仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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※ライダー小説です


第52話 妖

 

 

 

 

 

「……城が騒がしいね――」

 

「相も変わらずうぬの頑丈さ、呆れ通り越し尊敬に値する」

 

 

そりゃどうも、そう静かに笑って鬼太郎は目の前にいる酒呑童子に頭を下げた。どうやら自分の様子を見に来た様だ。

鬼太郎は相変わらず封印石の力に打ち勝っており、城の妖気をしきりにさぐっていた。結果、彼は今の状況をおおまかにだが把握している。

もちろんそれは彼にとってはプラスになる。侵入者が一気に増えた今、邪心討伐は夢物語ではなくなっているのだと。

 

 

「他の七天夜の妖力も弱まっているね。つまり気絶してるって事だ」

 

「―――ッ」

 

 

不快と言う表情で酒呑童子は目を反らす。

今現在活動している七天夜は自分と夜叉、そして一番最初に気絶させられたサトリだけ。

実力、そして時間的に考えてもサトリ以外が目覚める頃には決着がついている筈、それだけの七天夜が敗北したと言う事だ。

サトリ、白澤、妖狐、鬼河童。いずれも本気を出せば一人で侵入者を全滅させられたかもしれない程の実力者。

いや本気を出せられなかったと言うのもあるか。それは酒呑童子も引っかかる所ではある。

 

 

「侵入者、確実に侵略を進めているものだ。警備の河童兵とて流るる滝のごとく消費されている状況よ」

 

 

苦笑まじりに酒呑童子は封印石の周りを歩き始める。

トコトコと相変わらず存在している岩亀と共にしばらく酒呑童子は意味も無く歩き続けた。

そして、ふいにまじめな顔になって扉の方向を見る。

 

 

「!」

 

「気がついたか? やはり封印石の影響で妖力を探る力には遅れが掛かっているな」

 

 

ニヤリと笑う酒呑童子、同時に封印の間の扉が開いた。

現れた人物は他でもない。鬼太郎のガールフレンド、寝子である。

鬼太郎を助けにきたのだろうが、運悪くそこには七天夜が。

 

 

「――ッ! 鬼太郎さん!!」

 

「寝子! 駄目だ、逃げ――!」

 

 

遅かった。

酒呑童子は既に寝子に向かって闇のエネルギーを発射している所。

思わず目をつむる寝子だが――

 

 

「ぬ~り~か~べ~!!」

 

 

間一髪、地面からぬりかべが出現して闇の攻撃から寝子を守る!

どうやら彼は地面が土系統であればどこからでも出現できるらしい。

厄介な能力だ、酒呑童子は舌打ちをしながら拳を握り締める。その瞬間拳に纏わりついてくる闇。

たしかにぬりかべの防御は高いがコチラは七天夜の一角、彼の防御に手も足もだせないと言われれば嘘になる。

 

 

「砕けよッ!」

 

「!」

 

 

跳躍し、思い切りぬりかべの腹部分を殴る酒呑童子。

その一撃はかろうじて耐える事ができたが、酒呑童子は拳を打ちつけたまま闇のエネルギーを発射する。

ゼロ距離で放たれたオーラにぬりかべも耐える事ができず、腹部に風穴を開ける事になった。

倒れるぬりかべ。彼は体が粉々にされても欠片があれば修復が可能の為、死ぬ事はないだろうが壁としての役割は大きくそがれてしまう。

 

 

「よくも……ぬりかべをッ!!」

 

「ほう、変わるか! 鬼太郎とつるんでいるだけはあると」

 

 

ぬりかべに開けられた穴から猫娘に変身した寝子が跳んでくる。

素早い動きと営利な爪で酒呑童子に反撃させない程の攻撃をしかけていく彼女。

だが酒呑童子も猫娘の攻撃を的確に防御していく、確かにスピードは半妖とは思えない程の物だが明らかに攻撃力が足りない。

 

 

「おばばっ!」

 

「ッ!」

 

 

猫娘の後ろから姿を見せたのは砂かけ婆、彼女は自慢の砂を構えてコチラに狙いを定めていた。

どうやらこの部屋に来たのは寝子だけではないらしい、猫娘は蹴りで酒呑童子との距離を空けて同時に砂かけ婆は砂を投げる。

 

 

「くだらん、我には通用しないと知れ」

 

 

ノーガードの酒呑童子、彼はありとあらゆる毒物に対して抵抗があった。

砂かけ婆の事は多くの妖怪が知っている。そして彼女の力が砂による状態異常を引き起こすタイプのものだと言う事も。

つまり酒呑童子には砂かけ婆が行うほぼ全ての攻撃が無効化されると言う訳だ。

 

 

「そんな事知っておるわ」

 

「何ッ?」

 

 

だがそれは砂かけ婆も理解していた事。ではこの砂は何か? 酒呑童子は素早く思考をめぐらせる。

そもそも何故彼女たちがこの部屋に来たのかと言う事、寝子や砂かけ婆、ぬりかべは鬼太郎の親しい仲間だ。

ならば話は早い、彼女たちは鬼太郎を助けに来たと言う事だろう。砂かけ婆はほぼ確実に幽子か天邪鬼――

または鴉天狗から鬼太郎が封印石に閉じ込められている状況を把握していた筈だ。

封印石は強力だが砂かけ婆の力を持ってすれば一時的に封印の効力を弱める事や、鬼太郎の力を増加させる砂を作る事は難しくは無いだろう。

ならばこの砂は間違いなく――

 

 

「目くらましか!」

 

 

酒呑童子の言葉に答える様に、砂は煙の様に広がっていき猫娘達の姿を隠す。

この隙に猫娘たちは封印石に近づくつもりなのだろう。

油断していた。酒呑童子はすぐに動こうとするが、その時背中に何か重い物を感じる。

 

 

「悪いな酒呑童子よ。ちょいと背中を借りるぞい!」

 

「ヌゥッ! この声、子泣き爺!」

 

 

この煙にまぎれて現れた子泣き爺は酒呑童子の背中にピッタリと張り付くようにしがみついていた。そしておもむろに泣き始める。

何も知らない人間が見たら何をしているのかと思うだろうが、酒呑童子はしっかりと意味が理解できていた。これは子泣き爺の能力なのだから。

 

 

「ぐぅううううッッ!」

 

 

子泣き爺の体が文字通り石に変わり、絶大な重みが酒呑童に圧し掛かる。

振りほどく事も難しい、その隙に砂かけ婆達は確実に封印石に近づいているだろう。

元々あまり広くも無い部屋だ。これはまずいか? 酒呑童子がそう感じた時――

 

 

「きゃあ!!」

 

「ぐぁッ!!」

 

 

猫娘と砂かけ婆の悲鳴が聞こえ、同時に何かが回転する音が聞こえる。

その回転する何かは煙を風圧で吹き飛ばして封印の間の景色を鮮明にさせた。

封印の間の入り口では予想通り鴉天狗、天邪鬼、二人にかばわれる様に幽子が。

いずれも驚きの表情でその回転する何かを見ている。そして酒呑童子もそれを確認した、回転する何かとは――

 

 

「成る程! 流石用心棒として言われるだけはあり」

 

 

酒呑童子は子泣き爺の重さが軽くなるのを感じた。

どうやら彼もその光景を見て驚いてしまったようだ、その隙をついて酒呑童子は闇のエネルギーを爆発させて子泣き爺を吹き飛ばす。

回転するのは甲羅、いつのまにか巨大化して禍々しい風貌になっている亀のソレ。

 

 

「グェアアアアアアアアアアア!!」

 

 

回転していた甲羅は地面に着地、手と足が生えて最後に頭が出現した。

その正体とはカガミトカゲが用意していた用心棒、あの小さな岩亀だった。

しかし今は可愛らしいサイズではなく、人型になり大きさも寝子よりも少し大きい程に巨大化している。

たとえるならばまるで怪人――

 

 

「"イワガメ怪人"よ、侵入者を封印石に近づけさせるな」

 

「グェアアアアアアア!!」

 

 

了解の咆哮と共にイワガメ怪人は猫娘と砂かけ婆を弾き飛ばす。

反撃に爪で首を狙う猫娘だが、イワガメ怪人は首を素早く引っ込め同時に後ろを向き、甲羅でその攻撃を受け止めた。

硬い甲羅に歯が立たず、同時に突進で吹き飛ばされる猫娘と砂かけ婆。

 

