仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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第28話 氷

 

 

「友里ちゃん、どう?」

 

「あはは、この前くしゃみした時に出ちゃった……」

 

 

廊下でそんな事を話し合う二人。

この二人は皆がしている訓練の他に、もう一つ大事な事を鍛えなければならない。

とは言え、重々しい雰囲気ではなく。あくまで明るく二人はそのことについて話していた。

 

 

「拓真はなんの動物だった?」

 

「多分……カラスかな」

 

「あはは! あたしも鳥っぽいんだよねぇ!」

 

 

少し困ったように笑い合う二人。

しかし拓真は真面目な表情に戻ると、窓の外を見た。

この世界に化け物m敵となりえそうな者はいないらしいが、いつ『この力』を使わざるをえない場合が起こるかわからない。

いつでも使える様にしておかなければ。そんな事を考えていると、向こうから鏡治がやってくる。

 

 

「ああ、二人共。どうしたんだそんな所で」

 

「鏡治君。ちょっと話してたんだ」

 

「っていうかさ、今ごろ我夢くんとアキラちゃん! デートしてるんでしょ!!」

 

 

三人は二人のデート風景を想像してみる。

 

 

(((絶対……何かに巻き込まれてそう))

 

 

まあ、当たりである。

 

 

「いいの?」

 

「はい、どうぞ」

 

「おいひぃ!」

 

 

女の子はアキラが差し出したデネブキャンディーを受け取ると、口に含んだ。

いつもデネブが大量にくれるから食べきれずにポケットに入れていた。

それが幸いだったようだ。女の子も喜んでくれ、泣き止んでくれたので二人はホッと胸を撫で下ろす。

女の子の名前は『ぼたん』と言うらしい。彼女はどうやら姉とはぐれてしまった様、我夢とアキラは姉を捜すためにぼたんと一緒に歩き出す。

 

 

「お姉さんのお名前は?」

 

「みぞれお姉ちゃん!」

 

「へぇ、雪が関係する名前なんですね」

 

 

ぼたんにみぞれ、そう言われれば彼女の肌は雪の様に白く美しい。

我夢とアキラもぼたんに自己紹介をして、三人はみぞれを探す。

人の多いコンサートホール前、みぞれもぼたんを探し回っているだろうから……。

こんな時放送でもしてくれる場所があればいいのだが、あいにくそう言う場所はないらしい。

自力で探せと言う訳か、我夢とアキラはとりあえず姉らしい人を探す事にした。そんな中、ふと――

 

 

「我夢ちゃんは何味なの?」

 

「え!?」

 

「ぷっ!」

 

「そっ! そっちのガムじゃないです!」

 

 

笑うアキラと顔をしかめる我夢。

そんな事を言いながら歩いていたが、何しろ本当に人が多い。

小さなぼたんでは、人の波に呑まれはぐれてしまう可能性が高かった。だからアキラはぼたんに手を繋ぐように言う。

彼女も頷くと、アキラの手をしっかりと握った。そして、そのままもう一つの手で我夢の手も握る。

 

 

「!」

 

 

まるで親子のように三人は会場の周りを歩き回った。

途中、ぼたんが空腹を訴えてきたので適当にハンバーガーやらを買ってぼたんに食べさせた。

 

 

「ふふっ、ついてますよ」

 

「あう!」

 

 

ぼたんの口元についたケチャップをアキラは拭ってあげる。

なんか本当に親子みたいだ、アキラの脳裏にふとそんな文字が浮かぶ。

と、言う事は――自分と我夢は夫婦……

 

 

(な、何を考えているんだ私は……)

 

 

我夢を見ると同じ事を思っていたのだろうか?

しっかりと目が合ってしまった。二人は慌てて目を反らすと、またぼたんの方に視線を戻す。

 

 

((あれ? って言うかなんか忘れてるような……))

 

 

まあいいか、ぼたんの姉を探すのが先だ。

二人は頷くとまた彼女の手を引いて歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アキラちゃん……疲れた」

 

「そう……ですね。我夢くん、どこかに座りましょうか」

 

 

あれからそれなりに時間は経ったが、なかなか見つからないものである。

いろんな人に聞いて回ったがどうも空振りばかりだ。段々辺りも暗くなってきている。このままではまずいのではないか?

 

 

「どうします? 人は大分減ってきたみたいですけど……全然見当たりませんね」

 

「とりあえずもう少し探しましょうか、みぞれさんもきっとぼたんちゃんを探しているだろうし」

 

 

そこでふと、我夢は気づく。

そう言えば――

 

 

「あ、ちょっと待ってください。面白い物があるんです」

 

 

そう言って我夢が手をかざすと、何も無い空間からソレが出現した。

ぼたんには手品と言ってごまかす我夢、それは綺麗な赤色が目立つCDの様な物。

アキラとぼたんが不思議に思い我夢に問いかけると、我夢は答えの変わりにそのディスクを放り投げた。すると――

 

「わぁ!」

 

「すごい……!」

 

『キュィィイイイ!』

 

 

ディスクが変形して、鳥の様な物になった。

驚く二人を気にする事もなく、鳥は我夢の周りを飛びまわり、肩に止まる。

驚きはしゃぎ回るぼたんに聴こえないように、我夢は小さな声でアキラに囁いた。

 

 

「響鬼になった時にベルト部分に三枚ついていたんですよ。司さんが言うにはディスクアニマルって言うらしいんですけど……少し違うみたいで司さんも困惑してました」

 

 

今、我夢の肩に止まっているのは茜鷹(アカネタカ)と言う鳥型のディスクアニマルだ。

我夢は茜鷹に合図を送り、上空へと飛翔させる。

 

 

「じゃあ君もお願い」

 

 

次に発動させたのは、犬型の瑠璃狼(ルリオオカミ)

この瑠璃狼は擬態能力を秘めており、瞬時に自分の体を周りの景色と同化させる事ができる。

そのまま瑠璃狼と茜鷹は我夢の元を離れて行った、みぞれを探す為にだ。

 

 

「ディスクアニマルにはビデオカメラみたいな力があるんです。だから彼らにも手伝ってもらいましょう」

 

「凄いんですね……」

 

 

その時、少しだけアキラの表情が暗くなる。

本当に凄い。自分なんていなくても、もう我夢は立派に変わっているのだ。

もしかしたら何か力になれるかもしれないと淡い期待の様なものを抱いていた自分が情けない。アキラは少し唇を噛む。

だが、すぐにぼたんに話しかけられて笑顔を浮べた。あまり考えすぎるのは良くないか……アキラは首をブンブンと振って、ぼたんに微笑み返す。

 

その後、三人は歩き回った疲れからしばらくはその場で話し合っていた。

ぼたんは三姉妹の末っ子らしく、今日は友達に会いにきたところを迷子になってしまったと言う事だった。

我夢もアキラも兄妹はいない。だからぼたんの話を楽しく聞いていたのだが……

 

子供と言うのは正直なものである。

思ったことを言うのは純粋な凶器に変わるのだが、ぼたんに分かる訳も無い。

彼女はその事を二人に問いかけた!!

 

 

「我夢ちゃんとアキラちゃんは恋人同士なの?」

 

「「!!」」

 

 

真っ赤になってうつむく我夢と、慌てたように我夢とぼたんを何度も見返すアキラ。その様子が面白くてぼたんは楽しそうに笑う。

昔、というか数日前のアキラなら真顔で否定していただろうが、どうにもあの夢を見てから我夢の事を意識してしまう様になっていた。

そもそも、はたから見れば男女二人でいるなんてデートと思うのが普通だろう。アキラはそうだと割り切って、やんわりと否定した。

 

 

「ただの友達ですよ。それ以上でも以下でもありません」

 

 

……我夢が少し泣いているのは気のせいだろう。

 

 

「ふぅん。あ! もどってきた!」

 

 

その時、茜鷹と瑠璃狼が我夢の元へと帰ってくる。

心があるのか、ディスクアニマル達は我夢になついており、彼の周りを楽しそうに飛び回る。

 

 

「よしよし、ありがとう。じゃあ早速――」

 

 

我夢はアニマル達をディスクの形に戻すと、真ん中のボタンを押した。

すると、ホログラム映像が展開されて今まで瑠璃狼や茜鷹が見ていた映像が映し出される。

 

 

「どう? お姉ちゃんはいる?」

 

「うぅぅん……」

 

 

しばらくぼたんは、映像を食い入るように見つめていた。

そして声を上げる、見つけたと! 良かった、どうやら解決に向かいそうだ。

我夢たちは安心した様に微笑むとその場所へと向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ぼたん!」

 

「おねーちゃん!」

 

 

司達と同じくらいの年齢だろう少女・みぞれは、ぼたんの姿を見ると駆け出して抱きしめる。

ぼたんと同じく、雪の様な白い肌。アキラと同じくボーイッシュな服装。

可愛いと言うよりは美しいと言う印象の少女だった。

 

 

「心配したよ! 勝手にいなくなって!」

 

「ごめんなさいお姉ちゃん……」

 

 

みぞれは微笑んでぼたんを撫でると、我夢たちの姿を確認する。

きっとこの二人がぼたんをここまで連れてきてくれたのだろう。

みぞれは二人に頭を下げて感謝の言葉を述べた。

 

 

「ごめんなさい妹が迷惑をかけて」

 

「いや、いいんですよ。ねえアキラさん」

 

「ええ、気にしないでください」

 

 

みぞれはお礼をしたいといってきたが、二人はそれを断った。

御礼が欲しくてぼたんを助けたわけじゃない。しかし、二人はここでやっと気づく。

 

 

「「あ」」

 

 

今は何時だッッ!?

我夢は慌てて携帯の時計を確認する事に。

 

 

「やばいっ!! 忘れてた!!」

 

「?」

 

「わ、私達コンサートを見に来たんです!」

 

 

もう始まってしまうじゃないか!

二人はみぞれたちにお別れを言うと、急いで走り出す!

 

 

「あ! ちょっと!」

 

 

走り去る二人を見てぼたんとみぞれは顔を合わせた。

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 

みぞれとぼたんはニヤリと笑い合い、二人の後を追う事にした。

 

 

「よかった……なんとか間に合いそうですね……ッ!」

 

「あはは……焦り…ました」

 

 

息を整えて笑い合う二人、どうやら間に合ったようだ。

だが二人が会場に入ろうとしたとき、大声で泣いている子供と母親だろうか? その姿が見えた。

二人は少し気になって、つい耳を傾けてしまう。

 

子供が泣きながら母親を責めている。

なんでもチケットが入ったかばんを母親が無くしてしまったらしい。

チケットが無いと会場には入れない、どうやら子供は今日のコンサートを楽しみにしていたようだ。

母親も申し訳なさそうに何度も謝っている。

 

 

「あはは、我夢くん……」

 

「そうですね、アキラさん……」

 

 

二人は少し悲しげに微笑むと、入り口の列から外れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい我夢くん! せっかくチケットを用意してくれたのに……」

 

「あはは。いやいや、いいんですよ、あのまま行ってても気分悪かったと思いますし」

 

 

とぼとぼと二人は会場を後にする。

あの親子に自分達のチケットを渡してしまい、結局自分達は入れなくなってしまった。

と、なればもうやる事もない。二人は熱気で包まれているであろう会場から離れていく。

 

 

「その……ごめんなさいアキラさん。せっかく僕に付き合ってもらったのに」

 

「いいんですよ、気にしないで。ぼたんちゃんやあの子の役にも立てたんですから」

 

 

そう言って笑みをアキラは浮べた。静かな笑みといえるものだが、その目は優しい。

本人は無意識だったんだろうが、アキラの優しさと笑顔に我夢はドキリとしてしまう。

この人を好きになって良かった、我夢は切にそう思う。

 

アキラもまた我夢の行動に感心していた。

我夢は他の同年代の男子とは違う落ち着きの様なものがある。

亘もそうだが、無駄に騒がしくは無いと言うか。我夢はとくにそう感じた。

我夢と一緒にいると……落ち着く。

 

 

「ねえ! 君達!」

 

「「!」」

 

 

声がして振り返ると、そこにはみぞれとぼたんが居た。

どうしてココにいるのか? コンサートはもう始まっている筈なのに?

ぼたん達はその疑問を我夢にぶつけてみる。いっそ笑い話にしてしまえばいいのか、我夢はそう思って全てをみぞれ達に話す事を決める。

 

 

「あはは……じ、実は――」

 

 

と言う事で、今まであった事を簡単に説明する事に。

 

 

「成る程ね、本当に人がいいな君達。あんまり度が過ぎるのは損をするよ」

 

「あはは……そんな事」

 

「でもでも! いい事したらご褒美があるんだよね! お姉ちゃん?」

 

 

何故かぼたんは嬉しそうに飛び跳ねて我夢とアキラの手を握る。

その様子に我夢とアキラも困惑気味だ。対照的に尚も笑い続けるぼたん、みぞれもニヤリと笑ってうなずいた。

 

 

「ああそうだね、よし、着いてきて!」

 

 

にんまりと笑ってぼたんとみぞれは我夢たちを手招きする。

二人は一瞬どうしようか迷ったが、ここは素直について行く事にしたのだった。

 

しばらく歩いて行くと、気づく。この方向は間違いなくコンサート会場ではないか?

念の為チケットを持っていない事をもう一度告げるが、二人も持っていないと笑ってみせるだけだった。

そのままみぞれ達はどんどん会場まで進んで行き、ついに目の前まで。

 

 

「さ、こっちこっち」

 

「えぇ!?」

 

 

みぞれは正面ゲートを外れて歩いていく、初めて来たのではないのか?

