俺達6人で構成されたアルビオンへの潜入部隊は、何事も無くアルビオンへの船が出ているという、ラ・ローシェルという港町に到着したが、
「お、オレェ…幾らアルビオンが空にあるからって、こんな険しい山ん中に港町とはグレートだぜ…」
そう、そのラ・ローシェルは険しい山道を抜けた先にある渓谷の間にあった。
恐らくアルビオンとの距離をなるべく少なくし、1回の移動に掛かる費用を抑えようとした結果、此処に出来たのだろう、そのエコロジーな思想は俺達の世界でも通ずるから見当はついたが…此処まで交通の便が悪いとなると客入りが期待出来ないんじゃあないか?1回の移動に対する費用を重視し過ぎて費用対効果…この場合は客の収容率か…がおろそかとなっては笑えない。
「一先ず、宿で休憩するとしよう。僕達はその間に桟橋で交渉に当たって来るよ」
「了解」
「分かりました」
「ええ。さぁ、サイト行きましょう?」
「分かった…って何時から引っ付いて良いと言った?」
「キュルケ!サイトから離れなさい!」
やれやれだ…先が思いやられるぜ…
------------
「船が出ないだと?」
「ああ…アルビオンに渡る船は明後日にならないと出せないそうだ」
「急ぎの任務なのに…」
「足止めという訳ですか…」
「ちょっと、どういう事よ?」
「訳が知りたい」
ワルドとルイズが桟橋での交渉から帰ってきたが、その結果は困った様な表情の通り、直ぐにはアルビオンに行けない、という物だった。
こちとら急ぎの任務だというのにどういう事だ…
「明日の夜には月が重なる『スヴェル』の月夜だ。その翌朝、アルビオンがラ・ローシェルに最も近づく。その日じゃないと出せないそうだ」
「成る程な…出来るだけ短い航路で、経費を抑えたいって訳か」
「そういう事だ。だから今日明日は此処で泊まる事にしよう」
ほら来た、こんな辺鄙な場所を港町にした弊害が…大方乗客がそう集まらず、苦肉の策として経費を安く出来るタイミングにしか運航しなくなったのだろう…やれやれだ…。
とはいえ今その辺に文句を言っても仕方が無い、向こう2日間はこのラ・ローシェルで足止めか。
ワルドも踏ん切りがついた様に、鍵束をテーブルに置きつつ、部屋割りを指示した。
「部屋割りは次の通りだ。キュルケとタバサ、ギーシュとサイト、僕とルイズがそれぞれ同部屋だ」
「ちょ、ちょっとワルド!?だめよ、私達まだ結婚していないじゃない!」
その指示に激しく動揺したのはルイズだ…気持ちは分からないでもない、まだ結婚前の身分だと言うのに、婚約者とはいえ男女が2人きりというのは精神衛生上宜しくない物、ましてやルイズはヴァリエール公爵家の令嬢だ、その辺りの教育は厳しくされている筈である…え、俺?俺はそれ以前に使い魔だからな…
とはいえそれも「大事な話があるんだ」とのワルドの押しには勝てず、2人は足早に部屋へと行く…まあ、今日ばかりはルイズの事を任せても良いだろう、仲の良さは既に見ているし、戦闘能力も姫様の推薦とあらば相当な物の筈だ。
------------
「おはよう、使い魔君」
「…おはよう、ワルド子爵」
物凄く久々に、ハルケギニアに来てからなら初めてベッドでの寝心地を味わった朝、俺達2人が泊まる部屋に意外な来客があった、ワルドだ。
大方、ルイズの事について何か話があるのだろうが…丁度良い、俺としてもルイズが結婚したとならば、新たなる主人になる存在だ、昨日の『大事な話』がどういった物か気になっていた所だしな。
「ちょっと話があるけど、良いかい?」
「ああ、構わない。俺もアンタに聞きてぇ事があったからな」
「そしたら、僕は失礼します」
ギーシュが空気を読んだのか去り、早速切り出そうとしたが、
「君は伝説の使い魔、ガンダールヴなのだろう?」
ワルドの方が切り出し…その内容は俺を驚愕させた…!
「な、何でそれを…!?その話は俺とオールド・オスマンと教師コルベールしか知らない筈…!」
「僕は歴史と強者に興味があってね。牢獄に囚われていたフーケを尋問した際に君の、君の使い魔のルーンの事について知ったんだ。それでそのルーンについて王立図書館で調べたら、ガンダールヴに辿り着いた、という訳さ」
…待て、今コイツ何つった?フーケを尋問して俺のガンダールヴのルーンの事を知った、だと?
