無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

17 / 69

・お知らせ
 感想で指摘いただいた文字の飛び出し現象が解明しました。
 どうやら文字へルビを振った際の記号が微妙に違ったようです。
 この微妙が曲者で、普通なら命令と認識されず間違ったまま表示されるところを、変てこな作用を起こしていた模様です。
 今までの部分は修正いたしました。これからは同じ間違いが無いよう注意させていただきます。
 知らせてくださった『皇 翠輝』様、『御前』様、ありがとうございました。



 この時期の桂さんは、原作より三・四十ほど若いので、その”力が大好き。無闇な暴力は大歓迎”という性を考えて、かなりはっちゃけています。

 後壱話くらいでシャギードッグ編を終え、次はFateの世界にでも行こうかな?
 まぁこの世界を経験した後は、主人公最強モノの作品らしく、相手が可哀想になるような無双に入りそう。 ・・・まだ展開決めてないけど。


※このシャキードッグ編の人物は若い頃から主人公と接してきたため、原作と若干の性格の差異が見られます。


第弐章 3  それぞれの未来へ (シャギードッグ編)

 

 

 盛大に血を吐いた。

 桂翁おそるべし。いつぞやの剣で体を串刺しにされた時とはまた違う、内臓を直接押しつぶされる感覚としか表現出来ない攻撃を受け、身に纏った霊的装甲を一切合財無視して内臓を破砕された。

 全くもって非常識な事に、胃の辺りで炸裂した衝撃は、そこにあった器官を破壊したついでに心臓を止め、肺を裂いて腸まで粉砕している。

 挙句にやらかした本人の第一声が「まだ(自分の)修行が足りない」ときた。

 いい加減にしとけ、と声を大にして言いたいが、生憎と肺は今血の詰まったボロ袋だ。

 本来なら穴という穴から血を噴出して即死するのだろう。

 が、幸いにして、この体はエイヴィヒカイトの加護により不死の戦士(エインフェリア)と化している。持てる魂という魂が尽き果てるまで、この身は(よみがえ)るのだ。

 

 すぐさま体内で傷ついた器官が再生してゆく。

 桂さんが駄目押しの一撃を叩き込み離脱した後、たっぷり二秒は掛けてどうにか活動できるレベルまで再生する。

 

 飛び起きざま、機能を取り戻した内臓器官の働きで喉へ込み上げてきた、肺と胃に溜まっていた血を吐き捨てた。

 

「………まさか攻撃が通るとは思ってもみませんでした。というか、面倒見るって言った相手を殺してどうするんですか?」

「どうにもしません。死んでしまったものは仕方がありません。それが勝負の最中(さなか)なら尚更(なおさら)です」

 

 桂さんはあの惨事見ておいて涼しい顔をしている。感触で確実に致命傷を与えたのは分かっていたはずなのに。

 流石は武術家と評すべきかもしれんが、もう少し手加減して欲しかった。

 

 NB(ナチュラルボーン)ではエンジェルの、ましてや形成位階の速度にはどう足掻いた所で届かない。にも関わらず、彼が超速を相手取って一合で切って捨てるのは、その武錬が完全に脊椎反射の域まで体に刻み込まれているからだろう。

 そして、だからこそ己の反応を超える者と対峙した時、相対して攻撃を意識した瞬間から、体が反射として相手に殺し技をかけてしまうのだろう。

 

 元来、武術とは守りに適さないそうだ。

 車のドライバーは飛び出した人がいたとき、みてから反射的にブレーキを踏むまで1秒かかると言われているらしい。

 同じように、人間は相手の殴打などへの反応にも時間が掛かる。

 勿論これは肉体の鍛錬や事前に察知したりと、ある程度補う事ができる。日常に突然現れた危機的状況とは若干話が異なるのだ。

 しかし、根本の“見てから反応まで時間が掛かる”という問題が解決したわけではない。

 これは見てから反応までの間に『認識』という行程が存在するからであり、眼底に映し出された情報が脳に送られ、情報として認識、それからやっと判断・反応となる為に僅かな時間が費やされる。

 逆に接触などはこれが無いから早い。

 電気信号は脳へ届く前に脊髄を経由する。熱いものを触った時、電気信号は脊髄に届いた時点で、脳より速く脊髄が中枢となって行動を指示する。 

 複雑な動きこそできないが、脳の認識を待たずほぼ電気信号の速度のみで行動できるからこそ、この脊髄反射という動きは素早いのだ。

 

 桂翁はおそらくここに、武術という動きが刷り込まれているのだろう。

 それこそ時間の掛かる視覚を捨てても、それ以外の四感、あるいは経験則や第六感で判断し、脊髄が反射として対応できる技を発令する程に。

 

 

 これこそ正に武の極み。

 

 

 

 ……正直迷惑である。

 

 俺だから迷惑で済んでいる。

 しかも本人がそれを良しとしているところが嫌な箇所。

 まぁ原作でも、“みだりに力を振るうのが大好き”とぶっちゃけていた人なんだが。

 

 何にしろあそこまでやられた以上、勝負は此方の負けだろう。

 

 敵意を収め、聖遺物の稼働率を活動位階まで落とす。

 それを見て向こうはちらりと残念そうな表情。

 

 いや、貴方も腕治療しないと拙いですからね?

