ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第18章「ジュトー総督府(後編)」

 西方三島総督アルカルドを撃破したリキア同盟軍であったが、これでジュトーを制圧したとは残念ながら言えなかった。

 総督府は未だに健在であり、その固く閉ざされた城門の内には、リキア同盟軍のはらわたを食い破らんと待ち受ける猛獣がいるのをロイは幻視するのであった。

 

(罠があることはまず間違いないだろうし、ここは一度体勢を立て直すのも手かな?)

 

 アルカルドを討ち果たしたことを区切りとして、一度仕切り直すべきかという考えがロイの脳裏をよぎったが、それもほんの一瞬の事。

 ロイは軽く頭を振り、アルカルドを打った勢いを殺すべきではないと考えを改める。

 

「破城槌の準備を! このまま一気に総督府を制圧する!」

「はっ!」

 

 この先には、最低でもアルカルドが必勝を確信するだけの敵が待ち構えているのだ。

 そう思うと、たとえ体を休める時間があったとしても気が休まる気がしないという、焦燥も確かにあった。

 しかし、それも頼りになる仲間たちが声をかけるまでの間だけであった。

 

「問題ありませんよ、ロイ様。罠があるとわかっているのなら、いくらでもやりようはあります」

「その通りですぞ! それにこの場にはマーク殿もパント殿も居られます故、たとえ本当に竜が現れようと何ら問題になりませぬ!」

 

 エルフィンとマリナスの言葉によって背を押されたロイは、その顔にわずかな笑みを取り戻す。

 それと同時にマリナスの言葉に含まれた妙な自信に気付き、その真意を尋ねるべくマークへと体を向ける。

 純粋に疑問に満ちた目を向けられたマークは少しだけ困った表情を見せるも、話すべき時期が来たのだろうと思い直し、ロイに一つの真実を語りはじめる。

 

「……いつだったか、エリウッドがデュランダルを手にする機会があったといったのを覚えているか?」

「えっと、確かオスティアを解放する直前にそんな話をしたような気がするかな?」

 

 当時はオスティアで起こった反乱への対処など他に気にすることが多すぎて半ば聞き流していたが、よくよく考えてみれば神将器を手にする機会などそうあるはずがない。

 それもオスティア家の面々ならばローランの直系という事でまだ理解もできるが、フェレ候エリウッドがとなればなおさらだ。

 そこまで考えが至れば、ロイにもマークの言わんとすることが想像できた。

 

「まさか……マークは父上と共に、竜と戦ったことがあるとでも言うのかい?」

「そのまさかだ」

 

 ロイはマークの言葉に驚愕に目を見開きつつも、ようやく納得がいったとでも言うべき感情を抱く。

 神軍師と呼ばれるマークであるが、その名声に反して彼がどの戦場に参戦し、どこの軍を指揮したといった記録はほとんど残っていない。

 かろうじてリキアの一部にマークの戦った記録が残っており、なるほどその戦果は素晴らしいものであったが、『指先一つで歴史を変える』とまで呼ばれるにはどうしても違和感が拭えなかったものだ。

 しかし、戦った相手が竜であったのならその評価も当然だろう。

 

(マリナスもその戦いを知っているからこそ、あんなことが言えたのか……)

 

 一瞬、自分だけが知らされていなかったのではないかと不安な気持ちになるが、そんなロイの心境を読み取ったのか、マークはあの戦いの事は極力語られないことになっていると、苦笑を交えながら付け足した。

 

「まあ、今はそんな事より、目の前の戦いに集中すべきだろう」

「……そんな事とは思えないけど、わかったよ」

 

 本当はもっと詳しい話が聞きたかったが、話をするのは後でもできると戦場へ視線を戻した。

 まさにその瞬間の出来事であった。

 ロイの視界を白い閃光が迸る。

 

「これはッ!?」

「サンダーストーム!? 城内に軍将クラスの敵がいると言うのか!?」

 

 現代において、神将器などのごく一部の例外を除けば最高位に位置する魔法を前にし、ロイはもちろんマークすら驚愕を隠せない。

 しかし、驚愕していながらもその思考はすでに完了しており、即座に対処法を口に出していた。

 

「城門の破壊を優先しろ! 敵は特別誰かを狙って攻撃しているわけではない! 城門付近にいるはずの我らに対し、あてずっぽうに魔法を放っているだけだ!」

 

 そう、少なくともマークの把握できる空間にいない以上、敵魔道士も同盟軍の場所を把握できる位置にいるはずがないのだ。

 つまり、相手は目隠しをしたまま魔法を放っているに等しいわけだが、それにもかかわらず完全な無駄撃ちになっていないのは、こちらの居場所が割と正確に予想されているからだ。

 

(くそっ、破城槌を扱う以上、どうしてもこちらは門の前に陣取らなければいけない……そこを狙われたら、命中するのも当然ってわけか!)

