仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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活動報告にも書いたんですが、いろいろマイページいじってたらブロックユーザーの部分を押したんですよ。
そしたら一部の非ログインユーザーさんをなぜかブロックしていたんですよね。
自分としては記憶に無く、したつもりも無いんですがいつの間にかしてしまっていたみたいで。

ID確認を忘れてしまったので、誰かってのは分からないんですが。
一応もう解除はしたんですが、心当たりのある方がいたのなら本当にすいませんでした!



第29話 想

 

 

 

「人間ってのはな、誰もがスリルってモンを心のどこかで望んでる。そう言う生きもんや」

 

 

この世界からバトル漫画が消えないのも、そういった心内にある願望からかもしれない。

そして噂もまた同じ、つまらない日常を少し活性化させるスパイスでしかない。

 

 

「だな、ボクだって自分と関係ないヤツの噂話は嫌いじゃないし」

 

「だけども、いざ目の前にしてみると……」

 

 

キツイものがある、そう言って二人は苦笑した。

今日はたまたま亘と襟居が二人で帰宅している、仕方ないと割り切れれば人間は苦労しない。

今まで特に気に留めなかった持田アキラと言う人間。だが今、彼女をとりまく環境が大きく変わった。

二人もまた例外ではない。冷たい言い方だが、二人はアキラの事はそれほど気に掛けてはいない。

問題視しているのはちょっとした事で皆がそれを面白がって話題にする事だ。

今までは全く目立っていなかったアキラを急に取り上げ、ある事ない事を言いふらしたりと空気の読めない行動にいそしむ。

それを当たり前の様に行っている事に、二人は小さな狂気を感じていたのだ。

いつか自分達も標的になるかもしれないと。

 

 

「そう言えば亘って木曜と金曜どっから帰っとるんよ? 部室からお前の姿が全く見えへんのやけど」

 

「ああ……言ってなかったけ?」

 

 

亘は里奈がいつもあの道から帰っているらしい事を告げる。

しかし襟居はそれを鼻で笑った。不服な顔をする亘の鼻を、ビシリと弾く襟居。

 

 

「アホかお前は、あんなところ車椅子で帰れる訳ないやろ!」

 

「で、でもいつも野村さんはあそこにいるぜ!?」

 

「ないない、嘘です。う・そ!」

 

「ッ!」

 

 

そう……なんだろうか? やっぱり。

 

 

「まあ、理由はなんとなく分かるけど……」

 

「え?」

 

「まあ、多分持田と似た様な事やろ。本人が余計気にする悪意っちゅうか……何か、そんなんや」

 

 

悪意? 何を言っているんだ?

表情が変わる亘、襟居はそんなに気になるんなら確かめてみればいいと言う。

明日の帰りにその道で待っていればいいと。

 

 

「ストーカーじゃないか! 冗談だろ!?」

 

「ええやんけ、今更! 偶然装えや、理由知りたいんやろ?」

 

 

だからって待ち伏せは嫌だ。

そんなのなら直接理由を聞いたほうがいいって話。

だが教えてくれるのか? それも微妙な話だが。

 

 

「俺らには分からん理由ってもんがある訳や。ま、お前の好きにしてみ」

 

「お、お前は理由が分かるのかよ……」

 

「ん、まあなんとなくの多分。あー、まあええわ! これは俺の考えって事できいとけ――」

 

 

そう言って襟居はなぜ里奈があの道から帰るのかを話し始めた。

最初はなんとなく耳を傾けるだけだったが、それはすぐに終わる。

そうだ、妙に説得力のようなものがある。さすがは情報通を語るだけはあるのかもしれない。

そう、コイツはとんでもないヤツなのだ。それをすっかり忘れていた。

しかも亘はその言葉を聞いた時、なんとなく思い当たる節みたいなものがあった。

つまり、そう言う事なのか!?

 

 

「とまあ、これが俺の意見な訳やけど……」

 

「成る程……」

 

 

多分正解のような気がする。

彼女がどことなく寂しそうだった理由も含めて。

 

 

「どうするんよお前は?」

 

「ボクは……」

 

 

悩む亘。それが本当なら里奈は――ッ!

 

 

「行っとき、それが一番やって」

 

「ッ!!」

 

「それがあの娘の為でもあるし、お前の為にもなるんやろ」

 

 

そうだ、亘は思う。確かめたい、もしそうだとしたら力になりたい!

ストーカーみたいな行動はためらわれたが、この際仕方ない。

許してくれとなんども考える、それほどに彼女の事が気になったのも事実だ。

戸惑う亘に襟居はこれ以上何も言わなかった。決めるのは自分、いつもそうだったではないか。

 

 

「安心しな、お前がストーカーで捕まったとしても、俺は友達やで……ッ!」

 

「うるさいなお前は!」

 

「この時期の男子中学生なんて女の子相手ならいくらでも気持ち悪くなれるもんや! 胸を張れ! 胸を張って後をつけろ!!」

 

「ぐっ!」

 

 

でも、やっぱりストーカーはいけません。

 

 

「……と、言う訳でボクはここで時間を潰します」

 

「お帰りください」

 

 

次の日、亘は襟居が入っているバンド部にやってきていた。『バンド部』手書きでそう書かれた雑なモノ。

昔は一つのグループがあったらしいが感性の違いがどうのこうのと結局解散し、以後は風前の灯となっている部活の一つである。

事実部員も襟居と数名の不登校生徒だけと言う過疎っぷり。おそらく襟居が卒業すれば――

 

 

「いいじゃないか、どうせ暇なんだろ?」

 

「アホか! 忙しいわ! ナメんなよ!!」

 

 

里奈の部活が終わるのは六時、今は五時半。だからそれまで時間がある。

我夢も帰ったし、京介は運動部で他の部員もいっぱいいる。時間を潰すのはここ以外に無いだろう。

襟居は不服そうだが適当な事を言って切り抜ける。

 

 

「しっかし、バンド部ってのに人がいないって悲しいもんだよな」

 

「……昔はおったみたいやけどな。まあ人がおっても人気がでなけりゃ意味ないわ。先輩みて痛感したっちゅうの」

 

「ふぅん、先輩のバンド名ってなんだったの?」

 

 

その時、襟居の表情が暗く濁る。

意味が分からない亘、続きを催促するが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっぱいぷりん2001や。ちなみにメインで推してた曲のタイトルは『ドーバー海峡夏景色』な」

 

「―――」

 

 

は?

 

 

「そりゃ解散するっちゅうに! 第一名前つけた奴は一体どういう神経しとったんやマジで。人気出る訳ない! どうかしとるで本当……ッ!!」

 

 

確かに。つか、聞かなきゃよかった。

しかしまあ成る程、案外真面目に考えているんだな。

やはり人数が足りなくて活動が制限されているのは悔しいモノなんだろうか。

亘はふと、襟居に歌を聞かせてもらえないか頼んでみることにした。カラオケで彼の歌唱力は知っているものの、彼がつくった歌は聞いた事がない。

 

 

「歌ってのは他人に聞かせてこそ意味があるものとは思わないか?」

 

「……ッ!」

 

 

渋々納得した襟居、彼は自作のロックを歌ってみせる。

おお、以外にうまいじゃないか! そんなこんなで時間が過ぎていく、気づけばもう外はすっかり暗くなっていた。

亘は深呼吸をして部室を出て行く。襟居が頑張れよ、などと言ってきたがここはスルーさせて頂いた。

 

 

「………」

 

 

襟居から聞いた事を思い出す。

あくまでも彼の想像でしかない事だが、どうにも気になってしまった。

それを確かめるため、亘は里奈を探す。

 

 

「!」

 

 

校門の方で友達と別れている里奈を見つける。

そこからいつもの道に行くのだろう、亘は緊張を押し殺して里奈に声をかけた。変な噂が流れると嫌だろうから、誰も居ない所でだ。

本当に怪しいな……! 少し自虐を含みながらも気にしないでおこう。

 

 

「あ! 聖くん、どうしたの!?」

 

「え? あ、ううん。ちょっと残しになちゃって……ね」

 

 

嘘です。

 

 

「あはは、私もあるよ。大変だね」

 

 

二人は互いに今日あった事やらを話あって帰る。

今日は天気が良かったから、まだ若干夕日が出ていて明るい。

そうやって話をしている内にいつもの坂道にやってくる。

 

 

「ね、ねえ野村さん……!」

 

「え?」

 

 

風が、止んだ。

いつもは鳴いているカラスの声も、今は聞こえなかった。

亘は口をひらく。まるで世界の音が止まったと思うくらい、世界は静かだった。

 

 

「悪いけど、この坂……登って見てくれない?」

 

 

里奈の表情が変わる。

一瞬信じられないといった顔で亘を見るが、彼は冷静な表情だ。

それは彼が本気であると言う事を意味している、今は坂の真ん中。

このまま亘が手を離せば……

 

 

「あ、あははは。ごめん今日は調子が悪くてさぁ……!」

 

「でも、野村さんは今日こっちの道から帰ろうとしたじゃないか。ボクが声をかけなかったらこの坂を通ってたんでしょ?」

 

 

里奈は口を閉じる、そしてうつむいた。

やはり……

 

 

「酷いよ、亘君……」

 

「やっぱり、嘘なんだね」

 

「……ッ」

 

 

亘は結局そのまま里奈を坂の上に連れて行く。

そうだ、やはり里奈の力でこの坂を上るなど不可能な話だった。

だけど、彼女は嘘をつく。なぜ?

 

 

「その……! よ、良かったら、相談に乗れるかもしれない。だから理由とか――!」

 

「聖くんには……ッ! 関係ないよ!!」

 

「え……」

 

「関係ないっ!!」

 

 

里奈はつい声を荒げてしまう、正直少しショックだった。

はじめて里奈の怒りと言う感情を見たような気がする。

だが亘も引かなかった、もう一度彼女に力になれないかと問いかける。しかし返ってきた言葉は同じ、むしろ先ほどよりも声を荒げてしまう。

 

 

「本当に大丈夫だからッ!!」

 

「だけど――……ごめん。余計な事を聞いたね」

 

「ご……ごめんね」

 

 

いいんだと亘は笑う。

少し雰囲気が良くなった気がするが、そのまま里奈の家について別れの時となった。

 

 

「本当に、何かあったらいつでも相談にのるよ。力になりたいんだ」

 

「………」

 

 

帰り際に亘はもう一度、里奈にそう言った。純粋な気持ちで彼はそう言った。

だから、里奈から返ってきた言葉は……亘がまったく想像していないモノだった。

 

 

「それは――」

 

「え?」

 

「それは……私が、車椅子だから?」

 

 

里奈は悲しげな表情を浮かべると、そのまま亘に背を向けた。

亘は何も言わない、言えなかった。そのまましばらく立ち尽くすとグッと歯を噛んで、踵を返す。

写真館へ帰ろう。そう決めるも心の中では先ほど言われた事がぐるぐると渦巻いている。

 

彼女が車椅子だから、自分は今まで彼女に構っていたのだろうか?

彼女が車椅子だから、自分は彼女の事を考えていたのだろうか?

彼女が車椅子じゃなかったらボクは……どうしていたんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁ……」」

 

 

同時にため息をつく我夢と亘。

快晴と言う清清しいこの日に対しても、二人の表情は曇り空の様に暗い。

そのまま校門をくぐる二人。ここでため息を一つ。

 

 

「亘、七回!」

 

「おっと! 我夢は五回だぜぇ」

 

「あぐぉ……ッ!!」

 

 

じゃあ俺の勝ちだな、そう言って京介は笑う。

襟居は悔しそうにしながら五百円を京介に差し出した。

ニヤリと笑ってそれを受け取る京介だが、少し二人も本調子とは言えない様だ。

 

 

「それにしても、なんかすげー元気ないなあの二人」

 

「女が絡むと人は変わる。そう言うモンやで……! まあ、気持ちは分かるっちゅうもんや」

 

「何分かったような口きいてんだよ……」

 

 

京介と襟居は先に教室に行く事に。

我夢達はとぼとぼと普段の何倍も遅いスピードで下駄箱に向かう。

そんなテンションが一日中続き、学校が終わる。部活、帰宅、補習。それぞれの行動に出る生徒達。

 

 

「やっぱ、お前の言うとおりかもしれない」

 

「ん? ああ、あれか。やっぱりやろ、そうじゃないかとは思ってたんよ。あと、自然にココにいるけど……お帰り下さいませんかね」

 

 

放課後、亘はまた襟居の部室にやってきていた。昨日あった事を話すと襟居はやっぱりと頷く。

彼の言った通りの事が起こっていたのだ。里奈はコンプレックスを抱えているに違いないと言う事。

そしてそれが車椅子であるが故の苦悩ではないかと、襟居は言っていた。

 

 

「言われたんだ……」

 

『それは私が車椅子だから?』

 

 

亘はため息をつく。

どうなんだろう? 自分でも分からない。

最初は偶然だった、だけど今はどうなんだ?