 

 

 

 そんなこんなで拳を交えて相互理解に勤めた昼下がり。

 爽やかな風に血臭香るなか、桂さんの所に厄介になることが決まったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから早十年。

 

 桂神法に入門し、一日に一回は桂さんと組み手という名の殺し合いと見せかけた一方的な血祭りを繰り広げる傍ら、仁の組に出入りしたり、塊と戦ったり一緒に強い奴に挑みに行ったりして過ごした。

 本当に、本当に、桂師匠はオニである。

 普通に教えてくれる分には良い。

 なんせ自分が創始者の流派。桂師匠が流派そのものと言って良く、そして己の看板を打ち立てる事が出来るほど、他の武術に対しても造詣が深い。

 貴重な実戦を含め、他流派試合などの経験も豊富な人間。これほど教える側として得難い存在も珍しいだろう。その教えを受けて、俺も桂師匠ほどとはいかないが、気功を自在に操れるようになった。まぁ幾分かは出来るように存在自体を弄ったからだが。そうでなければ気とか理解できない。師曰く、うんちゃらかんちゃら。約、考えるな感じろ。生まれて二十年理系に生きてきた身には厳しいものであった。

 ――とにかく、桂師匠は教えるには向いているだろう。……性格を、その性質(たち)を加味しなければ、の話だが。

 

 桂師匠、最初の組み手の後、即死するはずの傷を負った俺が、傷を確かに受けたにも拘らず死なずに動いていたのを聞かれ、これこれこのような魔術で守られてるから俺死なないんだと説明した結果、一対一の実戦組み手からまるっきり完全に手加減が消えたのだ。

 

 もうほんと、きれいさっぱりと。

 

 手首を極められたかと思ったら逆落としに頭から地面に叩きつけられ、頭蓋の砕ける音をBGMに首を踏み折られたりする。

 これはまだ技としては一種芸術的なものだが、不死身の練習相手という格好の実験台を得た桂さんが遠慮などする筈はない。

 にこやかな表情のまま、眼窩を含めた顔の骨の薄い所を陥没させられたり、突かれたら血反吐を吐いて悶絶するような急所中の急所を抜き手で抉られたりと、散々な目にあった。

 勿論修行という名目でエイヴィヒカイトの装甲は外すよう言われた上での事。

 これ、残虐師匠が手応えを感じたかったからだと俺は密かに睨んでいる。

 

 中でも酷かったのは、この地獄組み手を始めてから恐ろしい事に、なおもメキメキと腕を上げているらしい桂師匠(自己申告。あのレベルは上がっても分からん)が、その渾身でもって放った浸透剄を喰らってしまった時の事。

 首の根元やや下に喰らったのだが、体内で炸裂した衝撃で背骨が折れて、背中に開いた穴から飛び出してしまった。お陰で首より上が首の根元から前に捻じれて倒れ、更に衝撃によって高まった圧力によって太い血管、頚動脈を駆け上った血液が顔中から噴き出した。目なんて眼窩から宙に飛び出してしまった。

 

 だが最も厄介だったのは、それを見ていた道場の門弟が数人いたこと。

 幾ら離れていたとは言え、二人ともが気付かなかったのは迂闊だった。

 

 流血ばんざい、スプラッタ上等が謳い文句のゾンビ映画張りに成り果てた俺。

 腰を抜かして狂乱し、泣き叫びながら桂師匠から逃げようと這いずる門弟達。

 こんな時でもにこにこと泰然自若の風情を漂わせる桂師匠。

 

 楽しそうに眺めているだけの師匠に、思わず「じじょぅ(ごぼォ)な”んどがじ(ぅぼぉえ~)ぐだざ(げぼぉ)」と口を開いてしまい、更なる阿鼻叫喚の地獄絵図が広がったのは、どうにも忘れられない記憶だ。

 

 その後始末もまた、忘れ難い大変さだった。うん。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでこの世界の技法である気功術は、桂神法という大きすぎる手土産をつけて大方のところ取得できた。

 桂神法も後は自分で磨き上げる段階に達し、気功は、この世界ではやらないが、体の方を扱いやすいように変化させれば仁や塊達から見ても非常識な出力で操れるだろう。

 ESP能力は、桂師匠の伝手で見せてもらった国の研究機関のデータバンク等でメカニズムが分かったので、気功と同じく体と精神を弄る事で再現が可能なようだ。後は色々な能力を見て、より具体的にイメージ出来る様になれば言う事無し。

 

 これにて第一目標であり、最低ラインでもある”力の使用法のサンプルを手に入れる”がほぼ完遂された。

 

 残るは第二目標であるところの”名を残す(有名になる)”だが――これ、実は既に半分以上は達成されているような気がする。

 

 仁の組に出入りしている内に、仁に塊と一緒に襲撃やら暗殺やらを依頼された。俺も塊も友達からの依頼に加え、自分の全力の技を気兼ね無く振るって試す良い機会だと二つ返事で受けた。桂師匠もどんどん殺りなさい派だから問題も無い。問題ない事が倫理的に問題ありなのだが……まぁ過ぎた事だ。

 

 塊と一緒の武者修行も、北の音に聞こえたホルダーを殴り殺し、南の有名なESP能力者を捻り潰し、東で紛争に巻き込まれ、西で政府軍に囲まれたりと、波乱万丈ながらも俺達の腕を素晴らしく伸ばしてくれた。

 

 いや、流石にだいぶ死ぬような目に会った。

 

 あれは紛争地帯での事。

 戦争が続く事で得をする連中が影でコソコソ動いていたのだが、いつの間にか原作よりも幾分やわらかくなった塊が、奴らが副業に焼き払った村から捕まえて来た子供を奴隷売買で売り払うのを見て、「修行にもなってクズも消せる。いっちょやっちまおうぜ」と言い出した。

 当然だが此方も否やは無く、あちこちの拠点に端から襲い掛かった。

 

 そういった素晴らしき善行の日々の結果、ある日に待ち伏せを受けた。

 暗い地下倉庫に隠れていたのは、軍から横流しされたアームドスーツ十機だった。

 ホルダーやサイボーグが軍に溢れた為、急遽、対ホルダー用として開発され、戦場での高い実績からホルダーの天敵と呼ばれる汎用重装歩兵(アームドスーツ)

 全高四メートル強の巨体、胴体と一体化した頭部に低重心、地面に着くほど長い腕部から『猿人(エイプマン)』とあだ名され、そのやわらかい(・・・・・)特殊装甲はホルダーの攻撃は勿論の事、対戦車地雷すら耐え抜いてしまう。

 その余りに凶悪な性能ゆえ、酔った乗り手によって幾多の虐殺事件を起こした代物。

 それが十機。

 

