無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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どこで切ったら良いのやら……。
色んな部分で悩んだ結果、時間をかけて長めの文章に上がりました。





第伍章 01 人類滅亡の決まった世界 (???編)

 

 

 

「ほう、触覚とな。確かに素製の自動人形(ザインフラウ)なら触覚だろうが痛覚だろうが味覚だろうが付けられるか。そりゃまた人間性を学ぶにゃ良い教材だ、色々と違うもんだろ?」

「未だ実装稼動時間は短いですが多数の発見があります」

「知覚感度を落とすともっといいかもな」

「そちらも、先だって実行いたしました」

「生身のレベルは不便だったろう?」

「小指が………」

「あぁ――――足か」

「痛うございました」

 そりゃまたのっけから災難で。

「――ところでマスター、私はお笑い芸人を目指そうと思います」

「いきなり何言い出す!?」

「書物によれば『人を笑わせるには人の心を知らねば』とありました」

「あぁ本ね。どっか壊れたかと思ったぞ」

「私の本体に時間経過による損壊はありえません。……もしや今のはジョークというものでしたでしょうか?」

「違うよ……」

 とぼけた問いにがっくりと肩を落とす。

(変な所で素直すぎる、どうしてこうなった?)

 昔はもっと聡明そうだったと記憶しているが、もしや人に近付くとはこういった事かと愕然とする。しかし自分で進めた手前、もうちょっと何とかならんかとは言えない黒川だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アレは何なの? あなたの図書館にあった地図と違うようだけど?」

 

 姉妹の希望により、急遽上映が始まった映画祭り。

 アニメからアクション、サスペンスときて最後にロマンスの有名処を総なめした四日間の巡礼。女性特有の妙な熱意は、俺が生まれる千年以上昔から変わっていないと証明されたわけで。

 ウンザリするほど見飽きた暗幕の覆いが除けられた今、ようやっと開放された俺はぐったりとテーブルに伏していた。そこへ掛けられたのが今の質問だった。

 

「今更かよ。おせぇよ……」

「「けっこうおもしろかったわね」」

「そうですね。本も良いですが偶にはこういった映像作品も悪くありません」

「いっくら何でも見すぎだっつってんだよ」

「マスター、女性とはそういうものと書籍には……」

「わかったわかった。だなぁ、そぉいや女ってそんな感じだったなぁ。女の親交なんぞ昔過ぎてもう忘れてたよ。―――で? なんだって?」

「アレよ」

 

 疲労した頭で聞き返した。

 指差しは宇宙ステーションの窓ガラスを越え、宇宙空間を隔てて地球を示していた。

 どこと指定するでもない漠然とした問いは、だがこの世界の住人でもなければ誰もが問うてしまうものだろう。

 遠く地球の表面を覆う海と陸。

 その陸地が、まるでベタ塗りに塗りつぶしたように茶一色だったのだ。

 

 彼女達が最初にきれいだと言ったのはアメリカ大陸がこっちを向いていた時で、今はアジア大陸の辺り。本来ならあるはずの雲殆ど無いという異様さと、それによって見えた眩暈がするほど広大な茶色。海の青がある事で余計にそれが目に付いた。

 そこには本来、植生や地形による高低差によって生まれるコントラストが全く無かった。

 見ているだけで薄ら寒いものが背筋を這い登ってくる、そんな光景。

 

「ああアレ。アレなぁ……」

「なにをもったいぶってるのかしら?」「さっさとお言いなさいな」

 せっついて来る姉'ズ。

 でももう予想がついてるんだろう、口元が少し楽しげに吊り上っている。

 いやいや、予想といっても別にあの茶一色が何かとかじゃない。それではなく、アレが、ああなった原因こそがこの世界へ来た目的なのだと悟ったからだろう。

 だからこっちも精々もったいつけて言ってやった。

 

 

「アレやったのな―――異星人なんだよ。

 

 エイリアン。

 さっき見た映画に出てたろ? 別の星からの侵略者、ってヤツ」

 

 

 整ったまぶたがふっと大きく開いて、きれいな瞳が良く見えた。以前のメデューサの魔眼は『宝石』と呼ばれたが、三人共に負けず劣らず魂を引き寄せる美。得した気分だ。

 そして一拍おいて、ふふふっと楽しそうな笑い声。

 困ったように眉尻を下げたメデューサと別に、実に楽しそうに笑うエウリュアレとステンノ。

「まさか映画で見たばっかりのが出てくるなんて思わなかったわ」「あんなのと同じ様なきもちわるいバケモノがたくさんいるのよね?」

「もちろん、地獄の窯が溢れたってくらいどっさりとな」

「「アレをみる限り、ずいぶん負けてるようね?」」

「ああ。負けも負け、ボロクソに負けてるな」

「「ふふ」」

 

 薄い微笑はもがく昆虫を見下ろす人の笑み。

 ようはロクな笑い方じゃないんだが……絶世の美(少)女はこれでサマになる。

 

「絶望的な戦況」「必死に抗う男達」

「楽しめそうか?」

「「ぇぇ――――すっごく、好み」」

「いやはや、よろこんで貰えて何よりだ。っはは、退屈なんて言葉なんぞ出んぞ」

「ええ」「本当に」

 くはっ、ははははは。ふふ、うふふふふ。と不気味な声が紅茶に波紋を残す。

 

「トウリ、では……」

 "敵"となりえる存在がいる。

 困った主と姉に苦笑いを浮かべていたメデューサも、話から自分にとっての要点を抜き出して表情を改めた。

 黒川はそんな彼女にニヤリと返す。

「そうだ。三人の初めての異世界訪問は」

 

 

 

 

 ――――エイリアンぶっ飛ばして人類を救ってみよう――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴーーーんぽーーーんぱーーーんぽーーーん

 

 

 その日、世界中の人間という人間の耳に間の抜けた音が届いた。

 日々を何事もなく暮らす人々の耳に。

 苦難を越えた未来へ向けて行動する人々に。

 異星人に侵される今を憂う人々に。

 溢れかえる異形のバケモノと戦う兵士達に。

 人種国籍関係なく、誰も彼も分け隔てなく、その"放送"を聞いた。

 

 

 

『こちらは種族保存機構です。

 現時刻においてホモサピエンス種の絶滅が確定致しました。

 つきましては、これより絶滅確定種に対する保護制度"一度限りの制止"を適応し、種の保存に努めます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義道徳仁友愛。

 悪党非道人非人。

 判で押したようなお題目はツマラナイ。

 そうは思わないか?