 

 

「……どう思う?」

 

「知るか! ってかここはお前の部屋とちゃう!」

 

 

イライラしてます! そう顔に書いてある襟居。

だが亘は構わずに部室に残る、もうすぐ里奈の部活が終わる時間だ。

どうしよう、今日も話しかけようかな?

 

 

「ああっ! もうめんどくさいなお前はッ! ええやんか話かけえや!」

 

「……うッ!」

 

「ええか!? 当たって砕けろって言葉があるやんか! それやそれ!」

 

 

砕けたら意味な――

 

 

「ほら! もう時間やで! 今日を逃すといろいろと気まずくなるんちゃうの!?」

 

 

確かにそうだ、亘は迷う心があったが意を決すると部室を出て行こうと支度を始めた。

それを襟居は見送ると同時にため息をついた。

 

 

「やっぱ、心残りになる様な事は残さんほうがええよ」

 

「……?」

 

「俺も、もっとこんなんになるんなら部員勧誘しとくべきやった」

 

 

音楽性の審査やら、バンドに興味があるヤツだけが門を叩くはずと勝手に決めた結果がコレだ。

本当はもっといろいろやりたい事もあったし、ちゃんとしたバンドで全うな評価をされたかった。

なのに今やっている事と言ったらパソコンで音楽を作ろうと踏ん張り悪戦苦闘している始末。

何も変わってないし、何かが変わるとも思えない。

 

 

「バンド部は高等部に行っても続ければいいじゃないか」

 

「ないんだわ、これが」

 

「なら作ればいい。ボクも一緒に頼み込んでやるって」

 

「つっても部員が――」

 

 

ハッとする襟居、たった今過去の後悔を思い出していた所なのに。

 

 

「そういう事だよ。まあ、ボクも入ってやるからさ」

 

「……はっ! まあ考えといてやるわ」

 

 

さっさと行って来いとの襟居。

亘も亘で冷めたように返事をすると扉に手をかける。

 

 

「安心しろや、もし何か失敗して明日から変な噂たっても俺が誤解を解いてやるから」

 

「おいおい、冗談キツイって……」

 

 

そう言うと亘は軽く礼を言って消えていった。

 

 

「やれやれ……」

 

 

俺もまずは相手を見つけんと、襟居は苦笑してまた音楽づくりを始める。

今日はいい曲ができるといいが、どうだろう? 何か、運命についての歌がいいかもしれない。

 

 

「俺も……決められんな」

 

 

ため息と苦笑を繰り返して襟居は作業にとりかかった。

結局、タイトルすら決められずに彼の部活は終了する事になるのだが。

 

 

「お! 亘君じゃないですか!」

 

「夏美姉さん!」

 

 

里奈と一緒に帰る事を決める亘。

しかし玄関で、同じく帰ろうとしている夏美と鉢合わせする。

どうやら彼女も今日は一人の様だ、亘に気がつくと笑顔で駆け寄ってくる。

 

 

「今帰りですか? 一緒に帰りましょうよ!」

 

「ご、ごめん姉さん。今日は……」

 

 

友達と帰るとは言えなかった。だから亘は今日は用事があると誤魔化して彼女と別れる。

そしてそのまま校門まで一気に走っていくのだが、そこで彼の足が止まった。

 

 

「………っ」

 

 

もし、また拒絶されたらどうしよう。彼女との関係が終わってしまう事が怖いのか?

先ほど固めた筈の決意が大きく揺らぐ。ここで終わる、そう思うと何故か足が動かなかった。

いや違う、普通に帰る道に足が向いていた。このまま真っ直ぐ帰れば二人は傷つかなくて済む。

もしかしたらまた元の関係に戻る事ができるかもしれない。彼女が問うた疑問に答えなくても、また彼女と……

 

 

「どん! です」

 

「おわっ!」

 

 

だがその時、背中に衝撃を感じて亘の体は校門から突き出される。

驚いて後ろを振り向く彼の目に、ニンマリと笑う従姉妹の姿が見えた。

 

 

「ね、姉さん!」

 

「何かよく分からないですけど、早く行った方がいいですよ」

 

 

がんばって! 夏美は彼にサムズアップを送る。

何故か体が、心が軽くなった気がして亘は呟く様に彼女に言葉を投げかけた。

 

 

「姉さん、友達って……なんだと思う?」

 

「うーん。一緒に笑い合える関係ですかね?」

 

 

亘はその答えを聞いて、お礼だけ言って走り出すのだった。

残された夏美は、満足そうに微笑むと亘とは逆の普通の道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

「ッ!」

 

 

里奈は亘の姿に気づくと表情を曇らせる。車椅子じゃ逃げられない、里奈はあきらめてそのまま止まった。

誰もいない通りで二人は沈黙する、今日も夕焼けが綺麗だった。切なくて、死にたくなる程美しい世界にまた二人は取り残される。

二人はしばらく沈黙を続けていたが、里奈がふいに口を開いた。

 

 

「来て……くれたんだ」

 

「えッ? あ……う、うん」

 

 

一歩、亘が進むと里奈は一歩後ろへと車椅子を進める。無言の拒絶に亘の心は押しつぶされそうになる。

だが彼は引かなかった、ここで引いたら全てが終わる。そんな気がしたから彼は引かなかった。

 

 

「今日はいいよ、一人で帰るから……」

 

 

彼の方向に体を向けず、彼女は呟く。

 

 

「この道から?」

 

「ッ!」

 

「あ、ごめん……!」

 

 

睨まれた。確かに今のは失言だったか。 

だけど亘は遠慮をする事を止めた。それはいつか彼女に言ったこと。

 

 

「もうっ、ほっといてよ!」

 

「あの……手伝わせてもらえないかな?」

 

 

里奈はまた声を荒げてしまった。

止めようとは思うが、どうしても抑えられないのだ。

亘の善意が素直に受け止められない……

 

 

「その同情が苦しいってッ! どうして分かってくれないのかな!?」

 

「同情って……の、野村さん、ボクは――」

 

 

亘は里奈の目を直視する。

二人の瞳に夕焼けに照らされた互いの顔が見えた、動けない……動かない。里奈も亘も。

 

 

「ボクは野村さんの……友達……だ…から――ッッ!」

 

「え……?」

 

「い、嫌かな?」

 

亘のいきなりの言葉に里奈は戸惑ってしまう。

友達? 男の子に初めて言われた、そんな事……

 

 

「もし、ボクの勘違いだったら……ゴメン。だけどボクはッ! 野村さんと友達だと思ってる!!」

 

「え……」

 

 

少し迷ってしまう。

何か裏があるんじゃないかと考えてしまう。

いや、きっと裏があるに違いない。そうなんだ……その筈…なんだ。

 

 

「友達って……そんなにまだ親しくないのにッ! 勝手な事……!」

 

「……ッ」

 

 

涙がこぼれる。何か悪意があるかもしれない、結局は私を馬鹿にするんだ。

友達になるなんて嘘、影では笑うくせに、馬鹿にするくせにッ!!

そんな事を考えてしまう、自分が大嫌いだった。

 

 

「そうだね、あはは……確かに全然親しくないなボク等って――」

 

「だったら!!」

 

「なら! ボクはッ! 野村さんと親しくなりたい!」

 

「ッ!」

 

 

亘は恥ずかしそうに頭をかく。

亘と里奈の会話なんて驚く程少ないし、中身も薄いものだろう。

ただ学校であった事を話したり、部活の事だとか給食の事だとか、どうでもいい事ばっかりだ。

だけど、二人は笑顔だった。亘も里奈も確かに笑っていた。

 

 

「友達との会話なんてさ、案外そんな感じじゃない……かな」

 

「………」

 

 

どうでもいい事を馬鹿みたいに楽しそうに話してる、そんなモノ。

 

 

「――ッ!」

 

 

友達、そう思ってくれている亘の気持ちは嬉しかった。

だがやはり里奈は彼の想いを受け止められなかった。どうしても裏に何かあると、人の闇を疑ってしまう。

 

 

「わ、私が車椅子だからそんな事を言うんでしょ!?」

 

 

本当の善意、本当の気持ちだったとしたら逆に嫌われてしまうだろう。

彼女の心はもう自分を止めたいと願っていたのに、どうしても疑ってしまう。

こうやって今までどれだけの想いを踏みにじってきたのだろうか?

だけど同じくらい裏切られたのも事実だ。里奈は涙を流して亘に問いかける…

 

 

「確かに、ボクと野村さんが出会ったのは、その車椅子が原因かもしれない」

 

 

でも公園で知り合って、一緒に帰って、どうでもいい話で盛り上がるって車椅子は関係ないよね?

 

 

「そう、思わない?」

 

「そんなっ!」

 

 

亘は里奈に微笑みかける。

信じていいの? 里奈の瞳がそう訴えかける。亘は頷くともう一度同じ言葉を投げかけた。

 

 

「な、なんつーかこう安い言葉に聞こえるかもしれない。だけど友達が困ってたら、こっちも気分悪いからさ」

 

「う……」

 

「もし良かったら話してもらえないかな? 力になれるなら、なんでもするから……さ」

 

「………」

 

 

里奈は振り絞るようにつぶやく。

 

 

「うん……お願いしても……いいかなぁ?」

 

 

ぎこちない笑みを浮かべながら、涙を流しながら、里奈は頷いた。

安心したように笑う亘、解放された様に微笑む里奈。亘は里奈の背後に回ると、ゆっくりと車椅子を押す。

行き先は坂がある方の道。どうしても確かめたかった、襟居が言っていたのは里奈が車椅子からのコンプレックスからの行動だと言っていた。

どう言う事なのか、それが気になったか――

 

 

「どうして……この坂の道からいつも?」

 

「………」

 

「あ、言いたくないならいいよ! でも、いつでも相談に乗るか――」

 

「この道は、皆が通らないから」

 

「え?」

 

 

里奈は拳をグッと握り締める。

やはりそう言う事なのか、誰も通らないと言う事は同時に誰とも関わらない。

いや、関わらなくていい道なのだ。

 

 

「小学校の頃、下校のときは皆が亘君みたいにしてくれた。嬉しかったんだ、皆優しくて……」

 

 

だけど、と里奈は悲しそうに声を落とす。最初は皆優かったのに途中から変わっていった。

いや、もしかしたら最初からだったのかもしれない。ある日里奈は聞いてしまった、それは疎ましさ。

 

 

『ねぇ、もうあの娘送るの飽きたんだけど』

 

 

それは子供ながらの純粋な狂気か。

 

 

『あの娘いいよね、有名人になれてさ』

 

『体育もしなくていいしねぇ!』

 

 

それは裏切り。

 

 

『あの娘に構ってれば、私の好感度も上がっていくし、使えるわぁ』

 

「私だって――ッ! 私だって皆と一緒が良かったッ!!」

 

 

体育だってしたいし、皆と一緒に肩を並べて帰りたかった!

里奈はいつからか自分を自分として見ていない視線しか感じなかった。

 

善意って何? 私を道具として見る事なの!? いや、それは皆がまだ子供で未熟だったからなのかもしれない。子供は残酷だ、少し大人になればその残酷さは消えると思っていた。

だけど、里奈の心に残った傷は里奈の心を大きく蝕んでいたのだ。

 

 

「だから、この道で?」

 

「皆と一緒に帰りたくなかった。どうせまた……心の中では疎ましく思われるのなら、一人の方がずっといい」

 

 

里奈は皆と同じ帰り道だが、誰もいないこの道を通ってから帰るのを繰り返していた。

この坂まで行ってまた戻るのを。そうすれば時間がつぶれて、皆いなくなる。

 

 

「美術部の皆は優しくて、とっても素敵な人たちだと思う。悪いのは私、そんな人達を信じられない私なんだ……」

 

「野村さん……」

 

 

尚も里奈の目からは涙がとめどなく溢れていた。

彼女の心は亘が思っていたよりもはかなく、傷つきやすい。

今までの人生の中で彼女が味わった苦痛は亘が考えているモノよりずっと大きいのだろう。

 

 

「野村さん……木曜と金曜は一緒に帰ってくれない?」

 

「え?」

 

「だ、だめ……かな?」

 

「あっ! う、ううん! 駄目じゃないよ! えっと………お、お願いします」

 

 

里奈は少し微笑んで頷く。今の亘にはそれが何よりも嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「なんや、つり橋効果とかあるやん。そんな感じに一時的な物にならんよう気をつける事やな」

 

「ああ、そうだな」

 

 

木曜の朝、襟居と亘は昨日の事を話していた。

襟居の予想は当たっていたのだ。里奈はきっと他人とのかかわりを避ける為に、誰もいないあの道に行ってからまた戻って皆と同じ道で帰っている。

家族には嘘をついて誰にも頼らない彼女の毎日、すくなからず当たりと言ってもいいだろう。

 

 

「しかし、こっちがまともになったと思えば今度はあっちか。お前らはホンマ女子とトラブルになる天才ちゃうんかと」

 

「え? 何があったんだ?」

 

 

二人の視線の先にはどんよりと沈んだ我夢が歩いている。

必死に京介が慰めているが二つ返事で表情も暗い。

 

 

「ああ、実はな――」

 

 

それは、昨日の事だった。

亘から先に帰っててくれと言われた我夢だったが、図書委員の集まりがあるのを忘れていた。

その事で、アキラから呼び止められる。

 

 

「相原くん……今日、放課後……」

 

「あ…! あはは、そうだった。ごめん忘れてたよ」

 

「………」

 

 

それ以上の会話は無かった。

我夢の性格じゃ話しかけられなかったのだ。コインですら決めかねる、二人はそのまま無言で図書室へと向かった。

いや違う、無言なのがまずかったのかもしれない。図書室へと向かう途中、顔を全く知らない女子達がくすくすと笑っていた。

自分に向けた嘲笑なのか? 我夢はヒヤリとするが違った、会話の内容が聞こえてきたからだ。

いや、果たして聞こえてきたのだろうか? 聞かされたのかもしれない。

 

『あの娘の親、父親が痴漢したのが原因で離婚したらしいよ』

 

『マジ!? 気持ちワルぅ。 え? ってか、痴漢したら捕まるんじゃないの?』

 

『だから、離婚したんでしょって!』

 

「ッ!!」

 

「あ……」

 

 

もちろんそんな事は無い。

だけど、悔しそうにアキラは走りだす。

慌てて我夢も後を追うが、後ろからは笑い顔が聞こえてきた。

 

 

「………ッ!」

 

 

わざとだったのか、わざと彼女に聞こえる様に……!

