無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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※前話修正しました。
 といいますか、前話は抜いて考えてください。
 どうもこの先の展開を修正していったら、その方がすっきりしそうなんです。
 幸い(と言っていいやら)ここは未だプロローグですので、ここに設定うんぬんを入れる必要は無く、一章入ってから書き足すべきかと判断しました。

 前話を読んで続きが楽しみと思ってくださった方、すみません。
 消して無かった事にとは思わないので、そのまま残しておきます。消した方がいいという幾つか意見があるようでしたら、その時に改めて消そうかと。





×××  第壱章 1 世界の”外”のせかい

 

 

 そこは言い表せない空間だった。

 

 正確には“空間”という定義自体が相応しくないのだろうが、己自身のフォーマットが地球仕様となっている以上、語るのなら便宜的にでも似た表現を使うしかない。

 

 ただ全ての素たる『水』が在る。

 有りと有らゆる存在、それこそ実体の無い概念にすら成り得る『水』の中に、俺という意思に染められた『水』が一塊、たゆたっていた。

 

 それ以外は何も無い。

 

 ――いや。無いという表現は事実ではあるが、適切ではなかろう。

 何故なら便宜上『水』と言い表したものは、それこそ有や無へすら成れるのだから。

 

 

 ここは、世界の『外』。

 

 手を伸ばそう、と、意識すらしない指向性を持った時には成っていた。

 形すらなかった自己はまるでそうであったように昔の五体を備え、前へ伸ばした先で擦れ合う指同士の感触。

 

 目を開く。

 生まれた眼球という器官は、光がなければ情報を得られない。

 何一つ見る事はできない。それは、しかし慣れた事。

 

 目を閉じた。

 この感触。

 目蓋の開閉という微かな動きから生まれる触覚への刺激。

 動かそうとして動くという感覚は……どれほどぶりだろうか?

 

 健常者であれば気にも留めない刺激が、ひどく愛おしかった。

 

 

 この目で見たいと思う。

 だが、ここは目が使える環境ではない。

 この脚が踏みしめる地面も、手が掴む何かも、肌で触れる空気もない。

 無いなら、作り出せばいい。

 万能の資材たる『水』は何もかもを埋め尽くして余りある。強く思えばそれに押され、この『水』の世界は雪崩を打って変異するだろう。

 「光あれ」などと言うつもりはない。

 あれの真似をするなど反吐が出る。

 

 それに、世界を根本から組み立てるつもりもなかった。

 この場所は世界の外で、ようはより大きな世界と言っていいかもしれない。そこを無遠慮に踏み荒らすのではなく、訪れた自身こそが新たな地へ適応したかった。

 そうなればある意味、水に色を乗せる作業に似ているかもしれない。

 あくまで『水』は『水』であり、観測する主観へ一枚のイメージを被せるのだ。

 しかし視界を早くに失った俺は明確なヴィジョンに乏しい。

 おそらく昔を想像したところで、映るのは長く目に代用していたカメラの影響が大きいだろう。デジタル映像に似た、精巧な二次元映像のような、とても現実とは呼べない異な光景が出来上がるのがやる前から予想できた。

 

 

 ――ふと、思い出す。

 

 夏樹と話した夜の事。

 あれはいつだったか――そう、もう何年も前。

 夏樹とまともな身体になったら、という話をした。世界中の伝承伝説をあさって回り、それを話し合った後の事だ。

 西洋の妖精郷の話が影響したのか、夢の中で一つの世界を幻視した。

 夢特有の朧さと、圧倒的な現実感の同居。不可思議な感覚。

 肝心の話とそこはまったく様子が違うのだが、しかし話を元に、自分から生まれたのだと何故か強く確信していた。

 眠りから覚めても、まるで本当にそこへ居たかの如く鮮明に思い描けて、あんな夢は初めてだと不思議な気持ちを持ったものだ。

 以来、色褪せる事無く記憶の片隅にあった夢の世界。

 

 

 思いつけば迷う事はなかった。

 あれは単なる夢でしかない。別に誰かが見せたわけでも、ましてファンタジックに密かに未来視といった能力が備わっていた訳でもない。偶然見た、単なる夢の話。夢幻(ゆめまぼろし)のはなし。

 だけど――あの夢で見た光景は、心に響いた。

 

 別段難しい事などない。

 目を瞑ったまま、ただ脳裏にあの世界を思い描けばそれでいい。

 積み重ねられた年月も、それに育まれた進化の可能性とその結果も、時の中で延々と降り積もった重厚さも、全てが欠片も無い世界。

 過去に心が即興で奏でた旋律で編み込まれた、記憶の中にだけ存在した陽炎の世界を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さわり

 

 

 頬を緩やかに風がなでた。

 

 

 目を開く。

 

 蒼い、どこまでも高く蒼い空と、白いレンガの壁。

 中天に浮かぶ二つの真昼の月。

 

 

 ぁ

   と。

 

 

 零れた。

 

 古い記憶。

 いつかの昔に夢に見た、夢なのに、心に刻まれた光景があった。

 

 

 仰いでいた視線を下ろす。

 

 

 そこはなだらかな丘の上。

 白い一枚の朽ちた壁を背に、シンプルな木の椅子に座っていた。

 

 

 眼下には柔らかで峻烈な世界。

 

 広い草原に、広葉樹と針葉樹の森。

 清流に濁流。澄んだ湖に濁った沼地。

 遠く霞む雪の冠を頂く山々。

 高く、空の果てを流れる雲々。

 

 

 一つの世界が、そこに生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心が震えるとはこのことか。

 肌が粟立つ感動など、生まれて初めてだった。

 

 

 が、それも時間が過ぎれば落ち着いてきた。

 一つ強めの風が吹き抜けたのを期に立ち上がった。

 

 足が草に覆われた地面を踏みしめる。

 床の固さとはまるで違った感触。

 柔らかい。まるで天然の絨毯のようだ。

 それを葉と、張り巡らされた根っこで柔らかく解れた土のためと分析する俺は、おそらく情緒というモノが足りないのだろう。

 さて。

 

 

 

「素晴らしい、けど……こう、やり過ぎた感が………」

 

 

 

 後で思い返せば、新しい世界の最初の言葉はわりと台無しだった。

 

 

 

 

 

 

 


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