仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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第37話 真偽のマインドハート

 

 

 

アキラ? 我夢?

 

いいじゃないか、最高だ。俺の力を試すにはもってこいのシチュエーション。

俺は最強なんだ、全員の力が使える。それで助けられないなら無理なんだから仕方ない。

面白いな、最高の玩具。ディケイドは俺の望む全てだ。これさえあれば何もいらない、たとえアキラが死のうが世界が滅びようがどうでもいい!

 

みんな適当に言えばいいんだ。破壊者なんだろ俺は? だったら何をしたっていいじゃないか。

気楽にいこうぜ? どうせ死なないんだから。きっとなんとかなるって、俺は仮面ライダーなんだから。

ディケイドの力が全てなんだ。他の奴らは俺を輝かせる為に存在する踏み台。

試練とか皆マジになりすぎなんだよ、力手に入れて適当に遊べば――

 

 

「――違う! なんだコレッ!!」

 

『お前の本音だ。いや、お前らの本音か』

 

 

ディケイドは必死に否定する。

何を言っているんだ自分は! アキラも世界も助けたい、その思いは真実じゃないのかよ!

サトリはディケイドの耳元で小さく囁く。人は無意識のうちに本音を語る、それを聞かせてやっただけにすぎないと。

笑わせるなよと、サトリは自分を否定する三人を見て笑った。

 

 

『あれだけ花嫁を助けたいとほざいていたにも関わらず、心の裏では自分の為ではないか』

 

 

ふらふらと後ずさるディケイド。

違う、そうじゃない! そんな事を思ってはいない! 必死に否定する度、もう一人の自分が言った事は本当なんじゃないかと疑ってしまう。

自分で自分が分からない、そんな恐怖を感じながらディケイドは頭を抱える。違う、違う!!

 

 

『違わないさ、お前はお前だろう?』

 

 

違う! 俺はそんな事思っていない!!

 

 

「でたらめなんだよッ!」『アタックライド』『ブラスト!』

 

 

迫るマゼンダの弾丸。しかし無数に襲い掛かるそれも、サトリには関係ない。

華麗なステップで全てをかわすと、ディケイドに向かって首をかしげた。

 

 

「またかよッ! なんで当たらないんだッッ!!」

 

『迷っているからさ、お前は所詮世界も花嫁も天秤にかけることは出来なかった』

 

 

口ではなんとでも言える。だが心は正直だ、サトリの深淵はディケイドを逃しはしない。

仮面で隠した顔、全身を覆う黒のローブ。サトリはもはや闇そのものといってもいいだろう。そんな彼にディケイド達は恐怖する。

そして自問する、彼が見せた自分達は本心を言っていたのか? 言葉では違うと言える。だが結局それはいい訳、自分はアキラの事なんて考えていない?

 

 

『ああそうだ、お前達は花嫁の事なんてどうだっていい。そうに決まって――』

 

 

そこでサトリは言葉を止めた。

彼の目の前には一人の少女が立ちはだかる。ずっと震えていたか弱い半妖。

 

 

「そ、そんな事……ないッ!」

 

「ッ!」

 

 

振り絞るように寝子は声を出す。

ディケイド達には感じられないが妖力と言う圧倒的プレッシャーを前にして、それでも寝子は立ちふさがった。

正直サトリの前に立つだけで泣きそうになる。妖怪には感じられるサトリの妖力、ここまで実力の差を感じる事となった訳だが、どうしても彼女は立たなければならなかった。

 

 

「て、訂正してください――ッ!」

 

『……訂正?』

 

「わ……たしは、知ってるわ。彼らがどれだけ花嫁……あ、アキラちゃんの事を大切に思っているか……!」

 

 

それを馬鹿にされ、偽りだと罵られるのは彼女にとってはとても辛い事だった。

自分の過去、それがなんとなく被さってしまいつい熱くなる。

 

 

『ハッ! 目の前にいるのは我らの世界を危険に陥れようとする巨悪だぞ。それに謝罪を? 馬鹿な、愚かにも程があるぞ半妖が!』

 

「ッッ!」

 

 

確かにそうだ。サトリは自分の世界を守るために戦っているに他ならない。

そんな彼に謝罪を求めるなんて図々しいにも程がある。

そして不快、嫌悪すら感じるだろう。だが寝子とて分かっていた。だけどどうしてもそれを伝えたいのだ。

 

 

「サトリ…さん。私達だって人間と共存を望む……助け合ってきたじゃないですか!」

 

 

今、明らかにおかしい連中が混じっている。

瑠璃姫と、謎の電子音と共に現れた鬼甲冑。そして得体の知れないヒトツミ、彼女が連れて来た『妖怪』

 

 

「き、きいたんです。妖怪を騙っている人間がいるって――ッ!」

 

 

人間が妖怪を騙る。そしてそれを不思議に思わない現状、つまりは見抜けない程の完成度と言う事。

今この城に――世界に潜伏している何か見えない悪意。その確かなモノがあると、寝子はサトリに訴えかけた。

ただアキラを差し出せばいいと言う話しではないのだ。それをサトリに分かってもらいたい。そうすれば彼もきっと――

 

 

『だから知っているさ、それくらい』

 

「………」

 

 

え?

 

 

「あぶないっ!」

 

 

サトリは寝子に向かって闇のエネルギーを爆発させる。

間一髪ファムが盾を構え、寝子の前に出たため、直撃は防がれたのだが………

 

 

『寝子、私は人間と妖怪の共存なぞ望んじゃいない』

 

「ど、どういう……」

 

 

サトリは手を広げ、辺りを見回す。

何もないのだが、彼は確かに世界を見ていた。

 

 

『私は気づいた。人は愚かだ――』

 

 

しかし、それは妖怪もまた同じなのだと。

 

 

「まさかテメェ!」

 

 

ファムがバイザーをサトリに向けて突き出す。妖怪、人間。そして『何か』。邪神側といえばいいか?

この三勢力が今この世界には存在している。おそらく瑠璃姫は邪神側ではないだろうか? そして、サトリも……?

 

 

「な、なんで……サトリさんは、ずっと昔から妖怪城を守っていたって……」

 

 

おばばから聞いた話だけだが、サトリは妖怪城を守護していた妖怪だ。

確かに怖いと言う思いもあったが、決して敵と言う訳では――

 

 

『下らん話だ。妖怪と人間が手を取り合う? 馬鹿馬鹿しい、たしかに昔は私もそんな理想を掲げ毎日を生きてきた』

 

 

だが、気づいた。それはまやかしだと――

妖怪は日々進化していく人間社会に追い込まれ、住処を失い。活躍を奪われた。

そして人間を騙って社会の歯車となる。今の現状を見てサトリは理解した。結局、妖怪は人間に飲まれていく。

それを共存と言う便利な言葉で慰めあっているだけにしかすぎない。

 

 

『寝子、お前は人間と言う生き物がいかにいやしく、醜いか知っているか?』

 

「え……」

 

『お前も、苦しんだ。人間に苦しめられた』

 

「そ、それは――ッ」

 

 

たしかに辛い思いをした。だけど、それはやはり自分の猫娘としての異端が原因だったとしか……

それは誰だっていきなり人が豹変してしまえば恐れ、面白がるだろう。

 

 

『自分が悪いと割り切るか? 無理やりにでも』

 

「だ、だって……今は毎日が楽しい――」

 

『また猫になれば人はお前を化け物と罵り、否定するだろう』

 

「!!」

 

『結局、お前が生きていくためには毎日自分を偽るしかないのだ』

 

 

自分は何も悪くないのに人の為に媚びへつらうがごとく自らを下す。

人間は下等な生き物。そして、だからこそそれに媚びへつらう妖怪もまた同じ。

 

 

『妖怪も、人間も腐っている。私は、それを理解した』

 

 

妖怪を騙っている人間がいるといち早く知ったサトリ。

だがそれをどうするわけでもない、受け入れたのだ。

そんな事を言われ、寝子は固まる。

 

 

『奴らが何を考えているのかは知らん。だが、いずれ出るだろう結果はマシなものではないだろう』

 

「そこまで知って……どうして何もしないの!?」

 

『この世界に、守る価値などあるのか?』

 

 

寝子は絶句する。

そして、思い出してしまった。過去の嫌な記憶を――

 

 

『人は傷つけあい、他者を悲しませる』

 

 

いっそ滅んだほうがいいと、お前も思わないか?

人は妥協しながら生きている。辛い毎日を乗り越えて手にいえる微小な幸福が全てと割り切り、そして溜まる苛立ちのはけ口により弱い者を見つけていく。

そんな世界のサイクル。そして今時分たちは邪神の出現によって弱者と成り果てた。

 

 

「ふざけん――」

 

 

ファムの攻撃に視線を移す事無く、サトリはカウンターを決める。

叩きつけられたファムに彼は手を伸ばした。

 

 

『お前も思い出せ。そして知れ、人間と言う……いや、この世界の価値を』

 

 

ファムと寝子の頭を掴んで、サトリはエネルギーを流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキラ? いいじゃんほっとけば。もし途中で真志になびかれれも困るし

第一、自分の事で精一杯なんだから。後輩の事なんてどうでもいいっつうの

皆が助けるみたいな空気だしてるから仕方なく協力するだけでさ。アキラなんて、いてもいなくても変わらないっしょ実際――

 

 

「―――ッ!」

 

 

ファム、美歩の心の中でもう一人の自分が語りかけてきた。

 

 

人間なんて皆同じ! 私の事を気持ち悪いとしか思ってないんだ!

いじめられて、さげすまれて! そんな人間をどうしてたすけなきゃいけないの!

ええそうよ、人間さえいなければ私はもっと笑っていられる。

今ここでコイツらを裏切ったほうがいいのよ! どうして気がつかなかったの?

人間なんてどうでもいい! ずっと思ってきたじゃない!

 

もう一人の寝子。彼女は人間に対しての呪詛を唱える。そう、彼女の本質は人間を恨んでいるのだろうか?

自問を繰り返す男性陣、そして女性達は―――

 

 

「サトリさん……! やっと分かりました」

 

「あー、美歩ちゃんもわかったわ」

 

『そう、それが人間で――』

 

 

手を離すサトリ。彼は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い切り後ろへと跳んだ。

 

 

『クッッ! 馬鹿なッッ!!』

 

 

彼がいた場所には二人の脚がある。

つまり、もしあそこに立っていたら蹴り上げられていたのだろう。簡単な話だ。

そして今度はサトリが戸惑う番。おかしい、何かがおかしい!

 

 

『お前達! どう言う事だ!!』

 

 

後ずさるサトリ、今までの余裕は今の彼には欠片とて存在していなかった。

対して凛とした姿でファムと寝子は立っている。寝子はポケットから小さなケースを取り出して、その中にある小魚の煮干を口に入れる。

これが変身のスイッチ。

 

 

「やっぱり私は人間を愛してるって事よ!」

 

 

寝子の髪が赤く染まっていき、長さもショートに変わっていく。

口調も少し強めとなり、彼女は妖怪の血をたぎらせる!

