仮面ライダーEpisode DECADE   作:ホシボシ

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はい、二話更新の後半です。アギト編ですね。今回から原作意識が大分薄れてきます。
あとオリジナルフォームとかも多いって訳では無いですが登場します。


アギトの試練
第8話 疾風怒濤


 

 

 

結婚――ッ! してくれませんか?

 

「    」

 

 

ほ、本当に!?

 

「    」

 

 

はっ、はは! ははは!

 

「    」

 

 

う、うん!絶対幸せにするよ!

 

「    」

 

 

ああ! そうだね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぁ」

 

 

フラッシュバックする記憶と思い出の奔流。

それに耐え切れないと、彼はゆっくり目を開けた。暗闇の中で翼はゆっくりと身を起こす。

なんとも体が重い、同時に鈍い頭痛も。

 

 

(……夢か)

 

 

沈黙、そしてため息を一つ。できるなら思い出したくはなかった夢。

追いかけても、どれだけ追いかけても追いつけない、そんな虚しい夢だった。

心にはまだ虚無感が残っている。不快とは違うが、どうしようもない気分だ。

 

 

「くそ――ッ!」

 

 

心では割り切ったつもりでも、決別したつもりでも、些細な記憶一つで心が張り裂けそうになる。

自分はこんなにもメンタルが弱かったのだろうか? 自分自身に苛立ちを覚え、翼は再び目を閉じる。

焼きつく『彼女』の笑顔が彼には眩しすぎたのだ。そして何よりも悲しかった、だから逃げたくなる。

翼はせめてもの抵抗に心臓がある胸を握り締めた。痛みは少しだけ現実を遠ざけてくれたが、ふと目を開けてみてしまう。

月に映る自らの影を――

 

 

「……そうか、次は僕なのか」

 

 

この世界で、次に変身できる者。それが翼だった。

普通に考えれば自分は仮面ライダーアギトの力を与えられるのだろう。

なんとも不思議な事である。いったい何故自分がコレに選ばれた? 彼は少し呆れた様に息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼は急いで教室に向かう、いろいろ考えていたせいで寝坊してしまった。

こんなことじゃ皆に申し訳が立たない。教室に入ると早速真志と司が何やら話し合っていた。

どうやら彼がまた世界について調べてくれていたようだ。

真志が使っているパソコンのソフトはいったいなんなのだろう? 誰もが気になっているが、聞いても有耶無耶にされて追求を封じられる。

 

 

「ごめん。寝坊しちゃたよ、申し訳ない!」

 

「先生何いってるんだよ、オレ達が早く起きただけだって。それより――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯罪件数ゼロ? どういうことなんだい?」

 

「異常だぜ先生。この町で起きた犯罪の件数はゼロなんだってよ」

 

 

つまりなんだ、この世界では殺人はおろか万引きまで起こっていないとでも言うのか。

そんな馬鹿な事が? だがすぐに翼は考えを改める。そもそも別世界において常識は通用しない。

どんな世界があっても不思議ではないと言うものだ。だとすればそれもおかしな事ではあるが、ありえない事ではない。

 

 

「司君、この世界では私が選ばれた様なんだ」

 

「あ……成る程、じゃあアギトの試練ってことか」

 

 

試練、司達はこの一連の流れをそう呼ぶ事に決めた。

元々ゼノン達もそれらしい事を言っていたし、ユウスケや亘だってすんなりと変身して事を終えた訳じゃない。

これからもきっと多くの出来事が自分達を待っているのだろう。頭の痛くなる話ではあるが、それをしないと自分達の世界が滅んでしまうのだから仕方ない。

もうゼノンたちを信じきっている。と言えば嘘にはなるかもしれない。どこか実感が湧かないのは確かだ。しかし変身するユウスケや司を見てしまえば誰もがそれを真実だと受け止めるしかない。

いつまでもフィクションがどうのこうのと言っている時間はもう終わったのだ。メンバーはそれを理解し、そして適応しようと決めていた。

 

一度受け入れてしまえば後は真っ直ぐに突き進むだけだ。今回のアギトの試練もなんとしても成功させたい所。

司は考える。今までの経緯を見るに、この世界での敵はアンノウンである可能性が高い。

アンノウンは司の記憶が正しければアギトになる可能性がある人間と、その血筋の者以外は攻撃対象外だった筈。

いや、しかしアンノウンは原作どおりとは限らないからこの理論の信憑性はあまり高くない。

結局いつもどおり様子見から始めるのがいいのだろう。

 

 

「あ、っていうか先生は変身できるの?」

 

「一度やってみたけどダメだったよ。ユウスケみたいに極限状況に陥らなければならないのかもしれないね」

 

 

以前司から教えられた変身ポーズを真似しても何も変わらなかった。

やはりそこは何かの条件があるのだろうか? 亘はキバットに噛ませると言うプロセスを経て変身できた。ともなれば原作と大差は無い様に感じるが……

 

 

「うーん……じゃあまた適当に町をぶらつくしかないか」

 

「その前にどうかな、今日と明日くらいはこの町で休暇をとらないかい?」

 

「え? 休暇?」

 

 

翼の提案に二人は目を丸くする。

当の翼としては実はずっと考えてきた事であった。

 

 

「最近ずっと戦いが続いたからね、息抜きも必要だと思うんだ。

 幸いこの世界は平和そうだし、アギトが私と決まっているなら君たちは狙われないんじゃないかな」

 

「で、でも先生。急がないと俺達の世界がやばいんだぜ?」

 

「じゃあ一日にしよう。根気つめて体でも壊したりしたら結局同じことだろう?」

 

 

確かに翼の言う通りかもしれない。

無理をしても逆効果か、司と真志は頷くと翼の意見に賛同する。

慣れというものは怖いもので、最初に比べれば自分達の恐怖や不安は大分少なくなった。

命を賭けるとは言えど学校は絶対安全だし、治療器具など多くのサポートは充実している。

なによりも変身できる者が――、つまり敵に対抗できる者がいる安心感、仲間がいる安心が一同の緊張を解いたのだ。

 

とは言え、やはり最初はみんな落ち込んでいたし精神状態は不安定な物だった。

眠れない者や、食事を戻してしまう者もいたのを翼はしっかりと見ていた。

今は慣れたとはいえ、あの時に精神を大きくすり減らしたのは確かだろう。

ココは安全らしい、それを信じてみるものいいじゃないか。

 

 

「じゃあ決まりだね、早く皆を起こしに行こうか。なにせ今日一日だけなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に平和な世界での休暇。と言う事で今日は皆いろいろな予定を立てている様だ。

こうしている時間がもったいない。今日くらいは全て忘れてはしゃぎたいものだ。

確かにこの世界は平和そう、化け物が現れたと言う噂も聞かないし行方不明者や事件に巻き込まれた故の死亡者も全く出ていない。

 

 

「ねえ咲夜ぁ、咲夜も一緒に買い物行かない?」

 

「行きましょうよ先輩!」

 

「ああ、そうだな。ご一緒させてもらうよ」

 

 

初めてまともな休暇ともあってか、女性陣は皆で買い物に行く予定を立てていた。

この世界ならば戦闘も無い筈、故に戦えない者が学校に篭っている必要も無い。

女性陣は久しぶりの外出ともあってテンションが跳ね上がっていた。

一方――……

 

 

「あー! そのアイテムおれが取ろうと思ってたのに!」

 

「かかか、ユウスケは甘ぇな。所詮取ったもの勝ちなんだよ!」

 

「くそっ! このまま真志の一人勝ちなんてさせるか! ユウスケ!」

 

「分かってる!」

 

「「変身!」」

 

「……変身する必要ないと思うけどなぁ」

 

 

ディケイドとクウガに挟まれて拓真は小さく呟く。

こんな感じで、ゲームで遊んでる者。

 

 

校庭では亘達の声が響く。

 

 

「えいっ!」

 

「おりゃぁあッッ!!」

 

 

モモタロスが打ち返したシャトルが空を舞う!

