ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第5章「もう一つの再会」

 今はシルバーと名乗っている古き戦友と再会したマークは、この機会に一度軍を離れることを心に決める。

 その目的はかつての戦友であり、現フェレ公爵エリウッドに会うため。そしてエリウッドにリキア同盟の盟主代理になってもらうためである。

 

「ふむ……確かに必要な事であろうが、何も今でなくてもよいのではないか?」

「それは甘いぞ、マーカス。ベルンの攻撃が厳しい今だからこそだ」

 

 オスティアに早急に向かう必要がある今、マークという軍師が抜けるのはあまりにもきつすぎると判断したマーカスがマークを諌めるが、マークの意志は固く、また大きな利点も存在した。

 今後ある程度余裕ができてしまえば、誰が盟主の代理を務めるかで揉める可能性が高い。それを防ぐためにも、状況が厳しい今、盟主の代理を決める必要があるのだと。

 

「確かに、否定はできませんが……」

「だけど、今マークが抜けるのは同盟軍の存亡にかかわる。自分の名前が持つ影響力を、知らないわけではないでしょう?」

 

 反対意見を述べるロイの言葉にも、一理ある。今まがりなりにも同盟軍が維持できているのは、かつて神軍師と呼ばれたマークの影響も大きい。

 だが、マークはあくまでロイの下で策を練っているだけに過ぎないと考える。この軍の将がロイだからこそ、マークは自身の力を十全に発揮できているのだと、そう思っていた。

 

「俺が軍を離れる目的を喧伝されても困るが、これも策の一環であると言えば、さほど問題は無いだろう」

「問題ないって……」

「マーカスやマリナスもいるし、今回はパン……シルバーもいる。ロイなら大丈夫さ」

 

 マーカスやマリナスはともかく、一瞬口が滑りそうになったマークに軽く肘鉄を入れるシルバーを、ロイは本当に信用できるのかとつぶさに観察する。

 

(マークとは気やすい関係みたいだし、マーカスも何も言わないか……)

 

 そのマーカスもシルバーを見て少しばかり呆れたような表情を見せたものの、彼の人格や能力を信頼しているのは見て取れた。

 ロイが最大級の信頼を寄せる二人のお墨付きがあるなら、マークがしばらく軍を離れても問題ないだろうと結論付ける。

 ならば次の問題だ。

 

「分かったよ……じゃあ、軍を離れるに当たりマークに着ける護衛だけど……」

「ああ、必要ない。なるべく急ぎたいから、あまり数を揃えたくないんだ」

 

 リキアに侵攻してきているベルン軍がどこにいるかわからない以上、護衛をつけるとなると相当な人数が必要になる。可能な限り早く行って帰ってきたいマークからしてみれば、まさに足手まといになってしまうのだ。

 だが、ロイもさすがにその意見は受け入れられるはずが無かった。

 

「それは流石にできないよ。護衛をつけずに万が一何かがあったら……」

「いや、私も護衛は必要ないと思うよ」

 

 護衛の必要性を語ろうとするロイを遮り、シルバーが発言をする。

 

「マークだって伊達にいくつもの戦場を越えてきたわけじゃない。敵を倒す能力はともかく、生存能力なら、ここにいる誰よりも優れていると断言できるよ」

 

 人竜戦役時代の戦場に放り込んでも無事に帰って来れるんじゃないかな、などと軽口をたたくシルバーであったが、その言葉は決して誇張でも何でもなかった。

 

「かつてはエリウッド様と共に戦場の最前線を駆け抜けておったマーク殿なら、確かに並の者では足手まといにしかならんじゃろうな」

「マーカスまで……」

「しかし、マーク殿1人というわけにはいきませんな」

 

 一度はシルバーの言に同調したマーカスであったが、それはマークの単独行動を許すものではない。

 

「おぬし、わしの知る限りでも年に数度行き倒れておるじゃろう?」

「え、本当かい?」

「……昔の話だろ」

 

 そもそもマーカスが知っているだけでもリンディスとの出会いも、エリウッドとの再会の時も、ついでにベルンの離宮の近くでもマークは行き倒れたことがあるのだ。

 それを知っていれば、彼のひとり旅を許容できるはずが無かった。

 

