仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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第41話 クレッシェンド・それは偽装

 

 

 

目目連が封じられた事で、監視システムが機能しなくなる。

それはつまり完全な自由行動が可能と言うことだった。

東門付近で待機していたユウスケチームはソレを聞いて立ち上がる。

 

 

「よしっ、行こう!」

 

 

目目連が存在しない今、自分たちの存在を明確に把握できる術は敵には無い。

ユウスケ達は各々のバイクを発進させて門を通過して行った。その中で友里はポケットからソレを取り出す。

 

 

「………」

 

 

それは彼女が裏でゼノンから受け取ったアイテム、自らが変身するデルタをパワーアップさせる強化ツールとの事。

アキラを救いたいという気持ちに反応したのか、ゼノンとフルーラは妖怪城潜入前に各ライダー達に情報を渡していた。

その中で自分は彼らから二つのアイテムを受け取る。一つはメモリースティック。これはデルタムーバーを強化(アップデート)させるらしく、既にそれはやっておいた。

機能も大体は試してある。そしてもう一つ、コレはまだ少ししか使っていない為どうなるか分からないが、携帯音楽プレイヤーを模した『デルタ・リング』

 

 

(待っててよぉ、アキラちゃん。あたしがパパッと助けてあげるからね!)

 

 

それぞれは希望を胸にバイクのスピードを上げる。

司達からの連絡によれば、彼らも少人数に分かれて城内を探索する様だ。

 

 

「この城の資料室に城内の地図がある筈じゃ。それをまずは手に入れようぞ!」

 

 

砂かけ婆の言葉に一同は頷く。

彼女も一度はこの城に入った事のある身だ、何となくだが城内の構造が分かっている。

しかし、向こうだってそう簡単に資料室へと行かせる訳にはいかない。迫り来る河童兵。一同は変身の準備を整えるが――ッッ!

 

 

「私に任せてよッ!!」

 

 

咲夜の後ろにしがみ付いていたみぞれが身を乗り出す。

髪が黒から藍色に染まり、手から冷気を発射する。文字通り氷付けになる河童兵達。

まだ終わらない。同じく椿にしがみ付いていた陽が、手で何かを切るような動作をしたかと思うと彼が着ていた服が変化していく。

公家の服、陰陽装へと変化する陽。そのままどこからか出した札を河童兵達に向けて投げつけた。

 

 

「式神! (くれない)!!」

 

「!」

 

 

札が燃えたかと思うと、響鬼が使うディスクアニマル・茜鷹に酷似した式神が現れる。

しかし大きさは茜鷹よりも二回り程大きく、真紅の弾丸となりて河童兵に突撃していった。

着弾と同時に一瞬で氷が溶け、紅蓮に包まれる河童兵達。みぞれと陽は、コンビネーションで次々に道を塞ぐ河童兵をなぎ倒していく。

 

 

「おぉ! すげぇな」

 

「一刻堂の力は健在と言う事じゃな」

 

「ま、仮にも妖怪相手の仕事だったからね」

 

 

子泣き爺や椿の声を聞いて陽はニヤリと笑う。

今まで毎日の様に磨かされたこの力、一生使う事はないと思っていたが。

どうやら初めての戦闘にしては十分すぎる程じゃないか? 腐ってもブランドと言う力はあるか。

 

 

「このまま一気にいっちゃいましょうかぁ!!」

 

「ちょっと待って、前に誰かいる!」

 

 

調子に乗っている陽だったが、みぞれは額に汗を浮かべていた。

まだ小さいが遠くの方に誰かが立っている。ユウスケ達が通っている場所は和風ではなく洋風の造りで、シャンデリアが羅列されている巨大な通路だった。

なので向こうにいる人影がよく見える。そして、同時にそれが人間ではないと言う事が理解できた。

 

 

「……あれは――ッ!」

 

「おばば、知ってるのか?」

 

 

砂かけ婆は向こうにいる妖怪をジッと見つめ、そして叫ぶ。今すぐバイクを停車させる様に!

なんだかよく分からないが、とにかく危険と言う事だけは分かる。一同はすぐにブレーキをかけるが――

 

 

「……無駄」

 

 

そう小さく呟いたのは、七天夜・夜叉。

長髪の美青年に見えるが彼もサトリと肩を並べる実力者、つまりこの世界における最強クラスの妖怪集団の一角。

そう、ユウスケ達は既に遅かったのだ。夜叉は手に持っていた弦楽器・胡弓を構える。そして、弓ではなく刀でその弦を弾いた。

 

 

「「「「うぐぅぅうううッッ!! アァァアアアアァ―――……」」」」

 

 

胡弓から音と共に衝撃派が発生して、ユウスケ達はバイクから転げ落ちる。

鬼が得意とする音撃と同質の攻撃。遠方からの不意打ちだったので変身しない状態で攻撃を受けた事に。ダメージも大きい。

ユウスケに関しては逆にペガサスだったら気絶していただろうが。

 

一同は吹き飛びながらも、しっかりと夜叉を視界に捉える。

既に二発目を撃とうとしているではないか。ユウスケ達は素早く変身を済ませると、夜叉に向っていく事に。

 

 

「夜叉は強力な妖怪である七天夜の一人じゃ! 気をつけよ!」

 

 

そう、砂かけ婆の言葉どおりだった。

夜叉はその髪を伸ばしクウガ達に絡ませる。

蜘蛛の糸を彷彿させる様に、強靭な夜叉の髪はクウガ達を拘束していく。夜叉は再び胡弓を構えると、刀を掲げた。

 

 

「チッ! やらせる訳にはいかないねぇッ!」

 

 

陽は式神を夜叉へと向わせる。

これで邪魔をする事ができれば――

 

 

「え?」

 

 

しかしいつの間に現れたのか。夜叉の前に小さな女の子が立っているではないか!

これじゃあ加減が上手くできない、陽は反射的に式神を解除してしまった。

声を上げる砂かけ婆。そして、陽は理解する。やられたッ! 罠かッッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

夜叉は刀で胡弓を弾く。

すると、次は衝撃派ではなく無数の短剣が胡弓から発射された。

衝撃派がくると身構えていた陽、それが判断力を鈍らせてしまったのだ。猛スピードで迫る剣。

 

 

(え? う、嘘だろ!)

 

 

刺さったら――ッ!

 

 

「あぐぁ!」

 

 

血が飛び散る、苦痛の声が聞こえる。

陽は、そこで意識を取り戻した。自分は誰かに突き飛ばされた。誰に? みぞれにだ!

 

 

「み、みぞれさんッッ!!」

 

「みぞれでいいよ! それより早く式神を!」

 

 

肩から血を滴らせながらも、みぞれは強く叫んだ。

夜叉の近くにいた女の子が黒い笑みをうかべながらコチラにやってくる。

まして、夜叉も再び胡弓を構えているではないか! まだクウガ達の拘束も解けそうにない。

 

 

「クッ!!」

 

 

陽は札を構えて投げる。しかし――ッ

 

 

「!」

 

 

式神にならない! どうしてッ!?

そう、陽の心に強い焦りが生まれたからだった。いつもは練習と言う環境の中だったからこそ彼はいい成果をあげる事ができた。

しかし、今は練習などではない。命を賭けた殺し合いなのだ、それを彼は分かっていなかった。焦りが式神を構成する過程を邪魔してしまい、うまく具現化させられない!

 

 

(お、おちつけオレッ! いつもやってるじゃないのさ!)

 

 

手が震える。足が震える。早くしないとみぞれが、皆が危ないってのに体が動かない!!

ふと、気がつけば目の前に女の子がやってきていた。陽は危険が迫っているにも関わらず棒立ちで女の子をジッと見ていた。

いや、見ている事しかできなかった。陽を助ける為に再び動き出すみぞれ、砂かけ婆や子泣き爺。しかし、その瞬間襲い掛かる衝撃波。

 

 

「じゃあね、お兄ちゃん」

 

「――……ッ!」

 

 

女の子が陽に手をかけようとした少し前、カリスはなんとか手だけを髪の毛の拘束から外す。

そのまま出現させたカリスアローで、みぞれへと黒いハートを打ち込んでいた。

陽が襲われる瞬間、カリスはもう一方の手でカードをラウズさせる。

 

 

『シャッフル』

 

「「!」」

 

 

みぞれとカリスの位置が入れ替わり、カリスはそのまま容赦なく女の子に回し蹴りを決めた。

だが、カリスは見た。蹴りが女の子を文字通り散らしたのだ。まるでそれは――ッ!

 

 

「妖怪、煙々羅(えんらえんら)は煙の妖怪じゃ! 気をつけよ!」

 

 

成る程、そう言う事か!