我夢は思わずその声の方をにらみつけるが、誰かは分からなかった。

アキラもそのまま女子トイレに駆け込んでしまったせいで、我夢はこれ以上追えない。

 

我夢はどうしようかと迷ったが、何もいい案が浮かばない。

結局先に行ってアキラが遅れる事を伝えるくらいしかしてやれなかった。

 

しばらくしてアキラが戻ってくる。

既に図書委員の集会は始まっており、いきなり現れたアキラは逆に大きく目立ってしまう事になった。

 

 

「……ッ」

 

 

先生が何かを話しているが、アキラにとっては苦痛でしかなかった。

何故なら、また聞こえてくるのだ。自分の両親をネタにした下劣な話が。

もちろん、いくら学校にその噂が広まっているとは言え、全校生徒と言う訳はない。せいぜいクラスの人間とその知り合いに、というだけの話だ。

図書室に集まっている他のクラス、学年の図書委員の中には彼女の苗字が変わった事にすら気づかない者も多いだろう。しかし確かに悪意を持っている人間もいる。

それが一人でもいる時点で、アキラにとってこの図書室は地獄でしかなかった。耳をおおい目を閉じるが不快な感情がどんどん湧き上がってくる。

 

それを我夢はただ見ているだけだ。

集団いじめ、まさかそんな事が起こるなんて。

彼女の隣で、彼女が苦しんでいるのに、彼女が泣いているのに自分は何もしない。できない。

なんで? そうだ、だって止める事ができないから。コイントスも行わない、表か裏どっちが出たところで自分にできる事は同じだからだ。

せめて自分は笑わないと言ういい訳じみた、自分だけが納得する為の優しさだけを振りかざして結局何もせず黙っているだけだった。

 

でも怖いのはこっちだって同じだ。

アキラには悪いが、正直そこまで親しくない人の為に自分が傷つくかもしれないと言うリスクは……今の彼には負えない。

 

 

(ごめん、天美さん……)

 

 

アキラが泣いているのがおかしいのか、話し合いをしていた連中はクスクスと笑っていた。

誰かが変な噂を流して、アキラの両親の悪口やらを言っていく。彼女の気持ちなど全く考えない、これは相当キツイものだ。

何故、彼女がここまでネタにされるのかは分からない。きっとこの退屈じみた毎日にむしゃくしゃしている奴らにとって格好のネタになったと言う事なのか。

だが、これが悪意の輪。人が流した噂はリレーの様に他者へと繋がれていく。余分な情報をプラスしてだ。

 

彼女は関係ない、そんな事誰だって分かっているのかもしれない。

だけど少しの暇つぶしに彼女の心にナイフを突き立てて、抉り出して笑う。その為に彼女は傷つくのだろう。

 

 

「終わった……よ」

 

「………」

 

 

震えるアキラの吐息、図書室は既に誰も居ない。

耳を塞いで目を瞑っていたアキラは、我夢が体を触ってそこで初めて地獄が終わったのだと理解する。

 

 

「あの……あ、天美さん、僕でよかったら何でも相談に……乗るよ」

 

「ありがとうございます、でも……大丈夫だから、構わないでください」

 

「……ッ」

 

 

そう言ったアキラ、彼女は消えそうな炎のようだ。儚く、脆い、ちょっと目を離してしまえば消えてなくなる。

そんな彼女を見ていたら、何故かとても悲しくなる。少しでも、力になれないだろうか?

我夢の心にそんな感情が湧き上がってきた。今の彼女はとても弱弱しい、少しでも力に――

 

 

「そ、そんな事言わないで……よければ教えてくれないかな? どうして……その、ご両親が離婚しちゃったのか、もしかしたら何か力に――」

 

 

別に悪気があった訳ではない、本当だ。

だがそれが上手く相手に伝わらないと言うのは、今までにも何度かあった事。

しかし今回のは群を抜いていたのかもしれない。自分の軽率で安易な言葉がどれだけ相手を傷つけたのか、想像するだけでゾッとする。

 

 

「あ……あのっ」

 

 

それ程までにアキラの表情が我夢の心に突き刺さった。

信じられないと言う目、そしてすぐに怒りと悲しみで満たされる表情。

ああ、自分はなんて事を聞いてしまったんだろうか? 理由を聞いてどうしようと言うのか?

彼女は思っただろう。こいつは興味本意だけで自分に関わろうとしていると。

 

何か力になれるかもしれないと……本気で考えていた自分はどれだけ無知で愚かだったか。

自己満足の為にアキラの想いを巻き込み踏みにじる。最低だ、自分は傷つきたくないと思っていて他人を傷つける。

激しい自己嫌悪、急いで弁解の言葉を述べようとするが無駄だった。

 

 

「―――ッ」

 

 

何も思いつかない。

結局言葉を探す内に時間切れのようだ。

 

 

「酷い……ッ、相原くんは……そんな人じゃないって、思ってたのにッッ!」

 

「ち、違うッ! 『天美』さん、僕は――ッ」

 

「その名前で呼ばないでッッ!!!」

 

「!」

 

 

もう、たくさん……そう言ってアキラは走り去ってしまった。

我夢は震える足と手を隠さず、そのままコインを弾く。そんな事をしている場合じゃないのにそうしないとおかしくなりそうだった。

自分を落ちつける為のいい訳なのかもしれない。

 

 

「………ッ」

 

 

でたのは裏、追わないと言う選択肢。

そう、それでいい。追わなくていいんだ、また傷つけてしまうかもしれない。ならそれでいい。

納得する我夢。もし、表が出ていたら? 恐らく適当ないい訳を並べて裏に変えていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

話を聞き終えた亘は頷く。

 

 

「あそう。成る程、そのままって事ね」

 

「お前は追った、我夢は追わんかったっちゅう事か」

 

 

傷つけるつもりは無かったし、本気で力になりたいとも思った。

だがそれは結局自分の事しか考えていないからこそ出た行動だったのかもしれない。

きっと喜んでくれると勝手に決め付けていた。その結果がコレだ、我夢もアキラも互いに傷ついただけの空しい結果。

人間が皆、自分にとって都合よく動いてくれるわけがない。その認識の甘さ、それが身にしみる。

 

 

「………」

 

 

我夢は無言で席に着く。

隣には既にアキラが座っていたが、アキラは我夢の方を向く訳でもなく無言を保っていた。

そしてそのまま両者は一言も会話をする事なく一日を終える。尤も、今までだって一度も喋らなかった日はあるし珍しい事ではないかもしれない。

だがその時の無言と今の沈黙は別だ。心が抉られる様な感覚、我夢もアキラも苦しい世界を共有するだけの沈黙。

 

一度深まった溝は、時間が経つ程大きく広がっていく。

このまま二人が再び会話を交わすときはくるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、そう言う事か」

 

「……はい、僕どうしたらいいか分からないんです」

 

 

そんな悩みが体を駆け巡っていた時だ、珍しい人に声をかけられた。

相当顔に出ていたのだろうか? 会って早々悩みがあるなら聞こうか、なんて言われたのだから驚きだ。

 

 

「僕は傷つくのも傷つけるのも嫌で避けてたつもりでした。だけど、天美……さんだけを傷つけてしまった。本当に最低です」

 

「我夢、確かに君のやった事はアキラを傷つけただろう。だけど、君が何を後悔したところで今更何も変わらない」

 

 

それは覚えておいてくれと、広瀬咲夜は微笑んだ。

図書室にいくまでの廊下で二人は外を見ながら話し合う。

咲夜とは数回程度話をしただけだが、向こうはちゃんと覚えていてくれたらしい。

我夢はそれが少し嬉しくて全てを打ち明けた。咲夜は信頼できる人だし、何より親身になってくれたので、それも嬉しかった。

 

 

「後悔しないのが正しい訳ではない。だが、後悔をしつづけるのも間違っているとワタシは思う」

 

「だけど、今更どんな顔をして天美さんに会えばいいのか」

 

 

また傷つけて傷つくかもしれない。

我夢はそれが嫌だった、避けれるのであれば避けたい。

今のまま嫌われて終わるのであっても、これ以上傷つけないのならそれでもいいのかも。なにより自分も傷つかなくて済むんだから

 

 

「我夢、確かに人を意図していない内に傷つけると言うのは辛いな。だがこれは分かってほしい、人は誰かを傷つけずに生きるなんて不可能だ」

 

「え……?」

 

「誰かを救う事、誰かを助ける事。その結果であったとしても過程の内で他人を傷つける場合がある。同時に、傷つく事だって」

 

 

咲夜は少し笑みをこぼす。

もしかしたら彼女も何かあったのだろうか? そんな事を一瞬思ったが、構わず咲夜は続けた。

 

 

「そして、自分を……他人を変える為には傷つけなければいけないと言う場合だってある」

 

「え?」

 

 

自分の事を、傷つけない存在。

それに囲まれて生きていくのは無理でもあるし、何よりそれじゃいけない。

人は皆、殻に覆われている。その殻を壊すためには殻を傷つけなければいけない。

 

痛みを知る事で痛みを与えない様に気をつける。

自分が傷つく言葉は相手に使わない様にする。

その為には、自分が傷ついて初めて学ぶ必要があるのだとは思わないか? 咲夜は我夢に向かって微笑んだ。

 

 

「殻を…?」

 

「ああ、殻に傷をつける。そして抜け出すのさ、殻を破ってね」

 

「そんな……事」

 

 

まるで漫画の世界じゃないか。

根本的に自分とアキラの関係なんて知れている。友達と言う訳でもないのに……

我夢の中でその思考がぐるぐると駆け回る。咲夜もまたそんな我夢を見て何かを思っているようだ。

 

 

「してきたじゃないか。ワタシ達は親からたくさん叱られて成長してきた、それと変わらないのさ」

 

 

咲夜の声は軽い。

 

 

「叱られるのは嫌だろう? でもワタシ達はその言葉を受け入れる、そこに愛があるから」

 

「それは……」

 

「傷つくけど、同時に愛を感じてワタシ達はその失敗を繰り返さないようにする。まあ尤も変わりたいと願わなければいけないけど」

 

 

同時に、変えたいと思わなければ相手には伝わらない。

咲夜は苦笑して空を見上げた、我夢もつられて空を見上げる。

そこに見えるのは曇天の空。

 

 

「あの空を青く染め上げるには、雲を切り裂かないといけない」

 

 

それは雲に傷をつけなければならない。

 

 

「その途中でぶつかり合ったりもするだろう。気を張って、それで確かめ合うのさ。互いの想いやらをね」

 

 

本当に理解したいのなら、本当に近くにいきたいなら――

傷つく事も、傷つける事も覚悟しなければならない。その先に答えはあるのだ、不可解なモノだよとまた咲夜は笑った。

答えと言う答えのない世界、それが人生なのかもしれないな。咲夜はそう言って自嘲気味に笑う。

 

 

「子供ながらにそう、思ったりしてね」

 

「………」

 

「君に与えられた……まあカッコよく言えば運命かな? それはとても不可解なモノかもしれない」

 

 

友達でもない人をこんなにも気にかけるなんて不思議だろう?

少し分かった様な顔をする咲夜。まるで心の中を見られているようで、我夢は息を呑む。

 

 

「真っ暗な世界の中で答えを出さないといけないんですね……」

 

 

咲夜は頷く。時間は無限じゃない、迫るタイムリミットがある。

ああ、なんて大変なんだ。我夢はため息をついた。

 

 

「ずっと座っていては動けない、力を発揮しなければならないんだ。ああ、本当に大変だよ」

 

 

行き着いたのはどうしようもない道。

このまま引き返すことはもうできない。自分でもとことん嫌になる。

 

 

「でも、多分それが宿命とか運命とかなんですよね。逃げられない、と言うか逃げちゃだめっていうか」

 

 

何かで読んだっけ?