 向こう側は恐らく、旨みの大きい狩場で散々邪魔をしてくれた俺達を排除すると共に、この高価な目玉商品の動作テストをして、ついでに名の売れたコイツ等でも殺せますよーって具合で宣伝にでもするつもりで数を出してきたのだろう。

 

 結果から言えば、俺と塊は十機の『猿人』を完全に破壊し、隠れてワイン片手に見学してたロクデナシ共を皆殺しにした。

 だが倒すのは、本当に、本当に、尋常じゃなく大変だった。

 

 まず四メートル強の巨体のくせに異様に動きが早い。リアルで残像が出せるんじゃないかって程のスピードで動き、機銃と巨大なナイフ、そして持ち前の長大な豪腕で襲い掛かってくる。

 ホルダーの常識を大きく超えた実力を持つ、いや、世界でも指折りと自負している俺と塊が油断できない速さ。軍の量産ホルダーどもが一方的に殺戮されるのも分かる。

 

 そして厄介なのがその後。豪腕を潜り抜け攻撃を打ち込んだ次の瞬間、殆んど手応え無く力が吸い込まれ、それがそっくりそのまま返ってきたのだ。

 これで俺は自身の装甲で無事だったが、全力で打ち込んでいた塊が片腕の手首を粉砕された。

 後で知った事だが、この柔装甲、従来の戦車を軽々と打ち抜く大質量の大口径徹甲弾すら跳ね返す(・・・・)らしい。

 打撃と合わされば、その威力は鉄骨をガラスのように砕く。

 

 そう作られたとは言え、非常に”硬い”(たぐ)いの敵だった。

 

 

 俺はそれでもまだ、最低限とはいえエイヴィヒカイトの障壁があるから即死はしないだろうが、問題は塊の方だ。

 その気質自体が荒っぽいのは、ファイアスターターという異能にも現れている通りで、まぁ簡単に言えば殴る蹴るの戦い方が本領なのだ。相手の装甲とは相性が悪い。これが仁なら気を上手く使って切って(・・・)しまうのだが。

 勿論、塊もやろうと思えば即興でやって見せるだろう。それこそ戦闘センスは天才的なものを持っているのだから。

 しかし、今塊は自分の最も得意なファイトスタイル、自分の気と異能を混ぜ合わせ、鉄すら溶かす熱量を持った錬気を纏っての近接格闘で戦っている。

 

 あのバカタレ楽しんでいるのだ。

 

 俺と違って塊には『猿人』の攻撃を直撃して堪えるような防御手段が無い。というか、普通は無い。

 十機が十機、一斉に本気になって襲い掛かって来たら、いくら塊でも致命傷どころでは済まない。流石にハンバーグの具材になってしまう。

 

 だから俺の方は少しだけ手を抜く。

 ヤるのはあいつ等が油断しきり、尚且つ一気に殲滅する目処が立ったとき。ひたすら防御に専念し、それぞれの『猿人』の動きを観察する。

 今は一対一を二組で、残りは逃がさないよう周りを囲んで外部スピーカーから耳障りな濁声を垂れ流している。

 それが五分ほど続いた。

 

 

 負ける訳が無いと、遊び半分で嬲り殺しに仕掛けて来ていた戦闘の転機は、奴らの動きの癖を把握しつくした俺が使用した『創造』位階だった。

 

 仁の依頼と塊の武者修行、紛争地帯や戦場を幾つか渡り歩いた結果、取り合う相手のいない俺はそれらで息絶えた者達の魂を全て取り込んだ。

 お陰で現在俺の保有する魂は、持ち込んだ『俺』の魂が三万、それに加えて一万五千余を新たに得ていた。

 嬉しい誤算だったのは、取り込んだ一万五千のうち、常人より遥かにエネルギー量の多いホルダーの魂が大部分だった事。この魂のお陰で『創造』位階の発動が可能になっていたのだ。

 

 塊に前衛を任せて壁際へ後退し、立ち尽くして詩を唱えだした俺を連中は恐怖でおかしくなったと思ったのか、ありがたい事にげらげら笑って塊への攻撃すらやめて口々に嘲笑していた。

 

 

 たっぷりと時間をかけて詠唱したのはパルジファル。

 

 持ち込んだ『俺』の魂は、このために選別して持ってきた。

 

 基とする渇望は”死にたい。自分を終わらせたい”。

 

 (タイプ)は求道型。

 

 

(Briah――)

創造(ブリア)

 

 これこそは終焉のデウス・エクス・マキナ。

 

(Miðgarðr Völsunga Saga )

人世界・終焉変生 (ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)

 

 

 腕の甲殻が展開、より機械的で一回り大きな鉄の拳を形作る。

 装甲の間を走る蘇芳は紫とも青白いともいえる光に変わり、暗い瘴気を立ち上らせる。

 

 再びキルゾーンへ踊りこむ。塊と戦っていた前の一機を無視し、活性化した再生因子によって全身の傷口から湯気を立てる塊の脇をすり抜け、出口付近に固まっていた四機へ突撃する。

 遅まきながらようやく様子がおかしい事に気付いた間抜けの一人へ、一撃必殺と化した拳を叩き込んだ。

 

 影の記憶で見た呪われし黒の機械(マキナ)

 かの魔人集団、聖愴十三騎士団黒円卓に集うの三騎士が一、黒騎士(ニグレド)『鋼鉄の腕』。

 死を求める彼の振るった全てを終わらせる一撃。

 その『創造』は自身を”終焉”そのものと化し、生まれてから一秒でも存在していたならどのような物であれ、それこそ不死者の類いでさえも問答無用で終わらせる。

 

 柔装甲に食い込んだ拳はインパクトの瞬間に機体を(・・・)殺す。

 装甲機能を含め全機能が二度と復帰できない故障を起こし、『猿人』はよろめく事すらせずにその場にくずおれた。

 そしてガラクタと化した元『猿人』が倒れこんでコンクリにヒビを入れた時には、他の三機もまた、名前に”元”の冠をつけられて転がる所だった。

 