カリスは素早くトルネイドのカードを発動させる。

小規模の嵐は、煙々羅をさらに散らして再構築の時間を遅らせた。

 

 

「ぬ~り~か~べ~!」

 

「「!」」

 

 

突如夜叉の後ろに出現したのは、巨大な壁、妖怪ぬりかべだ。

いきなりの出現者に夜叉は焦ったのか、標的を陽達からぬりかべに変えて剣を発射する。

だが、ぬりかべには何の意味もない攻撃。少しは彼の外装を削るものの、すぐに文字通り塗り消してしまう。

ぬりかべはそのまま夜叉の方へと――倒れこむッッ!!

 

 

「!」

 

 

なんとか後ろへ跳んで回避する夜叉だったが、ぬりかべは夜叉の髪の毛を押し潰し引きちぎる。

拘束から開放されるクウガ達、夜叉は再び胡弓を構える!

 

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 

次に発射されたのは衝撃波でなければ無数の短剣でもない、巨大なレーザー。

胡弓に備わっていた龍の口部分から発射されたソレは、クウガたちをなぎ倒していく。

誰も直撃はしなかったものの、高い威力である事は一目で分かった。

 

 

「とにかく胡弓を使わせるな! そこからじゃ!」

 

 

子泣き爺の声に同意する一同。

構えるブレイド、様子を伺うカリス、取り合えず接近していく子泣き爺。

みぞれと陽は煙々羅への牽制、ねずみ男は逃走、砂かけ婆や塗り壁は少し離れた所で作戦を立てていた。

 

 

「おい、おかしいの一人いたぞ! なんか皆と反対方向に走っている人いるんですけど!」

 

 

ブレイドは逃げだしたねずみ男の足を掴む。夜叉を確認した時点で彼は全力ダッシュである。

 

 

「いやいや、アレは勝てないでしょぉ。ちょっとあたしは隠れさせてもらおうかなぁって」

 

「ちょ、おまッ!」

 

 

わちゃわちゃともみ合う二人だが、そこへ夜叉が跳躍してくる。

 

 

「「よし、一緒に逃げよう!」」

 

 

ここでカリスの怒号が飛んできたのでブレイドはため息をついてラウザーを構える。

ねずみ男を守る様にして立った彼に、夜叉は刀を構えて切りかかってきた。

しかしコッチだってブレイドの名がある通り、剣で得意分野だ。能力補正もはいっているので正直ブレイドには勝算があった。

キング戦で使った、マンガやゲームで見た剣技を駆使すれば勝てると。

 

 

「ウェア!!」

 

「………」

 

 

ぶつかり合うラウザーと刀。

見た目で考えると向こうの方が軽そうだが、威力はコチラの方が高い筈だ。

半ばゴリ押しだろうが通用するのではないかと考えるが――

 

 

「―――!」

 

「うぉッ!?」

 

 

押し合いは簡単に打ち破られる。

確かに威力と力はブレイドが上だったが、夜叉は瞬間的に力を込めてブレイドのラウザーを弾き返したのだ。

一瞬の出来事だった為にブレイドの反応が遅れる。その隙に夜叉は連続突きをブレイドの胴体に叩き込む。

 

 

「うが……ぁッ!」

 

 

まだブレイドには隙があったが、何故かそこで夜叉は攻撃を止めて跳躍してブレイドの背後に回る。

それはクウガたちに自分が背を向けているから。夜叉は彼らの力をまだ知り尽くしては無いが、誰かは飛び道具を持っているだろう。

ならばと彼はブレイドが盾になる様に位置を変更したのだ。

 

 

「どわわわわわ!」

 

 

ねずみ男の前に夜叉が立つ。

しかし夜叉は何故かねずみ男には目もくれずブレイドに蹴りを浴びせていった。

何故だろう? 彼の実力ならばねずみ男に突きを繰り出すくらい簡単だった筈だが。

 

 

「………」

 

 

とにかく、ブレイドに追撃を加える夜叉だが彼もすぐに防御を成功させる。

そして素早くビートのカードを発動させて夜叉に殴りかかった!

 

 

「影のあるイケメンの時点でお前は俺の敵だッ! くらえやぁああああああああ!!」

 

「!」

 

 

夜叉は避ける事を止めて、胡弓を前に出して盾にする。

ブレイドの拳が胡弓に命中して大きな振動を巻き起こす。

ここで驚くのはなによりも胡弓の頑丈さ。ブレイドは自らの拳を大幅に強化するビートを発動していたにも関わらず胡弓を破壊する事ができなかった。

どうやらこの胡弓は盾としても十分すぎる力を持っている様だ。

 

 

「くそっ! 壁殴で鍛えた俺の拳が通用しないだと……ッ!?」

 

「………」

 

 

夜叉はその言葉に何の興味も示さずバックステップ。そして胡弓を弾いて無数の短剣をブレイドに命中させた。

予想外の攻撃に大きく怯むブレイド、そして夜叉は近くの壁を蹴って軌道を強引に変えて再びブレイドに切りかかる。

 

 

「させるかよッ!!」

 

「ッ!」

 

 

だがガルルフォームに変わったキバが夜叉とブレイドの間に割り入る!

スピードが上がったキバを予測できなかったのだろう、夜叉はキバの一撃をまともに受けてしまう。

 

 

「………」

 

 

だがすぐに受身を決める夜叉、すぐに髪の毛を伸ばしてキバの足を絡めとり地面に叩きつけた。

 

 

「バッシャー!」

 

 

闇の鎖が弾き飛びキバの体が緑に染まる。

迫る夜叉に襲い掛かる水流弾、距離が近ければ余計に当たってしまう。

夜叉は仕方なく髪の毛を解除して胡弓を引く事にした。その隙に立ち上がるキバ、水流弾と短剣ではやはり後者の方が貫通力がある分打ち勝つのだが――

 

 

「ガルルッッ!!」

 

 

素早くガルルフォームに変わったキバはそのまま夜叉の元へと切りかかっていく。

とにかく速い動きだったが、夜叉もまた超反応でキバの攻撃を刀で受け止めた。

 

 

「さっさとアキラを返せよッッ!!」

 

「………」

 

 

感じる焦りと怒り。

亘は普段から冷静を装っているが中学生と言う時期からか実際は誰よりも精神面にて不安定な部分がある。

兄を普段から注意しているが、事実彼もまた兄に近いタイプの人間なのだ。

 

 

「行け」

 

「ッ!」

 

 

夜叉の髪が急激に伸びて固まったかと思うと、それが小さな人型となり分離したではないか。

それは彼の使い魔である『支那(シナ)夜叉』、獣の顔に黒いローブに身を包んだ彼はその牙で襲い掛かる。

 

 

「ぐぅぅッッ!!」

 

 

子供ながらも未熟さ。

だから焦り、怒る。言い方は悪いが亘は所詮ガキ、うまくいかない事が続けばイライラが募るのは当然だ。

ましてそれが友人の命がかかっているときた。冷静さは失われ、キバは爆発している。

 

 

「退けよぉオオオオオオオッッ!!」

 

 

強引に支那夜叉を蹴り飛ばすキバ、相当怒りがたまっている様だ。

口調は荒く雰囲気も相当荒々しい。

 

 

「少年、苛立ちは未熟さ……」

 

「はぁ!?」

 

 

夜叉はそれを見破る。

今のキバは隙だらけでしかない、夜叉は体を回転させてキバを受け流すと胡弓から放つ衝撃波で彼を吹き飛ばした。

しかも狙いをブレイドに合わせてだ。キバとブレイドはぶつかり地面に倒れてしまう。

夜叉はそこに合わせてレーザーを放とうと構えた。

 

 

「させるか! 超変身!」

 

 

ペガサスフォームへと変わるクウガ。

そのままブラストペガサスで夜叉の刀を手から弾き飛ばした。

刀がなければ胡弓は弾けないし攻撃も制限される。夜叉は舌打ちをするでもなく、表情を曇らせるわけでもなく、ただまっすぐに刀を拾いに行く様に壁を蹴った。

させる訳にはいかない! ブレイドは立ち上がるとブレイラウザーを展開させマッハとタックル、メタルのカードを同時にラウズさせる。

 

 

【スチール・モーメント】

 

 

高速突進によって夜叉ははるか後方へと吹き飛ばされる。

その隙にブレイドは夜叉の刀をクウガへ投げ渡すと、夜叉に切りかかりに行った。

クウガは夜叉の刀をタイタンソードに練成さえて自らの武器に変える。

これで夜叉は胡弓を封じられたのだが……

 

 

「ここは分が悪い! このままでは危険じゃ!」

 

 

そう、トルネイドで誤魔化しているとは言え煙々羅や河童兵達もいるのだ。

河童兵達はデルタとカリスが抑えてくれているが、少しブレイドとクウガ、キバだけでは少し危険だ。

砂かけ婆は砂をばら撒いて夜叉達の視界を封じる。その隙に奥に進むと言う事だった。一同は素早くバイクに乗り込みアクセルをいれる。

だが夜叉はしっかりと砂を防御しており、女性の様に長く美しい黒髪に手をかけた。

 

