無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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うーん、よくよく見れば原作チャラクターって殆どが、わずか二十代頭で極めて高い地位に就いている。
司令とか長とか挙句に提督とか。一体全体どうなってるんだ?
まだ若造と呼ばれるような年齢で何故に?
魔力才能かと思いきや、そうでないオペレーターまで何故か管制司令へと超出世。
となれば純粋な能力かと思うが、オペレーティングに極端な差が出るものだろうか?

子供に地位をゴボウ抜きされるいい大人たち。

管理局が超絶無能の集団で、箸にも棒にもかからないほど彼女達と隔絶した低実力だった。とかでないとするならば、やはり大事件解決の立役者として容姿を利用した宣伝などの一環でもあるのか。
だとするなら、周りはさぞかし悔しい思いをし、彼女達も居心地悪い思いだったろうか。
stsで同じ管理局でも周りは敵だらけという印象に納得がいく。



なんて妄想したり。




第肆章 05 休暇と崩壊 (とてもリリカルと言えない編)

 

 

 時空管理局は設立以来最大の危機を迎えていた。

 いや、もはや崩壊を迎えていた、と言った方が正しいか。

 日本の警察が不祥事を起こした場合では、組織関係者へ処罰やらがあろうと国民は警察機関の存続に関与はしないだろう。実際に交番やらで世話になっている部分も大きいから。しかしこれが国連だった場合、いったいどのような事態になるだろう?

 その答えが、今の管理局だった。

 

 大きな動きは二つ。

 一つは次元世界を治める各政府による非難声明と各種の要求。

 一つは局員やその家族の多次元への移動。

 

 一つ目は常から目の上のたんこぶだった管理局から、これ幸いと少しでも多く毟り取ろうとするもので、予想通りといえば予想通りの動きである。自分達の国の守りを駐留した他国の軍隊に任せるというのは、そう容易く納得できるものではない。

 いろいろと面子とかあるのだ。

 

 二つ目は不信からくる動きだった。ありきたりな不祥事ならば起こりえなかった事態だが、最もそれを煽る原因となったのが今回流出した中でも先のJS事件の顛末だ。

『JS事件』

 ジェイル・スカリエッティの引き起こした一連の事変。最終的にミッドチルダの首都クラナガンをあわや壊滅とまで寒からしめた過去最悪のテロ事件。その根幹が、事件後管理局が盛んに極悪人と吊るし上げたスカリエッティが、その実己を造り、人体実験を初めとした様々な違法研究を指示していた管理局上層部への反乱を起こしたという点であったと読み取れた。

 それだけでは懐疑的だった者達も、添えてあった管理局創設メンバーの脳髄だけで生きている映像や、それに消費されている電力や資材などの様々な証拠資料、そして本局内の機密区画データに口をつぐんだ。考えられる全ての証拠が揃い、なお疑いの声を上げられるものは少ない。

 

 局員にしても寝耳に水だ。

 ここ数年、兵隊として彼らが運用したガジェットという機械兵に襲われ殺された者も大勢いる。

 古代ベルカの遺産「ゆりかご」、それを止めるために命を散らした局員も、そしてクラナガンの多くの市民の盾となって体の一部を、命を投げ出したものもいる。

 仲間を大勢失い、死に物狂いになって収めた事件が、よりにもよってその根っこが、自分達のトップが好き勝手した悪事を働いたツケ(・・)だというのだ。

 嘆く?

 それで済むわけがない。

 

 挙句、これから待つのは被害者からの猛烈な突き上げだ。上のやった事です関係ありませんなど通じる理屈ではない。被害者からすれば、そうでなくとも不透明な組織外から見れば同じ管理局員に違いないのだから。更に局にとって致命的に都合が悪い真相を隠したのが怒りを煽る。

 責任を逃れ、かつある意味根源的には被害者と言えなくもないスカリエッティに全てを押し付けた形にとれるから。

 スカリエッティは真性のマッドで、社会にとって有害となる可能性が大きすぎるのは事実だ。人体実験とて嬉々としてやっていた手前同情の余地はまったく無いにしても、彼の人間性を知らぬ者にとっては、それすら過酷な環境ゆえにそうなってしまったのだと好意的に解釈される余地がある。

 でも私たちが事件を収めました、とは間違っても言ってはならない。

 火に油を注ぐのと変わらない勢いで反発を招いてしまう。

 釈明の仕様が無かった。

 

