仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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ちょっといつもとは違う感じの番外編です。

次回は日曜更新予定


第10話 番外編 相思相愛

 

ユウスケが八歳になる頃、僕達は親の都合でこの町に引っ越す事になった。

住み慣れた街を離れる事は僕にとっては嫌な事で、必死に抵抗したのを覚えている。

だけど、どうする事もできなくて結局は親についていく形に。今では懐かしいが当時は本気で親を恨んだものだ。

せっかく作った友達と離れ離れになるんだから、携帯なんて持ってなかったし離れれば正直もう終わりだろうからね。

 

「……はぁ」

 

「どうしたんだよ兄貴ぃ、元気ねーぞ」

 

 

そりゃそうだよ、嫌に決まってるじゃないか引越しなんて。

いやユウスケはまだいいさ、小学校ならすぐに馴染めるだろうよ。

でも僕はもう中学二年なんだ、自分でも気難しい時期ってのは分かる。

友達できるかな? とか、いじめられないかな? そんな事で頭がいっぱいで、僕は新居を見ても全然明るい気持ちになれなかった。

 

気が重い、憂鬱だ。

まあ今にして思えばやっぱろ思春期独特の悩みとかもあった訳で、とにかく不安しかなかった。

ユウスケはそんな事もないのか、新居を駆け回り怒られている。ちょっと反省してまた駆け回る。その連続。

 

 

(うらやましいな、ユウスケが……)

 

 

ああもう本当に憂鬱だ。そう思いながら僕は部屋へ向かった。

新しい部屋も窓から見える景色も何かどうでもいい。そうやってぼんやりと過ごしていると、しばらくして両隣の家に挨拶に行って来いと言われた。

本当はそんな事したく無かったけど、どうせ反抗しても無駄なんだろう。大人しくユウスケを連れて外に出て行く。

どうしよう、隣人がとんでもないヤバイ奴だったら。騒音問題、隣人トラブル、不安は僕の思考をどんどんネガティブに変えていく。

 

 

とまあビビりにビビッた訳だけど、ふたを開けてみればそんな事は当然無く。

右隣の家には老夫婦が住んでいた。なんでも孫が6人もいるらしい、しばらく無駄話をして適当な所で切り上げる。

変な人じゃなくて良かったよ、トラブルは避けたいしね。

 

 

「兄貴おれ退屈ぅ」

 

「そう言うなよ、もうすぐ終わるから」

 

 

左隣の家のインターホンを鳴らす。どうにも自分はメンタルが弱いらしい、誰が出てくるかドキドキしながら待つ。

でも怖い人だったら嫌だなとか、誰だってある筈だ。そんな事を考えていると扉が開く。大丈夫、ティッシュ渡してさっさと消えよう。

そしてもう関わらなければいい。うん、どうせそんな深い付き合いになんて――

 

 

「はぁーい!」

 

「あ……」

 

 

扉からユウスケくらいの女の子が出てきて、こちらに走ってくる。

 

 

「どちらさまですかぁ?」

 

「ああ、あの……えっと、隣に引っ越してきたんですけど。お父さんかお母さんはいるかな?」

 

「ううん。今はお仕事、お姉ちゃんならいるよ。呼んでくるね!」

 

「あ! ちょっと!」

 

 

女の子は僕が何も言っていないのに姉を呼びに行ってしまった。

 

 

「はは……なかなか元気な子だね」

 

「ふぁあああ」

 

 

ユウスケは興味が無いと言わんばかりにあくびで返す。

 

 

「呼んできたよー!」

 

 

少しして女の子が戻ってくる。

別にこっちはただ挨拶とティッシュ渡せればそれでいいんだけど……

 

 

「あの…」

 

「ッ!」

 

 

家の中から僕と同い年くらいの女の子が出てきた。

妹と同じポニーテールの女の子。これはこれで参ったな。

思春期と言う事もあってか、中学の時からどうも女の子とうまく話せなくなってしまった。

目が合わせられないというか、なんというか――

 

 

(な、情けない……)

 

 

突発的に目を反らしてしまう。

だが小さい女の子は胸を張って、僕達の前に立った。

 

 

「私、空野薫っていうの! よろしくね!」

 

「あ……う、うん。よ、よろしく」

 

 

手を掴んでぶんぶんと握手する。

なんだか恥ずかしくなって目を反らすと、今度は姉の方と視線がぶつかってしまった。

気まずくなる。まあ僕も僕ですぐに視線を外せばよかったんだが、焦りすぎていてしばらく僕達は目をあわせたまま立ちつくしていた。

 

 

「あ……」

 

「あっ、あの! わたし、空野葵です!」

 

「あ! えとっ、小野寺翼です!」

 

 

なんとか挨拶としては成立してくれただろうか?

それでもまだ気まずさは抜けない。とにかくこの空気をなんとかしなければ――!

 

 

「あっ、あの……コレ!」

 

 

なんだか緊張してしまって声が震える。

情けなさに死にたくなるが、なんとかティッシュを彼女に渡す事には成功した。

彼女もまたぷるぷると震える手でそれを受け取りお礼を言った。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

何も……しゃべる事がない。

気まずさで、そろそろおかしくなりそうだったから帰ろうとユウスケを見るが――

 

 

「げっ!」

 

「あっ!!」

 

 

ユウスケ、お前――

 

 

「おー。白だ……」

 

 

あれだけ、ク○ヨンし○ちゃんの真似はするなと――

 

 

「きっ、きききき……!!」

 

 

ユウスケは薫ちゃんのスカートをめくりじっくりと観察していた。

終わった、何かいろんなモノが終わった。

いや……

 

 

 

 

 

いや、やっぱ無理だわ、終わったわ。

 

 

 

「きゃあああああああああ!」

 

「ドゲブッ!」

 

 

薫ちゃんは回し蹴りでユウスケを吹き飛ばすと、赤面しながら走り去っていく。

最悪だ! いやもう最低だ! いきなり隣人との関係が終わる!? こんなんで残りの人生過ごせってか? 勘弁してくれよ!!