 

「「!?」」

 

 

彼は自分の髪を一本抜き取ると、それを硬化させて弓(刀)の代わりとした。

どうやら武器を奪ったと油断したが、そういう訳でもない様だ。

彼は素早く短剣を発射して牽制。確かにこのままでは危険か。

 

 

「うぉ!」

 

「クッ!! 皆! 先に行ってくれ!」

 

 

ブレイドとクウガが前に立ち一同を逃がそうと試みる。

夜叉は二人を髪で拘束、数を確実に減らす事を目的としたようだ。

一瞬迷うメンバー達だったが、そこへ追い討ちをかける様に新たな妖怪、両面宿儺(りょうめんすくな)が駆けつける。

 

一見すれば巨大な鬼だが、驚くべきは顔の後ろに綺麗な女性の顔がある。

そう、両面宿儺には前後と言う概念がないのだ。仮面ライダーダブルの様に、前後別々の意思が存在している。

両面宿儺には後ろが前であり、前が後ろになる。彼もまた戦闘に特化された妖怪の一人、このままでは続々と仲間が呼ばれる可能性が高い。

ブレイドとクウガなら回避スキルに特化した技がある。デルタ達は迷いこそしたが、結局クウガ達を置いていく判断を取ったのだった。

 

 

「よしっ、それでいい!」『スラッシュ』

 

 

ブレイドは強化されたラウザーで髪を切り裂くと、ジャックフォームに変身して飛び去る。

クウガもまたブレイドが拘束を解除してくれたので、ドラゴンフォームに変わると、跳躍で夜叉たちから逃げていくのだった。

 

 

「逃げられた」『逃げられた』

 

「ごめんなさい夜叉様……」

 

 

両面宿儺と煙々羅は夜叉に跪き頭を下げる。

夜叉は特に二人を攻めるでもなく、まるで機械の様に淡々と呟く。

 

 

「逃げられぬ」

 

 

夜叉は二人が消えていった方向をジッと見る。

そしてもう一度小さな声で繰り返すのだった。逃げられない、それは二つの意味を持つ言葉。

クウガとブレイド、そして彼らが救おうとするアキラへ向けられた言葉。

 

 

「煙々羅、両面宿儺。奴らを追え」

 

 

それだけ言い残して夜叉は踵を返して歩き出した。

目目連が封殺されたのは彼等にとって痛手ではある。

だが、目目連は彼等にとって――ただの餌だったとしたら?

 

 

「ペナンガラン、ランスブィル」

 

 

指を鳴らす夜叉、そんな彼の両隣に新たな妖怪が姿を見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァッ!」

 

「こ、ここまでくれば……もう、大丈夫……でしょ」

 

「………」

 

 

夜叉から逃げ延びたみぞれ達に待っていたのは、巨大妖怪・がしゃどくろだった。

見た目は巨大な頭蓋骨。みぞれも彼の事は知っているらしく、完全体で無い故に、頭部しか存在していないとの事。

だが、完全体でなかろうが彼(?)もまた強力な妖怪。明らかに声帯が無いと言うのに禍々しい咆哮を上げて突進してきた。

各々はその攻撃からなんとか身をかわし、さらに分散されてしまう。その中で、みぞれとデルタ、陽の三人はジェットスライガーでかなり奥の方へ逃げていた。

皆と別れたのは痛いが、彼らも相当な実力者だ。各々で何とかできるだろう。

 

 

「とりあえずここに隠れようか」

 

 

そう言ってデルタは城の一角にある小部屋に入る。

どうやらそこは陶器や武器などが格納されている倉庫の様。

恐らく見回る兵士もいないだろう、三人は少し体力を回復する為に変身を解除してそこへ座り込む。

煤やらであまり綺麗な床とはいえないが、贅沢も言っていられない。

 

 

「食べる?」

 

「あ、いいの? ありがとー!」

 

 

みぞれはポケットから好物のフーセンガムを取り出してそれを友里に勧める。

お礼を言って受け取る友里、そのままみぞれは同じ様に陽にもガムを勧めた。

 

 

「ん? どした?」

 

「お、俺……式神だせなくて……ッ それで、みぞれさんに怪我を――ッ」

 

 

いや、それだけじゃない。結果的に大きな隙を作ってしまったのも自分だ。

でも、動けなかった。あの夜叉のプレッシャー、煙々羅の放つ狂気、どれもが初めての体験であり……同時に、初めての恐怖だった。

 

 

「ああ、大丈夫。大丈夫。もう治ったから」

 

 

そう言ってみぞれは陽に自分の肩を見せる。

元々肩が露出していた服だった為、すぐに分かった。血の跡こそあるが、傷はもう完全に完治している。

もう一度みぞれは陽に向って微笑みかけた。問題ないと。

 

少し安心するが、だからと言ってそれで自分のミスが許されるわけではない。

陽はもう一度みぞれと友里に深く謝罪する。だが、結局二人は軽く受け流すだけだった。

気にしていないと、笑う。それでも、陽の視線には血に汚れたみぞれの肩がある。

 

 

「あ、あいつ等は……本気で命の取り合いをするつもりなのかぃ?」

 

 

同じ妖怪なのに……同じ仲間なのに……だ。

 

 

「そうみたいだね。元々、この城に潜入した時点で犯罪だし。アキラを救おうって時点で生かしておくのは危険だと思ったんだろね」

 

 

もう一度陽は深いため息をついてその場に座り込んだ。

いや、正確にはその場に崩れ落ちたと言ってもいい。余裕だと思っていた彼の心は完全に折られた。

正直、今までの自分は修行の中で他の妖怪と手合わせをした事など皆無だった。いや、砂かけ婆や子泣き爺となら手合わせと呼べるものをしたかも知れない。

だがそれは戦いと呼べるものではなかったし、心のどこかで自分が一番強いのだと言う自信があった。他者とは違う力、式神。そして何より、自分が受け継いだ称号。

大陰陽師『一刻堂』それが、自分の中でいつしか偽りの強さとなって定着していたのかもしれない。口では言っていた、自分は一刻堂じゃないと。

だが、心では真逆の事を無意識に、でも常に考えていたのかもしれない。一刻堂。結局、その称号はどこまでも自分に付きまとっていたのかもしれない。呪いの様に。

 

 

「陽、立てる? ちょっとこの辺りの見回りに行こうと思うんだけど」

 

「辛いならまだここにいていいよ。大丈夫 陽君?」

 

 

差し出された手、陽は彼女達の顔を見上げる。優しく、善意に満ちた二人の表情。

だけど、ふと陽は彼女達の背後にある鏡に目を向けた。別に倉庫に鏡があるくらい不思議じゃない。だけど、何故か陽はその鏡に目を向けた。

理由はすぐに分かる、今の自分は――、あんなに酷い顔をしているのか……?

 

 

「あ――ッ、えっと……ごめん」

 

「ん、わかった。しっかり休めよ、陽」

 

 

そう言って二人は倉庫を出て行く。残されたのは……陽と――

 

 

『あいつ等、今……確実に考えたぜぇ――』

 

「……ッ!?」

 

 

鏡の中にいる自分は、下卑た笑みを浮べて自分自身に話しかけていた。

ありえない筈なのに、何故かありえる気がして。もしかしたら自分だったからなのかもしれない、自分と同じ声、顔、だから信じたのかもしれない。

とにかく、陽は自分の話を何の疑いも無く聞いていた。

 

 

『一刻堂のクセに……役に立たないって』

 

「ッッ!!」

 

 

みぞれと、友里は……そんな事を思っていたのかもしれない、だって?