そう思うくらいみぞれ達の足どりは軽い、まるでホールが見知っている家の様だった。

そして二人は関係者専用の入り口までやってきて扉を開けた。驚く我夢とアキラ。止めようと声をかけるが、大丈夫と彼女達は笑ってみせる。

当然すぐ中にいるスタッフ達に見つかってしまうのだが、ここで不思議な事が起きた。

スタッフ達はみぞれとぼたんの姿を見ると、笑顔で挨拶をしてきたのだ。驚きで言葉を失う我夢とアキラ。

 

 

「こっちは私の友達。別に……いいよね?」

 

「はい、もちろんですよ。どうぞどうぞ」

 

 

目を丸くする二人に構わず、どんどんみぞれ達は進んでいく。

関係者だったのか!? 驚く我夢たちだが、もっと驚くべき事に――

 

 

「んじゃあ、私達はここで待ってようか」

 

「え? え!?」

 

 

ここは控え室な訳だが……?

 

 

「み、みぞれさんッ! ぼたんちゃん……ッ! お友達って……まさかッッ!?」

 

「うん。寝子(ねこ)ちゃんと、幽子(ゆうこ)ちゃん」

 

 

などと随分軽く答えられた訳だが、ある。その名前には見覚えがある。

がくがくと震える我夢、間違いないと。

 

 

「って事は……つまり――」

 

 

みぞれは意味が分かった二人にニヤリと笑ってみせた。

やはりこう言うのは気分がいい様だ、彼女は自慢げに表情を変えて口にした。

 

 

「そう、チャイルドキャッツって事」

 

「「ええええええええッッ!!」」

 

 

よりにもよってアイドル本人の知り合いだったのか!!

 

 

「あ……えとッッ!!!」

 

「あはは、そんなに緊張しなくていいって」

 

「そ、そうですかね……でも――」

 

 

我夢とアキラは緊張で正座をして固まってしまった。

あれから時間もたってコンサートは無事に終了。そして同時にその時がやってくる訳で。

 

 

「あら、来ていたのね。みぞれ、ぼたんちゃん」

 

「わーい! 寝子ちゃんだ!」

 

「ん、お疲れ様」

 

 

美しいセミロングの黒髪と、整った顔立ち。

可憐な少女と言う言葉が似合うチャイルドキャッツの一人、寝子がやってきた。

見覚えはないものの、この世界における大人気のアイドル。緊張するなと言う方が無理だろう。

 

 

「どうだったコンサート」

 

「ええ、皆楽しんでくれたみたいだから良かったわ。あら? そちらは?」

 

「「!!」」

 

 

寝子の視線が我夢とアキラに向けられる。

ガチガチに緊張しながらも、二人は自己紹介をして、みぞれがいきさつを説明した。

 

 

「そうだったのね。私からもお礼を言わなくちゃ」

 

 

そう言って寝子は二人にぼたんの面倒を見てくれたのと、チケットを親子に譲った事に感謝する。

それをなぜか部屋の隅まで後退して答える我夢達。ぼたんは緊張している二人がおかしいのか、しきりに笑っていた。

 

 

「みぞれもチケット渡したのに、ホールの方にはいなかったわね」

 

「あはは、あそこは熱気が凄すぎて苦手なんだ。悪いね」

 

 

寝子は困った様に笑うと、我夢とアキラにお茶を差し出す。

お礼を言う二人を見て、寝子はふと思いついた様に笑った。

 

 

「我夢さんとアキラさんは……その、お付き合いとかは…?」

 

「あッ! いやっ……その、なんと言うかッッ!!」

 

 

慌てる二人を見て寝子は確信する。

そしてみぞれに視線を移すと、笑って親指を立てる彼女が見えた。

 

 

「もし良かったら、私の歌を聴いてくださらないかしら?」

 

「え! い、いいんですか!?」

 

「ふふっ、もちろんです」

 

 

寝子は二人の為だけに歌ってくれると言う。

いや、正確にはみぞれ達も居る訳だが寝子は二人の為と言う事でマイクを持った。

もちろん演奏は無いし、マイクだって玩具だ。だがしかし、二人は寝子の行動が嬉しくてそんな事は気にならなかった。

アイドルが自分達の為に歌ってくれるなんて、それだけで十分すぎるってものである。

 

寝子は二人の前に立つと、笑顔で構えをとった。

流石というか、なんというか。その可憐さに二人は一瞬にして心奪われる。

 

 

「じゃあ聞いてください。君にメロメロ!」

 

 

こうして、小さなコンサートが幕をあけたのだった。

 

 

「♪~♪~♪」

 

 

猫撫で声が心地いい。成る程、人気になるのも分かる気がする。

寝子の歌声には不思議な魅力があった。本当に癒される、まるで癒しその物を具現させたようだ。

我夢とアキラは、寝子の歌を完全に聞き入っていた。あられとみぞれも眼を閉じて微笑んでいる。

 

それから寝子は二人の為に三曲歌った後、小さなコンサートは終わりとなった。

二人は惜しみない拍手を寝子に浴びせ、寝子は照れた様に微笑んでお辞儀をした。

案外、少人数に聞かせる事の方が緊張するらしい。寝子は最後まで聞いてくれてありがとうとアキラにお礼を言い、そして我夢に向かって小さく囁いた。

 

 

「これで、二人は大丈夫」

 

「!!」

 

「?」

 

 

赤くなってうつむく我夢と、不思議そうに首をかしげるアキラ。

寝子とみぞれは笑いながらも、二人の関係が進展してくれる様に願うのだった。

 

それからしばらく五人で遊んだり話したり、食事をご馳走になった。

寝子はこの世界ではアイドルだが、我夢達はまだそこまでの実感はない。

逆にそれが寝子との距離を縮め、異性の我夢はともかくアキラはすぐに仲良くなることが出来たのだろう。

とは言えいつまでもここにいては迷惑になる筈。その結果、また明日と言うことで話は終わる。

 

寝子のスケジュールを心配したが、どうやらコンサートは今日だけらしくしばらくは休みが取れると言う。

そもそもこの世界ではどんなに売れているスターであろうとも週に二日は休みがもらえるらしい。

本当に平和な世界なんだろう、二人はそう思い立ち上がる。

 

 

「じゃあ、またいつでもいらしてね」

 

「はい。ありがとうございました」

 

「また明日も遊ぼうね!」

 

「ええ、もちろん!」

 

 

もう美しい月が出ている。

それぞれは別れと約束を交わして、それぞれの帰路につくことにした。

笑顔で帰っていく我夢とアキラ、そんな二人を寝子達は笑顔で見送る。

だが見送りが終わると、寝子とみぞれは深刻な表情へと変わった。

みぞれはぼたんを楽屋へと先に行かせる。何故か? あまり、聞かれたくない話だからだ。

 

 

「結局、幽子は……帰ってこなかったか」

 

「ええ、あの娘が連絡も無しにいなくなるなんて絶対にありえないのに」

 

 

寝子は唇を噛んでうつむいた。チャイルドキャッツ、そのもう一人。

つまり彼女のパートナーである幽子がいなくなったのである。

今日のコンサートも彼女がいないという事で大変だった。

なんとかファンには体調不良と言う事で納得してもらったが、長続きする訳がない。

 

 

「それに――」

 

「鬼太郎も……か」

 

「……ッ」

 

 

彼女の大切な人も。

 

 

「大丈夫、見つかるさ。きっと……」

 

「ええ、そう。きっと幽子……鬼太郎さん――ッ」

 

 

寝子は悲しげに彼の名前を呼ぶ。答えてくれる人はいない。

全ての嘆き、祈りは月が吸い込む様。相変わらず美しい月を見上げて、寝子は瞳を閉じる。

そしてどうか無事でいてくれと彼女は強く願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、学校に帰って来た我夢に待っていたのは当然と言うか……先輩方の質問攻めである。

 

 

「ど、どうだった!?」

 

「はい……とっても、良かったです――……」

 

「「おぉッ!」」

 

 

我夢の様子を見て、デートが上手くいったのだと司達は安心する。

正直不安の方が強かったと言えばそう。今までまともにデートをした事がない二人の事だ、何かに巻き込まれたり。

アキラの何気ない一言で我夢の心が抉られたり。

アキラの何気ない一言で我夢の恋に終止符が打たれないか心配だったり。

アキラの(以下略

それだけではない、話しているうちに薫が飛び込んできて……

 

 

「ちょ! 我夢凄いよ! アキラってば我夢の事ばかり話してるんだから!」

 

「おおマジか! やったな我夢くん!」

 

 

鏡治の言葉に我夢は照れた様に笑う、うまく言ってくれて本当に良かった。

我夢はそこで少し考えてしまう。正直、かなり、いや相当いい感じだったんじゃないか!?

今の今まで何も考えてなかったけど、今日のデート……と、いえるのかどうかは分からないが。

相当に自分とアキラの距離は縮んだ……筈だ。もしかしたらアキラも――

 

 

「気をつけろよ我夢、馬鹿はここで勘違いして先走るケースが多い。別にデートをしたからと言って好きだと言う訳でもないからな」

 

「そ、そうですね、椿先輩。ありがとうございます」

 

 

危ない危ない。彼の言う通りだ、焦りがいつも失敗を生む。

我夢は深呼吸をして椅子に座る。そこでハッと司は表情を変えた。

 

 

「ああ、そう言えば友達ができたんだって?」

 

「あ、はい! 実は――」

 

 

寝子とあられにみぞれ。

全員女性な事もあって、どちらかと言えばアキラの友達と言った具合だが。

 

 

「へぇ、凄いね。だったら明日も頑張らないとね、我夢くん」

 

「はい! ありがとうございます! 拓真先輩!!」

 

「焦って、せいぜいミスしないようにな」

 

 

亘も我夢が上手くいってくれて嬉しそうだった。

その日は男性陣で一通り話し合った後、明日の為に眠る事に。

明日もうまくいってくれますように……! 我夢は期待と緊張を胸にコインを弾く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁいどうぞ!」

 

「あはは! ありがとうフルーラ!」

 

 

ちゃぶ台におかれるご飯とおかず。

かわいいエプロンをつけたフルーラは、にっこりと微笑んでゼノンの向かいに座った。

彼らはリボルギャリーの中で生活している。と、言っても本当に車の中だけと言う訳じゃない。

 

リボルギャリーの中に扉がついていて、その扉の向こうに生活スペースが広がっているのだ。

空間を無視した設計だが、それは彼らの主人がプレゼントした特殊空間。

 

キッチンやらお風呂など生活に必要な物は全て揃っており、テレビもちゃんとついている。

司達の携帯と同じ世界に干渉されない電波が流れ、どこでも見る事ができるのだ。

そして部屋にはフルーラの趣味なのか? かわいいぬいぐるみが多く、ベッドは共有の様だった。少し大きめのベッドに枕が二つ並んでいる。

周りを見てみれば、さらにもう二つくらい部屋が見えた。風呂やトイレも完備という事だろう。

正直そこらへんのマンションより豪華な造りだ、彼らの愛の巣……と言った所か。

世界移動を繰り返す二人にとってはまさに移動できるキャンピングカー。

 

 

「ああ、君の手料理が食べられるなんてボクはなんて幸せものなんだ!」

 

「嬉しい! ワタシは――」

 

 

※全く関係ない話が二時間くらい続くのでカットします。

 

 

「でも、少し気になるわゼノン」

 

「君もかい? やっぱり簡単すぎるよね」

 

 

二人は今回の試練があまりにも簡単に進んだ事を不思議に思っていた。

今までの試練はもちろん二人が仕組んだモノではない、あくまでも世界の意思だ。

特にファイズとブレイドは彼らも予測していなかった事態が多く。

ナビゲータを称する彼らとしても、中々スリリングな展開が続いていたのだ。

 

だがそこに来てこの試練である。

いくら簡単だと言われていても、あんなアッサリと最後の試練が終わるモノなのか……?

考えれば考える程思考の迷路にハマっていきそうだ。ゼノンは水を手にすると、それを飲まずにしばらく見つめる。

考えすぎか? この水の様に澄んでいる真実を自らの手で濁していくだけなのか?

 

 

「ご主人様には電話できないの?」

 

「うん。まあ、あの人と連絡がつかないのは珍しい話じゃないからね。多分寝てるんじゃないかな」

 

「ご主人様が寝るって事は試練が終わったから?」

 

 

ゼノンは頷く、彼らの主人は試練が終わると必ず一定の時間眠るのだ。

今回もそうなのだろう、と言う事は試練が終わったと言うこと。

第一段階であるエピソードディケイドの完成。

 

 

E is d  E C DE ?