 人は知らず知らず効率的に人生を過ごしてゆく。

 学生、就労、婚期、定年。

 様々な社会制度の存在が区切りとなって自覚を促す。

 "自分は―――へ成れるだろうか?"

 "その為には時間を有効に使わなくては"と。

 生き急ぐと言うほどでもないが、一切気にせずのんびりとも言えん。

 

 ところで……私は事情により時間の制限を引き千切ってしまった。

 幸いな事に物語に良くある記憶容量のオーバーフローなぞは無い。

 まして千年を越えても生に飽きて世を倦むなぞ欠片も無い。

 日々楽しく健やかに過ごしている。

 楽しいと思ったら笑い、

 悲しかったらこっそり泣くかどうにかしてしまい、

 腹が立ったら殴ったり八つ当たりし、

 そうでなければまったり音楽を聴いたり本を読んだりしている。

 千年どころか万年続いたとて何の問題があろう?

 世界とは、常に変わり続けるものなのだから。

 未来とは、未知を踏みしめることなのだから。

 

 話が逸れた。

 こうなってみて、やはり改めて思う。

 価値観とは社会という個を覆う傘の裏に書いてあるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり(かた)りですか……」

「なにを人聞きの悪い。おおざっぱな方針が人助けっぽい方向向いてるから気にするな」

 ふぅ、とため息をつくメデューサ。表情は呆れと諦めが等分で出来ている。短い付き合いながら既に諦めが含まれているあたり、少しばかり我が身を振り返るべきかとも思ってしまうが……、三つ子の魂百までと言い訳しておこう。

「さて……こんな感じで進めて、そんでもって基地(ベース)での客の対応は任せていいんだな?」

「ええ」「十分よ」

「・・・。

 ―――?」

「私が」

 生活破綻者、というより寄生生物と似たり寄ったりな虚弱者。言いだしっぺではあるのだが、そんな二人の自信はいまいち信用できず、思わずとった確認に、家事から護衛まで何でもござれなできる末妹が『任せてください』と頷いた。

 なら安心だ。どうせステンノとエウリュアレも最初から面倒なのは、全部メデューサをこき使って済ますつもりなんだろうし。

 

 

 

 あれから、これからどうするかを話し合った。

 俺個人としては基本的に前線で大きく動くつもりは無い。今のところ。あくまで今回の主役は三姉妹、俺は脇役。

 で、色々積極的な案は出たんだが。

 結果は実働は大雑把にこの世界の住人に任せようという事になった。

 要はアレもコレもとやっちまうとよろしくない。そういう事だ。

 勿論そうなれば顔を合わせるような接触も増える。なにせこの世界の人間の殆どは実状はともかく、信用やらを完全に投げ捨てられるほど現状に切羽詰ってるようには見えないから。最低限のこちらとあちらの擦り合わせは必要だろう。

 ただそこは"趣味"と実益を兼ねて双子が立候補。どっちに比重を置いてるかが分りすぎるとか色々と不安にならずにいられんが、まぁどうなろうとそれも経験だろう。

 さあて、忙しくなるな。手始めにまずは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『世界の皆さん、こんにちは』

 

 ハンガーに収まったF-4の大腿部へレンチ片手に頭を突っ込んでいたダン・モロは、機械油に汚れた作業服の袖で汗をぬぐって天井を見上げた。

 この機械油臭い格納庫に似つかわしくないキレイな声は、一昨日にも聞いている。あの時もこうして突然スピーカーも無いのに空中から声がした。奇妙な声だった。なにが奇妙かって、格納庫なんつー音が響きまくる場所だってのに一切反響がなかったからだ。

 それだけじゃない。いきなり種族保存機構とか言われても、精々がBETAとの戦闘で心をやられた兵士がヤクキメて馬鹿やったくらいにしか考えてなかった。基地の誰もがそんなもんだった。だけど顔真っ赤にした憲兵隊が虱潰しに基地ン中ひっくり返しても問題のアホは見つからなかった。あの馬鹿ども、最後には戦術機の装甲ひっぺがして下にいないかとか言い出して、おやっさんのカミナリ落とされてたが。

 そうこうしたら、どうにもあの声が聞こえたのはこの基地だけじゃねぇって事がわかった。それも他所んトコじゃ偵察に出てた戦術機の中にいても聞こえて、そんで回収用にオートで記録採り続けるデータボックスにすら記録が無かったって話だ。もちろんちゃんとモノは動いてたって話でだぜ?