 

 だが、狙われる場所がわかるのならばまだ対処のしようはある。

 マークは即座にエレンとサウルへ、マジックシールドの杖を使用するように指示を出す。

 さらにマリナスも輸送隊に保管してある聖水を取り出すべくこの場を離れようとしたが、城門への攻撃を中断しない限りさすがに間に合わないだろうとロイが止める。

 最低限ではあるがサンダーストームへの対策を為し、城門へ更なる一撃を加えたのだが、ここで時の運はベルン軍へと味方をする。

 あとわずかで城門を破れるという段階になって、サンダーストームが破城槌に直撃したのだ。

 

「くっ、見えてもいないのにこんなピンポイントで……!」

「マリナス、ハンマーの用意を! ここからは効率が落ちるけど個人の武装で……!」

 

 思わぬ不幸に内心で舌打ちをしつつも新たな指示を出すロイ達であったが、その指示が実行されることは無い。

 それよりも先に動いた一人のアーマーナイトがいたからだ。

 

「ムチャかどうかは、やって見なければわからんでしょう!」

 

 周囲の制止を振り切り、引火した破城槌の杭をへと歩み寄ったガントは、こともあろうか人の丈の倍はあろうかという杭をたった一人で持ち上げて、城門を粉砕すべく投擲して見せたのだ。

 

「す、すごい……!」

 

 思わず感嘆の声が上がるほどに、ガントの一連の行動は凄まじかった。

 それこそサンダーストームによって一方的に攻撃されて下がった士気を取り戻すには十分なほどに。

 だから、あえて彼の行為に欠点を挙げるとすれば、城門を破った後の事を全く考えていなかったことだろう。

 

「門を壊せて満足してるなんて、私の大好物のパンケーキよりもオ・オ・ア・マ」

 

 破られた門の内にいたのはたった一人の魔道士であったが、それでも歴戦の戦士たちの心胆を凍りつかせるには十分な存在であった。

 彼女、ジェミーの頭上に掲げられた凄まじい密度の焔は、それがただの魔法ではない事を示して余りあるものであったのだ。

 だが、そこで勝利を確信したこと自体が、マークにとっては甘いと言わざるを得ない。

 

「エルファイアー10倍スペシャル!!」

「ニノッ!」

「はいっ!」

 

 そう、門を破壊した直後に来るだろう奇襲など簡単に予想できていた。

 最悪、竜のブレスが飛んでくると思っていたマークとニノにとって、いかに強大であろうと魔法程度なら何ら問題は無かった。

 ジェミーの掲げたエルファイアーが輝きを増すのと同期したかのごとく、ニノの垂直に伸ばされた手の先から漏れ出る紫電の激しさが増してゆく。

 それもただのサンダーではない。

 いぜんニノが謎の襲撃者から盗み取った集束魔法をさらにアレンジし、その手の内には3つのサンダーが集束、否、もはや圧縮された状態になっていたのだ。

 そして同時に放たれた業火と稲妻の槍は同時に放たれ、ここでマークにとっても予想外の事態が起こる。

 友の危機を救うべくして、一人の少年が大火球の前に飛び込んできていたのだ。

 

「っ! はじけてっ!」

 

 いち早く少年の乱入に気付いたニノは、せめて二つの魔法に挟撃されることを防ごうとサンダーにかけられていた集束術式を解除する。

 すると束ねられていた3つの雷撃はお互いが反発するかのように別れて少年から逸れて行ったが、当然それだけでは莫大な魔力が籠められたエルファイアーが消えることは無い。

 そのまま少年が炎に飲まるかと息をのんだニノであったが、少年はその予想すら覆し、眼前に迫る炎をその手に持つ剣で切り裂いて見せたのだ。

 

