エブラクム鉱山の解放を無事に済ませたロイ達は、島の人々を救うためにジュドーにある総督府を目指し進軍を始める。
レジスタンスや遊撃軍を吸収して戦力を増した同盟軍であったが、今度の敵は西方三島にあるエトルリアの最前線基地と言って過言でない場所である以上油断や慢心する余裕などあるはずがない。
そんな中、マークはエルフィンを従えながらロイやマリナスと共に次なる戦いの準備に追われていた。
「兵糧関係はギリギリだな。やはり、現地での補給ができないのは痛い」
「武具も少し心もとないですな。レジスタンスの合流は戦力的には大変ありがたかったが、物資を管理する立場から言わせてもらえば少々厄介と言わざるを得んのぅ」
「せめてもの救いは、兵士の心身の状態が良好なことぐらいかな?」
「……」
同盟軍の現状を記した書類を確認し終えたマーク達は、お手上げだと言わんばかりに天を仰ぐ。
ただエルフィンだけは合流したレジスタンスを率いた一人として、またエトルリアの王子として同盟軍に負担をかけていることを申し訳なく思う。
もちろん、マーク達はエルフィンを責めたいわけではない。
単純な現状把握と、そうなった原因をしっかり把握しておく必要があると言うだけの事だ。
そして、それがわかるからこそエルフィンも意味のない謝罪などせずに課された役目を黙々とこなしていたのだった。
だが、今まさに行なっている作業に思うところが無いわけでもなかった。
「……必要な事だと理解はしていますが、それでも意外ですね」
「何がだ?」
「神軍師とまで呼ばれた貴方が、何の変哲もない業務を行っていることがです」
今行なっている業務が必要な事だと言うことぐらい、エルフィンにだってわかっている。
だが、それでもなお『神軍師』がそこら辺の軍師と何ら変わらない作業をしていることに違和感を覚えずにはいられなかったのだ。
「特別といわれる人物には、その特別を支えるだけの土台があるものだと思っていました」
「特別、ねぇ……」
エルフィンの言葉にわずかに目を細めたマークは、心の中だけでその考えに同意する。
確かに今は特別何かをしているわけではないが、過去においてはその限りではないのだ。
だがそれを口にすることは無く、マークはいつだったかランスに教えた『一人遊び』をエルフィンに伝えるにとどめるのであった。
「なるほど、自軍だけでなく敵軍の立場で考える事にも慣れておられるからこそ、有効な策が瞬時に出てくるわけですか」
「当時の俺にとっては、本当にただの一人遊びだったんだが……」
感心するエルフィンを苦笑しつつ眺めるマークであったが、せっかくだからと課題を出すことにした。
とはいえランスに出したフェレ城の見取り図を出せるはずもなく、マークが取り出したのはまた違う場所のものであった。
「これは……まさか、ジュトーの総督府の見取り図ですか!?」
「ああ、パントから預かった」
「……リグレ公爵なら、それぐらいできるでしょうね」
まさか他国の軍から重要拠点の見取り図が出てきたことに驚愕したエルフィンであったが、その出所に思わず全身の力が抜けていく。
確かにパントならば見取り図を入手できるであろうし、戦友であるマークに渡していてもおかしくないだろう。
ため息を吐くエルフィンの様子を視界の端に映しながらも、マークは次なる行動の準備を進める。
「それでロイ、アルマーズの封印の地へと向かわせる人員についてだが……」
「うん、やはり斥候兵を何人か向かわせるのが一番かなと思っているんだけど、どうかな?」
「……封印の地の詳細を知っていて、実力のある斥候に一人心当たりがある。そいつに行かせよう」
「まさか、一人だけで!?」
マークの物言いに驚くロイであったが、続けられた理由は確かに反論しにくいものであった。