 

 

「ゆ、ユウスケ! 謝ってこい今すぐに!」

 

「えぇ? お、おう!」

 

 

薫ちゃんを追いかけてユウスケも走っていく。うまく許してくれればいいが。

残されるのは僕たち二人、本当に最悪の空気だ! 何て言い訳すればいいんだよコレ!

 

 

「あ、あの本当にごめんなさい! 家の弟が最低な事を――ッ!」

 

「え!? あ! あははは、まあ小学生なんだからしょうがないよね」

 

 

そう言って葵さんは笑う。

 

 

(……かわいい)

 

 

こんな時に何を考えてるんだ僕は、どうせ彼氏とかいるんだろう。

でもなるべくなら彼女に嫌われたくはない、変な事してしまう前に僕も消えようか。

せめて、いい格好をしたいと言う中学生の気持ちをどうか分かっていただきたい。

 

 

「じゃあ僕はこれで。本当にごめんなさい」

 

「あ、ううん。その……! また、いつでも来て下さい! お茶、ご馳走しましゅから!」

 

 

赤面していく彼女、僕は彼女が噛んだ事に気づかないふりをしてユウスケの後を追う。

大丈夫だろうか? なんか、心配になってきた――! 是非とも彼女とはより良い隣人関係を築きたいんだ。

もしもまたユウスケが変な事をしていたらと思うと胃が痛い。

 

 

「………」

 

 

思っていたより余程早く二人を見つける事ができた。のだが――

公園、二人は夕日をバックにガッチリと握手を交わしていた。ちょっと、あ、いや、かなりボロボロになっているユウスケが気になるが、二人は笑顔で友情の誓いを交わしている。

どう言う状況なんだよ……。まあでも険悪な雰囲気じゃないだけよっぽどマシか。どうやら鉄拳と言う名の制裁がユウスケを許してくれた様だ。

 

 

「薫ちゃんゴメンね。ユウスケが変な事して」

 

「ううん、大丈夫! 私達もう友達だから! ね? ユウスケ!」

 

「………………………………―――――ぅん」

 

「そ、そうなんだ。それは良かった」

 

「うん! あ、もちろん翼さんも友達よ! ね? ユウスケ!」

 

「………………………………―――――ぁぁ」

 

 

何があったかは聞かない方がいいだろう。

もはや明確になった薫ちゃんとユウスケの上下関係を感じつつ、僕らは家路へと向かうのだった。

 

 

「兄貴ぃ」

 

「ん? どうしたんだいユウスケ」

 

「女の子って……こわいな」

 

「………」

 

 

そうだね、としか言い様が無かった。すまんユウスケ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間はどんなに頑張っても時間を止める事はできない。

よく漫画で見かけるのは指を鳴らして時間を止めるヤツ、僕は何度それを試しただろうか?

とにかくその時が来るのを僕は拒んでいた。しかしどんなに嫌がっていても結局なんだかんだとその日はやってくる訳で――

 

 

「小野寺翼です。その、よろしくお願いします」

 

 

ついに転校初日がやってくる。

自己紹介は不安と緊張でどうしてもうつむいてしまう。

クラスメイトの視線がドギツイ。空気が重い気がするよ、やはりこう言うのは慣れないな。

 

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫。皆、よろしく頼むぞ! ははっ!」

 

「「「「「はーい!」」」」」」

 

 

「え?」

 

 

初老の教師の一言で教室の空気が一気に明るくなる。

不思議に思いながらも席に着くと、隣の男の子が話し掛けてきた。

 

 

「よぉ転校生。俺、火川(ひかわ)(りょう)。よろしくな」

 

「うん、よろしく」

 

「お前運がいいよ。この学校で一番人気、倉本先生のクラスになれたんだからよ」

 

 

そう言って火川くんは笑う。

よかった、いい人そうで。でも気になるのはこのクラスの事だ。なにやら当たりらしいが……?

 

 

「倉本先生ってなんか不思議な雰囲気があってさ、クラスの空気も明るくなるんだよ」

 

「へぇ、そうなんだ……」

 

 

なんて最初は聞き流したものの、まさに火川くんの言うとおりだった。それからの学校生活は順調そのものと言っても良かった。

転校してから一週間ばかり経ったがクラスにも大分馴染める事ができたし、僕が想像してたよりずっとうまくいっている。

勉学うんぬんより人間関係が学校では気になる分、不安は大分取り除かれていたよ。

 

 

「なっ、言ったろ。あの倉本先生のクラスはマジでスゲーんだ」

 

 

食堂でラーメンに大量のコショウを振りかけながら火川くんはそう言う。

かけすぎじゃないか? 翼はギョッとするが彼曰くそれがうまいらしい。

 

 

「うん、すごいね」

 

 

そう、凄いんだ。

普通にそう思う。僕もあんな教師になりたいななんて思うほどに。

中学生特有の影響されやすさと言われればそれまでだけど、あの時から大体夢の形は固まってたんだろう。

人前が苦手な自分が目指すにはハードルが高いと思ったけど、それでもその過ぎた尊敬は夢として形作るには充分だったから。

 

 