亀と言うのは動きが遅いイメージがあるが、イワガメ怪人の動きはそのイメージに反してとても俊敏である。

子泣き爺共々振り出しに戻ってしまった一同。そしてさらに新たな侵入者が、それは入り口から吹き飛んでくる陽だった。

鴉天狗達を巻き込み、陽は強引に部屋の中に押し込められる。

 

 

「いででで――ッ!!」

 

「お前、陽か!」

 

「ッ? あ、ああ天邪鬼!? こりゃ久しぶりだねぇ」

 

 

再会を喜びたいけど、それは無理な話ってもの。

そう苦しそうに笑みを浮かべて陽は自分をこの部屋に吹き飛ばした妖怪をにらみつけた。

一方の酒呑童子はその妖力を感じてニヤリと笑みを、どうやらまだコチラの兵力が残っていた様だ。

酒呑童子はその妖怪の名を呼び自分の下へと向かわせる。

 

 

「来るがいい雷獣よ!」

 

「グゥゥウウウウウウウウ!!」

 

 

鵺が力を解放した姿の雷獣、酒呑童子の命令が分かるようで彼の元へと素早く跳躍していった。

どうやら陽は彼に追いかけられていくうちにこの部屋に来た様だ。

運がいいのか悪いのか、だがとにかくやるべき事はただ一つ。砂かけ婆は陽に素早く作戦を説明して協力を求めた。

 

 

「わかった……ッ! 努力はしてみるよ」

 

 

つまり、砂かけ婆特製の砂を封印石にすり込めばいいとの事。

それで封印石の力を弱めて鬼太郎の力を復活させる。そうすれば鬼太郎程の実力者であれば自力で封印石を打ち破る事はできる筈だ。

もちろんそれを向こうが易々と許す訳は無い、相手は七天夜に正体がよく分からない者までいる現状。

コチラも全力でいかなければ、そう感じて鴉天狗がまず前に出る。もちろんその腕に轟鬼に変わるための音錠を備えて。

 

 

「変身――ッ!」

 

「ほう、それが鬼。白澤を倒すだけの雷か」

 

 

音錠を鳴らし手を上げる鴉天狗、すると雷が彼に直撃してその姿を轟鬼に変身させた。

流石にコレには息を呑む酒呑童子、彼の能力的に鬼は非常に相手にし辛い相手。

轟鬼としても白澤の時は響鬼のサポートがあったが今回は無い。それは不安要素ではある物の仲間も多いことから何とか優勢には持っていけると踏んだが――

 

 

「ググ――ッッ!!」

 

「ふふ……! ふははは! やはりまだ鬼の力を完全には支配できていないと見た」

 

 

その通り。

我夢はゼノン達が用意した適応力があったからこそ今現在響鬼の力を簡単に自分の物にできているが、鴉天狗はそうではない。

やはりまだ完全ではない。鬼の力に食われそうになり、結果的に轟鬼は敵の前で硬直してしまうと言う状態に陥る。

もちろんそれを見逃す酒呑童子にあらず。彼は闇の力で形成された糸を、鞭の様に轟鬼へ絡ませて身体を投げ飛ばした。

 

 

「チッ! よくもやりやがったな!!」

 

 

そのまま間髪入れずに天邪鬼が飛び掛ってくる。

揺れる長髪と襲い掛かる拳、彼は戦闘に役立つ能力をほぼ何も持っていないが体術の腕前は本物だろう。

それでも闇使いの酒呑童子には通用するとは言いがたい、闇の結界に天邪鬼の拳が吸い込まれていく。

悔しそうに酒呑童子を睨みつける天邪鬼だが、当の酒呑童子はニヤリと笑って余裕の表情だ。

 

 

「クソッ!」

 

「破れぬ、諦めよ……ッ!」

 

 

酒呑童子はどこからともなく独楽(コマ)を取り出すと、闇の糸を使って独楽を回す。

そのままソレを宙に放り投げた。すると独楽は独特の軌道を描いて天邪鬼に命中、彼の動きを鈍らせる。

 

 

「ぐ――ッッ!!」

 

「隙だらけなり!」

 

 

独楽に気をとられている天邪鬼、その足元に酒呑童子は回し蹴りを決めて彼のバランスを崩した。

そうなれば後はもう一方的なもの、闇の糸を絡めて鴉天狗同じく天邪鬼を投げ飛ばす。

同時に聞こえる悲鳴、どうやらイワガメ怪人と雷獣が他の侵入者を順調に攻撃してくれている様だ。

鬼太郎の複雑そうな表情が全てを物語っている、彼も早く封印石から脱出して加勢したいのだろうが――

悪いがそう簡単にはさせない、酒呑童子は冷静に周りを確認。子泣き爺や猫娘はイワガメ怪人が、陽と砂かけ婆は雷獣に足止めを受けている状況だ。

 

 

「余所見はいけませんね――ッッ!!」

 

「!」

 

 

鴉天狗はわずかな瞬間を見計らって翼を広げた。

変身は解除されたが元々の能力は当然健在である。

翼から放たれる無数の羽は一つ一つが弾丸なのだ、一発でも当たってくれれば――と。

 

 

「忘れたか鴉天狗。我、妖怪と人間双方の攻撃に耐性あり」

 

「―――ッ!!」

 

「故の七天夜よ」

 

 

羽が酒呑童子に触れた瞬間、それはまるでなんの攻撃でも無いといわんばかりに力を失った。

文字通りただの羽になったのだ、硬さも鋭利さも何も無いただの羽。そんなもので相手を攻撃できる訳が無い。

鴉天狗をはじめとしてある程度の妖怪はその情報を聞いてはいた。酒呑童子は鬼と人間のハーフであり、攻撃に対する特殊な耐性を持っているのだと。

 

 

「我を倒すことができるのは鬼か――」

 

 

尤も、今現在存在する鬼は伝説といわれた三体を除けばほとんどが自分よりも下位の妖怪達。

 

 

「よもや幽霊族以外はおらぬ」

 

「!!」

 

 

幽霊族、鬼太郎が最後の生き残りといわれる種族だ。

その鬼太郎とて今は封印石の中、ならば鬼太郎を開放させて酒呑童子を止めるしかないと?

 

 

「グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「まずい! 陽――ッ!!」

 

「分かってるよおばば!!」

 

 

結界を練成する陽、同時に雷獣の口から再び電磁砲が放たれる。

巨大な雷のレーザー砲ともいえるソレは一刻堂の結界を持ってしても防ぐのに大量のエネルギーを消費してしまう。

さらに押し出され後退していく陽、そんな彼の終着点に待っていたのは――

 

 

「一刻堂、主もまた危険人物か」

 

「クッ! 酒呑童子ぃぃぃぃい……ッッ!!」

 

 

ニヤリと笑う酒呑童子、陽は危険と分かっていても結界を解除する訳にもいかずどんどん彼に近づいていく形となる。

妨害しようと天邪鬼や鴉天狗が立ち上がるも――

 

 

「ぐあああああああ!!」

 

「おのれ――ッッ!!」

 

 

回転する音と共に衝撃、イワガメ怪人が甲羅に篭った状態で突進してきた。

猫娘や子泣き爺と戦っていながらもしっかりと陽たちの状況も見ていたと言う訳だ。

言語は話せずとも相当知力の高い、そして見た目よりもはるかに俊敏な怪人だ。

とにかくイワガメ怪人の妨害もあってか、陽はそのまま酒呑童子に近づいていく形となってしまった。

酒呑童子は歩き出すと、陽の結界に拳をえぐり込んで一部分を破壊する。

 

 

「!」

 

「主もまだ一刻堂としては未熟さを抜け出しておらず」

 

 

鬼太郎が仲間を傷つけるなと叫ぶが、酒呑童子にそれを了解する義務は全く無い。

彼は手だけ結界の中に進入した、そこから闇のエネルギーを乱射して陽の結界を内部から破壊していく。

そして素早く陽の服を掴み動きを封じる。電磁砲はまだ終わっていないのだ、それが意味する結末はただ一つ。

陽は、全身で電磁砲を受け止める事になる。

 

 

「ぐあああああああああああああああああッッッ!!」

 

「陽ッッ!! 酒呑童子テメェ!!!」

 

 

跳ね上がる様にして天邪鬼は地面を蹴る。

いくら人間より丈夫な身体とは言えやはり陽は人間のカテゴリ。

あんな攻撃を受ければ最悪死ぬ、そうでなくても大怪我は必須だ。

とにかく助けなければ! 天邪鬼は迫るイワガメ怪人を見ても尚加速した。

 