男には負けると分かっていても戦わないといけない時がやってくるとか。

かっこよすぎる展開だ、自分には似合わないと。

 

 

「……ありがとうございます広瀬先輩。少し、楽になりました」

 

「咲夜でいいよ。じゃあ、ワタシはこれで」

 

「はい、ありがとうございます。咲夜先輩」

 

 

我夢は頷くと軽くコインを弾く。彼は何を表裏に託したのだろうか?

出た目は表。我夢は無表情でそれを確認すると、深いため息……ではなく、深呼吸をした。

まるで、決意を固めたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か……あった?」

 

「……ッ」

 

 

その日の放課後、亘と里奈は誰も居ない、いつもの道を歩いていた。

昨日に比べると大分里奈の表情は暗く、声が震えている。

 

 

「前に言ってた友達の事?」

 

「………」

 

 

里奈は無言で頷いた。

理由を聞いてみたが、まだ少し亘に警戒心の様なものがあるのか? うやむやのままその日は別れたのだった。

しかし、彼女から聞けた情報は少ないが割りと特定ができるモノだった。

 

まず友達が悩んでいる、そしてその友達の力になってあげたいのに何も浮かばない。

日々弱弱しく落ち込む友達を見ているのは本当に辛いと言う。

 

 

(まさか……)

 

 

確実に彼らの日常は変化していく。

その中で、彼らは何を感じるのだろうか?

そして、周りの人間は彼等にどんな影響を与えていくのだろうか?

 

 

「あ」

 

 

里奈と別れた後、夏美から頼まれた食材を求めて亘はスーパーに寄っていた。

そこでその後ろ姿を見つける。キャベツ売り場で何故か仁王立ちしている彼、小野寺ユウスケ。

よく家に来ているので関わりは深い、亘は特に躊躇う事もなくユウスケに話しかけた。

 

 

「どもー」

 

「ああ、亘くんも買い物?」

 

「そうっすね、ユウスケさんは何やってんです?」

 

「うん、なるべくいいキャベツを選んでこいって言われたんだけど……」

 

 

正直、どれも同じように見える。ユウスケは苦笑して適当に掴んだモノをかごに入れた。

兄はこういう事に詳しいが自分はそうじゃない。確かに、亘にもキャベツの違いなんて分からない。

二人は談笑しながら会計を済ませていく。

 

 

「……ユウスケさん。ちょっと相談なんですけど――」

 

「お、おれに? あはは、解決できるか分からないけどいいよ」

 

 

薄暗くなった帰り道、二人は下らない話しで盛り上がりながら帰路についていた。

そしてユウスケの自宅が見えて、二人は話を切り上げる。

だが、ふと亘はユウスケにその胸の内を明かした。

 

詳しくは話さなかったが亘が言ったのは、自分の友達には何とかしたい状況がある。だけどそれが中々うまくいかずモヤモヤすると言う事だった。

その事で友達も悩んでいるし、でも自分が何をすればいいのか、正しいのか分からない。それもまた悔しいと亘は呟く。

 

 

「う、うーん。難しいな中々」

 

 

愚痴みたいな話だ、ただ聞いてもらうだけで楽になれる。

だから返事は全く期待していなかった亘だが、以外にもユウスケは口を開いた。

 

 

「あぁ、えーとこのキャベツ……」

 

「え?」

 

「このキャベツさ、まあ分かる人には分かるんだろうけど。おれ達からしてみれば正直どれも似たような見た目と味じゃない?」

 

 

キャベツ?

まあ、確かによほどでなければ見た目や些細な味の違いなんて分からないが……なんでユウスケはいきなりそんな事を?

不思議に思う亘を尻目に、ユウスケはさらに続ける。

 

 

「つまりそれってさ、おれ達も似たようなもんじゃない? 他人からしてみればどんなヤツだって似たり寄ったりだったりしてさ」

 

 

そう言う事か。

それは考えた事がなかった、亘は黙って次の言葉を待つ。

 

 

「だけど、キャベツ同士は似ててもロールキャベツと回鍋肉は全然違う。同じ様なキャベツが、味付けって過程を経て全然違うモノ同士になるんだ」

 

「味付けっすか?」

 

「その友達は作りたい料理があるのに、味付けがうまくいってない。何度も味付けに失敗して結果がだせない」

 

 

成る程、言いたいことはなんとなく分かる。

 

 

「なら、どうすればいいんですかね?」

 

「手伝ってあげればいいんじゃない? 一緒につくってあげればきっとうまくいくよ」

 

 

その時、ユウスケの家の隣。

その庭から笑い声が聞こえてきた。

見れば、薫が庭の花に水をやっているところだった。

薫は、目を丸くしながら立っている二人の会話に参加していく。

 

 

「亘くん。ユウスケのヤツは面倒な言い回ししてるけどさ、要はその友達の背中を押してあげる事がいいんじゃないかって話。正直さ、どんなに悩んでも一人じゃどうしようもない事ってあるのよね。ならいっそ他人が解決の糸口示すのもアリだと思わない?」

 

 

それだけ言って薫はそそくさと家へ戻っていく。

しばらくは立ち尽くす二人だったが、ユウスケはまあそう言う事だと笑って見せた。

亘はお礼を言ってユウスケと分かれる。成る程、成る程? いや、成る程。

そのまま帰ろうとした亘を、玄関から出てきた薫が呼び止めた。さっさと帰っていったのは、ソレをとりに行く為。

 

 

「それ、あげる」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 

薫はニッと笑って亘へ二つのりんごを渡した。

見た目は同じだ、でも食べ方を変えれば全然違うものになる。

そして二人は別れ、亘は自宅へと戻る。

 

 

「夏美姉さん。コレ……」

 

「あ! りんごじゃないですか! シャリらせてもらっていいんですか!」

 

 

そう言って夏美は受け取ったリンゴにマーマレードを塗って食べていた。

成る程、確かにコレはボクじゃ思いつかないな。亘は、そのままリンゴをかじるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? いや俺の分は?」

 

 

司は美味そうにリンゴを食べる二人を、遠めで見ているだけ……である。

 

 

 

 

 

 

つまらない日常に刺激が舞い込んでくる。

もうアキラの話題は全く関係ない人間に脚色されて一人歩きをしていた。

しかしそれは同時にアキラの事を全く知らない人間からしてみれば真実の様なもの。

それはいつからかクラスメイトですら信用する情報となっていた。今日もまた、クラスでアキラに向けた冷めた嘲笑が聞こえる。

 

もう嫌だ、学校なんて行きたくない。苦しい、辛い、耐えられない…ッ!

アキラは耳を塞いでうつむいた、少しでもこの苦痛が早く終わるように彼女は祈る。

 

 

「………ッ?」

 

 

何か振動を感じて目を開ける。

耳を塞いでいたからよく分からなかったが、驚きに目を見開くのは先ほどまで下卑た笑みを浮かべていたクラスメイト達。

どう言う事なのか? アキラは混乱する。耳を塞いでいないのに何も聞こえてこない。

それはつまり嘲笑が止んだと言う事。クラスメイト達が黙ったと言う事。

 

 

「もう、止めようよ……」

 

「……ッ」

 

 

普段、それ程目立つ事のない我夢が一斉に視線を浴びると言う事は珍しい事だった。

それだけ彼がとった行動が珍しい事なのだ。アキラの噂で盛り上がっている教室、だがそれを止める人間はいなかった。

亘や京介達は噂には加わらないが止める事もできないでいた。阿佐美もアキラを慰めこそしたが、止める事はできなかった。

しかし、今我夢は確かに行動を移した。騒いでいるクラスメイト達をしっかりと見て彼は言う、下らない話で盛り上がるなと。

 

 

「皆、酷いよ。根も葉もない変な噂で――」

 

「別に……噂なんてしてないから。ねえ皆」

 

「そうそう、相原お前何言ってんの?」

 

 

 

だが、我夢一人が何を言ったところで変わるわけではない。

沈黙する教室、彼の勇気もまた嘲笑に消えるだけで無意味な行動なのだろうか?

 

 

「いや、我夢の言うとおりだぜ」

 

「は?」

 

 

しかし、それは一人ならの話だ。亘もまた我夢の言葉に賛成する、嫌な沈黙がクラスを包んだ。

そして早速、耳を澄ましてみれば我夢や亘に対する露骨な嫌味や陰口が聞こえてきた。

カッコをつけるなだとか、調子に乗っているなどのありふれた嫌味と悪口。

集団の悪意は我夢たちをも包み込もうと牙を剥く。

 

しかし、我夢がつくった勢いは他の人間に勇気を与える。

雑音の中、椅子を蹴る大きな音が聞こえた。驚く我夢や他のクラスメイト、見れば京介が我夢たちに嫌味を送っている連中を睨みつけていた。

 

 

「我夢と亘の言うとおりだ、テメェら次また下らない話で盛り上がってたらブッ飛ばすぞ……ッ!」

 

 

ナイフの様な眼光の京介、すぐに阿佐美も彼や我夢たちに同意してアキラをかばう。

クラスの連中も京介の言葉には流石に怯えてしまった様だ。

我夢、亘、京介、阿佐美と次々にアキラをかばう者達が増えてきて、悪口を言っていた連中も気圧されてきた。

しかも他にもアキラをかばうものが現れ、段々と形勢は逆転する。

 

 

「まあ、あんまり下らん事で盛り上がんなって事やな」

 

 

最後に不適な笑みを浮かべて襟居が笑う。

 

 

「皆も他の連中がなんかアホな事言うてたら……違うって事教えてやるんやで?」

 

 

彼の怪しい笑みは余計に恐怖を駆り立てる。

襟居には逆らうな、何をバラされるかわからない。そんな噂を聞いた事がある。

結局その後は、もう誰もクラスではアキラの家族やアキラの噂は一切話さなかった。

極論で言ってしまえば、脅しじみた方法で黙らせた事になってしまう。だがそれはお互い様だろうと言う事で割り切る事にした。

 

 

「………ッ」

 

 

アキラは申し訳なさそうにうつむいて、何も言わなかった。

だけど我夢にとってはそれで十分だ。彼女の弱さを見た時から、何か少しでもアキラの助けになりたかった。

少しは役に立てただろうか? 心が少し軽くなる。どうか、どうか彼女が少しでも過ごしやすい学校になる様に、我夢は祈った。

 

 

「……ッ 無茶苦茶緊張したぁぁ――……!」

 

「あはは! 汗すごいぞ!」

 

 

その日の放課後、人生でもそうそう無いだろう体験を振り返って京介達は語り合う。

 

 

「いやいや、でも京介の迫力は凄かったでぇ、皆ビビッとった」

 

「正直、一番ビビッてたのは俺だけどな。やばかったぜ、立ってたら絶対足震えてたって」

 

「あはは、アンタはビビりすぎだっての。ってか襟居も凄かったじゃない」

 

「ただ、適当に笑っただけなんやけどね。見事に皆、深読みしてくれて助かったわ」

 

 

だけど、と皆は我夢を見る。

 

 

「我夢が最初に言わなきゃ俺たちは動けなかったぜ」

 

「そうそう、我夢くんめっちゃカッコよかったよ」

 

 

二人に褒められて我夢は少し恥ずかしそうに笑う。

 

 

「亘も、続いたおかげで行きやすくなったからなぁ」

 

「ボクは何もしてねぇって、我夢が頑張った話だろ」

 

 

案外、もっと早く行動していればよかったのかもしれない。

それぞれは苦笑して適当に話し合った後、それぞれの部活やらが始まるため別れていく。

特に何も無い我夢と亘はと言うとそのまま帰る事にした。

二人は昨日のテレビの事やら、もう全く関係ない話で盛り上がって玄関まで移動していく。

そのままいつもの様に、靴を履き替えて外に出て帰る。そう思っていたが校門のところにその人を見つけて二人は固まった。

 

 

「……やっぱりか」

 

「え?」

 

「我夢、先に帰っててくれ」

 

「?」

 

 

亘はそう言って玄関に戻っていく。

我夢は不思議に思いながらも、向こうにいた人間がコチラに気がついた為に追うことができなかった。

向こうには女の子が二人いた、その一人はアキラ。また、向こうも同じく一人が別れていく、車椅子の女の子だった。

なんとなく見覚えがあるような……?

