無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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第参章 エピローグ 終劇のち惨劇 (Fate編)

 

 さてもはても、これは一体どういうことか。

 俺はぶらぶらと観光がてら周りたかったのだが、どういうわけだがここヨーロッパの片隅で襲撃を受けている。都市を一本逸れた所にある町は、意外と美味い料理や酒の穴場になっていて、そういうところを狙って楽しく過ごしていたんだが……。

 

 現在はチーズと燻製肉、それにワインとビールの小瓶を抱えてテーブルの下に隠れている。惨めだ。

 

 なにやら爆発でもしたかのように荒れ果てた店内は、その惨状を煙で覆い隠されていた。そこを数人の潜めた足音が何か探すようにうろつきまわる。

 それだけじゃない。

 さっきからちょこちょこと探査目的らしい魔術が辺りに放射されている。

 

(結論。絶対こいつら俺探してる)

 

 心当たりといえば、まぁ聖杯戦争がらみだろう。あれ以来はヨーロッパまで跳ぶ時ですら魔力使ってないし。

 大方のとこ、魔術協会の方で監視していたのだろう。

 考えれば当たり前の話で、聖杯が本物かどうかバゼットが調べに来るくらいの確度の儀式なら、たった一人の調査員で話が済むわけがない。俺もヌルもわざわざ警戒もしていなかったが、おそらく英雄の類いでも察知が難しいような術具で様子を探っていたのだろう。

 

 考えられるとしたら……たぶん直接覗く(・・)タイプじゃなく、場所を指定し、そこで何が起きているかを手元に描き出すような間接的なものか。

 

 何にしろ、協会は俺のことを知って、しかも直接的な手段でひっ捕まえる気らしい。

 ヌルからバベルシステムで読み取った魔術師の大まかな指向性は聞いている。が、生憎と気に入るような輩とは程遠いらしい。とにもかくにも魔術の進捗のためなら何しても良いって連中ばかりなようなのだ。

 

 はっきり言って、根源に辿り着いたとしても、それを人の役にたてる気なぞ木っ端ほども無いくせに、そんな野郎が魔術の進歩のためなら犠牲も当然とか……目の前にノコノコ現れたら頭消し飛ばすかもしれん。

 

 

 少し予想はしていたのだ。その矢先。

 

 農家の方々が丹精こめて育てた穀物から丹念に仕上げられたワイン、ビール。

 日本より格段に広い土地で、のびのびと育てられた牛からとれたチーズに肉。

 幾つになろうと美味い物は美味い。

 それを実感している時だ。

 

 よりにもよってその時だ。

 この馬鹿たれどもが襲撃をかけてきたのは。

 

 幸いにして、どっかの誰かさんにさんざっぱら部屋の壁ぶち抜かれた経験から、とっさに食い物と飲み物を守り通す腕だけは上達している。目の前にあったお宝は、今もこうして無事にこの腕の中に守られている。

 だが、他は駄目だった。

 入り口から投げ込まれ、店内のほぼ真ん中で銀色の触媒は炸裂した。店中のテーブルや椅子はひっくり返り、カウンターは半壊してるし、あの様子じゃキッチンもダメだろう。どういう風にこちらの事を知ったのか知らんが、暗示やらの魔術じゃ歯が立たないとみて直接的に来たんだろうが、腹立たしい。

 しかも店を囲むように、ただし感知されぬようそれなりの距離を離してだが、特殊な結界まで張られている。おそらく襲撃の瞬間に要を刺したのだろう。

 

 色々気に入らんが、特にわざわざ客や店員を巻き込んだのは本当に腹立たしい。

 きっとそのやり方が有効だと考えて、躊躇いも無く実行したんだろう。

 

(あーくそ、あーくそっ。ほんっとクソッタレだ)

 

 とりあえず、あれだ。殺そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じょきん

 

 そこそこ有能だろう探査魔術を適当に誤魔化し、姿は光学迷彩で隠しながら、気付かず目の前を歩いた男の脚を取り出した特大の鋏で切断する。足の半分を残したまま、絶叫を放って転倒する魔術師。鮮やかすぎる、と言っていい傷口から、一拍置いて鮮血が噴き出した。

 

