西方三島にわたって早速賊たちとの戦闘をこなしたロイ達は、現地で手に入れた情報をもとに北へと針路を定める。
その情報とは、現在ロイ達がいるフィベルニア島の北端にあるエブラクム鉱山にて、島の人々が無理やり働かされているというものだ。
彼らはその人々を救い出し、この島で起こっている『何か』を確かめる事を決意したのであった。
その一方で、マーク達は西方で戦うレジスタンスと接触することを提案するのだが、接触には予想以上の困難が横たわっていたのであった。
「全く、どうしたものか……」
「どうしたのですか、マーク様?」
夜営に建てられた天幕で頭を抱えるマークに声をかけたのは、リキア同盟軍の中でもフェレ軍を統括することになったイサドラだ。
彼女は20年前の戦いもマークと共に戦った経験を持つが、その時ですらこのように彼が頭を抱える姿を見たことが無かった。
そんなマークの答えは、確かに歴戦の軍師が頭を抱えるのにふさわしいものであり、イサドラではどうにも解決できないものであった。
「レジスタンスに派遣できる人材がいないんだ……」
「それは……」
「正規軍ではない彼らに接触しようと思えば、相応の人物を出さなければいけないんだが……」
具体的に言えば、少数で賊の蔓延る西方三島を移動できる実力を持ち、隠れているであろうレジスタンスに接触する諜報力を備え、こちらの出す情報を信用してもらえるように懐に潜り込めるような人柄、交渉術の持ち主という事になる。
「えっと、マシュー殿なら……」
「ダメだ。アイツにはロイの安全を確保するため、本隊に先行して情報収集をさせる必要がある」
苦し紛れにイサドラが挙げたマシューには、もうすでに仕事が割り振られているらしい。
確かに、賊どもが何らかの手段でリキア同盟軍を待ち受けているのなら、罠を避けるためにも優秀な斥候は欠かせないだろう。
「レジスタンスからの信用を得るとなれば、地元の人間はどうですか?」
「同盟に所属している西方の出身者は、ワードとロット、バアトルにフィル……他にいたか?」
「……いえ、私の知る限りはその4人だけですね」
「ごく少数で向かうのなら、バアトル以外は実力的に厳しいと言わざるを得ない。だが、アイツに交渉事は無理だ」
「……」
マークの断言に、イサドラは沈黙をもって返す。だが、何も彼が単独で向かうわけではないのだから、フォローできる人材を付ければいいとも思うが、そうもいかない。
「あまり実力者を引き抜きすぎれば、今度は本隊が手薄になる」
「……オスティアではデュランダルのためとはいえ、苦労したと聞いています」
そう、いかに神将器を確保するためとはいえ、エリウッドにドルカス、ニノの3人が抜けたのは痛かった。
もしもの話などするべきではないだろうが、マーカスを補佐して竜将と戦える人物がもし残っていたのなら……そう考えてしまう夜が、無いわけではない。
もちろん、結果としてエリウッド達もギリギリであったので、あの時の選択が最善であったことに疑いはない。
「とにかく、現状ではどこかで妥協せざるを得ないわけだが……」
「お困りのようだね、マーク」
頭を軽く振って思考を切り替えようとしたマークに、ひょっこりと現れたパントが声をかける。
そのことに目を見張るイサドラであったが、マークは少し呆れるようにパントに指摘する。
「一応、エトルリアの人間にリキア同盟軍の内部情報を覗かれるわけにはいかないんだが?」
「本気でそう思っているのなら、もう少し警備を整えた方がいいよ? 途中ですれ違った兵士は、敬礼して通してくれたから」
もちろん、兵士がパントを通したのはすでにマークが許可を出していたためだ。最初から、彼らはお互いに内情を隠すつもりなどないのだから。
形だけの指摘を済ませたマークはパントへと向き直り、レジスタンスへの人材派遣の話をする。
すると、しばらく考え込んだパントは少し意外な人物を提案する。
「キャスとディーク達の傭兵団はどうだい? 実力的な不安は多少残るけどレジスタンスと話は合うと思うし、適任だと思うよ」
「ふむ……」
一つ頷き選抜の理由をしゃべるように促せば、パントはむしろここからが本題と言わんばかりに表情を改める。
そうして語られた話は、マークにとっても予想以上のものであった。
「……エトルリアの王子がレジスタンスにいるだと?」
「昨年の暗殺騒ぎが原因でね。私が今回リキア同盟軍に同行できたのも、殿下がこの地にいると知っている人物からの支援があったからだよ」
「なるほど……そしてディークは昔リグレ公爵家の使用人だった時に面識がある、と……」