 

 

「そんな……」

 

 

そんな事、ある訳無い。そう言おうとしてできなかった。何故か? 分かる。簡単だ、自分も今一瞬同じ事を考えたから。

一刻堂なのに、役に立てなかった。"一刻堂"なのに、足を引っ張った。伝説、最強、その力を受け継いだのに……何も、できない。

 

 

『みぞれも、友里もッ!! お前が邪魔なんだよ!』

 

「――めろ……」

 

『一刻堂のクセにお前は皆の足を引っ張った! それがどれだけ他の連中に不快感を与えた!? アアッ!? 分かってんのかぁぁあ?』

 

「やめろ……」

 

『みぞれは特にテメェが邪魔だって思ってるだろうなぁ? そうさ! オレのせいで怪我までしてよぉ? 一刻堂のクセに守るんじゃなくて傷つけるだぁ? おいおい、お前誰なんだよ? 一刻堂様だろうがッ! 最強の陰陽師だぞッッ!!』

 

「やめてくれ……ッ」

 

『一刻堂のクセに! 今頃二人はオレの悪口で盛り上がっているだろうよッッ! 一刻堂のクセに弱い! 一刻堂のクセに邪魔! 一刻堂のクセにッッッ!!』

 

「やめてくれぇぇッッ!!」

 

 

陽は頭を抱えてうずくまる。みぞれも、友里もそんな人間じゃないのは分かってるのに――ッ

だけど、それを自分が否定する。彼女達の善意を悪意に染めていく、自分自身がだ。

特に、鏡の中にいる自分はみぞれの事をより強く非難した。好きなのに、優しさに憧れていたのに……

 

 

『あの女はオレと違う、妖怪だ。薄汚い化け物なんだよ』

 

「違うッ!!」

 

『おいおい、オレはお前だぜ? お前の心だ。そう、心なのさぁ』

 

 

だから、何も疑う必要は無い。急にもう一人の自分は優しく陽に微笑みかける。

 

 

『でも、お前が本当にあの女を愛しているなら、物にする方法を教えてやるよ』

 

「は、はぁ?」

 

 

何言っているんだコイツは、陽は怯え、しかし目が離せなかった。何故なら自分が言っている事なんだから。何も疑う必要は無い……?

 

 

『交換条件さえ、呑んでくれたら……みぞれはお前の物になる』

 

「こ、交換条件……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天美アキラを、邪神に捧げろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人は、愚かだ」

 

 

鏡の中で、老婆・鏡婆は陽に視線を移す。

震えながらコチラに真っ直ぐな視線を向ける陽。恐らく、みぞれと恋仲になれるという色欲に戸惑っているのだろう。

 

 

「如何な者だろうとも、心に僅かながらの闇を抱えている」

 

 

私の役目はその小さな悪意を、鏡に映すだけ。

映った小さな一つの悪意は、鏡合わせとなり二つに増える。二つの悪意は四つに変わる。四つの悪意は、八つになる。

鏡に映していく小さな悪意は、倍々に増えていきやがて強大になっていく。

 

しかし、鏡像は虚像でしかない。所詮、偽りなのだ。

みぞれが、友里が、彼の陰口を言っているなど偽りでしかない。

だが時真陽はそれに気づかない。自分から与えられる情報は、全て真実なのだと心が決めるからだ。

 

 

「人は、実に愚かだ」

 

 

自分が常に正しいと、自分を否定したくても、できない。

それが人間、我が身が一番かわいいのが……人間。

 

 

『不思議なのですが、何故"天美アキラ"と言う人間にこだわるのです?』

 

 

瑠璃姫がコンタクトを取ってきたようだ。

鏡婆は陽から視線を外して瑠璃姫の咆哮へ顔を向ける。

 

 

「別に、天美アキラと言う人間でなければならない理由は何一つありません。邪神はただ単に人を食らうだけで強化されていくのですから」

 

 

天美アキラと言う人間を水晶の中に映したのも、全ては鏡婆の仕業だった。

彼女は"過去に自分が見た人間の姿"は全て記憶している。水晶の中に映す顔は、その中から適当に選んだだけ。

それがアキラだった。水晶の中にアキラを映し、妖怪達に探させる。見つからなければ見つからないでのシナリオを用意していたが、今はもう構わない。

アキラ、花嫁と言う存在を使ってこの世界を滅茶苦茶に。それが、彼女の目的……

 

 

『成る程、花嫁は形だけの存在と言う事ですか』

 

「その通り、花嫁を邪神に食わせる事をトリガーにして、この世界は終焉の一途を辿るのです」

 

 

疑心暗鬼。人を本当に支配し、滅茶苦茶にするには、心を狙う事が大切なのだと鏡婆は考えている。

心を映す鏡、幻影に囚われ錯乱していく人間は実に愚かで美しい。鏡婆は心の隙間に付けいる戦術を最も得意としていた。

現に、今も彼女の術に陽は陥ろうとしている。きっと彼はみぞれ達を裏切るだろう。そしてその裏切りが新たな悪意を生む、無限に増えていく悪意。

 

 

「さあ、鏡像に惑え。闇を、開放させろ」 

 

 

鏡婆は力を強め一気に勝負に出る。

彼女の衣服に輝く、黄金の大鷲がとても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいおい、いい加減に決めろよ。お前、一刻堂のクセにこんな事も決められないのかよぉ?』

 

「くそ……ッ ふざけ……」

 

 

ぐちゃぐちゃになっていく心。陽はもう何がなんだか分からない。

どうすれば開放される? いっそ鏡の言うとおりにすればいいのか?

そんな事を考えた時、彼のポケットから携帯が零れ落ちる。

 

 

「………ッ!」

 

 

落ちたときに指に触れたらしく、表示される待ち受け画像。

それを見た瞬間、彼の目の色が変わった。それに気づかず、鏡の中の自分は尚も自分に罵倒じみた言葉を投げ続けている。

 

 

「いい加減――ッッ!!」

 

『!』

 

「黙りやがれェェェえええええええええええええええええええええッッ!!」

 

 

近くにあった陶器を掴んで、それを思い切り鏡にぶつける。

鏡が崩れる音と共に、もう一人の自分が悲鳴を上げた。

 

 

『イッッ!! な、何しやがるッッッ!!』

 

「黙れ! 消えろって言ってんだよぉぉぉおおッッッ!!」

 

 

もう一度、陽は陶器を鏡に向って投げつけた。

彼が目にしたのは携帯の待ち受け画像、大切な友人と撮った写真だ。

アマビエ、かわうそ、傘化け。あまり戦闘能力が高くない妖怪故、いろいろ馬鹿にされていた。

 

そんな彼らとはすぐに仲良くなれた、一緒に修行をして、日々強くなれる様に頑張ってきた。

だけど、その三人とは違って自分には戦える力がある。彼らの為に、カッコの悪いところは晒せない。

 

 

『オレを否定するのかぃ! オレはお前なんだぞッッ!!』

 

「違うッ! お前がオレなわけが無いッ! さっさと消えるんだッ!」

 

 

陽は止めをさすために札を構える。

だが、先ほどの出来事がフラッシュバックしてうまく意識を集中できないッ!

 

 

『ああ、そうかよぉ……じゃあ、いいや――ッ』

 

「!」

 

 

鏡の中の自分が笑みを浮べたかと思うと、その姿が化け物に変わる。

敵でよかったと言う安心感もあったが、冷静に考えてみるとかなりヤバイ。今は式神を使えない、その状況でコイツに勝つ?

トカゲの様な化け物に代わった自分は、鏡の中からコチラにやってくる。まるでそこに鏡と言う名の壁、隔たりなど無かったように。

ごく自然に鏡の奥からコチラにやってきた。そして、隠す事の無い殺意をその目に宿して。

 

 

『なさけねぇ一刻堂のなりそこないが。オレ自らの手で殺してやるよ』

 

「ッッ!!」

 

 

なり損ないだと? ふざけるな! 陽は立ち上がり構えた。

だが、嫌でも足が震えている事が分かる。失敗すれば死ぬ、その事が彼の集中力を削いでいく。襲いかかる恐怖が式神を練成させる暇を与えない。

 

 

『死――ッ!!』

 

「チェック!」『Exceed Charge』

 

『なにっ!!』

 

 

その時、青い閃光がトカゲを捉え拘束した!

振り向く様に、戻ってきたみぞれとデルタが駆け寄る。

 

 

「大丈夫か! 陽!」

 

「あ、ああ……なんとかねぇ」

 

「うりゃあああああああああッッ!!」

 

 

デルタのルシファーズハンマーがトカゲを捕らえ爆発させる!

どうしたのか理由を聞く二人だったが、陽は自分の弱さをさらけ出す事を拒み、適当にごまかすしかなかった。

 

 

「まあ君が無事ならそれでいいや、さっき友里と近くを見てみたんだけど――」

 

 

なにやらそこで大きな扉を見つけたらしい。

資料室かは分からないが、きっと中に何かある。そう確信した二人は、そこに行ってみないかと陽に提案した。未だ心が落ち着いていない彼としては、不安がつのるが……

まあいつまでもここにいると言うのも無理な話だ。陽はその意見に賛成し、二人の後をついていくのだった。

 

 

 

 

 

その途中、陽は友達のあまびえに電話してみる。

携帯を持っているのは彼女だけ、今の自分を見たら彼女達はなんと思うだろうか?

 

 

「?」

 

 

しかし、彼女達が電話にでる事はなかった。

都合が悪かったか? 陽はそんな事を思いつつ扉をくぐる。

 

 

「わぁ!」

 

「これっ! すごい!」

 

 

廊下のつきあたりにあった部屋の中には、大きな本棚が見えた。

きっとここが資料室なんだ。喜び合う二人、だが、陽はしきりに辺りを見回していた。

そう、あまりにも出来すぎじゃないか? 運が良かったと片付けるのもいいが、どこか引っかかるものがある。

全身に感じる嫌な予感。早速城内図を探そうとする二人に声をかけ――

 

 

「ッ!!」

 

 

その時、文字通り本棚が消えた!

