「なんで俺を連れて逃げたんだっ!」
アラフェン郊外の森で、男の怒声が響く。そこに含まれた感情に、森に棲む生き物たちが一斉に逃げ出したが、激情に駆られた男がそれに気付くことは無かった。
「連れ出すのなら、俺じゃなくヘクトルだ! リキアにアイツが必要だという事は、誰の目にだって明らかだった筈だ!」
今にも殴り掛かりそうな形相で怒鳴る男に対し、怒鳴りつけられている男は沈黙し続けていた。
その瞳は何の感情も見せず、男が、マークがその激情を吐きだすさまを見つめ続けていた。
「くっそ……何が神軍師だ……友一人救えぬ俺に、一体どうしろってんだ……」
そして、マークの声から怒気が抜け、悔恨が宿る。それでも、一時よりその思考に冷静さが戻ってきたことを確認したところで、ようやく黙っていた男、マシューが声をかける。
「気は済みましたか?」
「……悪かったな、マシュー」
怒鳴り散らし、八つ当たりを行ったことを、マークはまず謝る。
「解っている……あの場で、ヘクトルが引くことはできなかった。もし、ヘクトルがあの場を離れていたなら、ベルンの兵は未だ進軍を続けている筈だ」
「……」
マークの分析は、おそらく正しい。
今この場で、のんきに八つ当たりができたのも、盟主が討たれ、リキア同盟軍が破れたからだ。
ヘクトルが健在なら、その屍を確認するまで、それこそリキアの隅から隅まで蹂躙され尽くすことになっただろう。
「あの時、最小限の被害で戦いを終わらせるには、リキア同盟の盟主、オスティア侯の首が必要だったんだ……」
その言葉は、マークが自身を言い聞かせるためのものであった。あの場では、アレが最善であったと。他に手は無かったのだと、無理やり自分を納得させる。
だが、それ以前の事は、違う。
「……ベルンの動きは、予測できたはずだ……リキアが勝つには、情報を封鎖して奇襲するしかなかったんだから、敵がそれを見越した行動をすることは、予見できたはずだ……!」
「マークさん、過去を悔いるのは……」
「悪い……そうだな、今は、先のことを考えなきゃならなかったな」
自身の甘さを責めるマークを、マシューが諌める。そうして数回深呼吸して、マークは思考を切り替える。
「エリウッドの息子がアラフェンに向かっていたはずだ。それに合流しよう」
「ロイ様ですか? まぁ、それが順当ですかね」
マークの案に、マシューは賛成の意を示す。いくらマークが優秀な軍師であるともてはやされようが、マークのことを認める将と、指揮するべき部下が居なければまったくの無力であるからだ。
だが、それだけでは足りない。
リキアを守るためには、ヘクトルの最後の願いを聞き届けるには、ベルン軍と戦い、勝たなければならないのだから。
「……エトルリアを頼りますか?」
「……」
マークはこれに答えられなかったが、主力が倒れた今、リキアがベルンに対抗するには、他国に頼るほか道は無いだろう。
だが、それを決めるには、マークはリキアとの関係が薄すぎた。
確かにマークはオスティア候ヘクトルやフェレ候エリウッドといった、リキア同盟の中心的人物と交友がある。
しかし言ってしまえば、それしかリキアとの関係は無いのだ。
「せめて諸侯の誰かが決定しなければ、動きようがない。流れの軍師が決めるには、過ぎた案件だ」
「とはいえ、その決定を下せるような奴が、果たして残っているかどうか……」
「……」
そう、リキアはつい先ほどベルンに敗れ、多くの諸侯を失ったばかりなのだ。
まだ残っている者たちは、既に家督を譲った老人か戦場に出られない女子供、あるいは戦うべき時に戦えない愚図だけだ。
マークの知る唯一の例外がエリウッドだが、病に倒れた彼に、リキア同盟の舵取りを担い続けることができるかは疑問が残る。
「これから合流するロイに、こんな決断をさせるわけにはいかないしな」
「正直に言って、若過ぎますね」
いくらエリウッドにフェレ軍を任せられたとはいえ、ロイはまだ公子だ。経験は間違いなく、よほどの例外でなければ知識や覚悟も足りないだろう。
「結局、俺達では増援を呼べないという結論になるんすか」
「いや、ここはパントに連絡を取ろう」
マークの提案に一瞬だけマシューは目を見開くが、すぐさま納得の意を示す。
「なるほど、リグレ公爵閣下にエトルリアを動かしてもらおうというわけっすか」
