無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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・ちょっとした外伝?っぽい一話です。
 実はこの話、季節的に春先になりそうな気がするんですが、作者の筆は何故か冬と書き綴って直しません。ごめんなさい。




第参章 外話 冬の夜 (Fate編)

 

 

 冬木市。

 五度に亘る聖杯戦争という名の魔術儀式の舞台として、死した英雄が血生臭い殺し合いを続けてきた地。儀式を司るシステムが破壊されてから二ヶ月と経たぬ今、街のあちらこちらに刻まれた傷跡は癒えていなかった。

 

 

 

 夜、市を二分する川の片側、深山町と呼ばれる古い町並みを残す住宅地を一人の人間が歩いていた。

 

 すらりと伸びた脚を動かし、黙々と夜の街を恐れる気も無く歩いている。やがて、とある交差路に行き当たった。脚が止まる。

 ふっと足音も無く、今まで誰もいないように見えた曲がり角から人影が現れた。

 言葉は無い。

 互いに一拍見合い、揃って歩き出す。示し合わせた同行者なのか、淀みなく向かう先は同じ方向だ。

 

 道なりに進むこと十分。道は坂になり、山へと登ってゆく。

 二人は更に進む。やがてこの街の学び舎を過ぎ、山腹を横切るようにして目的地へと到着した。

 そこは『柳洞寺』と呼ばれた寺の裏手。

 山腹にちょっとした平地(ひらち)があり、山肌が剥き出しになった場所だった。

 

 

 

 そこにいたのは一人。

 街灯も無い暗闇に人影が佇んでいた。

 夜の山は暗い。しかしここにいる誰もが、現代の闇を物ともしない目を持つ。ここは山で、下は光に溢れた夜の街。原始の夜闇に慣れた彼らにとっては明るいくらいだった。

 

 

「やはり、貴方でしたか」

 

 口火を切ったのは一番小柄な影。

 大柄な子供が多くなった世の中で、十分に子供と見られる背丈だ。四肢も細く、『華奢』という形容詞を形にしたような姿は、脆く頼りない中に不思議な強さを秘めていた。

 かつては絶えず纏っていた他者を圧する程の威は綺麗に拭い去られ、今は静まり返った聖なる森の泉の湖面のような、まるで鏡のように凪いだ清冽な水。そんな不思議で神聖な透明感を写し出したいた。

 

 

「……どういう意図があっての事か、今この場で聞かせて貰おうか」

 

 次に口を開いたのは大柄な影。

 特別大きな体という訳ではない。逆に鋼のような筋肉を凝縮し、細く鋭く縒り合せ絞り込まれた肉体は、むしろ見る者にとって細身に見えるかもしれない。だがそれは太く大きな肉体とは比較にならぬ速さで動き、鞭のように鋭い一撃を放つ"戦闘"に特化した肉体だ。ひたすらこつこつと鍛え上げ、積み上げねばここまで芸術的に完成した肉体は出来上がるまい。

 ひたすら願い続けた夢が思いもつかぬ形で叶い、しかし叶えた相手にかける口調は名剣もかくやと鋭く、鷹と称される眼差しは"敵"を見定めるが如しだった。

 

 

「意図、ね。たんなる気まぐれでやった事を勘繰られてもな」

 

 返したのは待っていた影。

 先の影と似るほど大きく、より細く長い印象を与えるシルエット。人なのに、人のはずなのに、口調にさりげない仕草、気配の奥、先の二人にも探れない深みにどこか人外の"匂い"をくゆらせていた。

 

 

「それを、信じろとでも?」

「事実を言って疑われるのは敵わんね」

 

 この一人と二人は互いを敵とし、剣を交えた関係だ。

 期せずして殺し合いの関係は崩れ、思わぬ借りができたが、信用や信頼など挟む隙間など無い。それは徐々に殺意を高める鷹の目に明らかだ。もし僅かなりとも怪しい素振りがあれば、瞬時に剣を抜き放ち命を賭けた闘争を開始するだろう。

 しかしもう一方の影にはそのような気配が無かった。いや、それどころか密かに、何かあれば咄嗟に自分を庇える位置に立つ影を諌めるようですらあった。

 

