ワルドとの決闘後のカオスな状況を何とかした後の夕暮れ時、俺はギーシュと雑談をしていた。
思えばあの決闘以来、まともに話した事は無かったからな、モンモランシー達との顛末はどうなったのか等々、気になっていた事は山ほどあるし、ワルドを除けば、今回同行している奴では一番面識が薄い。
ここいらで、話を交わすのも良い物だな。
「それで、あの2人とはその後どうなったんだ?」
「モンモランシーとケティの事かい?あの後2人を呼んで、謝って来たよ。謝った上で、2人を纏めて愛する事にした。浮気者だとか二股だとか、色々言われる事にはなるだろうけど、薔薇は多くの人を楽しませる為に咲かせる花。それを杖とした僕も、そこだけは譲れないさ」
「ふっそうか」
堂々と二股を宣言しているギーシュ、常識的に褒められた奴ではないが、その風格は最初に会った時とは段違いに大きくなっていた。
俺との決闘がその切っ掛けとなったか?
「けれど以前の僕は、君に指摘された通り浮ついた気分で女子たちを口説いていた。誰彼構わず、ね。薔薇の花の本当の意味を理解していなかったんだ。今思えば、薔薇を語るのも罰当たりだったね」
「そりゃそうだな」
「はは…けれど君に言われて目が覚めたよ。確かに薔薇は多くを楽しませる為にある。だけどそこには浮ついた想いは微塵も無く、唯々愚直に皆を楽しませ、そして茎の棘で外敵から守り通す。それが分かったよ。分かったが故に、モンモランシーとケティ、2人を本気で愛そうと決めたんだ」
「成る程な、良い顔しているじゃねぇか。で、その2人からは?」
「思いっきり平手打ちを食らったよ。でも、それでも良い。そうなるのは覚悟の上さ」
薔薇は愚直に多くの人を愛し、そして外敵から守る…か、コイツらしいな。
コンコン
「む、お客様かな?じゃあ、お邪魔虫は退場しようかな」
「良いのか、此処はお前の部屋でもあるんだぞ?」
「良いさ…おや、ルイズ。何かサイトに用向きかい?」
「…ええ」
退室したギーシュと入れ違いに入って来たのはルイズだった。
…まさか今朝の決闘の事で何かあるのか?
「サイト…ちょっと良い?」
「ん?…ああ」
やけに神妙そうな顔つきだな…どうやらかなり訳ありの様だが…
「ワルドと私が婚約者同士だって事は知っているわよね。もう10年も前、私がまだ6歳、ワルドが確か16歳の時に親同士の約束で決まった物だけどね…確かにその時はワルドに並々ならぬ想いは抱いていたけど、その約束以来会ってもいなかったから…正直分からなくて…」
…やっぱ政略結婚の類か、まあ予想はしていたけどな。
片やヴァリエール公爵家という由緒ある家柄との関係、片や姫様直属の騎士と契りを結ぶことによる才能あるメイジの輩出…例えヴァリエール家であっても、いやヴァリエール家だからこそ、こういった政治戦略を駆使せざるを得ない、という訳か。
「そのワルドからね、結婚を申し込まれたの。この任務が終わったら、結婚しようって。でも彼は急がないとも言っていた。私の心の整理が付くまで、本当に結婚を決意するまで待つって。サイト…どうしたら良い?」
「どうしろって言われてもな…なら聞くが俺が止めろときっぱり言って、それが何の問題も無く通るのか?アイツは絶対に『NO』と言う筈だ。正直何とも言えねぇ」
「何よそれ…答えになってないじゃない…」
使い魔であり『平民』である俺が口を挟んで良い問題じゃあない、とりあえず当たり障りの無い解答をしたが…どうもルイズは納得していない様だ…
やけにウジウジして…らしく無いな、全く。
「何よアンタ…最近私の夢にしゃしゃり出て来た挙げ句にワルドとの間に入って『ルイズは渡さない!』とか言い出すし」
「いやちょっと待てルイズ、急にどうした!?」
「この所立場を弁えずに姫殿下やワルドに噛みついてやきもきさせるし」
「あ…それは悪かった」
「キュルケとイチャついて腹立たしいし」
「それは誤解だ!アイツが一方的に引っ付くだけだ!」
さっきから様子がおかしいな…俯きながら俺に相談事を持ち掛けたと思ったら急に不機嫌になって俺にそれをぶつけて来る…一体どうしたと言うんだ?
「私がこうまでアンタに気を回さなくちゃいけないのにアンタは何とも思わない訳!?」
っ!…そうか、そうだったのか…俺は何て無神経な奴だったんだろうな…此処までルイズに心配させている事に気付かなくて『黄金の精神』を語れる立場じゃあないな…
思えばルイズも、『黄金の精神』を胸に秘めて真っ当な貴族であらんとする俺のご主人様も、その実まだ16の女子なんだ。
唯でさえヴァリエール公爵家という品格を求められる家の出に、同級生達とは異質の才能に悩んでいる所に、使い魔とはいえ同じ位の年代の、見ず知らずの
アンリエッタ姫様の件に頭が回って気付かなかったが、ルイズもまた色んな重い荷物を背負わなければならない存在なんだ。
そんなルイズの重荷を理解せずして、何が『黄金の精神』だっ!何がルイズの使い魔だっ!