 

 

「あ……あのッ!」

 

「え?」

 

 

そうしているとアキラが不安げな表情でコチラにやってくる。

アキラは申し訳なさそうに我夢をチラチラと何度か見ると、意を決したように頭を下げた。

突然で我夢もどうしていいか、思考が停止する。

 

 

 

「あのッ、ありがとうございました!」

 

「え……?」

 

「私、相原くんに酷い事言ったのに……! それなのに相原くんは――」

 

 

何故か涙が出そうになる、どうしてなんだろう。

アキラに嫌われないで済んだと分かった時、自分の胸の辺りがとても軽くなった。

 

 

「あ……う、ううん。いいんだ気にしないで」

 

 

思い出す、どっちで呼んでも彼女にとっては複雑なんだろう。

ならば選択肢は一つしかない。変な汗がにじみ出てくるが、気にしないでおこう。

 

 

「あ……アキラさん」

 

「……!」

 

 

我夢は少し迷ったがしっかりと『アキラ』と呼んだ。

前に言われた事を思い出したのだ。正直女の子を下の名前で呼ぶなんて事今までなかったし、引かれるかとも思ったが勇気をだして我夢は言う。

 

 

「あのっ、本当にごめんなさい私が気を使わせたみたいで……」

 

「い、いや僕もごめんなさい。アキラさんに無神経で最低な事を――」

 

「いいんです。でも……あの時はこの苗字で呼ばれる事が嫌で――」

 

 

アキラの丁寧な口調に釣られて、我夢も普段とは違う口調になってしまう。

 

 

「「――ッ、ごめんなさいっ!!」」

 

 

二人はその後もしばらく互いに謝り続けた。

だが、ふとした瞬間に同時に下げた頭がぶつかってしまう!

ゴツンと鈍い音を立てて、痛がる二人。ふと顔を上げれば互いの視線がぶつかる訳で……

 

 

「「ぷっ!」」

 

 

その間抜けな姿に思わず笑ってしまった。

また、二人は謝り合う。そうとう怪しい光景だったろうが二人は構わず謝り続けた。

しかしこのままじゃ埒が明かないと思ったのか、我夢は少し大胆な行動にでた。一緒に帰らないかとアキラを誘ったのだ。

この前の様なただ同時に帰るのではない、一緒に肩を並べて帰るのだ。アキラは少し申し訳なさそうに表情を曇らせたが、我夢の笑顔を見るとぎこちなく微笑んで頷くのだった。

 

その後、二人は最初こそ互いに沈黙していたが、少し歩く内に普通に会話できる様になっていた。

他愛もない会話だがそれでいい、ずっと大きな進歩だと思う。

数日はそうやって帰った。どうでもいい会話を重ねる毎に二人の間にあった壁が徐々にきえていく。

 

 

「――相原くん……相談……してもいいですか?」

 

「え?」

 

 

ある日、先に行動に出たのはアキラだった。

彼女は真剣な目で我夢に問いかける。理由? それはつまり前に聞いてしまった離婚の理由だろう。

 

 

「あのっ、いやそれは……」

 

「いいんです。あの時の私は全てが否定的に思えて……我夢くんがせっかく私の為に言ってくれた事も信じられずにいました。だけど、今は大丈夫。大丈夫です……!」

 

「いやっ、言いたくないのならいいよ!?」

 

 

アキラは首を振る。

 

 

「相原くんを信じます。だから、お願いです……相談に乗ってください」

 

「えッ! は、はい! もちろんです……!」

 

 

何故か敬語になってしまう。

苦笑する我夢、彼女と話していると敬語が移ってしまう。

アキラはぎこちない笑みを浮かべ、頭を下げた。そのまま二人は近くの公園のベンチに座る。

しばしの沈黙がながれ、アキラが口を開いた。相談される側にもそれ相応の責任があると言うものだ。

我夢はある種の覚悟を決めて、彼女の言葉を受け止める準備をした。

 

 

「離婚の理由は……喧嘩でした。お父さんが浮気……したって」

 

 

特におかしい理由ではないのかもしれない。

だがいざ聞いてみると重くくるものがある。やはり、認識が甘いのだろうか。

 

 

「でも違うんですッ! 誤解なんです!!」

 

 

驚く我夢にアキラは必死に違うと否定する。

どうやらアキラの母親の友人が、アキラの父親と若い女性がホテルに入って行くところを見たらしい。

それが母親に知れて、そこから喧嘩になった。そしてそのまま二人の仲は回復することなく――

 

 

「確かにその日お父さんは帰ってくるのが遅かったです。だけどそれは誤解だって!」

 

「ご、誤解ですか?」

 

 

アキラの父親が言うには、夜に道で女の人が酔いつぶれていたからその人を助けるために、その人が泊まっていたホテルに女性を送りに行っただけらしい。

その女の人は彼氏と喧嘩をしてヤケ酒をあおっていたと言う。まともに歩く事すらできなかったから、アキラの父親が支えながら歩いていたのを勘違いされただけなのに。

 

 

「お父さんとお母さんは幼馴染だったんです。だから昔から喧嘩とかもたくさんしたらしくて、今回もきっとすぐに終わるだろうと……思ってたのに……ッッ!」

 

 

アキラはうつむいて言葉を振り絞る。

彼女の手の甲に落ちる涙の雫が、彼女の弱さを際立たせた。

我夢はすぐにポケットからハンカチを取り出してアキラに差し出す。

 

 

「……ありがとうございます。持ってるんですね、ハンカチ」

 

「あ、あはは、珍しいと言うか微妙ですよね。なんか毎日習慣なってて、ハンカチをポケットに入れるの」

 

「そんな事……素敵だと思います………」

 

 

アキラは我夢にお礼を言ってハンカチを受け取る。

 

 

「だけどそうはいかなかったって事ですか?」

 

「はい、いつもの喧嘩じゃなくて本当に険悪なモノでした。お母さんもお父さんも段々引けに引けなくなってきたのか……」

 

「………」

 

「だけどっ! お父さんは今まで私達に嘘をついた事なんてなかった! お母さんをすごく大切にしてたからッ! そんな事する訳ないんです!」

 

 

思わず彼女の真剣な眼差しにひるんでしまいそうになる。

 

 

「お、お母さんは、何で信じなかったんでしょうか?」

 

「お母さんのお友達が撮った写真をメールで見て……そのっ、女の人とお父さん…たしかにけっこう密着してて、浮気って言われたら…そうっ…見えちゃぅ――ッ」

 

 

何度拭ってもアキラの目からは涙が溢れてくる。

しゃっくりと鼻をすする音を隠そうとしている様だが、そんな事は無意味だった。

抑えようとすればする程に感情が強く波打って抑えられなくなる。

 

優しい両親が好きだった。だが両親だって人間だ、ゆずれない想いや許せない事があるのだろう。

浮気の疑惑をだされてアキラの母親も父親もいつもの調子を保てなくなった。

そしてそれはアキラが始めて見る両親の黒い感情や、そういった面なのかもしれない。

それが何よりもショックだったし、悲しかった。

 

心のどこかで離婚なんてしない。

私と言う存在を一人にしないと言う自信があったのだろうか?

分からない、考えられない。ただ仲良くしていて欲しかった、いつまでも仲良くしてほしかった。

 

 

「お父さんも…ッ、お母さんも……大好きなのにッッ!」

 

 

アキラは耐えられなくなって声を出して泣き始めた。

だが、泣きたいのは隣にいる我夢も同じだったのかもしれない。

せっかくアキラがここまで話してくれて、弱さをさらけ出してくれたのに自分はどうだ?

 

ほら見ろ、何もできないじゃないか。いきがっていたくせに、何かできると思っていたくせに。

自分にはアドバイスができると言う根拠のない自信をかざして、咲夜から言われた事を理解したつもりで何も理解していなかったのかもしれない。

ああ、そうだ。きっと悩みさえ聞けばどうにかなるのだと思っていた面があったのだろう。

 

違う、そうじゃない。大切なのはここからだと何故気がつかなかったのだろうか?

いや気がついていたのに軽視していたんだ。我夢は結局何も言えずにただうろたえるだけ。

 

 

「………ごめんなさい。つい感情的になってしまいました」

 

「いえっ、そんな事は――ッ、すごく……難しい問題ですね……」

 

「はい……あの相原君、今日はもう帰りましょう?」

 

「え?」

 

「こんな話をいきなり言われても困りますよね……だからまた今度、どんな事でもいいので何か思った事を教えてください」

 

 

お願いしますとアキラは頭を下げた。

我夢は何も浮かばない、そんな歯がゆさを覚えながらも頷く。

二人はそのまま公園を後にする事にした。我夢はアキラを送るために一緒に家までついていく事にする。

アキラも微笑むと、我夢と肩を並べた。

 

 

「………」

 

 

何もできない自分がいやだった。

だから我夢は少しだけ冒険をする、助けになるかどうかなんて分からない。

コイントスも行わない、少しでも彼女の力になれればそれでよかった。

 

 

「あ、ごめんなさいアキラさん。ちょっとどうしても買いたい物があって……いいですか?」

 

「はい、いいですよ」

 

 

我夢は小さな雑貨屋の中に入っていく、そしてすぐに何かを買ってきた。

それなりに大きなソレは、綺麗な袋の中に入っている為何かは分からない。

アキラは少し中身が気になったものの、追求できずに家の前までやって来てしまった。

 

 

「……じゃあ、これで」

 

「あ…あのっ、アキラさん!」

 

「え?」

 

「これっ、どうぞ!!」

 

 

目を丸くして立ち尽くすアキラの手には大きな袋、我夢はアキラへのプレゼントを買ったのだ。

少しでも彼女の心に変化を与えられればと、我夢はソレを選んだのだった。

アキラもその好意を理解してお礼を言う。

 

 

「あ……ありがとう…ございます……」

 

 

あけて見てもいい?

そう視線が語っていたので、我夢はアキラに何をプレゼントしたのかを教える。

 

 

「わぁ……!」

 

「あの……アキラさんの鞄にキーホルダーがついてたから…」

 

 

アキラは自分の体の半分くらいあるぬいぐるみを取り出し凝視した。

鞄につけているのと同じキャラクター。子供に人気の猫型ロボット、誰にでも人気のあるその愛らしさはアキラも気に入っており、鞄にキーホルダーをつけていたのだ。

 

 

「あの……何か、少しでも元気になってくれればって……ごめんなさいっ! 何かやっぱり変な事しちゃった様で!!」

 

 

赤面して必死にいい訳を羅列する我夢。

 

 

「ど、どうして謝るんですか?」

 

「元気だしてもらいたくて……でも、どうすればいいか分からなくてッ!」

 

 

アキラは首をふる。とっても嬉しいと我夢に微笑みかけた

 

 

「このキャラクター大好きなんです。かわいいですよね」

 

「あはは、そうですね……」

 

「でも、悪いです……お金――ッ」

 

「あ、いいんですよ! 全然気にしないでください!」

 

 

だけど……とアキラは表情を曇らせる。

それはそうだ、彼氏でもない男の人に物を買ってもらうなどおかしな話だ。

我夢もそれを理解していたし、アキラとてそう思っていた。そんなに高くは無かったが、引かれてしまうのは事実かもしれない。

でもどうしていいか分からなくて、でも何かしたくて。

 

 

「じゃあ………あの、そのっ」

 

 

どうしよう? 我夢はパニックになってつい言ってしまった。

 

 

「もしよかったら、友達になってくれませんか?」

 

「え……?」

 

「これは、ちょっと早い誕生日プレゼントって事で。友達だったら何もおかしなところは――」

 

 

そこで初めて気づく。

これじゃまるで金を渡して友達になってもらったのと同じではないか!? それこそ最低じゃないか!

やばいっ!! 血の気が引いていく。 断りたくても断れないだろ! 少しは考えろよ我夢(ぼく)

 

 

(終わった……引かれる、というかいろいろ終わった……)

 

 

そんな我夢の気持ちを知ってか知らずか、

アキラは頷くと我夢に少し待っててくれと言って家へと入っていく。

そして少しすると、我夢に何かを差し出した。

 

 

「これは……?」

 

「相原くん、けっこうこうやってますよね……えいっ!」

 

 

そう言ってアキラはその綺麗なコインをピンッと弾く、しかし受け取るのに失敗して地面に落としてしまった。

慌ててアキラはそれを拾い軽く服で汚れを拭うと、我夢にそれを差し出す。

 

 

「これは、お礼です」

 

「え……」

 

「ふふっ、相原くんは優しいですね。すみません、余計な気を使わせてしまって」

 

「い、いやッ……」

 

 

アキラは我夢の顔色を見て申し訳ないけど、少しおもしろいと言う感情を持ってしまった。

きっと下手なプレゼントだと思ってしまったのだろうか? アキラに全てを理解する事はできなかったが……

 

 

「相原くん、ぬいぐるみありがとうございます。これはお返しです」

 

 

アキラはそう言って我夢に綺麗なコインを差し出す。

 

 

「これ…」

 

「今度はコレを弾いてくださいね」

 

 

知ってたのか、見られないようにしていたのに。

我夢の顔が赤くなっていく、しかしよく見ればこのコイン、それなりに高そうな……

 

 

「わ、悪いですよ!」

 

「ううん、いいです。それに、これは相原くんへの誕生日プレゼントって事で」

 

「へ?」

 

 

友達なら何もおかしくないでしょう? そう言ってアキラは悪戯っぽく笑う。

おもわずちょっとドキっとしてしまった。

 

 

「勘違いしないでくださいね。私はコレを貰ったから相原くんと友達になるんじゃありませんから。私そんなに軽い女じゃありません!」

 

「そ、それはもちろんです!」

 

 

その言葉にアキラは頷く。

 

 

「でも、一つだけ聞かせてください……どうして……私のために…こんなにしてくれるんですか…?」

 

 

そう、それがずっと気になっていた事だった。

そんなに親しくなかったのにどうしてここまでしれくれるんだろう?