「なんと……!」

「無茶苦茶だ……」

 

 おそらく、通常の剣圧に落下の勢いを上乗せして成したのだろうとマークは推測したが、神業と評するより曲芸と言った方が的確だろうと感じる。

 少なくとも、真似をしようと思ってできるモノではない。

 その曲芸をやってのけた当人も、ジェミーが退却の際に牽制として放った魔法は回避していたので、偶然が味方をした再現性のないものと考えてもよさそうである。

 

「アル! 生きてたか!」

「あったりめーだろ、ガント!」

 

 無理な追撃をあっという間に諦めた少年アルは、無事な生存を祝うガントとの再会に和気藹々としている。

 比較的後方で回復役に勤めていたティーナも、戦友の無事を確認してその表情をほころばせていた。

 できる事なら、このままその喜びに浸らせておいてやりたいとマークも思わなくなかったが、ここはまだ戦場である。

 

「再会を喜ぶのは後にしておけ、戦いはまだ終わっていない」

「ん? お前誰だ?」

「ちょっ、アル!?」

「……マークだ」

「そうか、オレはアル。よろしくな!」

 

 満面の笑みを浮かべて手を差し出してくるアルに、マークも苦笑しつつ手を握る。

 その後ろでは、アルと共に戦場に駆け付けた剣士キルマーがかつてのレジスタンス仲間に歓迎されていたが、それも長くは続かない。

 一度は逃げ出したジェミーが、再び戦場へと出てきたからだ。

 

「エトルリアの雑魚に勝って、楽しんでいられるのもここまでよ! ここからアンタ達は蹂躙される側になるんだから!」

「何だよ、逃げ出したくせにえらそーにして!」

「やかましいわよ! あれは戦略的撤退ってゆーのよ!」

「逃げたことに変わりは無いだろ!」

「あーもう! うるさいうるさいうるさい! いいわ、その減らず口もう二度と聞けないようにしてやるから! ノイン、ツェーン、エルフ、あんた達の出番よ!」

 

 アルの挑発に乗ったジェミーは、出し惜しみすることなく最大戦力をすべて投入してくる。

 はた目から見ればただのローブをかぶった老人であるが、見る者が見ればそれが何なのか簡単に理解できた。

 

「ま、まずい……奴が竜に!」

「なんだって!?」

 

 数少ない実物を見たことがあったガントが周囲に呼びかけるが、今更知ったところで手が打てるはずが無かった。

 いや、竜という存在を知っていたマーク達も手を出さなかったことから、竜になる前に手をうつというのは実質不可能なのだとすぐに理解できた。

 そうして城壁の一部を崩しながら現れた3体の竜は、自らの存在をロイ達に見せつけるかのように咆哮をあげる。

 

「これが……竜……!」

「アルタ城の奴よりずっとでけぇ!」

 

 あまりの巨体に、強大な力。あまりある存在感に思わずロイ達も目を見開きその威容を見上げる事しかできなかった。

 そんな絶望に飲まれそうになる若人たちの前に躍り出るのは、かつて銀の魔導軍将と呼ばれし1人の大魔道士である。

 

「ふむ、たしかに凄まじい力だが……あの時ほどの絶望は感じないな」

「何を言って……!?」

 

 ロイ達を背に庇う形で前に出たパントの顔に浮かぶのは、まぎれもない勝利を確信した者のそれである。

 そのことを訝しむジェミーであったが、次の瞬間にパントから噴き出た魔力に絶句させられる。

 

「『業火の理』」

 

 先程ジェミーが放ったエルファイアーを遥かに凌ぐ魔力が籠められた炎は、まさしく神話の時代のものと確信が持てた。

 あれは駄目だと。

 たとえ竜であっても、否、竜だからこそあの大魔法の前に生き残ることはできないと理解させられる。

 そしてついに最後の一言が紡がれ、その力が形を成そうとしたまさにその瞬間であった。

 

「っ! パント殿、伏せてっ!!」

「ッ!?」

 

 突然のロイの叫び声に反応して、パントは咄嗟に魔法を中断してその身を大地へと投げ出した。

 その直後、先ほどまでパントが居た空間を1本の矢が迸った。

 

「パント様!?」

「まさか、狙撃だと!?」

「ウォルト、敵の位置はどこ!」

「おそらくあの尖塔です!」

 