 

 

「でも、何か引っかかるんだよね」

 

「ええ、そうね……」

 

 

まあ、何かあったらあったで楽しもうかな。

ゼノンは珍しく真面目な表情で、口だけを吊り上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程ね、じゃあまた夢を見ちゃったんだ」

 

「は……はい」

 

 

うつむくアキラに葵は微笑みかける。

アキラはまた我夢の夢を見たらしいのだ。それも前回の様な……。

そう、前回程の事はなかったものの、夢の中では二人は恋人同士だったらしい。

アキラは複雑そうな表情で葵に相談を持ちかける。もう少しでまた我夢と一緒に出かける、どうしても意識してしまうと言うものだ。

 

 

「そうねぇ、アキラちゃんは我夢くんの事をどう思ってるの? 素直な意見を聞かせてほしいな」

 

「私は……その、今までそんな事考えた事なくて」

 

 

葵は少し悩む。

確かにそんな感じだったんだろう、今までは。

だけど夢と言う無意識の塊が、我夢との関係をぐちゃぐちゃにしてしまった。

我夢と今まで接してきた時間はあくまでも友人としてだ。

 

友達と恋人は全く違う。どんなにその人の事が好きでも、異性として……恋愛対象としてみれるか? また逆に恋愛対象として見るかは全く別の話だ。

どれだけ長い時間一緒にいたとして、恋愛関係になるとは限らないのだ。

自分も翼の事でそうやって悩んだ事もある。だけど――

 

 

(うーん……あの方法でいってみようかな)

 

 

葵は少し悩んだが、その方法でいく事にした。

正直、自分はコレで翼への思いに気づいた。気づいてしまった。

まさか、自分の中にあんな感情があるなんて思ってなかったからだ。

 

 

「ん、じゃあ質問変えるね? 我夢くんが、他の女の子と仲良くしてるのを想像してみて」

 

「え?」

 

「ま、いいからいいから!」

 

「は……はい」

 

 

アキラは言われた通りに想像を始める。

別に他の人と仲良くしているくらい……どうって事は――

 

 

「………」

 

 

アキラは気づいていないかもしれないが、想像を始めたくらいから彼女の表情が少し暗くなっていたのを葵は見逃さなかった。

 

 

「正直、胸がざわざわしない?」

 

「……少し」

 

 

葵は笑顔で頷くと、アキラの肩に手を置く。

 

 

「それを素直に我夢くんに言ってみてもいいと思う。きっと我夢くんだって同じだから」

 

「え?」

 

 

葵はぐっと親指を立てるとアキラの背中を押して玄関に向かうのだった。どうやら、中々うまくいきそうじゃないか。

夢が原因で自分の気持ちに向き合うのも悪くは無い。葵はニッコリとアキラに微笑み、その足を速める。

 

そして、我夢の方も翼に相談を持ちかけていた。

このままいい関係になってくれるは嬉しい事だけど、肝心の告白する勇気が全く湧かない。

もし断られでもしたら、この先気まずくて過ごせないのではないか?

そう言う恐怖がせり勝ってしまうのだ……

 

 

「成る程ね、分かるよ。僕も最初は怖かったからね」

 

「ですよね! 断られるくらいならいっそこのままで――」

 

 

その言葉を翼は止める。

おどろく我夢に翼は微笑みかけた。

過去の自分も全く同じ事を考えていたのだ。だけど……

 

 

「友達に言われたんだ、いつまでも同じ関係なんてありえないって」

 

「ッ!」

 

「もちろん今じゃなくてもいいよ。でもまあ確かに焦りはいけないけど、大事なときはしっかりと決めないとね」

 

「は、はい!」

 

「大丈夫、アキラちゃんだって我夢くんの一生懸命な気持ちを分かってくれるよ」

 

 

翼の笑顔は我夢の緊張を消し去ってくれた。

意識しすぎないで自然体でいこうと翼は笑う、我夢も頷いて玄関へと向かっていった。

頑張ってね我夢くん。そう思いながら翼は昔を思い出す、いつも調味料を入れすぎていた友人、火川。

彼は今警官として頑張っている、自分達の世界を守ってくれているのだ。

だから、彼の為にも自分も必ず生きて世界を救わなければ。

 

 

「………」

 

 

翼は椅子にもたれかかったまま天井を見る。

アギトか。変身した時、脳の中……というか、不思議な空間に自分とアギトがいた。

その時、自分はアギト自身から戦い方を教わった――気がする。

 

一瞬だった為詳しくは覚えていないが、その部屋の後、自分はもう一つ部屋を通った気がする。

そこを出た後は、つまり意識が戻った後は戦闘力も上がり必殺技の発動方法やフォームの情報などが詳しく頭に直接叩き込まれた。

だが気になる事も多い、翼はゆっくりと独り言を呟く。

 

 

「フレイム、ストーム――」

 

 

トリニティ、トワイライト――

 

 

「後は……」

 

 

何だ?

ほんの一瞬、それはほんの一瞬だったが、目の前に紅い何かが見えて思わず翼は息を呑む。

それに関わっては、その力に踏み込んではいけないと全身が警告している様だ。

翼は心にその事を注意しつつ、ふいにベルトを出現させてみる。

 

 

(この力は――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

いつもなら絶対しないであろう鏡で自分をチェックすると言う行動。

アキラはもう一度自分の格好がおかしくないかを確かめた。

どうしてこんなに緊張しているのだろうか? どうにも変に意識してしまう、別にどうって事ない筈なのに。

 

 

「すみません!」

 

 

先に我夢が玄関にいたのが見えてアキラは小走りで彼の元に駆け寄る。

もちろん我夢はアキラを笑顔で迎える、それにつられてアキラも笑顔になる。

二人は少しの間お互いの格好を褒めた後、学校を出て行くのだった。

 

 

「今日はちょっとしたお祭りみたいなものがあるみたいなんですよ」

 

「へー、そうなんですか!」

 

「だから、皆さんも後で来るみたいですよ?」

 

 

二人は他愛もない会話を繰り返しながら街を歩いていく。

本当になんでもない話、だけど我夢にとってはそれが嬉しかった。

ただ、一緒にいるだけで――

 

 

「我夢くんは、その……」

 

「え?」

 

「好きな――ッ、いやなんでもないです!」

 

「?」

 

 

アキラは笑うと、足を速めるのだった。そうだ、このままでも……この笑顔が続いてくれるなら――。

我夢はコインを取り出し、弾いた。裏も表も何も決めていない賭け。

出た目は表、我夢はそれを意味深な目で見るとアキラの後に続くのだった。

 

 

「おぉ! よく来たね!!」

 

「ど、どうも!」

 

 

豪快な笑顔を浮べて二人にかき氷を差し出してくれたのは、みぞれの姉である『あられ』だった。

彼女が作るかき氷はちょっとした名物らしく、それなりに人も並んでいた。しかし理由はすぐにわかった。

成る程、確かにおいしい。上手くは説明できないが氷が普段食べていたモノとは全然違う。

アキラも我夢もこんなにおいしいかき氷を食べるのは初めてだった。

思わず顔がにやけてしまう。そんな二人の笑顔を見て、みぞれ達も満足そうに笑みを浮かべた。

 

 

「姉さんのかき氷は世界一さ。私が保証する」

 

「うん! おいしいんだよ!」

 

「そうですね、本当においしいです!」

 

 

祭りが本格的に始まるのは夕方からだ、それまではみぞれ達と過ごす事に。

ぼたんはすっかりディスクアニマルが気に入ったらしく、瑠璃狼やらと戯れていた。

みぞれはと言えば、アキラとさっきからいろいろと話しこんでいる。それを我夢は参加しない程度に聞いているのだった。

 

 

「アキラは髪が短い方だね、伸ばさないの?」

 

「どうなんでしょう、楽ですからね」

 

「成る程ね、案外男装とか似合うんじゃない?」

 

「えぇ!? か、考えた事もなかったです」

 

 

冗談だよ、そう言ってみぞれは笑う。

我夢は少し同意していた。男装はともかくアキラは少しカッコイイオーラが出ている。

一時期はうらやましく(?)思ったほどに。

 

 

「だけど、逆に我夢は女装が似合うんじゃない?」

 

 

なる……ほ……

 

 

 

 

 

 

 

なん……だと…?

 

 

「ぶっっ!!」

 

 

なんて事を言うんだみぞれは!

我夢はあまりにも唐突は発言にどうしていいか分からずアキラに助けを求める。

しかし、彼の目に飛び込んできたのはニヤリと悪戯に笑うアキラ。

 

 

「そうですね、我夢くん女の子みたいですから。声だって高めですしね」

 

「じょ、冗談きついですよ……ッ!」

 

「あはははは!!」

 

 

意地悪く笑う二人から我夢は離れていく。

やれやれ、リアクションに困る事を言ってくれるものだ。確かに声は高い方だし体も細い、もっと鍛えないと。

中性的と言えばいいか、椿が言うにはそういうのに憧れている男も多いとの事らしいが、当人からしてみれば特にメリットがあったと思う過去は無い。

無い物ねだり? 気づいていないだけ? それでも憧れる人は憧れる? いやいや、我夢からしてみれば中々参った物だ。彼はこの場にいればもっと心を抉られる気がしたので、離れたところから楽しそうに話す二人を観察することにする。

 

 

「………」

 

 

しかし遠めで見てふと思う。

ぼたん、みぞれ、遠くのほうでかき氷をつくっているあられ。

みんな少し薄着すぎるような気がする。特別暑くもない季節の筈だが?

 

 

「まあ、い――……ん?」

 

 

ふと少し離れたところに座っている男、というか少年に目が行く。

サングラスと雑誌で顔を隠しているが、キョロキョロとしているせいで怪しさメガマックスってなもんである。

ちょっと待て、我夢は確信した。アレは間違いなく――

 

 

「……やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらコードネーム、レッドピーチ。目標は今も――」

 

「何してるんですか? モモタロスさん」

 

「え? っておわぁあああああああああ!!」

 

 

驚いた反動でモモタロスの憑依が解ける。

幸いアキラたちは気づいていないが、良太郎はすぐ申し訳なさそうに我夢に謝った。

どうやら心配で着いてきたらしい、ばれた事で同じく一緒について来た亘と里奈も我夢に謝った。

他人のデートを除き見るのはいけない事だ、三人は怒られる覚悟を決める。

 

だが我夢は怒る事はせずむしろ彼らを受け入れた。

ちょうど同性の話し相手が欲しいと思っていたところだ。

アキラとみぞれ達も亘達に気づき、それぞれ挨拶を済ませる。

 

 

「他の皆は?」

 

「ああ、お祭りが始まってからくるみたいだって」

 

 

それなりに食べるものやら催し物、ちょっとした名物花火なんかもあるらしい。

ぼたんが言うには期待しない程度に期待しておいてくれとの事だった。

 

 

「それにしても、楽しそうだね」

 

「はい、アキラさんに楽しんでもらえて……本当に良かった」

 

 

アキラは里奈やみぞれと笑顔で話し合っている。

時折コチラの方を見ては我夢に向って微笑んでくる。

この笑みがもう、ものの見事に我夢のハートをキャッチするわけだ。

 

 

「そう言えば、我夢くん達四人はどうやって仲良くなったの?」

 

「え?」

 

「ボク達?」

 

「聞かせてほしいな」

 

 

微笑む良太郎。我夢は少しうつむいて沈黙したが、すぐに頷いて口を開いた。

別に面白い話でもないし、特別な事があった訳でもない。その事を最初に言っておく。

そう別に特別な事じゃないのだ。いや特別と言えばそうかもだが、まあ何と言うか――

 

 

「ねえアキラ、里奈。我夢と亘とはどうやって仲良くなったの?」

 

「え?」

 

「私たち?」

 

 

みぞれもアキラ達に同じ様な質問をしていた。

アキラは少し迷ったが、素直に話すことにした。

あれはそう、懐かしい話だ。特別な事なんてなかったけど、普通じゃない。

だけど誰にでもありえる話と言えばそうだった。

 

 

「まあ、えっと……学校の話なんですけど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは少しだけ昔の話。普通な人間などいない。

誰しもが特別であり、普通である人間は一人としていない。

そう誰かが言っていた気がする。

 

確かに自分が『普通』なんて思っている人なんていないと思うし、まして思いたいとも思わないだろう。

凡人と言う称号を受け、単調な毎日を過ごす事はある種の牢獄。そんな事も考えた。

そもそも普通の定義すらあやふやなのだから、おかしな話だ。

 

まあいろいろと考えてはみたものの、広い視野で見れば普通っぽい日常を過ごしている人間は、やはり普通なんだろうか?

例えばそう、毎日決まった時間に起きて学校に行く。友達と喋りながらダラダラと過ごし、学校の時間を潰していく。

部活は特にしていない。成績はクラスの半分くらい、体力もまたしかりだ。

友達の数は多くもなく少なくもなく、彼女はいない。そんな人間はやはり平坦。

 

つまり普通に見えるんだろう。

 

わからない、ややこしくなってきた。

どうでもいいことを考えて、結局答えを出せずに終わるのは自分でも気持ちが悪い。

嫌な癖だ、そういう時はコインでも弾いて表裏適当に答えを作ればいい。

そうやって運に任せて出た目が真実として割り切ればいいと、勝手にルールをつくる。

 

 

「裏……か。じゃあアレでいいや」

 

 

とまあ、こんな感じに。

でもそうした方が自分としては楽だった。

自分で決める行動のどこかに、運に任せたからなんて言い訳をつくれるから。

 

いろいろ脱線してしまった訳だが。普通に父親と母親が働いていて、一人っ子で、勉強も真ん中くらい、運動も真ん中くらい。

それはやはり他人からしてみれば普通と言われる部類なんじゃないだろうか?

でも、そう言った烙印を受けて、それで自分自身は満足できるんだろうか? 妥協しきれるんだろうか?

確かに充実してると言えば、まあそうだが平坦な世界にある種の退屈さも感じている。

でも明確なイメージが何一つとして浮かばない。ああ、難しいものである。

 

 

「……って、事を考えているんだけど。どう思う?」

 

「ああ、どうでもいい。普通な人間――って辺りから聞いてなかったし」

 

「それほぼ全部なんだけど! 聞いてよ、酷いな!」

 

 

そんな、せっかくいろいろ考えてたのに……!

どうでもいいで切り捨てられた。少年は不満げに友人を睨む。

 

 

「まあ待てよ。んな事より今日の給食がボクの嫌いな物しかない事の方が問題だよな」

 

「はぁ?」

 

「いやマジでどうしてこの世には、キノコなんてモノが存在するんだ?」

 

 

友達も多い訳でもないし、少ない訳でもない。

だけどずっと一緒にいる友達がいる分恵まれているのかもしれない。

そんな事を考えながら相原我夢はため息をついた。目の前にいる小学校からの友人はブツブツとキノコに対する愚痴をしきりにこぼしていた。

 

 

「別にいいじゃん、なめことかえのきとか僕好きだよ」

 

「百歩譲ってそれは許すとしても、しいたけってヤツはアイツがいるだけで他の食材(やつら)に味が移るんだよな! 何? 俺色に染めてやるぜみたいな? そう言うスタンスは嫌いだな!!」

 

「スタンスって、所詮食べ物じゃない」

 

「おいおいそれにキノコって確か菌類とか言うんだっけ? おいおい、菌だぞ菌! 食べ物じゃないっての!」

 

 

あれか? 皆、胞子的なヤツで洗脳されてんだろ? もはやバイオハザードだろ!