 

 

『どう言う事だ!』

 

「はっ、そう何回も同じ手に引っかかるかっての! 美歩ちんなめんなよ!」

 

 

そう言って中指を立てるファム。

同じ手? そう、サトリは彼女の『過去までは知る事』ができなかった。

彼女は過去、似たような体験を既に経験している。龍騎の試練の時自分が出会った鏡の中の自分、あの時と全く一緒だった。

 

 

「サトリさん、確かに私は人間に対して嫌な思い出もあるわ。でもね、だからってそれがアキラを諦める理由にはならないのよッ!」

 

『――ッ!?』

 

「辛い事もあったけど――」

 

 

思い出すのは幽子と天邪鬼と……それから、彼と過ごした日々。その中で彼女は生きる意味を知った。

胸を張って生きると言う事。猫娘として生きる事。後悔はない、自分は自分が望む生き方をいつだってしてきた。

つまり、迷いなき人生。それが今の彼女にはあると自負している。

だから、つまり――

 

 

「あの自分は、ただの偽者よ!」

 

『何を馬鹿な!? アレはお前達だ! お前達の心の声を聞かせてやったにしかすぎない!』

 

「なら、今ここで宣言してやるっての――」

 

 

ファムは大きく息をすって、思い切り言い放つ。

 

 

「アタシは、ぜってーアキラを助けるッ!! アキラは大切な仲間! 友達だからッッ!!!」

 

『ッ!』

 

「おらっ! しっかりしろよ男共ッッ!!」

 

 

ファムは手をバンバンと叩いてうずくまっている龍騎達を一瞥する。

それを合図として龍騎達もまた凛とした姿勢で立ち上がる。

 

 

「ああ、寝子の言う通りだった――助かったぜ」

 

『!?』

 

 

困惑するサトリに向かって指を刺す龍騎。

いやッ、それだけではない! ディケイドとファイズもまた同じようにサトリを指差した!

 

 

「たとえあの心の声がオレだったとしてもッ! アキラは絶対に助ける!」

 

「僕はアキラちゃんを守る! この気持ちは真実だ! どれだけ迷っても、この思いだけは譲れない!!」

 

「真実でも虚実でもどうでもいい! 俺達はアキラの友達だ、心の中で嫌っている? ハッ、上等だ! だったら意地でも救ってやるぜ、それで答えを示してやる!」

 

 

三人、そしてファムと猫娘はサトリに向かって再び構える!

 

 

『……馬鹿なッッ!!』

 

 

普通、人間は自分の醜い部分を簡単には受け入れない。

否定、自問と自己嫌悪を繰り返し自滅する。そんな愚かな生き物のはずだ。

だからこそ"あの老婆"から教わった技を行使した。『真実を混ぜた幻覚』を彼らに見せたのに――ッッ!!

もう一人の自分と言う格好の道具をぶつけたのに――ッ!?

 

 

『あれを見て尚、意見を変えないのか』

 

「「「「「当然」」」」」

 

『……ッ』

 

 

五人の声が重なる。

ありえない! サトリは全く予期していなかった事態にただ混乱するだけ。

 

 

『ピピピピピ!!』

 

『!!』

 

 

体に走る無数の衝撃、たまらずサトリは地面を転がる。

見ればなにやら人型の機械が上空からコチラに銃弾を放っていた。

サトリは回避する為に『能力』を発動させる、だがしかし――

 

 

『グゥゥゥッッ!!』

 

 

銃弾の雨はサトリを逃がさない。

その銃弾を全身に受け動きが鈍るサトリ、そこへ機械の強烈なストレートが打ち込まれた。

悲鳴を上げながらサトリは空中を舞う。そのまま壁に叩き付けられ、追撃銃弾のプレゼントを受け取った。

 

 

「バジン! ありがとう!」

 

 

ファイズは上空から現れた相棒に声をかける。

オートバジン。ようやく彼らはあれだけ回避に特化していたサトリに、初めてまともなダメージを与えられたのだ。

そして同時に浮かぶある『考え』。まだ確証こそえられないが、もしかすると――

 

 

『グッ!! クソッ!!』

 

 

サトリは向かってくるオートバジンに襲い掛かる。

ディケイドやファイズの援護射撃をなんなく回避、龍騎とファムのガードベントまでなんなく回避しオートバジンを追い詰めるが――

 

 

「………」

 

 

その様子をファイズ、拓真はずっと見ていた。

おかしい、明らかに自分達を相手にしているときと動きが違う。

自分達と戦っているときのサトリはもう化け物クラスに強い。攻撃を全てかわし的確なタイミングで攻撃してくる。

事実、彼の攻撃を避けれた事はなかった。なのに………

 

 

『ピピピピピ!』

 

『ちっ!』

 

 

オートバジンの拳を受けてサトリは大きく地面を擦る。

そう、彼は『何故か』オートバジンの攻撃を避けない。それどころか攻撃も防御されているようだ。

ちょっと待て、もしかしたら――

 

 

「皆ッ!」

 

「………」

 

 

無言で頷く一同。

行動に出たのは猫娘だった。素早い身のこなしの彼女は、辺りを駆け回りサトリを睨みつける。

 

 

『―――ッ』

 

 

サトリは急に踵を返してローブを広げる。『確かな防御行動』を彼はとった。

そう、まだ攻撃はしていないのに?

 

 

『!!』

 

 

当然、サトリの背後には何も無い。

何かがある訳が無い。なのに、彼はいきなり後ろを振り向き防御をした。

 

 

「焦ったわね………サトリ!!」

 

『まさか――ッッ!!』

 

 

簡単な話だった。サトリは実力を過信しすぎた、それだけだ。

オートバジンの攻撃を彼は避けなかったんじゃない。避けられなかった!

 

何故? オートバジンとディケイド達に違いはあるか? 確かにガトリングが避けられないと言うのならまだ分かる。

しかしディケイド達となんら変わりないパンチ一つ彼は避けられなかったのだ。

オートバジンにあってディケイド達に無い物とは? 逆もまたしかりだ。何が違う? それをしばらく考えて極論にいたる。

ヤツは精神を攻撃してきた。つまり人の心を――オートバジンは機械。そして、ディケイド達は人間。

 

それは心の有無。

 

 

「私が今、心で何を思ったか……」

 

『ッ!!』

 

 

猫娘は頭の中で、オートバジンが放ったミサイル。それがサトリに背後から着弾するイメージを浮べただけだ。

もちろんオートバジンにそんな装備はない。まして背後から攻撃がくると言うのもありえない話。

だがしっかりとサトリは防御した。それもただの防御じゃない、力を使った防御だ。

 

それはそうだろう、ただ構えただけじゃミサイルなんて兵器は防げはしない。

だから彼は力を使った。ローブを広げ爆風にも耐えられる盾を構えたのだ! つまり――

 

 

「アンタは、心を読めるッ!」

 

『!!』

 

 

しいて言うならば、慢心。

攻撃は全てかわす彼の性格が仇となった。わざと攻撃を数発受けていれば、ばれなかったものを。

少し時間が止まる。だが電子音がその沈黙をかき消した。

 

 

『………』

 

 

そんな事が――

サトリは思う。人の心、記憶を読み取り偽りを混ぜた幻、もう一人の自分を相手の頭に送り込む。

いわば精神攻撃。それで全員に勝つつもりだった。

 

人は醜い自分を拒み続ける。認められない自分を否定する。だから簡単に壊れる。

大切に思っていた仲間を、実はどうでもいいと思っていたと言う『嘘』を教えれば人は簡単に壊れる。

そうだと……思っていたのに―――

 

サトリは、無意識にディケイド達の心を読み取る。

もしかしたら純粋に知りたかったのかもしれない。今、自分の能力を知って……彼らは何を最初に思うのか――

 

 

『フッ』

 

 

面白い、サトリは何十年ぶりかの笑みを浮べた。

ディケイド、龍騎、ファイズ、ファム、猫娘。見事に全員同じ事を考えているなんて――

 

 

 

 

"アキラを、この世界を………

 

 

 

 

 

 

 

絶対に救うッッ!!!!"

 

 

 

『『アドベント』』

 

「「「ウオォオオオオオオオオォォオオォッッ」」」

 

『カメンライド』『ファイズ!』

 

 

ファイズへ変身するディケイド、瞬時にアタックライドを発動してオートバジンをもう一体追加する。

二体のオートバジン、サトリも心が読めない相手には実力で押し勝つしかない。ディケイド達がどこを攻撃するかを読んで、援護射撃は全て交わしていくが……

サトリの耳を貫く龍の咆哮、そして対照的に美しい鳥の声。二体のミラーモンスターの範囲的攻撃により、サトリはさらに劣勢に陥る。

 

だがディケイド達とてダメージは大きい、彼らは撤退を決めた。

このままでは先に倒れるのは自分達だ。いくらサトリの能力が分かったと言って、その強力な力は健在。

ディケイド達はサトリの隙をついて逃げ出す。ファムが発生させた羽によって、いい目くらましもできた。

カブトにフォームチェンジしたディケイドは皆を抱えて走りだすのだった。

 

オートバジンも離脱する。

ミラーモンスターもしばらく足止めを行った後に消えていった。

残されたのは、サトリただ一人――

 

 

『………』

 

 

サトリは拳を握り締め、岩壁を思い切り殴りつける。

珍しく激情した態度、それは彼が人間を見誤った悔しさからだった。

 

 

『おのれ……ッ! 次は必ず殺す――ッッ!!』

 

 

多くの人間、妖怪の心を彼は見てきた。そして知った、どれだけ醜い存在なのかを。

サトリは踏み込んで飛翔する。目目連がいる限りディケイド達の場所は直ぐに分かる。力の正体が分かったところで自分が負けた訳ではない。

それを教えてやろう。サトリはもう一度笑うと、闇に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お茶」

 

「ありがとうございます」

 

 

麓子が差し出したお茶を、笑顔でアキラは受け取った。

しかし受け取った後の彼女手は心なしか震えている様に見える。

 

 

「少し、寒いですね。あはは……」

 

「――ッ」

 

 

嘘だ。アキラは必死に恐怖を隠しているだけに過ぎない。

でも、それを麓子は言い出せない。自分にできる事は少しでも彼女が快適に過ごせる様にする事。

――だけだ。

 

 

「あ……じゃあ少し部屋をあったかくしようか?」

 

「いいんですか? お願いします」

 

 

淡い笑みを浮べるアキラ。

あとどれだけ彼女は生きていられるのだろうか? 申し訳ないが、彼女の笑顔を見るだけで心が押しつぶされそうになる。

ずっと、ずっと麓子は燻っていた。こんなことなら彼女の世話係なんてやるんじゃなかった。

申し訳ない気持ち、だけどアキラを助けると言う事は世界を敵に回すこと。リスクの高い事なのだ。

彼女には婚約者がいる。その彼と結婚して、子供を生んで――幸せな家庭にしたい。

その為にアキラに死んでもらう、じゃないとどうしようもないじゃないか。麓子は胸を、心臓を強く掴んだ。

 

だけど、アキラだってそうなのかもしれない。

幸せになりたい、誰だってそう思っている。こんな……こんな人生の終わりを誰が望むものか――

ふざけている。この豪華な部屋。監視はされているが不自由ない設備、上質な食事、広いお風呂。上品な召し物。

全てアキラに与えられたソレは、彼女の最後を彩る為に用意されたせめてもの情け。同情だ。

これらが最期、彼女の終わりを司る。

 

 

「あ……えっと何でも言ってね」

 

「?」

 

 

これが、彼女の精一杯。

麓子は心の中で何度もアキラに謝罪する。せめて苦しまぬ様……彼女のその最期が迎えられるように祈るだけだ。

 

 

(それにしても……)

 

 

少し外が騒がしい。

麓子はアキラに断って部屋の外に出る。なにやらしきりに河童兵やらが動き回っているからだ。

アキラのいる部屋は放送が聞こえない。だから何が起こっているか分からなかったが……

 

 

「―――ッ」

 

 

まさか、いや……。

麓子の脳裏によぎる単語。だが、本当に来るのだろうか?