 絶妙なタイミングの狙撃を何とかしたロイ達であったが、その衝撃は確かに彼らの思考をかき乱し大きな隙を作ってしまう。

 だが、受けた衝撃で言えば確実にジェミー達の方が大きかった。

 

「(なんで今の一撃を避けられる!?)」

「何で狙撃がわかったのよ!?」

 

 ロイ達の意識は、完全に眼前の竜たちに集まっていたはずで、さらにパントの出す殺気に狙撃手であるジャックの殺気もまぎれていたはずだ。

 気付ける要素など欠片もなく、今の一撃はまさに必殺であるはずだった。

 それを直前で察知したロイをジェミーは睨みつけるが、こんなところで敵に情報を渡すマークではなかった。

 

「さあ、勘じゃないか?」

「ふざけるな!!」

 

 凶悪な笑みに飄々とした口調で告げられた言葉は、まさしく挑発以外の何物でもなかった。

 故に、ジェミーは決して真実に届かない。

 先程のロイの警告が、本当にただの勘によるものだという事に。

 

(いや、ただの勘というのも間違いか……)

 

 ジェミーを挑発しつつ思うのは、ロイの母親であるニニアンの持っていた不思議な力の事だ。

 彼女とその弟は、なぜか自分や親しい人たちに迫る危機を感じ取ることができたのだが、まさかロイがその能力を継いでいたとはマークも思ってもいなかった。

 

(この力があれば、奇襲なんかを受ける可能性も……って、今はそんなこと考えている場合じゃなかったな)

 

 思わず今後の展開について思考が飛びそうになるのをこらえて、マークは再び竜を攻略すべく策を巡らせる。

 

「パントは狙撃に十分注意しつつ、フォルブレイズを使う隙を探ってくれ!」

「了解した!」

「バースたち重騎士は辛いだろうが、竜の攻撃を後衛に通さないように盾になってくれ!」

「問題ありません。それが我らの役目ですから!」

 

 おそらく、ラガルトからベルンに情報が流れたのだろうか。パントの神将器を封じられたのは痛いが、この程度はまだ想定内だ。

 

「フラン達騎馬隊は竜の撹乱をして、決してアイツらに連携を取らせるな!」

「わかりました!」

「ディーク達は城内に攻め込んで、狙撃手を排除してくれ!」

「おう! 任せろ!」

 

 竜が3体もいたのは想定外であったが、本物ではなく『戦闘竜』であったから許容範囲内と言って構わないだろう。

 

「ウォルトたち弓兵はあの女魔道士の牽制を、リリーナ達魔道士は竜の牽制を任せる」

「はい! 決して竜討伐の邪魔はさせません!」

「牽制だけでなく、倒せるのならやってしまっても構わないでしょう?」

 

 そして、パント達経験者の持つ余裕が周囲に伝播して、竜に過剰な警戒を抱かなくなったのはマークの予想以上と言って過言ではない。

 

「がはははは! ここであったが100年目! このわしの成長を貴様で試してくれようぞ!!」

「おいおっさん! 抜け駆けなんてさせねーぞ! こいつは俺の得物だ!」

 

 さらにわざわざ命令を出すまでもない、過剰なまでにやる気を出しているバアトルやダンのような高い攻撃力の持ち主が居れば、まず勝ちは揺るがないだろう。

 しかし、やはりベルンも並大抵のものではなく、たとえ竜であろうともマーク達が相手ならば苦戦は免れないという程度の事は予想されていた。

 そしてそれは、ダンが竜の頭を派手にかちあげた時に示された。

 

「ん? まさか……回復してるだと!?」

「杖使い……それもリブローを使う手練れが潜んでいるのか!?」

 

 ジェミーとも違う誰かが竜たちを援護し始め、戦場は一気に混沌さを増してゆく。

 類稀なる強敵相手に苦労してようやく与えたダメージが瞬く間に治癒されるとなれば、兵士たちの士気もあっという間に下降しかねない。

 そして、士気が落ちてしまえば戦況などあっという間に傾いてしまうのが戦いというものだ。

 故にロイは決断する。

 

「僕も前に出る! マーク、後は頼んだよ!」

「おい、ロイ!」

「ロイ様!?」

 