 

「邪魔なんだよォオオオオオオオオオ!!」

 

 

拳を握り締めて天邪鬼は飛び上がる。

そして突進してくるイワガメ怪人を思い切り殴りつけた。

全力に加え怒りの力が加わったそれは流石にイワガメ怪人の動きを鈍らせる筈だ。

激しい音と衝撃が辺りに駆け巡る。

 

 

「―――ッッ!」

 

 

だが甘い。

イワガメ怪人は超反応とも言えるスピードで突進を中止すると、すぐに背中を向けて甲羅の中心で天邪鬼の拳を受け止めた。

甲羅には若干の棘が存在し、そこに拳を全力でぶつけた天邪鬼にはそれ相応のダメージがバックする。

拳からは血が滴り落ち――

 

 

「だから邪魔だっつうんだよッッ!!」

 

 

それでも天邪鬼は止まらない、拳が駄目ならば蹴るまでだ。

天邪鬼はすぐに回し蹴りを行使してイワガメ怪人を吹き飛ばそうと試みる。

だがコレも超反応、イワガメ怪人はまたも甲羅の中心に攻撃をぶつける様に身体を移動させる。

 

 

「必死よの天邪鬼。特殊能力を持たぬ一般妖怪のお前では、限界が容易に見えるもの」

 

 

電磁砲が終了、雷獣は再び咆哮をあげて部屋を駆け回る。

 

 

「うるせぇ……ッ! 仲間がヤベェってのに黙ってられるか――ッッ!!」

 

 

天邪鬼の鋭い眼力に酒呑童子は笑みを消した。

酒呑童子は理解している、友情や愛情の存在をしっかりとだ。

ましてそれが力の源になる事も、ましてそれが世界を敵に回してもいいと思える程のものだと――

 

 

「嬉しい事言ってくれるねぇ? アンタもそう思うだろ……ッ?」

 

「!」

 

 

手の方向から聞こえるのは陽が笑う声。

酒呑童子はすぐにその方向に視線を――

 

 

「一刻堂の装束は妖怪の攻撃を半減するって知ってたかぃ?」

 

 

ニヤリと笑っていたのは陽。

彼は手に持っていた札を思い切り酒呑童子の顔に叩きつけるようにして押し当てた。

怯む酒呑童子、この札は一体?

 

 

「あと、妖怪の力を吸収する札とかもあるのよ。コレがそれな」

 

「―――!」

 

「さっきの電磁砲、頂いてるからさ」

 

 

その力を吸収した一撃を――

 

 

「受け取れよ酒呑童子ッッ!!」

 

「うグッ!!」

 

 

札が破裂、凝縮された雷の力が一気に酒呑童子の脳を揺らす。

だがそれであったとしても雷獣は妖怪だ、当然酒呑童子の耐性対象である。

一瞬怯みこそしたが酒呑童子はすぐに独楽を構えてそれを発射する。

 

 

「流石だな一刻堂、伝説の陰陽師の名は世代が変わっても廃らぬものだ」

 

「そりゃあ……どうも」

 

「だが我が独楽、名を神楽(かぐら)から逃げられるかな――ッ?」

 

「っ!」

 

 

迫る独楽を錫杖で弾き飛ばす陽、だが神楽と言うコマはそれで終わる程簡単なものでは無いらしい。

はじかれた神楽はすぐに軌道を修正して陽に襲い掛かる、同時に雷獣もまた咆哮をあげて陽に牙を向けた。

 

 

「フニャァアアアアアッッ!!」

 

 

だがそこで猫娘のとび蹴り、彼女もなんとか回復して再びその爪を雷獣に突き立てる。

雷獣も抵抗の放電を行い猫娘を引き剥がそうと試みるが――

 

 

「負けられないのよ――ッッ!!」

 

 

鬼太郎は心配そうに彼女を見るが、彼女とていつまでも守られているだけとはいかないのだ。

これは自分との戦いでもある、なんとしても自分が鬼太郎を助けたいと彼女は思っている筈だ。

 

 

「ぬ~り~か~べ~!!」

 

「!!」

 

 

地面から復活したぬりかべが出現、そしてそのまま雷獣の方向へと倒れこんだ。

さらに追撃として子泣き爺もまた雷獣に圧し掛かる。絶大な重力が雷獣に加わり、同時に完全に動きを止める事に成功した。

 

 

「今じゃ! 寝子――ッッ!!」

 

「うん!」

 

「させぬ!」

 

 

酒呑童子はサトリが行っていた闇のエネルギーを足元で爆発させると言う技を使った。

爆発的な加速力、そして再び構える神楽、どうやら神楽は彼の意思一つで手元に来るらしい。

加速する世界で酒呑童子は的確に猫娘の足に糸を絡ませる。そして独楽の様に彼女を回転させると、素早く糸を引き戻して神楽を砂かけ婆に向けて発射した。

 

 

「おばば危ないッ!」

 

「陽!」

 

 

なんとか陽が砂かけ婆をかばい神楽から身を呈して守るが――

 

 

「まずはお前から沈め、一刻堂!!」

 

 

酒呑童子は自らの身体に闇をまとわせ回転蹴りを仕掛ける。

神楽と酒呑童子のダブルアタックが陽に直撃、彼は血を撒き散らせながら後方に吹き飛んでいった。

我に返る一同、鬼太郎と天邪鬼の叫びが部屋に響き渡る。

しかしそんな余裕も無い、天邪鬼もまた目の前にいるイワガメ怪人のタックルをまともに受けてしまった。

ご丁寧にタックルの瞬間イワガメ怪人は後ろを振り向いて硬い甲羅でぶつかってくる。

普通の人間ならば全身の骨が砕けていただろう衝撃、天邪鬼もまた陽と同じ方向に吹き飛ばされた。

 

 

「ぐぁぁあああ……ッ!」

 

「キッツイ……ねぇ――っ!」

 

 

せっかくぬりかべと子泣き爺が雷獣を引き止めてくれているのに。

それが陽達にとっては悔しかった、ただ砂かけ婆が用意してくれた砂を封印石に振り掛ければいいだけ。

それなのに酒呑童子とイワガメ怪人のブロックに歯が立たない状況である。

 

 

「………」

 

 

その中でグッと歯を食いしばる天邪鬼、その瞳からはジレンマが強く感じられる。

何かを迷っている、何かそんな雰囲気の天邪鬼。それに気がついたのか、入り口で心配そうに彼らを見ていた幽子が走り出した。

 

 

「天邪鬼――ッ!」

 

「わかってる……わかってるんだ――……ッ!」

 

 

だけど迷う。

知っているのに、理解しているのに身体が全く動かなかった。

そうしている内にも酒呑童子は猫娘に攻撃をしかけていく。

神楽に打ちのめされて封印石から引き離されていく彼女。ついには変身も解除されて寝子の姿に戻ってしまった。

 

 

「あぐぁッッ!」

 

「寝子ッッ!!」

 

「寝子ちゃん!」

 

 

すぐに駆け寄り寝子を抱きかかえる幽子、しかし彼女とてそれほど力がある訳ではない。

引きずりながらの移動は酒呑童子から逃げ切るにはあまりにも不可能と呼べるものだった。

 

 

「座敷童か。いるだけで味方の運が上がると言う力はある種最強に近いやもしれぬ」

 

 

ならば早めに排除しておいた方がいいだろう。

酒呑童子は狙いを幽子へとチェンジしたようだ、それに反応する鴉天狗と陽。そして――

 

 

「幽子に寄るなァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

天邪鬼はすぐに立ち上がると拳を構え、酒呑童子めがけ鬼気迫る表情で向かって行った。

だが悲しいかな、それで力が変化する訳もない。天邪鬼のラッシュも既に見切られ、酒呑童子は一つ一つを確実に打ち返していく。

最後に拳をつかまれ動きを封じられ、そして同時に腹部に打ち込まれる掌底。

呼吸が止まり苦痛の表情を浮かべる天邪鬼に酒呑童子は追撃のエネルギーを放出していった。

 

 

「ア――ッ! ガハッ!! ゴホッ! オェ……ッ!」

 

「腹部に存在せし臓器がぐちゃぐちゃになる感覚。味わいたくないものだ、ククク!」

 

 