まずい、亘はすぐに双護へ合図を出した。

 

 

「そっち行きました! 双護先輩!」

 

「ああ、わかった」

 

 

双護はラケットを構え、それを頭の上に垂直に立てた。

そしてそのまま目を閉じて踊り始める。

 

 

「えっ!? 馬鹿なの!? 双護さん! 早く走――ッッ!!」

 

 

だがその時、双護がカッと目を開けてラケットを蹴り飛ばす!

ラケットは激しく回転しながら猛スピードでシャトルに向かって行き、地面へ着きそうなギリギリの所で弾き飛ばした!!

 

 

「SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!! 

 疑ってすいませんでした双護さん! 馬鹿って言ってすいませんッした!!」

 

 

ビュンッと音をたててシャトルがモモタロスに直撃する。

するとモモタロスははるか後方へと吹き飛んで行った。そのままサッカーゴールにモモタロスはぶち込まれ、地面へと倒れる。

 

 

「見事……だぜ………ばたっ」

 

「も、モモタロスーっ!」

 

 

走る良太郎。

あれ、おかしいな、これはバドミントンじゃないの? 何で怪我人出てんの!?

何であんな小さいシャトルでモモタロスぶっとんだの!?

 

 

「どうかな、俺のデスティニー・オブ・ザ・エンドレスグラビティ・ファイアー

 ストラックフィーリングフューチャーアタッチメントライトオブワン・ザブレードの威力は?」

 

「良太郎さん、これはバドミソトソなんですよ。油断してるようなら……まだまだだね」

 

「ええええええええええええ!?」

 

 

そんなこんな、スポーツ(?)で遊ぶ者もいる。

 

かと思えば――

 

 

「いいのかなぁー我夢君~~」

 

「え?」

 

 

椿はニヤニヤしながら我夢の周りを歩き回る。

若干嫌な予感を感じながらも、まだ我夢には意味が分かっていない。

椿は頷くと我夢の隣に座って、ある人物を指差す。同時に我夢の目の色が変わった。

 

 

「――このままアキラを行かせてもぉ?」

 

「………ななななな何のことですかな? せせせせ先輩」

 

「椿先輩知ってるんだぞぉ、今日ぐらいしか誘えないと思うなぁ俺は」

 

「さささささ誘う? アキラさんを? どどどどどどどこに?」

 

 

嫌な汗が大量に我夢から流れ出ていく。

顔は真っ赤でアキラの方に全く視線を合わせようとしない。

ますますニヤつく椿。その上等の餌に気づいたか、青いアイツが釣られに――むしろ釣りにやってくる。

 

 

「えーどうしたのー? 僕も気になるなぁ」

 

「ううううウラタロスさんも椿先輩も、ぼぼぼぼくは別に――……」

 

 

ただでさえ高い我夢の声がより高音になっていく。

椿はウラタロスにアイコンタクト送り、状況を伝えた。

それに答えるようにサムズアップを返すウラタロス。こんな時だけお互いに超人的な能力を発揮するものである。

全てを悟ったウラタロスは、我夢の背中を多少強引に押す事を決めた。

 

 

「じゃあ、我夢が誘わないなら僕がアキラを誘っちゃおうかなぁ~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そ、そうだなー。いや別に変な気はないんですけど、せっかくだから誘ってみようかなー?」

 

わざとらしく態度を変える我夢にウラタロスは苦笑する。

でもまあ誘う事を決めたらしいので良しとした。 二人は早速隠れて我夢の様子を観察してみる。

 

 

「あ、あの……ッ! あ、アキラさん――……」

 

「はい? なんですか?」

 

「も、もし…よよよよかったらッッ……ぼぼぼぼぼぼ僕と――」

 

「はあ」

 

「かかか、買い物に……僕と一緒に買い物に行きませんかッ!?」

 

「あ、すみません。先に美歩さん達に誘われて、また行きましょうね」

 

「―――」

 

 

とぼとぼと、我夢は椿達の元へ帰っていく。

 

 

「……いや、なんていうか…ね、ホラ。別に断られたとかじゃないじゃんね?」

 

「……そうですね」

 

「そ、それにまた誘えば大丈夫だよ!」

 

「……そぅですね」

 

「げ、元気だせって…な?」

 

「―――た」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「アキラさんとしゃべれたぁ…!! 僕ッ、もう満足です!」

 

「………え?」

 

「え?」

 

「あれ?」

 

「はい?」

 

 

 

 

「え? なにそれこわい」

 

 

さて、そんな訳で次は女性陣だ。彼女達はこの世界にあるデパートにやってきていた。

多くの人で賑わう場所は、とても平和そうに見える。

デパートのおもちゃ売り場では、先ほどから夏美と真由がなにやらぬいぐるみの前で話し合っている。

 

 

「真由ちゃん、見ててくださいね……」

 

「…うん」

 

 

夏美は熊の様な、犬の様な、おかしなぬいぐるみの腹を押した。

すると――

 

 

おんぎゅらぁぁぁ!!

 

 

「わぁ! 音が…なったぁ…!!」

 

「へへん、これすごくないですか!?」

 

「すごい…すごい! …もう一回! もう一回!!」

 

 

そう言って夏美に飛びつく真由。

 

 

「えぇー、もう一回ですかぁ? もう仕方が無いな真由ちゃんはぁ。もう一回だけですよぉ?」

 

 

真由の反応に気を良くした夏美は、ドヤ顔でもう一回ぬいぐるみのお腹を押した。

 

 

おんぎゅらぁぁぁ!!

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁ!! すごーい!!」

 

「くぁあああああああああお! たんのしぃいいいぃいぃぃッッ!!」

 

 

 

 

「……な、夏美達は何をやってるんだ?」

 

「さあ……? でも本人達が楽しそうだからいいんじゃない? あ、友里ちゃんチョコミントにしたんだ」

 

「うん! あ、ハナちゃんも食べる?」

 

 

アイスクリームを舐めながら咲夜達は夏美達を暖かい目で見守る。

すごく楽しそうだ、ぬいぐくるみのお腹を今は猛連打している。 あ、レジに持って行った。ご購入ありがとうございます!

さて、その少し離れた所では美歩たちが何やら話し合っている所だった。

 

 

「でさぁ? どうなんだよぉユウスケとはぁ? 我夢とはぁ? 亘とはぁッ!!」

 

「はあ!?」

 

 

そう言って美歩はジュースを薫達へ放り投げる。

お礼を言って受け取るアキラと里奈。対照的に鼻を鳴らして掴み取る薫、彼女がとったジュースは――

 

 

「おでん缶………で、どうなのって、何がよ」

 

「みぃちゃんってば、センスいいっしょ?

 つか、何がって、決まってんじゃん! 関係よ、か ん け い!」

 

 

美歩はにやけながらサイダーの缶を開ける。

彼女がそういう顔をする時は決まってこういう会話なんだ。

 

 

「ちょっと、そっち寄こしなさいよ! 関係って……アンタも知ってるでしょうが、ただの友達よ」

 

「ごめーん、もうサイダー口付けちゃったしぃ。ってか友達ぃ? え~……あ、じゃあ。どう思ってる訳?」

 

「ど、どうって…別に…なんとも……」

 

「おんや! 赤くなってるー!」

 

「ッッ!」

 

 

ニヤニヤしながら美歩は薫に詰め寄る。

彼女はこういう話が大好きだった、もう彼女にとってここはパラダイス。文字通り楽園という訳!

 

 

「こッ、これは……おでん缶食べて熱くなっただけなんだから!」

 

「流石に無理があるっしょ! 全然食べてないじゃ―――」

 

「ガツガツガツガツガツ! バウッ!」

 

(……この女、あれ程のおでん缶を一瞬で――! できる……ッ!!)

 

 

すでに空となったおでん缶を薫は投げ捨てる(ちゃんとゴミ箱に入りました)

その顔に笑みを浮かべて。ギョッとする美歩、コイツ――ッッ!! 何かくる!?