直接言葉を交わしたことは無いが、顔ぐらいはお互い知っているらしい。そういった事情があるなら、この人選にも納得できる。
マークはロイへの提案として書面にこの人選をまとめながら、パントへと更なる言葉を重ねる。
「……今回西方三島へ来た理由は、王子の回収か?」
「その意図が無いと言えば嘘になるけど、本命は神将器、王国の浄化は二の次だよ」
人によっては、自国の王子より武器一つを優先することに眉を顰めるものもいるだろう。
だが、それは竜の脅威というものを正確に理解できていないとしか言いようがない。
故に、その脅威を正確に理解しているパントは、竜の力を有するベルンに対抗すべく、今まで気にもかけなかったエトルリアの膿を排除するために動いているのだ。
「本音を言えば、この戦いは静観する予定だったんだけどね」
「神将の後継者であるなら、妥当な判断だな」
ただの戦争なら、パントも立ちあがりはしなかっただろう。マークも、オスティアを奪還した時点で手を引いたはずだ。
それをしない事が、この一件を彼らがどれほど危険視しているかを示している。
だが、それらの理由は戦場に出てから知ったことで、最初に抱いた参戦理由はまた別のものなのだ。
「そもそも、マークはどうやって今回の件を知ったんだい?」
「……東の方から、強い力を感じたんだ」
若干鋭さを増したパントの視線に応えるマークの声は、思った以上に硬かった。
「考えられたのが、竜の出現ぐらいだったからな」
「では、それを確かめに?」
「ああ……結局、見つけられなかったがな」
気配を感じ取ってすぐにベルンへ向かったマークであったが、目的の存在はついに見つけられなかった。
もう討たれてしまったのか、それともマークにも気付かれないレベルで隠れられるのか。どちらにしろ自分にできる事は無いと帰路に着いた時、ベルンの侵攻が始まったのだ。
「ふむ……アトス様が残された人竜戦役時の記録に、ベルンに残った竜に関するものはあったかな?」
「……あの地には、同朋を見捨てて逃げられないと残った神竜がいたはずだから、その子かもしれないと思っている」
基本的にベルンに残った竜たちは徹底抗戦を唱えていたので、封印される余地があるとすればその神竜の少女か、人の子と共にこの地で生きることを選んだ女性かの二択だ。
後者の女性が人の世に溶け込めるとは思えない以上、実質答えは出ていると言ってもいいだろう。
ではその少女をベルンがどうやって扱っているのか意見を交わそうとパントが口を開きかけたとき、ふいに天幕の外からある少年の声が届いた。
「マーク、ちょっといいかい?」
「……ロイか、ああ、かまわない」
「失礼するよ……パント様も居られたんですか!?」
まさかの先客に驚くロイであったが、そこはスルーしてマークもできたばかりの草案をロイに手渡す。
「西のレジスタンスへと派遣する人選案だ。目を通しておいてくれ」
「あ……」
まさにこれから相談しようとしていたことに、先んじて案を出されてしまったロイが一瞬だけ顔を歪める。
リキアの諸侯程度なら誤魔化せるほどのわずかな変化であったが、この二人では相手が悪かった。
「どうかしたのか?」
「……いや、なんでもないよ」
マークの追及を拒絶し、代わりに明日の予定を軽く確認し、ロイは踵を返す。
その胸中を、マークは理解できないだろうと思う。ロイは、強く拳を握りながら、自身の不甲斐なさを嘆く。
「……僕では、やはり不足なんだろうね……」
リキアにいたときも、この西方三島でも、マークはロイの事を尊重しつつも決して何かを相談することは無かった。
エトルリアの援軍の件も、今回のレジスタンスの使者の件も、自分は何も知らず、親鳥が持ってくるエサを、ただ口を開けて待っているだけのひな鳥の様ではないか。
「わかっていたじゃないか……マークの戦友は、僕じゃない。父上なんだから……」
対等に在りたいと思っても、マークにとってのロイは、エリウッドの息子なのだ。
それでも、ロイは強く想うのだ。
「きっと、彼らと肩を並べてみせる……!」
決意も新たに自身の天幕に戻ったロイは、将軍としての責務の合間に剣を振るい、知識を詰め込む。それでいて十全の体調を保つために細心の注意を払う。
ロイがそのように万全を整える最中、陣地の一角では月光の下で雑念を払うべく剣を振り続ける少女の姿があった。
「ふっ! やっ!」
その鋭く冴えわたった剣閃は美しく、月光を浴びて煌めくその姿は、まるで剣の精の舞の様であったが、当の本人には全く無様なものでしかなかった。
(どうして、こんな……!)