早急か、麓子はため息をついてまた部屋へと戻った。

 

 

そして、見てしまう

 

 

アキラが震えて、泣いていた。

いや泣いていたというにはおかしい。声を殺して、小さな肩を震わせて、涙が頬をつたう。

彼女の携帯はもう壊されてしまった。もっと伝えたいことだってあっただろう。もしかしたら意中の相手に自分の気持ちを伝えたかったのかもしれない。

それが辛い事で、悲しい運命をもたらす事であったとしてもだ。

 

 

(ごめん、ごめんねアキラちゃん……)

 

 

どうする事もできないの。

これが運命なのよ。悲しい、辛い、苦しいけど……愛だけじゃ、どうする事もできない事がある。

 

麓子は、ため息をつく。せめてアキラが落ち着くまではそっとしておいてあげよう。

これでいいのかと言う自己嫌悪を覚えながらも、彼女は扉の前で立ち尽くすのだった。

もし、自分に力があれば―――この運命を変えられたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、司は仲間全員にサトリの能力を伝えていた所だった。

 

 

「ふぅん、心を読む力か。またやっかいな――」

 

「まあ! いやらしー能力!!」

 

 

フルーラはそう言って胸を隠すジェスチャーをとってみせる。

ああそうだねとゼノンは笑ってみせるが、どこか様子がおかしい。顔を異常に赤らめて少し挙動不審に見える。

 

 

「どうしたのゼノン?」

 

「いや……! 今のフルーラのしぐさが……その、刺激的で」

 

「まあ!」

 

 

フルーラもまた顔を赤らめてゼノンをチラ見する。

普段ならばいつもの二人なのだろうが、今日は一味違う。

今、普通に会話している二人だが――

 

 

「それにしてもゼノン、司達はどこにいるのかしら?」

 

「うぅん、道は合ってると思うんだけど……」

 

 

ひらりと身をかわすフルーラ、彼女が立っていたところには剣が振り下ろされている。

それはゼノンも同じだ。顔を背けるゼノン、その紙一重の先に弓矢が通り抜けていく。

武器を持つ中級河童兵、それが無数にゼノン達の行く手を阻む。

ゼノンはトリガーマグナムを、フルーラはメタルシャフトを構えて生身のままハードボイルダーを走らせていた。

 

 

「まあ、敵……ってか百目もボク達を見てるだろうからね」

 

 

普通に通らせてはくれないんだろうけど。

トリガーマグナムの銃弾は河童兵の武器を的確に打ち抜いていく。

武器を失った河童兵など彼らの敵ではない、フルーラはそんな彼らを片っ端からブッ飛ばしていく。

 

 

「うーん、やっぱり君は最高だよ! アハハハ!」

 

「ゼノンも最高よ! フフッ!」

 

 

にこやかに笑う二人の前に先ほど襲ってきた倍の数はあろう河童兵が待ち構えていた。

あまり広くもない通路に、何十体もの河童兵が武器を構えて二人を向かえる。

そんな様子に、二人はむしろ笑みを深めた。

 

 

「やれやれ、困ったオーディエンスだ!」

 

 

ゼノンもフルーラも口を吊り上げ、河童兵を睨みつけた。

そして、メモリを構え――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三十秒、河童兵が全滅した時間だ。

無数の兵はだらしなく倒れこみ、小さな山をつくっている。その頂点にダブルは立っていた。

 

 

「おい……見てるか?」

 

 

ダブルは両手を広げて眼下に広がる河童兵たちを嘲笑する。

その意味、それは目目連を通して彼を見ている妖怪へ向けたメッセージ。

 

 

『これが貴方達の実力なのかしら? 随分と馬鹿にされたものだわ』

 

「今すぐ頭に叩き込め――」

 

 

天美アキラは、必ず取り戻す。

ダブルは人差し指を突き出すポーズでアピールを決める。

 

 

『そして……』

 

 

二人の声が重なり異様な重圧を放つ。

それは、騙っている愚か者への言葉。

 

 

「『下手な玩具に手を出した罪は……重いぞ』」

 

 

もう一度ダブルは笑うと携帯のボタンを押した。

一通のメールが送信されるのを確認すると、二人は再びハードボイルダーを発進させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――……ッ」

 

 

妖怪城東門、クウガが突破したそこは未だに誰も侵入してはいなかった。代わりに近くの草むらで彼らは待機している。

目目連がいる以上、奇襲はできない。だがしかし目目連を突破できれば敵は自分達を確認できない、つまり彼らの存在を知る事はできないのだ。

しかし混乱させる為に既に門番は倒しておいたが、進入できないと言うのはなかなかに歯がゆいものだった。

 

 

「お前、ちょっとは落ち着けよ」

 

「貴様こそ、大人しく座っていたらどうだ?」

 

 

そわそわと椿と咲夜はしきりに歩き回っている。

彼らにとってアキラは何よりもかかわりが深い後輩、本当は今すぐにでも助けにいきたいのだ。

まして我夢とアキラには自分達の試練で大きく世話になった。恩返しの意味も含めて絶対に助けたい。

 

 

「うん――うん、わかった!」

 

 

友里が携帯を切って現状を伝える。

ユウスケと薫は一旦学校に戻っており、治療器具を使ってもう一回こちらへやってくるとの事だった。

 

 

「んもう! そんなにソワソワしたって何も変わらないよ!」

 

「だ、だがな友里……! 落ち着いていられんのだ」

 

「そうだぜ園田、俺はもういてもたっても……!」

 

 

尚もぐるぐると辺りを回る二人を友里は一括した。

無駄な体力を使うだけだ、もちろん気持ちが分からないわけではない。

友里だって今すぐ助けに飛び込みたい、だがだからこそ焦ってはいけないのだ。

 

 

「アキラちゃんには、まだまだゲームに付き合ってもらうんだから!」

 

 

友里は拳を握り締める。

仮面ライダーデルタ、一体自分にどれだけの事ができるのかはわからない。

だがそれでも彼女の手を掴む力になってくれる。友里はデルタギアに祈りを捧げると、後ろを振り返った。

 

 

「………」

 

 

お願いね、友里は先ほど動き出した『二人』に願いを乗せた。

彼等ならきっと状況を大きく変えてくれる筈だ。実力の差は悔しさと言うよりも頼もしい希望となる。

 

 

「まままま咲夜さん一回座ろうぜ! なあ!」

 

「そ、そうだなッ! じゃあお前から座れ!」

 

「いやっ、まあお前に譲るわ! ホレ! 座んなさいな!」

 

「いやいや、譲ってやるよ椿。まあ座れ。ほら座れ」

 

「まあ待てよ咲夜、ここはレディファーストっしょ!」

 

「構わんよ椿、ワタシはそう言うのは気にしな――」

 

 

 

「さっさと座らんかあぁあああああああああ!」

 

「「はい……」」

 

 

やはく、アキラちゃんもまたこの輪に加わろうよッ!

友里は強く、祈りを込めるのだった。

 

そのすぐ近くで同じく陽たちも固まって話していた。

一応城外にいるとはいえ敵に見つかった場合を考えて椿達とは少し離れた場所にいるのだ。 

そこでは陽やみぞれ、砂かけ婆や亘が待機している。既に上空には一反木綿が飛び回っておりおかしな点は無いか観察してくれていた。

しかしあまり近づけないのも事実。目目連は内部だけしか効果を発揮しないが、普通に見張りの妖怪に見つかる可能性が高いのだ。

 

 

「………」

 

 

その中で亘はジッと黙りこんで妖怪城をにらみつけていた。

おろおろと落ち着きの無い椿達とは違って彼は冷静に、しかし確実な怒りを灯している。

彼は出発前に里奈に言われた言葉を思い出していた、彼女は今日の日程戦えない事を悔やんだ時はないだろう。

 

親友が危険なのに自分は安全地帯で見守るだけ、きっとそれは自分が想像する何倍も辛い筈だ。

里奈はキバの試練の時に貰った黄金の龍を模したブローチを握り締めてアキラの無事を祈っていた。

そんな彼女のためにも、そしてアキラ、我夢の為にも負ける訳にはいかないんだ。

 

 

「そういえば、イクサさんやサガさんはどうしてるんだろうな」

 

『きっといい王様になってくれるッスよ、そこではもう争いなんてない。皆がハッピーで暮らしてるんス』

 

「へぇ、どうして分かるんだ?」

 

 

冗談交じりに聞いてみる。するとキバットは迷わずにこう答えた。

 

 

『信じているからッス。だから亘さんもアキラさんも世界も守れるって信じるッス! 里奈さんも言ってましたよ、信じあわなきゃ叶わないって』

 

 

その言葉に亘は笑顔で頷いた。

そんな彼らの様子を見ていたのか、みぞれはきっと大丈夫だといってみせる。

しかし彼女は少し元気なく彼らに言った。こんな事をお願いするのは少しおかしな事なのかもしれないが、どうか総大将達を恨まないでほしいとの事だ。

 

 

「大丈夫さ、向こうも向こうで引けないだろうし。どっちかって言うとやっぱり世界単位で見ればボクらの方が馬鹿ってもんだからな」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

「ああ、そうだねぇ。実は――」

 

 

安心した様に笑うみぞれ、そんな彼女の隣に座っていた陽が今度は砂かけ婆達を指し示した。

今は砂かけ婆と子泣き爺が何やら作戦の様なものを立てるのに集中している。

 

 

「実はおばばとおじじは、総大将とは親友でね」

 

「へぇ! それは知らなかったな」

 

 

昔から腐れ縁だった三人は、多くの時を経てそれぞれの地位についた。

と言っても実際は総大将だけが出世しただけとも言えるが三人の絆は消えた訳ではない。

だが今その親友同士が敵同士に変わってしまった。そんな悲しい事があっていい訳はない、陽もみぞれも砂かけ婆達をこれ以上戦わせたくないのだ。

 

総大将も家族を守るため、そして世界の民を守るために決断を下した訳だ。

亘もそこまで聞いてしまったら総大将を恨む事なんてできない。すべての怒りは邪神とその使いに。そう彼は心を燃やした。

 

 

「でも大丈夫。ああ見えておばば達は何度もいろいろな危機を乗り越えてきたんだ。鬼太郎もおばば達はとても信頼できる仲間だって言ってたし」

 

「あ、そういえばその鬼太郎って人なんだけど……どういう人なの?」

 

「ああ悪い悪い、アイツはそりゃ凄いヤツさ!」

 

 

陽は言う、鬼太郎はこの世界におけるもう一人の総大将みたいなものだと。

言い過ぎだとみぞれは笑うが、あながち間違いと言う訳でもないらしい。

 

やはりこの世界がいくら平和だったとは言え、事件が全く起きないと言う訳ではない。それも妖怪が絡んだ事件だ。

妖怪の中にも共存を望まないものや、人を襲おうとする者、そして総大将の地位を狙う者等は少なくは無い。

そんな考えをもった妖怪の多くを倒してきたのは鬼太郎だったと言う。

 