よろける天邪鬼、すぐに鴉天狗が助けに入るが――

 

 

「鬼の力、ブレがまだ残っている様だ。そなたの動きがそれ、物語る」

 

「それでも、それでも止まる訳には――ッッ!」

 

「だが結果は無意味そのものなり!」

 

 

自らを独楽の様に回転させて連続蹴りを鴉天狗に浴びせていく。

さらに酒呑童子の周りを旋回しながら他のメンバーにダメージを与える神楽とイワガメ怪人。

砂かけ婆や、雷獣を抑えていたぬりかべと子泣き爺も限界を迎えてしまう。

イワガメ怪人のタックルで子泣き爺が吹き飛び、雷獣は瞬間的に力を出して倒れていたぬりかべから抜け出す。

あせって立ち上がるぬりかべだが、イワガメ怪人のタックルと神楽が襲い掛かり再び身体の中心に風穴を開けられてしまった。

 

 

「酒呑童子――……ッ!」

 

「フッ、鬼太郎。出られぬのは悔しかろう? だがもう終わり……!」

 

 

理由が理由とはいえ仲間を傷つけられて黙っているわけが無い。

鬼太郎は酒呑童子を殺意に近い程の覇気を出して睨みつける。

だがそれで酒呑童子やイワガメ怪人、雷獣が攻撃を止める事は無かった。

やはりいくら強力な鬼太郎チームとは言え、七天夜である酒呑童子には種族の壁が高く立ちはだかるか。

 

 

「……ッッ!!」

 

 

なおも迷った様に拳を握り締める天邪鬼、そんな彼の様子に若干の違和感を感じつつも酒呑童子は冷静だった。

封印石の力を弱める砂を持っているのは寝子、その彼女は倒れてぐったりとしている。

半妖ゆえに防御力は他の妖怪達よりも低い、もう立つ事は無いか――

 

 

「まだ……まだ――私は……ッ!」

 

「ほう、立つか。これは予想外」

 

 

ふらふらになり、身体から出血が見られると言うのに寝子は立ち上がった。

今の彼女は普通の人間と変わりない耐久だ。雷獣、イワガメ怪人、酒呑童子、どの攻撃を一発でも受ければ絶命するだろう。

それでも彼女は立ち上がる、それでも彼女は戦う意思を示す。

 

 

「やめるんだ寝子ッ!! もう君に戦う力は――ッ!」

 

 

単純な話、砂を別の誰かに預ければいい話。

それなのに寝子は自分が砂を持って立つ。

 

 

「今まで――……今まで私は鬼太郎さんにずっと助けられてきた――!」

 

 

それは自分が猫娘の力を使いこなせる様になってからもだ。

彼女だって感謝の気持ちはあったが同時にずっと申し訳ないと思ってきたのだろう。

自問を繰り返す。果たして自分は鬼太郎と肩を並べて歩いていいのかと何度思っただろうか?

劣等感が身を包み、しかしそれでも彼と一緒にずっといたかった。できれば、幽子と天邪鬼の様に――

 

 

「鬼太郎さんは……私が……私が助け――」

 

「やめて寝子ちゃん! 死んじゃうよ!」

 

 

幽子が身を乗り出して寝子をかばう様に立つ。

その先には並び立つ酒呑童子達、そしてさらにその先にいるのは鬼太郎である。

彼も寝子に止まる様に叫ぶが――

 

 

「鬼太郎さんはいいましたよね。私が……私が胸を張れる生き方を――ッ」

 

「それは無謀だよ寝子! やめるんだ!!」

 

 

鬼太郎と寝子を見合わせて酒呑童子はため息を一つ。

彼は愛する者を守りたいと言う気持ちはよく分かる。

だからこそ寝子を殺すつもりは無いが、人間の姿では手加減が難しい。

 

 

「半妖よ。アイドルと言う職業、それ顔が命と聞く」

 

 

このままならその大切な顔に大きな傷がつくと酒呑童子は脅しを仕掛けた。

 

 

「そなた達活動を待つファンもいろう? その者達の為、ここは引いた方がいいと思うが?」

 

「っ!」

 

 

確かに酒呑童子の言う事は正しい。

今まで自分が積み上げてきた人間の生活を尊ぶのも大切だろう。

しかし、それでもココまで来たという事実がついてくる。

何のために妖怪達に牙を剥いたのか、何のためにディケイド達に味方をしたのか。

それはその人間の生活を守るためにではないのか? それに何よりも――

 

 

 

 

 

 

場面はそんな寝子達の後ろにいる陽と天邪鬼に移る。

 

 

「ゲホッ! ガハッ!」

 

 

血を吐き出す陽。

一刻堂の力があれば少なくとも雷獣は確実に倒せるだけの自信があるのに――ッ!

そんな思い、悔しさ、陽の放つ想いを天邪鬼も感じたようだ。

そしてそれは自分も同じ、まっすぐに胸を張って戦う寝子を見てそれを尚感じた。

 

寝子、彼女は一度半妖の運命に絶望しながらも今は必死に抗い、そして答えを得た。

今彼女は半妖という運命を全く恨んでいない、胸を張って毎日を生きている。そして今もその選択を取るために立ち上がった。

砂かけ婆も子泣き爺もぬりかべも、外で待機している一反もめん。そしてあのねずみ男でさえ自分の運命を受け入れて戦っている。

恋人の幽子もそう。"この自分を知って"、それでも笑いかけてくれる。皆の無事を願って危険と知りつつ音角を盗み――

彼女だって戦う力が無いのに、だけど彼女はこの世界が平和になる事を心から望んでいるから動くことができた。

みぞれだって、あまびえ達だってそう。なのに自分は――

 

 

「なあ……陽――ッッ!」

 

「―――ッ?」

 

 

天邪鬼は立ち上がって陽の方に視線を移す。

その瞳には何かを燻っている迷いが見えた。その燻りを消し去るために、彼は口を開く。

 

 

「何で、お前は……! 一刻堂を継ぐって決めたんだ?」

 

「……ッ!」

 

 

天邪鬼は過去にもその質問を投げかけた事はある。

だから答えは知っているのだが、あえてもう一度同じ質問をした。

それは振り切る為、迷いを捨てる為に。

 

 

「ハッ、オレかい? オレは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出す、学校の屋上で聞いてきた時の事。

鬼太郎と陽と天邪鬼はだいたいの場合屋上で食事を行っていた。

その日も変わらず昼食をとっていたら、ふいに天邪鬼がソレを聞いてきた。

 

 

「何でって……なんでよ?」

 

「だって大変じゃねぇか。毎日毎日学校が終わったらババアの所でいつ使うかも分からない技術磨いてさ。そんなの……意味あんのか?」

 

「………」

 

 

いつもの雰囲気とは少し違う天邪鬼の真面目な表情。

陽はふざけて言おうと思っていた偽りの答えを引っ込める(ちなみに、言おうとしていたのは『オレ無敵になりたいから』)。

少し恥ずかしさもあったが、陽は自分の想いを打ち明けた。

 

 

「そりゃお前さん……オレだって止めたいよ。できる事なら」

 

「なら止めればいい、火なんて今の時代ライターがあれば誰だって起こせるだろうが」

 

 

その通り。だけど――

陽は空を見上げて小さく笑う。

 

 

「オレがさ、継ぐのやめたら……一刻堂は死んじゃうじゃないの」

 

「……死ぬ?」

 

「死ぬ、か」

 

 

鬼太郎も興味深いと身を乗り出した。

 

 

「残ってるのオレだけなんだよねぇ、不幸な事に。もう一人くらいいればいいんだけど、そうもいかない。オレが放棄した瞬間一刻堂はこの世界から消える」

 

 

それで遊ぶ時間ができるならばいいと思う者もいるだろう。

だがその事実は陽にとっては少し引っかかるものがあった。

自分でも面倒な事とは思うし、不満も多いが――

 

 

「困った事に、オレは一刻堂に死んでほしくないんだよ。遊ぶ時間は欲しいけどさ、一刻堂には生きててほしいの」

 

 

自分の前にどれだけの一刻堂がいたのだろうか?