確かにフーケはロングビルとしてオールド・オスマン付きの秘書だったのだ、教師コルベールの報告を聞き出しても可笑しくはないし、ワルドは姫様直属の騎士団の長、重大な犯罪のを取り調べを担当していても不自然な点はない。
だがコイツは昨日、俺の事を姫様から聞いて初めて知ったと言っていた、この点が大いに矛盾している。
何故こんなちぐはぐな話を展開する必要がある…俺の、ワルドへの不信感が増した瞬間だった。
「それにだ、ルイズから聞いたけど異世界から召喚されたそうじゃないか」
「…良く信用する気になったな、そんな普通は与太話にしか聞こえない事を」
「ルイズは自分の使い魔の事の様な重大な事案に嘘は吐かないさ、僕はそう信じている。それに君の服装はこのハルケギニアでは全く見掛けない物だ。信憑性は大きいどころじゃないよ」
そんな俺の不信感を知ってか知らずか、話を続けるワルド…それにしてもキュルケやタバサといい、このワルドといい、異世界から来た事をあっさりと受け入れるな。
ルイズ達ヴァリエール公爵家の方達や姫様は、スタンドという信じざるを得ない重大な要素があったが、ワルド達にその要素は無い…だというのに、此処まであっさりと信じられるのも可笑しな話だな。
「正直な所、凄い興味があるんだ。異世界出身だという君と、伝説と言われたガンダールヴ…それを以て土くれのフーケをルイズと一緒に捕縛した、その実力を。手合せ願えるかな?」
「…良いだろう、互いに実力を知るのも悪くない」
何かと思えば試合か…まあ、ワルドの、ハルケギニアのメイジの実力を見るには充分すぎる位に良い機会だ。
これまで戦って来たメイジはギーシュとフーケの2人だけ…ギーシュは弱すぎたし、フーケも実質、戦った相手はそのゴーレムで、それも実際に倒したのはルイズだ。
おまけに2人揃って土のメイジ、その他に見た魔法はと言えば…キュルケが使っていた火の魔法に、タバサが使っていた風の魔法、後はルイズの爆発魔法くらいだ。
ここらで、トップクラスのメイジと手合せしてその実力を計るのも良いかもな。
「中庭に練兵場がある。付いてきてくれるかい?」
「勿論だ」
------------
「それで…開始の合図はどうするんだ?まさかどっちかに決定権があるとか、そんなフェアじゃねぇ事は言わねぇよな?」
「勿論さ。それにこういう立ち合いには、それなりの作法がある。介添人がいなくてはと思って、さっき呼んでおいた。そろそろ来る頃だから、彼女に合図をやって貰う事にしよう」
俺達が泊まっている宿『女神の杵』の中庭にある練兵場。
先程、決闘を申し込まれて受けて立った俺と、その相手であるワルドは此処で、ワルドが呼び出したらしい介添人の到着を待っていた。
俺は準備体操をしつつ、ワルドは周囲の様子を伺いつつ。
「ところで使い魔君、この練兵場なんだけどね…遥か昔、まだ貴族達が…君の言う『黄金の精神』を失っていなかった時に、貴族同士の決闘の場所として良く使われていたんだ」
「ワルド子爵、貴族同士の決闘は法で禁じられていた筈じゃなかったか?その時にはまだって奴か?」
「まあね。で、その理由で多かったのが、婚約者を巡る争いだったそうだ」
「…まさかルイズを介添人として呼んだのはそれが理由か?やれやれだ…」
ワルドがふとこんな話を始めた真意が分かった俺、その目線の先には、こっちに向かって来るルイズの姿があった…さっきの話を踏まえるならば、使い魔である俺と婚約者であるワルドのルイズを巡る争い、という演出をしたかったのか…やれやれ、悪趣味だ。
「来いって言うから来てみれば…アンタ達、何しているのよ?」
「いや何、彼の実力を試してみたくなったんだ」
「俺としても、姫様に仕える騎士の実力がどれ程の物か見たくてな」
どうやら何で呼ばれたのか教えられていない様だ…まあ、教えたら来る訳が無いか。
と思っていたら、
「珍しくルイズが早起きしているから、気になってつけて来たけど…面白そうじゃない」
「…眠い」
「サイトとワルド子爵の手合せか…これは見物だ…!」
…野次馬根性丸出しの2人+無理やり引っ張られた被害者1人がやって来た…見世物じゃあ無いんだが。
そんな思いで苦笑いを浮かべる俺とは対照的に、むしろ歓迎すると言わんばかりにワルドは、
「さて、観客も介添人も来た事だし、始めようか。ルイズ、開始の合図は任せたよ」
「え、わ、私!?」
「お手並み拝見」
「サイト頑張ってぇ!」
「アンタ人の使い魔に何勝手に声援送っているのよ!」
「良いじゃない、応援して何が悪いの?」
場を取り仕切ろうとするが、その後の展開は何時も通りのカオスだった…何だか萎えるぜ。
「…ともかく、全力で掛かって来たまえ!」
「おう、望む所だ!」
「あ、ええと、始め!」
「行くぜっ!」
ルイズの開始の合図と共に飛びかかる…今回はあくまで手合せだ、相手を無力化させれば良い…その最も効果的な手段は、杖を弾き飛ばして魔法を使えなくする事。
ならば狙うは、レイピアの様な形状をしたワルドの杖っ!
「オオラァ!」
がきゃぁっ!
