ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

2 / 24
第1章「アラフェン攻防戦」

「お前らは、いったい俺を何だと思ってるんだ?」

「何って、軍師だろ?」

 

 マークの頭痛をこらえたような声に、ヘクトルは苦笑をまじえながら返す。というのも、マークという軍師の参戦の報を聞いた一部が、たったそれだけで、もはやこの戦い勝ったも同然と騒ぎ出したのだ。

 もちろん、突然降って湧いた軍師を訝しむ者もいた。だが、盟主であるヘクトルが保証した実力を、何の根拠もなく否定することはできなかった。

 

「ただの軍師ではありません。指先一つで歴史を変える、不世出の天才軍師……だそうですよ」

「何をどうすれば、そんな話になるんだ!?」

 

 にやつきが隠しきれない顔で付け足されたオズインの言葉に、さすがのマークも泣きが入る。

 確かにマークは20年前の戦いで、相応の結果を残したが、その戦いは決して汎用性のあるものではなかった。

 

「アレはトップがエリウッドで、隣にヘクトルが居たからこその結果だ。それなのに、他の状況でも同じような事が出来ると思われたら、そんなのたまったもんじゃない」

「まあ、あの時の一団が特別だったのは同意するぜ」

 

 思いのほか自己評価の低いマークに、ヘクトルは少し調子を切り替えながら答える。

 

「だが、お前なら別の環境を与えられれば、その環境でベストの戦術を練り、勝つことができたはずだ」

「無茶を言いやがって……まあ、最善は尽くす」

「まあ、ここで『当然!』とか言わないのが、マークなんだろうな」

 

 諭すようなヘクトルの言葉に、そっぽを向いてしまったマークであったが、頬が赤く染まったことを隠せていない。その照れ隠しが、ヘクトル達を安心させた。

 

「まあ、20年も昔のもしもの話なんかどうでもいい。問題は今だ」

「……とりあえず情報をよこせ」

「こちらに」

 

 オズインに渡された用紙には、リキア同盟全体の人数に陣地の見取り図、兵糧やら物資など、事細かに記載されていた。

 

「……正直に言って、意外だった」

「何がだ?」

「ヘクトルが、大過なくオスティア候を……いや、リキア同盟の盟主をやっていることが」

「お前だって知ってるだろ? 俺は、やるときはやる男だ」

「……そうだったな、疑って悪かった」

 

 心外だと言わんばかりのヘクトルの反論に、マークは形ばかりの謝罪を返す。だが、それも仕方のないことだろう。

 マークは、20年前のヘクトルしか知らないのだ。そして、あの頃の自分から今の自分を想像することなど、ヘクトル自身にも不可能なのだから。

 それだけやんちゃしていたという自覚のあるヘクトルとしては、不自然な咳払いをしてごまかすことしかできなかった。

 

「ま、まあ正直に言って、同盟の兵の練度は高くない。時間の問題から取れる策は限られてくるし、何よりベルン側の情報がほとんどない」

「探っていないわけではないだろ?」

「マシューや他の密偵にも探らせているが、芳しくないな……」

 

 わざとらしい話のそらし方であったが、今のうちに話しておかなければならない内容である以上、乗らないわけにはいかなかった。

 リキア側が情報を得られないという事はつまり、ベルン軍に諜報関係も劣っているという事だ。そして諜報における人員の劣勢は、そのまま情報量の違いとなって現れる。

 

「こっちの情報は、ほぼ筒抜けと思っていた方がいいか……」

「いや、情報戦は守勢に回ることにする。新しい情報は皆無となるが、マークという切り札を有効に使うためなら、これが最上だろう」

「……仕方ないか」

 

 今までは敵の進軍ルート、総軍数、兵種の割合など、より詳細な情報を得ようと足掻いていたが、それらを諦め、新たな作戦にすべてを賭ける。

 もとより兵力に劣るリキアには、策をめぐらせることでしか勝ち目は無く、その策さえも筒抜けの状態だった。

 だが、リキア同盟軍にも、勝る点が何も無いわけではない。

「失礼します」

 

 そして、その数少ない希望が、マークの前に姿を現す。

 