唇をかみしめ、フィルは自身の内に起こった変化に戸惑いを覚える。
今までは、無心に剣を振るなんて難しい事ではなかった。強くなることを目標にして、ただそれだけを目指していればそれで良かった。
だが、ここ最近の体たらくはなんなのだと、自分自身に怒りすら覚えるのだ。
「……ノア殿……」
彼の事が、頭から離れない。気が付いたら、彼の事を探す自分が居て、今彼は何をしているのかなんて益体のないことを考えてしまう。
こんなことでは剣士失格だと、どうにかかつての自分を取り戻そうと躍起になっているフィルに声がかけられたのは、もう一度素振りをしようと剣を構えたときであった。
「まったく、こんな時間まで何をしているんですの? まったく、誰も彼も気が高ぶって、休息の重要性を忘れてしまったのかしら?」
「っ! す、すみません……」
「そう思うのなら、早く自分の天幕に戻っていただけるかしら?」
相応の棘が含まれた注意を飛ばすのは、フィルも怪我をした際何度もお世話になった杖使いのクラリーネであった。
なぜこんなところに彼女がいるのか疑問に思う間もなく謝罪するフィルであったが、注意を終えたクラリーネは立ち去るでもなく、じっと迷える剣士へと視線を向ける。
「……」
「えっと……」
「……兵士たちのメンタルケアも、わたくし達の仕事ですわよね……何に悩んでいるのかは知りませんが、さっさと話しなさい。わたくし、疲れているんですの」
「……はぁ……?」
流石に居心地が悪くなったフィルが何とか声を出したのだが、続けられたクラリーネの良くわからない申し出に、頭の中は疑問符で一杯だ。
今一つ分かっていないフィルの様子に、クラリーネはイラついたように話を催促する。
「そんな辛気臭い顔している理由をさっさと話しなさいと言っているんです!」
「は、はい!」
クラリーネの勢いに押されてつい返事をしてしまったが、フィルにはこのお嬢様が剣士である自身の悩みに答えられるとは正直思えなかった。
だが、混乱しているフィルでもわかることがある。
かなり強引な上に命令口調でわかりづらいが、どうやらフィルのことを心配して、相談に乗ろうとしてくれているらしい。
そんな行為を無碍にするのはどうかとも思い、フィルはクラリーネの言うとおりに、自身の悩みを話すのであった。
「まあ! まあ! まあ!!」
「えっと、クラリーネさん……?」
剣の道とノアについて話していたら、クラリーネの最初に抱いていたイライラはすぐに消え去り、どんどん目の輝きを増していった。
フィルが全部を話し終わったころには、もう最高潮だ。
「間違いなく、それは恋ですわ!」
「はぁ、恋……ですか?」
「ええ、そうよ! そうに違いないわ!!」
相談する相手を間違えたかなと、わずかながらフィルは後悔し始めるが、事ここに至ってはもうどうしようもなかった。
「私が全力でサポートして差し上げますから、安心なさい!」
「その、ありがとうございます?」
「ええ、お任せなさい!」
とりあえず夜更かしはお肌の大敵だとか、いくつかの注意を言い置いてクラリーネは去って行った。後日、立派なレディになるためにいろいろ教わることになるのだが、この時のフィルはまだよくわかっていなかったと言う。
後日、ディーク達をレジスタンスの下へと送り出したロイ達は、エブラクム鉱山への道中にあるとある山間の城に差し当たっていた。
そして、城主であるノードにこの地を通過する許可を求める使者を立てたのだが、その使者が帰って来ることは、ついぞなかった……
「ロイ様! 城から兵が出てきましたぞ!」
「なんだって! まさか、この近くに賊がでたのか!?」