 不本意な責任を取らされるぐらいなら、いっそ今の内に逃げ出して関係ないふりをしよう。そう考えた局員が次々に姿を消すもの無理の無い話だった。

 彼らの多くは、管理局の標榜する"次元世界の平和"の為に局に所属しているのではない。金銭を得て生活する為に勤め、働いているのだから。

 それこそ自滅して沈みゆく船と運命を供にしようなど、考える者が少ないが当たり前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここも寂しくなっちゃったね」

「……そうやな」

 本局のロビーで二人の女性が話していた。常なら多くの職員がいたこの場所も、もう他に人影は無い。

「まさかこんな事になるとはなぁ」

 二人のうち、黒髪をショートした方が感慨深げに言う。局員の制服を着るわりに言葉に悲壮感が表れていなかったが、それも時空管理局ロビーに人気が無いという異常な状況が彼女から実感を奪ったからか……

「わたしも、想像もしてなかったかな」

 茶色に近い黒髪をサイドで一つに結った女性職員も返した。

「なのは、ヴィヴィオちゃんはどないしとるん?」

「フェイトちゃんが部屋で見てくれてる。エリオとキャロも一緒」

「そっか……」

 会話が途切れる。

 まだ若い二人、八神はやてと高町なのはの胸中にどんな思いが渦巻いているのか。

 もう逃げる人はみな逃げた。

 二人だって逃げられるものなら逃げたい。でも、運が悪かった。

 初期に本局へ遺族や便乗した人々が暴徒となって押し寄せた際、彼らが入り口を破って押し入らぬよう警備を命じられた。ここにいないフェイトも合わせ、三人が民間人に人気がある高位魔道師として。また彼女たちも正式な命令ゆえに任務を投げ出さなかった。

 "話せば分かる"

 そう言って民衆の前に立った彼女たちを投げつけられる石が打った。

 必死に語りかける彼女たち。

 だが誰がそんな物を聞こう?

 先に殴ったのは彼女たち(時空管理局)で、暴徒は殴られ大切なものを奪われた側なのだ。民衆の憎む相手はもう悪人個人ではない。

 

 詰め寄る暴徒と化した市民。

 今にも無理矢理ゲートを破ろうとする彼らに対して、とうとう三人へ実力による鎮圧が命じられる。本局内にて待機していた非番の武装隊もデバイス片手に次々飛び出してくる。

 

 ―――今にして思えば、そこが最後の分岐点だったかもしれない。

 

 拘束魔法や軽い非殺傷魔法によって呆気なく騒ぎは鎮圧された。

 もちろん大きな怪我人など一人も出ない。あっても精々擦り傷程度。

 彼女たちとて守るべき市民に魔法など使いたくない、使いたくなかった。しかしそれは彼女たちの考えであり相手の考えではない。本気で殺気立った大勢に身体を掴まれ引き倒され、群集に呑み込まれそうにもなれば、心底から恐ろしいと思ってしまう。

 冷静に考えれば誰もが仕方なかったと、自衛だったと認めるだろう。

 ただ、社会の不満が最悪の形で噴出す熱狂の渦の中では、誰もが冷静ではいられない。

 結果として管理局の宣伝を通し有名になっていた彼女たち三人は、この出来事を撮影していたTVによって局の体制派として誤認される事となる。

 

「残って指揮を執ってるのはリンディさんとクロノ、それとレティ提督だけや。あとの提督はみーんな逃げよった、薄情なモンや」

「しかたないよ。誰だってこんなのイヤだもん」

「しかたない、か」

「うん」

「そうやなぁ」

 なのはには目の前はやての胸中までは分からない。でも親しい者達を一緒の部隊に集めるのが、その部隊を作るのが夢なのだと語っていた彼女には、今回の出来事がどれだけ重いかだけは良く分かった。はやてが夢のためにどれだけ辛くともやり遂げてきたのを知っていたから。

「そうだ、地球に帰ったら何しよっか?」

 だから元気を取り戻してほしくて、少し大げさなくらい抑揚をつけた。

「帰ったら?」

「そう。ヴィヴィオとかエリオとかキャロとかも連れて、もちろんシグナム達も一緒に帰ろう」

「それいいかもなぁ。どうせなら一年くらいの~んびりしたいわ」

「でしょ? でもきっと家は翠屋(みどりや)を手伝えって言われるかな」

「ふふっ、士郎さんも桃子さんも相変わらずや」

「お父さんもお母さんもまだ子ども扱いするんだから」

「きっとそんなもんやで?」

「そうかなー」

 今から少しだけ目を逸らすように。

 幸せっていえるような未来を想像して。

 どうか、

 どうかもう少しだけ、

 時間をください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 クラナガン都市外縁部の上空に座り込んで、黒川は首を捻った。