百は超えていると昔父から聞いた事がある。一刻堂の力を受け継げるのはどれだけ家族がいてもただ一人だけ、まして陽に兄弟はいない。

父は既に自分へと継承を終えた、つまりもう自分は逃げられないのだ。

 

 

「子供はさ、親選べないし。親も子供選べないしね」

 

 

だが恐らくどれだけ技術を磨いても、それは一生使う事は無いのだと陽は知っている。

一生使う事の無い力を一生かけて磨いていく、それはある種呪いとも言えるかもしれない。

それでも陽はその人生を受け入れる、それが天邪鬼には疑問に思えてしかたないとの事。

 

 

「でも、もしかしたらこの先使う時がやってくるかもしれないだろ?」

 

「それはまあ……」

 

「さらにもしかしたさ、一刻堂の力が無いと解決できない事件かもしれないじゃない。その時に一刻堂いなかったらヤバイでしょ」

 

 

陽はポケットから札を取り出してヒラヒラと鬼太郎達に見せ付ける。

そんな事態があった時に後悔するのは間違いなく自分、そして非難されるもの自分。

後悔と申し訳なさに包まれ、人に非難されて……そんなの考えただけでゾッとする。

 

 

「つまるとこオレは一刻堂になるしかないって事でしょ。嫌でもさ、なるしかないんだもん」

 

「お前はそれでいいのかよ?」

 

「今はよかないねぇ」

 

 

首をかしげる天邪鬼、どういう事なのか?

 

 

「だからさ、それで良かったって思える様にするしかないって」

 

「………」

 

「オレもう一刻堂から逃げられないわって考えたらさ、一刻堂として胸張れる生き方見つけた方がいいかなって思ってねぇ」

 

 

逃げられない、それを聞いた瞬間天邪鬼の目の色が変わった。

寝子も同じ様な事を思ったと言っていた。もう半妖の運命からは逃げられない、ならば戦うしかないと。

それは陽も同じなのだろう。今はそれが分からないのも事実ではあるが。

 

 

「陽……じゃあお前は――逃げる奴の事をどう思う?」

 

「いいんじゃない? また戦わないといけない時が来たら、そん時に考えれば良いさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話を昔した。

そして今もまた――

 

 

「言ったろ、オレ達……逃げられないのよ――ッ」

 

 

陽は先ほどから何かに迷う天邪鬼に気がついていた。

彼が何に迷っているのかは全く分からない、だけどその事から逃げられないと彼は悟ったのだろう。

だったら自分は背中を押してやるのが宿命か、陽は自分に言い聞かせる意味も込めて文字を並べる。

一刻堂の力を信じて、陽もまた立ち上がった。

 

 

「ほら、今オレ一刻堂として戦ってるだろ? 諦めてないから、今オレは戦えてるんだよ……ッ!」

 

「ああ……だな――ッ!」

 

 

ペッと血を吐く二人。陽と天邪鬼はそのまま足を進めて寝子と幽子を追い越した。

驚く二人に、下がる様言うともう一度逃げられないと口にする。なおも立ちはだかる陽と天邪鬼に、酒呑童子もため息を一つ。

 

 

「仕方ない奴らよ、もう一度地面に跪くがいい」

 

「グルルルルルッッッ!」

 

「グゲェアアアアアアアアア!!」

 

 

両サイドに構えるイワガメ怪人と雷獣も咆哮をあげて威嚇のポーズを。

しかし天邪鬼は気にする事無く足を進めていた、その様子に陽も安心したのか彼の後を追う。

 

 

「天邪鬼――ッ!」

 

「大丈夫っす、鴉天狗さん――!」

 

 

天邪鬼は鉢巻をしっかりと結びなおして酒呑童子を睨む。

彼のマフラー、"襟巻き"が靡くと彼は力強く拳を突き出して構えた。その目に、決意を宿して――!

 

 

「天邪鬼、まさか!」

 

「君は……」

 

 

それに反応したのは鬼太郎と幽子。

どうやらこの二人だけは天邪鬼が何をしようとしているのか理解したらしい。

そしてそれはずっと彼が避け続けていた事も知っている。その選択はとても重い、なぜならば彼はその選択を取り続けていたから――

 

 

「後悔は……しないのかい?」

 

 

鬼太郎は静かに言う、それに反応する酒呑童子と天邪鬼。

一体彼は何をしようとしているのか? そしてそれはこの状況を覆せるものなのか?

 

 

「ああ、いいんだ鬼太郎。みんなを見てて思ったんだ、俺も……もう逃げられないってさ」

 

 

別に逃げていたつもりは無い。

鬼太郎に申し訳ないと思った事もあったが、その選択を取った事に後悔はしていなかった筈だった。

だが今、その"力"を使う事を迷っていた事実を客観的に見て、やはり自分は逃げて痛んだと理解した。

 

 

「陽、お前は結局一刻堂を選んだんだな」

 

「ああ、それがオレの……一刻堂の胸を張れる生き方なんだから仕方ないねぇ!」

 

 

陽は錫杖を思い切り地面に叩きつけた。

金属音が鳴り響き、思わず雷獣や酒呑童子は身構える。

陽は無言だが身体からその言葉があふれている、一刻堂とは自分なのだと。妖怪達と封じる最強の陰陽師は自分なのだと!

 

 

「この世に、不思議な事など何も無い」

 

「何っ?」

 

「オレは一刻堂、妖怪達を封じる最強の陰陽師ッッ!!」

 

 

初めて言葉にする。

その様子に天邪鬼もうなずいた、陽は改めて決意を固めた。ならば自分もと。

 

 

「ああ、なら俺も……戦うしかねぇよな――ッ!」

 

 

構える陽と天邪鬼、対して鼻を鳴らす酒呑童子。

何やら天邪鬼は大きな覚悟を決めた様だが、それで何が変わると言うのか。

今更何があろうとも天邪鬼が妖怪である以上自分が負けることは無い。

まして天邪鬼は体術こそ見事だが、結局は何の特殊能力も持たぬ低級妖怪の筈。実力の埋まらぬ事実、ましてコチラはまだ余力を残している状態。

 

 

「向かえイワガメ怪人!」

 

「グギャェエエエエエエエエエエエ!!」

 

 

手足を引っ込めて激しく旋回するイワガメ怪人、そのまま彼は空中を飛翔して天邪鬼たちを狙う!

どうあっても攻撃を防ぐ反応を見せるイワガメ怪人、先ほどもどんな攻撃を行っても防がれダメージを受けていたが――

 

 

「陽、ココは俺に任せろ」

 

「了解、頼むよぉ」

 

 

前に出て息を吸う天邪鬼、そして――

 

 

「でぇりャァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

「グ――ッ!? グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「「「!?」」」

 

 

ど真ん中のストレート。

その単純な拳のルートに当然ながらイワガメ怪人は反応、すぐに体を動かして甲羅に拳を直撃させる。

そこまでは先ほどとなんら変わりない光景、甲羅の強度に天邪鬼がカウンターダメージを受ける流れだった。

イワガメ怪人としては彼の拳を砕く勢いだったろう。

 

だがしかし、おかしな事が起こる。

なんと先ほどまでの光景とは違い、天邪鬼の拳が甲羅に命中するとそのままイワガメ怪人をはるか後方へと吹き飛ばしたではないか!

いや吹き飛ばしたなんてものじゃない、ぶっ飛ばすと言った方がいい。拳が着弾した瞬間、空間そのものが衝撃で震えた様な感覚があった。

結果イワガメ怪人はそのまま雷獣の方向へと一瞬で移動させられてしまい、かつ雷獣を巻き込んで地面を転がっていく。

 

 

「な、何……ッ?」

 

 

酒呑童子は目を見開いてその光景を見ていた。

しかしそれでも何が起こったか理解するまでに若干の時間をかける事となる。

まだ天邪鬼は本気を出していなかったとでも? そんな事を考察しているとすぐに目の前に天邪鬼が迫ってきた。

ならば直接潰すまで、酒呑童子は神楽を発射しつつ自らは蹴りを天邪鬼に仕掛ける!

