ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第3章「同盟の崩壊」

 リキア同盟の残党をわずかながら合併したロイ達は、アラフェンの城にて後続があることを祈りながらわずかな休息を取っていた。

 そんな中話をするのは、再びフェレの軍師と相成ったマークとフェレの公子ロイの相談役になったマーカスである。

 

「それで、マーク殿はいつの間に剣技を修めたのですかな?」

「修めたなんて物じゃないし、そもそも剣技なんて立派なものでもないさ」

「では?」

「ただの物まねだ。一応、20年前の戦いでリンやエリウッドの剣技を間近で見ていたから、それを参考にな」

「ほう、そうでしたか……」

 

 吸収された同盟の兵士たちの再編を行いつつ交わされる会話は、当然のように近況報告だ。

 本当なら昔話に花を咲かせたいところであったが、さすがにそう言うわけにもいかなかったからである。

 

「たとえ真似事でも、ベルンの兵士を打倒すだけの実力があるのならば、問題はありますまい」

「皆について最前線にいたのは伊達じゃないってね……それよりマーカスの方こそ、将軍位を退いたらしいじゃないか」

「なに、年寄りが後進に道を譲るのは、ごく自然な事ですぞ?」

「マーカスなら、まだまだ若い者には任せられんって言ってるんじゃないかと思ってたんだよ」

「……」

「いや、思ってたのか……」

 

 マークはマーカスの反応に少し呆れつつも、ロイについている騎士たちのレベルを思い少し同情する。

 確かにあの程度では、安心して任せると言うわけにはいかないだろう。少なくとも、マーカスやハーケン、イサドラにはとてもじゃないが及ばないのだから。

 

「……精々、旅に出る前の、従騎士時代のロウエンに毛が生えた程度か?」

「……そのロウエンも、此度の戦いを生き残ることすらかなわなかったのだ。年寄りから死んで逝くのが、世の習わしであろうに……」

「……」

 

 結局、ロイ達がアラフェン城を奪還してなお、同盟の主力たちは戻ってこなかった。それはすなわち、先の戦いで友軍の盾となり玉砕したという事なのだろう。

 しかし、それにしては合流する兵が少なすぎた。

 そのことを訝しむマークに、マーカスは苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

 

「おそらくは、自身が収める領地へと帰ったのでしょう」

「なぜ? ベルンの脅威はいまだ健在で、ヘクトルの後釜もロイが継いだ。アラフェン奪還もなったんだぞ?」

 

 心底信じられないと言ったマークに、マーカスはおそらくではあるがと前置きをして、生き残った諸侯の心情を語る。

 

「いくらヘクトル様に託されようとも、ロイ様は若過ぎます。それに従うくらいなら、自領へと戻り守りを固めようと考えても、おかしくはありません」

「……」

 

 マーカスが述べた理由に、マークは言葉もなかった。そんなの、各個撃破してくださいと言っているようなものではないか。

 思わず眩暈すら感じる馬鹿らしさであったが、諸侯が引き上げたことは変えようのない事実である。

 マークは何とか気を持ち直し、勝利の可能性を模索する。

 

「……再編を早めに切り上げて、オスティアに向かおう。ロイは休んでるんだったか?」

「うむ、わしらが再編案をまとめるまでに、少し休息を取ると」

 

 ロイには悪いが、休む時間も満足に取れなくなるようであった。すぐに報告に行こうとするマークであったが、マーカスはそれを止める。

 

「そこまで焦っても、兵たちはすぐに動けるわけではないですぞ」

「……そうだな、悪い」

 

 マーカスの言葉に、マークはようやく自身が平静でなかったことを自覚する。

 どうやら思った以上に、マークは前回の敗戦に堪えているようであった。

 

「俺も、少し休んでくる……いや、この案をまとめてからだな」

「では、早々に終わらせるとしようかのぅ」

 

 マーカスとマークは細部を詰めることを後回しにして、とりあえずオスティアへ向かえるように再編案を整える。

 皮肉にも、合流したものが少なかったこともあり、細部にこだわらなければその作業もすぐに終わり、2人はひと時の休息を得ることになったのであった。

 

(……やはり、エリウッドが必要か?)