「ああ、そう言えば翼。部活は決めたか?」

 

「忘れてたな、どうしようか」

 

「俺サッカーやってんだけどさ。

 ウチの学校体力に自信なかったら運動部は止めといた方がいいぜ。どれも顧問の奴ら全員がそりゃもう鬼で鬼で!」

 

「そ、そうなのか……」

 

「そうそう、あいつら頭おかしいって」

 

 

別に運動が苦手ってわけじゃないけど、鬼ってのは怖いかな。

そう言われては気が引けてしまうと言うものだろ。

 

 

「文化部はどんなのが?」

 

「あー、まあそうだな。人気なのはやっぱ美術とか吹奏楽とかか」

 

 

うーん、別に嫌いじゃないけど――って感じだ。

 

 

「でも反面、家庭部はやべぇな」

 

「家庭部?」

 

「ありゃあ部員が一人だけなんだ、三年のな。このままじゃあと一ヶ月くらいで廃部だ」

 

「へー、どんな事やる部活なんだい?」

 

 

サッカーや吹奏楽はすぐに何をするのか分かるけど、家庭部ってのは中々想像がつかない。

まあ何をやるかわからないから人がこないのかもしれないけど。

 

 

「何かいろいろやってるみたいだけどな。

 野菜作ったり、服つくったり。どうだ? お前が入れば廃部にはならないぜ、やってみる?」

 

「えぇ!? う、うーん……!」

 

 

正直あんまり興味ないなぁ。

そりゃちょっとは野菜作りとかもしてみたいけど部活にしてまでは――

それに部員が先輩だけなんて気まずいだろうし。もしも険悪な雰囲気になったらどうすればいいんだ。

 

 

「まあ、うん。そうだな。今日じっくり考えてみるよ」

 

「そうだな、そうした方がいいぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

その日の帰り。家の前までくると、隣の庭に葵さんの姿が見えた。

そう言えば葵さんはどのクラスなんだろうか? 一緒じゃないのは少しだけ残念だったかな。

 

 

「………」

 

 

何やら葵さんは深刻な表情で花に水をやっていた。悩み事でもあるんだろうか?

 

 

「……ッ」

 

 

声をかけてどうにかなる訳でもない、まだそんなに親しくないんだ。

僕は大人しく家へと戻った。

 

 

 

 

 

次の日、僕は家庭科室の前に突っ立ていた。

どうも昨日火川君に言われた事が引っかかる。

 

 

『お前が入れば廃部にはならないぜ』

 

「あんな事言われちゃなぁ……」

 

 

正直、あんまり興味は無いから少し見学して帰ろうかな。

でも入るのもなんだかな。いやいや、だったらその先輩が廃部になるのが嫌そうだったら入ってみるのもいいかもしれない。

転部がありえない状況じゃ向こうだって自分に期待してくれている筈、そんな感じで迷っていると向こうからドアが開いた。

 

 

「あっ!」

 

「わぁっ!」

 

「「……え?」」

 

 

そこから出てきたのは――

 

 

「あ、あの! 葵……さんっ?」

 

「あ……あぁ! つ、翼くん!」

 

 

僕らは互いに見つめあったまま固まってしまう。

 

 

「あ……えと! どうしてここに?」

 

 

しばらくして葵さんが口を開いた。僕も慌てて理由を説明する。

そこでふと思考が止まった。何故、彼女はここに――

 

 

「え! そうなの! 嬉しい!」

 

「え……?」

 

「わたしなの、ここの部長!」

 

 

ええええええええええええええええええ!?

じゃあ葵さんは先輩……って事は年上だったのか!

 

 

「あ! すっ、すいませんでした! 僕、先輩だとは知らずに!」

 

「あ、いやいや! いいよっ、大丈夫」

 

 

葵さんの表情が明るく輝く。

ちょっと、待て。何かやばくないか? これはまさか…

 

 

「入部希望って事でいいんだよね!?」

 

 

ほらキタ! やばい! 適当に見学して帰るつもりだったのに!

こんな嬉しそうな顔してる彼女になんて言えばいいんだ!?

 

 

「助かるよ! もうわたし一人じゃ限界だったの。でも翼くんが入ってくれるなら――」

 

「あ、あの――!」

 

「うん?」

 

 

断るなら今しかない! 今ならまだ間に合――

 

 

「……どうしたの?」

 

「入部、します」

 

 

断れる訳ねぇよ。

 

 

「ッ! うん! 本当にありがとう!翼くん!」

 

「い、いえっ! ははは……! はは、はぁ……」

 

 

まあ、いいか。葵さんが喜んでくれるなら。

それにもしかしたらコレはとても素敵な事なんじゃないだろうか?

その日から僕と葵さん、二人だけの家庭部が始まったが顧問の先生が他の部と掛け持ちしている為に始めと終わりにしか顔をださない過疎っぷり。

若干これからの事に不安を抱きつつも、もう入ってしまったんだからしょうがない。

 

 

「いっ!」

 

「あ! 大丈夫?」

 

 

余計な事なんて考えるモンじゃない。針で指を刺してしまった。

別にたいした事ないけど、葵さんは心配そうにオロオロとしている。

向こうも向こうで今まで他人がいなかっただけに色々と気を使ってしまうのだろう。

 

 

「別に大丈夫ですよ。続けましょう先輩」

 

「う、うん」

 

 

今日はティッシュの箱に被せるカバーを作っていた。

まあつまらなくは無いからいいかな。むしろこう言う事は嫌いじゃない、人と競わなくていい。

 

 

「イデッ!」

 

 