 

 

「何か……偉そうにしてらっさるみたいだけどさ。アンタはどうなのよっ!」

 

「えっ!?」

 

「真志と一緒に住んでるんでしょ? どうなんですかー? 教えてくださーい!!」

 

「えっ! あ……いや、だからその――ッ」

 

「あれ? あれれ? あれれれれー? 顔が赤くなってなぃぃぃ?」

 

「こっ、これは……! け、けほん! けほん! サイダーが気管に入ってむせちゃったからー……」

 

「あぁ? うそくせー……」

 

 

全然信じてない。言葉にしたかのような冷たい視線で美歩を刺し貫く薫。

こりゃまずい、なら仕方ない。美歩はうつむいて――

 

 

「……ブァハワァッ! ゲホッ! ゲホォォォッッ!! オエェエエ!! がはっ! ゴェエホォェ……む、むぜちゃっだぁ!」

 

(ちっ、美歩め何て演技をしかけてくるのッ!! おそろしい子……ッッ!)

 

 

絶妙な雰囲気になってしまって薫も美歩もこれ以上聞く事が出来なくなってしまった。

美歩はしぶしぶ妥協してアキラと里奈に同じ質問をぶつけてみる。

しかし、答え無かった二人とは対照的に彼女達はすんなりと口を開いてくれた。

アキラは表情一つ変えず――

 

 

「我夢君ですか? そうですね、私の方が早く生まれたので弟みたいな存在でしょうかね。子供っぽいですし」

 

「………」

 

「結構おっちょこちょいなんですよ彼。

 体も細いし声も高いし、あれじゃまるで女の子みたいですよね――……って、あれ? どうして泣いてるんですか?」

 

「いや、ちょっと不憫すぎて……」

 

「???」

 

 

眼・中・に・無しッッ!

そんなアキラ。そんな彼女と対照的に、里奈は顔を真っ赤にして――

 

 

「そ! そんなぁ関係だなんて……亘君は優しくて……頼もしくて…それから、それから――」

 

 

 

 

 

 

「あ゛―……アタシ達にもあんな純粋さが欲しかったわぁ! ねえ薫?」

 

「……達ってやめてくんないかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ぶわぁッくしょんっ!」」

 

「うわ! 汚ねッ! 顔にかかった汚ねッ!!」

 

 

ユウスケと真志の口から吹き出た紅茶が司にヒットする。

もがきながら椅子から倒れる司――

 

 

「いや、ごめんごめん。むせちゃって……」

 

「噂されてんのかなぁ。あははは――」

 

「いや、ゆるさねぇけど?」『フォーム・ライド――』『キバ・バッシャー!』

 

「あ……あれ? なんで変身して――つ、司君? いや司さん? いやいや司様ッ!?」

 

「つつつ司? それ人に向けちゃ駄目なんだよ?」

 

 

 

 

「いや、知ってるけど」

 

 

躊躇い無く引いた引き金、銃口から発射される水流。

 

逃げるユウスケ。

 

真志。

 

二人が避けたせいで代わりにぶち当たる椿。

 

 

「アッー!!」

 

 

よく分からない叫び声を上げて、椿は倒れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てかてか、薫!」

 

「はぁ……まだ何かあるの?」

 

 

うんざりした様に苦笑する薫。

美歩はブンブンと首をふって彼女に詰め寄った。

 

 

「翼先生って中々イケメンじゃん? 彼女とかいんの?」

 

「ッ!」

 

 

薫の表情が先ほどと一転し苦々しく曇る。

何かマズイ事でも聞いてしまったのだろうか? 美歩はすぐに慌てながら弁解を。

 

 

「え? あ……なんか、まずかった感じ? ご、ごめん! 別に悪気があった訳じゃ――」

 

「いや…! いいのごめん、そっか、知らないのよね――」

 

 

薫は少し迷ったが、口を開く。

どこか悲しげで、思わず美歩も申し訳なくなってしまった。

しかし薫としても誰かに話したい思いがあったのだろう、そのまま美歩に対して全てを打ち明ける事に。

 

 

「翼さん、婚約してた相手がいるのよ」

 

「うぇ! そうなんだ」

 

「だけど、亡くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――……ッ」

 

意識がゆっくりと戻ってくる。

ああそうか、すこし眠ってしまったらしい。まだだるさが残る身体を起こして翼は深く息を吸った。

今は何時だろう? 時計が見当たらない事に若干もどかしさを感じる。

皆は戻って来ているだろうか、それより今日は楽しんで過ごしただろうか?

こんな状況だからこそ彼らには笑っていてもらいたい。それが翼の切なる思いだった。

 

 

「アギトか……」

 

 

今、自分の影は自分であって自分じゃない。

果たして自分はユウスケや亘君の様にこの影と同等の存在になれるのだろうか?

成る程、なかなかプレッシャーが強いものだ。よく彼らは耐えられたな、自嘲気味に笑いながらカーテンを開ける。外の空気でも吸えば少しは気が紛れるだろう。

 

 

「……あれ?」

 

 

何か、おかしい。その違和感はすぐに気づく事ができた。

 

 

「海?」

 

 

景色がさっきのソレと違っている。

街の中に翼等は転送された筈だ、なのになぜか今目の前には海がすぐ近くに見える。

正確には――

 

 

「海が……見える、丘」

 

"に、住みたいね"

 

「あ……」

 

 

丘の端に、レンガの家が建っていた。

まるで、おとぎ話に出てくる様な。少なくとも現実じゃありえない程メルヘンチックだが――

翼にはどこか強烈な既視感があった。あれは、そう、確か彼女との会話で。

 

 

「レン……ガ」

 

"で、家を建ててさ"

 

「っ……いや、そんなまさか――」

 

 

ドクンッと心臓が跳ね上がるのを感じる。強くなる鼓動はその答えを知るまで止む事はないだろう。

気がつけば窓から飛び出していた。靴を履く時間さえ惜しい、走り方すらもうどうでもいいッ!

 

早く!

 

速く!

 

早く速く早く速くッ! なんでも良いからあそこに行きたい!

翼は何かに取り付かれたように、ただひたすらにその場所を目指した。

 

 

「…まさか、そんな……そんなッ!! どうしてッッ!!」

 

 

レンガの家、翼はそこにすがる様にしてやってきた。

そして、その玄関に置いてあるネームプレートを見て愕然とする。

ありえない、でもありえている。馬鹿なッ、そんな、嘘だ、信じられる訳が――

 

 

「なんで……小野寺……翼ッ!?」

 

 

そこにあったのは自分の名前。

ここは異世界だ、なのにこの家のネームプレートにはその名前がしっかりと刻まれていた。

どう言う事なんだ。まさか別世界の自分がここに存在するとでも?

 

いや、違う。翼はきっとある想像を、期待を抱いていたのかもしれない。

尤もそれは自分じゃ分からないほどの物だが。とにかく発狂しそうになる心を抑えて、翼はインターホンを押す。

本当は連打したい所ではあったが、幾分か残っている彼の冷静さがソレを止めた。

 

 

「はーい!」

 

 

返事が聞こえる。ああ当たり前だ、その為の機能なんだから。翼はそう割り切る。

だけど鼓動が、強すぎて、おかしくなる。その声を自分は今日の夢の中で聞いたのだから。

ではコレはまだ夢の続きなのか、この風の感触も、この身に溢れる焦りも混乱も全て?