 

 わずかな休息の間、マークの頭にはそのような考えが浮かび消えなかった。

 そもそもまだ15歳のロイに指揮を任せるのが無謀であり、異常なのだ。それをするぐらいなら、まだ病に倒れたエリウッドの方が求心力があるだろう。

 とはいえ、フェレはほぼ全軍をアラフェンに送っており、残っているのは最低限の守りができる兵のみでこれ以上の余力はない。しかし同盟軍が集まらず、このままベルンに敗れてしまえば、フェレに、リキアに未来は無いのだ。

 それならば、多少無理をしてでもエリウッドに出てきてもらうべきなのかもしれない。

 

(そうは言っても、人を遣ったぐらいでエリウッドが領民を放りだせるはずもないし……)

 

 そんな悶々とした思いを抱きながらもひと時の休息をえたマーク達は、オスティア侯爵夫人が留守を預かるオスティア領を目指し、西へと向かい始めた。

 ただ、出発を急いだためいささか準備不足感が否めず、先の戦いに参加していなかったラウスにより、いくらかの物資を補充させてもらう事にした。

 

「正直に言いまして、ラウスにはできるだけ近づきたくないと言うのが本音ですな」

「同感だ。しかも今のラウス侯はあのエリックだろ?」

 

 かつてのラウス侯の所業を知るマリナスとマークが愚痴を言うが、マーカスでさえ咎めることができなかった。

 20年ほど前、当時のラウス侯が企てた反乱は表立って公表されることこそなかったが、そのことを知るマリナス達にとって、決して良い気分で訪れることができる場所ではない。

 そしてその息子のエリックだが、エリウッド達とは同世代の生まれであり、オスティア候になったヘクトルや、リキア位置の騎士と呼ばれるエリウッドに強い劣等感を持っているのだから、2人の戦友としては可能な限り近づきたくなかった。

 

「とはいえ、ここを避けては遠回りだし、何より物資が心もとないですしなぁ……」

「ラウスは先の戦いに参加していない分兵力に余裕があるだろうし、そのことをカードにして兵と物資をゆするか」

「ぜひとも、そうしましょう!」

 

 割と黒い笑みを漏らしながら話す2人から周りの兵が少し離れたが、そんなことを気にしては軍を維持していくことは難しい。

 今はまだいいが、今後不足しそうなものを優先的に補給することに決めたマリナス達は、リストを新たに作り、その時に備えるのであった。

 そのように先のことを考える傍ら、マークは軍の面々とも積極的な交友を持とうとしていた。

 

「ねぇねぇ、マークさんってフロリーナさまと一緒の戦場に立ったって本当ですか?」

「……フロリーナ、様?」

 

 そんなマークに対して、なんだか信じられないような言葉を聞かせたのは、その話題に上がったフロリーナと同じ天馬騎士であるシャニーであった。

 

「え、だってリキアの侯爵様と戦場で恋仲になって、侯爵夫人様になったんでしょ? だったらさまをつけなくちゃいけんじゃないの?」

「……まぁ、確かに侯爵夫人になったんだよなぁ……」

 

 どうにも、シャニーの持っているフロリーナ像と、マークの持つ彼女の印象が重ならない。

 

「イリアは基本的に傭兵の土地ですから、そう言う玉の輿? は、とっても憧れがあるんですよ!」

「確かに、そう言った意味ではフロリーナは出世頭なんだろうなぁ……」

 

 そんな違和感のため、どうしても口が重くなってしまうのだが、シャニーにはその様子がどうにも意味深なものに見えたらしい。

 

「……ひょっとして、マークさんってフロリーナさまのことが好きだったりしたんですか?」

「なっ!? なんでそうなる?!」

「だって、さっきまでは普通に話していたのに、フロリーナさまのことになったら急に歯切れが悪く……まさか、恋人だったとか!?」

 

 どこをどうしたらそんな結論にたどり着くのか、マークには全く分からなかった。わからなかったが、これ以上勝手な想像をされたら大変なことになるのはわかった。

 