マリナスからの報告に驚きをあらわにするロイであったが、パントやマークは不自然なほどに冷静であった。
「……まさか、なにか知っているんですか?」
「知っていたわけじゃないよ」
「ただ、こうなる可能性は高いと予想していただけだ」
兵士たちが同盟軍に向かって来るのを見て、マークはわずかに嘆息をもらす。
もともと西方三島は、リキア同盟軍をこの地に追いやったエトルリアの宰相派の影響が強い土地だ。
そして、彼らの目的がリキアに対し優位に立つことである以上、軍の機能を可能な限り排除しておきたいのだろう。
あまりにも大局が読めていない愚かな行為に、マークはもう言葉もなかった。
「……とりあえず、応戦するしかないか。何か行き違いがあったのかもしれないし、できるだけ無益な戦闘は避けてくれ!」
「了解です!」
アレンとオルドが城への道を切り開くべく先頭に立とうとするが、ロイはそれを片手で制する。
ロイはパントを横目で見ながら、この戦闘が自分たちの望んだものではないという事を強調するための考えを口にする。
「ロイ様……?」
「今回は、僕たちは攻撃されたから迎え撃っただけと言う大義名分が欲しい。アレンたちは後衛の守りについて、先陣は重騎士達に任せたい」
「なるほど、そういう事なら確かに我らオスティア重騎士団が適任ですな」
敵の攻撃を受け止め跳ね返すのであるなら、ソシアルナイトよりアーマーナイトの方が適任だと言うロイに、バースは深く同調する。
しかも、同盟軍の重騎士はオスティアの騎士達だけではない。
「ふはははは、どうやらわしの出番のようだな!」
「ワレス……若い奴にも見せ場を残しておいてやれよ?」
「承知した!」
バース以上のやる気と興奮を見せるワレスに釘を刺すマークであったが、実際そこまで心配はしていない。
かつてキアランの騎士団に所属していたワレスは、集団で動くという事をちゃんと理解しているし、何より彼の趣味は新兵の教育だ。
オスティア騎士団も多くの先達を失っているし、ワレスの存在は良い刺激になるかもしれない。
「ではいくぞ、小僧ども! 我らの後ろに、蟻の子一匹たりとも通すことは許さぬ!」
「は、はいっ!」
重騎士らしい重厚な鎧をこすらせる音を響かせながら、重騎士らしからぬ軽快さをもって先陣を切るワレスに、オスティアの重騎士達は必死に追随する。
「……さすが、かつては鎧を着たまま領地を3周走ったと豪語しただけはあるな」
「え、鍛練場を、ではなく?」
「ああ、領地を、と言っていたぞ」
老いてなお、重騎士の鎧を着こんでイリアから西方三島にたどり着いたのだから、絶頂期ほどでなくても相応の体力を有しているのは間違いないと思っていたが、まさか現役の騎士を凌駕するとは思わなかったとマークは乾いた笑い声をこぼす。
「とにかく、これで正面は問題ないだろう。だが、あちらに見えるシューターはどうする? あれは重騎士達の頭上を越えて、一方的に後方へ攻撃できるぞ」
「……フラン達で別働隊を出して、一気に制圧しよう。ウォルト、制圧したシューターの扱いを任せる」
「はいっ!」
マークの指摘を受けて指示を出すかたわら、ロイは他にも見落としていることは無いかと戦場を見渡す。
「戦闘のどさくさに紛れて、賊が出てくるかもしれないね。村に門を閉めるようにと人を遣って」
「わかった」
「あと、砦の方にも兵が詰めているだろうから、そちらの方も警戒を怠らないように」
マークの反応を窺いながらさらに指示を出すロイであったが、その表情からまだ見落としていることがあるように思えてならない。
(まだ何か……エトルリアへの配慮、敵の伏兵、賊への対応、現地住人の安全確保もしたし、他に西方で得た情報は……!)