あ、扉が開い――

 

 

「あ、おかえり。翼くん」

 

 

当たり前の様にそう言われた。

だから翼は――

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…先生の婚約相手って……まさか」

 

 

美歩の問いに薫は頷く。

翼が知り合える範囲で、既に亡くなっている。その条件に当てはまる人物を美歩は知っていたからだ。

薫は頷く、どうやら美歩の予想は正解という事なのだろう。

 

 

「先生が婚約してたのは……」

 

 

 

 

 

 

おかえり、そう言われた。

だから翼は当たり前の様に答える。

 

 

「ただいま。(あおい)――……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空野葵。私の死んじゃったお姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空野葵、薫の姉である彼女はしっかりと翼の前に立っていた。

落ち着いたクリーム色の髪の毛、それを薫と同じくポニーテールにしている。

妹と違っているのは髪の長さが彼女の方が遥かに長いと言う事だが、その点も翼の記憶と何一つズレる事無く目の前にいる彼女は合致していた。

 

 

「ど、どうして……なんで――ッ!」

 

「ん?」

 

 

彼女が不思議そうな顔で一歩近づく。同時に翼は一歩下がった。

その表情は再開の喜びなど微塵も存在していない。青ざめ、汗が凄く、今にも壊れてしまいそう。

彼は震える声でなんとか言葉を搾り出そうと必死だった。

 

 

「――めろ」

 

「どうしたの? 翼君」

 

 

その声、その姿、その眼差し。全てが彼女と何ら変わりない、全てが彼女そのものだと言ってもいい。

だが彼女は彼女でない筈だ、それは何よりも翼自身が分かっていた事なのだから。

 

 

「やめろッ!」

 

「え?」

 

 

肩に手を置こうとするのを翼は思い切り振り払う。

驚く彼女の表情が翼に突き刺さった。だけど、同時に脳裏によぎる唯一の真実。

空野葵は既に死んでいる。もうこの世にはいないのだ、それにココは異世界、全てがおかしい。

 

 

「お前は誰だ!? 私に触れるなッ! 何故彼女の姿に化けている!? 何が目的だッッ!!」

 

 

一度堰を切ったらら言葉と怒りが溢れてきた。

許さない、許してたまるかッ! 彼女は死んだ。目の前にいるのは彼女の筈がない。

なら誰だ? 誰なんだコイツは!? 楽しいのか、楽しんでいるのか!? わざわざ彼女の願いを叶え、こんな家に住んで! 僕を、彼女を嘲け笑うのかッ!

 

 

「とぅッ!」

 

「ッッ!!」

 

 

だけど返事の変わりに飛んできたのは気の抜けた彼女の声とチョップだった。

怯む翼に、彼女は優しい笑みを向ける。

 

 

「なになに? 漫画のマネ事? 帰ってくるなりずいぶんじゃない?」

 

「えっ…あぁ……」

 

「ホラ! 速く着替えてよ。ご飯が冷めちゃうよ! あと……」

 

 

そう言ってまた彼女は笑う。

 

 

「二人の時は、『私』は禁止!」

 

 

それは翼が最期にみたのと同じ笑顔。

 

 

「君…なのか……?」

 

「んん?」

 

「本当にッ! 葵…なのか?」

 

「珍しいね、どうしたの? いつもはさん付けなのに。まあ、わたしはそっちでいいんだけど」

 

 

視界が濁っていく。やめろ、止めてくれ!

これ以上僕を苦しめないでくれ! 翼は誰とも言わぬ、しいて言うならば神に懇願する。

彼女は死んだ、もう戻ってこない。それは分かっているのに彼女の笑顔が心を大きく揺さぶっていく。

 

 

「葵……さん」

 

「ええ、もう止めるのッ!? たしかにわたしの方が年上だけどさ、たった一歳じゃない! もうっ!」

 

 

止めろっ、違う。惑わされるなッッ! 彼女の筈がないだろ、彼女である筈がないだろッ!

止めろ、逃げ出せ! まだ間に合う! 彼女に背を向けるんだ! 速くッ!!

翼はパニック状態だった。それは自分の心に溢れていく期待を感じてしまったからだ。

世界は可能性に満ちている。自分の知らない事が常識の世界だってある筈だ。

ならば、これもまたそういう常識を超えたが故の産物なのだろうか? そんな期待を覚えてしまう。

 

 

「どうしたの? 翼君。何か、辛い事でも…あった?」

 

 

また一歩彼女が近づいてくる。死んだ筈の、事故でこの世を去った筈の婚約者が。

動かない、動けない。今すぐ逃げなきゃいけないのは分かっているのに翼の足はピクリとも動かなかった。

僕はどうしてこんなに泣いてるんだ。翼はただ何もできずに立ち尽くすだけ、迷いの中で彼は逃げだす事を自然に拒んでいるのだろうか。

 

 

「わたしは、いつだって貴方の味方だから。それを忘れないで」

 

 

彼女が翼を抱きしめる。

体温、香り、なによりも実体として存在している肉体。これが偽りであろうか?

信じる事が正しいのかもしれない、翼の心にその感情が湧き上がる。一度そう思ってしまえば一気に思考は其方側へと移動するものだ。

それは翼も例外じゃない、覚えた期待を現実の物にするために都合のいい答えを、考えを持ってしまう。

 

 

「葵…さん。君は、本当に…本当にッ、空野葵なのか?」

 

「ちょっと、違うわよっ!!」

 

「え?」

 

 

そう言われて左手を押し付けられた。

そこで翼の思考は完全に決断を、答えを導き出す。

薬指には指輪。彼が、送った――

 

 

「小野寺、小野寺葵でしょ!」

 

 

そうか……そうだったんだ。

 

 

「は…はは――……」

 

 

何も疑う事はなかったんだ、最初から信じていればよかったんだよ。

ははっ、僕は何をしていたんだろうか、馬鹿馬鹿しい! 翼はそれを確信とした。

それを、疑う事の無い真実だと認めた。

 

 

「本当に葵なんだね……!」

 

 

そっと彼女を抱きしめる。

だからそうだって言ってるじゃない! 彼女はそういいながら暴れる。

懐かしい、何もかもが愛おしい。

 

 

「ただいま……葵さん」

 

「はぁ、なんなのよ。お帰り! 翼君」

 

 

やっと僕は彼女に会えたんだ。今はソレを喜ぼう。

日が暮れ始め、レンガの家には明るい光が灯る。そしてソレを見つめるのは二つの小さな影――

 

 

「愛は人を成長させ」

 

「愛は人を変える」

 

「愛は人を夢へと向かわせ」

 

「愛は人を希望へと走らせる」

 

「愛は人をいつも見守り」

 

「愛は人を勇気付ける」

 

 

二つの影は時に抱きしめあい、離れあう。

そこにあったのも愛だ、愛は全てを凌駕する可能性を秘めた唯一無二の感情。

 

 

「そして」「いつか」

 

 

 

 

 

 

「「愛は人を狂わせる」」

 

 

ゼノンとフルーラは、翼の姿を見て静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に戻った薫達が聞いたのは、翼がいなくなったと言う事だった。

ユウスケもいきなりの兄の失踪に困惑している様だ。すくなくとも誰にも言わずいなくなるとは思えないが……

 

 

「先生は図書室にいた筈なんだけど、いつの間にかいなくなってたんだ!」

 

 

いくら安全な世界の筈とは言え、連絡も無いと言うのは流石に心配だ。

既に良太郎達は翼を捜しに行っているらしい。司達も急いで翼の後を追おうと暗くなった外へと飛び出した。

 

 

「……ん?」

 

 

そして感じる違和感。

何がおかしいのか具体的には説明できないが、確実におかしい。

なんだか気持ちが悪い。景色が、異常に包まれる。

 

 

「成程な、ついに正体を現したって所か――ッ!」

 

 

この世界、何かがおかしい。

それぞれは一抹の不安を抱え街へと向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方司達が行動を起こす前に、既に良太郎とハナの二人は翼を捜す為に街を歩いていた。

しかし誰に聞いても、どこを探しても翼は見つからない。

 

 

「見つからないね、良太郎」

 

「うん、それにぼく達は今元の身体より縮んでるから――」

 

「そっか、じゃああんまり遅くなると補導されちゃう!」

 

 

時間干渉の影響を受けない特異点と呼ばれる二人。

だが他の存在や時間そのものに発生する矛盾を防ぐため、今の二人はどこからどうみても小~中学生の子供だ。

遅くなれば行動もしにくくなってしまう、すこし焦りながら二人は翼を捜していた。

 

 

「あれ?」

 

 

だがふと、良太郎はその足を止めた。

ハナも目を丸くしながら釣られて立ち止まる。

 

 

「どうしたの良太郎?」

 

「あ…うん。あの人……」

 

 

良太郎の視線の先には一組の夫婦が立っていた。二人はこちらを向いて微笑んでいる様にも思える。

問題はその二人の事を良太郎はどこかで見たと言う事。ここは異世界なのに何故?