 

 

「ッ!」

 

「ク……ッ!」

 

 

天邪鬼は右腕を盾にして蹴りを防ぐ。

まだだ、酒呑童子は闇のエネルギーを蹴りを行った足にまとわせた。

力を増強させれば防御を崩す事くらいは容易いと踏んだか。

 

 

「―――ッ?」

 

 

だがおかしい! いくら闇を付与させても足がピクリとも動かないではないか。

足を見てみれば天邪鬼が片手で足をしっかりと掴んでいるのが見えた。

しかしそうであったとしても闇のエネルギーをこれだけ纏わせて強化した脚力が意味を成さない理由にはならない筈。

それなのに天邪鬼の力を上回る事は無かった。それにいつまでも彼が掴んでいるわけも無い、再び構える拳――

 

 

「ォォォオオッッ!!」

 

「グッッ! ァァァァアアアアアアッッ!!」

 

 

ストレートが酒呑童子の胴体に叩き込まれる。

するとイワガメ怪人同じく、酒呑童子の体が宙に舞い、地面に叩きつけられた。

馬鹿な!? 酒呑童子は受身をとれずに地面をスライドしていく。その中でありえないと心で叫ぶ。

何故あのただのストレートパンチが自分をココまで惨めな姿にしているのか、酒呑童子には理解不能だった。

 

だってそうだろう? 天邪鬼は妖怪だ、そして自分には妖怪の攻撃に対する耐性がある。

何か? 今の一撃は半減してあの威力だとでも!? それはありえない、七天夜である酒呑童子の防御力は非常に高いといえる。

その防御力ももってあのダメージならのだから。

 

 

「な、何をッ? 何をした!? ―――ガハッ!」

 

 

酒呑童子は腕を組んで仁王立ちをしている天邪鬼を睨む。

彼の襟巻きがオーラで宙に待っている様な錯覚さえ覚える。

それほどまでに今の天邪鬼は覇気にあふれていた、彼は低級妖怪の筈なのに?

 

 

「何をした? 殴っただけだぜ、俺はな」

 

「クッ!」

 

 

舌打ちを行う酒呑童子。

彼の攻撃はまだ終わっていない、天邪鬼の背後では激しく旋回する神楽が複雑な軌道を描いている。

今までの戦いで天邪鬼が神楽をよけられた、またはまともに防いだ回数はゼロだ。

神楽で隙を作ってから再び攻撃を、そう考えていた酒呑童子だが――

 

 

怒髪天(どはつてん)ッッ!!」

 

「ッ!」

 

 

彼の特徴でもある女性の様に長く美しい黒髪。

それがなんと天邪鬼の声に反応して硬質化する。

天邪鬼は頭を旋回させて髪を振り回す。当然それは彼を襲う為に近づいた神楽にぶつかり、なんと真っ二つに切り裂いた!

 

 

「なんじゃあの力は!?」

 

「か、髪が剣になりおった!!」

 

「天邪鬼……君は――ッ!」

 

 

ずっと昔から天邪鬼と一緒にいた砂かけ婆と子泣き爺、そして鴉天狗でさえ今の技ははじめて見た。

天邪鬼の長髪が剣になる、そんな能力は普通下級妖怪では持ち合わせていない。

現に彼と同じランクの幽子は全く戦闘に特化した技はないのに。

 

 

「馬鹿な! 神楽が破壊された……ッ? 並の妖怪では傷一つつける事ができない筈の神楽が――……ッ!?」

 

 

信じられないと言った様子の酒呑童子、彼はありえないと何度もつぶやいてフラフラと後退していく。

彼の中で始めて明確な焦りと不快感が起こる、何故天邪鬼はあそこまで強力になった? 逃げられないと言っただけで何故こんなに!?

それに彼の拳が効いた事も未だに信じられない、自分にある耐性能力が衰えたと言う事もないのに。

 

 

「お、おいおぃ……なんでお前さんそんな強く――?」

 

「天邪鬼……すごい」

 

 

それは陽や寝子も同じ、彼の明らかな変貌に思わず動く事すら忘れている様だ。

そんな中で複雑な表情を浮かべている幽子、彼女には全ての理由が分かっている。

それは天邪鬼は強くなんかなっていないと言う事。だって彼は――

 

 

「我、酒呑童子は"妖怪と人間"には絶対には倒せぬ筈――ッ!!」

 

 

立ち上がる酒呑童子。

神楽は失ったが闇の力と糸で十分戦う事は可能だ、そして自らに宿る耐性は消えていない。

妖怪にも人間にも自分は倒せないと、もう一度酒呑童子は叫ぶように言い放つ。

だが何度それを言っても天邪鬼は表情一つすら変える事はないだろう。

 

 

「なら問題ない」

 

「何ぃ……ッ!?」

 

 

冷静に言葉を切り捨てる。

なぜならば――

 

 

「俺は人間でもなければ妖怪でもないからな」

 

「馬鹿なッ!?」

 

 

妖怪城には全ての妖怪、半妖のデータが過去現在と全て保管されている。

もちろん天邪鬼の情報も保管されているし、酒呑童子は自分の耐性の事もあってかほぼ全てに目を通した事があった。

その中に妖怪として確かに天邪鬼は登録されていた筈だ、それに人間でもないと言う意味が分からない。

過去ならばともかく今現在存在する種族は人間と妖怪、半妖。そして鬼の血を引く妖怪だけだ。

だからこそ自分は鬼太郎だけをライバル視していた。幽霊族である彼は唯一のイレギュラーだからだ。

 

 

「それが……俺の逃げなんだ」

 

「ッ?」

 

「俺はずっと自分の運命から目を背けてきた。自分を妖怪と偽ってな」

 

 

よく寝子達にからかわれるツンデレという性格、尤も自分に自覚は無いが。

見た目は人間、だが種族は違う。女性の様な長くて美しい髪、だが中身は思い切り男性。

まるで正反対の属性を数多くもった彼は皮肉を込めて"天邪鬼"と言う名を持った。

自分の現状を表す言葉でもあるそれを彼はずっと今まで名乗ってきたのだ、それが意味するのは一つ。

 

 

「天邪鬼……! お前それ――っ、つまり」

 

「ああ。俺の本当の名前は他にある」

 

「なんだと!?」

 

 

驚く酒呑童子と寝子達。

偽名、天邪鬼は彼が背負い続けた状況であり、以後名乗り続けると決めた称号である。

ではそうなると何故彼はそんな偽名を持つ事になったのか? それが今の彼の力と関係がある筈、酒呑童子はすぐに考えを走らせる。

 

 

「ではまさか……! いや、そんな筈は――ッ!」

 

 

思いついてしまう。

天邪鬼は鬼太郎と幼馴染だ、それは同年代であり昔から知り合いだと言う事。

そして彼が名前を偽り、種族まで偽らなければならなかった理由。目を背けていた事実、今発揮されているこの力。

まさか……いや、まさかそんな筈は――ッ! 酒呑童子は浮かび上がった答えを否定しようと必死に他の例を探る。

だが考えれば考えるほどその答えしか浮かんでこなかった。

 

 

「紹介が遅れたな、酒呑童子――ッ!」

 

「!!」

 

 

もう一度鉢巻をしっかりと結び拳を構える天邪鬼。

彼は強化されたんじゃない、"元の力"を出しただけなのだ。天邪鬼、彼の本当の名は――

 

 

「俺の名は地獄(じごく)童子(どうじ)。鬼太郎と同じ、幽霊族最後の生き残りだ!」

 

 

場に走る衝撃。

鬼太郎は過去から今まで自分は幽霊族最後の"生き残り"だと言っていた、それを皆は"たった一人"の生き残りだと考えていた。

いや現に鬼太郎もそうだと思っていた時期がある。だが違う、鬼太郎と同時に生き残った者も存在していた。それが、彼なのだ。

 

 

「幽霊族は鬼太郎だけじゃない。俺を入れて"二人"なんだよッ!」

 

「なんだと……! そんな事が――ッ!?」

 

 

妖怪と人間に酒呑童子は負けないと言う。

なら、幽霊族になら負ける可能性がでてくると言う事。負ける? そんな事を許す訳にはいかない。

酒呑童子は震える足で地面を蹴る。手に闇を纏わせて狙うのは地獄童子の首のみ――!

 

 

「ハァッッ!!」

 

「!!」

 

 

だが拳が地獄童子に届く前に異変は起こる。

地獄童子が胸に下げていた石が光り輝き、彼の周りに小規模の結界を作る。

そこへ酒呑童子の拳がヒット。だが結界は砕けない、生まれるのは隙!