さらに思考を巡らせたロイは、とある可能性にたどり着く。
「ここにもレジスタンス活動をする人がいると思うかい?」
「組織立って動く者がいるかどうかはわからないが、個人としてならいるかもしれないな」
「なら、そういった人たちと共闘できないかな?」
「見かけたら声をかけてみよう」
ロイの提案に、マークはわずかに笑みを深めて答える。
どうやらマークの期待に応えられたようだとわずかな安堵を覚えつつも、ロイは一層気を引き締めながら、レイピアを手に全軍の指揮を行う。
敵は仮にもエトルリアの正規兵で、一瞬たりとも気を抜いていい相手ではないのだから。
だからだろうか、本来守らなければならない人物がいつの間にかいなくなったことに、ロイは最後まで気付けなかった。
「やれやれ、彼は思った以上に心配性のようだね」
「もう……パント様もそれが正しいってわかっていらっしゃるでしょう?」
「それでも、やはり息苦しく感じてしまうのはどうしようもないね」
妻であるルイーズと共に抜け出したパントは、ようやく息が付けるとばかりに思いっきり伸びをする。
こうした単独行動が危険だとわかっていても止められないのは、大陸有数の実力者であるが故だろうが、何よりもその性質が原因としか思えなかった。
だが、彼とて何の考えもなく放浪しているわけではない。レジスタンスの勧誘となれば、大軍で向かっても相手が出てこないだろうと考えた末の単独行動である。
もちろん、だからと言ってパントが単独行動を許される理由にはならないのだが……
「さて、マーク達から聞いた噂では、ここら辺にお人よしな海賊がいると聞いたんだが……」
「確か、ダーツ様も生きているなら西方三島のどこかに流れ着いているだろうとのことでしたか?」
「そうだね、もし彼がいるのなら心強いな」
ファーガス海賊団の特攻隊長であった彼の実力は、並の騎士をはるかに上回る。そんな人物が再び力を貸してくれるのなら、心強いことこの上ない。
そんなことを話しつつも周囲を探っていれば、どうやら噂の人物らしい、見知った顔が現れた。
「……アンタ確か、シルバーさん、だったか?」
「ギース殿……そうか、噂の海賊は君の事だったのか」
「噂になってんのか?」
噂の人物は残念ながらかつての戦友ではなかったが、それでもパントが自ら赴くに足る人物であった。
「いつかの依頼、完璧にこなしてくれたと聞いているよ」
「はっ、貰った金の分の仕事をしただけだ」
「最近は、そんな当たり前の事すらできない愚か者の方が多くなっているらしいからね」
この西方三島の惨状を見れば、ギースの言う当たり前の行動がいかに珍しくなっているかわかるだろう。
だが、ギースから言わせてみれば、最低限の仕事をこなしただけで称賛されるのは、今一つ居心地が悪かった。
「そんな君にまた依頼があるんだが……」
「あ~、悪いが、今は無理だ。ちょっとばかし、仲間のかたき討ちに行かなきゃならないんでな」
「……」
ギースの言葉に、パントは一瞬目を見張る。彼らの実力であれば、そこら辺の賊にそう簡単に後れを取るとは思えなかったからだ。
だからこそ、ギースの言うかたきが何者か、わかってしまう。
「……実はシルバーというのは偽名でね、私の名はリグレ公爵パントというんだ」
「ッ!?」
「そして君への依頼は、この地で好き勝手している愚か者たちの討伐なんだが、引き受けてはもらえないかい?」
思わぬ大物の登場に目を見開くギースであったが、それで頭の回転が止まるような柔な鍛え方はされていない。
瞬時にこれから起こるであろうことを予想し、その眼を鋭く光らせる。
「いいぜ、かたきを討てるのなら……それも賊としてじゃなく、正当な断罪者としてそれができるんならこれ以上はねぇ。その依頼、引き受けた」
「助かるよ」
「お互い様だ」
ギースの勧誘に成功したパントは、ひとまず同士討ちを避けるためにも本隊へと合流する。