くそっ! こうなったらボクだけでもアイツ等と最後まで戦ってやるからな!!

などと、不毛な事を先ほどから繰り返している訳だが、そんな事をして給食のメニューが変わるわけもない。

空しくなったか、友人は急に大人しくなると深いため息をつく。

 

 

「ああ、これじゃあ兄さんに変な事言えないな」

 

「どんな事をしてもメニューは変わらないよ。覚悟を決めるんだね」

 

 

分かってるよ、そう言って聖亘は再び深いため息をはいた。

今日も目立った行事もなく、大きな事と言えば今のこれ。友達が嫌いな給食について愚痴るだけだ。

というかココ最近はこんな感じばかりである。正直、何かおもしろい事が起きて欲しいとか……少しは思ってしまうもの。

 

 

「金あればゲーム買えるんだけどな」

 

「もうだいたい飽きちゃったしね」

 

 

だけど今だってそれなりに充実していると言えばそう。

少しの不満に似たやりきれなさこそあったが、別に我夢はこれでよかった。

このまま高等部に上がって卒業して、どうするかはまだ決めてないけどきっとどこぞの社会の歯車の一部になって一生を終える。

別にそれでいいじゃないか、我夢はそう思う。その中で結婚とかできればそれはもう最高に幸せな人生のはずだと。

 

 

「兄さんの友達が言ってたんだけど、急に世界とか自分とか社会とか言い出すのは中学生特有の病気らしいぞ。気をつけろよ」

 

「はは、確かにそうかも」

 

「右腕が疼きだしたり、大人って汚いよな……とか言い出したり、自分探しの旅に出てみたいとか思ったらアウトだってよ」

 

 

二人は苦笑いを浮かべて、次の授業に備える。

次は、体育か。着替えるのが面倒だな……

 

 

 

 

 

だけど、明らかに自分とは一線引いた存在……というか人生をもった者がいる。それは常々感じてきた事だ。

例えばそう、スポーツが優秀で少し大きなマラソン大会において優勝を決めた友達の松戸(まつど)京介(きょうすけ)

やはり彼は我夢から見れば普通じゃない、もちろんいい意味でだ。

 

 

「別に大した事じゃねぇって」

 

「そーそ! こいつは運動しか脳がない馬鹿だから!」

 

 

そう言って京くんと、京くんの彼女の阿佐美(あさみ)さんは笑う。

でもコッチからしてみればやはり自分とは少し違う、特別で大きな存在に見えた。

まあ、もちろん彼は努力をして結果を出した。だから自分だって何かに努力すれば特別な存在になれるのかもしれない。

 

なにかしら他の人とは違う。そう、何か秀でた事に巡りあえるかもしれないのだ。

特に部活もやっていないコチラとしては何か、そういうのに軽い憧れを持ってしまう。

だけど実際はそんな簡単に輝けないと言う事を痛いほど理解している自分がいた。

どんなに頑張っても駄目な事は駄目、できない事があるのだ。

 

 

「特に行動にでないのが僕の悪いクセなんだろうか?」

 

「というか、これでいいって妥協してるんだろ? 別にいいってこれで。めんどくさいのは勘弁してほしいよッ!」

 

 

体育の時間、マラソンと言う疲れるだけに思える事。

ああ、こんな時に限って車で通り過ぎていく人がたまらなく羨ましい!!

だがこれも生きていく内に体験しなければならない事なのだろう。

 

誰かが言っていた気がする。

人生で二度と使わない事を勉強する事もある。

だけどそれを意味の無い事と割り切るのは愚か者だと。

受けたくない授業を受ける態度を養うのが大切なのだと……

 

 

「知るかよそんなもん! 意味ねぇもんは意味ないっての! このマラソンが将来なんの役に立つってんだよクソ!! オエェッ! 吐く、吐く! マジで吐く!!」

 

「だから、それに耐える意思を養う授業なんでしょ……ゼェ…ゼェ…ッ!」

 

 

我夢と亘は、息も切れ切れのクセにそんな終わりの無い話をしていた。

余計に体力を消費するだけなのだが、話でもしないと本当にやってられない。

しかし、秋と言う事もあってか風が涼しい。これが夏だったらと思うと頭が痛くなる。

 

 

「ぁぁぁ! もう駄目ッッ! ボクのゴールはここに決めたぞ!! と言う訳でボクはたった今ゴールした! おめでとう亘! 君はボクの中では金メダルだよ!」

 

「あはは……はぁ」

 

 

二人は走るのを止めて歩きに変える。

とてもじゃないがやっていられない、マラソンなんて走りたいヤツだけ走ればいいと亘は言った。

それに順位もそれなりだろう、別に慌てる事じゃない。先生に見つからないように適度にサボる。

賢い生き方じゃないか? ま、これがトップの方なら黄色い歓声が起こる訳だし。

下の方なら励ましの声がとんでくるのだろうが、結局自分達は中間地点のどちらつかずで終わる。

 

 

「まあ、と言ってる間に何もなくゴールな訳だ」

 

「まあ、別にこれでいいよ」

 

 

そうだ、それでいいんだよ。

二人はそう思いながら、フラフラと歩いていくのだ。

今も? これからも?

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

 

「相原くん……」

 

「え?」

 

 

帰り際、一人の女子に話しかけられた。

昔、女の子に『相原くんって女の子みたい!』だとか『男らしくなーい!』なんて無意識の刃で傷つけられた経験がある。

だから無意識に身構えてしまった。ええと……

 

 

「あ、どうしたの? 持田(もちだ)さん」

 

 

持田アキラ、同じクラスで通っている習字教室でも見かける女の子だ。

おまけにくじ引きとは言え図書委員でも同じになった人。だが決して仲が良いわけではない、むしろ話した事などほとんどない。

あったとしても最低限な受け答え程度だ。

 

彼女は何か近寄りがたい雰囲気をだしている。

儚げと言うかなんと言うか、同姓に人気はあっても異性からは何故か敬遠されがちだった。

クールでかっこいいと言えば聞こえはいいが、冷たい印象もそれだけ受ける。そんな彼女が自分に何を?

 

 

「あの……申し訳ないんですが、今日の図書当番……代わってくれませんか?」

 

「え?」

 

 

彼女は常にアンニュイな表情で、やっぱりどこか悲しげで儚げだった。

よく言えば神秘的と言うか、はかない宝石のよう。

悪く言えば暗いのだ。我夢としてもできればあまり関わりたくない人だったが――別に断る理由もない。

困っているなら代わってあげてもいいだろう。どうせ暇なんだ、亘でも誘えば暇じゃなくなるし……

 

 

「あ……えっと。うん、いいよ。あ…でも一応理由だけいいかな? 先生に言わないといけないから」

 

「そう……ですよね」

 

 

アキラは唇をきゅっと噛む。

我夢は普段暇な時、よく人を観察したりしている為すぐに分かった。言いたくない、そう言う事なんだろう。

正直気になったけど聞くのも悪い。第一、無理矢理に聞こうなんて言う気にもなれない。

とは言え、はやり理由がなければならないのも事実。我夢は頷くとアキラに見えない様にそっとコインを取り出して手の中で適当に回転させる。

 

そしてチラリと視線を移し、最初に飛び込んできた面を確認する。

出た目は裏、だったら理由は聞かない……だ。

ここは大人しく受けておいたほうが懸命だろう。我夢は頷いて口を開いた。

 

 

「あ……! えと、僕適当に説明しておくからどうぞ?」

 

「――ッ! ごめんなさい……!」

 

 

アキラは我夢に頭を下げて、そのまま走り去っていった。

まあ自分がどうこう言う資格もない。どうせ暇なんだ、帰っても本を読むかテレビを見るだとか言う楽なモノ。

たまには仕事でもするか、我夢は頷くとそのまま図書室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェーっす!

 

ブォォォォ!

 

オラァ! あと三週!

 

 

校庭では、運動部が張り切っている声。

吹奏楽部の練習の音、どこぞの部の監督の怒鳴る声、いろいろな音が聞こえてくる。

亘はそれを気だるそうに聞きながら校庭で頑張る生徒達を見つめていた。友人の京は必死に練習を頑張っているようで、それを見ていると……

まあ、どうにもこうにも自分がこれでいいのかと考えてしまう。

 

 

「なんて事を考えている訳なんだけど、どうよ?」

 

「そんな事よりさ……」

 

「おい! もっと食いついてもいいんじゃないか? 冷たいな君は!」

 

(自分だってキノコの話しかしなかったくせに……)

 

 

図書室では我夢と亘、あとは知らない生徒が数名しかいなかった。図書室が閉まる五時半までは受付をしないといけない。

帰宅部である亘も当然暇なので付き合ってくれているのだが、我夢はずっとアキラの事を考えていた。

今日の彼女はいつもよりずっと顔色が悪かった様にも思える。

それをなんとなく亘に話すと、彼は急に周りを確認し始めた。

 

 

「?」

 

 

何をしているのか?

不思議がる我夢に亘は小声でつぶやく様に言う。

最初に『誰にも言うなよ』なんてつけるあたり、あまりいい話じゃないのだろう。

聞く事も一瞬躊躇われたが、正直気になってしまうのが本音である。

とくに中学生なんて噂が大好きな生き物だ。もちろん皆がとは言わないが……

 

 

襟居(えりい)の奴から聞いたんだけど……持田、今なんか両親がヤバイんだって」

 

「え!? それって……」

 

 

馬鹿! 声がでかい!

そう言われてしまい、我夢は慌てて声の音量を抑えた。両親の問題、それは恐らく不仲であり――ってな事だろう。

いくら夫婦といえど、冷たい言い方をすれば他人と他人だ。意見の食い違いや、そこから生じる溝があるだろう。

とは言え、実際には少しリアリティの無い話だと思っていたのだが。

 

 

「んー、だからまあ最近毎日家族会議みたいなモンやってるらしいぞ。正直、離婚は確実とかなんとか」

 

 

亘があまりにもすんなりと言ったので、我夢は思わず固まってしまう。

すぐに運動部の雄たけびじみた声で正気に戻るが……確実って。

しかし成る程、我夢は理解する。アキラの元気がないのはその為だったのか。

 

所謂、情報通の襟居。自分達の共通の友人だ。

自分も何度か情報を貰った事があるが、そのどれもが近いかドンピシャ。

きっとこの情報も例外ない物なんだろう。

 

 

「まあ襟居の名誉の為に言っとくけど、アイツは言いふらしたりはしないぜ。ただ今回はちょっと例外なんだ」

 

「え?」

 

 

襟居(えりい)健吾(けんご)

彼は異常なまでに学校に関する情報を持っている。

本人曰く、知る事の楽しさを知ってしまえばお前らもこうなるとか何とか言っていたが。

東の人間のくせに関西弁を話したり、壊滅寸前のバンド部をやってたり、とにかく今を生きている男だ。

彼の自由に満ち溢れた生活もまた、何か特殊な輝きを持っていると我夢は思う。

 

しかし襟居と言う人間は噂を無闇に言いふらすことはなく。

今回の様な噂こそ信頼できると言う人間にしか話さない。常識があるのか無いのか……

 

 

「でも今回は持田の両親が喧嘩してる所を見た奴らが何人もいるんだ、それだけもう広まってるって事」

 

「あー……」

 

 

皆やはり、噂と言うものが大好きなのかもしれない。

特に――

 

 

「他人の不幸は……だね」

 

「そうそう、他人からしてみれば面白い出来事だからな」

 

 

それも仕方ない話なのかもしれない。

我夢と亘はどこかやりきれないモノを感じながらも、仕方ないとあきらめる。

自分達だって噂は嫌いじゃない、むしろ興味がある。だけど他人の不幸で盛り上がる気にはなれなかった。

むしろ嫌悪感すらある。 綺麗事か? だろうな、二人はそれを理解していた。

 

中途半端な煮えきらぬ良心を抱え、動けなくなる。弱い人間。

だがそれでも広い世界、世の中だ。離婚する家庭があっても何も不思議じゃないのだからほっといてやれよ、そう思ってしまう。

 

特に亘には両親がいない分、家族をネタにする悪質さに嫌気がさしていた。

関係ない自分がこんなにモヤモヤするんだから、アキラ本人は相当暗くなるってものだろう。

だけど、関係ないのだからどうもしないのが現実である。それが何となく気持ちわるいが、それが本質なのだから仕方ない。

変な話、我夢にとっても亘にとってもどうでもいい話と言えばそうなってしまう。それもまた二人は理解していた。下手に関わって痛い目を見るのはゴメンってなもんである。

 

 

「あ、もう時間だ!」

 

「じゃあ帰るか。全く、図書室ももっと漫画置いてくれればいいのに」

 

 

そんな事を話し合っていると、時間がやってくる。

さすがに残ってまでする会話でもないだろう。我夢と亘は頷いて帰宅の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

どうして?

 

 

「――!!」

 

「――ッッ!!」

 

 

下の階からは両親達の激しい言い争いが繰り広げられている。

どうして? どうして分かってくれないの? もう何度同じ言葉が飛び交っただろうか?