「確か、マークさんはフロリーナさまのために傭兵団を作ったとかって話が……」

「シャニー、とにかく一度黙れ。喋るな」

「! わかってます! この事は誰にも、絶対に話しません!」

「そうじゃない……って、待て!」

「失礼します!」

 

 だが、マークに弁解する暇は与えられなかったようである。マークはタイミング悪く表れた伝令を無視するわけにはいかず、シャニーの誤解を解くこともできず、指示された通りにロイ達と合流するのであった。

 

「何があった?」

「マークさん! それが、エリック卿がこちらに対し兵を向けられて……」

「裏切りか……!」

 

 ロイの言葉に、マークは思わず舌打ちをする。事ここに至れば、親子二代そろって本当にどうしようもない奴らだとののしっても、かまわないだろう。

 だが、今何を言っても時間の浪費にしかならない事をマークは知っている。故に吐きだすべき言葉はラウス侯に対する呪詛ではなく、勝つための策だ。

 

「相手は騎馬部隊だ。味方の損害を減らすための策として、橋の前で迎え撃つ事を勧める」

「……確かに、そうするのが安全だと言うのはわかるよ。でも、僕たちには時間も物資も足りないんだ。何より、敵対しているとはいえ、彼らもリキアの民だ。何とか、双方に被害が少ない策は取れないだろうか?」

「……」

 

 しかし、マークの出した策をロイは否定する。言いだした理由はわからなくもないが、正直に言って、甘すぎる。

 だが、その甘さには覚えがあった。

 

(やっぱり、エリウッドの息子なんだな……)

 

 20年前もやはりそう思ったものだ。エリックのことしかり、たとえ剣を交えた相手だとしても、命を奪う事はしなかったり、仲間として迎えたことも多々あったのだ。

 そのことを思えば、反乱を企てたエリックはともかく、末端の兵士ぐらいはどうにかと考えてしまうのがマークである。

 

「……敵主力を騎士達で抑え、その隙に少数で迂回してエリックを討つ」

「やはり、大まかな方針としてはそれしかないだろうね……」

 

 実際、言うのは簡単だが実行する難易度はその比ではない。理論上可能であっても、兵たちがその理論についてこられるとは限らないという事もある。

 

「……やろう!」

「下手すれば全滅の恐れもあるぞ?」

「でも、難しいと言うのはやらない理由にならないよ。もし難しいからと言って止めてしまうのなら、そもそもベルンと戦う事すらするべきではないんだから」

「ごもっとも」

 

 確かにロイの言うとおり、この程度で尻込みするようでは、とてもじゃないがベルンとは戦えない。

 それに、内輪もめでこれ以上リキアの戦力を削るわけにはいかないのだ。

 

「ボールスを中心にランス、アレンは敵主力を迎え撃って!」

「はっ!」

「ディーク達は、海岸から来るだろう賊を迎え撃ってほしい」

「賊?」

「居るんだよ、20年前もそうだった」

「了解した」

「マーカスは後詰を。後衛の守りも頼んだよ」

「御意に」

「そして……僕とマーク、それにシャニーでエリック卿を討つ!」

「え、わたしも?」

「機動力のある天馬騎士がここで動かず、いつ動くんだよ」

 

 ロイとマークの指示にそれぞれが頷き、行動を開始する。すでにラウスが動き始めてしまっている以上、いつまでも話し合っている時間は無いのだ。

 

「まずは我々の出番ですな! アレン殿、ランス殿!」

「ああ! 主力をこの場に釘づけにすればいいんだな?」

「そうだ。この人数では本来困難というレベルでは済まないだろうが、幸いラウスの騎士たちの士気は極めて低い。これならば、何とかなるだろう」

 

 ランスの言葉に敵を見渡した後方のルゥであったが、その言葉が事実であるという事を確認して、首をかしげる。

 彼には、ラウスの騎士たちの士気が低い理由がわからなかったのだ。そんなルゥに、後詰として後方に待機しているマーカスが答える。

 

「……彼らも、リキアに住む者なのだ。それに加え、彼らも騎士である。同盟を裏切るという事に、思うところがあるのだろうて」

「そっか……あの人たちにとっても、この戦いは不本意なんだ」

 