 こうなると話が妙になってくる。

 もし仮に奇跡的にヤク中が馬鹿やって奇跡的に雲隠れして、しかもそのタイミングで複数のデータボックスに欠陥が発覚したってんなら、まぁ奇跡的な確立だが、もしそうなら問題だ。

 

 そんで、そうじゃないならもっと大問題だ。

 

 ここで一日経ってた。つまり昨日の夕方。謎の放送があってから一日掛けてようやっと、こりゃ何かオカシイって誰もが気付きだした。

 そうなると馬鹿がやらかした不祥事だから恥は隠しますとか言ってられねぇ。あっちこっちの基地と情報交換が始まる。上は上で。下っ端は下っ端で。それぞれ表裏合わせた横の繋がりってヤツで話がやり取りされた。

 結果、解った事はふたつ。

 

 ひとつ。

 ちょっと信じられない広範囲で、たぶん世界中で民間人だろうと何だろうと誰もがほぼ同じ時間に、いや、どうも"完全に同じ時間"にあれを聞いてたらしい。

 

 ふたつ。

 あの放送には音源が見当たらず、そして聞いた誰も彼もが自分の"母国語"だったと主張している事。

 

 

 どっちも馬鹿げた話だ。

 特にふたつ目。正直なとこ、無理にでも予想しろとか言われりゃ「あの声は一人一人の頭に直接話しかけた」とか空想超えて妄想バンザイな予想しかたたねぇ。軍隊でンなこと言おうもんなら上官にしこたまぶん殴られんのがオチだから誰も言いやしねぇが、でもそれくらいのファンタジーじゃなければ説明できないってのも事実。

 

「……ま、俺みたいのが考えてもわかるわけねぇんだけどな」

 頭もよくねぇのはわかりきってるしな。戦術機の適性も無かったし。まぁそれはいいんだ。あんなグロイ化物に食い殺されるとか冗談じゃねぇし。

 

「おいダン! 集合ださっさと来い!」

「うぃーす!」

 

 また憲兵どもか? やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

『こちらは種族保存機構です』

 

 

 

 

 

 

 

「―――認めるしかないか?」

 照明が落とされた戦闘管制室で基地司令は呟いた。

 軍帽のつばから覗く鋭い眼差しには、壁一面を埋める三十を超えるモニター・センサー群に異常は見受けられなかった。各オペレーターからも何の異常も報告が上がらない。

 今も異常は続いていた。仮にもここは国際連合軍の中国大陸における対BETA最前線である。相応以上の装備設備が整っているのだが、どのような手段でこの"放送"が成されているのか欠片も判明しない。

 そしてそれは、おそらく地球上の全ての国家にも当てはまるだろう。戦働きで老齢まで勤め上げた彼の直感が、この事象の難解さを悟っていた。

 

(これが本当なら、まるであの時の様だな)

 

 引き下げた軍帽の影で苦笑いする。

 彼がまだ若造と先任に呼ばれていたあの頃。WW2の終結から僅かたった二年で創設された宇宙総軍に配属された。当時は戦後の復興さえ碌になされていないなか、世界中が無残な焼け野原を忘れたがるように宇宙へと"何か"を求めて手を伸ばしていた。

 十年。

 十年余は何もなかった。

 有力国がこぞって開発に巨額を投じた多段式大型ロケット、軌道往還機、宇宙ステーション。アメリカが開発したスーパーカーボン。様々な進歩があった。

 更に宇宙軍で実しやかに囁かれる地球外生命体発見の噂。

 『何とかなる』

 今思えば馬鹿らしい話だ。だが、当時は誰も彼もが傷口から目を逸らして浮かれ騒いでいた。

 

 だが何百万何千万が死んだWW2から目を逸らす世界への鉄槌のように、あの事件が起きた。

 

 1967年

 月面、"サクロボスコ事件"。

 

 火星で発見された生命体は既に周知の事実となっていたが、国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チームが、サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種の存在を発見、その後消息を絶つ。

 

 誰もが、浮かれた頭に冷や水を被せられた気分だった。

 

 それからすぐ、後に第一次月面戦争と呼ばれる戦いが勃発した。

 BETA大戦の始まりだ。

 

 そこからは地獄の連続。

 連中がBETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race――『人類に敵対的な地球外起源生命』と命名されたのは当時はどうでも良かった。化物の呼び方を気にするぐらいなら神に祈っていた。『どうか襲われませんように』と。

 月面、宇宙空間で襲われればまず助からない。助かりようが無い。

 来る日も来る日も生理的嫌悪をもよおすグロテスクな化物の群れから生き延びる日々だった。それなりにあった月面基地はあっというまに、どこもかしこも化物に飲み込まれていった。生存者など一人もいない。

 少数がシャトルで地獄となった月面から脱出し、その中に入れた事に神へ感謝した。

 

 だが地獄が追いかけてきた。

 地上に降り注ぐあの化物の巣。

 地上ならと期待した空爆という手段が、射程100kmというレーザーを放つ光線級の出現により脆くも焼け落ちたあの絶望。

 陸戦最強の戦車の三倍以上の速度で突進してくる数千体の突撃級。

 砲弾を弾き返す複合装甲を容易く齧り、パイロットをむさぼる戦車級。

 巨大な動く要塞といって相違ない要塞級に、小回りの利く要撃級。

 機械化歩兵を容易く殺戮する小型の闘士級。

 

 戦って、戦って、戦って。

 その全てが負け戦だった。

 この歳になるまでだ。

 

 あの異星生命体との接触と、今現在起こっている未知の存在との接触は似ている。

 そう彼は感じていた。

 

 

 

『これより第一次対処(ファーストパッチ)を施行いたします。

 皆様方には現時刻より、統合情報網へのアクセス権が発行されます。

 統合情報網は世界中のほぼ全ての情報が掲載され、リアルタイムで随時更新されております。接続方法は"使用したい"との明確な思考のみで起動いたします。詳しいご利用方法は右上に常時表示されるヘルプをご覧ください』

 

 

 