彼はこの世界における様々な事件を仲間達と共に解決してきた。

人を、妖怪を、そして世界を影ながらずっと守ってきたのだ。彼は人間でも妖怪でもない、幽霊族という第三の種族の末裔、つまりは生き残り。

幽霊族は非常に強力な力を持ち、誇り高い一族だったと言われている。しかしそれならば何故彼らは滅んだのだろうか? 亘の問いかけに陽は苦い顔をして答えた。

 

当時人間と妖怪の仲は良好ではなく、むしろ険悪だったらしい。

人も妖怪も互いの存在を否定して戦う日々が続いていた。だがそんな中で幽霊族は三種の共存を訴えて助け合いの道、共存の夢を掲げていたと言う。

しかし幽霊族は、その力故なのか人にも妖怪にも恐れられてしまった。

結果として、幽霊族は妖怪と人間の二種族から攻撃を受けて滅ぼされてしまったと言う。

 

 

「そう……」

 

 

亘は自分の試練を思い出して俯いた。

種族間の争いは絶える事はないのか? 悲しすぎるだろうそれでは。

 

陽は話を続ける。

幽霊族は襲われながらも決して反撃をする事はなく、最期の時まで人や妖怪を説得し続けた。

しかしそんな努力も虚しく、次々と幽霊族は命を奪われていった。

 

遂には幽霊族は残り二人になる、それが鬼太郎の父と母。

鬼太郎の母は既に大きな傷を負っておりとてもじゃないが助かる可能性は低かった。

そして彼女は自らの命がもう助からない事を知り、せめてお腹の中にいる鬼太郎だけは助けたいと自分の持っている力を全て鬼太郎に託して絶命。

 

そこに現れる人間と妖怪達、鬼太郎の父は母親の亡骸とその胎内に生きる鬼太郎を守るため必死に二種族を説得した。

しかし父親は殺されてしまい、母親の胎内にいた鬼太郎も殺される寸前までいったと言う。

だが鬼太郎の父はまだ完全には絶命しておらず、残る力を全て自分の『目』に注ぎこんだ。

結果、彼は目に小さな体がついた生命体となり説得を続けた。

 

目だけになっても息子を守ろうと、そして共存を望む彼の姿に当時の人間側のリーダーであった初代一刻堂と、妖怪側のリーダーである閻魔大王は胸を打たれた。

同時に自らの愚かさを知り、一刻堂と閻魔大王は人間と妖怪の共存を誓い、以後は人間と妖怪が笑い合える世界をつくろうと努力する様になったと言う訳だった。

 

 

「鬼、そして幽霊族の犠牲を伴い世界は平和になっていった」

 

 

生き残った鬼太郎は当時の砂かけ婆や父親に育てられて成長した。

しかしその中でいまだ幽霊族を嫌う者達から多くの迫害を受けたと言う。

だが彼は自分を命がけで助けてくれた父親と母親の為に、幽霊族である事を一度たりとも恥ずる事はなく常に幽霊族として胸を張って生きていた。

その彼の真っ直ぐな思いにしだいと仲間は増えていき、彼は一つの誓いを掲げる。

 

 

『もう二度と悲劇は繰り返させない。この世に生まれる悲しみは全てボクが消し去ってみせる』

 

 

彼はその想いを胸に人と妖怪を守るために戦う事を決めたと言う。

 

 

「そう、凄いな鬼太郎さん」

 

 

亘は切にそう思う。

そしてそんな彼を支えた主なメンバーの中が今回協力してくれた面子だと言う。

鬼太郎の大切な仲間達――

 

様々な効果を持つ砂で危険な状況を助けてくれた砂かけ婆。

 

石になったり地震を起こしたりと強力な技で戦う子泣き爺。

 

そして今は眠っているが巨大な体とその防御力でピンチを救ってくれるぬり壁。

彼は人並みに言葉を話す事はできないが優しい性格で鬼太郎とも友達らしい。

 

空を飛んでいる一反木綿(いったんもめん)

布の姿だが危険な状況に素早く登場する事から人命救助に役立ったり、鬼太郎を乗せて空を飛ぶ妖怪達と何度も死闘を繰り広げたらしい。

女性を大切にする性格と、その立ち振る舞いからか一部の妖怪マニアの女性からついたあだ名は『イケモメン』

 

 

鬼太郎の幼馴染の一人である幽子は戦闘能力こそ皆無。

だが座敷童と言う特性なのか彼女が鬼太郎達を応援すると不思議と力が湧いてくる事もあって大いに貢献しているだろう。

 

同じく幼馴染である天邪鬼、本人曰く鬼太郎の一番の親友であり一番のライバルらしい。

その言葉に恥じない実力の持ち主で、体術一つで戦い抜いている実力者である。ちなみに天邪鬼と幽子は鬼太郎と出会う前から付き合いがあり、恋仲なんだとか。

 

最後に寝子だ。

彼女は鬼太郎に想いを寄せているだけでなく、鬼太郎も彼女の事はなによりも大切に接してきた気がすると言う。

半妖として苦しむ彼女を全力で救おうとした鬼太郎、自分の様な想いをさせたくはなかったのだろうか? 寝子も鬼太郎の力になろうと日々努力している。

 

鬼太郎は人間よりも遥かに長い時を生きているが、今現在は一般の中学校に通っているらしい。

そこで出会った陽やみぞれ、同じく正義心の強い鴉天狗、妖怪横丁の皆とも協力していろいろな事件を解決してきたという事だった。

 

あ、そういえば彼の周りにはだいたいねずみ男がいたっけ。

彼も何だかんだいって鬼太郎とは腐れ縁である。だいたい敵対はするが、ごく稀に大活躍をしたりとかしないとか。

 

そんな鬼太郎だが現在は行方不明である。

邪神討伐、つまりは自分達の味方になってくれるだろう彼だが――

心配だ、亘達は不安を隠しながら再び妖怪城を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、我夢くん。昨日のテレビ見ましたか?』

 

『我夢くん! 今日は図書当番ですよ! 忘れないでください!』

 

『我夢くん知ってますか? 実は――』

 

『また、明日』

 

 

思い出の中の彼女は笑っている。

泣いている。困っている。怒っている。いろいろな事を彼女と共に共有できた。

それは幸せな事――……なんだろう。

 

 

 

 

 

"お願いです、私を死なせてください"

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなよッッ!!」

 

 

響鬼の拳が河童兵を吹き飛ばす。

ああ、こんなお願いってあるか? 普通に生きていれば、絶対にすることのないお願い。

 

彼女と一緒にいたい。

それは罪なのか? 救う事は許されない? 世界を犠牲に、世界を危険に晒さないと彼女は生きる資格をもてないのか?

ふざけてる、ふざけてるだろそんなの!

 

運命、ああそうだな。簡単だ、運命だったと――! 仕方ないと割り切れれば簡単な話なんだ。

天美アキラの人生は、今までの生きた時間は邪神の腹に納まる為でした。それで済む話だ。

だけど、そうやって受け入れることがどれだけ辛いのか分かっているのか?

世界は残酷にその運命を彼女に突きつける。彼女を殺そうと牙をむく。

 

ふざけんな、ふざけるなよ……!

お願いだ、好きなんだ。陳腐に、安易に聞こえるかもしれない。だけど僕は彼女を愛しているんだ!

響鬼は悲しみ、怒り、悔しさ。その全てを拳に乗せて放つ。辛い、戦いがこんなに辛いなんて知らなかった。泣きたい。弱音を叫びたい。

今すぐ彼女を解放してくれと、世界を危険に晒さないでくれと、邪神に土下座したい気分だ。

 

彼女は今何を思っているだろうか?

ただ、ただ一緒にいたいだけなんだ。響鬼はひたすらにアキラの無事だけを祈って走る。

お願いだ、無事でいてくれ。そしてどうか、どうかまた一緒に笑い合えるように――

 

あのメールの返事くらいはさせてくれないか?

響鬼、我夢はひたすらにそれを思う。必ず、助けると――ッッ!

 

 

『残念だが、それは不可能だ』

 

「!!」

 

 

階段の間から突如その声が聞こえる。

瞬時、響鬼は近くの部屋まで全速力で走りぬけた。飛び込むように適当な部屋に入る響鬼。

客間のようで、あまり広くはない普通の部屋だ。そこへ無数の剣が飛翔してくる。

 

 

「クッ!!」

 

 

響鬼の口元から紫色の炎が発射される。

鬼火、それは剣を次々に消滅させていき、放った本人をもおびき出すのだが。

 

 

『ほう、鬼の力を手に入れるか。厄介な』

 

 

黒いローブ、そして不気味な仮面。間違いない、響鬼は音撃棒を構える。

妖怪サトリ、心を読むと聞かされたばかりだった。響鬼は余計な事を考えないようにしながら武器を構える。

 

 

『奴らを追っていたら、面白いものをみつけたな』

 

 

旅館の部屋といってもいいくらい綺麗な部屋だったが、直ぐにそこはグチャグチャにされる。

なぜならばサトリは部屋の中で闇のエネルギーを剣に変えて乱射したからだ。

 

無数の剣が飛び道具となって響鬼を狙う。

なんとか飛び込むように前転を繰り返し交わすことには成功するが、サトリの流れをつくってしまった気がしてならない。

部屋にあった窓を突き破ってみると室内にも関わらず雪がつもっている庭に出る。そこに響鬼は転がっていった。

不思議な事に中庭は『色』がなく、響鬼の体は白黒に染まる。

 

 

「クッ!!」

 

 

響鬼は襲い掛かる剣を必死に交わそうと動き回るが、サトリの能力によって回避ルートは全て把握されてしまう。

結果、響鬼は剣を直接防御するしかなくなる訳だ。音撃棒で次々に迫る剣の群れを弾いていく響鬼、しかしやはり限度があるのか、数発はまともに受けてしまった。

 

 

「ッ……!」

 

 

鬼の固い皮膚をナイフは貫かなかったが、それでも刺された痛みは強烈に刻まれる。

 

 

『お前は花嫁に対して特に強い思い入れがあるようだ』

 

 

白と黒しか色が無い庭、そこにサトリと響鬼は対峙し合った。

いや違う! もう一人、この部屋の主が存在している。

 

 

「花嫁を奪おうと考える愚か者よ、今ココに死を持って――」

 

「!!」

 

 

再度後ろへ跳ぶ響鬼。

彼がいた場所に巨大な『穴』が出現。雪で脚がとられる中、響鬼は必死に距離をあける。

 

 

『夜道怪、一気に決めるぞ』

 

「うむ、承知した」

 

 

穴から現れたのは、修行僧の服に身をつつんだ妖怪・夜道怪(やどうかい)

響鬼は焦りを覚える。サトリだけでも勝てるかどうか怪しいと言うのに、さらにもう一人敵が追加されてしまったのだ。

まして考えるという行動はサトリに筒抜け。どういった行動をとるか相手にばれている状況下での戦い、響鬼の勝率は限りなく0なのだ。

 

 

(それでも、アキラさんを救うには……やるしかないッ!)

 

『………』

 

 

舌打ちをするサトリ。またアキラアキラと五月蝿い奴だ。

どいつもこいつもそればっかり、ガキの恋愛に巻き込まれて滅びるなんてまっぴらゴメン。

どうせ助けられない、ならさっさと諦めればいいのに。サトリは軽い苛立ちを覚える。

そんなに大切な存在? 馬鹿な、命と世界を駆けてまであんなちっぽけな少女一人助けたいと言うのか?