解けるように、爆ぜるように、それは一瞬で形を失い、資料室に思われた室内もその偽りの姿を消滅させる。

しまった、罠か! そう思っていた時には、もう扉がロックされていた。やられた! 三人はすぐに扉を蹴破ろうとするが、特殊なシステムでコーティングされているのか? 中々うまくいかない。

 

 

「やれやれ、いい加減諦めてもらえると助かるのですがねぇ」

 

「「「!?」」」

 

 

すぐに変身する三人の前に、一人の妖怪が現れる。

まず目についたのはその手と足の長さだ。彼の名は『手長足長』、サトリ程ではないが戦闘妖怪としてこの城の守護についている。

龍の様な頭部、鎧を纏った姿はやはり威圧感に包まれている。手長足長は様子をうかがう三人を見ながら、両手を前に突き出す。

学校でよくある前にならえのポーズ。三人は何がくるのかと防御の姿勢をとった。

 

 

「ッ!!」

 

 

手長足長の手が光ったかと思えば、地面から紫色のエネルギーが噴出して三人をとりかこむ。

ステップで避ける三人だが、すぐにそこへ回り蹴りが襲いかかった。

足長と言うだけはある。離れた所からの回し蹴りも、三人を確実に捉え壁へと叩きつけた。

 

 

「ぐっ!」

 

「ちぃッッ!!」

 

 

抵抗を試みるが、足が鞭の様になっていて引き剥がすことができない。

そして、次は足の部分が光り始める。瞬間、苦しそうに呻くみぞれ。

そう、手足足長は妖怪の持っている精神力。すなわち妖力を吸収できるのだ。

 

 

「くそっ! みぞれさん!」

 

 

意識を集中する陽。式神を召還できれば――ッッ!

 

 

「ぐぅうぅぅあああああ!!」

 

 

だが、さらに強まる足の力。

痛みもそれにまして強烈になっていく。精神を集中しようとするが、恐怖と痛みがそれを拒む。

早くしないとみぞれが苦しむ。それが逆に彼の焦りを加速させていった。早くしないと、なんとか彼は式神を構築するが……

 

 

「グアウウウッッ!!」

 

 

隣から聞こえるみぞれの悲鳴。気がつけば式神が消滅しているではないか!

やばい! 陽はなんとか彼女を助けようと足の部分に攻撃をしかける。

 

 

「ッ!! そっか! そうすればいいんだ! ファイア!」『Burst Mode』

 

 

デルタは銃を足に突きつけて射撃する!

流石に痛むのか、足長は拘束を解除して再び遠距離攻撃にうつった。

 

 

「ち、ちょっと私は足手まといみたいかな……ッ! 悪いけど控えさせてもらうよ」

 

 

そう言ってみぞれは扉の方へと下がっていき、そこでへたり込んだ。

デルタは陽に彼女を守る様にお願いする。なんとか結界くらいは張れる。

陽も頷いてみぞれを守る為に扉の方へと走っていった。

 

 

「あれを私が放置するとでも?」

 

「はっ! バリア!」『Barrier Aura』

 

 

ゼノンから渡されたアイテムの一つ、アップデートメモリ。

それを使用した事でデルタムーバーに多くの特殊能力が追加された。

今発動した技もその一つだ、"バリアオーラ"。ムーバーから発射された光が結界となり、さらに陽達を守る。

陽の結界と二重になった物を壊す事は中々難しいだろう。やれやれと手長足長は視線をデルタに戻す。

 

 

「いい加減、目障りですね。生きて帰れると思わない事だ――ッ」

 

「上等! もちろん、負ける気もしないけどッ! ツイン!」『Twin Mode』

 

 

ツイン。その音声を認識する電子音が流れると、デルタムーバーが輝き二つに分裂する。

分裂と言っても、見た目は何も変わっておらず『二つになった』と言った方がいいのかもしれない。

一つはエネルギーで作られたレプリカ。二丁となった拳銃を構え、デルタは手足足長に向かって突進していく。

 

 

「どこまでも、どこまでも邪魔な存在です。ここで貴女達の抵抗も終わりですッ!!」

 

「冗談! 勝つのはあたしなのッッ!!」

 

 

手から放たれる光弾をデルタは双銃で全て撃ち落としていく。

連射性能でもデルタが勝っているらしく、すぐに手長足長は距離を詰められてしまう。

すぐに蹴りで応戦する手長足長だが、デルタは片方の銃で蹴りをガードすると、そのまま回転してもう片方の銃で弾く様に足を撃った。

苦痛の声を上げる彼の胴に抉り込むように刺さるデルタムーバー。そのままデルタは引き金を引き、ゼロ距離で光弾を手長足長にぶち込むッ!

 

 

「ぐぐぐっ!」

 

「スラッシュ」『Blade Mode』

 

 

認識する電子音が鳴ると、デルタムーバーの銃口から青い光の刃が現れる。

持ち手も変形し、双銃は瞬く間に双剣へと変化する。デルタはそのまま怯んだ手長足長に向かって光の乱舞を叩き込んでいった。

やはりその体故か、懐に入られると手長足長はどうしても動きが鈍くなってしまう。どうやら手が光れば何か遠距離か、それに近い物が発動するらしい。

既にその事を見切ったデルタは、次々にダメージを与えていった。

 

 

「ぐぐっ! おのれぇッッ――……」

 

「案外もう決着かもねッ! チェック!」『READY』『Exceed Charge』

 

 

デルタムーバーの一対が消滅し、変わりに本体が光で満たされる。

怯んでいる手長足長にこれを避ける術はない。発射された光りは彼の動きを止めるロック、そしてデルタの必殺技を確実に当てる為のポインターに変化する。

 

 

「フッ!!」

 

 

デルタは跳び上がり狙いを定めたッ!!

 

 

「これで――ッッ」

 

 

終わりになるはずだった。しかし……

 

 

「「馬鹿め、引っかかったな」」

 

「!」

 

 

ロックされたと思っていた手長足長。

しかし文字通り彼の、いや彼らの体は分離する!

 

 

「我は手長」「我は足長!」

 

「ッ!!」

 

 

手足足長。彼等は二人だったのだ。

拘束されているのは足長だけ、つまり手長は自由に動けるという事になる。

足は小さいが、手長は跳躍でデルタの前までやってくると彼女にむかって手をかざした。

 

 

「グぅううッ!!」

 

 

闇の爆発に巻き込まれデルタは地面に叩きつけられる。

それに伴いポインターの拘束が解除されてしまう。思わず助けに動こうとする陽だが、下手に動いてしまえばみぞれを危険に晒しかねない。

なんとか式神だけでデルタを助ける事はできないだろうか? とは言え今の自分では弱い式神しか召喚できそうにない。少なくとも戦闘特化の式神は無理だ――ッ!

 

 

(考えるんだオレ――ッ 何か……何かないか!?)

 

 

何か―――ッッ!!

 

今まで必死にやって来た訓練を無駄にするなッ!

何のために遊ぶ時間削ってまでやってきたと思ってんだッ! ここで何かできなきゃ、それこそ一刻堂の名をもらっただけの屑野郎じゃないか!!

陽は、自分の肩にもたれながら苦しそうに呼吸するみぞれを見る。そして、火花を散らしながら転がっていくデルタを見る。考えろ、それしか今自分にできる事は無い。

 

 

「ッッ!!」

 

 

その時、見つける。扉の下にある僅かな隙間を!

 

 

(これだッッ!)