 この一瞬の速攻に奴らは慌てた。

 慌てて、塊に背中を向けてしまったのだ。

 

 そのこれ以上無い隙を塊が見逃すはずがない。さっきまで戦っていた一機に一瞬で肉迫、装甲の下の機械自体は弱いと感付いたアイツは、その中でも一際脆いだろう膝裏に三連撃を叩き込んだ。

 最初の抜き手の二発は目標から僅かにずらし、そのせいで微かに張り詰めた装甲へ、ラストに鋼板をも裂く蹴りが襲った。

 凄まじい速度で動き回る『猿人』には入れ辛い攻撃だが、馬鹿な事に奴等は止まっている。

 刹那の間に五機目が片足を膝から半分千切られた。

 

 当然それで終わりではない。アレは機械だ。である以上、完全に破壊するまで危険だ。

 塊は追撃した。

 膝裏の一点で裂けた柔装甲の中へ強烈な拳打を叩き込む。

 内部構造を腿まで叩き潰し、更に駆け上がった灼熱が胴体を脆弱な内から焼き潰す。

 

 このダメ押しで完全に相手は混乱状態へ陥った。

 後は簡単。一機一機確実に、個別に狙って潰すだけだった。

 

 

 

 

 

 流石にここまでの戦力を直接向けられたのは一回こっきりだったが、それでも内乱国で爆撃に巻き込まれたりと思い出したくない出来事が沢山あった。あの時は二人で上見ながら死に物狂いで走ったっけ……

 まぁこんな事をしていれば、嫌がおうにも名は知られてゆく。

 今や俺と塊は、半ばロクデナシ共の伝説と化していて、その武勇伝はもはや完全に都市伝説扱いだ。

 

(一応は名が知れ渡ったが、これは世界に受け入れられているのか?)

 

 そして疑問はあれど、こればっかりは今更どうしようもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この世界を出るか否か?

 

 俺は悶々と悩んでいた。

 目先の目標が達成された今、さっさと次の世界に行くのがまぁ効率的というものだろう。

 

 しかし、そもそもこの件に関して俺に効率は必要ではないのだ。

 時間ならそれこそ幾らでもあるし、どうも世界の中で過ごした時間は外だと随分短いみたいなのだ。それにのっけからではあるが、十年の余も過ごしてしまえば人にも世界にも愛着が湧く。

 居心地も良ければ仲間といっていい連中も居る。

 

(ん。こうやって考えると、俺はもう少し残る方に気があるようだな)

 

 とりあえずは、仲の良い仁が死ぬまでは此処にいようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてある日。

 俺は朝から桂師匠の下へ呼ばれ、師匠が予知した仁の最後を知らされる。

 まだ一年二年の猶予はあるが、いずれ仁は死ぬだろうと。

 

 桂師匠は話すだけ話し、別にどうしろとは言わなかった。

 

 その帰り、そのまま組へ行く。

 もう馴染みの組員に声を掛け、仁の部屋をたずねた。

 幸い丁度帰って来た所なのか、余り見ない余所(よそ)行きの背広を着て椅子に座っていた。

 

「お? 冬理じゃねーか、久しぶりだな。今度は何処まで行って来た? 塊は一緒か?」

「あぁ、久しぶり仁。

 今回は大陸の南の紛争地帯だったな。砲弾が超危険だった。塊は、……どっか遊びに行ったな」

 

 仁が椅子を立ち駆け寄ってくる。半年振りだが変わってないようだ。

 安心するが、とりあえず目的の話を切り出そう。

 

「今日は少し話があってな」

「なんだ、また密輸か?」

「ちげぇよ」

「なら密入国の方か?」

「だから違うって!」

 

 失礼なヤツめ。

 

「桂師匠がな、お前があと一年か二年で殺されるって」

 

 漫才で話が進まん。ストレートに告げてみる。

 

「へ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いやいやいや、割と大変な事だからね?」

 

 こやつ、ボケたか何かして理解できてないんじゃなかろうな?

 

「うーん、そんな事言われたってな」

 

 ヤツは何やら言い難いというか、気まずいと言うか、そんな顔をしていた。

 別段そんな表情のでる会話でない気がするのだが。

 仁は少し考え込んでからこっちを見て言った。

 

「俺さ、どっちにしろ後それくらいで寿命なんだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………は?」

 

 なんですと?

 

 いきなりの衝撃告白。突然すぎる寿命宣言に俺の頭は真っ白だ。

 完全に停止した思考を何とか建て直し、全力で理解に勤める。

 

 

 

 ―――そうだったのか。

 

「……おまえ、やたら強いと思ってたけど、桂師匠と同じジジイだったんだ」

 

「オォイ!? 何でそうなりやがる! いやわかるけど、それでもそりゃねぇって!!」

 

 

 とりあえず落ち着く。

 

「で? 寿命ってどういうことよ」

「あ~……、お前さ、俺がどっかの実験体ってのは分かってるよな?」

 

 そりゃな。

 『日本震災』後に保護され、身体能力にESP共に激高、更には身元が不明でデータバンクにも載っていないとなればな。流石に何かあるとは思うね。

 

「そ、当たりなんだわ。

 寿命ってのはそういうこと。あのクソッタレの研究員共がかなり無茶して深い所いじったらしくてな、俺も健康診断受けてビックリしたぜ」

 

「ビックリで済ますなよ、お前はほんとに、もぅ……」

 

 俺はあきれ果てました。

 

「けどそれじゃどっちにしろお前死ぬじゃん」

 

 そんな風に言うと、ヤツは突然不気味に笑い出した。

 

「ふっふっふっふ。実は対策は取ってあるのだよ! うまく行ってないけど(ぼそっ)」

「お前今うまくいってないって言わなかったか?」

「気のせいだ!」

 

 まぁいいけど。

 

「って良くねぇよ。対策ってどんな事してんの?」

「簡単に言やぁクローンだ」

 

