは口を開く。
「とにかく作戦を立てましょう。アキラさんは既に……」
「そうだね、とにかく向こうも決着をつけるつもりだ」
邪神側がわざわざ動いてきたと言う事は、向こうも詰めるつもりだろう。
まして七天夜達が全て敗北した今、残りの妖怪達では自分たちを止める事はできない筈。
最悪、邪神の捕食タイミングを早める事もできる筈だ。
「とにかくやるべき事は、まず響鬼を倒す事。そしてアキラを助ける事」
メモリの効果は破壊されれば多くの場合は無効化される。
よって、まずはメモリを破壊した上でアスムを我夢に戻す。そしてアキラを取り戻す、この二つだ。
しかし今のアスムに戦闘を行える程の力は無い、ならば誰が助けるか――
「皆でいこう」
「!!」
声が聞こえる。
振り返る彼らの前に現れたのは鬼太郎や双護達、そして司だった。
「司先輩……!」
「だいたい話は分かった、邪心の使いってヤツは俺が倒す」
全員がホールにそろい、最後の作戦を伝えあう。
長い道のりだったがコレで最後となるだろう。アキラを助け、世界を救うか。それとも双方を失うか――
その途中アスムは司に"ある物"を渡される。ソレが何なのかは直ぐに分かった、驚きの声をあげるアスム。
何故司達が別行動をとっていたのかが良く分かった、彼らはコレを取りに行っていたのだと。
「それはきっとアキラの力になってくれる。しっかり渡してやれよ」
「は、はい……!」
必ず、必ず彼女を――
「あのぉ……」
「え?」
集中していたせいで気づかなかったが、アスムは目の前に少女がいるのを知って驚きの声をあげた。
誰かと思えばみぞれ達を助けてくれた助手と呼ばれている少女だ。
そういえばフォーゼの話を詳しく聞きたいところではあったが……なんだろうか?
「いま、アスムさんは闘えないって」
「ええ、まあ……」
そうですか! そう言って助手は笑うと、何か丸い球体をアスムに手渡す。
これは? そう聞くアスムに助手はパッと笑顔を浮かべて声色を変える。
ダミ声をつくって助手はアスムに渡した道具の名前を叫ぶ。
「フォーゼぷぅろとたいぷぅ!」
「ッ!?」
「それ、使ってください」
助手がアスムに渡したのは、フォーゼの開発段階で実験用として生まれたプロトタイプの力だった。
それを使えば今のアスムでも戦闘できる様になると言うのだ。
「あ、ありがとうございます!!」
「構わないよミスターアスム。僕としてもそれのデータが取りたかった所なのだよ」
そこから博士も加わりコントじみた説明が始まる。
我夢は使い方を教わると、もう一度お礼を言ってその球体を確かに受け取った。
大体の説明が終わり、いよいよ最後の戦いに足を踏み入れる。
「しかし真っ白なスーツ、それにガイアメモリ……」
「ええ、間違いなく財団だわ」
「まさか幹部がコッチに来てるとはね」
「シーフは恐らくAtoZかしら?」
そんな中、少し離れたところではゼノン達がなにやら財団だの、邪神の使いだのと。
彼らにしか理解できない話だが、彼らにとってはそれなりに重要な話らしい。
ゼノンもフルーラも今は笑みを浮かべてはいなかった。
「ただメモリはそれなりだろうけど、正直邪神の使いはそこまで上の立場でもないかな」
「そう考えるとシーフもT2側かもしれないわね。それに、骨のタイツって……」
「ああ、欠片みたいなものだけどアイツらに接触できた重要なポイントだ」
ゼノンとフルーラは珍しく険しい表情を浮かべている。
尤も、シャルルはその原因は知っている。
「
「ああ……。あの日、あの夜――」
フムとシャルルは顎を擦った。
とにかく財団は順調に力のレベルを上げている。そしてガイアメモリも規格外の能力を秘めた――
まさに、神の領地に達しようと言うのか。
「さあ、行くぞ皆!!」
司が前に立ちカードを構える。
司の声で一勢にメンバーは表情を変えた。
しかしただ一人だけは――
「え? 何? 遅刻しておいて何仕切ろうとしてんですかねぇ」
「ううううるせーッ!」
椿の声で司の表情が一気に乱れる。
やっぱりコッチのほうが合ってるかもしれない。真剣だけど抜けていて、思わずその微妙な位置間に笑みをこぼす。
いやいや、しかしと司は唸る。確かに自分はまだまともに勝利をあげていないような……?
だがそこで、しっかりと司の肩に触れる手。
「なら、取り返せばいい」『HENSHIN』
「ああ、そうだな。双護! 俺の挽回、行かせてもらうぜ!!」『カメンライド』『ディケイド!』
ニヤリと笑いあう司と双護。
すぐにディケイドとカブトに変わり、笑みも仮面の奥に消える。
ディケイドは直ぐに一枚のカードを取り出してソレを発動する。さあ、最後の戦いを始めようと――!
『ファイナルフォームライド』
「……下がれ」
「?」
最下層へ続く道、そこに無数の河童兵と残りの妖怪達は収集していた。
いずれ来るだろう侵入者を止める為に、彼らもまた戦いの道を選んだ。
その軍団を仕切るサトリは、複雑な表情で妖怪達を移動させる。
「………」
そして数秒も経たない内、空いた通路を駆け抜けていく閃光達が見えた。
それはあまりにも一瞬の出来事だったので妖怪達はそれを確認すらできなかったろうが、サトリだけはしっかりとその姿を理解していた。
ましてや高速で駆け抜けた故に発生した風が彼の長い前髪を揺らしているから。
「せいぜい無様に足掻くがいい」
そして教えてくれ。
「哀れだと切り捨てた、心の強さを」
サトリは振り返り彼らが辿った道を見る。
その先にあるゴールに辿りつけるかどうかは、彼ら次第だろう。
いやぁ、ゴルフインベスは強敵でしたね。
それよかレディエが女って聞いて本気でビビッた。
あれマジなのかね?
まあいいや、次は水か木らへんを予定。
ではでは