 マークとイサドラの制止を振り切り、ロイは竜と戦うかもしれないと聞いた時にエキドナから譲られた切り札を手に最前線へとその身を投じる。

 その切り札の名は『ドラゴンキラー』。

 竜を倒す為だけに作られたその刃は、均衡していた戦局を一気に同盟軍へと傾けた。

 だが、将が前に出て発生するのは利点ばかりではない。

 将が討たれてしまえばそこで終わりという、利点以上の危険が存在しているのだ。

 

「貴方達、その赤髪を狙いなさい! アイツさえ倒せば、私達の勝ちは確定するんだから!」

 

 そのジェミーの命令に反応した戦闘竜たちが、突如として今までとは全く違った動きを見せる。

 ただただ翻弄されるばかりだった竜たちが見せたその変化に、多くのものが取り残されてしまい、その牙がロイへと向かうのをただ見ていることしかできなかった。

 そう、それは裏返せば、少なくとも反応できたものもいたという事である。

 

「どうした、俺が相手では不満だったのか?」

「いくら竜が強いったて、弱点が無いわけじゃないんだろ!」

 

 竜たちの間を踊るように舞い戦っていたキルマーの剣閃が、1体の竜の目を串刺しにする。

 そしてその痛みに思わずの雄たけびをあげる竜の腹を、アルが狙い澄まして切り裂いた。

 

「ロイ様を討つというのであれば、その前に私を倒して行きなさい!」

 

 ロイに喰らい付かんと迫ってきた竜の頭部へと思いっきり突撃しながら、マーカスの後を継いだイサドラが吠える。

 

「アンタに焼かれた仲間の恨みだ! よそに手を出すんなら、その前にこっちの落とし前着けていきな!」

「お代はテメェの首でいいぜ? 竜の首ともなれば立派な魔除けくらいにはなるだろうさ!」

 

 今日までに焼かれた西方の村々に手を下したのがこの竜だったとわかり、いつになく気合十分なエキドナとダンが巨大な戦斧で腕を切り飛ばす。

 3体同時にそれなり以上のダメージを受けた結果、もはや回復が間に合わない。

 特にエキドナ達が攻撃した竜はダメージが深く、杖使いも諦めざるを得なかった。

 

「これで、とどめだ!」

 

 そこへロイがドラゴンキラーにて追撃を加え、ついに竜の1体の撃破に成功するのであった。

 

「そんな……こんな事って……」

 

 その様子を見て、ジェミーは一人青ざめる。

 3体もの竜に、高位魔道士による援護を加えてなおただ一人も幹部級を倒せないだなんて、ありえないと叫んでしまいたかった。

 だが、良くも悪くも現実から逃避してしまえば命が無いと知っているジェミーにはそんなことができる筈もなく、即座に撤退すべくその場を後にしようと踵を返した。

 

「どこに行こうってんだい? お嬢ちゃん」

「っ!?」

 

 そこへ、部屋の片隅から男の声がかけられた。

 いったいいつの間に侵入を許したのかと慌ててそちらに振り向けど、人影など欠片も見当たらない。

 

「誰……いえ、どこにいるの!?」

「ここだよ、ここだってば」

「っ!?」

 

 続いて聞こえた女の声に振り向いてみたが、やはり人影は見当たらない。

 一瞬背筋が凍るような怖気を感じたジェミーであったが、こんなところで弱音を吐けるはずがない。

 震え上がりそうになる心を叱咤して、姿の見えない誰かに怒鳴るように声を叩きつける。

 

「姿を見せなさい!」

「出て来いって言われて、出ていける身ならそうするんだがねぇ」

「嘘ばっかり。最初っから姿を見せるつもりなんてない癖に」

「そこかっ!」

 

 もはや居るかどうか確認すらせずに魔法を放つジェミーであったが、姿が見えない相手に当てられるはずが無かった。

 声が聞こえる以上この部屋のどこかにいるはずだと視線を巡らせるが、どこにもその姿は見つけられなかった。

 

「……まあ、マークさんに感謝しときな」

「別に殺しちゃってもいいとは思うんだけどね。マークさんがどうやって竜を従えていたのか知りたいって言うから、特別に生かしておいてあげるわ」

「え?」

 

 再度声のした方向に魔法を放とうとしたジェミーであったが、次の瞬間体のバランスが保てずに床へと倒れ込んでしまう。

 