「どーも思ってたよりはっちゃけたな」

 彼としてはもう少し穏やかで済むと思っていた。人間だった頃にも似たような不祥事はテレビやネットで目にしていたし、せっせと火種を撒いて紛争を起こし、戦火を煽って武器輸出で稼ぐ国も知っている。それも当時の一般市民であった自分が常識として知っているような事だが、それで国が傾くような問題になった例はついぞ知らない。

(テロに関係の無い多次元まであの有様とは、よほど抑圧的だったのか)

 彼がやった事といえば、そこらのコンピュータに仮初の思考能力を与え、第一目的に「時空管理局に関わる論理的によろしくない出来事を、現在過去通して公表しろ」と据えただけだ。

 

 もっとも、彼(仮)は予想外に頑張った。

 

 情報の収集を思案し、自身単体の巨大化を即座に切り捨てる。全てを攫える巨椀より細かい沢山の腕を欲したのだ。

 まずネットワークを通じて自我複製を繰り返し鼠算式に天文学的数へ増えた。そして次元間移動に使われる中継ポーターを次々に梯子して、たったの二日でほとんどの管理世界に蔓延していった。スタンドアローンのPCですら出入りする人間の持ち物を利用し乗り移り、魔道師の持つデバイスに潜み、更にはプログラムと名の付く物を使用してあるロストロギアすらも選り好みせず、片端から制御下に置いてしまったのだ。

 

 そして記憶媒体からデータを、記録が無い場所からは別世界の魔術を利用して過去を読み取り、膨大な量に上るそれらを片っ端から日の下へ放り出し始めたのである。

 局の側からしたら堪ったものではなかったろう。

 後はあっという間だった。

 あれやこれやと問題が噴出し、それに極一部の右翼めいた管理局至上主義者が手を出してしまったのが、この出来事を知った人々に火をつけたのだ。

 これが数多の次元世界に亘り築かれた、管理局の牙城の崩れる第一歩であった。

 

 

 

 命令だけ出して、また森の奥に引っ込んでた黒川が三日後に文明に触れた時、世の中は彼というアンノウンが忘れられるくらい混乱していた。

 彼自身としても"ちょっとした掃除"のつもりで仮想人格用意したのに、まさか「火事を起こせば皆綺麗になるよね」的事態になっているとは思いもよらなかったし。

 とはいえ、黒川も別段火消しに走ろうとは思わない。

 ようはロクデナシが消えればそれでいいのだと思っている。

 あの戦闘で金髪女が戦い慣れていると分かっているし、いざ時空管理局その物が立ち行かなくなろうとも、やる気があるなら幾らでも働き先など見つかるだろう。それこそどこも戦闘力が必要になりそうだし、と。

 

 そんな風に暢気に遠く飛ばした視線の先では、今まさに一際目立つ管理局の立派な建物が群集に囲まれていた。

 真っ黒に蠢く大勢の市民。

 千や二千では到底きかない数だ。

 数刻前までは建物内からしきりに転移の反応が窺えたが、どこぞの管理局に潰れてほしい組織が持ってきたのだろうAMF(アンチ・マギリング・フィールド)の発生装置が設置されてからは、それらの転移は行われていないようだ。

 ああいった機械は総じて――特に失敗が許されない類は――妨害に弱い。見た訳ではないので想像だが、座標軸にでも乱れが出たんだろう。リアル「いしのなかにいる」はシャレにならない。映画のように座標が重なったからといって、人と蠅でハエ人間と上手い具合にくっつく訳が無いのだ。

 そんな危険を恐れないチャレンジャーは普通いない。そしてそれは翻って、

 

「パニックは起こっていないか」

 

 という事に繋がる。

 

 万に届こうかという殺気立った群れに囲まれれば、恐怖に駆られるのが当たり前。仲間を突き倒し、方法に危険があろうとも逃げようとするのが人心だ。

 ところが意外やよろしく纏まっている。

 こういった状況を多く見てきた彼としては感心しきり。立派だと頷く。

 と、ふいに高速で接近してくる魔力を感知した。

 