 こいつは『ザ・チョッパー(The Chopper) 』

 とある世界にて、地下迷宮で猛威を振るったトカゲ人の戦士の獲物だった物だ。名もカレの通り名をそのままつけた。

 外見は鋏そのもの。二本一組の五十センチを超える裁ちバサミで、両手に一本づつ構える。切れ味は使い手の握力にもよるが、金属を軽々両断できるほどだ。

 

 その鋭い顎門が哀れな犠牲者をさらに襲う。

 

 目に見えない刃が閉じるたびに血飛沫と絶叫が吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一拍の驚愕の間をおき、空気が張り詰める。

 確かに居た筈なのに、いくら探っても発見できない相手から、目に見えない反撃を受けたのだ。

 襲撃者たちはすぐさま店内を見渡せる入り口付近に集まり、仲間が血溜りでのたうつ場所へ、巻き込む事も構わず攻撃を撃ち込んだ。呪いや魔力の弾丸が男ごと床をえぐり、血飛沫をまきあげる。

 

 

 巻き上がった粉塵が着弾点付近を覆う。

 

 

 

「――探せ。死体だろうと手足の一本だろうと、確実に見つけ出せ」

 

 小さな声が洩れた。

 黒尽くめの男たちは一番奥にいる、どこか陰湿で傲慢な雰囲気の男だ。

 

 彼はアトラス院と並ぶ巨大魔術組織、イギリスはロンドン、時計塔に本拠を置く『魔術協会』と呼ばれる組織の一員だった。

 俗に言う『名門の出』というやつだ。

 

 魔術という技術が世襲による長期間の熟成を基本とする以上、長く続いた家の魔術刻印を受け継いだ者は、それだけでスタート地点が全く違う。家柄によって組織内の権勢が変わるのもある意味当たり前であった。

 

 加えて魔術協会はかなり古い組織だ。

 困った事にこの組織は上記の理由もあって、中世ヨーロッパの腐敗した貴族制度をそのまま受け継いだような有様で現代まで残っている。

 いくら時代を逆行するのが魔術だからといって、いらない所まで逆行、いや退行しているあたり、どれ程世代を重ねようと、いっそ退化しているような有様を晒すのがなぜが分かろう。

 

 閑話休題。

 彼はそんな貴族・エリート主義の権化のような男だった。

 幸い、だからといって完全に愚かな訳ではなく、度重なり失敗を繰り返す聖杯戦争に参加しない程度の分別はついていた。

 冷静にリスクとリターンを計算し、『何でも願いが叶う』などという謳い文句に釣られる事なく、逆に参加するのは愚かな輩ばかりだと嘲笑ってすらいた。

 

 そんな折、協会の上層部で聖杯戦争の終結について、噂がひそかに流れ出した。

 

 

 

 勝者はやはり現れなかった。

 

 聖杯戦争の基幹システムの崩壊。

 

 そして極めつけに『召喚された英霊の現存』

 

 

 前二つはともかく、最後の噂は魔術師なら無視できないものだった。

 英霊は元々、地脈の膨大な力を数十年に亘って蓄積し、更に『座』の英霊本体が望む事で、辛うじて劣化した召喚が可能なほどの上位存在だ。

 当然ながら、その維持にも莫大な対価が必要とされる。

 前の噂で聖杯システムの崩壊が起こっていたとしたら、たとえどれ程優れた魔術師だろうと彼らを現世へ止めおくことなど不可能だ。

 にも拘らず。

 英霊がサーヴァントとして聖杯戦争後も現界しているという。

 

 彼はすぐさま裏を取った。

 

 そしてどうやら噂が事実、もしくは非常にそれに近い事が起こっている可能性が高いと判ると、笑いが止まらなくなった。彼の脳裏にはその英霊を捕獲し、徹底的に調べつくし、新たなる位階へと駆け上る自身の栄光がハッキリと見えていた。

 

 もちろん英霊を侮るなどという“愚かな”真似はしない。入念な準備に出来る限りの情報収集、そして戦力の確保。己の所属する派閥からも極秘に手勢を借り受け、完璧と自負するだけの包囲網を築いたうえで攻撃に出た。

 

 店を大きく囲むように展開した、高位存在への弱体化を主眼とした呪術陣。

 突入するのはいずれも高位の魔術師、それも戦闘に特化した魔術を振るう、荒事専門の手勢。

 それらを率いるのは名門の自身。

 

(たとえ相手が聖杯の補助を受けた、万全の状態の英雄だろうとも勝ちを見込めるだけの戦力だ)

 

 秘宝と言っていい門外不出の礼装も含め、多数の強力な礼装もある。

 負けるなど思考の片隅にすらなかった。

 

 

 じょきん。

 

 じょきん。

 

(だというのに……だというのにこの有様はなんだ!? いったいアレは何なんだ!?)