 

 

「悪いな、便利な石の後継者なんで――ねッッ!!」

 

「ウグッッ!!」

 

 

地獄童子のストレートが酒呑童子に炸裂、彼は自らに与えられる確かなダメージを感じて後ろへ跳んだ。

この威力、間違いない。自分の耐性能力がまるで機能していないと言う何よりの証拠ではないか。

だとしたらもう疑う事は無い。地獄童子――

 

 

「正真正銘の……幽霊族かぁぁ……ァッ!」

 

「決着をつけるぜ、酒呑童子!」

 

 

地獄童子は手の平に拳を打ち付けて、目の前の壁を睨みつける。

 

 

「やはり……ッ! やはりそうか――ッ!!」

 

 

それならばこの実力もうなずける。

天邪鬼、いや地獄童子は襟巻きを取るとそれを鞭の様に構え、酒呑童子に向けた。

 

 

霊毛(れいもう)襟巻き!」

 

「ッ!」

 

 

持っていた襟巻きが声と共に伸張、一気に酒呑童子の腕に絡みつく。

すぐに引き剥がそうと力を込めるがコレもまたビクともしない。地獄童子はそのまま酒呑童子を自分の元へとひきつけ、同時に拳を打ち込んだ。

 

 

「クッ! だが――コチラとて負けばかりと行かぬッ!」

 

「ッ!!」

 

 

酒呑童子は蹴りで地獄童子との距離を離すと、彼を闇の球体の中に閉じ込める。

すぐに打ち破ろうと蹴りを行う地獄童子だがそれが酒呑童子の狙い。

必然的にうまれる隙をついて闇のオーラを纏った拳をわき腹に叩き込んだ。

 

 

「ガァ――ッッ!」

 

 

さらに追撃の闇を発射。

今までのダメージもあってか、彼は大きくよろけて後退していく。

 

 

「天邪鬼……いや地獄童子。何故主、初めから本気を出さなかった?」

 

「俺は……怖かった――ッ!」

 

「怖い? 恐怖と言うか!」

 

 

そうだと地獄童子はうなずく。

確かに最初から幽霊族の力を解放して戦っていればもっとスムーズに鬼太郎を助けるまでいけたかもしれない。

しかしそれができない明確な理由、それが恐怖だった。

 

 

「幽霊族は過去から半妖以上にいろいろな迫害を受けてきた。俺はそれが怖かったんだ……ッ!」

 

 

だからこそ地獄童子は名前と種族を捨てた。

生きていく事その物に恐怖し、同時に出会ってきた大切な人を苦しめるかもしれないと恐怖したからだ。

鬼太郎と出会い、幽子と出会い、様々な人とであう中でよりそれを感じる様になる。

目の前で殺された両親、どうしてもそれが目に浮かんでしまうのだ。

 

 

「幽霊族の力を使った瞬間、自分の中にある血に俺は怯え、俺を見た奴らは俺を幽霊族と認知する」

 

 

そうなればもう逃げる事はできない、一生幽霊族として生きていなければならないのだ。

過去は今よりももっと酷い迫害だった事を覚えている、だからこそ地獄童子は幽霊族を捨てる選択を選んだ。

 

 

「だけど鬼太郎はそれをしなかった。俺が妖怪としてのうのうと生きていく中でアイツは迫害や差別戦い続けた……ッ!」

 

 

もちろん鬼太郎とてその選択をとろうと思った事は何度もあるらしい。

だがそのたびに鬼太郎は最終的に幽霊族の道を選び続けた。どれだけ迫害されても、どれだけ気味悪がられてもだ。

どれだけ否定、差別、恐怖されようとも鬼太郎は幽霊族として生きる事を選んだ。

結果その行動は寝子に勇気を与え、結果その行動は封印石の中に閉じ込められる事となった。

 

 

「俺は……! ずっとアイツのライバルだと思う事でさらに逃げ道を作っていた!」

 

「クッ!」

 

 

地獄童子は襟巻きを巧みに操り酒呑童子の足を取る。そして地面に倒れた彼に踵落としを打ち込んだ。

同時に巻き起こる炎や風。酒呑童子が視線を移すと、巨大な火の鳥や大きなサルが雷獣を押している光景が。

 

 

「一刻堂……ッ!」

 

 

酒呑童子が抑えられている今、雷獣は陽が、イワガメ怪人は子泣き爺達が抑えられる範囲となった。

そしてそれが意味するものはたった一つ、酒呑童子はそれを理解してすぐに踵を返すが――

 

 

「テメェは死んでも逃がさねぇ!」

 

「地獄童子ぃぃぃいい……ッッ!!」

 

 

霊毛襟巻きを伸ばして拘束。

そしてそのまま地獄童子は彼を掴んで倒れこむ。その時間を稼ぐために!

 

 

「俺はもう逃げない――ッ!」

 

「チィッ!!」

 

 

巴投げで酒呑童子を投げとばし、さらに"ソレ"との距離を離す。

圧倒的力を持つ酒呑童子が今まで率先して地獄童子達を足止めしていた。

イワガメ怪人や雷獣も強力ではあるが、酒呑童子の動きさえ止められれば雷獣達の動きを止める事は難しくない。

現に今彼女たちはソコへ向かっている。確実に!

 

 

「やあ……久しぶりだね」

 

「……はい」

 

 

障害物が無い今、たどり着くのは難しい事ではなかった。

現に彼女は今ようやくだがソコにたどり着いたのだから。

彼は彼女の姿を見ると困ったように苦笑する。情けない姿だろう?

そう言って彼はまた笑うが、彼女は優しい笑みを浮かべて首を振った。

 

 

「やっと、恩返しができるわ」

 

「あはは……敵わないな君には」

 

 

ニッコリと笑って、寝子は封印石の効果を弱める砂を確かに振りかけた。

子泣き爺や砂かけ婆のサポート、鴉天狗や幽子の助けもあって寝子をしっかりと封印石の間に向かわせる事ができたのだ。

そして今、その砂が確かに振り掛けられ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リモコン下駄ッ!」

 

 

封印石が砕ける音と共に彼の声が響き渡る!

 

 

「!!」

 

「グギャアアア!」

 

「グググッッ!!」

 

 

酒呑童子、イワガメ怪人、雷獣の襲い掛かる下駄。

二対のソレは猛スピードで封印石の間を駆け巡った後、彼の――"鬼太郎"の足に装着された!

つまり彼はもう足で立っていると言う事、酒呑童子は悔しそうに歯を食いしばり彼の姿をしっかりと映した。

茶色い髪に学童服、ちゃんちゃんこ、そして下駄と言う風貌の彼は――

 

 

「鬼太郎……ッ!」

 

 

幽霊族の生き残り、鬼太郎はニヤリと静かに笑い下駄をカランコロンと鳴らす。

手と足をブラブラと動かして感覚を取り戻している様だ、彼が復活した事で寝子達の表情に希望と笑顔が浮かび上がる。

それがどれだけ危険なのかを酒呑童子は知っている、このままではマズイと彼は確信した。

 

そしてふと気がつけば目の前には拳を構えている地獄童子がいるではないか。

すぐに腕を交差させて防御行動をとるが、打ち込まれる拳は何よりも重かった。

 

 

「グゥウウッッ! なんと強大なる拳か……ッ!」

 

 

地面を擦りながら後ろへと押し出される酒呑童子、地獄童子をまずは倒さなければならないか。

完全に彼のペースにのまれているのを感じつつも対峙していく。そして鬼太郎、彼は戦況を素早く確認すると地面を蹴って空に舞った。

 

 

「髪の毛針!!」

 

 

鬼太郎の茶色い髪が一本一本針の様に硬質化し、マシンガンの様に発射。

雷獣、酒呑童子、イワガメ怪人に着弾していくそれは彼らの動きを止めるのに役立ってくれた様だ。

しかしイワガメ怪人だけは甲羅を盾にしてソレをしっかりと防ぐ。それを確認すると鬼太郎は狙いをイワガメ怪人に。

と言うのも、妖力を探る事ができる鬼太郎だがイワガメ怪人に関しては妖力を全く感じなかった。

それはつまり彼がイレギュラーであると言う事、カガミトカゲが派遣した邪神側の存在なのだから。

 

 

「そろそろ決めよう。陽、童子」

 

「オッケェさ!」

 

「うっし、まかせろ!」

 

 

走り出す鬼太郎、その手にはいつのまにかオカリナが握られている。

"妖怪オカリナ"、鬼太郎の武器であり吹き口が剣や鞭に変わる代物だ。

鬼太郎はオカリナから剣を出現させると、イワガメ怪人に向かって切り掛かって行く。

 

 

「グゲェアア!!」

 

「………」

 

 

しかし超反応、亀とは思えないスピードでイワガメ怪人は甲羅を鬼太郎の攻撃に合わせて移動。

鬼太郎も三度程度は攻撃を繰り返したがいずれも防御され、さらにまともにダメージを与えられない事を知る。

ならばと次はオカリナを鞭にしてイワガメ怪人の足に絡みつかせ、そのままイワガメ怪人を地面に倒した。

仰向けに倒れるイワガメ怪人、こうすれば動きを封じれるのではと。

 

 

「グゲェエエエエエエエ!!」

 

「ふぅん、無駄か」

 

 

体を高速回転させて空中に浮かび上がるイワガメ怪人、そのまま怪人は鬼太郎に向かって突進をしかける。

鬼太郎はソレを見て着ていたちゃんちゃんこを構えた、するとちゃんちゃんこが巨大化してイワガメ怪人の強力な突進をガード、はじき返す。

地獄童子がパワーと体術で押して行く『力』の幽霊族ならば、鬼太郎は多彩な道具や能力を駆使して戦う『技』の幽霊族。

そしてもう一つ彼には大きな力が。

 

 

「フッ!」

 

 

鬼太郎は飛び上がりイワガメ怪人に狙いを定めた。

イワガメ怪人も旋回しながら再び鬼太郎に突進をしかけるつもりだ!