 

 

「覚悟せい、人間!」

 

 

夜道怪は影を操る。

辺りにある影を鞭の様にして響鬼を滅多打ちにしていった。

叩きつけられる響鬼、抵抗しようにもサトリがそれを防ぎ彼の防御を封じる。

 

 

「ぐあぁぁ……ッ!」

 

 

響鬼から苦痛の声が漏れた。

影は響鬼の四肢を引きちぎらんとばかりに四方へと力を込めたのだ。

そこへ振りそそぐサトリの剣。鬼の外装を纏おうとも、子供が受ける痛みの限度をはるかに凌駕しているといってもいい。

 

普通ならもう止めてくれと泣いて懇願する程の激痛。

にもかかわらず響鬼の、いや相原我夢の思考は常にアキラを考えている。

サトリはそれが不快で、不思議で仕方なかった。

 

 

『何故そこまであの花嫁にこだわる? 諦めてしまえば、お前は新しい世界を見る事ができる』

 

「その通りだ人間。ただ愛しているだけではどうしようも無いことがある。それを何故受け入れぬ、何故否定したがる?」

 

 

夜道怪とサトリは攻撃の手を強めた。

それでも、どれほどの力を込めても響鬼の重いをかえる事はできない。

それがどうしようもない敗北感を覚えさせる。

 

 

「あなた達こ……そッ! どうして……それだけの力がありながら邪神に……! 立ち向わない……ッ、んですか!」

 

『あれは化け物だ、勝ち目のない戦いはしない主義でね』

 

「生贄を捧げた方が早い。それだけじゃ」

 

 

しかしお前はそれを嫌だと言う。

サトリは思い切り響鬼の腹部に蹴りを決めた。

動けない彼に抵抗はできない、苦痛の声を上げる事のみ許されているのだ。

 

 

「……あなた達は……ッ、恋をした事があります……かッ?」

 

『ずいぶんと下らん感情だ。現にお前は今、それに踊らされて殺される』

 

 

そうですね、酷いもんです。あんなに傷ついて悲しくなる物だったなんて思わなかった。響鬼は乾いた笑みを浮べる。

だがしかしアキラを愛した事を後悔はしない、彼女を好きになって良かった。報われない思いだったとしても、その思いは変わらかっただろう。

だけど、響鬼は彼女からのメールを思い出す。

 

たった一文だった。

私も好き。その一言、それがどれだけ嬉しかったか……!

二人の思いは同じになったのだ。彼らの恋は成就する、これから始まる。

だけど、彼女は死ぬ。それがどれだけ苦しいか――

 

 

「ただ、彼女と一緒にいたい……! そんな、それだけの事」

 

 

それだけの事が全てなんだ。

それだけの事を切に望む、そんな事が今まであったか?

 

 

『面倒な感情だ』

 

「本当にそうですね……!」

 

 

コレだけのこと。

他人からしてみればなんて馬鹿な行動。

 

 

「だけど、だから僕は戦うんです――ッッ」

 

『――ッ!』

 

 

サトリの体に痛みが走り、思わず彼は後ろへ跳んだ。

どうしたのかを聞く夜道怪、何かに噛み付かれたと聞くが……?

そう、響鬼の前に現れたのは擬態能力を解除した瑠璃狼。そして続いて茜鷹が夜道怪の影を切り裂く。

 

 

「何ッ! アレは!」

 

『式神か!』

 

 

驚く二人に、さらに衝撃。

吹き飛ぶ彼らの背後には、ディスクアニマルが立っていた。三枚目、緑大猿(りょくおおざる)

その力は絶大で、戦闘に特化したアニマルと言ってもいいだろう。

 

ディスクアニマルの心は読めなかった。

サトリの裏をかくことに成功した響鬼は素早く立ち上がり、ベルトから中心部。火炎鼓を取り外す。

 

 

「ハァァッ!」

 

 

そして、彼はそれを思い切り投げた!

小さな円形のソレは、サトリに命中すると倍はあろうかと言う大きさに変わる。

さらに火炎鼓はサトリの動きを拘束する機能も持ち合わせており、完全にサトリの動きを封じていた。

 

 

『クッ! 動かない――ッ!』

 

「おのれっ!」

 

 

夜道怪は錫杖を構えて走り出した。

響鬼もまた音撃棒を構えて走り出す。

 

 

「愛の為に貴様は戦うと!?」

 

「ええ、いや……! 愛と言うか――」

 

 

アキラの為に。この決断を許した寝子達の為に――

夜道怪は響鬼の影を具現させて襲い掛からせる。雪で脚がとられる響鬼はうまくかわす事ができずに、攻撃を受け続けた。

 

 

「この痛みも、苦しみも!」

 

 

生きているからこそ分かる物。そして、分かち合えるものだと。

 

 

「人間は、馬鹿な生き物なりに……ッ」

 

 

毎日何かに足掻いてるんですよ!

響鬼は瑠璃狼を夜道怪に向かわせる。擬態を見抜けるわけもなく、夜道怪は噛み付かれて動きを鈍らせた。

そのわずかな隙を見て、響鬼は変身を解除。我夢は目の前に迫る自らの影をギリギリでかわすと、再び変身を行う。

 

 

「!」

 

「足掻かせてもらいますよ、それが……僕のゆるぎない意思です」

 

 

ただ一つだけ、アキラを救うと言う簡単な話。それが彼らの戦う理由。我夢の体を――いや、この部屋を紫炎が包みこんだ!

響鬼の動きを制限していた雪が溶けてなくなる。そして逃げ場すら与えない程の熱がサトリと夜道怪の動きを封じた。

響鬼はまた同じ要領でサトリの動きを火炎鼓によって封じると、音撃棒を構え夜道怪に勝負を挑む!

 

 

「いい加減にしろッ! 貴様らの行動でどれだけの者が迷惑すると思っているッ!」

 

「だからって、彼女を見殺しにには出来ないッッ!」

 

 

いや、ちがう。

炎を翻して再び姿を見せた響鬼は錫杖を引き寄せ、そのまま夜道怪を殴り飛ばす。

 

 

「諦めきれるかよッッ!!」

 

 

音撃棒の先端から炎があがり、火柱が剣の形になる。

烈火剣。二本の剣を操り、響鬼は夜道怪の錫杖を弾き飛ばした。

 

 

「グッ!!」

 

「すいません、勝たせてもらいます」

 

 

無防備となった夜道怪、そこへ響鬼の剣が振り下ろされる!

 

 

「グゥゥウウウッッ!!」

 

「音撃剣――ッ!」

 

 

斜めに払うように二回、炎の軌跡が刻まれる。

それはまるで「人」の文字を描くかの様。そして二本の剣を重ね、巨大な大剣を練成。そのまま横に一閃する!

 

 

大炎獄(だいえんごく)の型!」

 

 

巨大な「大」の字が夜道怪に刻まれる。

その強大な威力に夜道怪は意識を失った。響鬼はそのまま音撃棒を構え、サトリの方向へと走り出す。

 

 

『クッ! 拘束がはがれん!!』

 

 

火炎鼓の拘束から抜け出そうとサトリはもがき続けるが、その拘束がはがれることはない。

それはつまり響鬼の意思が強いと言う事でもあった。揺ぎ無い精神の鼓動が音撃を強化する。

 

 

『何故、そこまで――ッ!!』

 

「ただ、愛しているから――」

 

 

音撃打、響鬼がそれを口にしようと――

 

 

「フフッ、させませんわ」

 

「!!」

 

 

ガッと、肩をつかまれて響鬼の足は地面から浮く。

何が起こったのかと顔を上げる響鬼、そんな彼に微笑むのは――

 

 

「あなたはッ!」

 

「うふふ……!」

 

 

黒い翼を広げているのは瑠璃姫、彼女はそのまま猛スピードで夜道怪の間を抜け出す。

距離が離れればそれだけ拘束力も弱くなる。サトリは力を解放して火炎鼓を引き剥がすと、自らも瑠璃姫の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁッ!!」

 

 

響鬼は瑠璃姫によって最下層のホールに落とされてしまう。

そこには既に上級河童兵が二体も待ち受けており、一対四の戦いが開始される。

 

 

「愛の為に戦う、素敵ですね。ええ素晴らしいです」

 

「グッ!! それは……どう…もッッ!!」

 

 

肩に激しい痛みが走る。

河童兵が口から放つ水流弾、まるでマシンガンの様に間髪入れぬ連撃。

響鬼のダメージはどんどん蓄積されていく。揺れる視界と全身に走る痛みと衝撃。

 

 

「しかし、愛に終わりがあるように――!」

 

「……ッ」

 

「あなたにも、限界ある」

 

 

響鬼はよろよろと立ち上がるが度重なる連戦、そして削られていく精神は確実に響鬼を蝕んでいた。

動きも鈍り、サトリにはディスクアニマルも見切られ河童兵からは激しいラッシュを受ける。

 

 

「ぐああああああああッッ!!」

 

 

吹き飛ぶ響鬼、限界を迎えたか彼は我夢へと姿を戻した。

河童兵は乱暴に我夢の頭を掴み引き起こす。そして、瑠璃姫に指示を仰いだ。

 

 

「うふふ、そうですね。どうしましょうか」

 

 

ここで殺してもいいんですけど、黒く笑う彼女を見て我夢は何を思うのだろうか?

サトリは気になって思考を除いてみる。そして舌打ち、この状況になっても彼はアキラの無事を祈っていた。

ここでサトリはふと思いつく。果たして本当に我夢はアキラの事を考えているのだろうか?

愛、愛か、愛とはどうにも不明確な存在だ。故にもしかしたら――

 

 

『瑠璃姫、ソイツを私の部屋に運んでくれ』

 

「?」

 

 

確かめたいことがあるとサトリは言う。

少し迷う瑠璃姫、今ここで殺しておいたほうがいいのではないかと彼女は思うのである。

 

 

『黙するのは我、異端を見つけし愚かさや』

 

「!」

 

 

サトリは心を読める。それがどう言う事なのか改めて瑠璃姫は理解した。

成る程、従う以外にないか。瑠璃姫は静かに微笑むと我夢を気絶させる。

これでよろしいでしょうか? そう言って笑う瑠璃姫にサトリもまた頷く。

瑠璃姫はもう一度黒い翼を広げると、我夢を抱えてサトリの部屋へと飛び立つのだった。

 

 

『相原我夢、見せてもらおうか。お前の愛とやらを――』

 

 

そして教えてくれ。下らないと見下してきた愛の強さを。

サトリはもう一度笑うと、飛翔する。我夢のところではない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分落ち着いたな……」

 

「ああ、だけど我夢に連絡が繋がらなかった」

 

 

最下層ホールから抜け出した司達は、あれからしばらく城をさ迷い一つの部屋にたどり着く。

この部屋もまた普通の部屋といってもいいくらい無個性で、もちろんアキラもいなし彼女の手がかりもない。

だがこの部屋までの通路は一本道、さらにその通路が狭いためにどうしても敵が一列になる。

 

先ほどからも無数の河童兵が襲ってきているが、オートバジンのガトリングやブランウイングの羽ばたきによって制圧できている。

サトリとの戦いで大分体力を消費してしまった、司達は少しの間休む事を決める。ここも敵に場所が割れているため、あまり長居はできないが……。

 

 

「美歩さん、どうしたの?」

 

「んあ、ちょっと……」

 

 

美歩がうなだれていたので、拓真が声をかける。

どうやら美歩はアキラからきたメールを読んでいたようだ。

短い時間でうったから、本当はもっと伝えたい事があると……アキラは言った。

 

 

「アキラちゃん……アタシといて楽しかったって言ってくれて――」

 

 

美歩は少し涙を浮べて、携帯の画面をジッとみていた。

過去に家族からのコンプレックスで何もかもどうでもいいと思っていた時期もある。

だけど真志に出会って皆と出会って、また楽しいと心から思う事ができた。

そして誰かに自分といて楽しいと言ってもらえた。それは美歩にとってとても嬉しい事だ。

 

 

「私も……アキラちゃんといてだのじがっだ」

 

「うん、そうだね。僕もだよ」

 

 

美歩は泣き出してしまう。

ここでお別れなんていやだ。もっといろんな事をしたいのに、今度はアキラにもっと笑って欲しいのに!