「フェレ騎士団団長ロウエンです。旧キアラン領監督官殿が到着しました」

「遅くなり、申し訳ありません。旧キアラン領監督官ケント、全軍300を率い、ただ今到着しました」

「なっ! ロウエン、ケントも!」

 

 思わぬ戦友との再会に、マークは思わず驚嘆の声を上げる。その驚き様に満足げな笑みを浮かべるヘクトルであったが、同時に疑問も覚えてしまう。

 

「そこまで驚くことは無いだろう? 解体になったキアランのケントはともかく、ロウエンぐらいなら予想出来ていたはずだ」

「まあ、リキアにいるのなら、この戦いに参加しないわけがないとは思っていたが……あまり楽観視は、しないようにしていたからな」

「引退している、と思うようにしてたってところか? 真面目過ぎんだろ……」

 

 流石に呆れを隠せないヘクトルであったが、この慎重さがあったからこそ20年前の戦いを生き延びたのだと思えば、文句を言う事も出来ない。

 

「ともあれ、お久しぶりです」

「再び肩を並べることができるとは、頼もしい限りですよ」

「それはこっちのセリフだ……悪いが、扱き使わせてもらうぞ」

 

 拳を合わせて再会を喜び合う三人は、さっそく現状を報告する。と、言えば聞こえはいいが、実質的にはただの近況報告に近かった。

 

「ロウエンは未だに、保存食を担いで戦場に出てるのか?」

「もちろん! 『腹満たされずして、心もまた満たされず』……いえ、今は大部分を部下に担がせていますが……」

「お前、ぶれないなぁ」

 

 ロウエンがかつて従騎士だった頃、絶えず担いでいた『保存食袋』は未だに健在であることに、大きな呆れとほんの少しの安堵を抱いたのはマークだけではなかったはずだ。

 だが、ロウエンにはそんな表情を見慣れていたのだろう。すぐに続く言葉が紡がれた。

 

「マーカス様やハーケン様にも言われるのですが、こればかりは……」

「……まあ、火竜の前でも袋を手放さなかったんだ。今更何も言わんよ」

 

 せめて全部預けろと言いたかったが、それで結果を出している以上何も言えなかった。

 ちなみにマーカスとハーケンだが、マーカスはエリウッドの息子ロイのお目付け役に、ハーケンは妻のイサドラと共に一度騎士を退いたものの、今回はフェレ領の守りに再び剣を持ったとのことであった。

 

「あとは、ウィルが弓兵をまとめていますので、もしよろしければ……」

「ああ、顔を出しとく……レベッカは?」

「フェレに残っています……流石に彼女は引退して長すぎますから」

 

 竜騎士という空戦力を主力とするベルンに対し、弓兵は心強い味方である。大陸有数の弓使いであるウィルの力は、欠かすことのできないものと言って過言ではないだろう。

 レベッカの不在は痛いが、火の竜と戦ったのは20年も昔のことだ。当時のメンバーだからと言って、頼りにしすぎるのも問題だろう。

 

「そう言えば、セインは来ていないのか? ああ、お前と一緒に部隊を離れるわけにはいかないか……」

「いえ、セインはハウゼン様がご崩御されたのち、イリアへ向かいました」

「イリア……って、まさか!?」

「はい、フィオーラと一緒になったと聞いています」

「俺がフロリーナを娶ったから、あいつは俺の義兄ってことになるな」

 

 あまりの衝撃で開いた口が閉まらないマークに、ヘクトルがとどめを刺す。だが、その驚愕の表情も、次第に何とも言いようのないものへと変わっていく。

 イリアはすでに、ベルンに墜とされている事実を思い出したのだ。

 

「何か連絡は?」

「……いえ、特になにも」

 

 平静であろうとするケントであるが、マークの目から見てもそれは失敗していた。

 やはり、かつての相棒が死んでいるかもしれないと言う、最悪の予想を消せずにいることは一目瞭然であった。

 しかし、この場でできる事は何もない。せめてこの地だけでもと意識を切り替えるマークは、アラフェン近郊に集まった同盟軍について聞く。

 

「ルセアがこの近くで孤児院を営んでいて、そこで怪我人の治療を受け持ってくれることになっている」

「そちらにはセーラも待機しています」

「それと、雇った傭兵の中にレイヴァンが居たな」

 