「!!」

 厳しく顔が引き締まる。

 これは明らかに謎の存在に繋がる重要なポイントだ。

「まだ誰もやるなよ! いや無理か。誰でもいい、放送で使ったという者を呼び出せ!」

 ゆるぎないトップが下した指令はすぐさま成された。

 万が一の可能性に備えて防爆処理された部屋に入れられた衛士は、確かにこちらの合図で空間に光る画面のようなものを出現させたのだ。

 当面の直接的な危険は少ないとの判断から、すぐさまこの画面の研究が(といってもどのような物か程度しか調べられないが……)進められた。

 

 

 驚いた事に、この見て触れて誰でも母国語で読める空間投影式画面としか言いようの無い理不尽な存在には、本当に世界のほぼ全てが記載されていた。とある衛士が自分の基地を調べ、冗談半分で基地の予算の使い道を調べた事で発覚した。

 司令もこうなるとアヤシイなぞ言っている場合ではない。

 己も使用に踏み切り、そして驚く。

 使用した衛士達の報告にもあったが、確かに画期的なインターフェースで驚くほど使い心地がいい。後で従来の情報端末を使用するのが怖いくらいだ。

 まぁ、それはいい。検索する。

 すぐに出てきた。

 ―――本当だった。

 流石にプライバシーなどの部分は守られているが、明らかに表に出てはマズイたぐいの情報がまったくのフリーで閲覧できている。

 背中を冷たい汗が流れ落ちた。

 

(これは……なんという事を……!)

 種族保存機構とやらが何を考えてコレをしたかは分り過ぎるほどに分る。大陸一つ失おうとしている現在で、なお内輪揉めばかりする世界を"膿を出す"ことで纏めようというのだろう。だがしかし、薬も過ぎれば毒となる。

 今回のこれは、彼の目から見て明らかに『猛毒』だった。

 下手をしたらBETA以前に、これから起こる未曾有の混乱で人類はとどめを刺されるかもしれない、そう思ってしまう。

 それだけは止めなければならない。何十億という犠牲を出しながら戦い続ける人が、このような馬鹿げたことで滅んでいいはずが無い。

 ……だが、止めようがない。

「どうすればいいのだ……」

 ただ掠れた声だけがこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

『それでは皆様、よき生存への努力をなされますよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如人類に行われた宣言がもたらした物は大きい。

 人種や言語の壁、地球の反対側だろうとリアルタイムで情報のやり取りが可能なグローバルネットワークが、個人単位で機材や時間、場所といったあらゆる通常の制約を無視し利用できるようになった。

 また、その一切合財全て隠さぬ隠せぬ透明性に、中国大陸の最前線における物資の横領などを代表とする隠された不正・罪が公になった。

 

 あの放送から一週間。上官高官に対する粛清は世界規模で吹き荒れた。

 どうやったのか、誰一人それがどのように成されたか知る者は居なかったが、統合情報網には過去の完全に抹消された記録までが記載されており、あらゆる不祥事は専門に追跡調査を行ったと言われても疑問に思えないほど、徹底して丸裸にされていた。

 誤魔化しようも無く正確精密詳細な証拠が閲覧可能とあり、粛清は必然と世論は傾いていた。

 もっとも証拠の全てといっていい突如謎の存在からもたらされた情報が、完全に信頼できるかと言われれば、それは疑わしい。しかしBETAという脅威を肌で感じた事がある者にとって、これは千載一遇のチャンスだったのだ。

 

 仇を取りたい。

 故郷を取り戻したい。

 家族を守りたい。

 死にたくない。

 BETAを殺したい。

 

 なのに許されない。

 

 国家のメンツ?

 国家の利益?

 個人の主義主張?

 

 そんなこと言ってる場合ではない。そう現状極めて怪しい未来を憂う人間は、実のところ非常に多かったからだ。

 

 

 1999年現在。

 50年に亘るBETA戦争は人類勢力の敗北に終始し、昨年アジア・ヨーロッパ大陸を合わせた世界最大の大陸、ユーラシア大陸の陥落により人類敗北の気配はより一層濃厚となっていた。

 犠牲者は既に世界人口の六割を越え、中国の化学物質・金属・レアメタル、中東の化石燃料など、近代において重要な物質の世界的な一大埋蔵地の多くがBETAの支配地域へと落ちた。

 

 幾度と無く繰り返された反抗作戦。

 それらは一つとて実を結ぶ事無く、幾千幾万の将兵の命と共に潰えた。そんなユーラシアの地獄の戦線を知る者達は誰もが歯痒く思っていた。

 

 そんな彼らとて当たり前なら軍規に国法に権力にと雁字搦めに縛られ、とても表立って非難などできる立場ではない。

 しかし、チャンスが来た。

 それも信じられないほど大きなチャンスが。

 何の準備も無く、勢いだけで声を上げてもやれると思えるだけの機会が。

 このさいこれが別の宇宙人がやった事だとしても構わない。要は利用できるならしてやる、やる事やらないんならどかして俺がやる、そういう気概が人々に残っていただけの話だった。

 

 

 この一週間を世界的にみれば、後方国家の政治家などは被害が少なく(無論悪評が立ち政治家生命などは危機的だが、最低限生命が奪われないという程度で)、BETAの危険に晒された地域では、徹底して速やかな『排除』が行われる事となった。

 

 この未曾有の混乱による死傷者は、正確な数は判明していない。

 ただ、少なくとも世界中で十万人を超える死傷者が出たのは確かだ。

 

 

 

 

 

 

「これが神の視点なのでしょうか……」

 

 メデューサが俯く。藤の花を思い出させる色がさらりと揺れて、憂い顔を隠した。

「滅びの運命を覆す。多くの人を助ける目的とはいえ、その過程で少なからぬ人が犠牲となってゆく。――本当にこのような必要があったのですか?」

 振り返るその問いはその場しのぎの嘘を許さない、何か鋭いものを突きつけていた。

 傾けたカップを置き、真摯な、しかしあまり意味の無い問いに答えた。

「死人の数の大小を気にするか? 一人死のうが万死のうが関係あるまいに」

「……本気で、本当にそう思っているのですか?」

 すっ、と目が細くなる。

「所詮他人だろう。それを気にするのは"蛇"が薄くなったからか……?