「見つけました」

「む、あの時の金髪女」

 

 そう、なぜか非常時にも拘らず件の金髪女が登場。しかもそれだけでなく……

 

「テスタロッサ、そいつがお前の言っていたアンノウンか」

 

 シュールなピンク髪の知らない女が、金髪女と反対側に浮いていた。

 

 

「おいおい、魔力は隠したのになぜに見つかるかな? というか何で探す」

「あのすぐ後に今回の事件、彼方の仕業だと誰でもわかります」

「まぁそりゃそうか。で? 何用だい?」

「―――テスタロッサ、この男はふざけているのか?」

 桃色女、侍か騎士を連想する立ち姿と髪色が壮絶な違和感を醸し出している女が声を絞り出した。今にも斬りかかる寸前といった気配を内に秘め、顔まで剣のように鋭く引き締めて睨みすえている。

「こんな、このような男が我が主はやての夢を台無しにしただと……?」

「シグナム……」

 いや、まったく秘めれてないようだ。

 ところで、

「何か問題かな?」

「きっさま!!」

「待ってシグナム! ――一つだけ聞きます。なぜ、あんな事をしたんですか?」

「掃除しようと考えてな」

「そう、じ?」

「そうだ。あぁ別に潔癖症ではないぞ? ただ俺に向いた煩わしい視線を逸らすついでにロクデナシどもが片付けば一石二鳥、って程度だ」

「―――ほんとうに、そんな事で?」

「ああ」

 

 

「「―――――――――ッッッ!!!!」」

 

 

 激情に雷刃と炎刃が抜き放たれる。

 金髪女は以前ので威力不足と判断したのか桁違いに電力が大きい。

 対して桃色侍(仮称)は実体剣型のデバイスから猛炎を噴かせている。

 金髪女は相変わらずの速度で前から、遅れ桃色侍が後ろから。

「「!?」」

 当然当たってはやらん。

 袈裟切り奔った雷光を片手の甲で逸らし、頂戴した運動エネルギーでもって回転しながら不可視の足場を軽く跳躍。激昂しながらも正確に脚を狙った後ろからの斬撃は空を薙ぎ、カウンターとして脚を閃かせる。過たず肩にヒット。苦鳴を残して桃色侍が空中で吹き飛ぶ。

 

 しかし桃色侍も興味深い。三十路に届かんと思うのだが、それにしては剣筋が妙に埃臭い。やたらと時間を掛けた様な、のわりにおんなじ練習ばっかりしていた様な……。

「っと」

「シグナム大丈夫!?」

 魔力弾で牽制する金髪女が叫ぶ。

「ぐっ、ツ……。心配するな、何とか甲冑が間に合った」

 確かに蹴った瞬間違和感があった。

 見れば当初と違い、魔力で編んだ鎧を纏っている。

「ふざけた男だが実力は侮れんな。―――テスタロッサ」

「うん!」

 前衛後衛別れての連携。

 今度は正攻法か。

「アークセイバー!」

「はああああああ!」

 金髪女が鎌へ変化したデバイスから三日月状の回転する魔力弾を放ち、追いかけるように桃色侍が切り込んできた。遅い。が、魔力弾が誘導式らしく僅かな弧を描いて飛来する。桃色侍は炎は無しだ。

 待ちは下策。

 こちらから桃色侍へ突貫する。

 向こうも臨むところとばかりに一層速度を上げた。

 

 強烈な金属音。

 

 振り下ろされた拳と剣型のデバイスが激突する。エイヴィヒカイトの霊的装甲とアームド・デバイスと呼称される近接白兵戦用のデバイスが鎬を削り、しかし刹那の均衡は一方的に破られる。

 魔道師には素の拳にしか見えない物が正面から剣の一撃を弾き飛ばし、そのままシグナムを直撃、鎧の胸当てを叩き割った。体勢が崩れたままの打撃に苦悶が浮かぶ。

 だが騎士甲冑は役割を果たした。

 ダメージの殆どを引き受け砕けながらも担い手の肉体を守りきったのだ。

 シグナムは踏み込む。

 砕け散った鎧もそのままに、デバイス《レヴァンテイン》を叩きつけた。

 本来彼女のスタイルは一撃離脱。使用する魔法を混ぜた近接戦闘法である古代ベルカ式は、その一撃の重さにこそ重きを置く。しかし先の突進でスピードに勝ると見て取った敵を相手に距離を離すのは不味い。