 それでもやはり頼りにできる人材にはかつて聞いた名前が多く、どうにも昔を懐かしむような気配が消えなかった。

 

「……今ある情報では、やはり打って出るしかないか」

「やはりその判断に行きつくか……」

 

 マークの出した結論は、正攻法で戦っても、つまり引きこもっていても勝ち目はないという、ある意味当然なものであった。

 もちろん、打って出たところで勝ち目が薄い事には変わらない。それでも、援軍の見込めない籠城戦よりは、はるかにマシである。

 

「エトルリアは動かせんか?」

「そっちはリキア以上に腰が重いな……本土が戦場にならなきゃ、動かねぇんじゃねぇのか?」

「そうなってからじゃ遅いだろうに……」

 

 思わず頭を抱えるマークであったが、現状を十分認識していたヘクトル達は、マークにその次を求める。

 

「消去法になるが、オスティア重騎士団が本陣にて敵本体の突撃を受け止る。そこへ、遊撃としてあらかじめ伏せておいたロウエンやケントを、敵将のもとに突っ込ませるしかないと思っていた」

「……確か、ラウスには精鋭騎馬部隊がいるんじゃなかったか?」

「まだ到着してねぇ」

「……」

 

 使えない、という感想を無理やり飲み込む。むしろ、20年前の愚行もあるし、いない方が助かると思う事にしかなかった。

 そうして練った作戦は、マークが到着する前より大きく変わることなく、実行されることになる。

 

「変わったのは、兵と伏せる位置と数……それに攻めに出るタイミング、ですね」

「これだけならば、今からでも実行できるだろう」

「ああ、それでも予想される刻限ぎりぎりだ……おい! 伝令を走らせろ!」

 

 急ぎ伝令を呼ぶオズインに、ヘクトルはマークと協力して指示書をしたためる。

 ロウエンとケントはすぐに指示を実行すべく兵のもとに戻り、アラフェンはいよいよ戦を目前にした緊張に包まれていった。

 だが、これなら何とかなるのではというマーク達の淡い希望は、ベルンの予想をはるかに上回る早さにあっという間に砕かれてしまう。

 マークの到着からわずか二日後に、ベルンの軍が未だ準備の整わぬリキア軍へ攻め込んできたのだ。

 

「状況はどうなっている!」

「中央の一部が破られました! それににより、後衛部隊にも被害が出ています!」

「馬鹿な……早すぎる!」

 

 いくら奇襲とはいえ、ヘクトルが一切指示を出す隙すらなく落とされるなど、いくらなんでも異常であった。

 その理由を考えようとしたマークだったが、その答えに行きつく前に、正確な情報は入ってきた。

 

「ト、トスカナ侯爵軍が離反されたとのこと! 正面に配置された部隊は、挟撃を受けほぼ壊滅状態です!」

「くっ……オズイン!」

「はっ! 城内の兵を使い、防衛ラインを再構築します!」

「俺も指示が終わったらすぐに行く……それと、フェレとキアラン監督官に伝令! 即座に撤退し、残存勢力をラウスに集結させろと」

「そ、それは……!」

「おい待て……死ぬ気か!?」

 

 それは、この戦場の放棄であった。もはや勝ち目のない戦いに執着することなく、少しでも次につなげようという、精一杯の抵抗である。

 だが、事はそう簡単に進むはずがない。撤退しようとするなら、当然対価を払う必要があったのだ。

 ヘクトルが何をする気か察したマークが、何とか思いとどませようと詰め寄ろうとする。

 

「マシュー!」

 

 しかし、そのたった一言により、マークの手はヘクトルまで届かない。その身に強い衝撃が走り、掴みかかろうとした手は空を切ってしまう。

 そして、霞のように意識が消えゆく最中、マークの耳に戦友の優しげな声が届いた。

 

「……せめて、お前だけでも生き延びろ。リキアを……いや、俺らの子供たちを、頼む」

 

 勝手な事を、そうマークは言おうとしたがもはや口は動かず、ただ重力にひかれるまま、倒れ込むのであった。

 

「……よろしかったんで?」

「手を下したお前が言うな……すぐにマークを連れ、この場を離れろ」

「……御意」

 

 主の声にどこかともなく表れたマシューは、マークを連れ再び姿を消す。そして、何も言わずに指示に従ってくれた部下に……いや戦友に心中で感謝を述べ、負け戦へと意識を向ける。

 

(このままでは終わらん。せめて……せめて一矢報いさせてもらうぞ!)