良太郎は考えるがイマイチ思い出せない。そんな彼が気になったのか、ハナもその夫婦を探してみる事に。

だが――

 

 

「え? どこ? だれ?」

 

「ほら、あそこの人……どこかで見たことが――」

 

 

尚も微笑み続ける夫婦、変わらぬ笑顔でこちらを手招きしている。

何故かひどく懐かしい。あそこへ行きたい、あの人たちに近づきたい、良太郎の心にそんな明確な感情が浮かんだ。

なんだかフワフワした感覚だ。違和感はあれど、少しばかり心地いい。

 

 

「りょ、良太郎? ちょっと待って良太郎!」

 

 

ふらふらと、微笑む夫婦の所へ足が動く。

あの笑顔にもっと近く―――

 

 

「良太郎ッッ!」

 

 

ハナは良太郎の目の前に立つ。

しっかりして、彼女は腕を組んで少し声を荒げた。それほど今の良太郎はおかしい様に思えるのだ。

確かにいつもフワフワしているといえばそうだが、そういうのとは違うベクトルに思える。

 

 

「どうしちゃったのよ! 誰がいるって言うの!?」

 

「そこだよハナさん……」

 

 

同じ微笑、変わらぬ笑顔。

ハナは良太郎が指差した方向へと目を向ける。しかし直ぐに良太郎へと向きなおした。

 

 

「なに言ってるの! 誰も居ないじゃない!」

 

「え……!?」

 

 

何を言っているの? 良太郎は不思議そうにハナを見つめる。

当たり前の様に言われたその言葉、そして良太郎は思い出す。

その、顔を――

 

 

「父…さん? 母さん!?」

 

「えッ!?」

 

 

何故忘れていたんだろう。

良太郎は強い罪悪感を覚える。せっかく思い出したのに……!

 

 

「良――郎! ………郎」

 

 

ハナの声がだんだん小さくなってくる。

行きたい、あそこへ。優しい優しい両親の所へもっと近づいて。

まだ何も知らないんだ、まだ何も親として遊んでもらった事だって――

 

 

「良太郎ッッ!」

 

「!」

 

 

ハッ、と良太郎は我に帰る。

目の前には涙を浮かべながら自分の肩を揺するハナ、そのすぐ先には写真と同じ微笑を浮かべた両親。

そこで良太郎の中で明確な違和感が生まれる。何か、何かおかしい!?

 

 

「ハナさん……」

 

「良太郎ぅ……ぐすっ、ひっく…! ん馬鹿ッ! 心配したじゃん!!」

 

 

あの気の強い彼女が泣いている。

それほどまでに自分の様子はおかしかったのか、良太郎は落ち着くために一度目を閉じた。

記憶が、時間が両親の影を点す。

 

 

「呼びかけても答えないし、わたしを突き飛ばしてどっか行っちゃおうとするし……!」

 

 

ぐしぐしと乱暴に目を擦り、すぐにまた腕を組みなおすハナ。

フンと鼻を鳴らして彼女は良太郎から顔を反らす。

 

 

「……いつもの良太郎じゃないみたいだった」

 

「あ、ごめん」

 

 

目を開けた良太郎はハナの頭を優しく撫でた、そして同時に両親を見直す。

先ほどと変わらず微笑み続ける両親。そう、全く同じ笑顔を。

どうして、どうして彼女が泣いているのに顔色一つ変えないの?

 

 

「………」

 

 

二人は何も喋らない。

そして顔色、いや違う表情を変えていない。

そうか、良太郎は理解する。何も喋らないのは、ぼくが声を覚えていないから。

表情を変えないのは――

 

 

「………ッ」

 

 

涙がこぼれそうになる。

そうだ、写真でしか知らない両親、怒った顔、普段の表情が自分には分からない。

だから目の前にいる両親は笑顔なんだ、記憶が作り上げたただの偶像。

 

そして気づく、いつのまにか周りの人間が全員同じ顔。両親の顔に変わっている。

なんて、なんて悪趣味な世界なんだ。良太郎は悔しくて、寂しくて、悲しかった。

これがこの世界の秘密なのか――ッッ!

 

 

「な……何っ!?」

 

「ッ!? ハナさん?」

 

 

ハナの様子がおかしい。何かに怯えているのか?

急に震えだしてその場にうずくまる。次はコチラに異変が起きたと言う事か。

 

 

「どうしたの!? ハナさんッ?」

 

 

良太郎がハナに触れるが、ハナは相変わらず震えているだけ。

逆に今度はハナの見ている世界が変化を始めたのだ。

 

 

「消えないでッ! いやぁぁぁああッッ!」

 

「ハナさん! ハナさんッ!」

 

「皆、消えるッ! 何も残らない……!」

 

「消える……ッ?」

 

「助けて――ッ 助けてお母さん! お父さん! 良太郎! 良太郎ッッ!!」

 

 

何度もハナは助けを呼ぶ。それはまたしても普段の彼女とは思えないほど怯え様だ。

イマジンにも睨みを利かせる彼女とは似ても似つかない。それは彼女の過去と関係しているのだろう。

彼女のいた時間は、言わば世界は消滅した。文字通り全て消え去ったのだ。

そして彼女の見ている景色では、目の前にいる良太郎が消えた様だ。それが過去を刺激して何倍もの恐怖を彼女に植え付ける。

それを察した良太郎はすぐに彼女を手を握り、彼女の眼をまっすぐ見つめる。彼女の景色から全てが消えるのはこの世界の形態がおそらく過去と関係する物だろうからか?

 

 

「ハナさん! ぼくはここにいるよ! 消えてなんか無いっ!」

 

「ぁ…あぁ、良…太郎?」

 

 

ハナはすがる様に良太郎の手を弱々しく握り返す。

今の彼女は盲目と同じだ、目の前には全てが無となり消え去った光景しかない。

良太郎からしてみれば周りにはソレを見て微笑む両親達。その異常な世界のあり方に良太郎の心に明確な怒りが宿った。

 

 

「酷い…酷いよ……どうしてこんな事っ」

 

 

その言葉に反応して両親達は手招きを止める。相変わらずの笑顔が今は不気味だった。

いや、もはやそれは笑顔ですらない。顔ですらないのだ、ただ思い出の中にある記憶の残骸を移しただけの醜い鏡。

写真が無ければそれは人の形すらしていなかったかもしれない。ただ思い出の中にある未練だけが形になっただけなのだから。

 

 

「ぼくの……ぼくの父さんは、母さんは目の前で女の子が泣いているのにッ、笑う人達じゃない!」 

 

 

浮かべているのは慈悲の笑みなんかじゃない、ただ餌を得ようとするだけの笑み。

そこに優しさなど欠片とて存在しないのだから。

 

 

「これ以上ぼくの両親を語らないでよッ!」

 

 

珍しく声を荒げる良太郎。

その言葉を合図に、文字通り両親達は崩れ去る。

 

 

「……君がッ! 正体――ッッ!!」

 

 

崩れ落ちた両親の残骸は、一つにまとまり一体の怪物へと姿を変えた。

例えるなら龍の皮を剥いだ化け物。骨とむき出しの肉で形成された肉体。黒く濁った瞳が良太郎を見ていた。

 

 

「グォオォォォオオォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

"竜骨"は良太郎に向かって走り出す。

今まで戦ってきたイマジンとは違うグロテスクな外見に、良太郎はいくらかの恐怖を感じた。

しかしこの世界に対する悔しさが、ハナを早く開放しなければと言う想いが、その恐怖を打ち砕く!

