フェレへと向かったマークを見送り、ロイ達は再びオスティアを目指す。
ただ、その前にマークの不在を担う事になったシルバーには、一つやらなければならないことがあった。
彼は、一人の騎士の手を借り、事を為すべく動き始める。
「失礼いたします。私はフェレの騎士、ランスと申します。リグレ公爵家の姫、クラリーネ様ですね?」
「え、ええ……」
「貴女のような高貴な方を我が軍にお迎えでき、光栄です。戦時故の非礼、どうかお許しください」
突如現れた若き騎士に、クラリーネは目を白黒させる。だが、ランスの言葉はこれで終わりではなかった。
「突然の事でご混乱されるやもしれませんが、先ほど合流されたエリミーヌ教の僧侶殿が、エトルリアの貴族の方をお連れしたとか……」
「え、エトルリアの……?」
「はい、戦時故我々では難しかったのですが、彼に事情を話せば、帰郷も可能なのではとお声をかけさせていただいた次第で……」
「け、結構ですわ!」
ランスの提案に、クラリーネは思わず大声を出してしまう。
というのも、クラリーネがここにいるのは、本国にいるはずの父、リグレ公爵ですら知らぬことなのだ。
それもそのはず、彼女は誰にも話さず、兄に会おうと屋敷を抜け出してきたのだから……だから、ここでエトルリアの貴族に会うのは、非常にまずい。
「えっと、その……そうですわ! 仮にも私はラウスで保護していただいた身、それにもかかわらずここで貴方たちに恩も返さず逃げ出せるはずがありません!」
「はっ! それでは……」
「私がリキアにいることは、その方にはご内密にお願いしますわ!」
「……はっ! 承知いたしました」
その後、その貴族にクラリーネが見つからないよう手はずを整えることを約束したランスは、事の顛末を報告しにそのエトルリア貴族の下に訪れる。
「……これでよろしいので?」
「ああ、おかげで助かったよ」
クラリーネに見つかることを良しとしないシルバーは、クラリーネの方からシルバーを避けるように仕向けたのだ。
もちろん、これで万事解決というわけにはいかないが、時間稼ぎにはなるだろう。
だが、ここでランスの手を借りた以上、シルバーの素性に疑問を持たれることは避けられなかった。
「……もしよろしければ、クラリーネ様を避ける理由をお聞きしたいのですが?」
「ん……私もこれで目的を持って立ち回っているのでね、まだ色々と知られるわけにはいかないからだよ」
「……そうですか」
それらしいことを言ってランスを煙に巻いたシルバーであったが、半分以上は道楽の為というのが正しい。
ここぞという場面でその素性を明かし、皆を驚かせてみたかったのだ。
そんなことを知る由もないランスは、シルバーに深い考えがあって自身の正体を伏せているだろうに、それについて特に考えずに問いただしてしまったことを恥じるのであった。
シルバー騒動が一段落したのち、『行き倒れ軍師』の紹介を受けたという傭兵団が合流するというちょっとした騒動があったが、こちらについては概ね問題無く参入が許可された。
これらの事を除けば特筆するような事態もなく、同盟軍は亡きオスティア候の従兄弟であり、温厚な性格で知られるトリア侯オルンの屋敷へとたどり着いたのであった。
「や~れやれ……今夜は久しぶりにゆっくりできそうですな、ロイ様」
久々に信用できる貴族の庇護下に入ったと肩の力を抜くマリナスであったが、それに反してロイは未だ警戒を解くことができずにいた。
それはラウス侯の裏切りという過去の為か、ロイ達を案内したトリア侯の側近の言動がどうにも怪しく見えてしまったのだ。
「確か、ワグナーでしたか……はて、何やらお気に障りましたかな?」
「……何から何まで、我が物顔で取り仕切っていただろう? トリア侯が病でお顔を見ることすらかなわないというのも、腑に落ちない」
「むむ……確かに、よくよく考えてみれば不審な気も……」
ロイの懸念に同調し、マリナスもその顔に不安の表情を見せる。
とはいえ、その懸念はまだ確信を得られる程のものではない。ロイは、マークの代わりに軍師の立場に収まった男に意見を求めることにした。
「……シルバーさんはどう思われますか?」
「ふむ、そうだね……一応、ワグナーが屋敷の事を取り仕切っているのは、少々行き過ぎかもしれないけど理解できなくもないかな?」
「それは……」
側近である以上、ある程度の権限が与えられているだろうし、主が動けないのならば采配を振るうのは当然であるのも確かなのだ。
シルバーの反論に、ロイは考えすぎだったかと一息つきそうになるが、続く言葉に再び気を張る。
「だけど、トリア侯にお目通りが適わないというのは、明らかにおかしい。君は現状リキア同盟軍の将なんだから」