「…悪かった、なら少しだけ。徹底的に悩め。悩んで悩み抜いて、答えが決まるまで待って貰え」
「…」
「それともう1つ。
俺はルイズの使い魔だ。お前が結婚したとしてもそれは変わりない。だから困った時は、今日みたいに遠慮なくぶつけてくれ。一緒に悩もう、考えよう、そして答えを見つけよう」
「…うん、分かった」
絶対に守って見せる、ルイズを、この華奢な体躯で重い荷物を背負わされながらも、『黄金の精神』を体現しようと頑張る、俺のご主人様を。
そう、俺が決意したその時、
ズシーン!
「っ!この音は…!?」
「サ、サイトあれ!」
突如として響き渡る地鳴りの様な音と、少し暗くなった部屋、その様子に窓を見るとそこには、
「ば、馬鹿なっ!確かに投獄された筈っ!」
「土くれのフーケ!何でアンタがっ!?」
「やあ久しぶり。覚えていてくれて感激ね」
見間違える筈が無い…緑色のロングヘアー、スーツを纏った長身、そしてその下に鎮座する巨大なゴーレム…俺達が捕縛した筈の土くれのフーケ、本人だったっ!
「まさか…脱獄でもしたと言うのかっ!?」
「ご明察。親切な人がいてね、私みたいな才能溢れる美人はもっと世の為に役立たないといけないと言って、出してくれたのよ。それがこの彼よ」
フーケが指差した先には、ゴーレムの反対側を陣取っていたメイジらしき風貌の男(白い仮面で覆ってはいたが、体格からして間違いないだろう)がいた。
フーケの言い分からして…まさか貴族派かっ!?
「何でそいつがおめーを出したかは後で聞き出せば良いとして…どうやらやられ足りねぇみてーだな」
「今回はそのお礼に来たのよっ!」
「っちい!」
「くっ!」
ドガァッ!
フーケのゴーレムから放たれたパンチは俺達を部屋ごと襲ったが、咄嗟にシルバーチャリオッツを出して身体を掴ませて退避し、同じくキラークイーンを出して同じ様にしたルイズと共に1階へ避難するが、
「くそっ!此処も取り込み中だったかっ!」
「あらサイト、そんなに急いでどうしたの?」
「フーケが脱獄して、お礼参りに来やがった。恐らく目の前の連中と手を組んでいるんだろうな…」
「成る程ね…何やら上から轟音がしたかと思ったら…」
1階でも騒乱の最中だった。
話を聞くと、どうやら食事中だったワルド達と、ついさっき降りて来たばかりのギーシュの所に傭兵らしき風貌の連中が急襲して来たらしい。
ワルド達も応戦はするが多勢に無勢、更に相手はメイジとの戦い方を心得ているらしく、テーブルを盾にしたワルド達を追い詰め、魔法を使いそうなら顔を出した瞬間に矢を射る構えだ。
「2階でフーケの他に1人、仮面を付けたメイジがいた。フーケを脱獄させたのはそいつらしい。そしてどうやら…アルビオンの貴族派の様だ。くそっバレていたとはな…!」
「悔やんでも仕方無い。その仮面のメイジ、何の系統なのか、実力がどうか、それは全く分からない。だが手をこまねいている場合でも無い。良いかい諸君、この様な任務では半数が目的地にたどり着きさえすれば成功とされる」
この状況に歯噛みする俺を窘めつつ、ワルドが状況把握と説明を行うが…半数さえ辿り着ければ、だと?つまりそれは…
「囮」
その言葉を聞いたタバサが自分とキュルケ、ギーシュを杖で指しながらそう言い、
「桟橋へ」
俺とルイズ、ワルドを指してそう言うが、
「いや、その必要は無い」
「サイト!?」
「向こうの傭兵どもを撃退して脱出すれば後はメイジ2人だけ。戦力が集っていれば追撃はしない筈だ。俺とルイズ、10秒でやって見せる。出来るな、ルイズ?」
「何を言っているんだ君は、幾ら君でもそんな芸当」
「ええサイト、分かったわ。で、どうすれば良い?」
「ルイズまで!?」
俺とルイズの2人でならその必要性は無くなる…公爵様の約束に思いっきり抵触するが、四の五の言ってられる状況じゃあ無いのはコーラを飲めばゲップが出るという位に明らかっ!
こういう時こそ、隠密性の高いスタンドの腕の見せ所って奴だっ!
「(ルイズ、俺がシルバーチャリオッツで部屋の松明を切り取りつつ傭兵どもの中心に投げつける。その後にルイズはシアーハートアタックを投げ込んでくれ。良いな)」
「(分かったわ!)」
ほんの数秒の作戦会議が終わると同時に、俺達の反撃が始まった。
スパァン!ヒュン!
「うわ!な、何だ!?」
「松明がっ!?こっちに!」
「今だルイズ!」
「任せてサイト!行っけぇ!」
『コッチヲミロォォォォォ!』
そして部屋中に響き渡る、謎の声…よし、今だ!
「脱出するぞ、皆」
「早くしなさい!」
「え、ちょっと待ってサイト、ルイズ!」
「今の声は一体何なんだ!?」
「後ろ、危ないと思う」
「待ちたまえ!」
「お、おい逃がすn」
『コッチヲミロッテイッテンダロォォ!』
「な、何なんだ一体!?」
「どっから喋ってやがるっ!?」
俺達の突然の逃走に矢を射ろうとする傭兵たちの意識を更に攪乱する、謎の声。
そして、
チュドォォォォォォォォォォォォォォン!
「「「ギャァァァァァァァァァ!?」」」
シアーハートアタックの爆発が、俺達の脱出とタイミングを合わせて行われ、それは傭兵たちを『女神の杵』ごと、グツグツのシチューに変えた。