「人数が少ない方が目立たないし、何より頭一つ抜き出た実力者だからな。下手な同行者では、足手まといになりかねない」
「しかし、もし戦闘にでも巻き込まれたら……」
「巻き込まれないために、斥候を選んだんだろう?」
確かに、神将器より西方の民を優先した時点で、戦う事は想定から外れている。
一人の方がかえって安全というのであれば、これに反対する道理はないだろう。
ロイが渋々ながら納得したのを確認したマークは、さっそく件の密偵へと声をかける。
「マシュー!」
「ここに」
「えっ!?」
ただ一声マークが呼んだだけで、この場に駆け付けたその素早さに思わず驚嘆するロイであったが、なんてことはない。
マシューは次の指示を受けるべく最初から近くの陰に身をひそめていただけなのだから。
「目的は封印の地の確認であり、アルマーズの回収に固執する必要はない。別の勢力が持っていくのならそれでも構わないから、その情報を持って帰ることを最優先にしてくれ」
「……了解しました」
マークの指示に対し、マシューも思うところが無いわけではない。
何せアルマーズは、ヘクトルが20年前の戦いに使用した神将器なのだ。それをたかが賊が手にするなど、決して許容できるものではない。
そして、その気持ちが理解できるからこそ、マークはマシューに対し更なる釘を刺すのであった。
「無茶はしないでくれ。これ以上、かつての戦友たちが死んで逝くのを見たくないんだ」
「わかってますって。ほら、俺ってば戦いは他の奴に任せて、自分はきっちり裏方の仕事をやるってのがモットーですから」
「……そうか」
かつての座右の銘を持ち出すマシューに若干の不信を残しつつも、その言葉を受け入れたマークは黙って戦友の出立を見送ることしかできなかった。
そのようにマシューを見送ったマークは、ロイ達の前を辞して軍の把握に、すなわち、新たに合流した仲間たちの様子を見に足を向ける。
特に、タニアの公女はリキアにいたときも一切接触を持てなかった人物であるため、一応挨拶は済ませているが、より細かい人となりを確認しておきたかったのだ。
そうして接触した公女ティーナと騎士ガントであったが、幸いなことに危惧していたような性質の人物ではなかったようである。
(体を見る限り、腰に吊った細剣もただの飾りじゃなさそうだし、レジスタンスとの行動で体調を崩していたようにも見えない。……ヘクトル寄りの気質かね?)
女性に対して若干失礼かもしれないが、あながち間違いではない感想を抱きつつ、マークはティーナに対する印象を固めていく。
「しかし、セシリア将軍宛の手紙でリキアから調査が来るとは思っていなかったな」
「ウチのバカが名乗りを上げてしまいまして……」
「バカ?」
そんなティーナの砕けた物言いや憤った表情を見る限り、そのバカとやらは極めて身近な存在なのだろうが、後ろに控えるガントはそのような勝手をしでかすような人物には見えなかった。
疑問符を浮かべるマークに対し、ティーナはわずかな不安を押し殺し、平静を装って言葉少なく答える。
「島へと渡る船から落ちました」
「そりゃまた……ドジな子だねぇ」
思わず苦笑を漏らしたマークであったが、ティーナ達が心配しているのもよくわかったため、すぐに表情を引き締める。
もっとも、仲間が死んでしまったかもしれないと言う話を聞いてなお苦笑を漏らしてしまったのは、ちゃんと生きていた前例を知っていたからだ。
「悪い。だが実際、もっと遠くの海に落ちたのに生きて流れ着いた奴もいるわけだし、そこまで不安に思う必要はないだろう」
「生存者がいるんですか!?」
「ああ……って、知らないのか? アイツは今、レジスタンスの特攻隊長やってるだろう?」
「ダンさんですか?」