 

 

「僕は、心のどこかで……」

 

「え?」

 

「いえ、僕は……誰にも変わって欲しくないんですよ……だから、困っているアキラさんをどうしても助けたかったんです……」

 

 

何か変わった事が起こって欲しかった、そう言われればそうなんだろう。別に毎日が退屈だった訳じゃないがスリルが無かったのは事実だ。

そんな毎日に変化を望んでいた。だが、このアキラの問題が起こって理解した。

結局今、自分は変化を恐怖している。自分には関係ないと言えばそうだが、アキラが傷つくのが正しいのか?

 

そうじゃないだろうと、葛藤してしまう。

ほっとけばいいと割り切れればいいのだろうがそんな事はできなかった。

アキラにまた元の生活に戻って欲しいと心から思うようになっていた。

 

 

(けっきょく、普通が一番だったんだよ……)

 

 

こんなに怖い思いをするなんて思わなかった。

クラスメイト達がいつもの下らない会話で盛り上がるんじゃなくて、一人の女の子に向ける悪意で盛り上がっている。

我夢はそれに異常な恐怖を感じていたのだ。それはいつ標的が自分に変わるんだろうとか、アキラにもっとキツイ事が起こるのかとかじゃなくて。

ただ純粋に怖かった。

 

 

「相原君……」

 

「あはは、なんだか変な理由かもしれませんね。じゃあこれで」

 

 

そう言って我夢は走り出す。

普通じゃない事がこんなに怖いなんて、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、友達って天美さんだったんだね……」

 

「うん、そっちも相原くんと友達だったなんて意外だったよ」

 

 

坂の上の公園で亘と里奈もまた話していた。

里奈はアキラと友達だった、だけど彼女に何もしてやれないと苦しんでいたのだ。

誰にも相談できないデリケートな問題だ、だがまさか亘が知っていたとは。

 

 

「最近、相原くんって人がよく構ってくるって言ってたんだ」

 

「へー、どうなの? 評判っていうか、評価っていうか…そういうの」

 

「うん、最初は正直鬱陶しかったみたい」

 

 

あらあら……亘は眉をひそめた。しかし、だけどと里奈は笑う

 

 

「今日、さっき話したんだけど……相原くんを誤解していたとか、悪い事をしたとか言ってたから多分大丈夫だよ」

 

「ははっ、そりゃよかった」

 

 

二人は苦笑し合う。

なかなか人間ってのは上手くいかないものだ、だけど少しは関係が良好になればそれはそれでいい。

 

 

「だけど、アキラちゃん……あんなにお父さんやお母さんが好きなのに……ッ」

 

「誤解なんだっけ?」

 

「そう! 絶対にそうだよ! それなのにッッ!」

 

 

本当に悔しそうに里奈は涙を流す。

亘は、そんな彼女を見て口を開く。別にアドバイスだとかそんな大したものじゃない。

ただ今日、時間をつぶす為襟居の所に行った時に、彼が作曲していた歌詞が無性に頭に残っていた。

 

 

「同じ道を選んでたらさ、結局同じ場所にしか着かないんだよな……」

 

 

まあ、当たり前なんだけど。亘はそう言って苦笑する。

 

 

「え、どういう事?」

 

「なんていうかさ……答えが見つからないのは、その道に答えが無いからなんじゃない?」

 

「答え?」

 

 

そうなのかもしれない。

ずっとどうしていいか分からなかった。

答えが欲しかった、どんなに考えても分からなくて苦しくて。

しかしそれは、考え方の根本が違っていたのかもしれない

 

 

「見たことがない……例えばさ、景色だとか空だとかさ」

 

「うん……」

 

「そう言うのに出逢うために、踏み出すのかもって」

 

 

同じ道、この坂道も。同じ道で帰っていたら見つけられなかった。

 

 

「………」

 

 

里奈は沈む夕日をジッと見ていた。

ああそうか、アキラを助けるためにはまず自分から変わらないといけないのかもしれない

なら、まずはこの道を――

 

そう、そうか。里奈は涙を拭うと小さく頷いた。亘もソレを見て何かを感じ取ったようだ。

その日、家に帰った亘は兄に、たった一つだけ質問をする事にした。簡単な、一文もないような単調な質問。

だから兄と廊下ですれ違ったその一瞬ですませる。

 

 

「なあ、兄さん」

 

「は? 金なら貸さないぞ」

 

「馬鹿野郎、違うよ。困っている人がいたら……どうする?」

 

 

そのまま普通に歩き、すれ違う二人。

亘は振り向く事なく、背後から答えが聞こえてきた。

 

 

「助ける。ヒーローなら絶対そうするからな」

 

 

即答、そして亘に視線を移す事なく部屋に入っていった兄。

なんだよそれは、亘はブッと吹き出してしまうが納得がいった様に笑うと、自らの部屋に向う事にした。

 

 

 

 

 

 

休日、その日は襟居の家に我夢達は遊びに来ていた。

襟居の趣味は変わっている。情報通を称するだけあるのか知らないが、毎日三つのニュースを録画しておいてそのある場面を熱心に見ていた。

 

 

「なんだソレ?」

 

「ふふん、この局のニュース番組はなぁ。一コーナーの時にこの街の様子をいつもカメラで撮影しとるんや」

 

「だから?」

 

「分からんやっちゃな、ふとした瞬間に知り合いが映るっちゅう事」

 

 

この地元テレビ局はよく街中を映したり、取材したり、天気予報なんかも街中でやる。

その為によく自分達の学校の生徒がふいに映ったりしているのだ。

襟居はその瞬間を狙っていた。誰と誰が付き合っているか、何度もこのテレビにお世話になったものだ。

 

浮気の証拠も見つけられる、誰がどの店に入ったかも映る時はある。

情報の宝箱、襟居はこのニュースをとても重宝していた。いわば、街中に備えられている監視カメラなのだ。

 

 

「情報ってのは武器みたいなもんや、それが毎日手に入るチャンスなんやから……うまい話やで」

 

 

襟居の部屋にはもう何枚ものディスクやメモリなんかが保存されている。

毎日三回放送されるローカル番組を毎日分保存してあるのだ。

今でこそハードディスクやらメモリやら保存も簡単になってきたが、もしこれがビデオテープならば襟居の部屋はテープで埋まっているだろう。

最初は我夢達も襟居の行動に疑問を持ったものだった。正直あまりよろしい事ではないし、毎日のチェックだって本当に大変だろう。

 

だが、襟居は言う。知る事はなによりの快楽だと。何よりの遊戯だと、彼はそういった。

知る事の悦楽、情報面で有利に立つと言う優越感、そして何より知らない者との違いを実感できる事はなによりの娯楽だと襟居は思っていた。

もう我夢達もそれは慣れたし、理解できたので特に何も言う事はなかった。

 

情報を知っても襟居は言いふらしたりはしない。

せいぜい我夢達、親しい間柄にどことなく告げるくらいだ。

それも人が不幸になる系統なのではない、せいぜい誰々がつき合っているくらいのもの

 

 

「今日は収穫なさそうやねぇ……残念やわ」

 

 

がっかりと肩を落とす襟居、そんな彼はもう見飽きた。

京介は適当に買ってきた雑誌を見ていたし、亘も何も言わず漫画を見ていた。

 

 

「………」

 

 

そんな中で我夢はアキラから貰ったコインをしきりに弾いていた。

裏と表はなかなか均一の確立を保っているようだ。

先ほどから表と裏が同じくらい示される。

 

 

「ねえ……皆――」

 

「「「?」」」

 

 

ふいに我夢が口を開く。

一同は我夢の言葉に反応するものの、視線は今自分達が集中しているものからは外さなかった。

だが、次に我夢が言った一言で皆はいっせいに我夢の方を見る事になる。

 

信じられないと言った目で我夢を見る二人と、なんとなく分かってたけど本当にやるのかと言う視線。

我夢は皆のリアクションに少し怯んだが、しっかりと頷いた。聞き間違いでもない、彼の意見なのだ。

だがそれはとんでもない計画。襟居はもちろん、京介も我夢の言葉に賛成はできなかった。

亘はどうだろうか? 複雑な表情で我夢を見る。

 

 

「はぁぁあ!? お前ッ……やめといた方がいいで! マジでそれはやりすぎやって!」

 

「ああ、そうだぜ我夢。気持ちは分からなくはないが……流石に踏み込んでいいレベルを超えてる」

 

「そうそう! 引かれるなんてもんやない。というかそんなんありえんやろ! 何様かと思われるって! 止めといた方がええ! 絶対や!」

 

 

うまい事事が進んだのが続いたからといって、今回の我夢の計画は常識では考えられないモノ。

今まで何も言わなかった二人も、全力で反対した。

だが――

 

 

「ま、まあいいんじゃない?」

 

「お前……ッ、マジか!? 本気でいっとるんか!?」

 

 

亘は漫画を置いてニヤリと笑う。

どうせこのままなら結果は変わらないだろう。ならば多少無粋であっても、かき回す要因が必要なのだから

 

 

「っていうか、実はボクらも同じような事言ってたんだよね」

 

「僕ら?」

 

「そう、ボクと野村さん」

 

 

驚き、呆れ、信じられないと言う眼で襟居と京介は二人を見やる。

しかし、襟居はすぐに態度を改めた。

 

 

「……おもしろいやんけ」

 

「は!? お前何言って……」

 

 

襟居は冷や汗を浮かべてニヤリと笑う、彼の人生でも経験した事のない博打の様なもの。

好感度と信頼、そして常識を賭して行う大博打ッ!

 

勝てばどうなる訳でもない、しいて言えば亘や我夢に利益があるかもしれない。

そして負ければ何か多くのモノを失うかもしれないッ! だが、しかし!

 

 

「今までの人生、こんな誰かの運命変えるなんて事はなかった。だけどお前らの計画は成功すれば一人の、いや多くの人間の運命を変えるっちゅうもんや」

 

 

そんな大きな事をやろうとしている。

それは一見、人の心に土足で踏み込み、大切な問題をかき回す最低で下劣な事かもしれない。

いやそうだろう。だが、逆に何もしなければ何も変わらない……そう、何も

 

そこには常識なんてものは何も無い。

幼稚な行為なのかもしれない。だが、今の自分達は子供だ。

やるなら、今しかない。

 

 

「……アキラさんのご両親に、誤解だと言う事を分かってもらう。そして、できるならまた家族一緒に過ごせるように――」

 

 

我夢はコインをポケットにねじ込む。

運命の戯曲は始まりを告げた、それは彼らの世界にどんな変化をもたらすのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「本気で言ってるんですか……?」

 

「うん、ちゃんと誤解を解くの、私達で!」

 

 

アキラは、部屋に遊びに来ていた里奈の言葉に目を見開いた。同じく遊びに来ていた阿佐美も口を開けたまま里奈を見ている。

驚く二人に里奈はまっすぐな視線をぶつけ、そして訴えかける。このままでいいのか!? こんな結末は悲しすぎると思わないか!?

誤解のまま終わるなんておかしいと思わないか!

 

 

「それは……私だって、そうしたいですけど――」

 

 

アキラは我夢に貰ったぬいぐるみに顔を埋める。

このキャラクターがもし本当にいたのなら、不思議な力で今の状況を簡単に解決してくれるだろう。

だが現実はそんなに甘くはいかない。自分だってもう何度も母親に説得している……

せめて話くらいはまともに聞いてやるように言ったが、それは無駄なことだった。

 

 

「じゃあ、やろうよ!!」

 

「……ッ」

 

 

里奈の言葉がアキラの心を強く揺さぶる。

そうか、一人で駄目ならいっそ皆でたたみかける――

 

 

「なんか、よくわかんないけど……あたしならいつでも力になるからね!」

 

 

阿佐美はまかせておけと胸を強くたたく。

結果むせてしまう訳だが、まっすぐな彼女はとても頼もしく見えた。

 

 

「……ッ」

 

 

元の生活に戻りたい。お父さんもお母さんも大好きなのにこんな終わり方なんて嫌だ、認めたくない!