 

 

陽はその隙間に札を滑らせ、外へと放つ。

成功だ! 式神の元はペラペラの札、わずかな隙間があれば外へ出すことなどたやすい。

陽はそのまま札を式神に変えて――

 

 

「あぐぁあああああッッ!!」

 

「!」

 

 

その時、デルタの悲鳴が陽の耳を貫く。

遠距離や、特殊攻撃に特化した手長。対して接近戦や威力の高い攻撃に特化している足長。

二人のコンビネーションはデルタの反撃を全く許さず、彼女に確実なダメージを与えていく。

デルタが銃弾を放てば手長が結界を張り、同時にレーザーを放ちデルタを攻撃する。それに気を取られているデルタへ向かう足長。

強力な蹴りや突進でデルタを滅多打ちにしていくではないか。

 

 

「そこですッ!」

 

「甘いわッ! 人間がッッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 

手長の放つ炎が、デルタを地面に伏せさせる。

その隙に足長の回し蹴りが腹部に抉りこみ、デルタはそのまま陽の近くまで吹き飛ばされる。

さらに、腹部にクリーンヒットした為、ベルトが弾き飛ばされてしまいデルタの変身が解除されてしまったではないか。

吹き飛び叩きつけられる友里と、デルタギアをキャッチする手長。この状況は危険だ。今の友里は、弱い存在――

 

 

「クッ!!」

 

「ハハハハ! これが無いとあの姿には変われない様ですね」

 

「我らの勝ちだ! 我らの勝利だ!!」

 

 

勝利を確信する手長達。そして悔しそうに歯を食いしばる友里。

勝負あり、手長は彼女達に止めを刺すため、手に力を込める。

駄目かッ! 陽の心に不安が灯る。式神を放ったのは少し前、まだ時間が足りない。

ここは囮になってでも時間を稼ぐ必要がある。彼は覚悟を決めて、立ち上がるのだった。

 

 

「あ?」「あぁ?」

 

 

手長と足長の視線が、陽に集中する。

 

 

「陽……くんっ!」

 

 

友里の苦しそうな表情を見て、陽は一度深呼吸を行なった。

そして瞬時印を斬る! 素早く手を動かして指し示す印。黙ってみていた手長も何かを悟ったのか友里から距離をとる。

 

 

「離れろ足長!」

 

「は――ッッ!!」

 

 

足長がいた場所から光が発生し、直後彼は結界に閉じ込められる!

陰陽師は妖怪を封じる事も仕事の一つだったので、陽もまた例外ではないのだ。

完全に封じる事はできないが、動きを拘束することくらいは出来る!

 

 

「く……目障りなッ!!」

 

「ッ!」

 

 

足長が暴れだし結界を破壊しようと試みる。

攻撃力に特化した足長、正直今の用ではそんなに長く拘束はできないだろう。

その隙になんとか紅が味方をつれてきてくれれば――ッ!

 

 

「早く! 友里さんは逃げるんだ!」

 

「う、うんっ!」

 

「させるものか!」

 

 

逃げ出した友里に手長は弾丸を発射する。しかしこれも陽が投げた札に辺り無効化される。

苛立つ手長、陽の結界を破壊するのが先か。どうせデルタドライバーを奪われた友里にできる事などたかが知れている。

ましてみぞれは戦力外、これは陽を先に殺す事が正しい。そう思い手長は陽に狙いを定めた!

 

 

「調子に乗るなよガキが!!」

 

「!!」

 

 

手長が手をかざすと、無数の弾丸が出現するではないか!

その量はざっと数十、とてもじゃないが今の陽では防ぎきれない!

いつもなら、いつもの調子なら防げたのに――ッ! そんな思いがよぎるが、それはいい訳でしかない。何が何でもコレを防がなければならないのだ。

 

 

「く、くそ……ッ」

 

 

陽とみぞれ、友里の三人の表情が険しくなる。

助けが来るにしてもこの距離なら相当時間がかかる。それこそ高速でこない限り間に合わないのだ。

 

 

「今だッ! 死ねッッ!!」

 

 

手長は弾丸を発射し―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は、デルタたちと別れた咲夜たちに移る。彼女達はただひたすらに一つの場所に向かっていた。

 

 

「はやくしないと見張りにみつかっちまうぞ!!」

 

「わかっておる! 皆よいな! すぐに見つけてずらかるぞ!」

 

 

事の始まりは、夜叉から逃げ延びて少し休憩していたときの事だった。

偵察に出ていたねずみ男が資料室を見つけたと言うのだ。今なら見張りもいないらしく、進入するには絶好のタイミングと言う訳だ。

 

 

「急げ! 河童兵が来ちまう!!」

 

「分かってい――ッ! 見えた! アレだな!!」

 

 

視線の先には本が山積みになっている部屋がある。

間違いない、資料室だ。一同の瞳に光が灯る。幸い河童兵すら居ない為、すぐに進入できそうだった。

とは言え流石に罠の可能性が高い。そこで、ねずみ男は提案する。すぐに行動、トラブルに対処できる様に資料室の中に入るのは咲夜と亘、そして自分の三人。

つまり少人数で入る事にしたのだ。これならばもし待ち伏せや不意打ちをされようとも周りを気にする事なく冷静に逃げれる可能性が高い。

外には味方もいるし、なにより見張りをしてもらわなくてはならない。

 

 

「分かった。なら行こうか亘」

 

「ういっす、わかりました。ねずみ男さんもよろしくお願いします」

 

「おうよ! なら早くしな!」

 

 

三人は部屋に入ると敵がいないかを確認し、すぐに本棚をあさり始める。マップ、つまり城内図の為、一枚の紙だと言う事が予測できるが……

しかし――咲夜は思う。いや、それは亘もだろう。この部屋、とにかく暗いのだ。いや、明かりが無いのは仕方ない。

むしろ不用意に灯りをつけるという事は敵に場所を知られてしまう何よりのミスとなる。

それは避けたいのだが……

 

 

「ッ!」

 

 

みつけた!? 亘はすぐにその紙を手にし凝視してみる。

だがよく見るとそれは地図ではない様だ。そう、この様に暗いというだけで捜索にかなりの時間がかかってしまう。

この先に何があるか分からない以上なるべく変身を解除して力をためておいた方がいい。

なんとか自力で見つけ出したいものだが……

 

 

「くそッ! しかしまあ、くれぇもんだ」

 

 

それはねずみ男も同じのようだ。

資料室の引き出しをあさっているようだが、自分たちが捜している物にはたどり着けない。

 

 

「……あ!」

 

 

急に立ち上がり手を叩くねずみ男。

何か閃いたという表情の彼に、亘と咲夜の期待も高まる。ねずみ男は、二人を呼び出し、懐から一枚の紙を取り出した。

ねずみ男が出した紙は、とても古ぼけている物だった。暗くて何が書いてあるのかは全く分からないが……

 

 

「これは?」

 

「ああ、簡易電気みたいなモンだ。こう暗くちゃかなわねぇからな」

 

 

簡易電気? 様は懐中電灯の様なものだと。

 

 

「これがあれば少しは部屋が明るくなるって事なのよ! まあ妖怪城専用のアイテムだわな」

 

「へぇ、じゃあ使いましょうか。使い方って?」

 

 

「ああ、まずはほら二人共! 紙に手を当ててくれ」

 

 

よく分からないが、確かにこのままでは暗すぎて探すどころではない。

多少は見つかる危険性があったとしても灯りは欲しいところだ。

二人は言われるとおりに紙に手を当てて次の指示を待った。

 

 

「この紙は指定された言葉(パスワード)を室内にいる全員が言う事で、光を出すんだよ。この紙のパスワードは……」

 

「パスワード?」

 

「そう紙ごとに違うからややこしいんだがな。コレは"このゲームに参加します"がパスワードだ」

 

「な、なんだその意味不明なパスワードは」

 

「さあな、設定した奴の気まぐれだろ」

 

 

いくらなんでも何かちょっと怪しいぞ、咲夜は少し怪訝な表情でねずみ男を見る。

彼はその眼光に気が付いたのか、少し汗を浮かべて手を大きく振った。

 

 

「な、何をおっしゃいますか! パスワードってのは分かりにくいからいいんでしょうが!」

 

「ま、まあそうか」

 

 

なるほど、確かにそうだ。

それに迷っている暇はないか、早くしないと見張りが来てしまう可能性が高い。

三人は同時にその言葉を言い放つ。だが、何も起きない。

 

 

「?」

 

「わ、悪い。室内にいる人間の名前を言わないといけないんだ。ねずみ男!」

 

「な、なるほど……広瀬咲夜」

 

「聖亘」

 

 

その瞬間、暗かった室内が嘘の様に鮮明になった。

 

 

「あ、本当に明るく――」

 

「なんて言うか……」

 

「「―――?」」

 

 

ねずみ男は目を閉じて立ち上がる。

しかし咲夜と亘はしゃがんだまま、それは呆然としている様で――

 

 

「本当、おたくら馬鹿だねぇ」

 

「「!」」

 

 

しかし、それは明るくなった訳ではなかったのだ。どんな言い方が正しいだろうか?