 いくら彼らがラウスに使える騎士とはいえ、同じリキアに住む同朋を裏切る事を容認できるものは多くなかったようである。

 だが、容認できずとも彼らは騎士なのだ。仕えし主君を裏切るなど、決して許されることではなかった。

 とはいえ、当然のように例外はいるものだ。今更リキアについても益は無いと思う者もいれば、20年前の戦いを理由にフェレ憎しと戦う者も少なくないようであった。

 

「もっとも、戦う相手の事情がどうであれ、手心を加えられるほどの余裕は我らには無いがのぅ」

「……そうですね」

 

 いくら士気が低いとはいえ、相手の数はこちらの倍に近いのだ。マーカスの言うように、たとえ相手にどんな事情があろうとも関係なく本気で戦わなければ、生き残ることはできないだろう。

 

(まぁ、勝ちに行く必要が無いのなら、十分戦えるじゃろうて)

 

 それでも万に一つの事態が起こるのであれば、自分が……そう考えるマーカスをしり目に、主力同士の激突が始まるのであった。

 そして戦いは中央だけではなく、海岸線にまで広がりを見せていた。

 

「おいおい、半信半疑だったが、本当に賊が来たじゃねーか!」

「20年前の情報などと侮っていたが、ここはあの軍師の勘が当たったな」

 

 海岸線では、マークの予想通りラウスの正規軍が戦いを始めてすぐ賊が現れたが、それはあらかじめ控えていた傭兵たちによって完全に抑え込まれていた。

 だが、もしあらかじめ準備をしていなかったら、後手に回っていたのなら、ここまで簡単にはいかなかっただろうと、ワードとロットは突如自軍に現れた軍師にわずかながら感謝の念を送るのであった。

 それでも、今回は運よく勘がはまっただけだと思っていた二人であったが、それを傭兵団の団長であるディークが否定する。

 

「お前ら、勘で軍師をやれるわけがないだろうが……ちゃんと対岸の砦を見てみろ」

「あのボロ砦をですかい?」

「……なるほど」

 

 うながされ、改めて対岸にある砦を見てみるが、ワードにはやはりただのボロ砦にしか見えなかった。

 だが、ロットは気付いたらしい。

 

「確かに、よくよく見ればただの廃墟ではなくボロ砦か……20年前の情報があったとはいえ、瞬時にそれを見切るとは大した観察眼だ」

「そういう事だ」

 

 ただの廃墟ではなく、ボロボロとは言え砦である。そのことから正規軍ではない何者かが使用していることを見抜き、前回の経験から賊がたむろっていると判断したのだろう。

 ようやく話を理解したワードも、マークの評価を改める。

 

「まったく、大した軍師様じゃねぇか!」

「アラフェンが落ちたと聞いた時にはどうなるかと思ったが……何とかなりそうだな」

 

 そんな安心も見せる二人の戦士に対し、ディークはかつての自分の持ち主の言葉を思い返していた。

 

(確か、パント様が話してくれた軍師の名前も、マークだったはずだ)

 

 かつてディークが世話になったエトルリアの貴族であるパントは、間違いなく一流の魔道士であった。

 そのパントが一流と認めた軍師マークと、フェレの軍師マークが同一人物ならば、ディークにとってこれ以上頼もしい事は無い。

 

(まぁ、世代が違うし、ありえないんだろうがな)

 

 かと言って無関係ではないだろうというそんな期待を内に秘め、ディークは目の前の賊に剣を振るう。

 そして、期待された当の本人は、ロイ達と共に戦場を迂回してラウスの本丸へと急ぎ向かっていた。

 

「最良のタイミングは、中央を蹴散らすことができないことに焦れたエリックが、近衛を戦場に向かわせた直後だ」

「そこまでうまくいくものなのかい?」

「あれはエリウッドに対して強い劣等感を抱いているから、その息子程度軽く蹴散らせない事を絶対に認めないさ」

 