アキラはぬいぐるみをギュッと抱きしめる。ほんのりと優しい香りがして安心する、同時に彼の笑顔も思い出した。

 

 

「………」

 

 

みんな、自分のために何かをしてくれている。それが嬉しくてアキラはまた涙がこみ上げてきた。

だけど、いつまでも他人に甘えていてはいけないのだろう。それを理解していたつもりで行動に移すことができなかった。

だけどもし少しでもこの結末を変えられるのであれば……変えたい。

 

 

「里奈、阿佐美……」

 

「「?」」

 

「私に、協力してくれますか?」

 

 

二人は微笑んでもちろんとアキラの肩を叩く。

しかし同時に、私達だけじゃないと笑ってみせた。

 

 

「え?」

 

 

そう、これは小さな戦いなのかもしれない。彼女の世界を守る戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当にいいのか天美さん!?」

 

「はい、どうかお願いします。私に協力してください!」

 

「ま、まあ天美さんがいいなら……いいんだが」

 

 

そして、その後日学校で初めて彼らがまともに顔を合わせた。

我夢、亘、襟居、京介。そして阿佐美、里奈、アキラの七人は昼休みに図書室で話をする。

全てはアキラの為、いやアキラの家族の絆を取り戻すというモノ。我夢はアキラの両親に仲直りをしてほしかった。

 

だがそれは難しい話だ、現に今はもう二人は家族ではなくなってしまったのだ。

突発的な黒い感情が理由なのかもしれない、だが話し合いは無駄に終わり長い絆も一瞬で壊れてしまった。

ならば再生を、一人の力では壊せないのなら強引にこじ開けるまで。最初は戸惑われたが、我夢達は決断する。

この七人でアキラの両親を復縁させるのだ。

 

 

「じゃあ、まずは……」

 

 

襟居はベターな計画を立てる。

教科書通りの様な気もするが、これが一番ではないかと睨んで、計画書を作る。

まずは最初、根本的な情報の獲得だろう。とりあえず……

 

 

 

 

 

 

 

「そうなのよぉ……いや私も悪いと思っているっていうか……」

 

 

アキラの母親の友人である彼女は申し訳ないと頭を下げる。

一応やはり報告しておいた方がいいと思ってやった事がまさか離婚にまでつながるとは。

 

 

「旦那さんはそりゃもういい人でねぇ、何かの間違いじゃないかとは思ってたんだけど……」

 

 

念の為、その人が撮った写真を見せてもらう。

携帯でとったとはいえ確かにアキラの父親と女の人が密着している。

話ではこの女の人は酔っていたらしいが、よく見えない。一般のものとはいえ、思い切りホテルに入っていくのは、流石に勘違いもしてしまうだろう

 

 

「これ、いつ……何時頃に撮影したんですか?」

 

 

京介と阿佐美は、この写真をいつ撮ったかを記憶する。

成る程、確かにこれはどう見ても浮気の現場に見えるだろう。

どうやら写真がどうのこうのは本当だろう。母親の友人であるこの人もそうとう悩んでいるようだった。

あの時は少し興奮してしまって冷静さを欠いてしまったらしい、見せなければ良かったとずっとしきりに呟いていた。

とりあえず二人はその事を皆に報告する。

 

 

「んー、成る程ねぇ……」

 

「コッチも……駄目でした。里奈と二人でお母さんを説得してみたんですけど……」

 

 

皆は同時にため息をつく。

やはり簡単なものではないし、どうやって仲直りなんてさせればいいんだ。

 

 

「天美さんのお母さんはなんか……こう後悔みたいな? してないの?」

 

「少しだけ思うところはあるみたいですけど……やっぱり――」

 

 

沈黙が辺りをつつむ、次に何をしていいのか分からないでいたからだ。

しかしそんな中、亘が口を開く。

 

 

「ホテルに聞いてみるってのは?」

 

「教えてくれんやろ、個人の情報になってまうから」

 

 

いや、聞いてみよう。

我夢は立ち上がる、たとえ確立が低くてもそこに活路を見出せるのであればどんな事だってやってやる。

そんな視線を皆に送ってみる。それが伝わったのか皆は頷くと再び行動にでるのだった。

アキラの為に頑張る我夢、その行動は周りの人間をも感化させていくのだった。それは彼の世界、彼の物語なのだろうか?

 

しかし、彼らとて学生だ。

毎日の行動範囲や時間は限られているし、京介と阿佐美、襟居や里奈は部活だってある。

襟居は部員が一人だけなのでよくサボってコチラ側に協力してくれていたが、京介達はそうもいかない。

アキラの事は大切だし、協力したい気持ちでいっぱいだがそれを理由として他の部員に迷惑をかけるのは正しいこととは言えないだろう。

それはアキラ達もよく理解してくれたし、何よりその分学校で彼らは協力してくれた。

京介と阿佐美はそれなりに学校でも顔は広く、アキラの周りにある悪い噂を次々に消してくれた。

 

もちろんそれは簡単な事ではない。

一時期は京介と阿佐美にも陰口が広がってしまい、根も葉もない噂に翻弄されそうになった時もあった。

だが襟居や我夢、亘はいつでも彼らの味方だったし、そんな彼らに飽きたのかは知らないが次第に噂や陰口も聞かなくなっていった。

一方で里奈もまた変わっていった。ある日、亘に言ったのだ

 

 

「今まで、変な事に付き合ってくれてありがとう。これから部活がある時は一人で大丈夫だから」

 

 

正直、一瞬嫌われてしまったのかとヒヤリとしたがそう言う事ではない。

里奈はもう偽るのを止めた。今までの道に寄ることを止め、部活仲間と一緒に帰る事にしたのだ。

その事をアキラや亘に言うと、彼らは微笑んで里奈の背中を押した。

 

 

「里奈を見てると、勇気がわいてきます」

 

「あはは、そう? じゃあもっと気合入れないとね」

 

「何々? あたしも混ぜてよぉ!」

 

 

アキラも里奈も少しずつ明るくなってきた。

彼女達の心で何があったのかは他人から見れば分からないだろう。

しかし彼女達はこの短い間でいろいろな善意や好意を知った。それにいつまでも甘えていては前に進めはしない、彼女達なりの決意と決断があるのだ。

 

 

「でも…ね、部活が無い日は……一緒に帰ってくれる?」

 

 

しかし、彼女はたった一言追加する。

赤くなって微笑む里奈に亘は大きく頷いた。

 

部活が無い我夢や亘はその分、アキラの件で行動した。

ホテルでアキラの父親の写真を見せて、あの日の事を聞いたりしてできる事をやった。

結果としてはイマイチ、というか全然駄目だったが彼らはあきらめなかった。

 

我夢はアキラの母親にも会いに行った。

かなり無礼な事かもしれないが硬い壁をぶち壊すには傷をつけなければ始まらない。

母親は我夢に言う、何故他人の我夢がここまでするのかと? 恋人ならまだしもだ。

 

 

「友達だからです。それに……」

 

 

僕はアキラさんがご両親の事がとても好きだと言う事を知ってしまったから、このまま終わらせるわけにはいかないと、彼はそう言った。

アキラの母親はそのまっすぐな目に少し何かを感じ取ったようだった。

何も言わなかったが、否定もしなかった。

 

 

「ごめんなさい、特に何も用意できなくて……」

 

「あ、いや……ッ、いいんですよ」

 

 

我夢とアキラの家はそれ程離れてない、せいぜい十分程度で行き来できる。

二人は今、その間にあるファミレスにいた。我夢にもアキラにとっても、初めて異性ときた訳だが今の二人はやはりそんな気分でもない。

 

 

「本当に……我夢くんにはいろいろやってもらっちゃって……」

 

「いいんですよ、僕の方こそ……ただの他人がこんなに出しゃばって申し訳ないです」

 

「そんな事ないです! 我夢くんがいてくれたから……そのっ、私もいろいろ助かりましたし」

 

 

いつからかアキラも、我夢の事を名前で呼ぶようになっていた。

交流が増えてきた事で彼らの距離は少しずつ縮んでいったのだ。

咲夜の道場でも彼らの会話は増えて、しきりに辞めていく生徒達に反して我夢とアキラは目にとまる。

 

 

「最近仲がいいな君達は」

 

「あはは、そうですかね」

 

 

アキラと我夢が微笑んだのを見ると咲夜もニッコリと笑う。

 

 

「良かったらワタシも混ぜてくれないか? ふふっ」

 

 

元々アキラと咲夜はそれなりに仲が良かった為に、ここから我夢との交流も深まっていった。

アキラと我夢はもうすっかり友達として確立したようだ。だからこそ、友達を助けたいと切に思う。

 

 

「おーい我夢! アキラ!」

 

「あ、椿先輩どうしたんですか?」

 

「ゲーセン行こうぜぇ! 椿くんヘタレだから知り合いいないとゲームセンターいけないの!」

 

 

でも、と二人は困ったように顔を見合わせる。

 

 

「ああ、あの女か? 全然大丈夫だって! どうせ今頃、修行(笑)みたいな事してるからさ!」

 

「いや……椿先輩?」

 

「ん? どうしたアキラ?」

 

「後ろにいますよ……」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ状況が良くなっていく訳だが、

一番肝心なアキラの両親の関係だけは変わらなかった。

 

 

「やっぱ、一番いいのはさ。浮気していないって証拠みつけるのが一番なんだろうけど、そんなのあんのかな」

 

「ホテル側は期待できそうにないからな、つっても個人では厳しいにも程があるぞ」

 

 

皆は頭を抱える。

何もない、何もできないのは苦しいものがある。

駄目なのだろうか? やはり無理なのだろうか? 若干そんな空気が流れたが、我夢と里奈は諦めない。

そしてそれに感化される亘達、その絶対の意思が活路を開く。

 

 

「ッ!! ある…かもしれない!」

 

「え?」

 

「アキラさんのお父さんが何もしてないって証拠、見つけられるかもしれない!」

 

 

我夢の言葉に一同はざわつき始める。

どうやって? そう聞く亘に、我夢はテレビを指差した。

 

 

「ちょっと聞きたいんだけど――」

 

「ん! なんや、どうした?」

 

 

我夢は襟居に、今までのご当地ニュースを全て録画してあるのかを聞く。

結論、浮気騒動があった日のニュースが残ってあるのかを聞いたのだ。

 

 

「ん、まああるで。例外なく毎日録画しとるからね」

 

 

その言葉を聞いて我夢の目が輝く。

そう、わずかな希望だが可能性が出てきたからだ!

この街の様子を頻繁に撮影しているご当地のテレビ局。そのニュースに、あるかもしれないのだ。

 

 

「成る程!」

 

「ん? ど、どう言う事なんだ?」

 

 

襟居は意味を理解してディスクをあさり始める。

その瞬間、次々に意味を理解していく面々。亘もまた理解して口を開いた。

 

 

「そうか、アキラさんのお父さんが映ってるかもしれないんだな!」

 

「「「!!」」」

 

 

我夢は頷く。

疑惑があったのは午後六時からだ。

その時間帯は天気予報と街の人にインタビューをするというコーナーがある為、映っている可能性が高いのだ。

皆の表情が明るくなる。しかし同時にそれは覚悟しなければならない話でもある、もし本当に浮気していたら――

アキラはグッと唇を噛む。お願いだから……ッ!

 

 

「おぉぉお!!! あったでぇッッ!」

 

「よし! じゃあ再生してみようか!」

 

 

襟居はディスクをセットして再生のボタンを押す。

映し出されるのはいつもは流し見程度のニュース番組。

しかし今は希望なのだ、皆は食いつくように目を凝らした。

天気予報が始まり、街の様子が映しだされる。撮影ポイントが高すぎない為、人が割りと鮮明にハッキリと見えた。

 

 

「ホテルは?」

 

「うーん、もうちっと先かもねぇ……」

 

 

一同はテレビの前で必死にアキラの父親を探す。

まるでアリの様にいろいろな人間が群がり、帰る者や遊びに行く者といろいろ道を歩いていく。

 

 

「本当にいるのかよ……」

 

「ああ、時間的には間違いない筈や。問題はそん時にちゃんとホテルを撮影してくれてるかどうか。それは祈るしかないな」

 

 

皆は切に画面にアキラの父親が映る事を望んでいた。

心のどこかで非日常を常に望んでいた彼らが、ここまで誰かの日常の回復を望むのはおかしな話なのかもしれない。

結局それは彼らが平和な毎日を望んでいたという何よりの証拠。

 

 

「ッ!」

 

 

我夢の眼の色が変わる。

女の人を連れた男の人が歩いていたのだ、我夢はその方向を指差すと声を上げる。

 

 

「いた! 襟居くん戻して!」

 

「うっしゃ! まかせろ我夢!!」

 

「どう? アキラちゃん――ッ?」

 

 

「……お父さんッ!」

 

 

 

アキラの言葉でそれは確信へと変わった、間違いなくアキラの父親と言う訳だ!

父親は証言どおり女の人と共にホテルへと入っていった。一同に緊張が走る、どうなんだろうか?

彼らは画面を見つめるだけ、特別な何かをする事もない。テレビの中ではアナウンサーが喋り、画面には明日の天気が表示されている。

普通の人達はそれを何気なく見ているのだろう。しかし、我夢達は違う。

おかしな話だ、観測する者が違うと言うだけで同じ番組でも全く意味が違ってくるとは。

 

 

「あ!!」

 

 

その時だった。カメラが移動し始めたのだ。

これはマズイ、ホテルからカメラを反らされたら証拠がなくなってしまうじゃないか!

しかし我夢とアキラは一心不乱に。まるで画面に穴をあけるつもりなのではないかと錯覚するくらい、ジッと見つめる。

そしてその時だった、彼らの行動に奇跡が呼応したのか?

 

 

「お父さん!!」

 

「「「「!!」」」」

 

 

画面の端にアキラの父親が一人で歩いているのが見えたのだ!