「シロウ」

「……君まであの小僧のような事を言うのか?」

「――――」

「ちっ、どうなっても知らんぞ」

「ありがとう」

 

 礼の声には深い信頼と見透かしたような小さな微笑。まるで彼が見捨てるはずが無いと、本当にどうなっても知らないなど思っているはずが無いと、そう当たり前に思っているのがわかるような。殺す殺さないの話だったのが、聞くほうが気恥ずかしい思いをするようなやり取りになっている。

 男は苦々しげに一歩下がった。

 

「御両人、あまり一人身に見せ付けてくれるな」

「すみません。そして遅れましたが、私とシロウの事、感謝します」

「……そう素直に頭を下げられるとばつが悪い。彼はともかく、そっちは望みを断ったようなものだからな」

「それでもです。私の望みは……今も諦めたとは言いきれません。後悔が無いとも間違っても思えませんが、それでも、あの滅びの先が今に続いているという事は受け止めています」

「そうか」

「ええ。この腕も――」

 

 すっと手をやった先、もう片腕の肩口。そこには本来あるべきものが無かった。

 

「あの時、最後の戦いでランスロットとまみえ、再び恨みの狂気に捕らわれた彼を見てわからなくなりました。イスカンダルにいずれ最低限の誇りすら見失うと告げられ、かつて戦った高潔な騎士に妄執の虜と唾棄され、手にかけていいわけが無いと思った相手すら生き汚く切り、貴方に敗れ聖剣を失い、戦う事も出来ずシロウに守られ、その果てにまたランスロット出会い……」

 

 ここまで駆け抜けてきた血の道程を振り返るように、彼女は語る。

 

「まだやり直せると。

 心が潰れるような悔恨の果てに、聖杯さえあれば死なずに済んだ皆の命も、私が知ろうともしなかった騎士たちの苦悩と想いを拾う機会も取り戻せると。そう、信じていました。それだけに縋っていました

 ですがランスロットに切られ腕を失い、剣士として死んで、なのに狂気に侵された彼は剣を止めて目の前から去り……」

 

 辛さを呑むように。

 その身を苛む苦しみが終わる事が無いのを肯定するように。

 

「全ての事は……あれで良かったかはともかく、なるようになったのだと、今は考えています」

「それが答えか?」

「いいえ。彼等の恨み、この腕の事、剣士でなくなった自分。これからの一生をかけて、答えを出したいと思っています」

「そうか」

 

 男は小さく笑った。

 いらぬおせっかいと手を出したが、自分で止まれなくなった者には僅かながらも助けになったかと安堵した。

 

「"夢見"に問題はないか?」

「貴様は本当に余計な事をしてくれた」

「――シロウ?」

「ぐっ……」

 

 彼女にもわかっている。

 今の自分たちは本来ならありえざる存在だ。座に据えられた本体を抹消され、サーヴァントとして降りた写し身の彼らが『人間』として、世界に唯一つの存在として生きている。しかも目の前の男がどういう了見だったのか、それぞれが隣の相手の過去を、まるでマスターがパスを通じてサーヴァントの過去を夢見るように知った。

 だから気付けた。

 アーチャーが誰なのかを。

 なぜ最後の戦いで、虚脱し役立たずだった彼女を複数の敵サーヴァントから死に物狂いで守り抜いたのかを。生きる事を優先するのなら、役に立たぬ従僕など囮が精々なはず。にもかかわらず、己の願いと命を賭けて圧倒的な戦力差を覆し続けたのかを。

 

 

 シロウはシロウなりに理由があって、己の過去を知られたくはなかったのだろう。

 だが、彼女は知って良かったと思った。

 すぐ隣にも自分の影響を受けて人生を踏み外し、地獄の責め苦に苦しんだ人がいたというのは、自身の罪業からどこまでいっても逃れられないと眼前に突き付けられたようで、しばらくは彼を直視する事すら罪の意識で憚られた。

 

 

 だが終戦からこの二ヶ月、屋敷の離れでの暮らしの中で彼と幾度となく話し合いぶつかり合い、皮肉で世を斜に見たような態度の奥に深い気遣いを知って、そして己を責めるあまり被害者といっていい彼にすら支えられる自分にほとほと嫌気がさした。