 あぁなるほど。ここで原作の主人公に繋がるわけね。

 

「急速育成するとあちこちに無理が出るから、赤ん坊の時から普通に育てて、大きくなったら俺の意思が甦るようにしようかと」

「ふーん。でもそれだとお前と同じに育たないんじゃね?」

 

 気付いた疑問を投げかけてみる。

 

「そう、うまくいってない所ってそこなんだよ。何か聞いたらさ、成長って細菌とかの影響も結構受けるらしくてな? 同じに育つ確率はすげぇ低いらしい」

「まぁなぁ。まさか違う体に育ったのにお前が目覚めたら大変だし」

 

 たとえ元が同じでも、それはもはや他人同然。

 それは仁にとって、いや、戦う者全てにとって致命的だ。

 なにせ無意識に反応できるほどに刻み込んできた自身の”距離”が狂ってしまうのだ。

 流石に許容できないだろう。

 

「そういえば、何で塊や師匠に言ってないの?」

 

 気になる。今更気を使うとかそんな関係でもあるまいに。

 

「あ、それ単にあれこれ忙しくて忘れてたんだ。

 まあクローンの準備が出来てから言った方が良いかなってのもあったし」

「忘れんなよ! 塊も師匠も、死ぬのは寿命にしても言っておかないと傷つくぞ?」

「ん、うん……。分かった」

 

 なら良し。

 

 

「よっしゃ、じゃあそのクローンのとこ案内してくれや、仁」

「あん? 何かあんの?」

「いや、俺が協力してやろうと思ってな。 問題点、解決してやるよ」

「つってもよ、冬理ってそういうの出来たっけ?」

「コレでも結構なモンなんだぜ?」

 

 なんたって世界中回るついでにあちこちの違法研究所も潰して資料かっぱらってたからな!

 遺伝子関係は本当に資料が豊富だ。

 ついでに黄金より貴重な様々な実験データも根こそぎ奪ってある。

 

「それにな、俺が”アレ”使えるの知ってるだろ?」

 

 ”アレ”

 そう、魔術である。

 正確に言えばメルクリウスより譲り受けたそのものではなく、あれは別世界の理(ことわり)の上に成り立つ魔術なので、自分が使用するために若干のアレンジが施したもの。

 あと自分が使えると言ったら、例の”世界の素”を弄った存在操作か

 

 最初の時点で桂師匠にばれて、その後はまぁ隠すでもないか、と仁と塊には言ってある。

 今回の協力で有効なのは存在操作の方。

 クローン体の成長を、曲がらないようにちょっと補強してやればいい。

 魔術でやろうとすると、長い時間が掛かるだけに流石に呪いとかの領域に近付いてしまう。

 

 もともと俺も存在操作は世界の中では禁じ手としていて、よほどの事が無い限りは行わないのだが、これも友達のためだ。サービスというやつ。

 

 

「”アレ”か。そんな事まで出来るなんて凄いな。

 分かった、協力してくれ」

 

「おっけ。じゃ早速行くか」

 

 

 そんな経緯で仁のクローン作成へ協力が始まった。

 始まったといってもクローン体を構成する『水』を少しだけ、本来の成長方向へ育ちやすくしているだけだ。

 一月に一回程度の調整を一年も続ければそれも終了する。

 その間に身内に寿命の件を説明した仁は、案の定師匠や塊達にひどく怒られる羽目になったが、忙しくて忘れてましたなんていう理由が判明した後では、彼らもあきれ果てて怒る気力が根こそぎ無くなった様だった。

 

 

 

 そんなこんなで一年と三ヶ月が過ぎる頃、クローン体は通常の生後一ヶ月の赤ん坊と同じ段階まで成長し、晴れてポッドから外界へ出てきたのだった。

 

 仁が抱いて桂師匠の家に来て披露式をし、ノリの良い連中が、まぁ殆んどだが、そのままの勢いで宴会へと雪崩れ込んでいった。

 勿論だが、クローンのことを知っているのは少数で、それ以外の主に組の下っ端連中には仁がどこかで(こしら)えた子供だと説明してある。

 

 

 だがそんな目出度い宴会の最中、下っ端からの発言で迂闊にも見逃していた問題が出る。

 

「可愛い子っすね! 名前は何て言うんすか?」

 

 

 全くもって盲点だった。

 特に普通なら考えたり心配する立場の仁達は、どうにも仁のクローンという印象が強すぎて思いつかなかったのだ。

 

 名前を問われた瞬間、明らかに仁の顔が強張った。

 

 最初俺はそれを見て、単純に名前の事を忘れていたから突っ込まれて慌てているのだと考えていた。

 仁も赤ん坊を抱きながらすぐに表情を(つくろ)い、あれは咄嗟の思い付きだろう、「大介だ」と言っていたし、その後も最後まで笑い顔のままだった。

 

 だが宴会が終わり、事情を知るものが残るばかりになると一転して厳しい表情を覗かせた。

 皆もそんな仁を何事かと気にしている。

 

 やがて仁は顔を上げ、無言で自分を見詰める俺達を見て表情を緩めると言った。

 

「俺さ、こいつの名前も考えてなかったよ。

 聞かれた時、自分でも驚いた。俺も研究所に居た時はそういう扱いされてたのにな」

 

 周りの者はやや困惑を隠せない。

 確かにこの子の名前さえ考えていなかったのは、この子という”個”を無視する行為だろう。だが元々この赤子は仁の予備として造られたのだ。

 そのための存在を、その通りに使うのに躊躇いを覚えるほうがおかしい。それならば最初から造らなければいいのだ。

 

”今更そんな事をなぜ気にするのか?”