だけど、どうにもこうにも不器用なのか? さっきから何回も指に針を刺してしまう。

自覚していた無かっただけなのか、それとも彼女の前だから緊張しているのかは知らないが。

 

 

「翼くん血が出てる!」

 

「これくらい何ともないですよ。それよりゴメンなさい、僕センス無いみたいですね。あはは……」

 

「ううん、誰だって始めからはうまくできないよ。大丈夫だから」

 

 

そう言って葵さんは可愛いキャラクターが印刷されている絆創膏を取り出す。

そして遠慮する僕を無視してそれを指に巻いてくれた。

 

 

「す、すいません……」

 

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、こんな絆創膏しかなくて」

 

 

そう言って笑う彼女。

絆創膏まで貰ったんだからこれ以上失態は晒せな――

 

 

「いででッッ!!」

 

「わわ! 大丈夫? 翼君!」

 

 

思った途端か、現実ってやっぱり厳しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ! 兄貴ー! なんだよそれ!」

 

「ああ……作ったんだよ」

 

「へぇー」

 

 

あれから二日かけて僕はその歪な作品を完成させた。

正直、葵さんが作ったものより百倍酷い出来だったが彼女は誉めてくれたので良しとしよう。

お世辞でも嬉しかった、けっこう面白かったし。

 

 

「そう言えば、薫ちゃんとは仲良くなってるか?」

 

「おお! 今度遊びに行くんだー!」

 

「へぇ、失礼のない様にな」

 

「おお!」

 

 

正直羨ましいと言う気持ちが無い事は無い。まあでもそう言うのは子供の特権だ。

成長すればするほど余計な事を考える様になってくる。

中学生のみそらで何を言っているのかとも思うが、事実その片鱗が見えているのだから仕方ない。

それにしても葵さんの家か、本当にユウスケが羨ましいよ。

 

 

「先輩はどうしてこの部活に?」

 

「あーうん。そうだなぁ」

 

 

翌日の部活。

家庭部に用意された小さな畑、そこに実ったトマトを収穫しながら彼女は腕を組む。

 

 

「やっぱりこう言うのが好き……だからかな」

 

「へぇ、そうなんですか」

 

「翼くんは? こう言うの好き?」

 

「ええ、好きですよ」

 

「ふふっ、よかった」

 

 

ちらりと彼女を見る。トマトを見る彼女の顔はとても優しかった

まるで本当の子供をあやしているかの様だ。たまに野菜に話しかけたりもしている。

人によってはおかしな変人だと思う人がいるかもしれないが、こうして近い位置にいると見方も大きく変わると言う物だ。

 

 

「先輩は……優しいんですね」

 

「えっ?」

 

 

やばい、何を言ってるんだ!

冷静に考えてみると非常に気持ち悪い立場に僕は立っている。

なんとかして弁解をとも思うが、焦る気持ちが余計に焦りを加速させる訳で――

 

 

「あ! いえ…その…ッ!」

 

「あっ、あははは! やだなぁお世辞がうまいんだから!」

 

 

恥ずかしくなって赤くなる僕たち。しばらく沈黙が続く。

ヤバイなコレは、全身から嫌な汗が噴き出てくるぞ。せっかく仲良くなれたかもしれないのに一気に距離が開いてしまうかもしれない。そう思うと余計恥ずかしくなってくる。

 

 

「あの……」

 

「あ、はい!」

 

 

しばらく黙々と野菜を採っていたが、葵さんが口を開く

少し彼女の表情が暗くなったので、僕は思わず息を呑んだ。

 

 

「翼くん、本当は……その、他に入りたい部活とか、あったんじゃない?」

 

「え?」

 

「ほら、この部活って……正直あんまり男の子に人気ないし……

 翼くん無理してるんじゃないかって。もし他に入りたい部活とかあったら――」

 

「楽しいですよ」

 

「え?」

 

「すごく……楽しいです。だから、やめませんから」

 

「え…あ…う、うん! あ、ありがとう…」

 

 

彼女は嬉しそうにまた野菜を採る。楽しい? そうだな、ああ楽しかった。

それは彼女がココにいるからとかじゃなくて、ただ純粋にそう思えたんだ。

 

 

「でも嬉しかったよ、本当に」

 

「え?」

 

 

帰り道は一緒だから、いつも二人で夕焼け空の下を歩く。

 

 

「やっぱり、わたし廃部は嫌だったからさ」

 

「まあ、地味な感じは仕方ないですしね」

 

「あー! さっきは好きだって言ったくせに酷いぞー!」

 

 

そう言って帰り道は笑いあうのが普通になってきた。

そして僕はその普通が何よりも好きだったんだ。

 

 

「でも本当に凄いよね、まさかお隣さんなんて」

 

「あはは、確かに」

 

 

家の前で僕たちは別れあう。

その距離は何よりも近いのだが、同時に感じる物もあった。

 

 

「また明日ね、ばいばい」

 

「はい、また……あした」

 

 

この距離は、ここから縮まる事があるのだろうか?

僕に、その勇気を持てるとは思えないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あにきーっ!」

 

「わ!」

 

 

しばらく経っての休日、いきなりユウスケが僕の部屋に飛び込んできた。

おかしい、コイツは確か薫ちゃんの家に遊びに行くとか言ってたのになんで――?

 

 

「お前っ、遊びに行くんじゃ……?」

 

「やっぱ兄貴もいこう! さあ! 早く!」

 

「は!? お、おいっ! って、ちょ!」

 

 

ユウスケは僕の手を掴んで強引に家を出る。そしてそのまま彼女の家に向かった。

ちょっと待ってくれよ! 心の準備が――!