 無様も無様。

 過去を求めるあまり視界が狭まり、いつのまにか周りが見えなくなり、最後には内に篭って地獄に突き落とした者にすら慰められるとは……過去未来含めいったいどこにそのような情けない英雄がいたろうか? いつかイスカンダルに言われた言葉が今更ながら身にしみた。

 

 それからは、やはり後悔と羞恥の連続だった。

 失意に閉じ篭った自分を案じ、何くれとなく動いてくれていた士郎とリン。もはやサーヴァントとしての能力の全てを失い、人だった頃から磨きぬいた剣技も片腕では無いと同じ。つまりたんなる穀潰しでしかない。しかし見捨てる事も怒る事すらもせず一月以上も見守ってくれていた。あのような子供が、英霊だった自分をだ。情けなくて彼らにもしばらく顔向けできなかった。

 そんな私に引き換えシロウはすぐさま己の働き口を探し出し、タイガの祖父、藤村雷画のツテで彼と私の分の戸籍まで手に入れて自活を始めようとしていた。

 その時も羞恥のあまり、極東式の自害"ハラキリ"しそうになった。

 

 視界が広がれば、やることなどいくらでもあった。

 安穏と子供の世話になどなっていられないと、結局今はシロウが雷画の紹介で借り受けたアパートに転がり込んでいる。心苦しいなど言っていられない。もう英雄でも英霊でも、まして一国の王でもないのだ。金がなければ食えず、食えなければ惨めに飢えて死ぬのだ。

 出来る事をやり、出来ない事を覚え、手探りでの共同生活が始まった。

 そうこうしている内に、自然とシロウと向き合えるようになっていた。アパートという狭い住居に大人二人が暮らしているのだ。役割分担に互いの連絡事項、話さなければならない事などいくらでもあり、また互いにそういったやり取りをしなければ共同生活は成り立たない。その環境で、自分がどうあれ、相手が既に許している事を理由に"今"を害すなど、到底できない話だった。

 

 いざ始まってみれば、私はどこまでも彼のお荷物だった。

 料理は出来ず、掃除は出来ず、口調もあって仕事も見つからない。やれる事といったら買出し程度だ。そんな私を彼は見捨てなかった。いや、見捨てるという選択そのものが無かったように思う。

 日中は働きに出て、帰れば夕食の準備をし、終われば明日の仕込を済ませ、合間に洗濯を片付ける。そんな忙しい生活で、あの皮肉な口調で手伝うように言う事はあっても、決して手伝わなければ……などとは欠片も言わなかったのだから。

 

 一人でやるのは彼の性分。

 頼られていない。

 そもそも頼れるほど仕事ができない。

 

 そんな現状はなけなしのプライドをひどく抉った。

 加えて、ご飯を食べる時、彼はときどき私の食べる姿を見ながら別の私を見ている時がある。

 生来の負けん気が、ここにきてようやっと疼いた。

 夢で見た、彼が憧れ、彼が愛し、彼と共に戦い抜いた少女は私であって私でないのだ。不甲斐ない自身と違い、最後の答えをだし、追い続けた願いに己が手で決着をつけた。そんな『私』と今の私、比べる事もおこがましい。

 

 

 だから、私は黄金に消えた彼女に憧れよう。

 英雄の名に相応しい、もう一人の自分に憧れよう。

 

 

 いつか、あの夢の光景に追いつけるように。

 シロウが憧れた自分を超えて、彼に並べるように。

 

 

 

 そう思えるようになった切っ掛けをくれた、目の前の敵だった男がしたこと。シロウにそれを“余計な事"と言ってほしくなかった。

 

「いや、迷惑でないならなによりだ。そこの男もさっきからやかましいが、願いが叶ったんだろう? ん? 良かっただろう?」

「――――こ、ころす」

「……シロウ。それとシーカー、いえ、クロカワ・トーリでしたか。からかうのは止めてください」

「む……」

「ぬぅ」

 

 お互いむっつりしながら、少女に聞こえないよう、しかし相手には聞こえるように小さく舌打ちして黙った。

 