「もっとも、この状況でも動かないところを見る限り、希望は薄そうだがな」
すでにイリアとサカはベルンによって落とされ、十分な大義名分を得ているにもかかわらず、エトルリアはまだ動いていない。
となると、既にエトルリアは裏でベルンとつながっていると思っておいた方が無難である。
もちろん、エトルリアの全てが黒であるとは言わないが、現状で軍を派遣できない程度には取り込まれているのは間違いない。
「……そこまでわかっていて、俺に単身でエトルリアに行けって言うんだから……」
「じゃあ逆にするか? 俺がエトルリアに行くから、お前はロイにリキアをまとめさせろ」
「すみません、謝りますから勘弁してください」
すでに大敗を喫しバラバラになったリキア同盟を、ベルンの追撃をかわしながらまとめあげるなど、常人の手腕に為せることではない。
だが、為さねばならないのだ。
「無茶なのはお互い様だ。他に選択の余地は無い」
「そっすね……じゃあ、やりますか」
マークとマシューは、お互いに気負いなく言い交わし、それぞれやるべき事を為すために動き始める。
その道の先に、約束の地があることを信じて。
そうしてマシューと別れ、アラフェンにまで戻ってきたマークであったが、当然のことながら城に戻ることもできず、ロイも見つけられずに半ば立ち往生していた。
「さて、どうやって合流したものか……」
マークの持つロイの情報は、戦いが始まった時点でアラフェンから約1日程度の距離にいたという事だけで、その後どのように行動したのか全く分からなかったのだ。
「エリウッドなら、間違いなく城に突撃したんだろうが……」
捕虜となった者がいるかもしれないというだけの理由で、敵に占領された城へと突撃する戦友を想像し、思わず笑みを浮かべるマークだったが、今はその息子の事だと気を引き締める。
「ここでしっぽを巻いてフェレに逃げ帰る様な奴なら、合流する価値は無い。防衛ラインを下げてラウスあたりに行くようなら、それなりに期待できる」
問題はそれ以外の選択である。
ともかく情報を集め、ロイ達の居場所を探るのが先決だと、まだ人の残っている小さな村へと足を向ける。
そうして得た情報は、マークの想像をはるかに超えるものであった。
「ヘクトルが、まだ生きている……!?」
この情報を得て、すぐに走りだそうとした足を理性でもって縫い付ける。
感情では信じたいと思っても、理性は罠だと警鐘を鳴らしていたからだ。
「落ち着け……よく考えろ」
ヘクトルの生存の可能性はひとまず脇に置き、この噂をどうとらえるべきかマークは思考を巡らせる。
(まず間違いなく、城へ向かう者たちが現れる筈だ)
ヘクトルというリキア同盟の要の重要性を知る者たちは、万に一つの可能性であったとしても、救出へ向かわざるを得ないはずである。
ならば、その者たちと合流するために、アラフェン城へと向かうべきか。
(いや、これが罠であるのなら、ベルンが必殺を期して待ち受けている筈だ)
それでもなお救出に固執しようものなら、それではただの自殺と変わらない。
「……と、迷ったところで、答えは決まっているんだがな」
そう言ってマークが向かう先は、アラフェン城である。
外野から見れば、今すぐ引き返せと怒鳴りたくなるだろうが、そもそもそのような選択肢は存在していない。
今のリキアには例え一兵であろうと、人員に余裕はないのだ。
まして今のアラフェンに突っ込むような馬鹿は、断じて捨て置けるようなものではない。
だが、敵が占拠した城に突撃するという、とんでもないハイリスクであるのに対し、手に入るのはわずかな兵であろうという、考えるのも馬鹿らしくなるようなローリターン。
こんな博打を打ち続けなければならないという、この絶望的な状況を端的に表しているとも言えるだろう。
「そして、この現状をひっくり返す策を出すのが、軍師の役目、か……生半可な能力じゃ、とてもじゃないけど名乗れないな」
直前の敗戦により、自身の軍師としての能力に疑問を持ってしまったマークであったが、されども退くわけにはいかない。
可能な限り早く、それでいて周囲への警戒を絶やさないようにマークはアラフェン城へと迫る。
「……斥候が少ない? あれほど迅速な侵攻を見せたベルンを思えば、ちぐはぐさが目立つな」
一瞬だけ指揮官が変わったのかと希望を抱きそうになるが、マークはそんな甘い考えを振り払う。