誤解だの信じられないだのと長い時間同じ会話が繰り広げられる。

 

それだけで終わってくれるように彼女は祈る。

だがそんな祈りも空しく、会話は娘の親権へと切り替わる。

どうしてわかってくれないの!? 彼女は涙を流して訴えた、だがそれも無意味。無駄だったのだ

 

 

「どうしてッ!」

 

 

本当にこのままじゃ――

涙が視界を覆った。もしこの世にヒーローがいるなら……どうか、助けてください。

そう、彼女は願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーんけーん……」

 

「「「ポンッ!!」」」

 

「よっしゃぁあああ! 夏美のま――」

 

「らぁぁっ!」

 

 

ブスリ!

 

 

「ぎゃはははははははぁぁぁぁ………」

 

 

パタリと、糸の切れた人形の様に倒れる兄。

隠す気すらない不正行為だったが、絶大な力の前に無力な子羊はただ沈黙するだけ

ぶるぶると震える亘に、夏美は優しい笑顔を浮かべて話しかけた。

 

 

「今日、私疲れちゃったんですよね……」

 

「そそそそうっすか」

 

「亘君、ちゃんと作るは作るんで、本当に悪いんですけどぉ」

 

「ゆゆゆ夕飯の買い物、行って来ましゅッ!!」

 

 

買い物袋を震える手で掴むと、階段を転がり落ちていく亘。

恐怖で呂律すら回っていない彼。しかし対照的に従姉妹はガッツポーズである。

 

 

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

「い、いえいえ! 夏美さんはゆっくりとお体を休めてくださいませです! ひぃぃ!!」

 

 

逃げるように亘は写真館を飛び出していく。

早く買いに行かないと自分もアレをぶち込まれるのだろうか!? い、いかん…ッ!! それだけは避けなければ!

第一、指がめり込んで笑い転げて気絶ってなんだよソレッ! 明らかにおかしいだろ! そんな事絶対人間の体にぶち込む物じゃないよ!

白目を剥いて泡を吹いていた兄を思い浮かべると、この季節だと言うのに汗がにじんでくる。

 

 

「と、とりあえずカレーでいいなッ!!」

 

 

亘は急いで近くのスーパーまで走る。

そしてまさに流れるような手つきで野菜や肉、カレールーを買っていくとすぐに自宅へと帰還する為走り出す。

まさにブーメラン。ブーメラン亘ッ! 走れ、走らないとお前は笑い地獄に沈められるのだ!!

だが、公園を通りかかったとき、ある光景が飛び込んできた。

 

 

「ッ?」

 

 

公園のベンチで女の子が座っている。そこはまあいい、いたって普通だろう。

問題はその女の子の目の前にパンクした車椅子があるということだ。

 

 

「………」

 

 

考えろ聖亘、ここはスルーが安定の気がする。

早く帰らないとお腹をすかせた野獣に襲われるかもしれない。

だが、もしあの娘が本当に困っていたら……? このまま見捨てて帰る事になるのか?

それは人間としてどうなんだ? いやいや第一、こんなところに一人で――

 

 

「あああ! くそっ!」

 

 

めんどくさい! さっさと声かけて帰るか……!

 

 

「あのっ……」

 

「え!?」

 

 

女の子は驚いた様に振り向く。

それはそうだろう、こんな夕方の人気の無い公園でいきなり――って。

 

 

『皆さん、えー……大変言いにくいのですが、クラスの仲間である亘くんが昨日……ストーカーの容疑で警察に――』

 

「………」

 

 

いかん! いかんいかんいかんッッ!!

変な事を考えてしまった事を強く後悔する。

とりあえず亘は、自分が怪しいものじゃないと言う事だけを明確にはっきりと女の子に伝える。

そして、どうしたのか? 率直な質問に女の子は口を開いた。

 

 

「あのっ、実は……車椅子が壊れちゃって」

 

 

だろうねと亘は頷く。とりあえず逃げなくて正解だったか? 亘は女の子から事情を聞いてみる。

なんでも宿題をする為に公園に来ていたのだが、運悪く車椅子がパンクしてしまい。

なんとかベンチまでは移動できたのだが、そこから動けなくなってしまったという事だった。

 

 

「すぐ終わると思ったからお母さん達にも言ってなくて……」

 

「そうなんだ」

 

「あの……もし良かったらでいいんですけど、手伝ってくれませんか?」

 

 

女の子は頭を下げる。

一瞬、野獣(なつみ)の姿が浮かんだが、それを吹き飛ばすと亘は大きく頷く。

 

 

「あ……ああ、もちろん!」

 

「ありがとうございます! 私は野村里奈って言います」

 

「聖亘、よろしく」

 

 

二人は軽い自己紹介をして軽く笑いあう。

これが、二人の出会いだった。

 

 

さて、しかしまかせろとは言ったがどうすればいいのだろうか?

急いで出てきた為に里奈は携帯を持っていなかった。周りには公衆電話も無い。

車椅子を直せる技術もないし、この近くには自転車屋も無い。

 

タクシーを呼ぼうにも携帯がないし。

一度家に帰って携帯を取って来てももいいのだが、もうそろそろ暗くなる。

それに、割と長い間ここにいたのか。里奈の体は寒さで震えていた。

家に帰ってしまえば、それなりに時間はかかる。里奈を置いていくのは流石にまずいだろう。

そう、たまたま自分が見つけたからいい物を。もしも変質者にでも狙われれば――

 

 

「うーん。野村さんが嫌じゃなかったらおんぶして行くけど……どうだい?」

 

「え!!」

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆、えー……大変言いにくいんだが、このクラスの仲間である亘が昨日……痴漢の容疑で警察に――』

 

『『『えーッ!?』』』

 

『なんでも、出会って間もない女の子になれなれしくおんぶさせてと鼻息を荒くして近づき――』

 

『『『きもーい!』』』

 

『さらにおんぶと言う事を盾に執拗に尻を撫で回し――』

 

『『『えぐーい!』』』

 

『彼女は心に傷を負ってしまった――ッ!』

 

『『『ありえなーい!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

いかんいかんいかんッッ! いかんぞコレは! 何言ってるんだボクは……!

引くわ、まあそれは引くか、いや引くよな普通! 亘は失言だったと頭を下げる。

もう何かそれしか思いつかないからつい口にしてしまったが、よく考えてみるとそうとうヤバイ事言った気がする。

どうしよう……! 亘はポーカーフェイスを装いながらも、全身から嫌な汗が滲んでいる事を感じていた。

 

 

『続いてのニュースです。先日公園で変態が逮捕されると言う悩ましい事件が起きました。変態は女性に向かっておんぶをさせてくれと息を荒くして迫ってくる悪質な――』

 

 

だからいかん! いかん! いかん! いかんいかんいかんッッ!!

ボクは無実だ! 断じて変態なんかじゃないぞ! いやでも洒落にならんか!?

おんぶは流石にまずかったのか!? あああああ! 終わったかボクの人生――ッ!

 

 

「あ! ううん! ごめん、ちょっとびっくりしただけ……!」

 

「え!? あ、いやいいんだ! コッチが変な事言ったから……ッ!」

 

「忘れ――ッ! と、とにかく記憶から消してください!」

 

 

里奈は少し戸惑ったが、いつまでもココに居る訳にはいかない。

すると里奈は亘の目をジッと見る、戸惑う亘。そして里奈は頷くと、おんぶをお願いするのだった。

 

 

「じゃあ、お願いしていいですか?」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

照れる。

それはそうだろう、今まで女の子とまともに触れ合った事なんてなかった。

ああ、やばい夏美姉さん忘れてた。ま、いいか。何か前テレビ見ながら尻かいてたし……いや、かきむしってたなアレは。

その点野村さんは軽くて、なんかいい匂いがする。それに何か思ってたよりずっと軽いし、柔らかい――

 

 

 

 

『先日――』

 

 

もういいよ!!

 

 

「ひ、聖くんは十星学園なんだよね?」

 

「え? あ、うん。まあね」

 

「私もなんだ。一年生」

 

 

まあ、よく考えてみればこの近くに住んでいる人間は大体同じ学校だろう。

亘はふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。

 

 

「へー、そうなんだ! ボクもだよ。何組?」

 

「Eだよ、美術部なんだ」

 

「ふぅん、じゃあ一番遠いんだ。ボクはAだから、部活は……あはは」

 

 

こういう時、何か無性に空しくなる。

亘は苦笑いを浮べて曖昧にごまかした、ドヤ顔で帰宅部ですなんて言えない。

こういう時サッカーだの野球だのと言えればカッコイイのかもしれないが。

 

その後も、他愛も無い会話を繰り返しながら二人はどんどん歩いていく。

自分の学校に車椅子の人はいると言う話こそ聞いていたが、特に注意はしてなかった。

休み時間もあまり外にはでないし、部活をやっていないから学校が終わればさっさと帰ってしまう。

今の今まで里奈なんて見かけたことすらなかったが……

 

とりあえず途中で知り合いとか、学校の奴らに会わないように祈りながら、亘は足を速めた。

もしこんな所を見つかってしまえば……

 

 

『うぇーい亘、昨日お前女の子といたよなぁ? あれ彼女ぉ?』

 

『ウェーイ、おま……おまっ! おまマジかよー! ウェー、彼女ぉ? お前のきゃのじょぉ?』

 

 

等と言う煽りや、興味本位での追求が始まる。

ああいかん、想像しただけで頭が痛くなる。

 

 

「……でも、野村さん。ボクがこう言う事言うのもどうかと思うけどさ、あんまり他人を信用するのも控えたほうがいいぜ」

 

 

そんなすぐにほいほいついて行っちゃ危ないだろう。

今の時代どんなヤツがいるか分かったモンじゃない。

本気で心配しながらそう言ってみるが、彼女は笑っていた。

 

 

「あはは、そうだね。でも聖くんは大丈夫だって自信があったから」

 

「自信?」

 

「うん、なんかね……人の眼を見ればその人がどんな人が大体分かるんだ」

 

 

小さい頃から、よく見られてたからと彼女は笑う。

しかし彼女の声色と雰囲気から、その思い出は決して良いものでは無いのだと亘は理解した。

 

見られていた。

ソレは彼女に対する好奇の目、その視線を毎日の様に浴びせられる。

その内に人の目でその人がどう言う事を考えているのか、どんな思いで自分を見ているのかが何となく分かる様になったと言う事。

 

それに他人の顔色を伺う事だって何度と無く行った。

だから、結構自信はあると。

 

 

「聖くんの眼は、優しかった……」

 

「そ、そんな事は……」

 

 

照れる亘と笑う里奈、そうこうしている内に彼女の家にやってきた。

インターホンを押すと彼女の両親がやってきてお別れとなる。

彼女の両親はお礼に食事でもと誘ってくれたが、野獣がいる事を思い出してお断りする事にした。

 

 

「ボクの家、写真館やってるんだ」

 

「ああ! あそこなんだ!」

 

「うん、だからもし写真を撮る時があるのなら、どうぞいらしてください」

 

 

笑う里奈、さあはやく帰らないととんでもない事になる。

材料を公園に置きっぱなしだ、まさかとは思うが盗る奴がいるかもしれない。

軽く挨拶をして二人は別れる。亘は全速力で公園まで戻る! まさにブーメラン!

 

 

「よかった! あった」

 

 

さ、後は帰るだけだ。

涼しい風が通り抜ける、少し寒い程だったが冷静な思考を働かせてくれるのはありがたい。

野村里奈……か。初めて会ったけど、少し懐かしい感じがしたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さんれんだーっ!」

 

ドスドスドスドス!!

 

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 

 

しかし帰ってきた亘を待っていたのは、お腹をすかせた夏美の猛連打だった。

つか三連打とか言ってるけど一回多い気がする。うん、気がするだけだろう。多分――

 

 

「心配したんですよ!」

 

「ごごごめんなさーい! あはははははは!」

 

 

亘の笑い声が秋の空に溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあそんな事があったんだよ」

 

「へー、野村さんって言うんだ」

 

「で、お前はその娘に惚れたと。公園で出会うとかドラマみたいやな」

 

「ち、ちげーよ! ホラ、だからこう言うのがイヤなんだよ」

 

 

我夢と亘、それに友達の松戸京介と襟居健吾は四人そろって登校している。

小学校からの付き合いでクラスも同じ為、大体この四人でいつも過ごしていた。

しかし襟居は部活があるし、京も部活と彼女持ちと言う事もあって亘と我夢の二人組みになる事が多い訳だ。

 

 

「野村里奈か……彼氏は、いないな。チャンスやで亘」

 

 

そう言って襟居はヘラヘラと笑う。

一体どこでそんな情報を手に入れてくるのか? それは誰にも分からなかった。

だが彼は学校の誰と誰が付き合っているのかをリサーチしてまとめているらしい。

つくづくいい趣味である。

 

 

「だいたいさ、野村さんとは昨日知り合ったばかりだぞ! そんなんじゃねーって!!」

 

「さあどうだかねぇ、一目ぼれって言葉があるやんか」

 

「まあまあ落ち着けよ。お前らはすぐそうやって男女の関係に結び付けたがるんだから」

 

 

達観した様に京介は笑う。

しかし、とは言いつつも、手にした携帯では彼女とメール中のようだ。

 

 

「うるさいねんお前は! 一人だけ彼女持ちってどう言う事や!? 俺も欲しいっちゅうの!!」

 

「バンドやってればモテるだろ」

 

「メンバー一人の糞バンドが目立つ訳ないやろうが!!」

 

「自分で言っちゃったよ……」

 

 

朝からギャーギャーと騒ぐ三人を、我夢は笑みを浮かべて観察していた。

恋か、そう言えば自分だってした事はある。一番最初は幼稚園の先生だったか、あれはまあしょうがない。

先生に告白した次の日に先生は結婚してしまった。次は確か――

 

確か……

 

確か……?