 

 

(アキラちゃん。君が一人いないだけで僕達はこんなにも苦しいんだ。だから、絶対に君を助けるよ)

 

 

人間は感情と言うものを持っている。

それは簡単なものじゃない、それを感じつつ二人は頷いた。

 

 

「大丈夫、きっと……」

 

 

寝子も加わり三人はより実感する、天美アキラと言う人間を助ける難しさと苦しさが。

 

 

「おい、二人共……ッ!」

 

 

そんな中、司が三人に声をかける。

 

 

「最悪のお客様だ」

 

 

通路の向こうからコチラへゆっくりと歩いてくるサトリを見つけて、司はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぐぁぅッ!!」

 

「美歩ッ!」

 

「だ、大丈夫大丈夫。いってぇな……糞!」

 

 

ファムの体から火花が散り、彼女は近くの突き出た岩に叩きつけられる。

助けに向かう龍騎とディケイドを彼はその髪を伸ばし拘束。もがく二人を持ち上げ、振り回すと二、三回壁に叩きつけて吹き飛ばす!

サトリをかく乱する為に猫娘は辺りを駆けるが、それもサトリのとっては無意味なもの。攻撃の瞬間だけ防御し猫娘にカウンターをしかけていく。

 

 

『有限、愚者は無駄と知りながら抗うか』

 

 

あれからディケイド達はサトリと上級河童兵に押され再び最下層のホールまで追い込まれていた。

唯一サトリに抵抗できるオートバジンも上級河童兵を相手にしている為、なかなかサトリに近づけない。

サトリも本気で潰してきているのか、誰一人とて状況を変える要因である高速移動を発動させない徹底ぶりだった。

クロックアップも、アクセルフォーム、アクセルベントも全て発動を許さぬ猛攻にディケイド達は圧倒されていく。

 

 

『カメンライド――』『ブレイド!』

 

『河童兵、ヤツは飛行形態となるつもりだ。その前に封殺しろ』

 

 

その通り、ディケイドはジャックフォームに変わるつもりだ。

しかし読まれていた。しかしだからなんだと言うのだ、ディケイドは強引かと思いながらもジャックフォームへと変身する。

 

 

「クッ!」『ストライクベント』

 

「司援護で行くぞ!」『シュートベント』

 

「ッ!」『1』『0』『6』『Burst Mode』

 

 

三人はそれぞれ飛び道具でディケイドの援護をしていく。

河童兵が何かおかしい動きをしないか。だが、それは全てサトリに防がれるのだが。

 

 

「ッッ!! 化けモンかよ!!」

 

 

いくら心が読めるといっても、どこに銃弾を撃ち込むかを呼んでから反応するサトリの実力。

やはり上級妖怪にふさわしいものだろう。だがディケイド達にとっては何よりもの障害となる。

ディケイドが飛行するという情報が知られてしまい、そこから河童兵達はチェーンをとりだした。

そして翼を広げたディケイドにそれを投げる。

 

 

「!」

 

 

翼にチェーンが絡みつき、ディケイドは空中でバランスを失う。

そのまま無防備になったところをサトリに剣で撃ち抜かれてしまった。

援護していた龍騎達も、上級河童兵にはてこずっているらしく、うまくディケイドをサポートできない!

 

 

『兵力――』

 

「ギニャッ!!」

 

 

河童兵の回し蹴りが猫娘をとらえる。

そのままチェーンを巻かれ、動きを封じられてしまった。河童兵はそのまま猫娘を突き飛ばしファイズのところへと向かう。

それを見てミッションメモリを手にするファイズ、カウンターのクリムゾンスマッシュを放つつもりだったが、そんな事はサトリに筒抜けだ。

すぐに指摘されて逆にカウンターの蹴りで吹き飛ばされる。

 

しきりに河童兵はファイズのベルトを狙うのも、弱点である変身が解除されやすいと言う事を見抜かれたに他ない。

サトリと援護を行う河童兵の的確な連携はディケイド達をさらに苦しめる。

 

 

『そして実力』

 

 

サトリは相変わらずの身のこなしで次々に攻撃をかわしていく。

オートバジンも、既に河童兵のチェーンによって拘束され動きを封じられている。

アドベントのカードも発動する前に攻撃すればいい。もうサトリを止められるものなど存在しないのだ。

 

 

『全てお前達には足りていない』

 

「っくしょぉおおお!」『フォームライド』『アギト! トリニティ!』

 

 

炎の暴風、これならいけるか?

ディケイドに淡い期待がよぎる。しかし――

 

 

『愚かな。無駄だと知って尚、足掻くのか』

 

 

サトリの張った闇の結界が暴風のエネルギーを自らの力に変換する。

結界に閉じ込められたディケイドに襲いかかる闇の暴風、そのエネルギーにディケイドの変身は解除されてしまった。

 

 

「がは……ァァ!」

 

『我は七天夜が一角サトリ、貴様らでは永遠に私に勝てぬだろう。現実を知れ、人間よ』

 

「ぐぅうッ!」

 

 

七つに分かれた夜の一つを制する実力者。

やはり、勝てない――?

 

 

『フッ!』

 

 

なんて思うかよ!

 

 

『チッ!』

 

 

司は素早く転がるとディケイドライバーを構えなおす。絶対に諦めない、アキラを救う。そればかり。

美歩も、真志も、拓真も、寝子も必死に戦って、傷ついて。でもアキラの為に戦う事を止めない。

寝子なんて自分の世界が危なくなるかもしれないのに司達に協力する。彼女の心は常に真っ直ぐだ、自分が胸を張って生きる為に司達に協力して――

 

 

『不快だな、たまらなく不快だ』

 

 

だが、サトリは確信している。

もうまもなく司達は絶望すると。

 

 

『相原我夢』

 

 

その名前を出した時、皆が一斉に顔色を変えた。

何かしたのか? そう力む司達を一瞥するとサトリは少し声色を変えて言う。

相原我夢、この男は天美アキラに対して強い思い。一番強固といってもいい思いを持っている。

しかし、その我夢は本当にアキラを助けたいのだろうか?

 

 

「どう言う事だッ!」

 

『ヤツは、アキラと言う"女"が好きなだけだろう。クククッ、つまりヤツはアキラと言う人間などどうだっていい。同じ顔なら妥協できる筈だ』

 

 

下らぬ、下劣な肉欲こそ愛。サトリはそう言って舌打ちをする。

今までだってそんな汚らしい感情を除いてきた。否、見させられた。

好きで心が読めた訳じゃない。見たくも無いモノを幾つも見てきたものだ。

 

 

『お前達も分かるだろう。そして、絶望する』

 

 

相原我夢、所詮ヤツは"天美アキラ"なんてどうだっていいと考えているに違いない。

 

 

『その後で――』

 

「しまっ!」

 

「「「!!」」」

 

 

ディケイドと猫娘はサトリの放ったローブに気がつくのが遅れてしまった、ローブはうねりながら二人に絡みつき動きを封じる。

助けようとしたファイズ達だったが、サトリの猛攻と河童兵の攻撃によってディケイド達と同じように拘束されてしまった。

解かれる変身、そして倒れる一同。

 

 

『お前達には真実を知った後で死んでもらう』

 

 

転がる五人を見下しながら、サトリは指を鳴らす。

するとホールの壁にまるで映写機で映したような映像がながれた。

 

 

「我夢!!」

 

 

そこにいたのは闇の中で気絶している我夢。

サトリの部屋、それは幻想を見せる空間でもあった。そこでサトリは我夢の心を支配するつもりなのだ。

それを司達に見せる事で、いかに自分達が愚かな存在だったのかを教える事。それがサトリの計画。

 

 

『見ていろ、これが愛だ。下らぬ、幻想――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと彼は目を覚ました。

誰かに起こされたような、そんな感覚を覚えて相原我夢はその体を起こす。

 

 

「ッ?」

 

 

暗い、何も見えないし何もない。ただ黒が広がる空間に彼はいた。

黒。そう何故か自分の体は鮮明に見える、つまり文字通り黒い部屋に自分はいるのだと理解した。

暗闇なら視界が奪われる、だが自分の体は見えると言う事はそういう事なんだろう。

 

しかし早くしないと、我夢は焦ったように立ち上がり出口を目指す。こうしている間にも確実にタイムリミットは近づいているのだ。

ゆっくり寝ている時間など自分にはない。我夢はすこしふらつきながらも、自分を叱咤する。

 

 

(しかし、何故僕をこの部屋に?)

 

 

正直、あそこで殺しておけばよかったのではないか?

現状は助かっているわけだが、どうしてもそこが疑問に残る。

命までは奪わないと言う考えなのだろうか? にしては本気で殺しにかかってきていたはずだ。

何かおかしい、そう思う我夢だが――

 

 

「………ッ」

 

 

何がおかしいかは分からない。少し不気味だが出口を探すことを専念する。

しかし、しばらく出口を探してみてもソレらしいものは無かった。そればかりか壁一つない、永遠にこの黒を歩いている感覚だった。

 

 

(気持ちわるい……)

 

 

そんな嫌悪感を感じたときだった。その声が聞こえてきたのは……

 

 

「我夢くん?」

 

「ッ!!??」

 

 

ドクンッ、そう鼓動の音が跳ね上がる。

どれだけ、どれだけ自分がその声を聞きたいと願っただろう。

 

 

「我夢くんですよね」

 

 

肩に触れる手。

ああ、どれだけ彼がこの手に再び触れたいと願っただろう。

張り裂けそうだった。そんな感傷、彼を包む悲しみ、あの時彼女が死ぬと分かった時いっそ殺してくれと願った。

神を、世界を、自分を恨んで。それも、彼女の事があったからこそ――

 

 

「我夢くん」

 

「アキ――」

 

 

そう、振り向いた彼に飛び込んできた笑顔。それはまさに……

 

 

天美アキラ。

 

 

 

 

 

「なっ! アキラ!?」

 

 

驚く司達。

まさか向こうからアキラと対面させるなんて……一体なにを考えているんだ?