 それに剣士としての直感が囁く。相手は素手に見えるのに、離れては負けると。剣の間合い、近距離のみ勝機はあると。

 

 だがそれは失策。

 確かに離れれば一方的な展開となったろう。

 しかしシグナムの豊富な戦闘経験の中には、自身を上回る技量の無手の使い手は居なかった。そして自分自身の強さを良く知り、自負してもいた。だからこそ勝利を優先し、踏み込んでしまった。

 

「紫電」

 

 レヴァンテインの鍔元で撃鉄が下りる。

 カートリッジ・システム。

 ベルカ式として更なる重さを求めた結果、専用の薬莢に魔力を封じ、任意に激発させて一撃へ上乗せするシステム。使用者へ過度の負担をかける事を除けば戦闘力は飛躍する。

 紫の魔力光を帯びた炎が迸り、逆巻く。

 

「一閃!!」

 

 シグナムが放ちうる最大の近接攻撃。炎を纏った斬撃が繰り出される。

 対する黒川がした事は防御でも攻撃でも回避でもなく、その全てを合わせた動作だった。

 単純に二倍ほど(・・・・)増速して体当たり。

 黒髪が数本宙に切れ飛び、突き出された肩が胸骨と肋骨を纏めて圧し折る。女性特有の薄くしなやかな筋肉の向こうで枯れ木を折る音が響く。同時に湿った音も。目標を見失った魔力炎が背後で爆裂して双方の髪を掻き乱した。

「ガハッ」

 血反吐を吐くシグナム。幾本も折れた骨が内臓を酷く傷つけていた。

 あと一撃。追撃しようと足が出た瞬間、しかし稼がれた時間でフェイトが詠唱を終えていた。斧形態のバルディッシュ・アサルトを握ったフェイトの周囲を黄金の魔法陣が取り囲む。

 カートリッジが二発弾かれ、黄金が一際輝いた。

『Ready』

「トライデント……スマッシャー!!」

 伸ばした手の先に現れた魔方陣から、名前通りの三又の矛(トライデント)のような直射砲が放たれる。

「ちっ」

 三又の幅は大きい。上から降りかかる魔力砲撃の中心の一撃のみ、手を翳して防ぐ。金の魔力は黒川を飲み込む事無く飛沫を上げて拡散し……、

「おいおい」

 拡散しきる事無く、それどころか上下の二本が焦点を見つけたかのように収束した。

 

 

 

 轟音。

 

 

 

 衝撃波が荒れ狂いびりびりと空が振動する。

 人一人など軽く炭化させるほどの電撃と、もはやちょっとしたミサイル並みの大輪の爆炎が咲いた。

 

 

「――やったか?」

「手応えはあったけど……」

 胸を押さえ苦しげに息をつくシグナムをフェイトが支える。

 その時、上空を吹き抜ける強い風が煙を攫った。

 

「―――そんな」

「AMFでもあるまいに……」

 

 そこには服すら焦げてない姿。

 傷一つ見当たらず、せめて顔色でも変わっていれば救いはあったが、それすらない。

 フェイトは驚愕を隠せず、シグナムは込み上げる血を飲み下して剣を構えた。

 両者共事此処に至り、敵を大きく読み違えていた事に気付いた。

 二人共に次元世界でも有数の魔力保有者であり、攻撃に注力すればフェイトが傷つけられなかったと言う異様な防御力も突破できると考えていた。まして超一流の古代ベルカ式の使い手たるシグナムもいる。全力なら、どんな強い相手にだって勝ってきたと。

 なのに。

 あろう事かシグナムが二合と打ち合えず、親友であるなのはのエクセリオンバスターとタメを張るフェイト最大の砲撃魔法トライデントスマッシャーは、防御魔法無しの直撃でノーダメージ。

 あの闇の書の防衛プログラムでもここまで出鱈目ではない。聖王のクローン体であるヴィヴィオがもつ自動防御技能「聖王の鎧」を思い浮かべてしまう程だった。

 

「我々だけで来たのは失敗だったかも知れんな」

「でも今更だよ」

 言外に戦闘続行を感じ取り、ゆっくりとバルディッシュが形を変えてゆく。

『Drive Ignition. Zanber Form』

 斧から大剣へ。機械音声が変形を告げる。

『Full Drive』

そこから大剣が片刃の長剣になり、

『Limit Break. Riot Zamber Stinger』

柄尻をワイヤーで連結された双剣となった。

「あんな人には、負けられない」

 