 まぁいい。必要があるかと言われれば必要ない犠牲だ」

「――――」

「だが決めただろう、この世界の者に任せるところは任せると。全てをこちらでやるのは簡単だがそれでは為にならないと。それは今失われる人命と未来に失われるかもしれない人命を秤にかけて、今の命を切り捨てると同意したという事でもある」

「――――」

「確かに気を使い細心の注意を払えば世界に死者など一人も出さん事は出来るし、たとえ死のうと肉体ごと欠片もなくなろうと復活は出来る。しかしその義理はあるか? こちらはこちらの目的があってこの世界の情勢に手を出したとはいえ、元よりこの世界で人類の滅亡は避け得ない未来だ。それほどにBETAは強大。仮にここで残りの人口の半分を捧げようともそれで種としての寿命が何十年かでも長引くというのなら……望外の奇跡と言われこそすれ、責められる筋合いなど無かろうに」

 

 頭では分っても忸怩たるものがある。葛藤に苦しむ顔がそれを示していた。。

 おそらく、彼女が言っているのはそういう事ではないのだろう。もっと気持ち的な、助けられるのに助けないという行動自体に思うことがあるのだというのは、よく分る。

 サーヴァントだった頃の彼女なら悩まなかったに違いない。良くも悪くもあの彼女は伝承の怪物『メデューサ』だった。しかし今はそれらの属性を備えつつも、あくまで人間としての魂を核として在る。加え、精神性の変化とは一朝一夕で飲み込める物でもない。それゆえにあの星の住人へ引かれてしまうのだろう。

 割り切るにはまだ若い。

 良くも悪くも人は慣れるものだ。やがて彼女も、そういった感情を抱かなくなるのだろうか? そうあなどりと取られかねぬ思いを浮かべ、しかし多様だからこその価値もまた、認める。だからこそ選択は彼女に委ねなければならない。

 

「「……メドゥ、あなたはどうしたいの?」」

「わたし、は……」

「好きにしろ。むしろそれを含め経験を積む為の訪問だ。ステンノ達の事は俺がやる」

「……すみません、たんなる自己満足にしかならないとは分っているのですが、今回は少し自分で動いてみたい」

「いってらっしゃい」「がんばってきなさいな」

「はい」

 

 踵を返す彼女へ声を。

 

「力が要るなら遠慮なく言え、サーヴァント」

「――それでは逆ですね、マスター?」

 苦笑の気配。

「ですが、ありがとうございます。姉さんもあまり迷惑をかけないようお願いしますね」

 

 

 

 

 扉が閉まる。

 

「いいの?」

「いいに決まってる。そっちこそ可愛い妹のたまのわがまま、うれしいだろ?」

「……えぇそうね」「でもあなたのその見透かした感じはイヤ」

「そりゃ申し訳ない」

「紅茶をもう一杯、くださる?」「息のつまる話で肩がこったわ。もんでくださる?」

「む、早速か。仰せのままに」

 

 ポットの茶葉を入れ替えつつ、姉妹の分らない程度に小さく肩を竦めた。

(……いやはや、ちょっとばかり安請け合いだっだかねぇ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどゴタゴタがあろうと、日夜BETAの襲撃に備える最前線では任務放棄はありえない。BETAは人間の事情など関係ないのだから。怠れば防衛線を食い破られ、また一歩後背地の人々が喰い殺されるのだ。

 

 

 

 地響きが鳴り響く。

 見渡す限りの荒野を合金の塊が踏みしめた。

 全高20M、装甲を国軍の黒に塗られた戦術機、第二世代戦術機にあたるF-15C『イーグル』の日本ライセンス生産機F-15J『89式戦術歩行戦闘機・陽炎(かげろう)』と呼ばれる巨大人型兵器が行軍していた。

 本来なら距離を稼げる筈の、腰の横へ接続された6Mを越える巨大なエンジンユニット"跳躍ユニット"に陽炎はない。ここはBETAの支配域、光線級の射程内。迂闊な飛翔は即、死に繋がる。ゆえに彼らはセンサーに注意しつつ、横浜ハイヴと名付けられた遠くかすむ異形の建造物を目指していた。

 

 ―――ザ、ザザザザ

 

 先に行われたミサイル攻撃に対する光線級の迎撃を防ぐため、先行して迎撃される事を前提に撃ち込まれたALミサイル(レーザー照射を拡散させる重金属粒子を空気中にばら撒く)により、無線機がノイズが起こす。

 

『――ジジ―、・標先頭が20km地点を通過しました。数800』

 

「各機、戦闘用意」

『『『了解』』』

 

 網膜投影式のモニターには共に行軍する第4師団324機の戦術機が、各々36㎜チェーンガン(36㎜突撃機関砲:RG-36)と120㎜滑腔砲(GG-120)が一体となった87式突撃砲や、ロングバレル採用の狙撃仕様120mm滑空砲である87式支援突撃砲を構えるのが映る。

 その多くは己と同じ陽炎だが、中には初の国産戦術機であり、我が国が世界に誇る第三世代戦術機、94式戦術歩行戦闘機『不知火(しらぬい)』や、今では旧型となったが世界中で最も多数配備されている第一世代戦術機、F-4『ファントム』のライセンス生産機『撃震(げきしん)』も少数ながら見受けられる。