 

 

『フッ……』

 

 

驚く様子を読み、サトリは笑った。それを見て司達はこれが罠だと言う事を理解する。

それはそうだ、こんなに簡単に会わせてくれるわけがない。

 

 

「何をする気なのッ!?」

 

 

寝子の問いかけに、サトリはクスクスと笑う。

 

 

『愛なんて、所詮その程度だと……君達に教えてあげるよ』

 

 

永遠の幻影。彼はそれに溺れるだろう。

サトリは画面の中にいるアキラと我夢を見てもう一度笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶ、無事だったんですね!」

 

「はい」

 

 

我夢は今すぐにでも抱きつきたかったが、なんとかソレを我慢する。

どれだけ彼女の無事を願ったか、どれだけまた会いたかったか、それは簡単に言葉へ変える事なんて到底できないほどの思い。

我夢は喜びの涙を一粒こぼした。アキラもそれを見て淡い笑みを浮べる。

 

 

「帰りましょう、一緒に」

 

「我夢くん」

 

 

我夢はアキラに手を差し伸べる。

少し気恥ずかしいが、メールに書いてあった事が本当なら……一応問題はない筈だ。

 

 

「我夢くん、お願いがあります」

 

「え?」

 

「私と、ここで暮らしてくれませんか」

 

 

どう言う、事なんだ?

停止する我夢の思考。今……彼女はなんと言った?

 

 

「!」

 

 

我夢の胸に、彼女が納まる。彼女は手を我夢の腰へと回し目を閉じた。

 

 

「………」

 

 

あれから、どれだけの時間が経っただろう?

彼女に抱きしめられている。それなのに、我夢の思考は未だに停止していた。

 

 

「え……っと、どうして…ですか?」

 

 

そんな言葉しか出なかった。

いやしかし、それが一番の言葉なのかもしれない。純粋に彼女の言っている事が理解できなかった、分からなかったのだ。

 

 

「この部屋は、望むものなら何でも手に入るんです」

 

 

そう言った途端、真っ黒な部屋が変化した。

文字通り変化、黒一色だった空間にフローリングの床、二人がけのソファ。電気屋でよく見かける薄型テレビ、綺麗なベッド。

次々に現れていく生活用品、まるで新婚夫婦の部屋のようだ。

 

 

「これ……は――」

 

「素敵ですよね、邪神さんが言ってくれたんです」

 

「………」

 

 

君達の勇気に負けた。だからこの部屋で暮らすんなら、永遠の安息を約束しよう。

 

 

「――って」

 

「………」

 

 

だから、ずっと一緒にいましょう。

アキラはそう言って我夢を抱きしめる力を強めた。

彼女の感触が我夢を包む、ずっとこうなる事を望んでいたのだろうか? 彼女は、少し恥ずかしげに微笑んだ。

 

 

「ずっと、あなたと……こうしたかった」

 

 

しゅるりと、衣服がすれる音が聞こえた。

我夢は驚いて彼女の方を見る。制服姿だった彼女は一枚制服を脱いでシャツ姿になった。

普段の我夢なら真っ赤になってそっぽをむいたかもしれないが、今は何も言わずに彼女を見ていた。

 

 

「ずっと一緒です」

 

 

もう一度彼女は我夢を抱きしめる。

我夢は何を考えているのだろうか? 何も言わずに彼女を見ていた。甘いシロップの様な感覚が彼を包む。

 

 

「ここなら、全てが手に入るんです」

 

「………」

 

「永遠に、幸せでいられるんです」

 

 

我夢は、何も言わずにアキラを抱きしめた。

初めて抱きしめ返した我夢に、アキラは喜びのキスを送る。

 

 

「………」

 

 

しかし我夢はそれを拒んだ。

不思議そうに首をかしげるアキラに彼は微笑みかける。そして、投げかけた。

 

 

「いいですね。そうしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 我夢やめろッッ! ソイツは偽者だ!!」

 

『クハハ……! ハハハハハハハ!!』

 

 

必死に叫ぶ司と、笑い転げるサトリ。

 

 

『なんだアレは? クククッ!』

 

 

モニターの中で我夢はアキラを抱きしめている。

当然だ、彼は天美アキラを愛しているんだから。彼の思いは成就しその想い人に愛を囁くのは普通ではないか?

そう、それがアキラなら何の問題もないだろう。

 

 

 

 

アキラならば。

 

 

『クハハハハハハ! 所詮その程度か』

 

 

本物と『偽者』の区別すらつかないとは!

 

 

「くっ!! 我夢――ッッ!!」

 

 

司達は必死にモニター越しの彼に叫びかける。

届くわけが無いのに、彼らは必死にに我夢に話しかけていた。

 

 

『フフフッ! フハハハハハハハ!!』

 

 

これが一番花嫁を愛している人間の姿?

愚か、愚か愚か愚か愚か愚か愚かなぁぁああああッッッ!!

我夢は言う――

 

 

「アキラさん………ベッドに行きませんか?」

 

「そうですね、私達。もうずっと一緒ですからね」

 

 

我夢はアキラをつれて、一つしかないベッドに座る。

今日、ここから彼らはどれだけの愛をここで語るのだろう。永遠の愛を誓うには十分な程美しいベッドだった。

そこに彼らは腰掛ける。幸せそうに笑うアキラと、微笑む我夢。そして笑うサトリ。

 

 

『クフフフッッ!! これが愛? 所詮肉欲だけと言う訳だコイツも』

 

 

サトリは、地に伏している司達へ強く強調する様に我夢の姿を映す。

 

 

『コイツは天美アキラと言う人間が好きなわけではない。容姿が同じならばなんであろうが受け入れ愛す』

 

 

実に愚かだな、サトリはモニターに移る我夢に拳を撃ち込む。

それを司達は何も言わずに見ていた。サトリとしては絶望してくれるとばかり思っていたが、しかしどうやらそうではないらしい。

ためしに心を読んでみる。成る程、あまりの衝撃的な映像に何も考えられなくなっていたようだ。

 

人間とは認めたくない事実は容易に受け入れない生き物だと彼は知っている、だからこそ滑稽でしかたがなかった。

愛だ友情だ、絆だの。目障りで幻想に満ちた存在を振りかざし、自らに酔った台詞を羅列する。ああ、下らない。サトリは完全に確信する。

相原我夢は、天美アキラの事なんてどうだってよかった。ただ彼女の声、顔、体、ちょっとした雰囲気が好きなだけ。

 

彼女自身はどうでもいい。自らの欲望を満たしてくれる存在にさえ出会えれば、本人なんてどうだっていい。そう言う考えを持った少年なのだろう。

愚かだ、実に愚かだ。サトリは歓喜に似た感情と共に相原我夢を罵倒する。ヤツはきっと天美アキラの幻想に囚われ、一生をあの部屋で過ごすのだろう。

本物が邪神に租借されている間も、彼は幻のアキラに欲望をぶつける。それだけだ。汚らわしい。愚かだ、哀れだ。サトリは相原我夢がここで堕ちるだろうと予測していた。

 

 

『お前達が信じていた愛とは、所詮醜き欲望でしかない。現に、今あの男は偽りの愛を受け入れ、溺れた』

 

 

もう、ヤツはあの部屋を出ることはないだろう。

永遠に幻想と共に暮らし、そして死ぬ。それがヤツの望みと言うのだから仕方がない。

 

 

『………』

 

 

だが、サトリの高揚感は一気に消え去る事になる。

そう、五人誰一人とて我夢の行動に苛立ちや失望の念を覚えていなかった。

むしろそれどころか希望の言葉さえ思い浮かべている。

 

 

『なにを……思っているんだお前達は――?』

 

 

何故、我夢に嫌悪しない?

 

 

「……ハっ!」

 

『!?』

 

 

司はたった一言、それを口にする。

 

 

「我夢の、アキラへの思いは……本物だぜ!」

 

『ふざ……けるなッ!』

 

 

サトリは納得がいかない!

何が本物か! この映像が見えないのか!? サトリは乱暴に拳を壁にたたきつけた。

ゆれる映像、その中で二人はベッドに座って話しあっている。それが真実、今から我夢の口から語られる愛は幻想なのだ!

 

 

「アキラさん――」

 

「はい」

 

「僕はアキラさんが大好きです……愛してます」

 

 

いつもなら赤面していた我夢、しかし今は違う。

真顔でしっかりとアキラに向けた言葉を口にしたのだ。アキラへの単純ながらも真っ直ぐな思い。

 

 

「アキラさんの為なら、なんだってできます」

 

「だから、助けにきたんでしょう」

 

 

我夢は頷いた。アキラを愛している、だから限界を超えられる。人間が持つ愛と言う不思議な力。

彼はそれを感じていた、彼女とずっと一緒にいたい。

 

 

「ここにいてくれますか? 皆を裏切ることになってしまうけど」

 

「………」

 

 

我夢は笑顔でアキラを抱きしめる。

それはイエスと言う事。ずっと一緒にいたい、だから我夢は司達を裏切っても仕方ない事なのかもしれない。

 

 

「僕は、アキラさんを救う」

 

「うれしいです。私の為に――」

 

 

我夢は目を閉じて、彼女を強く強く抱きしめる。

 

 

『どうだ見ろッッ!!』

 

 

何が愛だ! 何が何だって出来るだッ!

所詮、偽者と本物の区別もつかない程度の想い。それを振りかざして世界を危険に晒す?

 

 

『お前らの愛、それが底辺だと言う事が分かるな』

 

 

無言でうつむく司達。もう彼は何も考えていない、絶望しきっているのだろう。

我夢は仲間を裏切りあの部屋で一生を終える、幻想と共に。

望むものが全て手に入るのだ。偽りの愛だったとしても彼は真実と信じて疑わないだろう。

本人である、本物であるアキラが邪神に食い尽くされる瞬間ですら彼は偽りと共に欲望の日々を送る。

 

ああ、なんて愚かな結末か。

ああ、なんて哀れな最期だろうか。もういい、サトリは十分答えを見た。

我夢はアキラを助けたいと願った。しかし人間は結局外見だけで、上っ面だけでいいのだろう。

アキラと同じ固体であればいい。我夢はアキラを道具としてしか見ていない。

 

そうだ。それが答えだ!!

サトリはもう一度それを復唱すると。剣を構えた。

それは司達を貫く剣。もういいだろう、馬鹿な考えを持った愚者は後悔に包まれて死ぬ。

もっと我夢を恨めば面白かったが、納得できないのならそれでいい。現実を理解できずに死ねばいい。

 

 

『さらばだ、人間……! 半妖』

 

 

もう一度サトリは我夢を見る。画面の中でアキラが呟いた。

私を愛してますか? と。

 

 

『この答えを持って貴様らに終焉を』

 

 

我夢は答えるだろう。その愛に――

やはり、人間とは愚かだ。サトリは再確認を――

 

 

「いいえ」

 

『――――え?』

 

 

だが、我夢は首を振った。確かに振った。

思わずサトリは手を止めて画面を見てしまう。今、言い間違えたのか? 質問を勘違いしたのか?

 

 

「ごめんなさい――」

 

『ん?』

 

 

おかしい、あれ? なんだこれは――

整理しよう。画面の中、幻想の愛は囁く。私を愛しているのかと――

それに愚者は答えるはずだ、"はい"と。だがしかし今我夢は……"いいえ"と答えた? ん? それはつまり――

 

 

「我夢くん?」

 

「いいえ、答えはノーです」

 

 

何で? 愛しているかと聞かれ、ノーと答える。つまり、愛していない?

 

 

「言いましたよね、僕はアキラさんを愛してるって――」

 

 

我夢は抱きしめたまま、顔をアキラの耳元に近づける。

そして、まるで恋人に愛を囁く様に、優しく答えた。

 

 

「本当にごめんなさい」

 

「え?」

 

「僕はアキラさんを愛してる――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の言葉は刺し殺す様に冷たく。

 

 

「だから、お前は消えろ」

 

『……は?』

 

 

サトリが始めてあげる、間抜けな声。

 

 

「失せろ、幻影」

 

 

何よりも鋭く、何よりも美しい我夢の声。彼は、知っていた。

これが、偽りだと言う事を!!