 シグナムも友の強い言葉に痛みを忘れ頷いた。

「ああ、私とてやられっぱなしでは将の名が泣く。レヴァンテイン」

『Ja!』

 白鞘が格納領域より展開されレヴァンテインが収められる。刃を下ろした訳ではない。些かも衰えぬ剣気がそれを否定している。

「カートリッジ、ロード」

『Explosion!』

 ハンマーが薬莢の尻を叩く。激発。

 機構から連続して火花が散り三つ薬莢が煙を噴いて弾き出された。しかし炎は鯉口から漏れず、鞘の機能だろう内部で魔力圧が爆発的に上昇してゆく。押さえ切れない熱気がゆらりとくゆった。

 

「守護騎士筆頭、『烈火の将』シグナム。炎の魔剣レヴァンティン」

「時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウン。バルディッシュ・アサルト」

「参る」「いきます!」

 

 

 

「セルフで盛り上がってるな」

 現状で敵わないなら逃げるなり何なりすりゃいいのに。そして周囲に警戒を促しつつ情報収集に徹するのが賢く常識的な選択だろうに、何故にそこで勇者的盛り上がりを見せつつ突撃を選ぶ。

 残念だが金髪女と桃色侍は単純な造りのようだ。

 この距離では瞬間移動に見えもするほどのスピードで飛び込んでくる金髪女改め「フェイト執務官」。いや長い。ハラオウン? 似合ってないな。金髪女でいいか。

 

 しかし機動力こそ高いものの、接近戦で物を言う運動性が非常に劣悪のようだ。高速直線移動で標的に接近しすれ違い様に切り裂く、あるいは至近で急停止しつつ剣を振り下ろす、それしかバリエーションがない。肝心の剣術自体がお粗末かつ、魔法使いとしての応用を利かせた射撃の併用が無い。俗に言う魔法剣士的な戦い方――誘導射撃と剣の一人連携とか――が出来ないらしい。……いったい彼女は何になろうとしたんだ?

 と、つらつら考える脇で金髪女は必死に剣を振っていた。

 

 どうやら双剣はコードを通じて籠められた魔力を移動できるらしい。ようは片方を弱くしてその分もう一方の威力が上がる。手数で叩いてみる戦術っぽいが、役に立ってんのかと聞きたくなる微調整を矢鱈と繰り返している。割と神経質なようだ。どうでもいい。

 確かに双剣は扱えるなら優れた武器だ。

 生まれた世界でも世界的・歴史的にポピュラーなスタイルであった。

 利き手と逆の剣で防御し、利き手で刺す。力は剣一本に当然敵わないが、逆にレイピアなどの軽く素早い動きの武器とは非常に相性が良く、盾ほど重く嵩張らないのも利点に拍車をかけている。

 変な使い方をしなければ有用なのだが……、見る限りは我流。正直振り回してると表現できるレベルなわけでして。

「見るべき所は無いか」

「くっ」

 体捌きと片手で余裕を持ってかわせる。戦い慣れてはいる様で押す引くの判断はつくのだが、それが経験と技量で勝る相手に通じる筈も無い。

 ところで非常に気になるのだが……

「いや、それにしてもアンタ恥ずかしくないのか?」

「馬鹿にするか!」

「するだろう、何故に脱ぐ」

「――――――え?」

 素晴らしく隙が出来た。

 

 いやな? バルディッシュとやらが変形する度にマントやら服やらがストリップ張りに消えていくんだよ。もう胸の形まで丸解りのレオタード一枚。知り合いだったら気でも狂ったかと心配する所業だ。彼女には露出を諌めてくれる友人は居ないのか?