 

 疑問の視線が投げかけられた。

 仁はまた少し考えた後、時々見せる頑固な口調で告げる。

 

「こうしよう。こいつは体も精神の在り様も俺として育つようになっている。いずれ俺自身の意識も目覚めるようにしてある。

 だが、そこに条件をつけよう。

 俺がその時まで育った精神と勝負し、勝ったら体をもらう。負けたら俺は消えよう」

 

 これを聞いて血相を変えて慌てたのが塊を始めとする組の幹部だ。

 

「俺が戻ってきて欲しいのはお前だ!」

「俺達が惚れ込んだのはアンタだ!」

 

 と、声を揃えて仁に訴える。

 しかし仁の方は時々見せる矢鱈と頑固な態度をとり、どうあっても意見を翻そうとしない。

 業を煮やした塊が俺と桂師匠にも何か言うように言ってくる。

 ところが桂師匠は、にこにこといつもの様に微笑みながら仁を見て、

 

「貴方のお好きなようにしなさい」

 

 などと告げた。

 仁の嬉しそうな顔を見た塊は、元からこの手の事で師匠には余り期待していなかったのか、あっさりとその矛先をこっちに向けた。

 

「冬理、お前も何とか言ってやってくれよ!」

 

 流石に仁も、自分のこの子に掛けようとしている精神系分野の専門である俺に反対されると拙いと思ったのか、こっちに来て赤子を抱いた反対の腕を力強く肩にかけた。

 

「冬理、こいつの体と心を調整したお前なら分かるよな!

 俺もこいつも同じだ。違いは今持っている記憶を、持っているかいないかだけなんだって。

 こいつに俺の意識が目覚めるのはそれなりに年がいって体が出来てからだ。

 中学か高校か、そんなもんだろう。

 そこまで育てば自分が残るかどうかの戦いぐらい出来るはずだ。何たって俺なんだから!」

 

 

 ――やっぱりか。

 ここで言い出すとは思わなかったが、クローン体をアイツと同じに育つように調整している中で、いつかは仁がこんな事を言い出すのではと考えていたが、予想が当たったようだ。

 別に原作がどうこう言うんじゃない。

 ただ俺が知ってるのは、友達なのは仁や塊だ。そいつらを一番に考える。

 

 だがその本人が、たとえ自分に意思が消えてしまう可能性を負っても、もう一人の自分に生き残るチャンスをやりたいと頼んでいるのだ。

 

 ことは生き死にの問題だ。

 なら、俺は本人の思うようにさせてやりたい。

 

 俺は肩の仁の手を握り、周りの連中にそうはっきりと言った。

 

 この選択は、結果的に今の仁を原作での様に殺すだろう。

 しかし迷うまい。

 仁の言ったとおり、アイツとこの子は”同じ”なのだから。他ならぬ俺がそうしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 結局この後、その子へ仁の意識を移植した際に条件を設けた。仁も一任してくれた。

 もちろん普通にやれば年と経験の差で勝敗は明らか。

 

 やるなら徹底的に(・・・・)

 だから仁の側にハンディキャップをつける。

 

 そう告げると、仁も笑って言った。

 

「チャンスは平等に。

 どちらが上でも同じこと」

 

 やはり俺は、こいつの生き方が好きだった。

 

 

 

 

 

 そして、それとは別に解決していない問題もある。

 この前の俺の宣言に絶望したように表情をした塊だ。

 完全に怒ってへそを曲げ、顔を合わせようともしやがらない。

 

 始めの内こそ理解してもらおうと仁も頑張っていた。

 こまめに塊のところに行って話そうとしたが、すねた塊は手ごわかった。

 

 アパートの扉に鍵をかけバリケードを築いて篭城し、いい加減切れた仁が扉ごとぶち抜くと、自分も部屋の壁をぶち抜いて逃走するのだ。

 

 そう、アパート。アパートなのだ。

 

 問題は引き篭もった挙句に扉を粉砕されたヤツの部屋でなく、隣室に住んでいるオレの(・・・)部屋だ。

 

 当然ながら反対側にも部屋はあって仁の組の構成員が入っているが、塊のやつは咄嗟に壁をぶち抜く時に、あまり知らない人間の方ではなく、親しい俺の、何度も言うがよりにもよって俺の部屋の方の壁をぶち抜きやがるのだ。

 

 

 うららかな春の昼下がり。毎朝の恒例行事である地獄組み手が終わり、自室で本を読みながら茶をしばいていると何やら隣室が騒がしい。

 言い合いの声が二十分ほど続き、いい加減に我慢の限界で怒鳴りつけようと本から顔を上げた次の瞬間、部屋の左の壁が突如爆裂。部屋中が粉塵まみれになり、当たり前だが茶も死亡する。

 

 目と気管に入った粉に涙を流して咳き込んでいると、焦った顔で犯人が自分の開けた穴から部屋に侵入、錬気使いの超速で窓を突き破って青空へと飛び出してゆく。

 

 

 今更ここは五階だとかは言うまい。

 

 だがな、一つ言わせてもらう。

 

「お前の部屋の窓を破れよ!!!!」

 

 なぜにアイツはわざわざ俺の部屋を滅茶苦茶にしていく!?

 

 

 結局ヤツは夜になっても戻って来なかったため、泣く泣く自分で片付ける羽目になった。

 

 

 

 そしてそれが三回。

 いい加減に俺の方も限界だ。

 

 仁に連絡を取り、共同作戦を展開する。

 

 平日の早朝、部屋入り口より仁が襲撃。警告無しで扉を破り侵入する。

 咄嗟に壁やら窓やらを破って逃走する塊。

 そしてそれを先回りして待ち伏せる俺。

 散々に逃げ回って疲労した塊に、俺は特注の頑強な鋼線だけで編まれた荒縄を手に背後から飛び掛った。

 

 

 その後の事はあえて多く語るまい。

 ヤツは天敵に見付かった小動物の如く、必死に最後の抵抗をしたとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、それから特に大きな事は無かった。

 

 あの後は大捕り物の末に捕獲された塊が、説教の後に仁と膝を交えて話した結果、殴り合いに発展して結局拳で分かりう漢の話し合いになった。その末に何やらお互い満足そうな顔で和解。俺も心置きなく部屋の修理と弁償を要求できた。

 