アキラの父親はどう見ても、一人で歩いている。何よりの証拠としてカメラが移動した後も映っていた。

そしてそのまま小さくなっていったのだ、ホテルから離れても父親が映っている。

つまりホテルには入ったが、こんな短時間で出てくると言う事は何も無かった事だ!

 

その後も奇跡は起こった。放送が終わり、エンディングのコーナーが始まる。

そのコーナーは適当に街にいるカップルをつかまえて、のろけ話をさせると言うなんだかチープな企画に見えるもの。

だがそこになんと、アキラの父親と疑惑があった女性が彼氏と一緒に映っていたのだ。

女性は、喧嘩してやけ酒をしていた自分を注意してくれた明の父親にお礼を言っているではないか!

 

 

「これで疑いが晴れる――ッ!」

 

「はい……ッ! あ、ありがとうございます皆さん!」

 

 

アキラは本当に嬉しそうに微笑んで我夢の手をとった。

初めて見る彼女の笑顔に我夢は……

 

 

(か、かわいい……)

 

 

すっかり見とれてしまったと言う訳だ。

いつも彼女にはどこか影のようなモノがあったような気がしていた。

だけど今の彼女はまるで太陽の様に明るく、月の様に美しく優しい。我夢は目を反らそうとするができなかった。

もっと彼女の笑顔を見ていたい。そんな想いにとらわれながらも、なんとか彼は冷静さを取りもどしてアキラに声をかけた。

 

 

「な、なるべく早いほうがいいですよ。はやくお母さんに伝えてください!」

 

「は、はい!」

 

 

アキラは頷くと、もう一度一人ずつにお礼を言って回った。

そんな彼女を自然に目で追ってしまう我夢。これは……まさか――

 

 

「ああ……これはやばいな」

 

「ん?」

 

 

亘は不思議そうな顔をする。

そんな彼に我夢は小さく、ほんの小さく呟いた。

 

 

「す、好きな……人ができたんだ」

 

 

我夢にとっては大きな話、だがしかし亘は特に驚く様子もなく小さく返す。

 

 

「いや知ってるよ」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「皆、知ってるって」

 

 

亘の普通すぎる反応に、我夢は首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、何か喋り方……丁寧になってないか?」

 

「そうですかね?」

 

 

カチャカチャとコントローラーを鳴らしながら、椿と我夢は談笑に花を咲かせていた。

画面の向こうでは、彼らの世界ではありえない格好のキャラクター達が戦っている。

最初は椿に誘われて始めたこのゲームも、今では二人の実力が均衡していた。

 

 

「アキラさんと一緒にいるからですかね」

 

「はぁーん……道場でも仲良いモンね君ら。椿くんガールフレンドなんていたためしがないよ」

 

 

あ、でも画面の中なら――

 

 

「咲夜先輩はどうなんですか?」

 

「冗談だろ……アイツとお芋の区別がつかな――おい! そこでウルコンかよっ!!」

 

 

椿はコントローラーを投げやりに放して、倒れこむ。

彼のキャラクターが場外へと吹き飛んでいき、画面には大きくKOの文字が表示された。

 

 

「今日アキラさん達と一緒にアイス食べにいくんですけど……行きます?」

 

「おいおい何が悲しくてカップルの間に入らなきゃならねぇのさ。しかもお前どうせあれだろ? 俺だけ外で食えとか言われるんだろ? 雪が降り積もるなか俺アイス食いながらお前らのイチャラブ見なきゃならないなんて……コレなんの罰ゲームだよ」

 

「かかかカップルなんてそんなっ!」

 

「ほら、テンプレだ! そらテンプレがきたぞ! きなすったぞテンプレがッ!」

 

 

そう言って椿は上着に手を伸ばす。

そしてポケットに入っていた小銭を我夢に渡した。

 

 

「でもお土産はよろしく」

 

「ははは、いいですよ。何味買ってきます?」

 

「………いちご」

 

 

何か恥ずかしくなったのか、椿はそそくさと我夢の家を後にした。

あれ? しかし考えてみると、椿はいつもチョコしか食べてなかったような――

 

 

「ああ、そうか……」

 

 

イチゴは咲夜先輩が好きな味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、我夢」

 

「あはは、遅いよ我夢くん」

 

「ごめんなさい! ってわああああ!!」

 

 

我夢は雪に足をとられて思い切り転んでしまう。

情けない、恥ずかしそうに立ち上がる彼に差し出される手。

 

 

「ふふっ、大丈夫ですか?」

 

「ッ!!」

 

 

あれからアキラには何度もカッコいいところを見せようと努力したが、今の様に空回りしてばかりだった。

その結果なのだろうか? 若干彼女の方が早く生まれたと言う事もあって、自分のポジションは『弟』の様な位置づけにされてしまった。

 

 

「………はぁ」

 

「ははは、大変だな」

 

 

あれから少しの時間も経ってみんなでよく遊びに行くようになった。今の季節外は寒いから、あんまり外で遊ぶことはないが。

今日は美味しいと評判のアイスを食べに行く、暖房が効いている部屋で食べるアイスも中々だろう。

 

 

「もう京介と阿佐美は着いたらしいぜ」

 

「襟居くんは?」

 

「今日は止めとくらしいよ、なんかリア充がどうのこうの言って」

 

 

じゃあ、行こうかと彼らは歩き出す。

ちょっとした非現実だった彼らの日常も、順調に現実へと戻っていくのだった。

ちなみに――

 

 

「「あん?」」

 

 

商品に手を伸ばした椿の手に誰かの手が重なる。

 

 

「おぉ! 誰かと思えば襟居くんじゃないか!」

 

「椿さんやないですか!!」

 

 

実は、この二人相当仲がよろしい様だ。

 

 

「どうした? あれ、君も『がっつり恋するフランスパン』買うの? いいよ、はい」

 

「あ、ええんすか? いやぁね、ちょっとリア充予備軍が多すぎて俺もいずれ来る日の為、練習しとこうかなって」

 

「だよな、ってかでも練習とか考えない方がいいよ。マジ、特に幼馴染とかヤバイから」

 

「ええやないですか、咲夜さんめっちゃ美人やないですか。あ、『しめ鯖が結ぶ恋』やってみます? おもろいですよ」

 

「ほう! 鯖恋ね! 知ってる知ってる!」

 

 

二人は仲良くその日を一緒に過ごすのだった。

こんな日も素晴らしい物だろう、毎日と言う世界は調和を取り戻そうとしている。

 

 

 

それから、数日して我夢達はアキラに現状を聞いてみた。すると彼女は笑顔で話し出す。

あの日見つけた無実の証拠を見せると、何よりもアキラの母親はそれを見つけた彼女の気持ちを理解した。

アキラがどれほどまでに両親を愛し一緒にいたいかを思い知らされたらしく、アキラの母親も父親ももう一度一からやり直してくれるといった。

 

いきなり再婚するのは互いにとって甘えになるといい。

もう一度交際からスタートすると言う少しおかしな事となったが、二人は幼馴染らしいので互いのことはよく知っているらしい。

きっと上手くいってくれるだろう。

 

ふとあの後、思った。唯一の疑問。

何故アキラの父親があんなに早くホテルを出たのに、家に帰るのがすこし遅かったのだろう。

実はアキラの父親は妻であるアキラの母親にプレゼントを買おうとして、中々決められずに遅れてしまったらしい。

それを知ってアキラの母親は本当に申し訳ないと泣いたと言う。

 

 

「だけど、きっとまた家族みんなで暮らせるってしんじてます!」

 

 

それは決して簡単な事ではないのだろう、アキラの笑顔を見て我夢は思う。

 

 

「はい、きっと大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

きっとまた必ず絆は取り戻せるはずだ、二人は微笑みあう。

それを亘は楽しそうに観察していた。

 

 

「しかし、我夢。お前何か言葉使いが段々丁寧になってきてないか?」

 

「ああ、アキラさんや咲夜さんと一緒にいる事が多かったからかもしれません」

 

「ははっ、まただよ」

 

 

成る程、亘は納得して席に着く。

いつもと変わらない景色がそこには広がっていた。

またいつもと同じような毎日が繰り返されるのか……?

 

いいじゃないか、それでも。

それに、自分達が経験したちょっとした非日常は日常…普通と言う幸せを教えてくれた。

それを乗り越えたら友達が増えて、いや好きな人とか気になる人とかが増えてとてもすばらしい事なのかもしれない。

いつも何かに焦ってた自分達は、何か逃げ出せるものが欲しかった。いい訳ができる存在が欲しかった。

だけどそれは結局理想や願いでしかない。

 

僕達はこれからも毎日を生きていかなければならないのだ。

そんなの疲れるだろ? だから平和が一番いい。

平和が一番疲れないからな。亘は少し悟ったように笑うと、次の授業の用意を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあこんな感じですかね」

 

「結構、いやかなり長いっ! というか十分凄いじゃない! もう私はおなかいっぱいだよ!」

 

 

祭りが始まるまでの時間は十分すぎた。

みぞれもアキラ達の過去話にすっかり聞き入ってしまったのだった。

 

 

「ふぅん。じゃあ、我夢が好きなんだねアキラは」

 

「……え?」

 

「だって、我夢の事話す時すこし様子が変だったから」

 

「そ……それは!」

 

 

変な夢を見たせいで――

 

 

「あぅ……」

 

 

アキラは諦めたようにうつむいた、隣で里奈はニヤニヤと笑っている。

そうなのだろうか? あんな夢を見るって事はやはり意識しているのだろうか? どうも変に意識してしまう。

アキラはふと気になって我夢の方に視線を移した。少し離れたところで亘と良太郎に囲まれて彼は楽しそうにしている。

 

 

「………」

 

 

どうなんだろう? あ、目が合った!

 

 

「ッ!」

 

 

思わず目を反らす。

どうしてしまったんだろう自分は、何か胸の辺りがゾワゾワすると言うか……

そんな事をみぞれと里奈に打ち明けると、二人は今日の祭りで我夢と一緒に居ろと言う。それで答えが出るはずだと。

アキラは不思議に思いながらも、頷くのだった。

 

 

「さあ、もうお祭りが始まるみたいだよ。行こうか?」

 

「はい! あ、でもこのお祭りって何のお祭りなんですか?」

 

 

里奈の問いにみぞれは少し沈黙する。

何かを考えているようで、しばらくすると何か閃いた様に手を叩いた。

 

 

「思い出した! 共存だよ!」

 

「共存?」

 

「ああ、共存。まあ詳しくは…覚えてないんだけどね!」

 

 

そう言ってみぞれは舌を出して笑う。

交代してもらったようで、あられもやってっくる。

 

 

「やあ、小さい祭りだけど楽しんでいってくれよ!」

 

「あ、はい!」

 

 

頷く彼らの前に、さらに寝子がやってくる。

微妙に変装している様で、周りも気づいていないようだ。

尤も、この世界で大スターとは言っても我夢達にとってはあまり実感がわかないというものなのだが……

しかし、どことなく彼女の元気がないのは気のせいだろうか? そんな事が顔に出ていたのか、彼女は笑顔を浮かべて我夢達に挨拶をかわした。

 

 

「昨日はどうも。今日も楽しんでいってくださいね?」

 

 

気のせいだったのかな?

我夢達は笑顔で返して、時間まで彼女達との会話を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうよ?」

 

「うふふ、綺麗だわ。どう? 私のも見て」

 

「寝子は何着ても素材がいいからねぇ、うらやましいよ」

 

 

けらけらとあられ達が笑う。

たかがお祭りと言う人もいるだろうが、皆楽しそうにしている。

せっかくだからと、寝子は皆に浴衣を用意したのだった。久しぶりに着る浴衣に皆テンションが上がっている様だ。既に司たちが合流して、寝子達と挨拶をすませていた。

アイドルと言う立場。そしてある事情ゆえに、あまり友達ができなかった寝子にとって今この時間はとても大切なモノとなった。

 

 

「それで、どうなんだい寝子?」

 

「はい、幽子から一度連絡が来ました。私は大丈夫、だけど少し忙しくてコンサートに間に合わなかったって。今日の夜か明日にはコッチに来るっていってたんですけど……」

 

「うぅん、少しおかしな話だねぇ。あの幽子が大切なコンサートをすっぽかすなんて」

 

 

小さな声でぼそぼそと寝子とあられは何かを話していた。

そんな二人に誰も気がつく事はなかったが、二人の表情は少し明るくなっていた。

いなくなったと思っていた親友が無事だったのだから、良しとしようじゃないか。

空はもうオレンジ色に染まっている、遠くで太鼓の音が聞こえた。

 

 

さあ、お祭りの始まりだ。

寝子とあられ、特に寝子は正直祭りを楽しむ元気は無く皆に合わせる為と言ってもいいモチベーションだったが、そんな事を世界が知る由も無い。

時間が来て、祭りは始まるのだった。

 

 

 





はい、いや本当にブロックしてしまっていた人はすいませんでした。
たぶんID押したかなんかでなってしまっていたというか。
今後はこういう事が無い様に気をつけます。


次は木か金予定。変更あるかもしれませんが。

ではでは

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