 

 

「モモタロス! 行くよ!」

 

 

ベルトを装備し良太郎はモモタロスとのコンタクトを試みる。

が、しかし――

 

 

『良太郎か! それがよぉ! ソッチに行けねぇんだよ!』

 

「っ! どう言う事ッ!」

 

『この世界じゃ……なんつーかこう! 変な壁みたいなのにぶちあったってよ!』

 

 

なんとなくそんな気がしていたが的中してしまうとは。

良太郎は自分の不運さに呆れながら、竜骨の攻撃をぎりぎりでかわす。

どうやらこの世界は世界としてすら異質の様だ。

 

 

「良太郎!? 何かと戦っているのっ!?」

 

 

ハナには見えていないのか?

その疑問を証明するかのように竜骨はハナに目もくれず、良太郎へとまた攻撃をしかける。

ハナから距離をとる様に逃げる良太郎、一刻も早くこの事態を何とかしなければ。

 

 

「ハナさん! ちょっと離れてて!」

 

 

良太郎は観念したのか、立ち止まりまっすぐに竜骨と対峙し合う。

竜骨は咆哮をあげてその拳を良太郎の頭に向けて振り下ろす。

だが良太郎は避けない、何故!? 直後、バンッと何かがぶつかり合う音が響き渡った。

 

 

「良太郎ッ!!」

 

 

まさかやられた!? ハナは一瞬叫びそうになる。

だが拳が良太郎に当たったにしては音に異変を感じ、彼女は良太郎を見た。

既に彼女の見ている世界には良太郎の声しかいない、周りのものや人々は消滅していて何も残っていないのだから。

 

 

「グゴッ?」

 

 

そして竜骨もまたその違和感に気づいた。

彼は良太郎の頭を砕くつもりで殴った、しかしその手に感じるのは硬い何か。

すくなくとも良太郎の頭部ではない事は明白だ、彼は拳の向こうにいる良太郎を確認する。

 

 

『良太郎! こっちはいけるでぇッ!』

 

『やっちゃえー!!』

 

 

竜骨の手を遮っていたのは、なんと四つの仮面。

良太郎は四つの仮面が装飾された巨大な剣を盾にして竜骨の拳を防いでいた。

デンカメンソード、さらに良太郎の腰には変身する為のアイテムが既に装備されている。

と言う事は――

 

 

「ガァアアァアッッッ!!」

 

 

竜骨はソレを打ち砕く為に両手を天へ振り上げる。

その瞬間を待っていたと言わんばかりに良太郎はソードへパスを素早く差し込んだ。

両親と、ハナの為に絶対に勝つ! 彼の目に鋭い光が走る。

 

 

「変身ッッ!!」『LINER・FORM』

 

 

その一言と共に良太郎の背後からデンライナーの形をしたエネルギーが出現し、そのまま良太郎を通過して竜骨の体を吹き飛ばした。

エネルギーは竜骨にダメージを与えるが、逆に良太郎には電王の力を与える。次々に装甲が付与されていき、良太郎は電王へと変身を完了させた。

ライナーフォーム、電王はソードを構え竜骨めがけて走り出す!

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…コレ…すごぉい!」

 

 

どこから出たのか教室には回転式の椅子が設置されて、モモタロスたちが座っている。

真由はソレが気に入ったみたいらしく、チョロチョロと周りを動き回っていた。

ライナーフォームに良太郎が変わったら毎回どこかから現れるアイテムらしい。

 

 

「ねぇねぇ…ボクも…座っていい…?」

 

 

目を輝かせて真由はモモタロスにお願いする。

だが――

 

 

「あぁん? だめだめ! あっち行ってな、怪我するぜ!」

 

「むぅ……」

 

 

真由は不満そうにしてしばらく何かを考える。そして――

 

 

「じゃ…これで…我慢」

 

 

モモタロスの膝の上に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、どうしてこうなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

(気のせいかな…なんか、いつもより重い…)

 

竜骨の攻撃に特殊能力があるのか? 電王は焦る。

あまり体力には自信が無い、このまま長期戦を続ければ不利なのはこっちだ。

良太郎は竜骨から一旦離れ、ソードのレバーを引いた。仮面が回転しウラタロス・ロッドフォームの仮面がメインとなる。

 

 

『URA・ROD』

 

「おわっ! ちょ!」

 

「うわぁ…おもしろーい!」

 

 

真由を膝に乗せたままモモは退場していく。

重かったってそういう事なのか!?

 

 

『ボクの出番かなぁ!』

 

(あれ?いつもの重さと一緒だ。じゃあ…)

 

『KIN・AX』

 

『ちょ、ちょっと! 良太――』

 

 

亀、退場。

 

 

『泣けるでぇッ!』

 

 

キン・アックスを構え電王は竜骨に蹴りをお見舞いする。

メインのイマジンに応じて良太郎の身体能力が変化するのもデンカメンソードの特徴である。

キンタロスの力を得て電王のパワーや防御力は格段に上昇しているのだ。

 

 

「ゴッ!」

 

 

怯んだところにもう一発、さらにもう一発。

 

 

「ゴッ! ガッ! ガガッ!」

 

 

重々しい一撃一撃は竜骨に確かなダメージを与え怯ませる。

竜骨の反撃も避ける事などはしない。強靭な体で受け止め、さらに豪快な一撃を浴びせた。

 

 

「グゴッ! ガァアアアアアア!!」

 

 

掌底で怯んだところに、電王は全身を使ってタックルをかます。

竜骨は大きく吹き飛び、その隙に電王はデンカメンソードの仮面部分をチェンジさせた。

 

 

『RYU・GUN』

 

『いぇーい! 行くよ良太郎!』

 

「ゴガアアアアア!」

 

 

軽快なステップで竜骨の攻撃をかわし反撃する。

単調な動きしか出来ない竜骨に彼の動きは捉えられないだろう。

アックス時程ではないが、確かなダメージが竜骨に蓄積されていく。

 

 

「グギャァアアッ!」

 

 

ダメージを受け続けた竜骨は、よろよろと後ずさる。

もうそろそろだろう、電王は止めをさす為に仮面を回転させた。

 

 

「おもしろーい! おもしろぉい!」

 

「うぉい! うごくなぁあああああ!!」

 

 

きゃっきゃとはしゃぐ真由と、吐きそうになっているモモタロス。

真由が振り落とされない様に必死に掴んでるモモに拓真は涙を見せるのであった。

 

 

「真由はコーヒーカップが好きなんだ。よかったな真由!」

 

「そう言うつもりで出したんじゃないと思うんだけど……」

 

 

そして、一方起き上がった竜骨が見たのは列車が自らに向かってくる所だった。

すぐに逃げようとする彼ではあったが、いったいどこへ逃げればいいのか? 迫る電車のスピードは竜骨が動く前にはもうすでに眼前へと。

 

 

「電車斬りッ!!」

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

ほとばしる一閃、デンライナーのオーラを自らに纏わせて突進しながら斬りつける必殺技・電車斬り。

ダメージに耐えられず爆発する竜骨と同時に晴れ行く世界。戦いは終わった様だ、変身を解いてため息をつく良太郎にハナは駆け寄る。

 

 

「大丈夫? 良太郎!」

 

「うん、ハナさんも大丈夫?」

 

「う、うん。だけどちょっと気になることがあって」

 

「?」

 

 

ハナが言うには、それは良太郎が戦っている時の事。自分の前に黒いコートを着た男が現れたと言う。

何も無い世界、しかし男は存在している。男はハナの世界を見回すと淡々と話し始めたらしい。

 

 

「……いいか、何があっても自我を忘れるな。己を保て、近くにいる人間を忘れるな」

 

 

いきなり現れてそんな事を言われても信じられないと言う物だ。

ハナは少し疑いの念を持ちつつ男に詳細を求めた。

 

 

「え? どういう事……? それに貴方誰!?」

 

「そのままの意味だ。幻想に心を食われたとき、貴様は人間ではなくなる」

 

 

話し続ける男の後ろで、竜の骨の様な化け物が見えた。

ハナがこの空間に気づいた事で彼女を狙う竜骨が現れたのだ。

竜骨はハナを狙う為に走りだす。だがその足を男は唐突に払った。

驚くハナ、同時に倒れる竜骨、竜骨は男を障害とみなしたのか攻撃対象をハナから男へと変更する。

 

 

「危ない!」

 

 

竜骨は男を殴ろうと手を振り上げた。

ハナは男を助けようと走るが間に合わない!

