無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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この章は駆け足で進みます。あっさり具合に。
相手はBadEnd状態になりますが、また何章か後で今度は初めあたりからやる予定なんで、今回はご勘弁を。



第肆章 01 家出とな? (???編)

 

 

「飲まず食わずでも死ぬ事はありません。

 気が済むまで放っておきましょう」

 

 ある人物の台詞

 

 

 

 

 

「ああ、夏樹には絶対に言えん失態だ……」

 

 毛布にくるまってもう三日、俺は未だ立ち直れずにいた。

 ここまで腐っているのはひとえに可能性が無かったから。

 俺が目的成就のために取っていた方策は世界側の許容範囲を増やすという方法だ。ようは受け皿を大きくするというものだが、これが例えば『大きさに関わらず受け入れる特殊な世界』や『何かしら例外的に俺個人を受け入れ可能な世界』といった方法なら、事はここまで問題にならなかったろう。

 

 しかし現実は残酷である。

 というか、俺が残酷なほど馬鹿であった。

 こうなっては今までのアプローチは全くの無駄、とまではいかないまでも、かなり逆進している事だろう。うん、無駄といってもいいか。

 

「もっとも次のアプローチは決まっているんだがなぁ……」

 

 こうなれば、いっそ自然発生するのを待つなぞ悠長なことを言っておらず、最初の部分だけでも自分で創ってしまえばいい。

 

 しかし、今はまだそこを開き直るだけの気力が無い。

 そうだろう、なにせ千五百年近く続けた頑張りが見当外れだったのだ。ちょっとくらい無気力になって引き篭もっても仕方ないだろう? もっともそれも今日で三日目。いい加減そろそろ立ち直らなくてはならない。

 

(――――そうだな。いっそ気晴らしに出てくるか)

 

 一週間ばかりこの世界の時の概念を"停滞"させておけばいい。ヌル以外は観測出来んだろうし、それだけあるなら気分転換にはなる。

 

 思い立ったが吉日。

 すぐさまヌルに一方的な通知を送りつけ、即座に返ってきたメッセージを見もせず意識の端のゴミ箱へ放り込み、さっさと大樹へと跳ぶ。

 

「適当で良いだろう」

 

 最低限現時点で大規模な争いが無く、自然が残る風光明媚な地である事が好ましい。ささくれ立った気持ちを鎮めに行く先が戦地では、鎮まるものも鎮まらないだろう。検索条件に該当した多数の葉から最も近い世界を選択し己の欠片を落としながら、この外世界の時間軸を正確に一週間分引き伸ばす。

 さて、いざ行かん。と思ったとき、ちょうどまた一通メッセージが届いた。

 ヌルからだ。

 さっと目を通す。

 

「は」

 

 小さく笑ってしまう。

 どうにもな。"気が済んだら帰るように"とは……あいつは俺の親か? いや、自分の親なんぞまともな記憶すらないが。まぁいい。お墨付きが出たからには気兼ねなく行くとしよう。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 誰に聞こえるという訳でもない声量。

 だがヌルの他にも住人が増えた場所だ。少し影の射した意識が物珍しく感傷なんぞを呼び起こしたから、ずっと昔に言ったような気がする言葉が口をついて出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。……それなりに良さそうだな」

 

 ぐるりと周りを見回し、大きく息を吸い込んで吐息を一つ。石油を燃焼させた匂いが少しも混じっていない、純粋(ピュア)な空気の匂いだ。

 簡易走査では周囲五十キロメートルに人工物は無い。大気もこの様子となれば国単位の広大な範囲が手付かずなのは確かだろう。これは良い場所に当たったようだ。

 

「キャンプは此処として、水源はあっちか」

 

 この場所はちょっとした空き地。森の中ではそうそうこんな場所は無いのだが、よほどでかく梢を広げていたのだろう、中央に巨大な朽ちかけた倒木と中途でへし折れた木の幹があった。これのお陰で周囲の日光と地力が占有された結果、その範囲では強靭で小さな下草か苔程度しか生えていないのだ。

 

 折れた幹の脇をテントの設営場所とする。随分と地面が根っこでゴツゴツしているが、これだけでかい木になると横たわるなるならともかく、根っこと根っこの間に座って寄りかかるようにすると結構しっくりしたりする。まぁ、ある程度以上鍛えてる人間でもなければ痛くてたまらんだろうが。