 撃震は生産された多くが配備されていた第8師団が、昨年のBETA日本本土大侵攻により壊滅したために数が少ない。おりしも陽炎への機種転換が始まっていた為に再度の大規模生産もなされず、現在稼動機体数は部隊として動けるほど纏まった数はない。だが国の全力を傾けたこの作戦に機体を遊ばせておくなどありえず、こうして連隊に組み込まれていた。

 さらに遠くを見れば、また形の異なる戦術機がざっと70機余見受けられる。数にして二個大隊のそれらは、この国では使用されていない外国の戦術機が多い。大多数は国連軍所属機を示す"UNブルー"に塗装されていた。

 総勢で400機に迫る大部隊だ。それなりの年月軍籍に身をおくが、ついぞ見たことの無い壮観。戦人として心躍る景観だが、これで今作戦における全戦力の極一部でしかないというのだから驚きだ。

 

 しかし周囲を見回し、この国も余裕を無くしたものだ、と正直に思う。

 平時ならば自国の領土を侵略者から取り戻すのに、他国や国連の手など決して借りようとはしなかっただろう。帝国としての誇りが助力を良しとしないのは己もわかる。だが―――

 

 大陸失落からこっち、帝国は朝鮮半島からのBETA進行によって攻めに攻められた。

 北九州を中心に上陸したBETA群は怒涛の進撃を開始、僅か一週間で九州・中国・四国地方を蹂躙した。

 犠牲者3600万人。

 日本人口の30%あまりが犠牲となった。

 そればかりか、一ヶ月にも及ぶ激烈な防衛線の末に帝都京都までが陥落。東京へ首都を移す仕儀となる。近衛たる帝国斯衛軍すらもこの防衛線で多くの戦力を失い、苦すぎる敗走を余儀なくされた。己の部隊もまた、BETAの圧倒的物量を前に戦線を維持できず、多くの仲間が貪り喰われる中で辛うじて三分の一だけが離脱できた。

 あの時どれほど悔やんだ事か。

 主脚を損傷し擱坐(かくざ)した僚友の悲鳴に背を向け、逃げるしかなかった己の無力をどれだけ呪ったか。

 

「……しかし、今ようやくその借りを返す時が来た」

 陽炎の腕が背中の可動兵装担架システム(通称"兵架")より、87式突撃砲をもう一丁取り外す。

 主動力として搭載された蓄電池とマグネシウム電池の電力により、支持装甲内に張り巡らされた電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)が伸縮し、人間には扱い得ない巨大な銃器をしかと堅持する。滑らかな動作に愛機の整備の万全を感じつつ、緑のほとんどが失われた荒地の彼方、もうもうと上がりだした砂煙に目を細めた。

 

 その時、後列から凄まじい砲声が連続した。

 雷光の如き閃光が閃くと、僅かな間をおいて砂煙の中に新たな噴煙が複数立ち上った。

 

 部隊後方につく砲兵部隊の自走砲が砲撃を開始したのだ。

 100を越える砲門が連続して火を噴き、化物どもを地表ごと効果的に吹き飛ばしてゆく。この僅かな時間で演習ではありえないほどの火力が集中運用されている。無線からオオッと此度が初陣の武家の若者の声が漏れた。

 だが彼は知っている。あれしきの砲撃では足を止める事など出来ないと。

 事実、五秒と経たず爆炎の壁から白いモノがゾロゾロと這い出してきた。

 信じられないという呻きを無視し、望遠カメラの捉えた映像に集中する。そこにはいかにも攻撃的な形の甲殻を被った巨大な生き物が映っていた。灰色の岩石のような質感の甲殻に浮いた紫の斑点が見るものにグロテスクな嫌悪を煽ってくる。

「――突撃級」

 敵意と忌々しさが呟きと共にこぼれる。

 

 

『突撃級』

 

 BETAの侵略において先陣を切る突撃兵だ。

 全高18Mの巨大をダイヤモンドより硬く分厚く、さらに再生能力まで持つ甲殻に包んだBETA種。攻撃方法はその大質量を複数の脚で支えつつ、時速170kmにも及ぶ速度での突進のみ。もっとも質量と速度ゆえに小回りはまったくと言ってもいいほど利かないという弱点があり、冷静にタイミングを見計らい回避しやり過ごしてしまいさえすれば、後は煮るなり焼くなりできるのだ。

 だがそうは言っても砲弾を弾き返す甲殻による防御力と、戦術機の主脚移動を大きく凌駕する突進速度、何よりも数百数千の数での驀進を目の当たりにした際の、あの圧倒的を越えた、絶望感すら覚えるほどの迫力が厄介すぎる。これに飲まれて体当たりをうけ、乗機ごと命を砕かれた衛士は数え切れない。それは戦術機乗りたる衛士が、世界中で新兵に教える初陣における『死の八分』が、このBETAの先鋒たる突撃級との接敵と言って過言ではない事からも窺えるだろう。

 

 九州・中国・四国地方、どの戦場でもこの兵種の突進蹂躙によって日本軍の戦線は大きな被害を出している。恐怖に呑まれるなと言ってその通りにできれば世話は無いが、文字通り地を埋めつくように猛進してくる化物相手ではそれも酷。まして、これが初陣となる補充兵とて多い。

 しかし全てをかけた乾坤一擲のこの作戦において、断じて同じ轍を踏むわけにはいかない。師団長も即座に判断したのだろう、すぐに指示が来た。

 

「側面へ周る、ついて来い!!」

 