唖然とする咲夜と亘。そんな二人に嘲笑を浴びせる者は――

 

 

「見事です、狂人……いや、ねずみ男さん。さすがと言うべきかな」

 

「冗談きついねこりゃ、コイツらが間抜けすぎるんだよ」

 

「「!」」

 

 

そう、この状況を言い表すのに最も適切な言葉はただ一つ。

 

"広瀬咲夜と聖亘はねずみ男がしかけた罠にかかった"

 

ただ、それだけの話なのだ。

あれだけ多く見えた本の山も全て消え去り、資料室に見えた場所は全く違う部屋に変わっていた。

円形状の何も無い場所に、不気味な背景がうごめいているだけの場所。いや、何も無い場所とは少し違う。

足元には様々な花が咲いている当たりを考えると、ココは庭かそれに近い部屋だったのだろう。

 

背景は人間の形をした影が首を吊っていたりバラバラにされていたりと、やけに不気味で悪趣味な物。

それは花とは明らかに不釣合い、つまりこの空間はもともとあった部屋を舞台へと昇華させたのだ。

 

 

「どういう……事かな――ッ!」

 

「どういう事?」

 

 

咲夜の眼光に怯む事無く、ねずみ男は自分の髭を弄っているだけだ。

そしてそのまま二人の脇を通りすぎると、前方にいた二人のところへ向かう。

二人、一人は針金の様に光る髪と鋭い眼光の青年・鏑牙。そしてもう一人は何の特徴も無い男。

だが、男はおもむろに懐からメモリを取り出しボタンをタッチする。

 

 

『テング!』

 

 

男はそのままメモリを自分の首元に突き刺した。すると、彼の姿が変身して鬼天狗へとなる。

鏑牙と鬼天狗、そしてねずみ男。やられた、咲夜と亘は互いに変身の準備をして構えた。

三対二、少し不利だがどうにかならない状況ではない。

しかし――

 

 

「裏切るのかねずみ男――ッ!」

 

「ちょっとちょっと、ヤダなぁ、止めてもらえませんかね。裏切るも何も、俺ははなっからコチラ側なんで」

 

 

サトリ達や総大将に歯向かうなんて馬鹿げている。

それこそ死ぬと分かっている戦いだ、そんなチームよか勝利が確定している方に味方するのは当然だろ?

そう言ってねずみ男はさっさと鏑牙達の後ろへ移動する。

 

 

「世界が滅びれば金なんて関係ない、そりゃ当然でございますわな。だけども、命が無くなっちゃうのはボクちゃん困っちゃう! お前らについてたら命がいくつあっても足りないっての。ですよね? 鬼天狗様」

 

「フッ、そう言うことですよ侵入者さん。さあ、早く死んでいただきましょうか!」

 

「くっ! 変身!」『ターン・アップ』

 

「キバット! 変身ッ!!」『は、はい……ガブリ――』

 

 

ふざけるな、二人はカリスとキバに変身して三人に対峙する。

そう、『普通』ならば、通常ならば二人の実力で均衡を保てたかもしれない。

だが彼等は契約してしまった。『参加する』と言ってしまった!

 

 

「……さあ、始めようか」

 

 

ずっと沈黙を保っていた鏑牙がゆっくりと口を開く。

まるでこれから命を賭けた戦いが始まる事を知らない、どうでもいい様に落ち着いた口調だった。

それはそうだ。これから始まるのは戦いでもなければ、まして殺し合いでもない。楽しい、楽しい、遊戯(ゲーム)なのだから。

鏑牙は足元にあった花を二つばかり摘み取る。まるでそれらは咲夜と亘を模している様に。

 

 

「狼1 狂人10 占い師1 共有者2」

 

「ッ?」

 

 

なにやらよく分からない単語を羅列していく鏑牙。

落ち着いていると言うよりは、まるで心が無い様にも見える。冷たい瞳は、一体何を映しているのだろうか?

 

 

「お前達に、いや……全てに問おう――」

 

 

鏑牙は名前も知らない花を握りつぶし、両手を広げて言い放つ。

それは始まりの合図。舞い散る花びらが咲夜達の目にはどう映るのか? 開戦? いや、違う。楽しいゲームの始まりだ。

 

 

「汝は、人狼なりや?」

 

 

開始される遊戯。果たして、勝つのは誰か?

そして鏑牙は言う。

 

 

「お前達では絶対に俺には勝てない。もはや、勝利は確定したのだから」

 

「言ってろよ。知らないなら教えてやるけど、その台詞言ったやつは絶対負けるんだよ」

 

 

キバの挑発的な態度に鏑牙はニヤリと笑う。

果たして、勝つのは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁああああああッッ!!」

 

「!」

 

 

アキラの悲鳴を聞いて、麓子は直ぐに彼女を抱きしめた。

少し前からどうも彼女の様子がおかしい。いや、おかしくなってきているのか?

何もしていないのに、震えだしたり泣き出したり……彼女に聞いてもうやむやにされるだけ。

今も彼女は頭を抑えてうずくまっていた。

 

そして粘る事数十分。聞き出せたのは鏡が原因と言う事だった。

鏡を見ていたら、鏡に映る自分が下卑た笑みを浮べていたと言うのだ。

そして、自分の事を責めてきたという。

 

 

「……ッ」

 

 

これが、死への恐怖がもたらす悲劇だとでも?

これが、絶望に変わり行く少女の人生だとでも?

麓子の心に黒い刃が突き刺さる。こんな小さな背中がブルブルと震えているのを自分は見ているだけ。

せめて震えが、彼女の恐怖がおさまるように抱きしめるだけ。それしかできない。

 

 

「鏡の中の自分が――ッッ」

 

「落ち着いてアキラちゃん! 鏡は鏡なのっ!」

 

「でもッッ!!」

 

 

アキラは鏡を見ながら涙をこぼす。

ならばいっそ取り除いてしまえばいい、麓子は部屋にあった姿鏡に布をかけて、彼女の視界からソレを消す。

しばらくはパニック状態になっていたアキラだったが、少し時間が経てば落ちついてきた様だ。

麓子は、アキラを幼児の様にあやすと温かい飲み物を持ってくる事にした。

少しでも――、彼女の心が壊れないように。

 

 

「………」

 

 

迫り来る、そしてこみ上げる罪悪感を隠して彼女はアキラの前から消えるのだった。

 

 

「………」

 

 

そして、その様子を伺う者が――

鏡婆は鏡を通してアキラに幻術をかけていた。万華鏡と言われる彼女の呪術は、対象が何か心に不安を抱えた時に鏡を見る事で発動する。

自分の分身である化け物を、対象と同じ姿に変えて鏡越しに会話させるのだ。

尤も、会話と言うのは間違いがある。自分が心に抱えている闇を無意識のうちにさらけ出させ、そこから嘘を織り交ぜて精神を侵食していくのだ。

そして、心を壊すか、滅茶苦茶にするまで責め続ける。それが鏡婆の得意とする戦術なのだ。

 

 

(鏡を隠したか……まあいい)

 

 

鏡婆は鼻をならしてアキラ達の前から姿を消す。

どうせしばらくすれば新たな鏡となる物が現れるだろう。

自らを映す物など山ほどある、そう思いながら鏡婆は誰もいない城内を歩いて行く。

誰もいない。そして、全てが左右反転――

 

 

「狂え、人間共――」

 

 

そして惑え、妖怪共。鏡婆は、『向こう側の世界』にいる彼らを嘲笑する。

そう遠くない未来を思い浮かべて、思わず彼女は笑った。邪神復活に人々は絶望し、世界は破滅を迎えるだろう。

メモリのデータは十分集まった。妖怪とは違う力を持った侵入者共が気になる所ではあるが、どうせ滅ぶ身だ。気にする必要もない。

一歩、また一歩と鏡婆は城内を探索していく。時真陽、一刻堂は忌々しくも呪術を破り突破した様だ、一度呪術が失敗した相手には効きにくいものがある。

次はみぞれと言う妖怪に仕掛けてみるか? 心に闇を抱えない者などいはしない。誰もが闇に呑まれる可能性を持っている。

そして、それはその心が脆ければ脆いほどに深みに堕ちていく。

 

 

(やはり、愚か。やはり、下等――ッ!)

 

 

鏡婆はその着物にあしらわれている刺繍を見る。

黄金の大鷲を模したソレは、絶対の輝きを持っている。

 

 

『よろしいですか?』

 

「おや、これは瑠璃姫様。どうかされましたか?」

 

 

城内を歩き回っていた鏡婆に、瑠璃姫からのコンタクトが入る。

内容は鏑牙がターゲットを引きずり込んだという情報。

 

 

「流石は鏑牙様でございます。コチラの方は問題ございません」

 

『わかりました。私はもう少し様子を見ます、では――』

 

 

そう言って瑠璃姫は鏡から姿を消した。

鏡婆はまた歩き出そうと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おばあさん、今の話……詳しく聞いてもいいかな?」

 

「………ッ」

 

 

鏡婆はゆっくりと後ろを振り向く。そこにいたのは――

 

 

「まさか、この空間に侵入できる者がいたとは――ッ!」

 

「それはコッチも同じだし、ねぇ? そうっしょ? 真志」

 

「ああ、まさかミラーワールドに入れる妖怪がいたなんてな」

 

 

二人の人間、条戸真志と白鳥美歩。彼らの出現に鏡婆の雰囲気が一変する。

それは強大で何よりも冷たい殺気、何も言わずとも話し合いの余地が無い事を教えてくれている様だ。

 

 

「やれやれ……」

 

 

鏡婆は、様子を伺う二人に構わずその手に持っていた杖で宙を突く。すると、地面から何かが現れる。

瞬時、声を上げる二人。地面から出てきたのは人間、それも――自分達と同じ顔ではないか!