この言い訳への食いつきようを見て、マークは内心で頭を抱える羽目になった。
(知らなかったってことは、エキドナ達が話すべきでないって判断したってことで、さらにダーツではなくダンって名乗っているってことは……)
嫌な予感を覚えつつも、逸るティーナとガントを押しとどめることもできず、マークは2人の後に続き、エキドナとダンの下へと向かう事になる。
そして、そこで聞かされたのは嫌な予感そのままの事実であった。
「記憶喪失だと……!」
「そんな……」
「……お前、ひょっとして記憶を失いやすい体質なんじゃないのか?」
かつて海岸へと打ち上げられていたところを助けられたダンは、エキドナ達によって一命こそ取り留めたものの、その代償として記憶を失ったと言うのだ。
あまりもの事実に、思わず目の前が闇に閉ざされたような錯覚を覚えたティーナ達であったが、マークのため息交じりの言葉にわずかな光明を見出す。
もっとも、ダンから言わせてみれば言いがかりも甚だしい。
「そんな体質あってたまるかよ!」
「……以前あった時も、お前は記憶喪失だったんだが?」
「えぇ……!?」
そんなまさかとかぶつぶつ言いだしたダンであったが、そんなダンの事を放って、エキドナは当然の疑問を口にする。
「ところで、こいつは西方に流れ着く前はどんなことしていたんだい?」
「……海賊」
一瞬言葉に詰まったマークであったが、あえて黙るような事ではないかと思い直して正直に告げる。
事実、一瞬ぎょっと目を見開いたエキドナ達であったが、すぐにただの海賊ではなかったのだろうとあたりをつける。
何せ神軍師であるマークの知人だったのだから、一言で海賊と言っても事情があるのだろう。
「リキアのとある港町を拠点とした海賊団の一人で……あえて別の表現をするのなら、海の自警団かな?」
「どうしたら海賊が自警団なんて表現に繋がるんだい?」
「住民が領主に訴え出ることが無い位だからかな」
要するに、勝手に護衛して無理やり金を取る、性質の悪い傭兵といった所だろうか。
もっとも、商品の一部や金を払ってさえいればよその海賊などから守ってもらえるし、次回の回収をするために一定以上の要求をされることも一切ないので、海賊と呼んではいるが海上ではそれなり以上の信頼と信用を得ていたという事も付け加えておくべきだろう。
「……そいつら、何とか西方に呼べないかい?」
「西方開発にか? 流石に戦後の事業にまでは口を出せんよ」
「そいつは残念だね」
エキドナの今後の展望を聞いても、マークには肩をすくめることしかできなかった。
そのようにマーク達が友好を深めている中、オルドとアレンは野営地の真ん中で言い合いをしていた。
「だから、離せと言っているだろう、アレン!」
「嫌だ! 貴様のペースに合わせていたら、いつまでたってもランスの下にたどり着かんだろうが、オルド!」
ギリギリと全力で腕を引く二人であったが、いいかげん不毛と感じたのかアレンが問いかける。
「なぜそこまで頑なに拒否するんだ!」
「お前に引きずられていけば、俺の意志ではなく無理やり謝罪させられたようにしか見えんだろうが!」
その言葉に正当性を感じてしまったアレンは思わず腕の力を緩めてしまい、その隙にオルドはアレンの腕を振り払う。
だが、さすがにここまでアレンに心配させてはこれ以上引き延ばすことはできないと感じたのか、逃げることは無かった。
「……逃げていたと言われれば否定できんが、俺はできるだけ対等な立場で謝罪がしたかったんだ」
「どういう意味だ?」
それでも、つい言い訳が出てきてしまったあたり、オルドもこの件に関しては相当参っていたのだろう。
「ランスがオスティアで負った怪我が治ってからと、そう思っていたという意味だ!」
「……」