 

 

「あれ?」

 

「ん?」

 

「どうしよう、僕……全然恋した事ないんだけど」

 

「はっ、別に無理にするもんじゃないで、恋ってのは……気づくモンや」

 

 

そういって襟居は遠い眼で朝日を見る。

三人は苦笑して、走っていったのだった。

 

 

「いや、ちょ! 待て! 何で走る!?」

 

 

四人はそうやって馬鹿みたいにはしゃぎながら学校へと到着する。

噂をすればと言う言葉があるが、まさにそれがふさわしいのかもしれない。

亘は校門で里奈の姿を発見する。いつもは気にかけていなかっただけで数回見かけていたのだろうか?

ニヤつき始めるほかの三人を無視して、亘は玄関をくぐって行った。

 

 

「ん……ッ!」

 

「………」

 

 

しかし、亘の足が止まる。

やはり気になるのだろう、里奈の方を振り向くとなにやらスロープに行く前に溝があって、それに引っかかってしまった様だ。

他の生徒は里奈の事を見てみぬふり、朝はテンションも下がり気味で早く教室に行きたいから仕方ないと言えばそうだが。亘は拳を握り締めると踵を返して里奈の元へと駆け寄る。

 

 

「や、やあ! おはよう野村さん。奇遇だね」

 

「あ! 聖……くん」

 

「手伝うよ」

 

「え!? あ……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、あれは間違いないんじゃないの?」

 

「亘、結構積極的なところあるからね」

 

「これは友達として応援せんとあかんねぇ!」

 

 

三人は笑みを浮かべると、亘に応援の眼差しを向けるのだった。

しかし結局、特になんの進展も無く毎日は過ぎていくのだが。

 

 

 

 

 

 

 

そして――

 

 

「今日は、席替えをするぞー!」

 

 

一ヶ月ごとの席替え。

こういうのって結局、自分が仲のいい友達の近くになればどこだっていいんだよな。

くじ引きじゃなくて自由に決めさせて欲しいよ、いつも皆と離れた所になるんだから。

我夢はため息混じりにくじを引く、どうか仲のいい友達が近くに来ますように!

 

 

「ってな訳でよろしくな我夢」

 

「うん、よろしく」

 

 

我夢は思う。

良かった、亘が近くに来て一安心だ。

京くんは前の方だけど遠くはないし、襟居くんも後ろの方だから十分マシな方だろう。

問題は隣、この学校は男子の席の隣は絶対に女子になる。正直女子で仲のいい人なんて数名、それも話しを少しする程度でしかない。

できれば気まずい雰囲気にならない人がいいんだけど。どうなのかな? 我夢は祈る様に様子を伺う。

 

 

「どうも……」

 

「え?」

 

 

横から声がして振り向くと、そこにいたのは――

 

 

「あ……! も、持田さん。ここ?」

 

「はい……よろしくお願いします」

 

「う、うん……」

 

 

相変わらずアンニュイだな、眼のところが赤いのは気のせいだろうか?

相当疲れてる印象を受ける。アキラは我夢とほんの少しの挨拶を交わすと、もう後は何も話さなかった。

とりあえず知り合いだったものの、どうなのだろう? 正直気まずい――

 

 

「………」

 

 

そのまま給食の時間になる。

皆、普段はいろいろと騒ぐけど給食のときは静かなモノだった。

放送は誰かがリクエストしたアニメソングが流れてる。結構気まずかったりするんだよアレ。

だからなのか我夢も亘も、皆黙々と食事をしていた。もちろん全くしゃべらないと言う訳じゃないが。

 

 

「あ、コレ食えないわ。あげる」

 

「いらないよ!」

 

 

亘は不服そうな顔をして、しいたけを口へと運ぶ。

明らかにマズイと言う顔をして二、三度租借するとそのまま飲み込んだ。

小声で――

 

何でご飯としいたけを合わせるんだ、エキスが米に染み付くだろうが! 馬鹿か!?

だとか……

 

 

さんまって小骨ありすぎだろ、面倒だし痛いっての! 馬鹿か!?

だとか……

 

 

牛乳って何で白いんだよ……なんかコレ――ッ! 素敵じゃねーか!!

 

(そこは馬鹿じゃないのか)

 

 

とまあ様々な愚痴をこぼしていたが、班の中では一番早くに食事をすませて昼寝を始めた。

我夢もまた食事を終えて片づけを始めようとして気がついた。目の前にいるアキラ、彼女の食事が全然減っていないのだ。

そして、ふと目が合ってしまう。すぐに反らしたものの、一度こうなってしまえば迷いが生まれる。

 

 

「――ッ」

 

 

どうする? 声をかけるか? それとも無視はきついか。

迷う、結局いつもの行動。皆に見えない様にコインを軽く弾いて決める事にした。

表が出れば声をかける、裏がでれば悪いがこのまま片付けようと我夢は決心する。

表か裏、どちらが出るのか?

 

 

(成る程)

 

 

出た目は表、ならば話は早い。我夢は表が出たらアキラに話しかけようと決めていた。

だから話しかければいい。簡単だ、給食が減っていないのだから辛いのではないかと聞けばいいだけ。

 

 

「………ッ」

 

 

なのに――

 

 

「ッッ――………!」

 

 

できない、話しかける事ができなかった。

今まで自分はどんな事だろうがコインで決めた事なら仕方ないと割り切っていた、割り切れていた!

なのに、今。自分はコインで決めると言うやり方、自分のルールに反している。

それが自分にとって何よりの衝撃だった。

 

どうして? どうして自分はアキラに話しかけると言う単純な事ができないんだ?

ただ辛いかどうか聞けばいいだけなのに!

 

 

(怖い……)

 

 

アキラと接する事が、怖い?

 

 

「……相原君、今日書道教室ですよね」

 

「えッ!?」

 

 

だが、以外にも先に口を開いたのはアキラだった。アキラは箸を置くと声のトーンまで一段下がる。

我夢はそれをただジッと見ていた。だが気づく、自分は話しかけられたのだと。

 

 

「あ……あ! うん! そ、そうだけど」

 

「だったら、今日私、欠席する事を伝えておいてくれませんか?」

 

「え? ま、まあ別にいいけど」

 

 

じゃあ、お願いします。

そう言ってアキラはほとんど手をつけていない給食を片付けに行った。

 

 

「………」

 

 

やはりアキラは少し苦手かもしれない、我夢はため息をついて席に座る。

なんか無性に緊張する、よく書道教室でも見かけるが声をかけれないのは独特の雰囲気のせいだろう。

一度声をかけるタイミングを逃してしまえばもう溝は広がっていくばかりだ。彼女とはもうこれ以上の進展はないのだろう、この先も。

 

 

「そう言えば、まだ書道やってたんだ」

 

「うん、字は綺麗な方がいいって言われてたら」

 

 

放送がうるさくて眠れないと亘は渋々起き上がる。

気にする事なくいびきをかきながら眠る襟居を見て舌打ちを決めると、不機嫌そうにもう一人に視線を送る。

そこには楽しそうに阿佐美と会話している京介が見える。今度はため息をついて亘は我夢に話しかけた。

 

 

「あー……そう言えば何だっけ? 広瀬さんの所の?」

 

「うん、たまに見かけるよ。広瀬先輩の家がやってるところだから」

 

「ふぅん」

 

 

そんなに興味がない、そんな顔ながらも亘は我夢の話にしっかり相槌をうっていく。

そう言えば最初は咲夜を目当てに通いにくる人間もいた気がする、まあ長続きしなかった訳だが。

 

 

「広瀬さんは美人だからな。おまけにスタイルもいい」

 

 

神だか天だかは二物を与えずとは言うが、あれは嘘なのだとつくづく思い知らされるものだ。

亘としても咲夜と言う人物は非常に綺麗に思える生徒である。

 

 

「うん……」

 

「どうした? 何か変だぞ」

 

「いや、ちょっと緊張して……」

 

「?」

 

 

まあ最初こそアキラの事を伝えなければならない事に緊張していたが、時間は進むものだ。

その日の学校も特に目立った事もなく終わり、そのまま咲夜の道場に行って、アキラが休む事を伝える。

そして書道教室での友達と一緒にやる事だけやって帰る。気楽なものだった。

 

心のどこかで、これでいいのかと思う自分がいる。それはなんとなく分かっていた。

だけど具体的にどうしていいのかなんて分からないし、このままでもいいと思う心が勝っていたのはやっぱり事実だった。

 

道場の近くで頻繁に見かける守輪先輩が言ってた。

ある日突然非日常に飲み込まれる。例えばそう、ある日家の前にカプセルが落ちてきてその中には美少女が乗っている。

そこから自分や世界を巻き込んだ物語が始まる――……なんて、そんな妄想じみた事を誰しもが一度は望むって。

 

さすがにカプセルの中に女の子だとか、それは言いすぎだし、

そんな事ありえないと分かっているけど、守輪先輩が何を言いたいのかはなんとなく分かった。

先輩は自分に分かりやすい様アニメっぽい話にしただけで、このまま淡々と毎日が過ぎていく事にどことない違和感みたいなものがあるのかもしれない。

そこから劇的な事が起こって自分にプラスになる面で逃げたいと言う事なのだろう。

 

幸せな望みだ、毎日がそれなりに充実しているからこそ思う事なのだろう。

でも結局そんな非日常が起きたとして、僕は多分逃げ出すと思う。

誰もがそんな辛い人生からの脱却を望んでいる。しかし実際にそんな事がおきたら、はたしてそれに乗る事はできるのだろうか?

 

そう、僕は結局主人公なんて器じゃない。

逃げ惑うエキストラなんだ、世の中とか社会とかの大切なキーパーソンにはなれっこないんだよ。

別に僕はそれでいい、だから僕は何も望まない。怖いんだ、望むクセに怖い。

 

 

「………」

 

 

ふと、我夢はアキラの事を思い出す。

あの時、コインで決めたのに話しかけられなかったのはやはり自分は彼女を恐れていたから。

彼女は今大変な状況にある、その時に自分が言った言葉が彼女に何かしらの影響を与えるかもしれない。

それを自分は恐れていたんだ。

 

彼女は今どう言う状況なんだろうか?

考えても分かりはしない。だけど、何故か無償に気になってしまった。

多分、それはやはり彼女が今自分達とは全く違うベクトルに生きている、そんな気がしたからなのかもしれない。

関わりたくないクセに、気になる。自己嫌悪に苛まれながらも、我夢はそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

一方……

 

 

「………」

 

 

その日、我夢が書道に行くと言う事で亘は一人で帰宅する事になった。

フェンスの向こう側、校庭では運動部の頑張る声が毎日聞こえてくる。

吹奏楽部の練習の音、演劇部だとか合唱部、放送部の発生練習。水泳部はプールの掃除、陸上部はマラソン練習の為に学校の外を走っている。

 

また視線を別のところに向けてみる。

校庭の隅の方では科学部か? なにやら草を採取しているし、一度廃部になった事もあるらしい家庭部は畑の世話をしていた。

なんかこういうのを見ると自分も何かした方がいいのだろうか? とも思う。

だけど夏美は写真館の手伝い。司はライダーの再放送があるなどと言う理由で部活には入っていなかった。

 

いやもしかしたら、兄達はどこかで気を使ったのかもしれない。

十星学園は部活に入ればどんなものであろうとも金がいる。

自分達の学費までだしてくれた夏美の祖父に申し訳ないという気持ちがあったのだろうか?

 

 

「………」

 

 

亘はため息をついて足を速めた。

 

 

「………」

 

 

さて、しかしこのまま帰ってもいいわけだが、今日は夕焼けの空が綺麗だ。なんかこのまま帰るのも味気ないかな?

亘はそう考えた結果、遠回りで家に帰る事にした。なんとなくだったが、まあ悪くない。

いつもと違う道は新鮮で綺麗に見える、夕方の景色と少し涼しい風が心地いい。

そう思っていた時、目の前に見覚えのある姿が――

 

 

「あ」

 

「?」

 

 

その人も気配を感じたのかコチラの方を振り向く。

目が合う二人、一瞬の沈黙があったが、亘が意を決して口を開く。

 

 

「あ……ああ! え? こっちから帰ってるんだ」

 

「う……! うん!」

 

 

里奈と亘は互いに微妙な距離をとって話し始める。

だが車椅子を手でこぐ里奈に気づいて、亘は彼女の手を止めた。

 

 

「ボクが押すよ。ゆれるかもしれないから気をつけて」

 

「あ、ありがとう。押したことあるの?」

 

「小学校の時、そう言う授業が数回あって」

 

「そうなんだ……」

 

 

若干久しぶりと言う事もあってか二人はあまり会話も少なく進んでいく。

だがそんな空気に耐えられなくなったのか、里奈がおずおずと口を開いた。

 

 

 

「き、綺麗だね」

 

「ああ空? そうだね」

 

 

燃えるような赤が二人を照らしている。

相変わらず、少し寒いくらいの風がふいているが、逆にそれが美しい景色とマッチして切なさを増加させていった。

 

 

「聖君はいつもこっちから帰ってるの?」

 

「いや、今日はたまたま」

 

「だよね、こっちだと遠回りになるし……」

 

「それは野村さんもじゃない?」

 

「私はこっちの道が好きだから」

 

 

二人は少し笑いあう。

切ない世界に二人、どうしようもなく寂しくなる。

 

 

「今日は部活無かったんだ?」

 

「うん、木曜は絶対休みで金曜は二週に一度は休みなんだ」

 

「へー……あれ?」

 

 

亘は立ち止まる、目の前には大きな坂道があるからだ。

割と急なそれを里奈が毎日一人で行くわけが無い。道を間違えてしまったのか? いやだけど一本道の筈だが……

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「え? 野村さんってここから帰ってるの!?」

 

「………」

 

 

里奈は少し複雑そうに笑ったが、しっかりと頷いた。

 

 

「あ、危ないよ!?」

 

「もう、慣れちゃったから……」

 

 

亘は里奈の腕を見てみる。

こんな坂を自力で登るなんて相当な力がないとできない筈では?