 

 その決意と共に、ヘクトルはその手に愛用の斧を持ち戦線へと向かう。

 そこが、己の死に場所となると知りながら……。

 

 

 だが、死地と悟りながらも戦場へと向かう男は、ヘクトル一人ではなかった。

 そう、オスティア候ヘクトルが出した伝令が辿り着く前に、彼らは動き出していた。

 

「全軍、前へ! 敵後方を撹乱し、友軍を助けるぞ!」

 

 ロウエンの号令に、フェレ騎士たちが叫び返す。その突撃はある意味計画通りであったが、同時に地獄への片道切符でもあった。

 

(防衛線が崩れている……そちらからの圧力が期待できないうえに、ケント監督官との連携も実質不可能だ)

 

 正直に言えば、アラフェンを見捨てて撤退するのが正しいと、ロウエンだってわかっていた。

 だが、それでも一縷の希望にかけたのだ。

 

(撤退しても、ベルンに対抗できる戦力を再結集というわけにはいかない。この戦いこそ、最初で最後のチャンスなんだ!)

 

 気を抜けば逃げ出したくなる弱気の虫を押さえつけ、ロウエンは騎士たちを率いて突撃する。

 だが、そんなロウエン達の決意をあざ笑うかのように、大陸最強とまで言われるベルン竜騎士が襲いかかってきたのだ。

 あまりに早すぎる主力の登場に青ざめるロウエンであったが、しかし、戦う意思を持ったリキアの戦士は、何もロウエン達だけではない。本陣からシューターの一撃が飛来し、見事竜騎士を撃ち落として見せたのだ。

 

「そう、何もかも思い通りにはさせない、よっと!」

 

 本陣に設置されたシューターを操作するのは、大陸有数の弓使いウィルであった。その攻撃は正確無比で、一撃一殺を体現した精密射撃の極致にあった。

 しかし、そんな正確な支援砲撃を行う彼の体は、既にボロボロ。彼の操作するシューターにも、多くの傷が刻まれていた。

 

「ウィル殿、代わります! ですから早く治療を……!」

「それは、できないなぁ……」

 

 一弓兵として配置されたウィルに指示を送る隊長であったが、それは果たされることが無かった。敵の先制により本陣に開いた穴は、竜騎士の天敵となる魔導師や弓兵への攻撃を許してしまっていた為だ。

 弱々しく笑うウィルの体にはショートスピアが突き刺さり、おびただしい量の血が流れていた。

 

「次弾の装填、終了しました!」

「敵を寄り付かせるな! 壁になれ! これ以上ウィル殿に攻撃を通すな!」

 

 もう自力では動けないウィルに代わり、シューターへの装填を行っていた兵が大声を上げる。

 それを確認し、ウィルは死力を振り絞り照準を合わせ、放つ。

 

「破損したシューターより、弾を回収してきました!」

「次弾の装填、終了しました!」

「衛生兵を……杖使いを呼べぇ! 早く!」

 

 オズインによって、ようやく戦線が再構築される。その間放たれた弾は実に16発。撃ち落とされた竜騎士も、また16騎であった。

 そして、ついに僧侶が到着したが、装填された21発目の弾は、放たれることは無い。その間撃墜された竜騎士は、20騎であった。

 

「怯むな! 敵将はすぐそこだ!」

 

 シューターの支援により竜騎士の姿の減った戦場では、もう一人の聖騎士が万夫不当の戦いを見せていた。

 幾多の兵を貫き、切り捨てる聖騎士の存在にベルン兵の動きがいくらか鈍るが、つわもの達は違った。

 そんな快進撃を見せる聖騎士の一人であるケントに、ベルン軍の将が突き当たる。

 

「フン、田舎騎士如きが、この私に勝てると思っているのかぁ!」

 

 その声とともにケントの率いる兵を切り裂くのは、ベルン三竜将が一人、ナーシェンだ。ケントは本命に出会えたことに対して聖女へ感謝の念を送り、竜将へと槍を向ける。

 