「それでは……」
「ちなみに君はどう思うかな?」
「……え、わ、私ですか?」
やはり何かあるとロイが結論付けようとするが、それにシルバーは待ったをかける。
シルバーの視線が向かう先にいたのは、リキア諸侯の一つ、ラウス侯の後継者であり、半ば人質の体でこの場にいるラウス公子フランである。
突如話を振られたフランは、見ていてあわれに思えるほど狼狽し、ただでさえ華奢なその体をさらに小さくする。
「……ラウスでのことは一応聞いているよ。でも、どんな理由であれこの同盟軍に所属している以上、外部からは相応の立場……具体的には、副将として見られることになるだろうね」
「私が同盟軍の副将……!?」
「シルバー殿、それ以上は……」
自身の事を人質であると認識していたフランにとって、シルバーの言う副将など青天の霹靂にも程がある。
フランの顔色を見たマーカスが止めに入るが、シルバーの言葉に一理あると頷かざるを得なかった。
(今同盟軍にいる有力貴族は、フェレ公子であられるロイ様を除けば、ラウス公子であるフラン様しかいないのも事実か……)
この戦いがリキア同盟内だけの問題ではない以上、シルバーの言うとおり、フランは外部から同盟軍の副将と思われるというのはほぼ間違いがない事実であった。
それを思えばシルバーの問いかけを遮るべきではないのだが、長年ラウス侯エリックの言葉に従うだけだったフランには、いささか難題が過ぎたようである。
それに加え、事態の推移はフランが答えを出すまで待ってはくれないのだ。
「失礼します、ロイ様! 屋敷の周りを多くの兵士がうろついているようでして、ご報告に……」
「これって見張られてるんだと思いますよ?」
シルバーと同時期に合流した僧侶サウルと弓兵ドロシーの報告に、ロイも決断に迫られる。
「やっぱり……」
「ふぅん、ちょっとばかり助言をと思ってたんだけど、この様子じゃ余計なお世話みたいね」
「誰だっ!」
突如割り込んできた声に、ロイは咄嗟に身構える。そんなロイに前に現れたのは、おそらく同年代と思われる少女であった。
「君は?」
「あたしの事はいいのよ。それより、あんたたちだまし討ちされるみたいよ?」
「……」
少女の言葉に、ロイは警戒を解きつつも先を促す。相手の真意がわからない以上、話を聞くのが自身の役割だと思ったのだ。
そんなロイを補うのがマーカスの役目である。彼はシルバーがロイと少女の間に割って入れる位置に着いたのを確認してから、逃走経路を潰すべく静かに移動を開始する。
「さっき広場であの変な闇魔導師たちが話しているのを盗み聞きしたから……まぁ、信じるか信じないかはあなた次第だけど?」
「……トリア侯はそんなことをする人ではない」
「ああ、その人はもう殺されちゃってるみたいよ」
「そんな……」
「で、あんた達の首を持って、ベルンの王様に仕えるんだってさ」
できる事なら信じたくない少女の言葉を、ロイは努めて平静に受け止めようとする。
ロイがワグナーの言動に不信感を抱いたのは確かだが、まさかここまでのものとは思っていなかったのだ。
それでもロイは歯を食いしばり、不安に思いとまどう者、ロイの決断を見守る者、指示を待つ者たちに、今後の方針を告げる。
「……外に出るふりをして、試してみよう。僕らの首を狙うのなら、そこで何らかの行動を起こすはずだ」
「あ、外に出るなら北の別館がお勧めだよ~! あそこは裏門に繋がってるから」
「む、待ちなさい!」
最後に助言を一つ残し、少女はマーカスの手をかいくぐり部屋を出て行ってしまう。
「へぇ、なかなかやるねぇ」
「シルバー殿……」
少女の動きに感心するシルバーを、マーカスが若干恨みがましく見やる。
「仮にも情報を提供してくれたんだし、そう目くじらを立てずともいいんじゃないかな?」
「……わかりました」
ロイのとりなしに、マーカスはしぶしぶ引き下がる。
しかし、この場所まで忍び込んだ少女の実力を思えば、逃がしてしまったのはもったいないという他無かった。
少女の去った先を眺め続けるマーカスをしり目に、ロイ達は早速行動を起こす。
それをシルバーは若干離れつつ、隙あらばロイの横から後方へと下がろうとするフランを叱咤しながら見守るのであった。
そしてワグナーを軽く挑発した結果、彼らはいともたやすくその本性をさらけ出すのであった。
「……ならばここで死んでいただこう! 皆の者、こ奴らを討ち果たせ!」
「くそっ!」
ワグナーの言葉に、ロイはつい悪態をつく。
信じたくなかった。ワグナーがこうして動いたという事は、トリア侯がもうこの世にいないという事なのだから。
(僕たちがもっと早くに到着していれば……!)