 無理に正面からぶつかる必要は無い。それは愚挙だ。

 無論全軍で回り込むわけには行かない。場合によっては脚を返した撃ち漏らしと後続のBETA本隊に挟撃される危険があるからだ。もしも挟撃され、BETA側に光線級・重光線級が多数存在したら……。頭を抑えられた状態での戦闘を余儀なくされ、そして機動性の落ちた戦術機など絨毯のように群がり来る小型種『戦車級』にあっという間に取り付かれるだろう。そうなれば助かる道などない。複合装甲に齧って穴を開ける戦車級相手に、戦術機に施された薄い装甲など意味が無いのだ。比喩でなくこれだけの戦力が全滅する可能性すらありうる。そんな危険を犯せるはずが無い。

 ゆえに、まず機動力に優れた少数精鋭を率いて敵軍を横撃し、砲撃と合わせ少しでも数と足を削る。

 

 この任務は口で言うほど易くない。ようは本隊から突出して遊撃しようというのだ。

 もしも後続のBETA群に捉まれば、もしも遠方から光線級に狙撃されたら。多くの危険の一つでも現実となれば、かなりの痛手を受けるだろう。だが躊躇する者はいなかった。何故ならばここにいるものは皆、この戦いが帝国の未来を分ける一戦と覚悟しているからだ。

 

 彼の指示に応じて一個大隊36機の陽炎が後に続く。

 ある程度の危険を割り切り、機動性を重視して超低空の匍匐飛行で移動する。

 300Mほどの低空水平跳躍を繰り返し、突撃級の正面から側面へと回り込む。BETAの攻撃目標の選定は幾つか法則性があげられているが、基本的により多く、より高度な電子装備を積んだ存在を目指す。基本的に直進する突撃級は連隊を目指して進み続けている。

 

 部隊が突撃級の側面へついた。

「射撃開始! このポジションで外すなよ!」

 甲殻の無い突撃級の尻へ36mmの弾雨と降り注ぎ、120mm弾が脚部を撃ち砕いてゆく。

「殺すより少しでも多くに傷を負わせろ! 足が鈍ればそれでいい!」

 言いざま放った砲弾が一匹の脚を吹き飛ばす。戦術機の登場以前は戦車の主砲に採用されていた120mm滑空砲は現在でも有効だ。昆虫の脚のような脚部は割れ砕け、人には在り得ざる異色の体液を撒き散した。

 その突撃級は甲殻の尖った鼻先でつんのめる様に速度を落とし、次の瞬間には後続に尻を抉られ、血飛沫を捲いて砂塵へ沈む。

『御見事です!』

 有言実行の目に見える戦果に士気が高まる。

 折りしも本隊との距離が4kmにまで迫り、自立誘導ミサイルの射程圏へと突入した。本隊の不知火の中で、両肩部へ大きなミサイルコンテナを背負ったものがレーダーアレイを煌かる。多数の飛翔体が炎の尾を引いて飛び立った。

 弧を描く軌道で破壊の塊が降り注ぐ。

 砲撃とはまた違う、大地を打ち鳴らすような轟音が響き渡った。

 先の砲撃で抉られた甲殻は再生しきらず次々割れ砕け、炸裂した緋炎は周囲の肉を一気に焼き払った。

 

(いけるか!?)

 これなら損耗無しで切り抜けられるかもしれない。

 今作戦、"明星作戦"には二つの戦略目的がある。

 一つはBETAからの本州奪還。

 そして二つ目は横浜に建設されたBETAの巣、『ハイヴ』の攻略だ。

 幸いにしてハイヴ建設の基点となる、月のBETAより落とされる着陸ユニットが落ちたのは昨年。ハイヴとしては未だ早期であり、横浜ハイヴの規模を示すフェイズは1~9の段階の中で二つ目の「2」。予想されるBETA総数も少なく、日本海を挟んだことで韓国に建設された鉄原(チョルウォン)ハイヴからの新たなBETA群が雪崩れ込む危険も薄い。しかも一度取り返してしまえば、BETAの動きが鈍る海の盾が復活するという条件もある。

 これらの好条件が、大東亜連合及び国連軍が人類初のハイヴ攻略へと大反攻を決意した土台だ。その結果としてBETA大戦で二度目となる世界規模戦力の投入が決定されたのだ。

 

 然るに、やはり大陸での戦いに比べて負担が少ない。無論あの絶望的な撤退戦の経験を経てBETAとの効率的な戦い方を軍が学んだのもある。だがそれ以上に相手の"数"が少なかった。

 現在地は既にハイヴより35km地点であり、他の軍団も着々と突入への包囲網に着きつつある。大陸ならハイヴへ此処まで近付くだけで、突入するだけの戦力を維持できるかどうかも疑わしい。それほどの数の暴力が雪崩れかかってくる筈なのだ。

 にも拘らず、ここまで近付いてこの程度。

 決して油断は出来ないが、この勢いが続くなら……

 

 撃ち尽くしたマガジンを入れ替える。

 

 

「人類史上初のハイヴ陥落、成る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬうん………っ、――くぁ!」

 

 三時間ばかり座り込んでいた身体を伸ばす。

 これくらいでこる様なヤワではないが、縮こまった身体を思い切り伸ばすのは、やはり気分がよろしい。

 

 あれから掛かりきりである物をこさえていたのだが、なかなかどうして面倒だったのだ。

 在り来たりの物なら、それこそリアルタネ無しでワン・ツー・スリーとやれるのだが、今回のは若干面倒な縛りがあったので時間を食ってしまった。

 出来上がったのはついこの間実行したファーストパッチに続くパッチ。

 セカンドパッチ。

 今度はかなり直接的な代物なのだが、お陰でこの世界の技術レベルに変な影響が出ないよう色々と細々した部分に気を使わねばならなかった。その調整がま面倒くさいこと面倒くさいこと……。久方振りに簡単に終わらない仕事をした気分。しかしたった三時間程度でこんなになるとは、人間だった頃から見れば処理能力こそ桁違いだとはいえ、驚くほどに堕落したように思う。