「そう言ったことなら、なおさらマークを1人で行かせるわけにはいかないな」

「大丈夫だって、あのころは目的地もなくうろついていたからであって、今回とは条件が違う」

「それなら案内役をつけるというのはどうだい? 幸いというべきか、私に一人心当たりがあるんだが」

 

 結局、お互いに譲らないマークとロイの主張は、シルバーの妥協案によって仲裁がなされることになった。

 そしてそのわずか数刻後、マークは同盟軍の元を後にするのであった。

 

 

 

「……よかったんですか?」

「なにがだ?」

 

 フェレへと向かうマークの横にいるのは、つい先ほどシルバーたちと共に同盟軍に合流したマシューである。

 もっとも、彼はシルバーたちとは異なり、その合流を大勢に知らせるようなことをしなかった。なぜなら彼は兵ではなく、闇に生きる密偵なのだから。

 そんなマシューがマークに語りかける言葉は、同盟軍を離れる是非を問うものではない。

 

「いくらエリウッド様とはいえ、病には勝てません」

「……わかっている」

 

 そう、マシューの懸念はエリウッドの病である。

 先代のオスティア候も病に倒れたことを知るマシューは、エリウッドがその二の舞を舞う事を恐れたのだ。

 

「だが他に適任はいないし、何より俺らが連れ出さなくても、エリウッドがこのままフェレにこもっているなんてありえないだろう?」

「……ひょっとして、エリウッド様に無理をさせようとしてるんじゃなくて、止めるための盟主代理なんですか?」

 

 少なくとも、マークの知るエリウッドは理性的でありながら、同時に無茶をすることを厭わない人物だ。

 何かしらの役割を与えてしばりつけなければ、一介の騎士として最前線に立ちかねない。

 

「まぁ、エリウッドなら最前線でもそれなり以上に活躍しそうだけどな」

「さすがにそれは無いでしょ……」

 

 マークの言葉を否定しつつも、心のどこかであの人ならやりかねないとマシューも思う。

 エリウッドはかつて、行方不明になった先代のフェレ候の安否を自身の手で確かめようとした前科がある。

 ヘクトルの破天荒さに隠れてわかりにくいが、エリウッド自身もなかなか無茶をしているのだ。

 

「まぁ、どちらにしろマークさんが動いた以上、エリウッド様に無茶をする余地は……」

「マシュー?」

 

 突如言葉を切ったマシューを不思議そうに見やるマークであったが、すぐにその真意を悟る。

 

「敵か?」

「いえ、それはまだわかりませんけど……結構な人数ですね」

「確認しよう」

 

 マシューが察知した一団、その目的を探るため二人は道を外れて草木の影に潜む。ベルンに関わるものなら足止めをする必要があるし、無いならないで、まださほど離れていない同盟軍の手を煩わせないようにしなければならない。

 しばらくして、潜んでいた二人の目に映ったのは、少し小さめな規模の傭兵団のようであった。

 

「(どこの所属かわかるか?)」

「(……少なくとも、ベルンじゃなさそうですね。武装に最近使用した痕跡が見当たりません)」

 

 ベルンに所属する傭兵なら、ここに来るまでそれなり以上に戦いを越えてきているはずだ。その痕跡が無いのなら、彼らはリキアの傭兵なのだろう。

 だが、それがすなわち彼らが味方であるという事にはならない。

 

「(……さすがに、外見からじゃ目的もわからないですね)」

「(いや、あれは同盟軍の参加希望者っぽいな)」

「(わかるんですか!?)」

 

 驚くマシューであったが、マークにとって難しい事ではない。

 

「(あの数では諸侯軍に対抗するのも難しいから、ベルン側につきたいならなら敗残兵を狙っているはずだ)」

「(確かに隠れている兵を探している様子は見られませんね)」

「(それはすなわち、探さなくても見つけられる相手を探しているからで……)」

「(つまり同盟軍の本隊を……なるほど、言われてみればごもっともで)」

 

 納得するマシューであったが、重要なのはこの先の事だ。

 諸侯とも戦えない数である以上、同盟軍と戦う気が無いのは明らかだが、何も危険なのは剣を持った敵だけではないのだ。

 