 その結果少しでも苦戦することを嫌い、すぐにでも前線に増援を出すはずだと言うマークであったが、ロイとしては本来尊敬すべきリキア諸侯の一人がそこまで愚かであって欲しくないと言う気持ちが少なからず存在した。

 そんなそれぞれの思いとは裏腹に、何者かの接近をシャニーが探知した。

 

「騎馬が近づいて来てます! ……でも、騎士じゃない?」

「まさか、旅人でも迷い込んだのか?」

 

 シャニーの報告に訝しむロイであったが、マークはまた別のことを思い起こしていた。

 

(そう言えば、20年前はここでプリシラに会ったんだったか……)

 

 本来であるならば余計な回想なのだろうが、今回に限っては無駄にならなかったようである。

 明らかに戦場とは場違いな少女が3人の前に現れたのだ。

 

「あなた達は……」

「本当にどこかの令嬢が出てくるとは……まさか、カルレオン伯爵家の娘とか言わないよな?」

「え? わ、私はリグレ公爵の娘でクラリーネと……」

「パントの? ああ、確かに目元なんかは面影あるな」

「! お父様をご存じですの!?」

 

 知人の娘と知ってどこか懐かしげなマークはともかく、思わぬ貴人と登場に目を白黒させるシャニーである。もちろん、ロイはさすがに冷静であった。

 

「どのような事情でこの場におられるのかは知りませんが、ここは危険です。すぐに安全な場所に……」

「いや、せっかくだし同行してもらおう」

「ど、どういうこと? まさか私に戦場に出ろと言うつもり!?」

 

 避難を促そうとするロイに対し、マークは真っ向から否定する。そのことに驚愕するクラリーネであったが、マークはむしろ不思議そうに首をかしげる。

 

「銀の魔導将軍と金紫の貴婦人の娘だろ? 何も最前線に出ろと言ってるわけでなし、杖ぐらい使えるんだろ?」

「そ、それぐらい当然ですわ! いいでしょう、貴方達に同行して差し上げますわ!」

「なら決まりだ。一人で逃げさせるより、一緒にいた方が安全だろう」

 

 あの二人の娘ならば、それぐらいできて当然と言ったマークの態度に思わず反発したクラリーネは、つい戦場への同行を認めてしまっていた。

 そして、決まってしまってからのマーク達の行動は早かった。

 クラリーネにかかった追手を待ち伏せ排除した後、その追手の通って来た道を逆走するだけでいいのだから。

 

「そう言えば、私を逃がしてくれた剣士がいるのですけど、彼はベルンに恨みがあると言っていましたわ!」

「そいつは耳寄りな情報だな!」

「この一件が終わったら、ぜひとも仲間になって欲しいものだね!」

 

 全力で駆け抜ける中付け加えられた情報に、マークとロイはそのことから得られる真実に思い至る。

 

(クラリーネを逃がした剣士はベルンに恨みがある、という事は……)

(彼女を逃がすことが、ベルンへの報復となるという事だろう)

 

 わざわざクラリーネにそのことを言ったという事は、おそらくそういう事なのだろう。

 そしてその事実は、ラウス侯がオスティアへの謀反を企んだのではなく、リキア全体を裏切ったことの証明となる。

 もともと予想はしていたことだが、これで確証が得られた。

 マークは仲間を裏切られたことに改めて憤り、ロイは仲間と思っていた存在に裏切られたことを悲しむ。

 だが、そんな感傷に浸っている時間など、ありはしなかった。

 

「裏道を抜けたら、エリックの下へと走れ! それ以外は俺が何とかする!」

「お願いします!」

 

 最後の確認と共に裏道を抜けた4人は、早々に件の剣士と相対する。

 しかし、ロイ達は止まらない。

 

「くっ!」

「お前の相手は俺だ!」

 

 下手な斬撃を剣士に加えたマークは、ロイ達が奔り向ける隙を作ったことに満足し、その結果剣士と真っ向から戦うことになってしまう。

 

(もっとも、まともに戦っても勝てないだろうがな!)