「これ以上……やらせはせん!」

「雑兵如きが、私の前に立ちはだかるなぁ!」

 

 だが、ケントの槍はナーシェンに届かない。彼らの間に、一人の竜騎士が割り込んできたためだ。

 

「君は……!」

「……ナーシェン殿は御下がり下さい。ここは私が」

「邪魔を……!」

 

 突然の乱入に憤るナーシェンであったが、ケントの表情から二人に因縁があることに思い至る。

 乱入してきた竜騎士に対しても、思うところがあったのだろう。不満そうな顔をしながらも、そこまで言うのであれば仕方がないと言った体で、騎竜を引かせていった。

 

「……久しぶりの再会だが、祝う事はできそうにないな、ケント」

「ああ、懐かしがるような余裕はないな……ヒース」

 

 ケントの声には、かつての戦友が、再びあるべき場所へ戻ることができたという喜びと、その戦友と今から殺し合わなければならないという悲しみがあった。

 ヒースも同様に、再会の喜びと悲しみを含んだ表情であったが、お互いこれ以上の言葉は無い。

 もはや二度と交わらない立場に立たされた二人には、戦場での自分の役目を果たすしか道は無いと知っていたのだ。

 

「うおおおぉぉぉおっ!」

「はああぁぁぁぁあっ!」

 

 己のすべてを賭けた一撃は、そこまでしなければ倒せない相手への敬意と共に。しかし、二人の状況は、あまりに違い過ぎた。

 先陣を切り、寡兵でもって大軍を突き破ってきたケントに対し、温存され、気力・体力が十分な状態のヒース。

 交わされたのは、僅かに3合。それで、決着はついた。

 

「おい、生きてるか、オズイン!」

「ヘクトル様こそ……先を急ぎ過ぎて、逸れないようにしてください!」

 

 数多くの命が散っていく中、オスティアの主従は自身の軍の生き残りを率いてベルン本隊への杭と化していた。

 それはすなわち、特攻隊。ヘクトルは自身の首の価値を知るからこそ、この場を死地と定めたのであり、しかし雑兵如きにこの命をくれてやるつもりは無かった。

 

「敵将は見えたか!?」

「この混戦で、見えるわけがないでしょう!」

 

 そう、彼らの目標は敵将ただ一人。万に一つ、億に一つの可能性かもしれないが、それでも、彼らは生き残る可能性を捨て去ってはいなかった。

 ヴォルフバイルを振るい敵兵を薙ぎ払うヘクトルに、銀の槍を振るうオズイン。そしてそれに追随する重騎士たちは、一丸となってベルン軍の中央を踏破していく。

 そして、ついに敵兵たちがいない空間へとたどり着いた。

 

「一体……」

「何が……?」

「おい……冗談だろ?」

 

 そこへたどり着いたヘクトル達が最初に感じたのは困惑。なぜこの場には兵がいないのか。そして、その答えはすぐに得られることになる。

 

「まさか、これは……」

「……竜」

 

 兵士がいなかったのは、巻き添えを避けるため。そのことに気づいた時にはもう遅かった。

 竜の口唇からわずかに火の粉が漏れるが、それに反応できたのは、竜との交戦経験のあった二人だけであった。

 ヘクトルを守るべくオズインが前に出た次の瞬間に、竜の口から放たれた火のブレスが、オスティア重騎士団を焼き払った。

 

「ぐ、くぅっ……!?」

「オズイン!?」

 

 ヘクトルの代わりにその炎を一身に浴びたオズインであったが、まだその命をつないでいた。どころか、まだ継戦可能ですらあった。

 その事実を訝しむ二人であったが、今はとにかく、目の前の存在に対処をするのが先であると、意識を切り替える。

 

「おおおぉぉぉっ!」

 

 だが、いかに継戦可能とはいえ、オズインは重傷に違いなかった。そして、そんな仲間を置いて行くなど選択肢にないヘクトルは、竜騎士用にと用意していた切り札の剣を取り出し、渾身の力で斬りつける。

 

 その剣の銘は、ドラゴンキラー。

 