「問題は、彼らが本当に同盟軍に参加する気か否かだ」

「……あぁ、裏切ること前提で参加する可能性もありますね」

 

 声の調子を戻しながら、2人は隠れていた草木の影から出て、傭兵団と相対する。

 

「ひょっとして、リキア同盟軍の斥候か?」

「だったらどうする?」

 

 おそらく傭兵団の団長らしき大剣を持った男がマーク達に問いかけてくる。マークはそれに対し質問で返すことで自身の警戒を伝え、傭兵たちの目的を聞き出そうとうながす。

 

「そうだな……ああ、俺達はリキア同盟軍への参加を希望していてな、できれば案内してほしいんだが?」

「……傭兵なら、勝ち馬に乗る事を進めるぞ」

「お、おい……」

 

 ベルンに付けと言わんばかりのマークの一言に、マシューも思わず口を挿もうとする。

 だがマークはそれを制し、傭兵へ答えを求める。

 

「まぁ、今の俺達は傭兵の理屈に背いているわけだし、そう簡単に信用はされねぇよな……」

「……」

「だけどな、傭兵と言ったって、全員が全員金のためにやってるわけじゃないぞ?」

「?」

 

 その傭兵の言葉に、マークは思わず首をかしげる。レイヴァンなどの特殊な例外を除けば、概ね傭兵というのは生きるため、金を稼ぐために戦っているのだ。

 では彼らは何のために戦うのか、マークが考え付くよりも早く、その傭兵は答えを告げる。

 

「リキアは、俺や祖先が生まれ育った地だからだ。その地を守りたいと思うのは、ごく当たり前な事だろう?」

「……だったら騎士にでもなればよかっただろうに」

「騎士っつーのは、主君に仕えるものだろう? 俺が守りたいのはなんたら公爵じゃなくて、このリキアの大地だ」

 

 そう言い切った傭兵の目を、マークは覗き込む。そこに嘘や偽りは見つけられず、ただ強い信念が込められていた。

 彼についてきた者たちも、同じ気持ちなのだろう。誰一人として声一つ上げずに、マーク達がどのような結論を出すのか見守っていた。

 痛いほどの緊張に包まれた一同の中、マークは静かに彼らに対し評価を告げる。

 

「……いいだろう」

「お、案内してくれるのか!?」

「それはできないな」

 

 マークの矛盾する言葉に傭兵たちは困惑するが、疑問を口にする前にマークがその真意を告げる。

 

「俺達は今、任務で本隊から離れているため案内はできない。だが、口添えぐらいはしてやる」

「本当か!?」

「ああ、そうだな……マーカスかマリナスあたりに『行き倒れ軍師』の紹介とでも言えば、悪い事にはならないだろう」

「分かった。『行き倒れ軍師』だな」

 

 最後にお互いに名乗り合い、マークは傭兵クルザードに同盟軍の進路を教える。そして、それぞれ正反対の方向へと足を向けるのであった。

 

「……あのクルザードって傭兵、信用して大丈夫なんすか?」

「まぁ、大丈夫だろう」

 

 マークの軽い回答に少し疑いの目を向けるマシューであったが、それもわずかな時間の事であった。

 

「マークさんの人を見る目は信頼してますよ? でも、時期が時期ですからね」

「現状リキアの敗北は濃厚だからな……だけど、大丈夫だと思う」

 

 断言こそできないが、マークには彼が嘘をついているようには見えなかった。

 

「それに、軍師を名乗った俺に剣を向けなかったし」

「……確かに、マークさんの首なら並の侯爵の首より価値は高いでしょうからね」

 

 ちょっと頭が回るものなら、リキア同盟の軍師の首をベルンに差し出すぐらい考えるだろう。

 だが彼らはそれをしなかった。それだけで、ある程度信用する材料になるのだ。

 

「もしも万に一つ何かがあっても、パン……シルバーなら何とかしてくれるだろ」

「そりゃそうでしょうがね……」

 

 文武に優れる彼がロイの傍にいるのだから、何があったとしても傭兵ごときに後れを取ることは無いだろうという思いも、当然のようにあった。

 