 

 

 

 さて。技術レベルに苦心したと言ったが、この世界の技術は非常にアンバランスな発展を遂げている。

 原典となる作品内で重要なワードがあった。

 

『手の平サイズの半導体が作れない』

 

 これは世界最高規模の権限と世界最先端の技術を握る、世界的な天才科学者のお言葉だ。

 

 半導体とは導体と絶縁体の中間に位置する物質の事を言うのだが、科学技術が若干進んだ世界より訪れた主人公の持っていた、たんなる民生品の携帯ゲーム機を見ての言葉から、これは一般的に言う半導体を使用した集積回路の事を指しているのだろう。――まさかただの半導体の板切れすら作れないと嘆いているわけではあるまい。

 つまるところ、それはどういう事かといえばだ。

 

 

 身もフタも無い言い方をしよう。

 

 つまり、この世界では世界最新・最高技術を用いて、『ゲームボーイ』が造れないのだ。

 

 いやゲームボーイは言いすぎか? せめてカラーくらいか?

 ともかく全高二十メートルの二足歩行ロボットが飛んだり跳ねたりしているのに、だ。

 正直なところ、原始人が適当に火山から取ってきた硫黄を何やらと適当に混ぜたら奇跡的に火薬らしき物ができ、便利だから狩りで使っているような印象を受けた。

 至極馬鹿にした言葉だが、事実それより大きな奇跡でもないと無理だと思う。

 機械技術による満足な二足歩行とはそれ程に困難なのだ。

 如何に生体が優れているかが分るだろう。

 そしてゲームボーイが作れない技術力で、その優れた生体と近しいロボットを作り上げる?

 ――無理がありすぎる。

 

 まぁ機体を巨大にし、かつ重量を極限まで削るのもその関係があったのかもしれない。背が高ければそれだけバランスが取りやすくなるし、それによる重量の増加も装甲をひたすら削る事で、劣悪な技術により製造された資材による耐久重量へ収めるためかもしれない。

 いや、装甲を削ったのは第二世代戦術機からで、重装甲型の第一世代が簡単に食い破られたのが原因だったか?

 

 とにもかくにも、これで同時に網膜投影式ディスプレイや超薄型の対Gスーツが量産されていたりするのだから、如何にこの世界の機械技術レベルが出鱈目かは明白だろう。

 何せ明らかに所有する技術を超えまくっている。不思議だ。

 

 

 

 とまぁぐだぐだ世の不思議に首を捻っていたわけだ。

 間抜けな事に実機を見ずにこんな事を考えてたんだが、いい加減面倒になって廃棄された実機を空間転移の要領で地表から拾ってきてちょろっと見た。

 最初からこうすりゃ良かった。

 なんつーか、完全に盲点だった。

 この機体。MSとかと違ってエンジンが無い……。

 よくよく調べたらどうも機械というよりも、某世界で稼動している生肉製の巨大人型戦車「士魂号シリーズ」とそっくりだった。

 

 いやはや、意外も意外。まさか電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)とか言うみょうちきりんな素材で難易度が激下がりしているとは予想外だ。

 エンジン抜きで大丈夫かとか、そんなモンで歩行とかできるのかとか疑問はあるだろう。

 簡単に言えば、電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)とは人間の筋肉のと同じなのだ。電気を通すことによって伸び縮みするのである。だからエンジンなんて嵩張る物を無理に乗せなくても、少し大きな蓄電池やマグネシウム電池を幾つか搭載する事で必要電力をまかなえてしまうのだ。

 人間でも神経電気を賄うのに別に心臓を用意したりしていないだろう?

 その程度で済むのだ。

 後は内部にある骨格に擬似筋肉の束を貼り付け、それでも運用する兵器が重過ぎるから、セミやトンボのように支持外殻の裏側も利用してなるべく電磁伸縮炭素帯の量を多く張り巡らせる。

 完全な機械オンリーのロボットと違ってかなり柔軟な動きが出来るから、背の高さと合わせてバランスも取り易い。

 

 これならなるほどと頷いたものだ。

 第二世代以降の戦術機が、やけにアッサリと軽装甲回避重視に転向したのもこれで理解できる。この造りだと装甲がヤられた時点で機体もオシャカなのだ。

 普通なら装甲が破れ、更にその奥の機構が致命的なダメージを負ったところで駄目になるのだが、戦術機の構造では電磁伸縮炭素帯の一端を支える装甲が崩壊した時点で擬似筋肉の張りが失われ、機能を喪失してしまう。これでは確かに装甲というには、ちょっとばかり頼りない。

 

 原典作品をざっと検索してみれば、なるほど考察を裏付ける場面もある。

 装甲へ取り付いた戦車級を剥がすのに、装甲を傷付けないよう非常に気を使っている場面だ。普通装甲食い破るようなのに取り付かれたら、装甲の下まで齧られる前に装甲ごとでも引っぺがすのが普通だ。なのにただの装甲を変に大事にしている。

 他にも、装甲を食い破られた段階で機体が各坐したりも。

 

 

 歯型のついた鉄屑を蹴り転がしてうんうんと頷く。

 あの謎が解けてからは速かった。

 さくさくと作業は進み、今さっき終わった。興がのって少しばかり趣味的な部分を加えたが、そんなもんだ。

 

 さて、そろそろステンノとエウリュアレが我慢できなくなる頃だろう。

 紅茶でも入れてやりにいきますかね。

 

 

 

 


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