 

 ただの兵士ならともかく、実戦経験豊富な剣士と戦って勝てると思えるほど、マークは剣の腕を磨いてきたわけではない。

 だが、回避に限っては話は別だ。

 

「! 貴様、何者だ!?」

 

 先程の無様な斬撃とはまるで違う回避。あまりにもアンバランスなマークのあり方に、剣士は思わず声を上げる。

 そして、マークはその言葉を待っていたとばかりに、最も効果的であるだろう一言を叩きつける。

 

「もう昔の事だが、リンディスの軍師をしていたことがある」

「!?」

 

 目を見開き驚愕する剣士に、マークは自身の予想が間違っていなかったことを確信する。

 

「どこの部族かまではわからないが、サカの剣士だろう?」

「……」

 

 肯定を含んだ沈黙に、マークは満足げな表情を見せる。もともとサカの剣士は独特の立ち振る舞いがあり、見分けることにさほど苦労は無い。

 だからこそリンディスの名を出したのだが、それも見事にはまったようだ。

 

「お前が逃がした少女に、少し話を聞いた。ベルンに恨みがあるんだってな」

「お前には……いや、リンディスの軍師といったか、ならば……」

「ああ、お前の想っている通りだ」

 

 みなまで言う必要はない。いや、一言で語りきれるような感情ではないのだ。

 だからこそ、2人はただお互いに名前を告げるにとどめる。

 

「ルトガーだ」

「マークだ」

 

 それは、協力して共に目的を果たそうとする、言外の誓い。

 そしてその誓いが立ったその時、この戦いを終える宣言がロイの口から迸ったのであった。

 

 

 

 戦いの後、ラウスの城は負傷した兵士たちであふれかえっていた。

 

「まぁ、可能な限り大勢を生かそうとしたのだから、この結果も当然かな?」

「わが軍の治癒が使える者たちも総動員しておりますが、全員の処置を終えるにはいましばらく時間がかかりそうじゃな」

 

 ラウスの頭であるエリックをロイが討ち取ったことで終結した戦いだが、もちろんそれで終わりというわけにはいかない。

 死者が少ない分怪我人が多く、その処置には多くの時間が割かれそうであった。

 

「ラウス侯の血縁は、城の一室に軟禁しとるが……」

「現実を受け入れるのなら、ラウス軍を纏める象徴として据え、ロイの下に就かせよう」

「受け入れられなければ?」

「そうなったら俺の管轄外だが、ベルンを退けた後、処刑されるだろうな」

「……」

 

 当代のラウス侯は、リキアを裏切りベルンに売ったのだから、その結末は当然だろう。むしろ、今この場で殺されない事の方が異常であると言っても、過言ではない。

 

「兵を確保するためにも、公子殿には賢明な判断を下してもらいたいものだな」

「まったく」

 

 とはいえ、先代当代を思うとなかなか期待できないのだが、そこはひと時目をつぶっておくことにする。

 そして、それ以上に憂鬱なのが、裏切者はラウス侯だけではないだろうと言う1点に尽きる。

 

「アラフェンでの戦いしかり、ここでの戦いしかり、今後も同盟の連中を信じることは難しいな」

「オスティアまでの間に確実に信用できる方と言いますと……トリア侯オルン様ぐらいでしょうか」

「トリア侯?」

「ヘクトル様の従兄弟であり、諸侯の中でも温厚と知られている方じゃ」

 

 あのヘクトルの従兄弟ならばとマークも思うが、それでも完全には信用できそうもなかった。

 

(こんなところに居ると、久しぶりに里に行きたくなるな)

 

 あそこならば信用できる者しかいないと思い、つい逃げ出したくなってしまうマークであったが、この大陸には多くの戦友たちがおり、逃げ出すわけにはいかなかった。

 

(せめて、もうちょっと仲間たちに会いたいなぁ)

 

 フェレにいるエリウッドか、オスティアにいるフロリーナか……

 

(そう言えば、マシューはそろそろエトルリアについたころかな?)

 

 今日、その娘に会ったマークであるが、それが故に本人にもう一度会いたいという思いは強くなっていた。

 だが、どんなに早くても彼らとの再会よりオスティアに着くほうが早いだろう。

 そう思うと、ため息の一つでも付きたくなるマークなのであった。

 


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