 

 

「「あ……!」」

 

 

そのままズルズルと引きずられ、遂に彼女の家に上がりこんでしまう。

当然彼女もいる訳で。私服の彼女を見るのは久しぶりで、なんだか新鮮だった。

 

 

「あのっ! その、お! お邪魔しましゅ!」

 

「え! あ! どっ、どういたしまちゅて!!」

 

「「………」」

 

 

互いに真っ赤になってうつむく。

なんて恥ずかしいんだ、動揺しているのが丸分かりじゃないか。

 

 

「ほら! どうしたのお姉ちゃん! 翼さんが来たのよ!」

 

 

薫ちゃんがジュースを持って出てくる、葵さんはうつむいたままで何も答えない。

そんな彼女に痺れを切らしたのか、薫ちゃんは少しイライラした様に彼女に詰め寄っていく。

 

 

「お姉ちゃんってばユウスケが来たときにキョロキョロしてて、どうしたのかと思ったら翼さん探してたんじゃない!」

 

 

何ッ?

今何ていった!?

 

 

「だから連れてきた! へへっ!」

 

「ああ! いや…その! それは!」

 

「んもう! そんな事だから今まで一度も男の人と付き合った事ないんでしょ!」

 

「ひゃぁぁぁあッッッ!?」

 

 

さらに赤くなる葵さん。

ユウスケ達はもう僕らを放っておいてゲームで遊んでる……

 

 

「あ、あの…先輩?」

 

「……はい」

 

 

「み、皆で……人生ゲームでもしましょうか?」

 

「……はい」

 

 

その後もしばらく彼女は真っ赤なままだった

先輩、彼氏いないのか――

 

 

 

 

 

 

 

 

来て良かった!!

 

 

「兄貴、何にやけてんだ?」

 

「っっ!」

 

 

いや、気をつけないとな……ハハハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近さ、兄貴家の庭で野菜つくってるんだよ」

 

「お姉ちゃんも最近翼さんの話ばっかり!」

 

 

二人がうんざりする中も、僕と葵先輩はずっと菜園だの裁縫だのと盛り上がっていた。

あの日から頻繁とまではいかないが僕も先輩に会いに家に行くようになっていて、部活も本当に楽しかった。

もちろんそれは葵先輩がいるからというのもあったが。

 

二人だけだったけど、僕達はいろんな事をした。

日によっては何もせず、ただ喋るだけの日もあったがそれはそれでとても楽しかった。

月日が経つに連れて、僕らの交流も深くなった。ユウスケと薫ちゃんに付き合っていろんな所にも行ったっけ。

プールとか映画とか――

 

 

「で、クリスマスにも誘われた……と」

 

「ああ、まあね。でもやっぱりそれは……ねぇ?」

 

 

付き合っても無いのにクリスマスを一緒にって言うのは流石に何と言うか抵抗がある。

調子に乗りすぎと言うか何というか。そんな事を鍋越しにいる火川君に打ち明けると、彼は呆れた様に箸を伸ばす。

 

 

「でも弟は行ってるんだろ?」

 

「うん、家は両親が仕事だからね」

 

「………」

 

 

ぼちゃん、火川君は豆腐を強く持ちすぎたのか小皿に移す前にバラけてしまう。

それに呆れているのか、彼は目を細めて僕を見ていた。

 

 

「な、なに?」

 

「お前、クリスマスに男と過ごすのと、女と過ごすのどっちがいい?」

 

「は?」

 

「俺は女の子がいい! 鍋は今日じゃなくてもできるからな!」

 

 

そう言って彼は壁にかけてあった僕のコートを投げ渡してくる。

なんだ!? 目を丸くする僕を、彼は相変わらず呆れた目で見ていた。

 

 

「行って来い、そっちの誘いの方にさ」

 

「え!? でも鍋をしようっていったのは君の方じゃ――」

 

「あれは他に予定が無いと思ったからだよ。男二人で過ごすより余程いいぜ? な!」

 

「いや、でも――!」

 

「雰囲気味わえるなら味わっとけって! 誘ってもらったんなら嫌われてる訳じゃないんだから!」

 

「ちょ、ちょ――ッッ!!」

 

 

そう言って僕は乱暴に家から追い出される事に。

ただ今になって思えば彼のアシストは本当に助かったのだと思う。

僕は結局少し遅れて葵さんの家に行けたのだから。すると彼女はびっくりした様に目を丸くしていた。

 

 

「あれ……! 翼君今日デートなんじゃ……?」

 

「え? ど、どうして?」

 

「だって、鍋するって……」

 

「あ、ああ! あれは友達ですよ、男の」

 

 

それを聞くと葵さんは少し嬉しそうな表情を浮かべてくれた。

そう信じたい、あの時は切にそう思ったものだ。

 

 

「そ、そうなんだ! もう翼くん。こんなクリスマスの日に彼女といないなんて駄目だよっ!」

 

「あ、葵先輩だって!」

 

「ふふっ、そうだね! さ、入って入って!!」

 

「あはは……。お、おじゃまします」

 

 

寒くてどうしようもない日だって、二人で寄り添えば不思議と暖かかった。

僕は彼女との距離が確実に近づくのを感じて嬉しかった。

ただどうしてもその先に踏み込む勇気が無かったんだ。

 

そして、そんな関係が続いていた頃。

時間は確実に進んでいく訳で。その日の食堂、僕はラーメンで火川くんはうどん。

 

 

「だるいな――……」

 

「どうしたの? 最近いつもそんな感じじゃないか」

 

 

火川君は一味唐辛子を大量にうどんに投入する。

この狂った量はわざとなのだろうか? いつも思ってしまうが、彼は何食わぬ顔でふりかけ続ける。

 

 

「いやほら、もうすぐ三年いなくなるじゃん?