ひょっとしたら、何かが変わっていたかもしれない。そう考えてしまったロイだが、その思いに拘泥して歩みを止めるわけにはいかない。
「方針としては強行突破からの離脱か、全てを制圧するかの二択かな?」
「……後ろからの追撃を避けるためにも、この屋敷を制圧します! 皆、僕に続いてくれ!」
シルバーが示した二択から、ロイは即座に決断を下す。
そこへ、つい先ほどシルバーから自身の立場を自覚するように釘を刺されたフランが方針の詳細を聞くべく口を挿んだ。
「双方、極力損害を出さないように、ですか?」
「……いや、殲滅戦だよ」
「え!?」
それはロイ達がラウスでとった方策であり、リキアの民を極力救いたいというロイの願いでもあった。
だが、今回はその方針を取ることはできない。
「彼らは、自分たちの主であるトリア侯を謀殺したんだ。これを許すわけにはいかない」
「で、でも、彼らの中には仕方なく従っている人たちがいるかも……」
「前回がどうだったのかは知らないけど、今回はそんなこと関係ないんだよ」
おそらく、フラン自身が望まぬ戦いを父に強いられていたからだろう。何とか弱い立場の者たちを庇えないかといつになく必死に訴えるが、それをシルバーが遮る。
絶句するフランに、ロイが前回との違いを簡単に述べる。
「……ラウスの騎士たちは、ラウス侯という忠誠を誓っていた相手に従っていただけだけど、彼らは違う。反逆者であるワグナーに同調しているんだから」
そう、今回の敵は、主君に誓いを立てた騎士でもなければ、リキアの地を愛する民でもない。
「彼らはもう賊だよ。自分たちさえよければそれでいい。そう思って好き勝手している、ただの賊だ」
「……」
そう冷たく言い放ったロイは、剣を手に一歩踏み込む。
「……シルバー殿」
「ふむ、地の利は敵にある。制圧をするなら慎重に……だけど、屋敷の中はそこまで広くない。あまり固まり過ぎれば、兵を無駄に遊ばせることになる」
「分かりました……二手に分かれて屋敷内を進軍する! 室内に隠れている伏兵に注意し、確実に制圧していくんだ!」
ロイの指示に、騎士や傭兵たちが一斉に行動を開始する。それをしっかりと見届け、シルバーは道を譲るかのごとく一歩後ろに下がった。
(マーク君にも釘を刺されているしね。まぁ、この程度なら問題ないかな?)
ワグナーにしろその周りの私兵にしろ、そこまでの力量の持ち主は見られなかった。これならロイがよっぽど下手な手を打たなければ、負けることは無いだろう。
先陣を切って突っ込むアレンを見ながら、シルバーはゆっくりとロイ達に続くのであった。
「ちっ、次から次へと……!」
「焦るな、クルザード。ここが敵地である以上、敵兵が多いのは当然だ」
「わかってる! 文句ぐらいいいだろ、ランス!」
以前からに知り合いであったらしい騎士であるランスと傭兵クルザードがお互いの短所を補いながら敵兵を捌く。
「やれやれ、私としましてはこんなむさくるしい男ばかりの場所ではなく、もっと華やかな場所に配置していただきたかったんですが……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く回復してくれ!」
二手に分かれた際、偶然女性の居ない方に配置されたサウルがひそかに嘆くのを、先陣を切った後一度後退したアレンが急かす。
「いいか、開けるぞ!」
「おう、いつでも来やがれ!」
閉ざされた部屋の鍵をチャドが開き、その部屋にディーク達が突入し伏兵の有無を確認する。
すべてが順調に進んでいく中、シルバーは視界の隅に影が走るのを捉えた。
(あれは……)
両軍の衝突から少し離れた部屋に入って行く影を追い、シルバーはそこで少し意外なものを見つけた。
「へへ、お宝お宝」
「……何かと思えば、なるほどわざわざ私たちの前に現れたのはそう言うわけだったのか」
「なっ!?」
部屋を物色する少女は、シルバーの声に跳ね上がる。その少女はすぐに逃走経路を確認したが、この部屋から出るには、シルバーが立ちふさがるドアしか道は無かった。
「え、えっと……」
「ああ、別に責めているわけじゃないよ」
「……なら、そこどいてくれる?」
シルバーの態度に、さらに警戒をにじませる少女であったが、シルバーはそんな警戒もものともせず少女を観察する。
「……やはりどこかの密偵というわけじゃなさそうだね。でも、ただの盗賊というには城への侵入に慣れているようだし、ひょっとして貴族階級が専門の賊かな?」
「……だったらなんだってのよ」
警戒する少女に何を感じたのか、シルバーはふむと一つ頷き、手を差し伸べる。
「よければ力を貸してくれないかな?」
「は?」