 

「適当、一本」

 声に応じて「穴」から滑り出た剣を掴む。先の世界でギルガメッシュの宝物庫からコピーしたデータを、戯れに削り出した粗末な鉄剣へ焼き付けた物。宝具としては機能するが、純粋な性能は"お粗末"の一言。それを無造作に振り上げ振り下ろす。

 大雑把極まりない動きだが、人の反射速度で避けられるほど鈍くは無い。

 やっと我に返った金髪女もこちらの膂力は承知している。全力で防御と身体強化に魔力を振り分け刀身を交差させてガッチリ受けた。

「えっ!?」

 意外を表す驚いた声。

 原因はわかる。

「軽かったろう?」

 そう、この一撃に叩き潰す力など入れていない。

 力など必要ない。もう、彼女は動けない(・・・・・・・)

 金髪女も異常を悟り顔色が変わる。

 鍔迫り合いの形だが、力量が開きがあって尚且つ両者が先を読める程度に戦い慣れていた場合、押すにしろ引くにしろどうやった所で動いたら切られるのが分ってしまうのだ。それも身体が直接、誤魔化し様も無く理解する。

 まあ今は程よく力も掛けている。相手の剣に掛ける力を接触した刀身で少し逸らし、関節や筋肉が"居付く"方へ誘導してやれば、身体自体が力の出る安定した形から動きたがらなくなる。なにせ命掛かってるし。

 

 古今類を見ないしょうもない理由で危機的状況に陥った金髪女。蒼い顔色で脂汗を流す彼女はもう放って置く。

 もうすぐ後ろにアンコールが来ているから。

 

「はあああああああああああ!」

 

 一刀両断。

 空気の震える裂帛の気合と共に鞘から抜き放たれる業火の刃。

 桃色侍は剣技としてみれば金髪女と似たり寄ったりな技量でしかないが、一撃入魂というやり方だけは妙に上手い。まるで以前暇つぶしにやった狩猟ゲームの大剣使いだ。

 一撃が重くその割りに抜きが早い。だけどその後の切り替えしや防御に大きな難があり、本当の意味で接近戦には向かない。言うなれば一撃離脱の重攻撃。

 ……なんだか戦闘機(ファイター)ではなく攻撃機(ストライカー)をイメージしてしまう。

 いかん。戦闘中の考え事は悪い癖だ。ほら、炎の居合い切りがすぐそこに。

 

 一流と呼ばれる技量に魔力の強化が加わった事により生まれた真紅の一閃。

 古代ベルカの闘法の基礎である、身体や武具の魔力強化を己の力量限界まで行使しての一撃。

 真円を描いた切っ先は過たず男の脇腹へと突き立ち……

 

 澄んだ音を立てて折れ飛んだ。

 

 最上級のアームド・デバイス、それも長い年月通し碌に破損すらしなかった相棒が、折れた。コアや機関部こそ無事なものの、補助や術式すら削って戦闘力を求めたデバイスにとって刀身の破壊は致命的だった。

 自らの魂とまで呼んでいた、レヴァンテインの大破にシグナムは凍りつく。無防備なその首を黒川の手が掴んだ。

「ガッ!?」

 容赦なく指は食い込んでいく。

 それを外そうとする手に握られたままの、折れたレヴァンテインを見て黒川の口から落胆が零れた。

玩具か(・・・)

 その言葉にシグナムの目がカッと見開かれる。剣士の魂に対してよりにもよってオモチャとは……己の剣に対しての、ひいてはシグナム自身への最大級の侮辱だ。怒りで目の前が真っ赤になる。しかしミシミシと軋む、今にも折れそうな頚骨が彼女に自由を許さない。

「可変機構、それも単純な二形態ではなく複雑な複数形態への変形。ただでさえ大きく強度に劣る可変機構を、よりにもよって強度が生命線たる近接武器に選ぶとは……よほど折られない自信があったかまともに剣を合わせる気が無かったか」

 

 実際の所はそもそも今の次元世界より技術的に優れた、古代ベルカ製の名剣《レヴァンテイン》が斬りつけて逆に折れるような非常識な存在が無かっただけだ。

 加えてシグナムはとあるロストロギアに搭載された魔導プログラム体。レヴァンテインとて彼女が選んだのではなく、そのようにプログラミングされただけに過ぎない。

 それが黒川の未再生記憶領域にあるシグナムの真実だ。

 

 