「く…重い…僕が押されているとは…これも伝説の使い魔のルーンが成せる業か…」
「流石は騎士様といった所か。ハルケギニアに来てから見たメイジは皆、接近戦の『せ』の字すら知らなさそうな奴らだったが…アンタは別の様だ」
ワルド本人に斬りかかるフェイントを交えつつ、突き出されていた杖を打ち落とそうとしたが、流石に読めていたのか或いは最初からそのつもりなのか、両手を使ってそれを受け止めた…だがその杖が少しずつ下がっている辺り、押し負けている様だ…体格的に勝るワルドを押し込むとは、デルフリンガーの重さに因るものなのか、それともガンダールヴのルーンの効果なのか…まあどっちもだろう。
「勿論だとも。魔法衛士隊のメイジは皆、ただ単に魔法を唱える訳じゃあ無い。詠唱さえも戦いに特化されている。杖を構えたり、突き出したり…そういった仕草や動作の隅々をまるで剣の様に行いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」
「…は、今のは大変勉強になったが…戦いによそ見は厳禁だっていう基本は習わなかったみたいだな!」
ブオン、ガァン!
ドガッ!
「つぅ!」
ワルドが唐突に喋りだした隙を突いて峰打ちと左ミドルキックを打ち込む。
峰打ちこそガードされたがミドルキックの方は手応えがあった、吹っ飛ぶ勢いで間合いを開けられてしまったが脇腹を抑えた様子からダメージ有だな。
「くっ!お喋りが過ぎたか…しかし僕とて『閃光』の二つ名を持つメイジ!負けはしないっ!」
ワルドの、その気合と共に、反撃が来る…く、速い…!
レイピア型という形状を活かした杖の連打、その速さはシルバーチャリオッツの剣捌きにも劣らない…一方の俺はスタンドの存在を嗅ぎつけられる様な目立った行動は出来ない以上、それに対応できる素早い斬撃は出来ない。
必然的に、ガードせざるを得なくなる。
おまけに、
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ…」
ブツブツと話している様子から、魔法を詠唱している様だ…さっきの言葉は偽りでは無い様だ。
どうする…デルフリンガーではこの速い剣捌きには対応出来ない為、この状況を打開するのは難しいが、だからって詠唱を許していては勝機が薄くなるばかりだ。
ワルド等が使う風の魔法は今の所、共にタバサが使っていた『エア・ハンマー』と『エア・カッター』しか知らない。
この2つとてまともに見た訳では無い上に、ワルドが2つのどちらかを発動させるとは限らないのだ。
そのどちらでも無い魔法が来れば、対処は厳しすぎる。
…考えている時間が多すぎた、ワルドが詠唱を終わらせ、後方へ飛び退く…しまった!
「エア・ハンマー!」
ゴォォォォォォォ!
幸い、発動された魔法はエア・ハンマーだったが…その規模はタバサの比ではなかったっ!
発動と共に響き渡る轟音からして、俺を中心に半径数メートルはありそうだ…流石はスクウェア・メイジといった所か…!
その規模、スピード、タイミング…最悪だ、『俺が』どう動いても直撃コースからは逃れられない。
だが、それなら、
ドォン!
「な、何っ!?」
「オオオラァ!」
カァン!
次の瞬間の光景、それは『エア・ハンマーを唱えたワルドの手から杖が無く、その目前には俺がデルフリンガーを振り切った姿』っ!
「貴族は杖を落としたら負け…つまり俺の勝ちだ」
「な…何が起こった…!?」
ワルド、いや観客達にしても何が起こったか分からないと言いたげな顔だった…まあそうだろう。
さっきまで俺はワルドの剣撃をガードするのが手一杯でしかも、その衝撃で足のバランスが少し崩されていた。
そこに放たれた半径数メートルのエア・ハンマー、通常でも全力で走るか横っ飛びしなければ直撃は回避出来ない規模の大きさ、しかもそれをするには俺の足元は覚束なかったのだ。
だが、
「簡単な話だ。俺は前へすっ飛んだだけだ」
「ば、馬鹿な…あの態勢で前へ飛んで回避する等、到底無理な筈…!」
「2度言うつもりはねぇぜ。それが事実なんだ」
それは『俺1人』ならの話。
あの時、シルバーチャリオッツに背中から突き飛ばさせたのだ。
これによってエア・ハンマーの直撃を受ける事無く、ワルドとの間合いを詰める事に成功し、そして必勝の一撃が避けられた事で驚愕した隙を突いて、杖の弾き飛ばしを成功させた…事の真相はそれだ。
「だが今のはギリギリだった。一瞬でも判断が遅れていたら俺の負けだった…流石は姫様直属の騎士って訳か、今まで戦ったメイジとは格が違っていたぜ」
「お褒めにあずかり光栄…と言うべき所だけど、参った、僕の負けだ。流石と言うべきだな」
「す、凄い…まさかスクウェア・メイジに勝つとは…僕が圧倒される訳だ」
「勝っちゃうなんて流石サイトね!凄く恰好良かったわ!私また惚れ直しちゃった」
「だからアンタは人の使い魔を口説いているんじゃあ無いわよ!」
俺とワルドの決闘、それは得る物が沢山あったイベントとなったが…始まる前から終わった後までカオスだった…やれやれだ。