 

 

「地獄の鍵よ、地獄の鋼よ――ッ!」

 

 

そしてそれは一瞬の事、鬼太郎がまさに閃光と呼べるスピードに変わる。

だがそれにしっかりと反応するイワガメ怪人。彼はクロックアップを発動されていようとも、しっかりと相手の攻撃に合わせて甲羅を向ける事ができる。

今回も例外ではなく鬼太郎の突進に対して甲羅を突き出すが――

 

 

「貫けェッッ!!」

 

「グ――ッ! ゲェアァァアアァアアアア!!!」

 

 

なんと、あの固い甲羅だったにも関わらず――、イワガメ怪人の腹部に風穴が開いていた。

それはつまり鬼太郎の攻撃が甲羅ごと彼を貫いたと言う事。イワガメ怪人の悲鳴から感じられる驚きの感情、彼も彼とて自身の防御力を理解していたのだろう。

だが貫かれた!? そして当然訪れるのは――

 

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

爆発、イワガメ怪人はこの世界の住人でない事を証明する様に退場していく。

一方で鬼太郎もまた激しく回転しながら地面に着地していた。

何が起こったのか、その答えは今の彼の髪色が物語っていた。

普段の鬼太郎の髪色は茶色だ、だが今は美しい銀髪となり髪型も大きく変わっている。

 

 

武頼針(ぶらいしん)……!」

 

 

イワガメ怪人の防御力は確かに凄まじい物だ、だが流石に彼も地獄の鋼には勝てなかったと言う事。

鬼太郎にはライダー達と同じくフォームチェンジが存在している、その一つであるのが武頼針。

髪が伸びて銀に染まり、針金の様に硬質化。髪の毛針が大幅に強化され、貫通力に特化した技が増えるというもの。

強力な一点集中攻撃にイワガメ怪人も強靭な甲羅も敗北したと言う事だ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

「グゥゥゥ――…・・・…ッッ!!」

 

 

そして陽の方も決着がつこうとしていた。

鬼太郎が復活した事で彼の中に希望が生まれ、それが彼の感覚を研ぎ澄ませる。

陽は式神を大量に召喚して雷獣の動きを封じ、その隙に彼は錫杖を地面に叩きつけて大きく音を鳴らした。

ゆっくりと集中を保ちながら彼は手で五芒星を描いていく、そして先祖代々から伝わる言葉を口に。

 

 

「この世に不思議な事など何も無い――ッ!」

 

 

だから、証明してみせよう。

この力を持って――

 

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

雷獣が全身を激しく放電させて式神達を吹き飛ばす。

どうやら電磁砲で雷獣も決着をつけるようだ、陽も――いや一刻堂は手を前に突き出して双方最強の攻撃を発動させる。

雷獣の口からは巨大なレーザー・電磁砲が、陽の描いた五芒星からは――

 

 

「封じる! 百鬼夜行(ひゃっきやこう)ッッ!!」

 

 

五芒星から文字通り百の札が発射、龍の形を形成して電磁砲とぶつかり合った。

一見すれば札とレーザならば電磁砲に分があると思われるがどうやらそうではないらしい。

札の群れは確実に電磁砲を押していき――

 

 

「悪いねぇ、オレの勝ちだわ」

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

 

 

札の群れは電磁砲を打ち破り雷獣に直撃。

封魔の力が次々に雷獣に襲いかかり、札達は雷獣の体に張り付くようにして着弾していく。

そして全ての札が雷獣に命中すると、もう雷獣は気絶して動かなくなっていた。

陽はそれを確認すると安心したようにへたり込むのだった。

 

 

「絆、希望……ッ! 下らないと割り切るにはあまりにも――ッ」

 

「そういう事だ、酒呑童子!!」

 

 

残るは自分のみ、そして自分もまた――ッ! そんな焦りはもはや確信となる。

酒呑童子は自分の持てる限りの闇を放出するが、どこかでこんな事をしても無駄だと諦めの想いが駆け巡る。

だが向こうはどんな過酷な状況でも諦めないだろう。見知らぬ他人の為に何故ここまでできるのか、酒呑童子にはまだわからない。

 

 

「我、酒呑童子は愛する母を守る為にこの道を選んだ。教えろ地獄童子ッ! お主は誰の為に戦う!?」

 

 

友人の鬼太郎達か、恋人の幽子か、花嫁のアキラか、そのいずれを言われても酒呑童子は納得できる気がしない。

自分はたった一人の母を守る為に戦ってきた、それでも負けると言うのか?

愛を、絆を理解していた。それなのに負けるのか――?

 

 

「俺は……いや俺達は――!!」

 

 

地獄童子は地面を蹴り飛び上がり、そして幽霊族の技である体内電気を発動する。

紫色の電気が地獄童子の体から放たれ、彼はそれを足に全て集中させる。

同時に酒呑童子は闇を発射、地獄童子は先ほどの質問の答えを提示した。

 

 

「お前も、お前の母親も全部守る為にだぁああああああああああッッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

紫色の電撃を纏ったとび蹴り、紫電(しでん)一閃(いっせん)が酒呑童子の闇を打ち破り彼に命中した。

雷撃に包まれて吹き飛ぶ酒呑童子、もし地獄童子に勝っていても残っている鬼太郎や陽を倒す事はできなかった筈。

確実に負けていた戦い? そうなのだろうか? 分からない、まだ分からない。酒呑童子はそんな疑問を持ちながら気絶していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうおう! 鬼太郎大丈夫かよ!!」

 

「ああ、なんとかね」

 

 

鬼太郎を無事に救い出せた一同は今起こっている事を彼に説明する。

とりあえず司達とは別れて鬼太郎を助ける為に彼らは合流したとの事だった。

陽に関してはみぞれ達が気になる、できれば逃げていてくれると助かるのだが――

 

 

「それにしても幽子が無事でよかったぜ」

 

「きゃあ! ちょ、ちょっと童子!」

 

 

再会した時は既に戦いが始まっていたせいで無事を確かめる事ができなかったものだ。

とにかく怪我が無くて良かったと地獄童子は幽子を抱きしめる。

赤面する幽子と笑う童子、しかしまだ戦いが終わっていないのは事実だ。

一刻も早くアキラを助けなければ。一同は頷くと再び作戦を言い合いそれぞれのルートに別れていくのだった。

 

 

『やれやれ、酷い目にあった』

 

「ふふ、でも無事で良かったよ父さんも」

 

 

鬼太郎の頭からひょっこりと現れた目と体だけの"何か"。

それこそが彼の父親である目玉の親父だ。彼も一緒に封印されていた為に、やっと開放となる。

二人はしばらくこの状況について話し合った。現れた侵入者の実力、そして鬼の力――

 

 

「勝てるよ、父さん」

 

『ああ、必ずの』

 

 

鬼太郎はもう一度ニヤリと笑い歩き出した。

カランコロンと音をたてて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方妖怪城のとある一角。

そこでバリバリバリバリと漫画ならば確実にそんな効果音がつく放電が。

どこで? それは現れた彼らならば知っているのだろう。

 

かと思えば、そうでもないらしく――

 

 

「おぶぅあ!!」

 

「……あ?」

 

 

ここ、どこだ?

 





※ライダー小説です


次たぶん木曜日にでも。
ではでは

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