 それに樹のすぐ脇というのは根っこがある分、他所よりも地面が高い。ほんの十センチやそこらだが、雨水が溜まらないというのはとても重要な点である。テントの下面付近は水に漬かると結構浸水するのだ。よって、場所決めにはその点も注意が必要である。

 

 地面にシートを一枚敷いてからテントの組み立てを開始する。随分と愛用している野営道具一式のテント、その支柱をインナーテントに通しつつ手早く組み立て、インナーテントの端っこをペグという金属ピックに引っ掛け、張るように地面に打ち込む。後は頑丈・防水というフライシートを包むように被せ、同じくペグで固定してから、一番下に敷いたシートのはみ出た部分をフライシートの下へ仕舞えばそれで終わり。

 工具も要らず、慣れてしまえば一人でもあっという間に立ててしまえる。本当に便利なもんだ。

 

 中に毛布を一枚敷き、その上で少しばかり寝転がる。

 目を閉じれば、遠くで鳴く鳥たちの声や風にざわめく葉ずれの音、蟲の鳴き声に動く音、沢山の生き物の生み出す音が素晴しく情感豊かに耳をなでる。

 

(ああ、これだけで来て良かった)

 

 癒される、だなんてしみじみと思ってしまうのは、やはりこういう原始的な場所から長いこと離れていたからだろうか。

 

 さて、と身を起こす。

 暗くなる前に飯を用意しなくてはならない。生成した品なら幾らでもあるし、それこそ今造ろうとするなら何でも用意できる。しかしそれではあまりにも風情がなかった。ここまで来てそんな真似は"粋"じゃない。まぁ"粋"かどうかで腹は膨れんが。だからこそ早めに食料の確保に動かなくてはならん。

 

 水場の方角は簡易走査で分かっている。

 適当な小石をポケットに幾つかつっこみ、真っ直ぐな枝を細いのと太いのそれぞれ捜しながら森を進む。

 枝は意外と良さそうなのがある。朽ちたのは流石に嫌なんで、立ってる樹からなるべく切った方が樹に良さそうな枝に限定して剣鉈(ナガサ)で落とし、歩きながら少し削った。

 

 時々立ち止まり耳を澄まし、そして小川につくまで二度、小石を投げ放った。尋常ではない力で放たれた投石は、小さな質量に速度という大きな力をもたらす。二つの小石は木々の間とすり抜け、茂みの葉っぱを貫き、五十メートルは遠い小さな獣をそれぞれ打った。

 仕留めた獲物は猫ぐらいあるリスみたいなのと、地面の穴からちょうど顔を出した狸の仲間のようなの。一人で食うには十分な量だ。枝の先に吊るしてぶら下げ歩く。これは汚れないためだ。死ねば筋肉が緩み、生き物は皆腹の中身を垂れ流す。だからこうやって体から離して運ぶ。

 

 やがて小川が見えてきた。山岳地帯という訳でもない様だが、まるで源流に近いような小さく澄んだ流れだ。少し謎だが……まぁ綺麗な分には都合が良い。

 平たい石の上で二匹の頭を落し、毛皮を剥いで腹を開き内臓を掻き出す。どうやら調べたところ毒も無く肉質はやわらかい。難点は大きさだが、人間の食用に向いている生物だな。食性も狸の方はともかくリスっぽいのは木の実なんからしい。

 大雑把に切った肉へ取り出した岩塩を擦り込みながら、血の滴る肝臓を口に放り込んだ。

 咀嚼する。

 うん、どうやら味は期待できそうだ。

 

 石で風通しを考えて簡単に組み、簡素な、しかし割と大きめな(かまど)を作る。燃料はそこらに乾いた流木の小枝が随分とあるから、それをさらに短く折って重ね、枯れ木の樹皮なども挟んで使う。樹皮の余りは念入りにほぐして乾いた枯葉と混ぜてボールを作った。樹と一緒に見つけておいた一メートルちょいのツタの先にくくりつけ、一箇所窪みを空けてから取り出した火打石を擦ってそこへ火種を落とし込む。

 後は簡単だ。

 ツタを持って軽く回す。先端のふわふわなボールは空気を良く通し、あっという間にボールが火の玉になる。そいつを竈にくべて火種にすれば、水を沸かすのは造作も無いことだ。

 

 最初の鍋は水に重曹を放り込み、沸騰したら毛皮を突っ込んでおく。こうして毛皮の脂を徹底的に落しておいて、後でなめすのだ。脂質を落すことによって細菌の繁殖が抑えられ、腐ったり組織がやられて毛がバサバサ抜けたりといった事態を予防してくれる。