思わず言葉を失ったアレンであったが、オルドにとっては重要な事だった。
健全な精神は健康な肉体に宿るという言葉もある以上、怪我をして健康とは言えない状態のランスが常のような精神状態とは限らず、そんなときにランスと向き合うのが怖かったのだ。
だが、ランスの完治を待たずに同盟軍は再び戦場へと向かう事になり、オルドはずっと謝罪の機会を失う羽目になった。
「……お前、馬鹿だろう」
「……」
自覚があるのだろう。オルドは反論一つできずに、バツの悪そうな顔でそっぽを向くことしかできなかった。
だがその瞬間、オルドの体が硬直した。
さて、思い出してほしい。この場所がどこであったのかを。
「……」
「……」
野営地の真ん中でフェレ騎士同士が揉めていれば、当然同僚へと仲裁を求める声が届くであろう。
そして、その同僚がこの場に駆け付けるのに、そう大した時間がかかるはずもない。
つまり、この2人の騒ぎにランスが駆け付けるのはもはや必然と言っても過言ではなかったのだ。
「……いつからそこにいた?」
「……アレンが『なぜそこまで頑なに』と言っていたあたりからだ」
「ほとんど全部じゃないか……!」
思わず天を仰ぎ額に手をやるオルドであったが、事ここに至っては腹を括るしかないと覚悟を決める。
オルドは姿勢を正してランスへと向き直り、深々とその頭を下げた。
「ランス、これまでに投げつけた暴言の数々、本当にすまなかった」
「謝罪など……」
「いや、そういうわけにもいかない」
「……顔を上げてくれ、オルド」
先程の会話を聞いていたとはいえ、この端的で突然の謝罪に驚かないわけではない。
だが、返す言葉は最初から決まっていた。
「私がフェレに来て最初に出来た友人はオルド、君だった」
「……」
「そんな君が突然変わってしまったことに、確かに最初は驚いたさ」
オルドの豹変に驚き悲しんだランスであったが、そのオルドの言う『暴言』については、すぐに気にならなくなった。
「オルド……君は暴言と言ったが、その言葉には理不尽なものは無く、私の至らない点に対する指摘ばかりだったではないか」
「だが……!」
「いや、こんな理由も、そもそも必要ない」
反論しようとしたオルドの言葉を遮り、ランスは決定的な言葉を口にする。
「私にとってオルド、君はずっと友人だ。そんな友人が真摯に謝罪しているのに、これを受け入れない理由があるだろうか?」
「……ありがとう、ランス」
「やれやれ、ようやくか……」
どうにか和解した2人を見て、アレンが肩の荷が下りたとばかりに一息つく。
もっとも、それもわずかな時間に過ぎなかった。
「さて、お前らが和解したところで本題に入ろうではないか」
「む……竜牙将軍対策か?」
アレンの発言に、ランスとオルドも即座に反応する。
つい先日現れたベルン王国の最高戦力への対策は、おそらくリキア同盟軍に所属する誰もが必要だと感じたはずである。
「戦いの中経験を積んで行けば、ある程度差を詰めることはできるだろう。だが、それだけでは足りないだろう」
「ああ……戦う事が出来るようになるだけでは足りない。戦って、勝てなければ意味がないからな」
「そこでだ! 俺たち3人で、格上に勝つための技を練習したいんだ!」
「……3人でとなると、まさか!」
アレンの言わんとすることを理解したランスが目をむくが、それを無視して高々と宣言する。
「イリアの天馬騎士の秘技であり、オスティアの重騎士達が模倣した三位一体の必殺技、トライアングルアタックだ!」
「あ~、それは無理じゃない?」
「なっ、ファリナ殿!?」
力強く言い切ったアレンの横からひょっこりと現れたファリナは、若き騎士たちの無謀を諌めるべく、とりあえず思いついた穴をいくつか指摘する。
「まず、そもそも訓練にそれほど時間取れないでしょう?」