 まあ一貫性だから別にお別れって訳じゃねぇけど、ウチの学校って高等部と中等部で部活完全に別れてるだろ」

 

 

そう言って氷川君はうどんをすする、入れすぎたのか直ぐにむせてしまう訳だが

原因は分かっている。というか分かりきっていた筈だろうに。

 

 

「くくっ! 入れすぎなんだよ」

 

「だな……。まあそれでなんかお別れパーティでもやろうかって話になってるんだよ」

 

 

んなもん個人でやれっつう話だよな!?

そう言ってまたうどんをすする。そしてむせる。それが少しクセになっているらしい。

 

 

「まあ、お世話になったんだからいいんじゃないのかな」

 

「ま、そうだが面倒っていうか何ていうか。あぁ、そう言えば翼も先輩いるんだろ?」

 

 

そう言えばもうそんな時期じゃないか。

いつまでも続くわけは無いと思っていたが、なんとももどかしい。

 

 

「隣に住んでるさ。あー、なんつったっけ? 文化祭の時お前と一緒に会ったんだけど……」

 

「ああ、葵先輩?」

 

「あ! そうそう葵先輩ね。その人ももう高校なんだから、お前お別れ会でもしてやれば?」

 

 

うーん、お別れ会かぁ……。

 

 

「でも、どんな事をするんだい?」

 

「げほっ、げほっ! ああっ、普通になんか食ったりよ。あと女子とかは告白するヤツもいるらしぜ? げほっ!!」

 

「へー……」

 

 

告白か。もし、僕が先輩に告白したらどうなるのかな。

いや、駄目だ。もし拒絶されたらと思うと――

 

 

「翼」

 

「え?」

 

 

火川君は急に真面目な顔になる。

 

 

「ずっとそのままの関係なんてありえねぇんだぜ?」

 

「えっ?」

 

 

まるで心を見透かされたのかと思う程、火川くんの言葉は僕の心情に響いた。

それもそうか、彼にはハッキリと話した事は無かったが今までの行動やらで分かっている筈だ。

そして僕もそれを隠す必要なんて無い。

 

 

「怖いんだ、やっぱり」

 

「クリスマス誘われただろ? バレンタインも一人だけ手作りのもらったんだろ?」

 

 

確かに、あの時は死ぬほど喜んだものだ。

それを聞くと彼はだったらと急かす。断られる理由なんてどこにも無い筈、チャンスしかない筈だと。

 

 

「正直言えば、僕だって自信が無いわけじゃない」

 

 

彼女に男友達が他にいるっていう話は聞いた事が無い。

でもだからこそ、距離が近い今だからこそ断られたら立ち直れない自信もある。

本当に情けない話だが、きっと僕は彼女から思いを伝えてくれる事を望んでいたのかもしれない。

 

 

「近いからこそ、断られたりしたら後々気まずいじゃないか……」

 

「いいんじゃないか? 別に」

 

「え?」

 

「もっと気楽に考えろよ。確かに断られたら気まずいが、それはそれで対処法なんていくらでもある」

 

 

同じクラスだったりすれば気まずいかもしれないが、先輩と後輩である以上クラスが一緒になる事は無いし、まして部活だって高等部になれば継続の有無を変更できる。

 

 

「成長すればもっと気まずくなるシチュエーションが出てくる筈だ。今が一番いいんだよ」

 

「そんな軽い気持ちじゃ失礼だよ!」

 

「はぁ、どっちだよ……」

 

「そ、それは――」

 

 

そうだな、情けないよな、このままじゃいろいろと。

 

 

「……やる」

 

「は?」

 

 

火川くんはうどんを僕のほうへ差し出した。

 

 

「……グッドラック」

 

「えっ!?」

 

 

そう言って笑うと火川くんは帰っていく。

どういう事なのか? でも、出されたうどんには勇気が入っている気がして――

 

 

「………」

 

 

僕はそれを一気にすすった。

 

 

「げほっ! ゲホッ!」

 

 

本当、入れすぎだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え! 何コレ!」

 

「いやほら、先輩もうすぐ高等部だから……」

 

「ああ、お別れ会?」

 

「う、うん」

 

「いいの!? 嬉しい!」

 

 

葵さんはテーブルに並べてあるお菓子を手にとって口に入れる。

 

 

「このクッキーおいしい! 凄いね、どこで買ったの?」

 

「それ、僕が作ったんだ」

 

「え!」

 

「うまくできたみたいだね、良かった」

 

 

すごい、すごい、葵さんはそう笑って拍手をしてくれた。

照れくさいけど、彼女のこういう笑顔が見たかったから作ったんだ。

 

 

「もしかして……わたしの為だったりするの……かな? なんて、あはは!」

 

「も……もちろん」

 

「そ、そうなんだ。嬉しいなぁ、あはは……!」

 

 

少し恥ずかしくなって僕達は目をそらす。

 

 

「「あのっ!」」

 

「あ……! ど、どうぞ!」

 

「え!? あ! う、うん! つ、翼くん! もし良かったらさ、わたしと一緒にバイトしない?」

 

 

高等部には家庭部は無いため、どうやら彼女はバイトの方をするつもりだった。

 

 

「バイトですか?」

 

「うん、あと一年後にさ。

 知り合いのお花屋さんがやってみないかって? 翼くんも好きでしょ? お花とか!」

 

「は、はい!」

 

 

その返事を聞くと、葵さんは嬉しそうに微笑む。

 

 

「葵先輩――ッ!」

 

「うん? どうしたの?」

 

「その……」

 

 

呼吸を整える。やばい、くじけそうだ!