 ま、それでも鼠はともかく湿度とか油断すると蟲が湧くが。

 

 復活した腹立たしい過去の出来事の記憶を念入りに再殺する。

 沸騰するまでの間にもう一つ竈を作っておかなくては。

 もっとも火は隣から借りればいい。石を組んで火床を整えるだけなら手間も時間もほとんどかからない。

 二つ目の竈は食事の煮炊きに使う。鍋に水を汲んで掛け、そこへ鉈で断ち割った二つの背骨を出汁として入れる。味を見ながら出汁をとり、沸騰したら鍋からあげて適当にそこらへ。この骨も状態が良ければ後で釣り針か何かに……ほっそいから無理かね。

 細裂いた肉とそこらで見つけたイけそうな野草を入れ、先程の岩塩をナイフで少し削って落とし込む。さっと湯に新鮮な脂が溶け出し、さっきまで生きてた肉が綺麗に白く茹で上がってゆく。捌いた際に引きずり出した内臓も、食えそうな部分は血合いと一緒に鉈の背で叩いて潰し、肉団子にして放り込んだ。これを入れると若干血生臭かったりするのだが、生きるための栄養という点では非常に助かる。

 まぁ、匂いも臭み消しの野草が見つかれば解決するのだが。

 明日あたり探してみようか。そういうのも探せば意外とあるものだ。

 

 灰汁を取り、どれ、と脂の浮いたスープを啜ってみた。野味が強く、都会人では食えたもんじゃないと言うだろう。間違ってもあの姉妹あたりには出せないが……

 

「――うん、悪くない」

 

 思わず口元がほころぶ。悪くない。こういった場所では十分以上にご馳走だ。まず肉なんてとれないんだから。残りの半分も本当はもっとしっかり血抜きをして塩を擦り熟成させ、下拵えにも時間をかければずっと美味い味になるんだが、それは次の機会にするとしよう。

 狸もどきにしろリスっぽいのにしろ、どちらも地球なら多産の種だ。同じような身体のつくりをしているならおそらく似たような生活をしているだろうし、生態系の頂点でもなければこの広大な森ならかなりの数が期待できる。期間は一週間だし木の実や魚、他の獣もいるだろうから、食う分だけ狩って精々が数匹ですむだろう。生態系にはそれほど影響はない。

 

(本当に良い場所に当たったものだ。羽伸ばしにはありがたい)

 

 鍋をかき回しながら予想外の幸運を喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはこの世界に来て三日目だった。

 

 

 こんな森では日が落ちると人の目では何も見えなくなる。それは基本的に人に準拠した構造をとっている俺も同じこと。つまり、まったく何も見えない、真っ暗くらになって見えなくなる。まぁ見えるようにすれば良い話なんだが、わざわざそんな手間かけんでもさっさと寝て、それで夜明けの太陽と一緒に起きた方がなんぼか楽である。

 で、肉の仕込が終わったあと早くにテントへ潜りこんで寝て、一時間か二時間ほど過ぎた時だった。

 

 いきなりテントの外から強烈な光に照らされた。

 なんぞ!? と起きたが、テントの生地を透かして見える光の光源はどうやら空らしい。"光"だけを当ててくるようなのは人の類くらいしかいない。『あ~、もしやしてここは国立公園か何かだったのか』と、どんな世界なのかも知らぬまま悩む。もしも懸念通りだったら、最悪羽を伸ばす先が留置所になってしまいかねないだろう。

 どにもかくにも、外に出てコンタクトを取らねば話が進まない。

 

 面倒だが、と入り口のジッパーに手をかけたところで空間転移の反応。数は二十四、テントを囲むように空き地の端いっぱいに現れたようだ。遠距離攻撃が可能なら一方的に攻撃でき、かつすぐ後ろの木立ちを盾にもでき、いざとなれば森にも逃げ込める明らかに戦闘を考えた配置。しっかりテントを結ぶ射線も交差しないような、撃つ事を前提とした位置取りだ。

 

 密漁が横行している場合ならこれだけ殺気立つのも分かるが……いよいよもって重要保護区だったかと首をひねると、上の光源から拡大された声が降ってきた。

 

 

 

『こちらは時空管理局 第83哨戒分隊です。そちらからロストロギア級の魔力反応を確認しました、同行願います』

 

 

 その声は贔屓目にみても、少なからぬ緊張と敵意を持っていた。

 

 

 

 

 


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