「まぁいい。今日呼び出した用件を言おうか」

「ええ」

「実は明日か明後日にでも俺はいなくなる。もう会う事もないだろうから、様子を尋ねたかっただけだ」

「……そう、ですか」

「ふん、清々する」

「乗らんぞ? で、身体や魂に問題は無いな?」

「ええ、ありません」

「貴様の知ったことではな『どすっ!!』……問題無い」

「なら良かった。今更だが、その身体はまるっきり人間だ。生前のまんま。彼女の竜の因子についても勿論無い。それは忘れるなよ。無茶が利かんって事だ、特にそこの白髪(しらが)

「――――」

「(……頭が痛い)わかりました。彼についても私が注意します」

「最後に。元英霊って経歴は魔術師連中や教会の連中にとっては恐ろしく魅力的だ。だからその身体にはやつら限定で認識阻害をかけてある。何をどうやった所で、たとえ神だろうと魔法使いだろうと向こうからは認識できん」

「それは……」

「出鱈目だな」

「それで結構。つまり大人しく唯人の幸せを甘受しろってこった」

 

 なんでもない結論。

 重くも何ともない、逆にこれまでの責任や生き方を放り捨てるような要求だ。

 

「――――言う事はそれだけか? なら好きにさせてもらおう」

 

 真っ先に男が踵を返した。

 ただ、去り際にふと立ち止まり、「礼だけは言っておく」とだけ小さく言っていった。

 

「あれ、苦労しそうだ」

「私がいます。それに、シロウはあれで素直ですよ?」

「……ごちそうさま」

 

 ひそやかな笑い声。

 

「そうか……笑えるようになったか」

「ええ」

「なら、これを返しておこう」

 

 鞘に入った一振りの剣。

 ビー玉のような二つの結晶。

 

 剣は鞘にも柄にも美麗な装飾が施された、それでいて実戦に耐えうる一振り。

 透き通った結晶はそれぞれ中に写すものが違う。片一方は刺青のようなもの。片一方は幾本もの剣。

 

 差し出されたそれらを見て、しかし彼女は首を振った。

 

「――今の私たちには必要ありません」

「そうか? 今はそうでも、いつか要るかもしれんぞ?」

「意地が悪いですね。ええ、後悔するかもしれませんが、受け取れません。リンもそういうでしょう」

「……そうか」

 

 それだけだ。

 言いたいことはそれだけ。

 話す事は話し、後は別れるのみ。

 

「では、もう会う事もない。精々達者で」

「貴方も」

 

 特別な挨拶など必要ない。

 そんな仲でもない。

 彼と彼女たちは敵で、たまの気まぐれで道が交差しただけ。ほんの一時交わり、後は離れるが(ことわり)

 

 

 彼女は背を向けて去り、やがて男も去る。

 

 

 彼女は途中で手持ち無沙汰に待っていた彼と合流し、家路につくだろう。

 

 

 男は仮初の宿へと帰るだろう。

 

 

 人外の奇跡はあれど、世にことは無し。

 

 

 この一幕、知るは冬の寒空のみ。

 

 

 

 




■後書き的なつれづれ

 さて、本話はセイバーメインの話でした。どうだったでしょうか?
 彼女たちはこれから一般人として、生活の苦しみを経験してゆきます。過去とは違う、現代ならでわの様々な悩みや葛藤を抱えて生きてゆくでしょう。
 作者の想像では凛が留学しようとしてた時計塔の消滅を知り、頭をかきむしって黒川さんを盛大に呪い、ついに吹っ切れて会社を興し、聖杯戦争のメンバーで盛り立ててゆく、というストーリーが。
 ちなみに士郎は悪人を殴り倒す正義の味方でなく、NGOや赤十字的な平和の使者として頑張ってゆきます。手先が非常に器用で、なにより努力を苦にしない彼は間違いなくその道で大成するでしょう。男版ヘレン・ケラーみたいに。

 いえね? 作者のイメージでは彼女って魔術師よりも、企業の社長とかがよっぽど似合ってるような気がしてならないんですよ。


 さて。
 次話から章が変わります。なんの世界になるかはお楽しみに。
 今度はダレないよう根性で頑張る所存です。(なんか、政治家みたいな言い方……)

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