「ここまで忍び込んだ君の腕を見込んでのことだよ。給金も出るし、なかなかいい話だと思うけど?」
「……本気で言ってんの?」
シルバーの勧誘に、少女の瞳に険呑なものが宿る。
「あたし、お貴族様って嫌いなのよ」
「それは好都合。一緒に来れば、貴族のことをもっと嫌いになれるよ」
「はぁ?」
思わず聞き返す少女であったが、シルバーの言葉に嘘は無い。
もしここでシルバーの手を取れば、諜報として貴族の黒い部分に多く触れることになるだろうから。
しかし、この場で即決させるのもなかなか難しいだろうと、シルバーは少女に道を譲る。
「もしその気になったのなら、私を訪ねてくるといい」
「……」
少女は無言でシルバーの脇を駆け抜け、建物の影へと消える。
その逃走の手際の良さにシルバーは感心し、それと同時にこの別館に近づいてくる一団を発見する。
「増援か……ふむ、ちょうどいいかな?」
いくらロイ達の邪魔をしないためとはいえ、全く手を出さないのも不義理というものだと思っていたシルバーは、この増援に対処することで援護とすることに決めた。
魔道書を片手に増援部隊の前に立ちふさがるシルバーであったが、当然たった一人の魔道士が立ちふさがったぐらいで彼らは立ち止まったりはしない。
むしろこのままひき殺すと言わんばかりにペースを上げた。
「どうせ今から彼らが対応するとなれば、マーカス殿が出張ることになるだろうしね。なら私が代わりを果たしても問題ないだろう」
そう言い訳を重ねるシルバーの身から火の粉が漏れ出す。一見幻想的で、美しくも見える光景であるが、それは誤りだ。
増援に混ざっていた魔道士がようやくそのことに気付いた時は、もう遅い。
彼らの意識は次の瞬間、炎に包まれて消え去るのであった。
「……おや、あっちも終わったようだね」
増援の全てを焼き尽くしたシルバーは、同時に別館から勝ちどきの声が聞こえたのを確認する。
おそらくロイ達がワグナーを討ち取ったのだろう。
シルバーはマークの代理として戦後の処理を果たすべくロイの下へと戻り、予想もしていなかった人物と出会うのであった。
「……こちらはどちら様かな?」
「あ、シルバーさん、彼女は……」
「私はスー。クトラ族の娘」
「えっと、当初はオルン様に匿われていたらしいんですが……」
簡潔過ぎるスーの名乗りを、ロイが軽く補う。
ベルンと戦うに当たり、女子供をリキアに逃がそうとしたが、途中ジュテ族の裏切りに会ったのだと。
裏切りの手を何とかかいくぐりリキアに単身辿り着いたスーは、トリア侯に匿われ、反逆者であるワグナーに捕らえられたのだという。
「でも、いくらサカが攻められているとはいえ何でリキアに?」
「母さんはリキアの貴族に友人がいるって」
「サカの民で、リキアの貴族に友人がいる女性……ああ、なるほど」
「?」
何やら納得するシルバー、マーカス、マリナスの3人に対し、ロイとスーは首をかしげるしかなかった。
「まぁ、当人もいないのにここでその話をしても仕方ないだろう? それより、君はこれからどうする?」
「……貴方達がベルンと戦っているのなら、私も共に戦わせてほしい」
「僕たちが向かうのはオスティアで、サカとは反対方向だけど……それでもいいの?」
「構わないわ。たとえどこにいたとしても、母なる大地が無くなるわけでもなく、父なる空が消えるわけでもないのだから」
そう言ってほほ笑むスーに、ロイは一瞬目を奪われる。
しかし、そんな感情も直後に届けられた報告により、完全に吹き飛んでしまった。
「オスティアで内乱だって!?」
「はっ! なんでもベルンに降伏しようとする一派が反乱を起こしたとかで……」
「それはまた……」
愚かな事を、というシルバーの感想は、最後まで続けられることは無かった。
「じゃあ、リリーナは!? まさか……!」
「いえ、正確さは保障できませんが、リリーナ様は公爵夫人の手によって脱出したとか……しかし夫人は捕虜となり、リリーナ様たちがこれを解放しようと、激しい戦いが繰り返されているそうです」
一瞬安心しそうになったロイだが、リリーナが戦いに参加しているとなればそうもいかない。
「こうしてはいられない、急いでオスティアに……!」
「まあ落ち着きなさい」
「シルバーさん!?」
即座に動こうとしたロイを、シルバーが押しとどめる。
「今無理をして急いでも、あまり意味は無いよ」
「そんなこと……!」
思わず反論しそうになったロイだが、寸でのところで口を閉ざす。シルバーの言いたいことが分かったからだ。
たとえ急いでオスティアに到着したとしても、その時軍が戦える状態を維持できていなければ意味がないのだ。
ロイは歯を食いしばって、今すぐ駆け出したい気持ちを押さえつける。
(リリーナ……どうか無事で!)