自分たちとは違う『美穂と真志』が鏡婆の合図と共に姿を見せ、そのまま自分達と対峙する。

自分の目の前に自分がいるなんて、それはまさに鏡の様だ。

 

 

「………」

 

 

鏡婆は無言で踵を返す。せいぜい偽りの鏡像に惑わされるがいい、真志達は鏡婆の後を追おうとするがもう一人の自分がそれを止めた。

戸惑う真志、そんな彼に笑いかけるのはもう一人の自分。そして、自分は言う。

 

 

『本当はアキラなんてどうだっていいんだからよ、さっさと戦いなんて止めて帰ろうぜぇ?』

 

「!」

 

 

美歩も同じ様な事を言われているのか、二人は鏡婆を追う事無くピタリと立ち止まる。

その様子を含み笑いを浮かべながら鏡婆は感じていた。また迷う、また間違える。自分の中にあるほんの小さな劣等感、闇に付け込むには持って来いだ。

本当はそんな事を考えていなくても、自分と言う存在が偽りを口にすればそれは真実なのではないかと迷う。ああ、面白い。なんて馬鹿な生き物だ。

外見と言う些細な物に人は過剰反応したがる。他人が言っても聞く耳すら持たぬ言葉が、自分が言ったとたん意識し始めるのだから――

鏡婆はそのまま二人から離れる為に歩き続けた。そして、しばらくしたところでッ再び瑠璃姫にコンタクトを取る。

 

 

『どうされました?』

 

「少し、問題が」

 

『へぇ……どのような?』

 

「鏡世界に入る事のできる侵入者がいます。万が一とは思いますが、鍵の欠片を失うのは避けたいものです」

 

 

なるほど、鏡の向こう側にいる瑠璃姫は頷くと顎で鏡婆を指した。鏡婆もまた頷くと、着物の裾からその欠片を取り出した。

欠片、金色の龍が装飾された宝石。どうやら、それを失う事は鏡婆達にとってあまりよろしくない事の様だ。

 

 

「申し訳ありませんが、私の戦闘能力はあまり高くありません。この欠片が三つ相手の手に渡れば――」

 

『分かりました。ですが、鏑牙が負ける事はないでしょう。鍵が完成する事はありまん、鏡婆様は一度コチラの世界に――』

 

 

そこまで、そこまで瑠璃姫が言った時だった。鏡婆の姿が消える!

あまりにも一瞬過ぎて言葉を失う瑠璃姫。どうなってる? 何が起こった? それを理解するのにはあきらかに時間が足りない。

 

 

「……成る程、成る程――」

 

 

たかが侵入者にしては中々足掻く物だ。瑠璃姫は不快と期待、そして好奇が混じる不思議な笑みを浮べた。

目障りでありながらもその存在が気になる。とは言え、自分に鏡の中に入る力はない。鏡婆がどうなったのかは、もう完全に理解している。

さて、どうなる? 足掻くのか、逆らうのか、抗うのか――

 

せいぜい、退屈しない程度に踊り散ってもらおうか。瑠璃姫は微笑むと、水晶の間を離れる事にする。

相変わらず上半身が封印しきれていない鬼太郎と、彼の周りをよちよちと歩く岩亀をそれぞれ一瞥すると完全に部屋から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ! ォォオオッ――………ッ!!」

 

 

鏡婆は吹き飛び、転がり、岩壁に叩きつけられる!

フロアの造りは洋風と和風を織り交ぜた物で、畳とシャンデリアのバランスが不釣合いながらも不思議な魅力を引き出している。

だが、ここはミラーワールド。鏡婆のほかには誰もおらず、それは同時に彼女が他の妖怪に助けを呼べない事を意味していた。

 

 

「貴様らッッ!!」

 

 

立ち上がる鏡婆、そして……その視線の先にはブランウイング!

 

 

「自らの幻影に囚われなかったのかッ!?」

 

「幻影? ハッ、あんなクソみたいな塊があーしの分身ってか? そら無いわ!」

 

 

そう言って現れたのはファム。

そう、何も無い空間から彼女が現れたのだ。

クリアーベントによって姿を消失させていたファムは、しっかりとその会話も捉えていた。

 

 

「ところで、その宝石みたいなの……」

 

「聞いていたのか――……」

 

 

ファムがバイザーを鏡婆の裾に向ける。そこにしまってあるだろう宝石、いや欠片といった方が正しいか。

先ほどの会話を聞くに、その欠片を三つ集める事でアキラを助ける何かが完成するに違いない。

 

 

「それに――」

 

 

ファムの声のトーンが急に真面目な様子に変わる。

彼女の後ろからやってきたのは龍騎、彼が鏡婆に向けて投げつけたのは鏡像だった者の死体。

自分の分身が自分を惑わせる方法。美歩にはその耐性がついている。龍騎の試練でソレを打ち破り、そこからコツを掴みサトリのソレも無効化した。

 

この精神に仕掛けてくる幻影攻撃は、サトリも行なっていた為に特に気にかける事は無かった。だが、先ほど打ち破った鏡婆の幻影――

龍騎が投げた死体は、トカゲの様な化け物。これを自分は見た事がある。そう、どこで? はっきりと覚えている、龍騎の試練でだ。

 

つまり、"龍騎の試練で打ち破った幻影がコイツと同じだった"と言う事。

それはつまり鏡婆の幻影攻撃が龍騎の試練に存在していたと言う事でもある。

ならば、鏡婆がこの世界にいると言うのはおかしい話ではないか?

それこそ、自分達と同じ世界移動を行なわなければ不可能なのだから。

 

 

「あんた、何者――ッ! 普通の妖怪じゃないだろッ!」

 

 

ファムの問いかけに鏡婆は何も答えない。

しかし相変わらず異様な殺気だけは隠す事無く放つだけ。

 

 

「目障りな侵入者共め――ッ!! 生きて帰れるとは思わぬ事だな……ッッ!!」

 

 

相当、向こうも怒っているのだろう。それはすぐに分かった、思わず身構えるファムと龍騎。

どこか、この鏡婆と言う妖怪からは異質な雰囲気を感じる。今まで見てきた妖怪達とはどこか違う雰囲気を持っているといえばいいか。

はっきり言って、妖怪とは思えないのだ。何か全く別の存在に思えて仕方ない。

 

 

「気ぃ抜くなよ美歩……ッ、アイツ、何かやばそうだ」

 

「分かってる……ッ!」

 

 

初めは龍騎の世界なのだからミラーモンスターだと思っていたあの幻影、それを彼女が生み出したのならば。

ファムと龍騎、二人の前に立つ鏡婆、彼女は怒りで体を震わせながら杖を投げ捨てた。

どうやら、出し抜かれた事が相当頭に来ているようだ。

 

 

「さあ、その鍵の欠片……渡してもらおうかッ!」

 

 

その言葉がトリガーになったのか、鏡婆の体からエネルギーが一気に放出される!

戦闘力は低いなどと言っていたが、それでも相当な実力者なのだと感じられる程だ。

だが二人はあくまでも冷静に鏡婆を見ていた。どんなに強大な力でも、あのオーディン程ではない。

それに、今回だって……いや、いつだって自分たちには負けられない理由と言うものがある。

だから二人は引かず、前へ出る。

 

 

「フ―――ッ」

 

 

その時、鏡婆が着物を翻しうずくまる。

瞬時、立ち上がる彼女だったが――

 

 

「ギシャアアアアアアアアアアッッ!!」

 

「「!!」」

 

 

立ち上がった鏡婆は、もはや人の形を形成してはいなかった。

黒い手袋と靴、そして赤く縁取られた金色の瞳。まるでそれはメガネの様にも見える。そして巨大な口、両胸には六角形の鏡が貼り付けられていた。

幻影の同じく、その姿はトカゲに見える。いや、トカゲなのだ!

 

 

「姿が変わった!?」

 

「――ッ」

 

 

龍騎とファムの前に対峙する鏡婆。

いや、それは仮の名でしかない。ただ妖怪達を欺く為に適当に繕った名――

 

 

「我が名はカガミトカゲ、貴様らの死を――映してやろうぞ!」

 

 

カガミトカゲ。

ベルトの中心に輝く金色の大鷲が、龍騎達にはとても眩しく見えた。

 

 




最近パソコンの調子がわるいんですよね。
ブルースクリーンになった時のヒヤリ感は異常。

はい、次は金曜予定。
ではでは

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