 その翌年。師匠の一年から二年という予想より僅かに長く生き、仁が死んだ。

 

 死因は、仕掛けられた爆弾によって乗っていた車が炎上し、その際の重度の火傷だった。

 だがそれくらいなら、それどころか爆発した爆弾自体が至近で炸裂しようと、仁の体が健全だったならアイツは幾らでも(しの)いでみせたろう。

 

 一部の内臓や筋肉の部分的な老化。

 そして戦い続けた日々の中で使用してきた自身の再生因子による全身の癌化。

 

 『日本震災』直後から急速に発達した遺伝子操作技術だが、その最初期にエンジェルへ組み込まれた再生因子は、後に普及する再生因子とは比べ物にならない強力な復元とも呼べる程の効果を発揮した。

 なんせ十センチサイズの貫通創が見る間に塞がるのだ。

 

 しかしその代償は、使用が重なるにつれての細胞単位の暴走だった。

 一・二回の初期は癌の確率が高まるというタバコ並みのものだが、これが十回二十回となると体に非常に小さな癌が出来始める。

 

 仁は戦いの中で負傷した際、それが大きな傷ならこの再生因子を使用していた。

 確かに彼の強さを考えた時の負傷率は非常に低いものだったろう。加えて元が短い寿命だ。寿命が減るからと大事に取っておいて、戦闘中にその傷が原因で自身がその場で死んでしまっては元も子もない。

 

 結局、老化とそれが原因で多発した癌に活力を奪われ、自身の技を振るう事が出来ずに死ぬ事となった。

 

 

 それを契機に俺もこの世界を離れる準備をしてゆく。

 

 自身の財産を、まぁ驚くほどの金額の大半が戦場のロクデナシや違法研究所からかっぱらった物だが、桂師匠の道場と仁の組に譲渡しておいた。

 

 桂師匠はその内に俺が帰ることは以前から話していたので、「これからも元気で。たゆまず技を磨きなさい」との在り難い言葉を頂いた。

 もう訪れる事はないと言っていたにも関わらず、道場に掛けられていた俺の名札は返却されなかった。比較的親しい道場生が、桂先生が”そのままにしておいてください”と言ったのだと、こっそり教えてくれた。

 

 この世界に来て俺は随分殺した。

 様々な『自分』を取り込んだせいだろう、別段忌避する事も無く殺ってきた。

 他人から見れば血も涙も無い男だろう。俺も否定はしないし、その自覚もある。

 

 それでも。それでもだ。感動した。ありがたくて涙が出た。

 

 精一杯の敬意を込め、別れの礼をした。

 

 

 

 頭を失った仁の組は下っ端が少しぐらついていたが、事情を知る幹部と俺、塊が睨みを利かせる内にそれも収まった。

 現在は仁の腹心の部下だった戸樫(とがし)が若いながら二代目を襲名し、組を纏めている。

 

 彼は原作から最も外れた人物だろう。

 仁と同じく違法研究所の人体実験の被験者だったが、規模の大きさ故に、仁と俺に塊の三人という過剰戦力に襲われ、あっという間に陥落した研究所から救出された。

 当時は幼かったが、だんだん成長するにつれて明るくしっかりした青年に育っていった。

 

 塊は原作では道場を出た後、仁を倒す事を目標に旅を続け、余り仁の組には寄らなかったような表現だった。

 しかし俺の存在によって仁と塊が原作以上の仲で、しかも俺と一緒に頻繁に組に出入りするなどしていた内に、同然の成り行きで仁の親友である此方にも懐き、影響を受けて育った結果、原作の硬く重々しい性格はどこか未知の彼方へと飛んでいってしまった。

 

 彼もまた非常に別れを惜しんでくれて、金などいいから残ってくれと言われた。

 しかし、もう決めた事。

 まるでかつての世界に残してきた唯一の肉親のようにも思った彼の頼みは断りづらい。

 

 俺が金の必要の無い、外の世界から来たのだと説明して納得してもらう。

 その途中でこれから大変な組のために、以前に戦場で見た各種銃火器や大量の弾薬に爆薬、そしてデータを持っていた例の『猿人』の最新試作モデルと実際に戦った旧型を各十機、整備設備に資材も併せて纏めて”素”から造って渡しておいた。

 『猿人』一機でそこらの組など、構成員の全ホルダーごと叩き潰せるだろう。それが新旧合わせて二十機。

 もはやそこらの組織など鼻で笑える戦力。軍隊とだって戦える。

 

 これには戸樫も声も出ず、目玉が飛び出んばかりに驚いていた。

 クローンの時に魔術は見ていたが、はっきり魔術と言っていなかったために非常に変わったESPと考えていたようだ。

 

 何にしろこれだけの物を渡されたという事から、俺の気持ちを察したのだろう。

 最後は涙ながらに今までの礼を言われた。

 

 そして外へ出てみれば組の幹部連中が勢ぞろい。

 戸樫が連絡を入れていたようだが、急の連絡に取る物も取りあえず来たのか、皆がスーツに部屋着にとバラバラの格好だった。

 彼らは戸樫の表情を見て悟ったのか、特に引き止めずただ今までの礼を言い、これからの壮健と変わらぬ武を祈ってくれた。

 ここでもやはり涙を堪えきれず、連中も強面に涙の跡をつけて見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして最後。

 塊だ。

 

 

 

「よう」

「冬理……」

 

 塊はアパートの屋上に転がって空を見ていた。

 

「俺さ、世界の外から来たって言っただろ?」

「あぁ」

「そろそろ行こうかと思ってな」

 

「そう、か」

 

 表情は変わらぬまま、声が少しだけ、暗くなる。

 

「知ってたろ」

「まぁな。何人か俺のところに止めてくれって言いに来たよ」

 

 ふぅん?

 

「で? なんて言ったよ?」

「お前が仁に言ったのと同じヤツだよ。あいつが決めたんだったら俺も納得する、って」

 

 相変わらず不器用だな。

 

「戸樫な、残ってくれって言ってきたよ」

 

「…………だからどうした」

 

 どうしたじゃねーだろ。

 重症だな。これは作戦を変更するか。

 

「簡単に分かりやすく言うぞ?