心の中で幼馴染の無事を祈りつつ、ロイは戦後の処理と進軍の準備に全力を注ぐ。
一度は音月を取り戻したかに思えたトリア城は、再びあわただしく動き出すのであった。
一方そのころのフェレでは、フェレ侯爵がオスティアへと向かう旅路へと付こうとしていた。
「ニニアン、フェレの事は頼んだよ」
「はい、エリウッド様……どうか、ご武運を」
往年の武具を身に着けたエリウッドが、妻であるニニアンと抱き合い別れを告げる。
可能ならばついて行きたい、力になりたいと思うニニアンだが、今の彼女にはそのような行動は許されなかった。
侯爵夫人であるニニアンも同時にこの地を離れれば、侯爵たちは我が身かわいさにフェレの地を捨てて逃げだしたと言われかねないからだ。
さらに言えば、すでに限界まで兵力を出しているフェレに余力は無く、エリウッドと共に旅立つのは、迎えに来たマークとマシュー、ニノを除けば、新人騎士が1人しかいないしかいないというありさまだ。
もっとも、新人騎士1人とはいえ、彼は今後のフェレを背負って立つことを期待されたまぎれもないエリートなのだが。
「フェレ騎士ハーケンの息子、オルドと申します。至高の軍師と名高きマーク殿とお会いできたこと、我が身に余る望外の幸運と……」
「そこまで固くなる必要はない。そんな調子じゃ、オスティアに着く前に倒れるぞ?」
「……不肖の息子でありますが、今日に至るまで可能な限り鍛えてきました。どうか存分にお使いください」
「……はぁ」
母イサドラに似た蒼い髪をなびかせるオルドは、中身は完全にハーケン似であるらしい。何もかも背負い込んでしまいそうな真面目さは、マークも少し不安になるほどである。
そんなことを考えていたマークに、別れを終えた二人が近づく。
「あの、マーク様……」
「ニニアン?」
「これを」
ニニアンがおずおずとマークに差し出されたのは、見覚えのある一つの指輪であった。
「『ニニスの守護』……これはお前の母親の形見だろう?」
「はい、私は行けませんから……その代わりに」
これを使って、エリウッドを守って欲しいというニニアンに、マークは指輪を突き返すことができなかった。
「マーク様も……皆さんも、ご武運を」
「ああ、ニニアンも」
マークの言葉に続きマシューが軽く頭を下げ、ニノが笑顔で手を振って、見送りの面々に背を向ける。
まだ話したいことはたくさんあったが、それは今話すべきことではないのだから。
次があることをそれぞれ信じて、エリウッド達はオスティアへと進む。
それから程なくして、彼らは一人の戦士と再会する。
「……懐かしい男が顔を出したと聞いて来てみれば、もう出るのか?」
「ドルカス……そうか、フェレに移住してたんだったな」
最初に出会ったのがベルンであったため、そちらの印象の方が強かったというマークの謝罪を、ドルカスはわずかな笑みを浮かべ受け入れる。
そんなドルカスに、マークは頭を下げる。
「……なぁ、ドルカス。もしよければ、俺らに雇われてくれないか?」
「安心しろ。もとよりそのつもりでここまで来た」
そう言って軽く上げた腕には旅の荷物の他に、かつての戦いに使用した鋼の斧があった。
「……助かる」
「気にするな。同じ傭兵団にいた仲間だからな」
「くくっ、リンディス傭兵団か……懐かしいな」
ドルカスが傭兵になるきっかけとなった一件を思い出し、マークは思わず笑みを浮かべる。
いくら時が流れようとも、一度できた繋がりが消えることは無い。その事に、マークの胸に温かいものが満ちるのであった。
なぜだろう、スーを書いていて、ロイ・リリーナ・スーの友情エンドが頭をよぎった。