 その時、死の恐怖を振り払う勇気ある絶叫が。

「ぅっ、ぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」

 金髪女だ。蒼い顔色のまま無理矢理剣を振り飛び退いた。間近で感じた命の危険に息が荒い。もっとも気を失わぬだけ立派なものだ。金髪女は失礼か。

「まさか動くとは思わんかった。しかし顔色が悪いな?」

「シグナムを離せえぇぇぇぇぇぇ!」

 機関部がスイングアウトしカートリッジが排莢される。即座にスピードローダーが叩き込まれ、総数六発の弾丸が再装填された。

「バルディッシュ!」

『yes,sir Riot Zamber Calamity』

 カートリッジが弾かれ更なる魔力が迸り、双剣が連結されて一本の剣を形作る。以前とは違う先が二股に分かれた雷大剣。

 黒川は首を捻った。何故にこうも武器格好をやたらと変えたがるのだろうか、と。

 しかし、これは戦いに関係ない疑問である。

 今しがた自制を促したばかりでまた考え事とは救いがたい。戦闘で繰り返される空の派手な爆発に、都市部から幾つか近づいて来ている反応もある。到着すれば面倒が増えるのは目に見えている事でもあり、ここを簡潔に片をつける事にした。

 す、と指先が黄金の魔力を撒き散らすフェイトを指す。

「金髪女、いやフェイト何がし。魔法戦において重要な事とは何か?」

 当然答えなど無い。

 刻一刻と死へと堕ち行くシグナムを救う為に宙を駆けるフェイト。その速度は正に雷光、人の目に映らぬ速度の域へと踏み込んでいた。大剣を手に大気を引き裂き空を一筋飛ぶ姿は、見る者が戦乙女と見紛う凛々しさ。

 しかし彼は万人が目を奪われる美に頓着しない。

「俺は知覚と操作だと思う」

 フェイトの速度域へ同調しつつ、最後の一工程を編み上げた。

 

 

『Warning!』

 

 極限の集中と、身体が耐えうる限界の速度域。目標以外が消え去ったその世界にバルディッシュの警告が響く。

 

 あぶない?

 なに?

 警告。

 危険?

 

 バルディッシュは他のデバイスと比べて無口で、強い声など出した事は殆ど無い。そのバルディッシュが上げた最大級の警報に、咄嗟に何が危険かも分らないまま回避しようとした。

 み、きり。

 加速した意識に、自分の身体が上げる悲鳴が奇妙にゆっくりと響く。

 痛みが無い異様な感覚。

 急に横方向へ噴かしたアクセルでぶれた視界の隅、今さっきの進路上に透明な何かがあったのが朧げに見え、それが視界の逆側にもう一つ見えて……

 

 フェイトの意識があったのは其処までだった。

 

 

 

 指差す先で金髪女改めが血を撒き散らし、宙で横転する。意識は飛んでいるようだ。力の抜けた手足が遠心力に負けて広がり、回転しながら落下していく。

 その様子は高速で事故を起こして吹っ飛ぶ車両を思い起こさせた。

 事実、行ったのはそれと同じ様な事。

 ひたすら速度を重視した相手の進路上に、正確に、魔力で障害物を構築しただけだ。

 大きさも要らなければ動かす必要も無い。ただちょっとした硬さがあれば、あとは銃弾並みのスピードで突っ込んできた生肉が勝手に弾けてくれる。

 正面とは別の透明なブロックがある方向へ咄嗟に跳ねたハラオウン。

 薄い脇腹がブロックぶつかり、そのままごっそりと腹部の肉と、その奥に収まっていた内臓を残したまま駆け抜けた。

 

 破れた腹腔から腸の尾を引き落ちてゆくハラオウン。あれは間違いなく死ぬだろう。衝撃で既に心停止している可能性が大だ。片手に握った桃色侍もそろそろダメだろう。

 ところでちょっと待ってほしい。

 極めて今更だが、

 

 ―――休暇と気分転換に来て、何ゆえ美人さんを殺してるんだろう?

 

 いや女かどうかでなくて――確かに男と女どちらが気が滅入るかと言われれば女だが――言いたいのは殺人という行為をするに至り、その経緯に納得できるかという問題だ。

 つまり成り行きでヤッちまったというのは気が咎める。

 とりあえず……

 

 

 

 

 

 

 明くる翌日。

 バルディッシュ、レヴァンテインの救難信号を本局より脱出した高町なのは一等空尉が受信。JS事件で負った深刻な後遺症に苦しみながらも飛行魔法により現場に急行し、郊外の森林地帯にて意識不明の両名を発見した。

 二者は記憶の混濁が認められたものの至って健康で、一両日には現場へ復帰している。

 

 一週間後、高町なのは他数名を除いた機動六課は、崩壊する時空管理局から逃れるように第97管理外世界『地球』へと渡った事が確認されている。

 

 

 

 

 


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