 その名に恥じぬ力を発揮した剣は、竜の肩あたりの鱗を、肉を裂く一撃を実現するが、その反動は疲労したヘクトルにとってあまりあるものであった。

 

「……っ!」

 

 歯を食いしばり声を殺すが、剣を振るった腕にかかった負担は想像を絶するものであった。

 だが、痛みをこらえる暇すらも与えられはしない。竜の攻撃がそれで終わりのはずが無いのだから。

 竜は傷つけられた痛みを怒りに変えて、ヘクトルのことをかみ砕かんとその咢を向ける。

 

「喰われて……!」

 

 しかし、ヘクトルにとってはそれこそ好機。高所から炎を吐かれていては届かなかった場所に、その手が届くという事なのだから。

 

「たまるかぁぁぁあっ!」

 

 迫る牙を、重騎士とは思えぬ身軽さで飛び越え、その脳天へと剣を突き立てる。

 ヘクトル渾身の一撃を受けた竜は、あまりの激痛にのた打ち回るが、それも長くは続かなかった。

 ふっと力を失った竜が倒れ込み、ヘクトルもその衝撃に振り落とされるが、そんな些事はどうでもよいとばかりに竜の行く末を確認する。

 

「やった……か?」

 

 そのあまりにもあっけない幕切れに、思わず演技かとも疑ってしまうが、そんな真似をさせるにはベルンの戦力は圧倒的過ぎた。

 ここは勝ちどきを上げ、士気を挙げるべきだと剣を掲げようとしたところで、ヘクトルはこの戦い最大の標的を目にして硬直してしまう。

 

「さすがはリキア同盟の盟主……まさか竜すら屠るとは、思ってもみなかったぞ」

「ベルン国王……ゼフィール」

 

 そこに現れたのは、この戦いの元凶。イリアとサカを制圧し、今まさにリキアを攻め滅ぼさんとする国の、王であった。

 

「っく!」

 

 きしむ体を無理やり動かし、ゼフィールへと刃を向けるが、その切っ先を向けることすらも、今のヘクトルには叶わなかった。

 ベルンの最大戦力たる二人、ブルーニャとナーシェンがヘクトルの前に立ちふさがったからだ。

 

「まさか、竜将を二人もつれて、国王自らが来るとはな」

「……リキアには二人の勇将がいると聞いていた」

 

 なるほど、とヘクトルは思う。確かにこの場に病に罹らなかったエリウッドが居れば、互角に近い戦いができたかもしれないと。

 だが、現実は非常である。現にエリウッドはここにおらず、敵は一人になったヘクトルに対して、過剰な戦力を用意して来たという事なのだから。

 

「しかし、だからと言って諦めるわけにはいかん!」

「ほう……ならば、我が将たちを越えて見せろ!」

 

 圧倒的な戦力に対して吠えて見せたヘクトルに対し、ゼフィールもまた、己の戦力に号令をかける。

 その命を受け、ヘクトルへと魔法と槍を向ける二人の竜将であったが、ヘクトルは事もあろうかその二人を無視してゼフィールへと刃を向ける。

 

「貴様……!」

「我らなど、眼中にないと……!」

 

 憤るナーシェンとブルーニャであったが、それは勘違いだ。ヘクトルは、ただ仲間を信じていただけ。

 

「まったく、無茶ばかりするのは変わりませんね」

「……」

 

 ナーシェンの槍をはじいたオズインの小言と、無言でブルーニャの魔法を切り裂いたレイヴァンの鋭いまなざしが、ヘクトルの背を押す。

 

「死にぞこないがぁ!」

「……ただの傭兵、というわけではなさそうですね」

 

 竜のブレスを受けたオズインはもちろん、ここまで単身で駆け付けたレイヴァンも血まみれで、半死半生の体だ。稼げる時間は一撃分と言ったところだろう。

 だが、かまわない。もとより、ヘクトルにだって二撃目を放つ力は残っていないのだから。

 

「ゼフィールッ!」

 

 ヘクトルのヴォルフバイルによる、文字通り命を賭けた一撃。それに対し、ゼフィールだって劣りはしない。

 

「ッムン!」

 

 ゼフィールの神将器エッケザックスの一撃は、ヘクトルの一撃を迎え撃ち、そして、打ち砕いた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。