「それより、先を急ごう」

「……そうですね」

 

 そう言えばこういう人だったと、マシューはどうやらいつの間にか美化されていた記憶に微修正をかける。

 マークという軍師は、接戦になれば繊細な策で敵を翻弄する名軍師となるが、実力差がそれなり以上にある時の策は、その名声に見合わずとても雑なのだ。

 その雑さも仲間たちへの信頼の証であるし、無駄な努力、する必要のない苦労を背負うようなことをしないのも一流の条件なので、間違ってはいないのだが……

 ふたり旅の間、あからさまな手抜きがされないようにと、ひそかに祈るマシューであった。

 

 

 

 それからしばらく、ベルンの先遣隊や斥候を躱しつつフェレに向かっていた二人であったが、ある日予想もしていなかった闇夜の再会を果たしていた。

 

「まさか、こんなところでニノと再会するなんてな……」

「正直、もうちょっとマシな再会があったんじゃないかって思いますけどね……」

「あはは……ごめんね?」

 

 身を隠しながら静かに移動する中思わずため息を漏らす2人に、ニノは頭を下げる。というのも、今の3人は、ニノを追ってきたベルン兵によって追い詰められつつあるからだ。

 

「そもそも、何でこのタイミングでリキアに?」

「えっと、その前に、マークさんはあたしとジャファルに子供がいるって知ってる?」

「……ひょっとしてその子供の名前はルゥか?」

「あれ、ルセアさんから聞いたの? せっかく驚かせることができると思ったのに……まぁ、今回はね、その子たちを引き取りに来たんだ」

 

 端的過ぎて今一つ分かりにくかったが、改めてまとめると次のような事情となる。

 

「黒い牙残党として追手がかかったニノとジャファルは、子どもたちをルセアに預け、ナバタへと向かったのか……」

「ベルンから遠いしね。それで何とか理想郷って呼ばれてる里にたどり着いたんだけど、ジャファルは途中であたしを庇って大ケガを負っちゃって……最近ようやく容体が安定して、あたしが子どもたちを迎えに来れるようになったんだよ!」

「そして、迎えに来たはいいがすでに孤児院は戦火に焼かれて……ベルンに対して報復をってか?」

「そう言うこと」

 

 魔導師としてずば抜けた実力に加え、逃亡時代に習得した隠密スキルによって少なくない戦果を挙げたニノであったが、その代償が今3人を取り囲む追手というわけだ。

 再会がこのような場所でなければ、もっと詳しい話を聞きたかったのだが、この状況ではそう言うわけにもいかない。

 

「まぁ、追い込まれていると言っても相手は本隊じゃないし、そこまで人数も多くないし、強行突破も不可能じゃないかな?」

「あたし一人じゃ厳しかったかもだけど、マークさん達もいるなら何とかなるよ!」

「……荒事は苦手なんですけどね」

 

 とはいえ、この面子ではマークの策もあまり期待はできない。さすがに強行突破する場所は選ぶだろうが、強行であることは変わらないだろう。

 

(魔導軍将に匹敵する才を持つ魔導師と、歴史をも変える神軍師……うわぁ、なんで俺こんなところに居るんだろ)

 

 そうリキアでも最高位の密偵が嘆くも、残念なことにその意見に同意してくれる者はいなかった。

 

 

 

 その後、ベルン軍といくらか矛を交える事態になるも、マーク達はようやくフェレへと到着する。

 途中でニノという頼りになる戦友が同行することになったため、危険がある地点を大きく迂回することもなくなり、予定より幾日か早い到着となったのだ。

 

「正直、門でもう少し揉めると思っていたんだが……」

「本当に、運がよかったとしか言いようがないですね」

 

 そして、本来であればエリウッドと旧知であると言っても信用などされなかっただろうが、今回に限っては現状がマークの味方をしたのだ。

 

「まさか、俺の顔を覚えている者がいたとはねぇ」

「確かに、フェレ城にも来たことありましたっけね」

 