とはいえ、疑心暗鬼になり過ぎてもいけないのも確かである。現状に適した警戒心を残しつつも、さらにペースを上げ前へと進む。
そうして辿り着いたアラフェン城にて、マークは再び戦いへと身を投げ出すことになった。
「もう始まっているだと!?」
城壁の外にまで聞こえる鋼のぶつかり合う音は、リキアに属する何者かが戦いを仕掛けた証である。
そしてその音は、マークに意外な事実を突きつける。
「善戦……いや、押し込んでいる!?」
少しずつ離れていく戦闘音が、戦場を城の奥へと変えていることを教えてくれる。
そんな偉業を為せるこの戦いの指揮官へとマークの興味が向くが、まずはこの戦いを終わらせなければと、マークは行動を開始する。
(ルセアの孤児院なら、何か武器を置いている可能性も……)
もちろん、軍師として戦場に身を置いていたマークに、思考を巡らせる以外の戦う術など持っていない。
とはいえ、マークだってだてに20年前の激戦を、最前線で生き抜いてきたわけではないのだ。
その身のこなしは、決してかつての戦友たちに劣るものではない。
そのような思いで立ち寄った孤児院で、マークは一人の少年と出会う。
「あの、ベルンと戦っているリキア軍の方……ですか?」
「君は……いや、今はいい。悪いけど、あまり余裕があるわけじゃないんだ。ルセア、院長先生はいるかな?」
少年の緑色の髪、その顔立ちに思うところがあったマークであったが、その思いは封殺する。
少年を警戒させないようにいくらか声音を作りつつも、急いでいることを主張して端的に用件を告げる。
だが、マークの予想に反して少年は顔を曇らせ、言葉を濁してしまった。
「まさか……!」
「……はい、院長先生は、ベルンの攻撃で……」
かろうじて紡がれた言葉は、予想してしかるべきものであった。
負傷者を収容していたこの孤児院も攻撃の対象となり、ルセアは怪我人たちを守ろうとしたのだろう。
「ぼくは、隠れていることしかできなくて……でも、もうそんなのイヤなんだ! だから……!」
「……わかった。だがここを出る前に、院長先生の部屋を見せてもらえるかい?」
「は、はい!」
少年の願いを聞き入れ、マークは孤児院の中へと進む。その間に少年の名前を聞き、戦う術を確認することも忘れない。
「ルゥか……やっぱり理魔法を使うのかい?」
「はい、そうですけど……『やっぱり』?」
「……君は、昔の戦友に似ている」
マークの言葉に、何と答えればよいのかわからなかったのだろう。ルゥは何かを言おうとして失敗し、黙ってしまうが、その間にマークはルセアの部屋を物色する。
そして、目的のものはすぐに見つかった。
「……あった」
「剣、ですか? でも、なんで院長先生が……?」
「アイツの主の予備だろう」
事情が事情だっただけに、マークも深くかかわることはしなかったが、それでも詳細は把握していた。
かつてはレイモンドという名前であった男の帰る場所……ここならば予備の剣の一本ぐらいと思ったが、正解であったらしい。
あくまで予備であるためか、彼が戦場で使っていたものにわずかに見劣りする。しかし、初心者であるマークにとっては、その方が都合がいい。
「よし、いくぞ!」
「はい!」
まだ見ぬ友軍が正面から攻撃しているのに呼応し、マークとルゥは城の裏を通り稚拙なものではあるが挟撃の形をとる。
マークが楯となって敵兵に立ちふさがり、そこへルゥの魔法が迸るという二人の連携は、初対面とは思えないものであった。
「即席コンビにしては、なかなかいいんじゃないか!」
「そう、です、ね……!」
マークの下手な斬撃は、傷を余計に広げて血肉を飛び散らせる。ルゥにとって敵兵よりそちらの方が難敵であったのだが、適度にやってくる敵がそのような些事を気にする余裕を与えてはくれなかった。
「ええぃ! まだ残党どもを制圧できんのかッ!」
「も、申し訳ありません! 思いのほか、残党どもの勢いが……裏手にも少数であるようですが敵の手が迫っているようで、その対処に……!」
「言い訳などいい!」
一方、先の戦闘と一転して攻められる立場に立ったベルンの武将であるスレーターは、リキア残党の思わぬ奮闘に冷や汗をかいていた。
国王であるゼフィールと二人の竜将が去った後、本格的な攻勢を仕掛けてきたリキアの残党を前にして、ある恐怖がその背をよぎる。