 

 

「……ッッ! 話があるんです!」

 

「う、うん!」

 

「僕……! 先輩に嘘つきました」

 

 

もういい! 当たって砕けろだ!! い、いや……砕けるな! 砕けないで!

 

 

「え!?」

 

「僕っ! は、花が好きなんじゃありませんッ!」

 

「……ぁ。う、うん、そうだよね! ごめんね無理に誘って――」

 

「違います! そう言う意味じゃない!」

 

「え?」

 

「僕は……ッ! 花が好きなんじゃなくて! 先輩が好きなんです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「……ッ! い、いやまぁ、お花も好きっちゃ……好きですけど」

 

 

今の一言は完全に余計だったかもしれないが、許してほしい。

 

 

「えっ!?」

 

 

真っ赤に赤面する先輩。僕は気にする事無く続ける。

 

 

「家庭部はとても楽しかったです。

 でも一番楽しかったのは先輩といた時間なんだ! 葵先輩! どうか僕と付き合ってください!」

 

 

もう、なるようになれっ! 僕は彼女に向けて手を差し伸べた。

 

 

「――――た」

 

「は、はい?」

 

「わ、わたしも……翼くんといた時間が何よりも好きだった――」

 

 

彼女は両手で僕の手を包み込んだ。

それはつまり――

 

 

「わ、わたしで……よければ」

 

「!」

 

 

僕達は笑顔で見つめあう。

なんか急に恥ずかしくなってきた!

 

 

「あ…! そのっ! ありがとうごじゃいましゅ!」

 

「どどどどういたちまちゅて!!」

 

 

やっぱりこうなるか……!

僕たちはおかしくなって笑いだす。

 

 

「あはは……葵先輩」

 

「ふふっ、翼くん」

 

 

僕たちは一瞬だけ抱きしめ合うと、もう一度笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、月日は流れて――

 

 

「おい! 今攻撃当たってなかったろ!」

 

「はいはいワロスワロス、こんなの絶対おかしいよってか?

 訳が分からないや、君達はいつもそうだね――はっ!? おい! なんだよそれ!

 今攻撃当たってなかったろうが! 判定おかしいだろ! クソゲーか? 椿君ビックリだわ!」

 

「同じ事いってんじゃないわよ!ほら!ユウスケ、決めちゃって!」

 

「おお!」

 

 

ゲームで盛り上がっている司達を翼は二階から確認する。

 

 

「あはは、元気がいいね皆」

 

「どうなの翼くん?」

 

 

葵さんはコーヒーを僕に渡すと、隣に腰掛けた。

 

 

「うん、まあまあかな。順調にいけば来年か再来年には実習くらいはいけそうだよ」

 

「困ったことがあるならいつでもお姉さんに相談してね!」

 

 

そう言って葵さんは胸を張る、

 

 

「私と葵さんは一歳しか違わないじゃないか」

 

「あー! また私って言った! しかも葵『さん』って!」

 

「常に使ってないと大事なときに素にもどっちゃうんだよ。それでこの前怒られちゃって」

 

 

敬語ってやつは中々難しいものである。

いろいろな場面で失敗してしまったものだ。

 

 

「……じゃあ、せめて二人のときは無しにしない?」

 

「はは、分かったよ。葵」

 

「ふふっ、よくできました」

 

 

そう言って葵さんは僕の膝に座る。

恥ずかしくなって退かそうとしても、彼女は離れない。

呆れる僕を気にする事もなく、彼女はそこら辺にあった雑誌をパラパラとめくっていた。

そこには新婚のカップルの話がたくさん掲載されている。葵さんはそれらを目を輝かせながらのぞいていた。

 

 

「あーあ。なんかさ、海の見える丘に住みたいね」

 

「えぇ?」

 

「うん。レンガで家を建ててさ」

 

 

夢見すぎだよ、そう言うと葵さんは残念そうに笑う。

 

 

「だけど……」

 

「え? あ!」

 

 

僕は葵さんを抱きしめる。強く、離さない為に――

 

 

「今は僕自身まだまだだけど…いつか…その…」

 

「………」

 

「ぼ、僕とっ、結婚……! して、くれませんか?」

 

「……いいよ」

 

「ほ、本当に!?」

 

「嘘ついてどうするの? うふふ!」

 

「はっ、はは!ははは!」

 

「もー…簡単にいったからって! ちゃんと幸せにしてよ!」

 

「う、うん! 絶対幸せにするよ!」

 

 

二人は、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う。

 

 

「ねぇ翼くん」

 

「ん?」

 

「指輪は?」

 

「え!?」

 

「ふふっ、ないのぉ?」

 

 

いたずらっぽく笑う彼女。だけど、コッチだって負けてはいられない。

 

 

「え!?」

 

 

僕はポケットからそれを取り出した。眩い輝きを放つソレを、葵に見せる

驚く彼女。ふふふ、まあ成功かな?