 ちゃんとロイからの書状も預かり、その手の問題の対処もしていたのだが、多くの兵がアラフェンに向かったため、今のフェレは門番にかつて引退した有志を採用していた。

 彼らはわずか数度しか見ていなかったはずのマークの事を覚えており、それゆえに僅かの遅滞もなくエリウッドの下へ通されようとしているのだ。

 そんなわけであっさりと城内に入れたマーク達であったが、ここまであっさりと事が進むと、心の準備が間に合わない。

 あっという間に城主の部屋に通されてしまったマークは、その瞬間思わず言葉を失ってしまう。

 

「……久しぶりだね、マーク」

「……ああ、少し痩せたか、エリウッド」

「お久しぶりです、マーク様」

「……ニニアンも、元気そうで何よりだ」

 

 その顔を見て、声を聴いて、かつての戦いの日々が思い起こされる。

 思考が過去へと流れていきそうになるのをマークは、いやエリウッド達も必死にこらえ、現状を改善するために話をする。

 

「報告は来ているよ……息子のロイが世話になっているね」

「その程度、何の負担でもない……それより、ヘクトルの事……」

「……うん、僕も話を聞いた時は我が身を呪ったよ……だけど、今はそのことを嘆いている暇はないんだ」

 

 歯を食いしばって心が軋みそうになるのを必死に堪えるエリウッドを見て、マークは今度こそ前を向く。

 

「エリウッド……リキア同盟の盟主代理として、俺と共に来てほしい」

「……君がそう言いに来ることは、予想していたよ。でも、フェレの事もあるし、何より今の私では……」

「それでも、お前が必要なんだ」

 

 穏やかではあるが、確固なる意志を持ったマークの断言に、エリウッドは力なく笑みを浮かべる。

 

「今の私は、かつての僕ではないんだ……みんなの足手まといになるわけには……」

「足手まといを呼ぶために、わざわざ俺が軍を離れると思うか?」

「……」

「もう一度言う、今のリキアには、お前の力が必要なんだ」

 

 再度投げかけられたマークの力強い言葉にも、エリウッドは頷くことができなかった。それほどまでに彼の身を蝕む病は、心をも侵していたのだ。

 だが、そんなエリウッドの背を押す者がちゃんと存在した。

 

「エリウッド様なら、大丈夫です」

「ニニアン……」

 

 ニニアンはそっとエリウッドの手を握り、微笑みかける。万感の想いが籠められたその一言を超える言葉など、マークには思いつかなかった。

 

「……わかった。今の私にどこまでできるかわからないが、力の限りを尽くそう」

「……感謝する」

 

 2人の在り方のほんのわずかな嫉妬を感じつつも、マークはエリウッドの決断に感謝の念を送る。

 

「明日までに城を出る準備をしておく。マーク達も、今日はゆっくり休んで行ってくれ」

「分かった」

 

 領主が城を空けるとなれば、色々な準備も必要だろう。マークは後ろ髪を引かれながらも、その場を後にするのであった。

 そしてそれぞれの部屋に案内される中、マークは案内人であるかつての戦友に声をかける。

 

「……ハーケン、俺を恨むか?」

「……いいえ」

 

 病に侵された主君を連れだすことを言葉では許容するハーケンだが、その心中は一言で表せるほど単純ではない。

 

「私が共に行ければとも思いますが、エリウッド様は了承なさらないでしょう」

「今のフェレからお前まで取り上げることもできんしな……妥当な判断だろう」

「可能なら、エリウッド様も取り上げないでいただきたいのですが?」

「それは難しいな」

 

 思わず苦笑するマークに、それでもハーケンは真剣な顔を崩さない。

 

「本心です。……私には、マーク殿がただ義によって駆けつけたとは思えないもので」

「……手厳しいな」

 

 20年前も、マークはネルガルという災厄と対になるように現れた。今回ももしや……そうハーケンが思ってしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「確かに俺がこの地に戻ってきたのは、戦争が起こったからではない……けど、お前らの前に現れたのは、決して利用するためじゃない」

「信じます」

「……ありがとう」

 

 ハーケンの即答に、マークは少し安心し、同時にすべてを話せない事を申し訳なく思う。

 

(今はまだ……でも、いつかきっと)

 

 すべてを話せる日を迎えてみせる。マークは静かにそう誓うのであった。

 


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