「このような無様をナーシェン様に知られたら……ひぃ!」
自軍の将が怯え、竦む姿を見て、士気を保つことのできる兵がいるであろうか? たとえいたとしても、少数であることは間違いない。
ベルン軍は自分で自分の首を絞め、リキア軍はそれを知らずとはいえ、その隙に快進撃を続けていた。
「アレン、道を開いて! ランスはその援護を!」
「「はい!」」
「ボールスは敵が後衛に行かないように道をふさいで、ウォルトはその援護を!」
何度目かのロイの指示に、騎士たちは機敏に応え、敵軍へと攻撃を加える。
そして騎士たちが前へ出たのと入れ替わりに後ろに下がった傭兵たちが、シスターであるエレンの下でその身を癒す。
「助かる」
「いえ、これが私の役割ですから」
エレンによってその傷を癒されたディークが、大剣を担ぎ直し、いつでも戦いに参加できるとアピールする。
それに続いて、戦士のワードとロットのコンビもまた、斧を構える。
「くっ!」
「アレン! 無茶をしないで戻って! ディークさん!」
「おうよ!」
ロイの呼びかけにディークもすぐさま答え、何度目かの最前線へとその身を投じる。
ロイも指示ばかりではなく、最前線で戦う者のフォローから、入れ替わりの隙をふさいだりと、忙しく立ち回る。
「戻ったよぉ!」
「オレの手にかかれば、この程度!」
遊撃にまわっていたペガサスナイトのシャニーと盗賊のチャドが、本隊に合流する。
例によってエレンに回復されながら、二人は己の戦果を報告する。
「お城の周囲の兵士は、ほぼ掃討し終わったよ。あと、別枠で城を攻撃してる人がいるみたい」
「ちょっと宝物庫の方に行ってきた。ベルンの本隊が、ここに戻ってこないとも言い切れないからさ。今のうちにってね!」
ロイは二人の言葉に頷き、前線のフォローにまわるように指示をする。
それと同時に、シャニーの言葉について思考を巡らせていた。
(僕たち以外にも、ここを攻めようと思う人が? 援軍を……いや、こっちの動きに呼応しているとすれば……!)
ロイは、まだ見ぬ友軍の思惑を予想し、相手が自軍の動きを予想しやすいように、場を整える。
「みんな、ペースを乱さないように!」
「了解です!」
今は安定しているが、今後変化してくるだろう戦況を前に、ペースを固定するのは困難だ。
それでも、ロイはやると決めた。その選択が正しいものだと信じて。
そして、ついにベルンの将と、あいまみえる。
「ま、負けはせんぞ……!」
「僕たちだって、負けるわけにはいかない!」
城を奪還されようとしているスレーターも、盟主がまだ生きているという事を信じて攻め入ったロイ達も、共に余裕なんてない。
玉座の間に控えていた戦士たちをワードとロットに任せ、ロイ達は敵将へと迫る。
「くらえッ!」
「終わりですッ!」
「ぬぅっ!」
アレンとランスの槍が先陣を切り、スレーターの厚い鎧を突き崩す。
ウォルトの矢がそれを追い、ディークの剣が盾を削る。
だが、それで終わるようなら、リキアはベルンにこうもやすやすと敗れはしなかっただろう。
「や、やられはせんッ!」
「なっ!」
「ぐっ!」
アレンとランスの槍は確かにスレーターの防御を削るも、致命傷には程遠い。ディークの剣は盾を突破できず、ウォルトの矢もその鎧を貫くには足りない。
ロイのレイピアなら、その厚い鎧の隙間を貫けるかもしれないが、スレーターの持つ槍との間合いの違いに、なかなか踏み込めずにいた。
だが、ロイだってアーマーナイトを相手取ればこうなることぐらい、最初から知っていた。
だからこそ、わざわざペースを固定し、この瞬間に友軍が駆けつけられるようにしたのだ。
「なぁっ!?」
敵将の驚愕は、援護があると確信していたロイの比ではない。その身に叩きつけられた炎弾は、厚い鎧など関係ないとばかりに踊り狂う。
そして、その炎によって生まれた隙を見逃すほど、ロイは未熟ではなかった。
「敵将は打ち取った! 僕たちの、勝ちだっ!」
その勝ちどきは戦場に響き渡り、生き残っていたベルン兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
こうしてロイ達は、アラフェンでの二度目の戦いで、辛うじて勝利を収めたのであった。
「……先程の援護、助かりました」
「いや、礼ならこっちのルゥに言ってくれ。俺は見ていただけだ」