もしかしたら里奈は相当ムキムキ……ってな訳でもなさそうだ。一体どう言う事なんだろう?

ちょっと待て、そもそも一人で帰るってのもおかしくないか?

 

 

「さ! 早く行こう?」

 

「え!? あ、ああ」

 

 

不思議に思いながらも、亘は里奈の車椅子を押していく。

やっぱり手伝ってもらうと楽だねと笑う彼女、だけど亘にはどこか引っかかるものがある。

だが聞く事もできない。ここは彼女に合わせておくか、亘はそう決めると何か話題になる話しを探すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーんふふーん♪」

 

「亘くん、なんだかご機嫌だねぇ」

 

 

夏美の祖父で司達の祖父でもある(ひかり)詠次郎(えいじろう)は笑顔で亘の様子を観察していた。

今日の亘はいつにも増して機嫌がいい、詠次郎としても嬉しい事だった。

 

 

「どうしたんでしょうね?」

 

「さあな、聞いてみればいいんじゃないか?」

 

 

あまり興味がなさそうな司。

対して頷く夏美、そして亘に直球な質問をぶつけるのだが――

 

 

「教えてくれませんでした……」

 

「だろうな、言う訳ねぇよアイツが」

 

 

涙目になって歯を食いしばる夏美が予想通りと言ったように司は笑う。

結果司はまた笑いのツボをさされまくる訳だが。

 

 

 

翌日、またいつもの様に時間が過ぎていく。

 

 

「が、我夢兄さん?」

 

「ん?」

 

「す、すけべな……ご本は置いてあるんでしょうかね?」

 

 

ため息をつく我夢。

いや、気持ちは分からなくないけどさ。

 

 

「三列目の棚の二段目に裸がいっぱい載ってる本があるよ」

 

「まじでか……ッ!! こ、この学校も捨てたもんじゃないなッ!」

 

 

そう言って襟居はにやけながら、かつ早歩きで本棚の方に向かっていく。

 

 

「坂道、上って帰る? 絶対ありえないだろ」

 

「だよ……な」

 

 

一方で京介の言葉に亘は頷く。

今日は昼休みが図書当番の我夢、昼休みともなれば利用する生徒もそれなりに多い。

疲れた様に笑い、受付を頑張る我夢を尻目に亘達は本を読みふけっていた。もとい、軽く雑談しているだけ。

『図書室は静かに』の張り紙空しく、いつも図書室はいろんな生徒の声で賑わっていた。

 

 

「星見ヶ丘公園の近くだろ? あそこの坂はとてもじゃないが一人じゃ不可能だって」

 

「うぅん、ボクもそう思うんだけど……」

 

 

だが、里奈はそこを一人でいつも帰っていると言った。

しかしそこには大きな坂、おかしな話だ。あそこを毎日?

 

 

「やっぱり嘘なんだろうか……」

 

「んー、そんなに気になるのなら今日の帰りにもう一度その道行ってみればいいじゃないか」

 

「え?」

 

 

今日は金曜日。そうだ、二週に一回休みなら今日と言う可能性もある。

成る程、亘は頷いて考えた。でも何かちょっとあざといような……しつこいと思われてしまうかもしれない。

いやいやでも――

 

 

「すっかり惚れてんな」

 

「あはは……」

 

 

亘の頭の中は里奈で一杯のようだ。

その様子に京介と我夢、二人は苦笑する。そんな中笑顔が消えた襟居が戻ってきた。

 

 

「ちょっと我夢兄さん……言われたところ、ゴリラの本しかないんやけど……」

 

「だから言ったじゃない、裸の本って」

 

「はめやがったなぁあああああああああああ!」

 

「「「図書室ではお静かにッ!」」」

 

「あ、ごめんなさーい!」

 

 

そうやっていつもと変わらない日々を過ごしているように見えても、亘は少しずつ行動を起こそうとしているんだと我夢は感じていた。

結果がどうであれ亘の行動は凄いと関心する。これは、もしかしたら亘に彼女ができるのかも?

 

そうして、そんなこんなで学校が終わり帰宅時間となる。

今日はいまいち天気が悪い為に暗くなるのが早く感じる。しかし、亘がそわそわしているのを見ると我夢は思わず吹き出してしまった。

そんなに気になるのか? やはり京介の言っていたとおり相当惚れこんでいるのだろう。

 

 

「つ、着いてきてくれないか?」

 

「え!? いや……ま、まあいいけ――」

 

 

そこで、我夢は思い出す。

図書室に大切な宿題を忘れてきてしまった!

このままだと明日怒られてしまうじゃないか。最悪無くなる可能性がある!

その事を亘に伝えると、渋々ではあったが納得してくれて別々に帰る事となった。

 

 

「じゃ、また明日!」

 

「あ、ああ……」

 

 

なんだか雨になりそうな雰囲気がある。

傘を持ってないから早く帰りたいところだ、我夢は急いで図書室へと向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

「あ! 相原くん!」

 

「へ?」

 

突如、先生に呼び止められて我夢は立ち止まる。

 

 

「お願いがある!」

 

「な、なんですか?」

 

「これ運ぶの手伝ってくれないか?」

 

「………」

 

 

先生が差し出したのはプリントの山。

正直断りたいところだったが、この男はヘタレである。

手伝う時間くらいはあるんじゃないかと、そう思い。結局我夢はそれを手伝う事にする。

理由がないのは辛いところだ。いや宿題忘れたと素直に言えばいいのだろうが、何故か根気負けしてしまう。

結局理由がないからとかじゃなくて、断れないってのが本質なのかもしれない。

損な性格だ。ほとほとそう思う。そして、少し苛立ちに似たモヤモヤを感じる。

 

 

「うわっ、やばいなぁ……」

 

 

結局、予想以上に時間がかかってしまって外はもう暗くなっていた。

今日は学校そのものが終わる時間が遅かった為、もう五時半になりそうだ。

図書室が閉まる前になんとかッ!

 

 

(電気消えてるよ……)

 

 

我夢は焦りながら図書室の扉を開ける。

鍵がかかっていると思ったが扉はすんなり開く、アキラは鍵を閉め忘れた?

電気が消えているんだから誰もいない筈。だが夜の学校、と言う訳ではないが暗い部屋はどうにも不気味だ。

早く帰りたい、そう思った時だった。

 

 

「……ひぐっ」

 

「!?」

 

 

誰かいる!?

ここここれはまさかゆゆゆ幽霊的な!?

 

 

「ぐす……ッ」

 

 

ご丁寧にすすり泣きときた。

情けない話、自分はこういう類の話は完璧に信じている。

 

 

「でぃぁ、誰か居ましゅきゃあ!?」

 

 

なんて、情けない声を上げてしまうのも仕方ないのだ。

 

 

「あ……ッ!」

 

「!?」

 

 

その人は驚いた様に我夢のほうを向いた、そのせいで二人の視線は見事にぶつかってしまう。

驚く我夢とその少女、二人はあまりの出来事に固まってしまった。とり合えず分かったのは幽霊ではないと言う事だけ。

 

 

「――ッ」

 

「!」

 

 

そう、図書当番であるアキラ、彼女が泣いていたのだ。

きっと誰にもいない所で思い切り泣きたかったのだろう。

だがしかし思い切り我夢に見られてしまった。どうしていいか分からず、状況すら受け入れ切れてない我夢に気づくとアキラは急いで涙を拭く。

隠しきれていないのだが、泣いている姿なんて見られたくはない。

なんとかその事を察知した我夢は、あくまでも何気なく彼女に話しかけた。

できれば見てないと言う事をアピールしたかったが、動揺具合がその嘘を壊すだろう。

ここは素直に行くしかない。

 

 

「あ、あの…ッ、ごめん。忘れ物しちゃって――ッ!」

 

「あ……はい。どうぞ」

 

 

アキラは我夢に背を向けて電気をつける。

彼女のすすり泣く声が我夢の心に深く突き刺さっていた。

我夢は冷静になろうとするが、緊張で足が震えてしまう。

なんとか苦し紛れに発した一言で少しでも状況が変わるように願うのだった。

 

 

「あのっ、僕が鍵しておくから……先、帰っていいよ」

 

「いえ……いいんです。どうぞ」

 

「そ、そう? ありが…とう」

 

 

これ以上何かを言う勇気もでない。我夢はアキラの言葉に甘えて忘れ物を捜す。

正直、キツイな。

 

 

「あれ?」

 

「……どうしたんですか?」

 

「あの、ここに置いてあったプリント知らない?」

 

「ッッ!!」

 

 

アキラの表情がけわしいモノに変わる。何かやってしまったのか!? 焦りでますます足が震える我夢。

逃げたい! 正直逃げ出したい! 今すぐここを離れたい!

そんな思いでいっぱいだったが、どうやら我夢の言葉でアキラを不快にさせたのでは無い様だ。

アキラは小さく震えながら我夢に向かって頭を下げる。そして謝罪した。

 

 

「ごめんなさい!」

 

「えぇ!?」

 

 

どうやらアキラはゴミと間違えて我夢のプリントを捨ててしまったらしい。

急いでゴミ箱からプリントを取り出すが……

もう誰かが飲んだジュースやら、ガムやらがくっついていて、でとても何かを書ける状態じゃなかった。

 

 

「ほ、本当にごめんなさいっ!」

 

 

アキラは自分のプリントを我夢に差し出そうとするが、我夢はそれを拒んだ。

 

 

「いいよ、ありがとう。その気持ちだけで嬉しいから。元々はプリントをここに忘れた僕が悪いんだから持田さんが気にする事なんてないよ」

 

「――ッ、だけど…」

 

「いや、いいんだ。本当に」

 

「でもっ!」

 

「先生に新しいのを貰うから」

 

 

アキラの暗い表情を見てハッとする。

少し冷たい印象をもたれてしまったかな?

 

 

「あ……あはは、じゃあ悪いんだけど持田さんは戸締りよろしくね」

 

 

アキラはブンブンと頭を縦に振る。

我夢はアキラにそう言うと、職員室へと向かった。まあ事情を説明すれば何とかなるだろう

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

アキラは申し訳なさそうにもう一度謝るのだった。

 

 

「次は気をつけてね」

 

「はい、すいませんでした」

 

 

結局先生は分かってくれたようで、我夢は新しいプリントを貰え万事解決となった。

帰る時間は大幅に遅れてしまったものの、まあ良しとしよう。

 

 

「あの……ッ」

 

「?」

 

 

振り返るとそこにはアキラが立っていた、申し訳なさそうな眼差しを我夢に送る。

それに気づいた我夢は無事になんとかなったと笑って見せた。

 

 

「あ……」

 

 

それに安心したのかアキラも少し微笑む。

我夢はそれだけだったが、少しだけ彼女の印象……と言うか距離が変わった気がした。

もちろん自分がアキラに対する距離であって、二人の距離ではない。

実は若干アキラは冷たい人なのかななんて思ったこともあったが、いい人なんじゃないかと思えた。

いつもクールであまり感情を出さない彼女は損をしているのではないか?

自分の事を心配しれくれた彼女に対する好感度の様なモノが上がった。

 

 

「じゃあ、これで」

 

「は、はい」

 

 

そう言って我夢たちは帰る事にする。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

だが、これは想定外であった。まさか帰る道が一緒なんて……

いくら好感度が上がったからといって関係は変わらない、変わるわけが無い。

二人は互いに一言も発しないまま暗い夜道を歩いていった。

 

 

「「………」」

 

 

気まずい。気まずすぎる!

アキラは我夢と並ぶのではなく後ろの方を歩いていた。

だが、離れていると言う訳でもないので逆にそれが気まずさを加速させる。

 

話しかけたほうがいい?

いや、でもへたに話しかけたら不快な思いをさせるかもしれない

 

 

(はぁ……仕方ない)

 

 

我夢はアキラに見えないようにコインを弾く。

表が出れば話しかけよう、そう決めてコインを小さく弾いた。

そんなに力を込めていないためコインは数回しか回らずすぐに我夢の手に帰ってくる。

 

 

(裏……)

 

 

よし、黙っておこう。

我夢はアキラを気にしないようにしながら歩くのだった。

 

 

(嘘だろ……)

 

 

だがそれもつかの間、なんと雨が降ってきてしまったのだ。

傘を持っていない我夢は焦る。まあ走っていけばいいのだが、後ろに居るアキラが気になってしまった。

これは一応一緒に帰っている事になるのか? だったら一言何か言って走りさるべきなのだろうか?

いやいや、なんか下手にそうやって友達面するのってどうなんだろう?

気持ち悪いと思われるのは嫌だ、それは避けたい。

 

 

「………」

 

 

我夢は迷って動くに動けない!

そうこうしている間に雨は本格的に降り始めていた。

なおも速度は変わらず歩き続ける我夢、後ろを振り向く事すらためらわれる。

アキラは今どう言う状況なんだろう? 確認したいけど、何故かできない。そんなジレンマに縛られながらも我夢は決断する。

またコインで決めよう! 表が出れば――

 

 

「?」

 

 

急に雨の勢いがなくなった。と思う程突然だった、アキラは我夢に傘を差し出したのだ。

それは折りたたみタイプの小さなものだが雨をしのぐには十分だ。驚く我夢、振り返るとアキラが雨に濡れながらコチラを見ていた。

 

 

「え……?」

 

「あのっ、これ……お詫びです」

 

「え?」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 

そう言ってアキラは走り去る。

 

 

「ちょ! 持田さん!?」

 

 

我夢はアキラを引きとめようとするが、アキラはもう小さくなっていた。

 

 

(速ッ!)