 

 

「変身――ッ」

 

 

音角を弾く、美しい音が聞こえた。

そして、アキラが……いや、アキラを騙っている妖怪・濡れ女が悲鳴をあげる。

紫炎が濡れ女を包み、周りのベッドや家具やらが燃えていく。あれだけ小奇麗だった部屋は再び黒い空間へと回帰した。

激しく燃える紫炎。それが弾け、響鬼が現れる!!

 

 

「何故だ!! 何故ッッ!!」

 

「あなたの心が、彼女とは違うから――」

 

 

アキラだった者が真の姿を現す。

女の顔に、体は大蛇。妖怪濡れ女、彼女はサトリの命令に忠実にしたがった。サトリの部屋、"幻想の間"は文字通り幻想に浸る部屋である。

濡れ女はサトリの力である心を読む力の恩恵を受けたこの部屋で、我夢の想い人天美アキラを完璧にコピーした。いや、した筈だ!

 

 

「なのにッッ!!」

 

「またですか……」

 

 

濡れ女の隣に降り立つのは瑠璃姫。

彼女も端からこの様子をじっと観察していた一人だ。そして、見る。

前もそうだ、相原我夢。この男の心は何故屈服しない? 堕ちると見せかけていつもコイツは裏をついてくる。凌駕してくる!

 

 

「あなたは前もそうだった。不思議です」

 

 

瑠璃姫は以前の我夢を思い出す。

死が確定してるとも言えただろうあの状況で、よく抗う気になったものだ。よく死を覚悟しなかったものだ。

それほどまでに、彼はアキラを――

 

 

「愛していると?」

 

「ええ、愛していますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿なッッ!!』

 

 

何故だ!? 何故あの幻想を受け入れないッ!?!?

あそこにいれば永遠の幸せが手に入る。何も気にする事なく、道楽の日々を過ごす事ができるのだ。欲望の毎日を迎えられるのだ!

なのに、彼は拒んだ。愛する者と何も変わらないはずの濡れ女を拒絶した!?

 

サトリはそれが理解できずに苦しむ。

心は読んだ、我夢は確かにこの空間を否定した。天美アキラと、濡れ女の心が違う?

馬鹿な、ありえんだろう。そんな馬鹿な話がある訳が無い!

 

 

"それが、愛なんだよ"

 

『!』

 

 

突如、もう一つの心の声が聞こえた。

司でも真志でも美歩でもなければ、拓真とも寝子とも違う心の声。つまり新たなる侵入者と言う事。

自分達がいる広場は文字通り何もない。つまり隠れるところも無ければ、奇襲できる場所なぞある訳が無い。

だが介入するように聞こえてきた声。つまり単純に近づいたからと言う事だ。

周りには何も通路はない。つまりこの広場に来るためには階段を下りてくるか―――落下してくるか!!

 

 

『くっ!』

 

 

見事に自分のところへ着地してくるのか。

サトリは着地ルートを読み取り、後ろへ跳んだ。

直後先ほどサトリがいた場所に振ってくる鉄の塊。それはバイク!

 

 

『ッ!!』

 

 

そしてその時だ。どこからともなく音楽が聞こえてきたかと思うとサトリの顔面が揺れる。

仮面をしている為防御できたが、サトリは確かに司に蹴り飛ばされたのだった。

 

 

『!?』

 

 

再び混乱するサトリ。今のは完全にありえない事だから。

何故司の攻撃をかわせなかった? どんな人間だろうが、攻撃するときは『どこへ』攻撃するのか、ルートを計画するはずだ。

当然だ、攻撃は命中させなければ何の意味もない。なら攻撃をするためには考えなければならないのだ。

防御されない為、回避されない為に。どこへ、どうやって、どれだけ力を込めるのか。

 

それを読み取れるサトリは、攻撃をかわす絶対の自信があった。

既に持っている身体能力、それと闇の力。一秒でも隙があれば対処できると。

そして何よりこの力は最強だと自負していた。七天夜である自分の力は本物だ、少なくともこんなちゃちな侵入者共に負ける訳が無いと。

いやそれどころか一撃でも攻撃を受ける事は無いと。なのに今、確かに自分は攻撃を受けた。

 

 

『そんな事が――ッッ!!』

 

 

言葉を言い終わる前に、彼はまた衝撃を覚えよろけた。

簡単な話だ、今度は真志の蹴りを受けただけ。それだけの話なのだ。

だがッ! そんな事がありえるはずがないとッ! 人間ならば考える。なのにサトリは今、彼らの心がまったく読めない。

 

 

(―――)

 

 

これがサトリの読んだ彼らの心、何も考えていないのだ。

そう考えているうちに今度は寝子の蹴りを、美歩の足払いを受ける。

 

 

『!?!???』

 

 

拓真の蹴りがサトリを大きく吹き飛ばした。

ホールには尚も音楽が流れ続けている、ヒップホップ調のメロディ。

そしてサトリは気づく。司達の動きがおかしい、単に蹴ると言う攻撃ではなかったのだ。

まるで――それは"踊っている"かの様。

 

 

『くっ!!』

 

 

さらにサトリに襲いかかる蹴りの連打。

宙返りやブレイクダンスなど、彼らからでは想像できない動きで翻弄される。

それにしても、彼らはいつのまに自分の仕掛けた拘束を解除したというのか。

河童兵もオートバジンに足止めをくらっており、サトリは苦戦を強いられる。

そもそも、なぜ心が読めないのか? これほど激しい動きをしているのに、彼らは無心だとでもいうのか!?

 

 

『ッ!』

 

 

そうだ、全ては上からバイクに乗って振ってきた少年が現れてから。

サトリはその人物こそがこの混乱の発端者であると理解する。そして、彼を攻撃するべく思考をさぐった。

 

 

(言ったでしょ? これが、人を思うって事なんだって)

 

『なにッッ!?』

 

 

サトリが読んだ心。

それはまるでサトリに話しかけているかのようだった。いや、そうなのか?

司達は尚激しいダンスを踊りながら、その少年の周りに集まり始める。いや収束していくと言った方が正しいか。

 

少年は紫のシミがついたキャップを被っていた。ウェーブのかかった紫のメッシュは、少年の顔を半分程覆っている。

さらにヘッドホンを首にかけ、DJ風のスタイルという格好。少年は軽くステップを踏みながら、少し怪しげに笑っていた。

少年は踊る、すると司達も踊り始めサトリに攻撃をしかけていった。

 

 

『馬鹿がッッ!!』

 

 

心が読めずとも、所詮は人間。

サトリは闇のエネルギーを司達の向けて発射する。

消し炭にしてやる、サトリは確信するが――

 

 

『!』

 

 

突如現れたのは、光を放つ三つの黄色い球体。

それらは司達の前に留まると闇の爆発から彼らを守る盾となった。

それを合図に、少年からも同じような球体が現れてそのまま四つの球体は地面へと着地する。着地の瞬間、白い砂を巻き上げて――

 

 

『!』

 

「――ッ」

 

 

サトリは、その瞬間に再び司達の思考を読む事ができた。

何故今まで司達の心が読めなかったのか――

それは先ほどの間、彼らが心を持っていなかったから。

 

 

『成る程……!』

 

 

何か特殊な力があると言う事か。

あの紫の少年、彼の力で司達の心がシャットアウトしていたと? 厄介な。サトリは少し身構える。

だがちょっと待て、いつの間にか少年の姿が全く別のものに変わっているじゃないか。

先程まではDJ風ではなく、今は普通の少年に見えるが――

 

 

『言ったよな……我夢!』

 

『!』

 

 

砂と共に現れた、『彼ら』

その中の一人が、画面の向こうの彼に――司達に話しかける。

 

 

『信じてくれるなら……後悔させねぇってよ!!』

 

 

砂状の体、それは彼らが『彼ら』で無くなった証拠だった。

世界に関わったばかりに、彼らはその存在を否定されてしまったのだ。

だが、失ったなかで得た絆。彼らはそれを守る為に戦う。

 

 

「用意はいい? みんな」

 

 

いつの間に服装がガラリと変わっていた少年。尤も、それは司達のみに確認できたことだろうが。

そしてその彼は砂の体となっていた球体、もとい四体のイマジンに話しかけた。

 

 

『オッケーだよ!』

 

 

と言ったのは子供らしい喋り方のイマジン。

 

 

『おうッ! 任しとき!』

 

 

そう言うのはやけに男気に溢れたイマジン。

 

 

『僕はいつでもいいよ』

 

 

そう言って笑うのは余裕に満ちたイマジン。

そして――

 

 

「りょーたろー!」

 

 

女の子の声が聞こえたかと思うと、また新たな侵入者が上空から降ってくる。無数の気絶した河童兵と共に!

野上良太郎。彼は大切な仲間であるリュウタロス、キンタロス、ウラタロス。

 

 

『待ちくたびれたぜ良太郎、俺はもうクライマックスなんだよ!』

 

 

そしてモモタロスに合図を送る。

さらにデネブと彼に担がれたハナにも微笑みかけた。

これが彼の、電王としての『初』戦闘となるだろう。Episode DECADE適合者としての。

 

 

『ッッ!?』

 

 

その時、画面の向こう――響鬼がコチラを向いた。

 

 

 

お願いします

 

 

『!!』

 

 

言葉にした訳じゃない、心で彼はそういった。

馬鹿なッ! 何故伝わる!!! サトリの心に明確な焦り、未知なる恐怖が生まれる。

さあ、最高潮(クライマックス)といこうじゃないか。

 

 

『俺――』

 

 

モモタロスが声を張り上げる。

彼が、ディケイドが紡いだ世界。絆。物語。そして仲間――

 

 

『いや……』

 

『!』

 

 

サトリの背後で声が聞こえ、彼は振り返る。

 

 

『貴様ら――ァァァッッ!!』

 

「サトリさん、これが私達の……胸を張れる生き方なんです」

 

 

司、寝子、真志、美歩、拓真は再び彼に向かって強い眼差しを向ける。

彼らの心は尚、アキラへ、我夢への信頼で満ちていた。そして、現れた侵入者。何故、何故諦めないッッ!

 

 

(皆、アキラが好きなんだよ)

 

「どうしようもないくらいなッ!」

 

 

司達は同時に変身する! そして……良太郎も!

 

 

『『『『俺たち参上ッ!!』』』』

 

「変身!」

 

 

パスがベルトを通過し、装甲が良太郎を包む。仮面ライダー電王・プラットフォーム!

 

 

「ぼく達が相手をするよ」

 

『……何人増えようが同じだ――ッ! 私の夜に呑まれて消えろ』

 

 

サトリと新たに追加されていく河童兵。対するは、電王、ディケイド達。

仮面に隠した素顔、しかし溢れる闘志は隠せない。サトリは彼らに対して少しの恐怖を感じながら、剣を構えるのだった。

 




映画でインフィニティードラゴンゴールド見た時は微妙と思ったけど、バトライドウォーのサイトに乗ってる奴はカッコイイね。金の質感がいいのかな?
って言うかやっぱ動けばカッコイイのが多いよね。


はい、まあ次は土日らへん予定。
ではでは

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