「確かに取れる時間は少ないかもしれないが……」
「あれって動きだけならともかく、位置取りとかタイミングとか割とシビアだし、戦場で使おうと思ったら訓練に数年かかる事だってざらだかんね?」
ファリナも高位の天馬騎士であり、トライアングルアタックも習得しているが、ティト隊の面子と組んですぐにできるかと問われれば、否と答えざるを得ないのだ。
そんな超絶技巧に戦時中に挑もうなど、無謀にもほどがある。
先人にそのように指摘されてしまっては黙るほかないアレンであったが、そんな様子を見たファリナはにんまりと笑みを浮かべる。
「ただ、それはアンタ達が独力で頑張ろうとした時の話よ」
「と、いうと?」
「この『すご腕』のファリナ様の手にかかれば、半年以内にものにさせてやれるわよ!」
「……つまり、ファリナ殿が我々に指導してくださると?」
先程アレンも言ったが、トライアングルアタックはイリアの秘技だ。それを教えると言うファリナに、オルドは若干の警戒を覚える。
だが、そんな不安を吹き飛ばすかのように、ファリナはフェレ騎士たちに向かってある条件を突きつけるのであった。
「もちろん料金次第で、ね」
「ぐっ……」
ある意味当然の代価の要求ではあるが、アレンたちにとっては些か答えることが難しい要求であった。
もちろん、アレンたちも自前の資金が無いわけではない。
しかし、その資金もイリアの秘技の代価とするにはあまりにも少ない。
その一方で、代金を払うだけでイリアの秘技を教わることができるなんて機会は、この先二度とないと確信が持てた。
この機会を逃さないために、無い袖を振るにはどうすればいいかとアレンたちが悩んでいれば、そこに呆れを隠さぬマークがやって来た。
「変わらないな、ファリナ」
「げっ、マークさん……」
まずいところを見られたとばかりに後ずさるファリナであったが、次の瞬間にマークが取り出した槍を見て目の色が変わった。
「こんなもんまで持ち出してるの!?」
「神将器も集めているんだ。こっちを持ち出すのも当然だろう」
その槍は、マークが『魔の島』より持ち出したレークスハスタだ。
そんな神将器に迫る力を持った槍をこの場に持ってきたマークの思惑を計るファリナであったが、このタイミングであれば理由など一つしか思い浮かばなかった。
「まさか、これを対価にトライアングルアタックをこの子たちに教えろって言うの?」
「不満か?」
「……ねぇ、最初から私に渡すつもりだったんじゃないの?」
「聞こえんな」
とぼけるマークに口をとがらせるファリナであったが、傭兵として対価を得た以上手を抜くこともできなかった。
「りょーかい。……それにしても、ワレスさんやイサドラさんじゃなくてよかったの?」
「あの二人の配置は基本的に最終防衛線だからな」
念のための確認も、たった一言で切り返されればもはや躊躇はない。
ファリナはマークからレークスハスタを受け取り、その手に馴染ませるかのように軽く振るう。
「……やっぱり、ちょっと重いね」
「ちょっとで済むあたり、あの頃より強くなった証じゃないか?」
「何だろう、このモヤモヤは……傭兵としては褒め言葉なはずなのに、一発位ぶん殴りたくなるこの気持ちは」
「一応大怪我負った直後だし、殴られるのは勘弁だぞ?」
本気で殴られてはかなわないとさっさと逃げるマークに対して、モヤモヤする気持ちをぶつけ損なったファリナは、さっそく行なったフェレ騎士たちの訓練でその鬱憤を晴らすのであった。
リキア同盟軍がそのように心と体を休めながら、それでいて迅速に軍を進める中、ヴァイダは本国へ帰るための補給を受けるためにジュドーの総督府へと立ち寄っていた。
そして奇遇というか当然と言うべきか、同時期に西方を訪れていた竜騎士たちと顔を合わせることになったのであった。