 

 

我夢はどうする事もできずに、立ち尽くすだけだった。

手に、アキラから受け取った傘を握り締めたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、ありがとう聖くん」

 

「いいよいいよ。でも、本当に……いつもこっちから帰ってるの?」

 

 

一方、亘達もまたいつもの回り道で出会いそのまま一緒に帰っていた。

雨だから里奈はもちろん傘をさしている。という事はだ、車椅子を押すのは片手。そんなので坂道なんていけるわけが無い。

 

 

「先生は何ていってるの?」

 

「あはは、うん。まあ内緒にしてるから」

 

「……そう」

 

 

しかし、と亘は周りを見てみる。

見事に人がいない。暗い夜道、今はまだしも普段はもっと遅い時間に里奈は帰っている。

 

 

「危ないよ、ここ人の通りも悪いし」

 

「……だから、いいの」

 

「え?」

 

「あ……ううん。なんでもない」

 

 

少し里奈の雰囲気が暗くなったが、亘は特に気づくことは無かった。

二人はそのまま家までの道をくだらない話で盛り上がるのだった。

 

 

「ねえ……」

 

 

だが、もう少しで里奈の家と言うところで彼女は深刻な表情になる。

何事かと身構える亘に向かって、彼女は寂しそうに口を開いた。

 

 

「聖くんは……さ、友達が困ってる時ってどうする?」

 

「え……?」

 

「ごめんね、いきなり。でも少し聞きたいなって……」

 

「だ、誰か……困ってるの?」

 

 

亘の問いに里奈は頷いた。

なんでも親友が深刻な悩みを抱えているらしいのだが、自分には的確なアドバイスしてあげられない状況なのだった。

下手に軽はずみな事を言ってしまえば余計に親友の彼女を苦しめる事になる。

 

かといって、このままほっとくなんてできない、したくない!

少しでも彼女の役に立ちたいのに立てない!

そんな悩みを里奈は抱えていた。

 

もうどうしていいか分からない!

日々悩みを抱えて、苦しそうにしている親友を見ながら自分は何もできない!

そんなの悔しくて悔しくて里奈は心が張り裂けそうだった。

 

 

「私は何もできないからさ……ッ」

 

 

里奈のスカートに雫でできた点が現れる。

点は二つ、三つと増えていき里奈の目からはとめどなく涙があふれてきた。

 

 

「ッ!」

 

 

亘は里奈が始めて見せる弱さに気圧されていた。何かしてあげたいと彼も思うが、彼女と同じだ。

軽はずみな言動はかえって刃となって相手を傷つける。安易な言葉か? それが優しさ? 彼も分からない。

気まずい沈黙が流れる。亘は少し悩んだ後、ようやく口を開いた。

 

 

「その友達は、どうして悩んでるの?」

 

「――ッ」

 

 

里奈は言っていいものかと悩み始める。

それにすぐに気づいた亘は、慌てて言葉を訂正して余計な負担を与えないようにした。

 

 

「ボクは多分……どんな事だって言う」

 

「え……?」

 

「た、たとえそれが相手を傷つけてしまう事になっても……多分、ボクは自分の意見や思ったことを隠さずに言う。それで相手にも同じ様に思ったことを隠さずに言ってもらうさ」

 

「………」

 

 

里奈は亘の目をまっすぐに見ていた。亘も構わず続ける。

 

 

「本音で全て話した後は一緒に考えるんじゃないかな。そして納得する答えを出す」

 

「もし、答えが出なかったら?」

 

「出るまで考えるだけさ」

 

「時間に限りがあるのなら?」

 

「じゃあ一秒だって無駄にはしない方がいい。どんなに決めたくない事も、決めなくちゃいけないなら」

 

 

それに、必ずしも相談した事で正しい答えを導けるわけじゃない。

少し自信なさげに、しかしはっきりと。

 

 

「ボク達は神様じゃないんだから……的確なアドバイスなんてできないよ」

 

 

そう言っている内に里奈の家に到着する。

里奈はお礼と、少し考えてみる事を亘に告げて、その日二人は別れた。

 

 

「完璧な答えなんて出やしない。その中でどれだけ答えに近い答えを出すかなんだよ――」

 

 

いや、どれだけ自分を騙せる。妥協させる事ができるのか……か?

 

 

「……ッ」

 

 

亘はやや自虐的な笑みを浮かべると、自らも家へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

変わっているようで変わってはいないのかもしれない、そんな毎日だった。

亘も我夢も少しずつ何かに近づいているような気がするが、別にそんな事はない。

結局少し長い夢を見ていただけなのだろうか?

それとも、本当に何かが変わるのだろうか?

そもそも何が変わると言うのだろうか?

 

この世界において自分は一体どの程度の重要さをもった登場人物なのだろうか?

無限に広がる思考と永遠に答えのない自問。それは果たして終わる事があるのだろうか?

いや、分かっている。少なくとも亘は理解していた。

 

結局、つまり何が言いたいのか?

長々と冗長に言葉を繋げていたが、結局は甘えた毎日に焦りを感じているだけだ。

このままでいいのか、でも何か苦労をしたいかと聞かれれば嫌だという。それでいいのだろうか?

思春期特有の悩みと言うか、モヤモヤは日々その形を大きくしていく。

 

 

「ずっとこれからは三連休にしてほしいぜ」

 

「確かに……」

 

 

三連休が終わってまた学校の毎日になる、道には山の様に落ち葉があった。

毎日掃除をする用務員さんは相当大変なのだろうと、これまた他人からしてみればどうでもいい様な事を真剣に考えながら彼らは学校の門を潜り抜けていく。

 

 

「あん? なんよソレ」

 

 

教室に行くまでの道で襟居はソレを見つけた。

我夢の手には、明らかに彼の物とは思えない折り畳み傘。

 

 

「ああうん。持田さんに借りたんだ」

 

「まっ! マジかよ!?」

 

 

襟居と京介は眼を点にして我夢を見る。

それほどアキラが他の男子と関わるのは珍しい事だった。

あの持田が!? そんな感じでしばらく襟居と京介は口を開けていた。

 

 

「返さないと……」

 

 

我夢は教室に入るなり隣の席で座っていたアキラに駆け寄る。

やはり少し話しかけるには抵抗があったが、今回ばかりは迷っていられない。

 

 

「も、持田さん」

 

「――ッ!」

 

「え?」

 

 

我夢は、何が起こったのか全く分からなかった。

自分はただ声をかけただけだ、そうそれだけなのに――

 

 

声をかけた時、アキラは涙を流しながら振り向いた。

その表情はしばらく忘れる事はできないだろう自信がある。

あんなに悲しそうな表情を見た事はない、その迫力と悲しさはこっちにまで伝わってきた。

そしてそのまま、我夢の思考が麻痺したまま、アキラは涙を隠す事もなく走り去ってしまった。

 

 

「……え?」

 

 

僕が泣かしたのか!?

混乱する我夢、亘達三人も汗を浮べながら首を振っている。

今の我夢の行動に、少なくとも彼女を泣かせる要素は感じられなかった。

 

では何故?

ますます混乱する我夢、そんな彼の肩に手を置いたのは京介の彼女、阿佐美だった。

 

 

「タイミングが悪かったね」

 

「え……?」

 

「ど、どういう事だよ阿佐美」

 

 

京介の言葉に首をふる阿佐美。

ざわつき始める教室、アキラとそれなりに仲のいい阿佐美だからこそ知る理由。

それが意味するものは……

 

 

「もう、今日の朝に分かると思うから言っちゃうけど――」

 

 

その時、チャイムが鳴って彼女の言葉は中断される。

だが襟居と亘の表情が変わる。成る程、そう言う事だったのか。

亘は苦い顔を、襟居は数回頷いた後、自然な表情で自分の席へと向うのだった。

 

 

 

 

 

 

「相原!」

 

「………」

 

「相原?」

 

「あ……はい!」

 

 

朝の名簿確認、いつもなら何も考えずに答えていた。

それだけの事だったのに……

 

 

「……天美」

 

「は……い」

 

 

教室がざわつき始める。

すぐに先生が注意したものの、誰しもがその『違い』に気づき、いっせいにその『違い』の方向を向いた。

 

 

「………ッ」

 

 

ぐっと、彼女は唇を噛んだ。

そして下を向いてそのまま動かなくなる。

早くこの地獄のような時間が終われと彼女は願っただろう。

時折、彼女の眼からしたたり落ちる雫が我夢の心に深く突き刺さった。

 

 

「んまあしょうがないわな、こればっかりは家庭の問題ってヤツやから」

 

「ああ、俺達が介入していい問題じゃない」

 

 

昼休み、我夢たちはそんな事を言いながら体育の準備をしていた。

誰でもと言う訳ではないが、特別な事かと言われればそうではないのかもしれない。

広い世の中でみれば、いやと言うよりもしかしたらこの先自分達も体験するかもしれないことなのだ。

それでも、やりきれない話ではあるが。

 

 

「よし、こんなところか。サンキュー、今度なんか奢るからよ」

 

「ホンマかぁ? 怪しいわぁ」

 

「ははっ、そう言えば前もそんな事言ってた気がするな」

 

 

そう言って笑う三人。

だが、我夢だけは真面目な顔で押し黙るのだった。

 

 

『――ッ』

 

 

あの泣き顔が、我夢の脳裏に焼きついてどうしても離れなかった。

ここ最近彼女がずっと暗かったのはそのせいだったのか、そりゃ両親が離婚の危機ともなれば笑う気にすらならないだろう。

かと言って自分に何ができると言うのか? もう既に彼女の両親は離婚しているんだ。しかも離婚の理由すら知らない自分に――何が。

 

 

「………」

 

 

何もできないなら何もしない方がいい。そうだ、そうに違いない。

コインを投げるまでもない、明確なことだった。

どうせ、すぐにまたいつもみたいに戻るさ。第一、自分とアキラは友達ですらないんだから。

気にしないでおこう。我夢はそう決意すると、三人の輪に入っていくのだった。

気にしない。そう思っていたのに――

 

 

「行こう! 気にする事ないから――ッ」

 

「ぐすっ……ひぐっ……」

 

 

また、我夢の体に電流のような衝撃が走る。

まるで心にナイフでも刺さったかのように、何か胸の辺りが抉られるような気がした。

阿佐美がアキラを連れて教室から出て来た、アキラはまた泣いている。

 

京介は阿佐美に理由を聞いてみる。

なんでも教室で数名のクラスメイトが離婚の話を面白がって、離婚の理由を適当に話しまわっているらしい。

おかげで全然顔も知らない他のクラスの人間が親の事を悪く言っていたらしいのだ。あらぬ理由をとってつけたような……

 

 

『ねぇ……今のって』

 

『知ってる! 天美さんでしょ? 親が離婚したらしいよ』

 

『えー、何で何で?』

 

『さあ? 噂じゃ父親が暴力振るったんだって!』

 

『げー、マジぃ!?』

 

 

そんな声がどこからか聞こえてくる。

誰がそんな事を!? 我夢は振り向くが知らない人たちばかりだ。この中の人が言ったのだろうか…?

 

 

「まさに、あれだな」

 

「わ……亘、聞いてた?」

 

「ああ」

 

 

多分これからもっと酷くなる。

亘は苦い顔をしてそう言った。それに同意する襟居、彼が言うのなら間違いないだろう。

じゃあ何だ、これからもっとアキラは苦しむと?

 

 

「そ、そんな……」

 

「自分と全く関係ない人間なら、どうなろうがいいって考えだからな。俺達は」

 

「何もおかしい事はないで。ただ『いじめ』って単語が存在するだけや」

 

 

京介は何も言わず、窓の下を見た。

多くの人間がこの学校にはいる。当然だ、そしてその人間達にアキラの噂と言う悪意は広がっていくのだろう。

日々、芸能人のスキャンダルやらで盛り上がるテレビ。その芸能人がアキラに代わっただけ、小さな話題だが面白いと思う人間が居る。そう言う事だろう。

 

だがアキラは決して芸能人だとかそう言う道の人間ではない。言ってみれば普通の女の子だ、その覚悟ができてない。

テレビに出ている人間達は皆等しくこう言う事を言われるだろう、そういう事に対して覚悟しなければならない。

だがアキラはそうじゃない、ついこの間まで普通に生きてきただけなのだ。そんな彼女がこの先受ける扱いはとても普通とはいえないだろう。

 

 

「………ッ」

 

 

我夢は、どこかやりきれない思いを抱いて教室に入る。

しかしきっと噂はいつか人に飽きられて消滅する淡い存在。

人の噂は――なんてことわざがあるくらいなんだから、きっとアキラの事も落ち着く日がくるんだ。

 

 

「………」

 

 

どうして、こんなに怖いのだろう。

別に自分とは関係ないのに、自分がいじめられる訳でもないのに、どうしてこんなに気分が悪いんだろう。

我夢はその答えを見つけることができないまま、これからの時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 





Jスターズ面白いけど、葉がいないのはマジで残念だな。
ジャンプと言えばドラゴンボールの神と神か、あの映画テレビで見たけど面白かった。
あのサイヤ人になってテンション若干テンション変わる感じがすき。
フリーザとかも好きだったな、悪役って感じがいいよね。

ただ唐突なトランクスとマイのフラグにはビビッたぜ。
まさかロリカップルとショタおねを同時に攻めてくるとは……w
正直いいよね、萌えたわ。

はい、まあいいや。
じゃあ次はなるべく近いうちに。ちょっとしばらくネット使えなくなるかもなんで、その時は遅れるけどご了承ください。

ではでは

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