「い、いえ! マークさんが居なければ、僕はここにたどり着けなかったですから!」
そそくさと辞退しようとするルゥに礼を言い、ロイは改めてマークと呼ばれた青年に向き直る。
「シャニーから誰かが裏に回っていると聞いていましたが……まさかたった2人だったとは……」
「まぁ、二人だけだったからこそ、ここまでたどり着けたわけだがな」
確かに、もしマーク達が大勢で駆け付けていれば、迎撃に出た人員は相当数になり、このタイミングで援護に入ることができなかったかもしれない。
「それはともかく、ヘクトル……様、はどこに? 行かなくてもいいのか?」
「あ、はい。それでは、申し訳ありませんが……」
「いい、早く行ってくれ」
そうしてロイを送り出したマークの下に、一人の老騎士が歩み寄る。
「やはり、マーク殿でしたか」
「マーカス……先程の戦いでは、見なかったが?」
「ええ、ある貴人を保護しておりましてな……なかなか前線には赴けなくての」
その言葉に、マークはマーカスの後方に立つ一人の女性に目をやる。
その女性に、マークは見覚えがあるような気がした。
「マーク殿……ぜひとも、あの方が誰に似ていると感じたか、聞かせていただきたい」
それは、あくまで確信を得るためのものであり、マークが彼女を見たことがあると知るが故であった。
「……ベルン王の妹、ギネヴィア」
「やはり、真であったか……」
「だが、なぜ彼女がここに……?」
「それは、私から話させてください」
機をうかがっていたのであろう。ギネヴィアがマーク達の会話には行って来る。そこで語られたのは、並々ならぬ決意であった。
「……戦争を止めたい、ね」
「止めたいではありません。止めなくてはいけないのです」
「気概は認めるが、それだけでは足りんよ」
結局、ギネヴィアですらゼフィールが戦争を始めた目的を知らないのだ。
いくらなんでも、情報一つ『世界の解放』だけでは、落としどころだって決められるものではない。
「どちらにしろ、リキアを立て直さなきゃ始まらないか」
「現状では、交渉のテーブルすら見えない状況ですしな」
相手に何を言うにしろ、交渉が始まった時にこちらが言葉を発せる状況になければどうしようもない。
そして、リキアを立て直すために必要な、最大のカードが……
「ロイ様……」
「ヘクトル、様は?」
「……亡くなられた」
今、失われた。
「……」
「……」
誰も、何も言えない時間が続く。だが、それも当然だろう。
オスティア候は、リキア同盟の盟主であり、八神将である勇者ローランの直系だ。
その大黒柱を失ったリキアという巨大な家は、もはや風前の灯と言って過言ではないだろう。
「それで?」
だが、その沈黙を破る存在がいた。
「それで、とは?」
「いや、アイツが何も言い遺さないなんてわけないだろう? なんて言っていた」
その言葉に、ロイは一瞬口ごもるが、意を決してヘクトルの遺言を告げる。
「僕に、オスティアに残る軍を指揮してほしい、と……」
「わかった。では、今この瞬間から、君がリキア同盟軍の将軍だ」
そんな簡単にと、ロイは思わずマークを見る目を険しくするが、そんなものはマークに通用しない。
「何と思おうが、やるしかないんだ」
「……わかっています。ヘクトル様にも、そう誓いました」
「なら、良い。……ああ、そう言えば」
「それと」
マークが何かを言おうとしたのを制し、ロイはヘクトルの遺言を続ける。
「マーク殿、貴方を頼るように、と」
「……いつから?」
「名前を聞いてすぐ……いえ、城の裏手に、同志がいると聞いた時から薄々と」
父であるエリウッドから、つねづね話は聞いていたというロイに、マークは降参のポーズをとる。
「まぁ、元々ヘクトルに頼まれていたしな。今更逃げ帰る気は無い」
「よろしくおねがいします、マーク殿!」
「逆ですよ、ロイ様。正式に御許で戦わせていただくのであれば……」
部下として低頭すべきはこちらである。そう続けようとしたマークであったが、それもまた、ロイによって阻まれる。
「いえ、父の戦友であり、僕の名づけの親でもある貴方を、どうして部下のように扱えるでしょうか?」
「では、戦友と……そう名乗らせてもらっても?」
「ええ! ぜひ!」
こうして軍師は、若き獅子と出会う。
そして、この出会いこそが、後に第二次人竜戦役と呼ばれる戦いの始まりとされることになる。