 

 

(ダメッ!)

 

 

男が死ぬ、ハナは最悪の結末を思い浮かべてしまう。

 

 

「ゴワァッ!」

 

「え!?」

 

 

だが男はなんと片手で竜骨の拳を受け止めたのだ。

驚くハナと竜骨、決して竜骨の力は弱くない筈だ。それをまさか受け止めるなんて……

男はそのまま素早く裏拳を叩き込む。すさまじい威力なのか、竜骨は大きくのけぞりもがき苦しんでいた。

 

 

「こいつ等は幻想に食われた奴らの成れの果てだ。幻に溺れ、永遠と言う夢の中をさ迷う存在」

 

「幻想?」

 

 

そう言って男は蹴りで竜骨をばらばらに砕く。

男はサングラスをしている為、表情がよく読み取れない。

しかしハナは一瞬だが彼が悲しそうにしているように思えた、もちろんただの女の勘と言われればそれまでだが。

 

 

「……奴らは死ぬ瞬間も夢の中にいただろうな」

 

 

愚かな、そう言って男はハナに背を向ける。

 

 

「何故ココにいるのか、何者かは知らないが、早々に立ち去れ。ここは危険だ」

 

「待って! 貴方は……?」

 

 

ハナの言葉に振り返る事なく男は消えていった。

なんだったんだろう? 敵と言う訳ではなさそうだ。

少なくとも彼は何かを知っている筈、できればもっと詳しい話を聞きたかったのだが……。

 

 

「――って事なんだけど……」

 

「そう……なんだ。でも気になるけど今は翼先生を捜そう」

 

「そうだね、多分きっと先生も――」

 

 

幻想に、飲まれているんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、なんなんだよ……! なんなんだよコレッ!!」

 

「――っ」

 

 

ユウスケと薫は、翼を捜している途中死んだ筈の葵を見つける。

何も変わっていない姉の姿。無邪気に話しかけてくる葵に、二人は戸惑いを隠せない。

 

 

「お姉ちゃんなのっ?」

 

 

葵は頷いて薫の手を優しく握った。

 

 

「葵さん……」

 

 

ユウスケもふらふらと葵の方へ歩いていく。

ああ、良かった、生きていたんだ…また皆で一緒に……いれ…る。

 

 

「兄さん――!」

 

「司君!」

 

「ああ、分かってる」

 

 

世界が見せる幻影。それは司達も例外ではない、彼らはユウスケ達とは違う世界を瞳に写す。

司、夏美、亘の前には顔が見えない人達が立っていた。きっとそれは彼らの両親だろう、顔はもっと近づけば見えるのかもしれない。

だが彼らはそれを拒み否定した。司達の両親はまだ彼らが幼い時、それこそ物心ついていない時に蒸発した。

何故自分達と共にいる事を否定したのかは知らないが、向こうがそのつもりだったならば今更現れる訳も無い。

自分達の関係は親子であり、親子ではなくなったのだから。

 

 

「あの約束、覚えてますか?」

 

 

夏美は寂しそうに、でもしっかりと笑って二人を見る。もちろん、そう言って頷く司と亘。

幼い時に両親と離れ離れになった三人は、寂しくて悲しくていつも泣いていた。

だがそんな時に夏美の祖父が一つの約束、誓いを交わしたのだ。両親がいなくなった司たち、そして両親を事故で失った夏美達と共に。

 

 

「家族の誓い……だったよね」

 

「ええ、私達はお祖父ちゃんの子供になる。私達の親はお祖父ちゃんなんです!」

 

 

よく分からない理論だが、昔の司達はそれに満足して寂しさで泣く事は無くなった。

我ながら単純で馬鹿だったなと苦笑する。しかし、それが今までのルール。

 

 

「と言うわけだ」『カメンライド――』

 

 

司は装着したベルトにカードをセットする。

それは拒絶の証明、それは亘もまた例外ではない。

 

 

「嫌いなわけじゃないけど、だけど今のボクらにとっての両親はお祖父ちゃんなんだ。キバット!」

 

『了解了解了解っすーっ!』

 

 

キバットは亘の元へ駆けつけ、差し出された手に噛み付く。

モモタロスの憑依は不可能だがキバットが直接来るのは可能らしい。

 

 

『ガブーッ!!』

 

 

ビキビキと契約の印が亘の顔に刻まれていく。

亘と司は、顔すら見えない虚構の両親を睨みつけた。

 

 

「だからさ……」

 

「悪いけど――」

 

「「消えてくれ」」『ディケイド!』

 

 

司の周りに九つの紋章が現れ司に収束し、そして弾けた。

その衝撃はユウスケと薫の世界をも巻き込み、偽りの世界を破壊する!

 

 

「え?」

 

 

薫の手を握っていたのが優しい姉から竜の骨組みの様な化け物に変わる。

顔も覚えていない司達の両親が化け物に変わる。三体の竜骨と三人の仮面ライダー、それぞれは偽りの幻影と言う真実を理解した。

この世界は幻でできている。ならば、それを打ち払わねば!

 

 

『アタックライド――』『ブラスト!』

 

「ガガガガァッ!」

 

 

無数の銃弾が薫と竜骨を引き剥がす。

その間に我を取り戻したユウスケが竜骨に向かって走り出した。

腰には既にベルトが装着されており、赤い旋風を巻き起こす!

 

 

「お前らぁッッ!」

 

 

ユウスケは怒りと悲しみの感情を全て右手へ集中させて、竜骨を殴る。

すると変わる。右手がクウガへと!

 

 

「人の思いを!」

 

 

次は左腕で。殴った部分がまたクウガへと変わる。

 

 

「利用するなァァッ!」

 

「ゴガァアア!」

 

 

両足で竜骨を蹴り飛ばす。

それを合図に両足もクウガへと、そして間を置かず胴、頭がクウガへと変身を完了させた。

 

 

「変身!」『カメンライド――』『キバ!』

 

 

ディケイドの姿がキバに変わり、蹴りを主体とした戦法に変わる。

足払い、そしてサマーソルト。打ち上げた竜骨へ浴びせる無数の回し蹴り!