「あぁ? ギネヴィア殿下の親衛隊がなんでこんなところに居るんだい?」
「ヴァイダ殿! いえ、殿下がリキア同盟軍と行動を共にしているという情報を手に入れ、確認に訪れたのです」
「残念ながら情報が古かったようで、ギネヴィア様を見つけることはできませんでしたが……」
親衛隊長であるミレディと、同じく親衛隊の副隊長を任されている竜騎士ベルアメールの答えに、ヴァイダは同盟軍との接触を思い起こす。
確かに、あの場ではギネヴィアの姿は見られなかった。
では、あとギネヴィアがいる可能性があるのはどこかと考え始めたその時、ミレディたちに同行しているゲイルが口を挿んだ。
「リキアの内通者であるセム侯からも有益な情報は無かったですし、あとの候補はエトルリアの軍将あたりに匿われているのではないかと思われます」
「へぇ……まさか、その考えを言い訳に軍将を討とうとか考えているのかい? それだけの功績があれば、リキア攻略に失敗したナーシェンの奴を蹴落とせるだろうさ」
「それこそまさかですよ。俺は今の地位で十分満足していますので」
「ふん! そういうところが気にくわないんだよ!」
常にゼフィールの役に立つために全霊を傾けるヴァイダだからこそ、ゲイルの『現状で十分』と歩みを止めてしまったことがどうしても気にいらないのだ。
ヴァイダはゲイルを一睨みして、それ以降はもはや居ない者と扱う事にしてミレディへと声をかける。
「ナーシェンと話をつけるんなら、急いだ方がいいよ。そろそろエトルリアの宰相たちと事を起こすみたいだからね」
「ご助言ありがとうございます」
ナーシェンたちの行動によりエトルリアが混乱する前に、ギネヴィア姫を保護したいと考えるミレディたちは、ヴァイダの助言に従い早急に西方を出発することに決める。
あわただしく動き始めた親衛隊たちを見送り、しばらく体を休めようとしたヴァイダ達であったが、それも総督府を任されていたフレアーが訪ねてきたことによりしばらくお預けとなるのであった。
「挨拶が遅れ、申し訳ありません」
「別に構わないよ。アタシは別にアンタの上官ってわけでもないしね」
そう、なんとも不思議な事にヴァイダは一応ゼフィールの直属という事になっているのだが、それでいて具体的な役職についているわけでは無かったりする。
それゆえに若い世代では『竜牙将軍』の噂は知っていても、ヴァイダの名や容姿を知らない者が増えているのだ。
とはいえ、ヴァイダの事を知って侮る者がいるはずもなく、フレアーも例にもれず彼女に頭を下げる一人であるのだった。
「……まあいい。それより、リキア同盟軍の対処についてはどうなっているんだい?」
「はっ! 遊撃部隊より若干名の増援を受け入れ、防衛の強化を行っております。また、例の奥の手も配置しておりますので、まず問題ないと思われます!」
「ふぅん、遊撃部隊ねぇ……」
フレアーの言葉に出てきた遊撃部隊や奥の手について思い起こしたヴァイダは、わずかに顔をしかめる。
リキア同盟軍には『神軍師』や『銀の魔導軍将』を筆頭とした、歴戦の強者が多数存在している以上、生半可な戦力では返り討ちなるだけだと理解しているのだ。
そんなヴァイダの懸念を理解したのか、フレアーは実際見たほうが早いとある部屋へと案内する。
そして、その部屋にいたフードをかぶった三つの存在を確認したヴァイダは、これならば戦力を無駄に消費するだけの事にはなるまいと確信し、後日総督府を後にするのであった。
そのようにリキア同盟軍とジュドー総督府が衝突の準備を進める中、マシューは一人天雷の斧を求めてとある洞窟へと赴いていた。
(今のところ敵影は見られず、か……誰かが訪れた痕跡もないし、俺が一番乗りで間違いないかな?)