 

 

 嫌なら嫌って言えよ! 押し殺して黙って見送るとか似合わねー事してんじゃねぇ!!」

 

 いいざま、寝ているバカの腹に強烈なストンピングをかます!

 かますかます。二発三発、四発五発と踏みつけるうちに、痛みと酸欠でのた打ち回っていたバカが跳ね起きてくる。

 

「なにしやがるクソッタレ!!??」

「只でさえ足りない脳みそで余計な事考えるんじゃねぇって言ってるんだよ!」

「ふざけんなよお前!? ひとが真剣に話してるのに!」

「はっ!」

「ブッコロス!!!」

 

 頭を引いた半瞬後、もらったら明らかに頭蓋を粉砕するであろう激烈な拳打が鼻を掠める。

 

 そのまま背中からアパートを飛び降り、裏の林へ駆け込みながら全力の殺し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十分後――

 

 

「勝利……!」

 

 林の中央に先程出来た空き地の中央で、俺は敗者の背中を踏みしだき、天高く拳を突き上げていた。

 

「くっそ……! てめ何だあの反則技!?」

 

 塊はぼろぼろで倒れ伏しこちらを夢に出そうな目で見ているが、所詮は負け犬の遠吠えである。

 

 そう、俺はこの戦いでエイヴィヒカイトを駆使して戦闘した。

 流石に『流出』位階は話が別で使っていないが、蛇の記憶で見た魔人達の渇望を『自分』の魂で代用し、彼らの『創造』を取っ変え引っ換えしながら、このバカたれを思う存分小突き回したのだ。

 半ば甚振(いたぶ)っていた為に三十分も掛かってしまった。

 

 

 まぁアレは確かに抵抗出来んわな。

 

 こっちの影が急に伸びて触れたと思ったら体が動かなくなって殴られ、それを警戒したら突然あたり一面が火の海になり、程よく焦げたら糸が襲い掛かってきて、何とか避けて反撃したら何故か後出しした相手に必ず先手を取られて吹き飛ばされ、何べんも吹き飛ばされてるうちに、当たった瞬間にようやく俺を捕まえたと思ったら、これまた何故か俺の体が雷になっていて盛大に感電する。

 

 やっといて何だが、もう涙が出てくるぜ。

 

 

 普通ならここは相打ちで、二人で力尽きて空かなんかを見上げてお互いの心の内を吐露するんだろうが、生憎とそんな生易しい人生は送っていない。

 

 人生は関係ないという苦情は受け付けない。

 

 

 それにしても酷い状態だ。

 全身に打撲、切り傷、刺し傷に火傷が刻まれ、傷の種類の専門店といった有様だ。おまけに感電してぴくぴく(・・・・)している。

 

「笑える」

「テメェー――――――!!!!!!」

 

 くっくっく。

 いや、いかんいかん。

 

「まぁ落ち着け。アレは俺の持ってる魔術の一種だ、見た事あるだろう?」

 

「くっそが! 魔術? 確かに見た事あるけどあんな事も出来んのかよ」

 

「見せた事あるのは少ないからな。

 でだ、まぁ見事にボロ負けしたわけだが」「うるせェ!!」

「……お前がやかましいわ」

 

 ゴスッッ

 

「・・・・・・・・・」

 

「でだ、お前負けたわけだがよ、このままいってお前、俺に勝てる?」

 

「・・・・・・・・・」

「起きろ」

 

 ごりんっ

 

 ぎゃあああぁぁあぁあぁぁぁああああぁぁぁ・・・・・・・・・

 

 

「起きたな」

「いてェよ!!」

 

「続けるぞ」「くそったれ」

 

「お前、このままいって俺に勝てるか? つーか未だ仁に勝ててもねーだろ?」

 

「――――チッ」

 

「俺はまだまだ強くなるぞ。仁はどうだか知らんが、それでも今度は寿命の制限がなくなる。どちらの人格が残るかは知らんが、いずれ確実に前より強くなるだろう」 

 

「………」

 

「お前も初期型の再生因子持ちだ。寿命はそんなに長くないぞ。このままじゃ届かない」

 

「だったらどうしろってんだ? 寿命を気にしてじっとしてたって差が開くだけじゃねーか!」

 

「俺がソレ(・・)、直してやるよ」

「は?」

 

再生因子(・・・・)。仁は間に合わなかったが、お前のは癌化しないように直してやれる。今までの起動分もエンジェルなら持ち直すだろう」

 

「な、なんで」

 

「代わり戸樫のとこ、ちょくちょく顔出してやれ。仁を、アイツを育ててやれ。

 そんで長く生きろ。

 その分だけ強くなって、そして死ぬ前に俺を呼べ。たとえ世界を(へだ)ててようと、お前らの声ならたとえ死んでたって聞こえる。

 だから安心して最後まで戦い続けて、そして俺と、もういっぺん殺りあおうぜ?」

 

 言いながら宙に黒い魔方陣を描いてゆく。蛇のものとは違い、この世界の技術もミックスしてあり、魔方陣の所々に無機的な意匠が描かれている。

 

「おまえ……」

 

「なに、安心しろって。やるときは全盛期の体に戻してやるよ」

 

 魔方陣が完成し、緩やかに塊の胸へ吸い込まれていく。

 

「ハッ、っはは、はははははは!」

 

 足をどける。

 塊はごろりと仰向けになって腕で目を覆い、端から光るものを流しながら鼻声をだした。

 

「わかったよ。そんだけ時間がありゃお前も仁も余裕だ。鼻息で倒してやんよ」

 

「はっ、言うねぇ。そりゃ楽しみだ」

 

「あぁ、期待して待ってろよ。今度はお前をぼっこぼこにしてやんよ。

 

 

 

 

 じゃあ、またな。 冬理」

 

 

「あぁ。 またな、塊」

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。