 

 

「え! ええ!? 本当に!?」

 

「あはは、安物だけどね。葵さんにプレゼント」

 

「………」

 

 

葵は指輪を受け取ると、迷うこと無く左手の薬指にはめた。

 

 

「葵さん…」

 

 

葵はニッコリと笑う。

そして何も言わずに目を閉じ、翼に顔を近づける。

翼は少し躊躇ったが、恥ずかしそうに笑うと触れるだけのキスを交わした。

――ずっと、この幸せが続くんだろう。そう、思っていた。

 

 

でも、世界は残酷だ

 

 

 

ずっと一緒に居ようって言ったじゃないか

いろんな所へ行こうって約束したじゃないか

互いに助け合って生きていこうって誓ったじゃないか

なのに、なんで……

 

 

 

 

 

「どうしてなんだよ……ッッ!」

 

目の前は彼女がいる。

こんなに近いのに、手が届くのに届かない。彼女が見えない…

なんで? どうして? 何で何だよッッ!!

 

彼女が何をしたんだ。

彼女が誰かを傷つけたか? 彼女が誰かを不幸にしたか? 何で、何で彼女なんだ?

ふざけるな。ふざけるな、ふざけんなッ!!

 

 

 

「お…ねぇちゃん…大学から…帰る途中…車っ……に」

 

泣きながらも薫ちゃんは僕に事情を説明してくれた。

だけど、ゴメンね…もう何も聞こえないんだ。君の声も、彼女の声も。

何もかも――

 

 

「――ッ! ………っっ!」

 

 

ユウスケは僕たちに声をかけようとするが何もできずにいた。

今にして思えばユウスケも泣きそうだったな。

 

 

「葵……!」

 

 

人の命は簡単に無くなってしまう。

事故、彼女は運転をミスした車に当たって死んだ。

どうだ? こんな簡単な理由で人が死ぬんだぞ! 僕はだれを憎めばいい!? どうすればいい!?

ああ、駄目だ。いっそ運転してたヤツがクズなら僕はそいつを憎んで生きていける。

 

でも…彼だって…わざとじゃない……!

正直運転手が憎いさ、だけど彼を殺したいとは思えない。完全に恨めない――

葵さん、答えてよ。僕はどうすればいいんだ?

 

もう、何をやってもどうでも良かった。

食事だって、なんの味もしない。夜だって、眠っているのか、いないのか。自分でも分からない。

いっそ、彼女の所にいこうか。そうすれば僕も楽に――

 

 

「翼さん…っ!」

 

 

そんな時だった、薫ちゃんが僕にそれをくれたのは。

 

 

「……これは?」

 

「お姉ちゃんの…こんなモノしか無くて…ごめんなさい」

 

 

僕は見たことがなかったが、彼女が最近買ったらしいメガネ。

 

 

「ねえ、翼さん……酷いお願い…してもいい?」

 

「え……?」

 

 

薫ちゃんは消え入りそうな声だった。目には涙が浮かんでいる

それをぼんやりと見ているだけしかできないなんて――

僕は、どうすれ――

 

 

「お願いだから…笑ってよぉ!」

 

「……っ!」

 

 

笑って……か。

 

 

「このままじゃ……翼さんもいなくなっちゃうんじゃないかって! そしたら…もうっ、私もユウスケも耐えられないよぉ!」

 

 

薫ちゃんは、ぼろぼろと泣き出してしまった。

 

 

「………」

 

 

命って何なんだよ――

 

 

「うぅぅうううっ!」

 

 

すすり泣く薫ちゃん。

ああ、そうか。このままじゃ彼女は……

 

 

「………」

 

 

受け取ったメガネをかけてみる。

僕の目には当然あわなくて、視界がぼやけた。そうだ、視界がおかしいだけなんだ。

 

 

「薫ちゃん」

 

「え?」

 

 

手を出す。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

笑って。

 

 

「あ…」

 

 

命は自分だけのモノじゃないのがややこしいね。

ユウスケも薫ちゃんも……両親達さえいなければ君の後を追えたのに。

彼らがいるから、そういう訳にもいかなくなった。

 

 

「翼さん……」

 

「ほらほら、泣いてちゃ綺麗な顔が台無しだよ?」

 

 

いつまでもしまらないと、君に嫌われてしまうからね。

それだけは避けないと。

 

 

「ちゃんと……」

 

 

皆辛いんだ。君は薫ちゃん達が悲しむのは見たくないだろ?

だったら、せめて彼らの支えにならなきゃね…

 

 

「笑わ…ないと……ね」

 

 

君のところにいくのは、その後でもいいかな。

 

 

「翼さぁん……!」

 

 

彼女の手をしっかりと握って、僕は笑った。

本当の笑顔って何なんだ? どうでもいい、彼女が笑ってくれるなら、僕は何度でも笑顔をつくろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葵――」

 

 

今、僕が仮面ライダーになったなんて言ったら君はどんな顔をするんだろうね。

 

 

「………」

 

 

いや、そんな事よりまだ未練がましい僕を軽蔑するかい?

 

 

「どっちなんだろうね」

 

 

もうすぐ誰かが起きてくる頃かな? 今日もいい日になるといいね。

さあ、扉が開いた。

 

 

「やあ、おはよう」

 

 

だから僕は、今日も笑顔で朝の挨拶を交わす。

 

 

 

 

 

 






「愛とは…実に不思議なモノだ」


そう思わないか? そう言って女は笑う


「ええ、そうですね。時に悲劇になり」

「時に喜劇に変わる」


その問いかけに答えたのはゼノンとフルーラだった。
相変わらずクスクスと笑う二人につられ、女も笑い出す。


「さて、悲劇で終わるか」


女は椅子にもたれかけ、ゆっくりと目を閉じる。


「それとも――」


ゼノンとフルーラはニヤリと笑って背を向ける。
どうやら次の世界が見えてきたようだ


「フフフ」


楽しみにしているぞ、そう言って女もまた怪しげな笑みを浮かべるのだった。






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