「ま、さか……どく?」

「あったり~。まあ、死にはしないから安心して眠りな?」

 

 最後に聞こえた女の声を皮切りにジェミーはついに意識を保てなくなり、その視界は暗闇に沈むのであった。

 そして、狙撃手であるジャックの方もこれ以上の戦闘は無意味であると持ち場から一目散に逃げ出していた。

 

「まさか、これ程とは……」

 

 神将器を扱うという銀の魔道士への初撃すら躱され、碌に仕事ができなかったと嘆く暇もない。

 かろうじて情報を持ち帰るということぐらいは出来そうだが、あんな化け物相手にどうやって戦えばいいのかと思わず自嘲がこぼれそうになる始末である。

 

「だが、諦めるなんて道は無い」

 

 今回4人で西の果てまで来たのも、全てはラガルト達黒い牙のメンバーに認められたいが故の行動だ。

 ここで諦められるようならば、最初から行動に移したりはしなかっただろう。

 ジャックは改めて決意を固め、追っ手の傭兵たちを足止めする罠をいくつか設置しつつ仲間たちの下へと走る。

 その先にこそ、自分たちの求める未来があると信じて。

 

 

 

 終わってみれば、何とか大きな被害を出すことなく済ませることができたとロイは胸をなでおろす。

 もっとも、戦後処理が終われば山ほど説教があると目で語るイサドラの方を真正面から見返すことができないあたり、自分でも無茶をしたという自覚があるようであったが。

 

「それにしても、すごかったな……」

「何がだい?」

「パント殿……」

 

 独り言のつもりの呟きが拾われてしまったことにわずかな驚きを感じたが、その相手がパントであった故に驚きは一瞬で納得に代わってしまう。

 

「いろいろ、ですかね」

「ふむ、確かに今回の戦いはいろいろあったからね」

 

 エトルリア兵を死兵にしたベルンの手腕もあるかもしれない。

 即座に敵の策に対処したマークも、その真意を看破したエルフィンも含まれるだろう。

 初めて見た竜はもちろん、その竜を翻弄する策を忠実に実行できた自分にも戸惑うし、狙撃手が居なくなった後に放たれたフォルブレイズにも圧倒された。

 あまりにも多くの出来事があり、半ば放心するロイに配慮して、パントはイサドラ達に倣ってしばらく彼を一人にしようと彼の下を離れる。

 するとそこへ、ある意味見慣れた顔が近づいてきた。

 

「……なあ、アンタひょっとして『銀の魔導軍将』か?」

「ずいぶんと古い名前を知っているんだね。そういう君は誰だい? この軍の人じゃないだろう」

 

 鮮やかな緑の髪の少年は、少し吊り上った瞳を除けばルゥにそっくりであった。

 

「……レイ」

「そうか、レイ君か。それで、私に何の用かな?」

 

 その名を聞いて、やはりという思いがパントの胸中に満ちる。

 それとともに、その口調や態度、姿勢から今は余計な事を言うべきではないとも感じていた。

 

「…………おれに、魔法を教えてくれ! 突然だし、おれは闇魔道士だから何言ってるんだって思うかもしれないけど! おれは……」

 

 おそらく、先ほどの戦いの最中フォルブレイズを見たのだろうと、パントは予想する。

 あの魔法は確かに理魔法であるが、魔法の頂点の一つである以上魔道士にとって無視できないものに違いは無いからだ。

 パントだって昔から闇魔法や光魔法の魔道書も読み漁っていたから、例の気持ちも理解できないわけではなかった。

 それに、目の前の少年とその母親に対するお節介な気持ちも存在した。

 

「そうだね、一つだけ条件を飲むのならいいよ」

「……条件?」

「そう。たった一つ、『途中で逃げ出さない』こと」

「それだけか?」

「ああ」

 

 だからこそのこの条件。

 もっとも、単なる口約束に過ぎないわけだが、もしかしたらこの言葉を言い訳にしてくれるかもしれないと、そう思って口にしたのだ。

 こうしてパントが新しい弟子を迎え入れたのだが、それに並行して同盟軍に凶報が届けられる。

 

『ベルン内通勢力により、エトルリアに反乱勃発。王都は反乱軍によって制圧された』

 


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