慎重に慎重を重ね、最低でも数か月はこの洞窟を訪れた者がいないと判断したマシューは、それにもかかわらず更なる警戒を続けながら、封印の洞窟へと足を踏み入れる。
洞窟の中は、オスティアのそれと違って薄暗く、さらにはかすかな刺激臭が充満していた。
(……変わっていないな。あの時は俺と若様とオズイン様が、マークの指示の下戦ったんだっけか)
ふと思い出した過去を懐かしく思うも、今は任務中だと思い出し即座に意識を切り替える。
薄暗い洞窟の中、吹き出る毒煙を避けながら最大限の警戒を持って進んだマシューは、程なく目的の祭壇へとたどり着く。
ここまで来てしまえばもはや影に紛れることなどできるはずもなく、マシューは意を決して祭壇へと昇り、施してあった仕掛けを解除する。
(……)
無言で、手早く、それでいて正確に。
誰もいないとはいえ、広大な洞窟の空間に背を向けることに多大なストレスを感じつつも、マシューはついに祭壇に隠された天雷の斧を解放し……突如として襲い掛かるライトニングを避けるため、その場から大きく飛びのいた。
(馬鹿な! 直前まで一切気配を感じさせないなんて……!)
何とか魔法を避けたマシューの前には、ローブで全身を隠した二つの存在が立ちはだかっていた。
そんな自身の警戒を越えて襲撃してきたローブに警戒しつつ、直感に任せた回避をしたため天雷の斧を取り損ねたことを歯噛みするが、マークに何度も釘を刺されたことを思いだし何とか意識を切り替える。
「アンタらがエリウッド様を襲ったって言う襲撃者か?」
『……』
「っち、だんまりかよ」
こうして相対した以上戦闘は避けられないと判断したマシューは、少しでも情報が得られないかと声をかけてみるが、残念なことにそれに対する返答は期待できそうもなかった。
しかし、その声掛けである程度情報が漏れていると悟ったためか、ライトニングを放った方の襲撃者が隠すことなく鉄の大剣を手に構える。
(マジで剣と魔法を使うのかよ……後ろの奴も、同様だと思った方がよさそうだな)
マシューはローブに自身の得物を隠したまま、何とか逃走しようと襲撃者の隙を窺うが、そもそもマシューの警戒を向けて不意打ちを仕掛けてくるような相手である。
最低でも三度の戦闘は避けられないと、マシューは理解する。
そして、戦闘が避けられぬと言うのならと、せめて一矢報いようと心に決める。
(なら、せめてその面を拝ませてもらおうじゃないか!)
どうせ戦闘になれば、こちらからも攻撃せねば隙なんて作れないのだ。
ならその攻撃は、フードの下に被った仮面に隠された顔を見るために使おうとマシューは襲撃者に向かって突撃する。
だが、不意を打つはずの強襲も、襲撃者は当然のように対応してくる。
その動作に無駄は無く、襲撃者の力量が一流であるとマシューに知らせるが、無駄が無さすぎるゆえに躱すのはそう難しくなかった。
理想的な軌跡を描いた一閃をマシューは当然のように躱し、反撃の一撃をその顔面に叩き込む。
されど、やはり一流だったと言うべきか、反撃の一撃は軽く首をひねるだけで躱され、マシューの当初の予定通り、深くかぶっていたフードと付けていた何かの骨でできた仮面のみを切り裂くことに成功してしまう。
そう、マシューの思惑は成功し、襲撃者はその顔を晒してしまったのだ。
「なっ!?」
そして、そこに現れた顔を見て、マシューは思わず驚愕し目を見開く。
なぜ、どうしてと、答えが返ってくるはずもない疑問がその脳裏を支配し、それは致命的な隙となってしまう。
当然、襲撃者がそのような隙を見逃すはずがない。
剣を持たないもう一人の襲撃者が放つのは、通常の理魔法では最上位とされるフィンブルであり、マシューはその一撃をまともに受けてしまった。
「く……そ……なん、で」
閉ざされようとする意識の中、マシューは辛うじて残った力を振り絞り、かつての仲間であった襲撃者の名前を呼ぶ。
「レナー……ト……」
その声に応える者は無く、再び封印の洞窟に静寂が戻るまで、さほど時間はかからなかった。
次話投稿時にサカ・イリアのルートアンケート閉め切ります。
もしご協力いただけるのであれば、活動報告の方でお願いします。