 

 

「ハッ!」

 

 

キバもまた自慢の蹴りで竜骨を追い詰めていく。

もちろん竜骨も反撃を試みるが――

 

 

『亘さん! 右っす!』

 

「了解!」

 

 

キバットのアドバイスを受け、キバは竜骨の攻撃をかわす。

いや、それだけでは終わらない。

 

 

『亘さん! わき腹ががら空きっす! いくっすよ!』

 

 

うん、とキバは蹴りで竜骨のわきを抉るように蹴り飛ばす。この二人(?)のコンビの相性は抜群だ。

キバが攻撃されそうになればキバットが助け、また攻撃のチャンスをつくる。しばらく三人は肉弾戦で竜骨にダメージを確実に与えていった。

竜骨は攻撃の威力こそ高いが、攻撃のパターンは単調でしかない。三人にとっては強敵と言う訳でもなさそうだ。

 

 

「決めるぞ! ユウスケ! 亘!」『ファイナル・アタックライド』『キキキキバ!』

 

「うん!」『ウェイクアーップ!』

 

「わかった! 薫!」

 

 

薫は無言で頷くと、ひとっ飛びでクウガの手に銃として収まる。

つまり、ペガサスフォーム。超変身を行うクウガに恐れを成し、竜骨は背を向けて走り出した。

もちろんそんな事は無駄だ。クウガはペガサスボウガンを引き絞り狙いを定める。

しかしまだ発射はしない、狙いをさだめるだけ。

 

 

「「ハァアアアッッ!」」

 

 

ディケイドとキバの力によって辺りが夜の扉を開く。

巨大な満月が鏡合わせのように出現し、互いのヘルズゲートを開放した。

 

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

キバとディケイドに対峙していた竜骨は逆に二人に向かって走り出す。

たしかに気を溜めている二人は隙があるように思えたかもしれない。

しかし竜骨の放ったパンチは二人には届かなかった。一瞬で上空に舞い上がった二人は、シンクロするように月へと重なる。

美しく、幻想的な光景に竜骨達でさえ一瞬動きを止めてしまった程だ。

しかしそれが運のつき、気がついたときにはそれぞれの足が腹部に直撃していたところだった。

 

 

『ダークネス・ムーンブレイク!』

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」」

 

 

二人はそのまま竜骨ごと蹴り進んでいく。

ディケイドとキバは微妙にずれながらも、向かい合う形で近づいている。

そしてその横には逃走を図った竜骨。つまり三角形の様に竜骨はならんでいるのだ。それが収束していく――

 

 

「今だ! 決めろユウスケッ!」

 

 

一瞬、三体の竜骨が一直線に重なった。

そこを見計らってディケイドとキバは竜骨から分岐する。同時に手を離すクウガ!

 

 

『「ブラストッッ! ペガサス!」』

 

 

風の弓矢が一直線に重なった竜骨をまとめて貫く!

三体の竜骨は同じ部分に風穴を開け、直後ばらばらに砕け散った。

 

 

「ふざけた世界だ……」

 

 

吐き気すら覚える世界。最低なのに最高なモン見せてくれる。

苛立つ心を覚え、ディケイド達は無へと帰った世界を歩き出す。

おそらく翼もまた何らかの幻想に巻き込まれたのだろう。早く行かないと――

 

 

「むこうの方に明かりが見えます。何かあるかもしれません、行ってみましょう!」

 

「そうだね、ここにいても仕方ないし」

 

 

皆はその明かりの方へと足を向ける。

 

 

「クッ!?」

 

 

しかし刹那、弾ける様な音がしてディケイドはバックステップで後ろへ跳ぶ。

何が起こったのかは一瞬分からなかったが、自分がいた所には煙が上がっているじゃないか。

もし後ろへ回避しなければ自分に何らかの攻撃が命中していただろう。ならば、誰が攻撃を仕掛けたかと言う事になる。

 

 

「客席と舞台を分けるラインは必要だろう? ふふふ」

 

「お前っ!」

 

 

現れたのは、自らの髪と同色の銃を回しながら笑う少年・ゼノン。

 

 

「どう言うつもりだ……?」

 

 

ディケイドは周りを見回す。ゼノンが居るという事は――

 

 

「文字通りよディケイド! 貴方たちは今、所詮観客なのだから!」

 

 

やはり、後ろにはいつの間にかフルーラが立っている。

 

 

「……どうしてめんどくさそうな態度をとるのかしら」

 

「めんどくさいからだよッ! お前ら何の用だ!」

 

「……ひどい」

 

 

ショボンと眉を曲げるフルーラ。

顔に手をあてて泣いている様にしているが、もちろん嘘泣きである。

 

 

「ボクの天使をいじめないでくれるかなアホピンク。蜂の巣にされたいのかい?」

 

「わ、悪かったよ……! だから何の用だ? コッチは急いでるんだよ!!」

 

「ああ、そうだね――」

 

 

すると、ごく自然にゼノンは銃をディケイドに向ける。

 

 

「君達は、あそこには行かない」

 

「………」

 

「貴方たちは、あそこには行けないのよ」

 

 

ゼノンとフルーラは、くすくすと笑いながらディケイド達を見つめる。

何かありますと言わんばかりの言い回し。今の状況から察するにそれは――

 

 

「……あそこに先生がいるんだな」

 

「誰もそんな事は言っていないよディケイド」

 

 

それに―――ゼノンは再び同じ言葉を繰り返す。

 

 

「君達は、あそこには行かない。行けない」

 

 

その言葉が何を意味しているのか、ディケイド達は理解する。

銃口を向けられている時点でそれは理解できていた事だ。遅かれ早かれこう言う状況が来るのではないかと思っていたが、それは思ったよりも唐突に突然だ。

 

 

「あなた達も分かっているでしょう? あなた達が何をしようが、結局は翼本人が成長しなければならないのよ」

 

「兄貴は、今…どういう状況なんだ!?」

 

 

ユウスケの言葉にゼノン達の笑い声が止まる。

いや、元々作っていた笑い声かもしれないが。しかし唇は相変わらず吊り上げたまま。

 

 

「危険かもしれないね、下手をすれば――」

 

「死んでしまうかもしれないわ」

 

「!?」

 

 

それなら早く助けに行かなければ、クウガは一歩前進する。

そして銃声、ゼノンはクウガの歩行する軌道上に弾丸を一発撃ち込んでみせる。

 

 

「ゼノン君! 頼むッ、行かせてくれ! 兄貴が危ないんだろっ!?」

 

「悪いがそれは出来ない相談だねクウガ」

 

 

相変わらずニヤつきながら、ゼノンはクウガの行く手を防いだ。

少しでも動けばトリガーマグナムの引き金を引くつもりなのだろう。

クウガは悔しそうに拳を握り締める。あそこに兄がいる筈なのに、ここで足止めなのか。

 

 

「ゼノン君、確かに君がとろうとしている選択はベストなのかもしれない。でもボクらは人間なんだ、ベストよりもベターを選びたいんだよ」

 

「そうだね、キバ。君の言う通りなのかもしれない」

 

「ワタシ達も貴方達が大人しく言う事を聞いてくれるなんて思っていないわ」

 

 

だから――

そう言って二人はニヤリと笑う。

 

 

『ヒィト!』『トリガァ!』

 

「「変身!」」

 

『ヒート・トリガー!』

 

 

二人の身体が光に変わり、一気にディケイド達の所まで飛んでいく。

交差する光の球体はディケイド達を吹き飛ばすと、互いに交わりダブルの形を成した後に弾けた。

変身自体に攻撃判定があるライダーは珍しくは無い、二人もまたそう言った能力を持っているのだろう。

 

 

「クッ!!」

 

 

立ち上がろうと力を入れるディケイド達に襲い掛かる炎の弾丸、三人のライダーは苦痛の声を上げて後方に吹き飛んでいく。

夏美が無事を確かめる声を上げようとするが、それよりも早くダブルの声が世界を包んだ。

 

 

「何かを成しえようとする為には! 障害を乗り越えようとする意思もまた必要だろう!!」

 

『ワタシも貴方たちも譲る気は無い! なら、力ずくで通ってみるのもいいかもしれないわね』

 

 

相変わらず演劇の様に張り上げ、大げさに言い放つ言葉。三人は力を込めて立ち上がり、すぐに構える。

翼のところに行くためにはまずダブルを倒さなければならない様だ。キバ、ディケイド、クウガ。三人を相手にする事になるのだが、ダブルに焦りは無い。

むしろ大げさなポーズを決めて三人を挑発し、溢れる余裕を見せ付けている。自分が負ける可能性など微塵も考えていない様だ、現に彼らはそう思っている。

 

 

『「さあ、このダブルに勝てるかな?」』

 

 

そう言いながら、ダブルは引き金を引くのだった。

 

 




次はちょっと未定です。
まあ近いうちにとは思いますが、気長にお待ちください。

ではでは

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