 

 目の前で配下の魔術師たちが何一つ抵抗もできず、一方的に切り刻まれている。

 狩猟の獲物だったはずの敵は、ただの一度も此方へ、その影すら捉えさせず、強力な防護の礼装、それどころか僅かにあった防御の概念武装すらも、あの異様なおぞましい音と共に寸断されていった。

 

 まさに悪夢だった。

 

 パニックの極致に陥った男は足をもつれさせながらも店から逃げ出した。

 その時には既に店内は壁から天井に至るまで、湯気の立つ血に濡れそぼり、物言わぬ肉片ばかりが転がっていた。

 

 しゃきん。

 

   しゃきん。

 

     しゃきん。

 

 

 必死に逃げる男を音が追いかける。

 震える声で必死にパスで呼びかける相手は、何故かただの一人すら応えない。

 

 

 じょきっ。

 

 

「ッッッギィ!?」

 

 かかとに感じた事もない激痛が奔る。

 もんどりうって地に転がって、震える手で足を抱える。

 指先にぱっくりと開いた傷口があたり、勢いよく流れ出す血に気が遠くなった。

 

 

 じょぎん。

 

「ヒギャァ!!!!」

 

 今度は背中で異音が響き、激痛と共にのけぞり返って痙攣した。

 偏執的なまでに纏っていた礼装は、何の役にも立たずに攻撃に屈していた。吹き出す血が瞬く間に地面を染め上げ、暖かで粘ついた感覚をのたうつ彼へ伝えてくる。

 だが男にとってはそれどころではなかった。

 このままでは殺される。

 栄光の(きざはし)はこの手をすり抜け、何より確かな暗黒の未来がすぐそこまで迫っているのがハッキリと感じられた。

 

 死に物狂いで逃げ出そうとして……倒れこんだ。

 

 

 涙と鼻水にまみれながら見た先、彼自身の足首は動いていなかった。深々と赤黒い肉を覗かせる傷は、その奥でアキレス腱を切断していた。

 それが何より雄弁に“逃げられない”と示していた。

 

 

「ヒッ、いやだいやだいやだぁ!? なぜこんな、ふ、ふざけるな! 俺は、俺をだれだと、いぎゃっ!?」

 

 

 じょきん。

 

 

「やめっ、やめぇ……ぎゃっ!」

 

 

 じょぎん。

 

 じ、ょきん。

 

 

「あ、ぁ、ぁぎ」

 

 

 じきん。

 

 じょきん。

 

 じょき、じょき。

 

 

 

 

「――も、ゃ……」

 

 

 

 

 

 

 じょきん。

 

 

 

 




■今回の登場作品

 角川スニーカー文庫より、ライトノベル『薔薇のマリア』

 本作品はウィザードリィ風のダンジョン探索型の、角川スニーカー文庫を代表するライトノベルの一つです。論理破綻した異常人格者などの非常に“濃い”キャラクターが多く登場し、後述の魅力と美麗なイラストが相まって高い人気を得ています。

 リアル調と言ってもいい非常にシビアな展開で、基本的に強い人物でも油断や隙、あるいは囲まれたり、より強い人物との遭遇などで軽く死んだりする。つまり耐久力はあくまで人間。
 もっとも、登場する『本当に強い』人物たちは、そういう部分が無いという意味で強い。

 ちなみに主人公のマリアは、純粋な戦闘能力でいえば最弱クラス。小柄細身で、どれほど努力しようと才能的な意味で戦いに向いていない人物。ファンタジー的にいえば、ゴブリン一・二匹には勝てるけど、オーク一匹には勝てないとかいうレベル。覚醒とかも無しです。

 今回登場した『ザ・チョッパー(The Chopper) 』ですが、これは作品内で登場した超人的なトカゲ人のフリークス、『鋏使い(ザ・チョッパー、The Chopper) 』が持つ武器です。名前もそのままです。



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