軽く肩をすくめるだけだったマークに対し、思わず胃のあたりを押さえたロイにほんの少し罪悪感を覚えたが、今後も単独行動を辞めることはできないだろうと開き直るパントなのであった。
その後、リリーナがゴンザレスという山賊を拾ってきたりと、いくつか予想外な事態もあったが、ロイ達は何とか無事に城を制圧することに成功した。
その事後処理に忙しく走り回っていたロイ達であったが、そこで思わぬ報告がリキアから入る。
「リキアで反乱が起こったって!?」
「はい、マーク殿とエリウッド様が立てた計画通りに反乱は起こり、無事に制圧されました」
「どいつもこいつも簡単に乗せられて、張り合いが無かったぜ」
「あ、エリウッドの奴、ばらしたのか」
「……いえ、クルザードがちゃんと同盟に戻るには、ちゃんとどんな交渉があったのか話さないと……」
ロイの驚愕は、報告も兼ねて同盟軍に合流したランスによって静められる。マークがちょっと不満そうに口を挿んだが、フロリーナの言うように反乱の首謀者が何事もなく同盟に戻った時点で、全てが仕組まれたことと気づかない者はいなかっただろう。
「それで、なんでこの場にフロリーナまで来ているんだ?」
「えっと、オスティア侯爵夫人の存在は、エリウッド様の邪魔になってしまいますから」
「だからって……はぁ、もう何を言ってもいまさらか……」
確かに、フロリーナを担ぎ上げて実権を握ろうとした身の程知らずもいただろうが、それ以上にエリウッドが邪魔なフロリーナを追い出したと取られる方が、よほど面倒になるだろう。
とはいえ、フロリーナほどの戦力が使えるようになれば、同盟軍の軍師としてこれほどありがたいことは無い。
……ただし、責任者であるロイにとっては話が違ってくるだろうが……
(フロリーナがこちらに来ると知っていれば、もう一人ぐらいレジスタンスの方に着けたのに……)
わずかな後悔が頭をよぎるが、かといって今更誰かを送っても遅い。
マークは気を取り直し、今後について意見を交わす。
「現地の管理者から攻撃を受けたことについて、エトルリア本国に抗議文を送るべきかな?」
「本国に送っても無意味だと思うよ」
「なら、セシリア将軍個人への相談ならどうかい?」
「それが妥当でしょうな」
他にも討伐した駐在官の代わりをどうするかなど、さらにいくつか話し合いをしていると、城内の調査をしていた兵士からレジスタンスの少女が捕らえられているとの報告が入る。
「……レジスタンスは、エトルリアとも対立しているのか?」
「島の人たちが鉱山で無理やり働かされているという話だったし、レジスタンスの言う賊というのには、西方からすべてを搾取するエトルリアも含まれているのかもね」
「そんな……」
パントの予想に、ロイは思わず言葉を無くす。だが、まさかと思いつつも、これまで見て聞いてきた西方三島の情報を思えば、否定することもできなかった。
そして、その信じたくない事実は、レジスタンスの少女ララムの言葉によって、裏付けられる。
「……まさか、賊の保護までやっていたとはね」
「さすがにこれほどとは思っていなかったぞ」
パント達は駐在官たちのあまりの所業に怒りを通り越して、むしろ呆れを抱く。
だが、呆れてばかりもいられない。
「今回は、北にあるエブラクム鉱山で働かされている人たちを助ける予定だったんだけど、その計画がばれちゃったの! 早く知らせないと、エキドナさん達が……!」
「わかった、すぐに北の鉱山へ急ごう!」
「ありがとう、ロイ様!」
「わあっ!」
即座に決断を下したロイに、ララムは感極まって飛びついてしまう。
それを見たリリーナが頬を膨らませているのを、マーク達は笑みを浮かべながら眺めているのであった。
「……」
「どうかしたのか、フラン?」
「……いえ、別に。それより、いいんですか? 彼女の言う事がどこまで本当かもわからないのに……」
「ああ、それについては間違いないよ」
どこか憮然としたフランの指摘に、パントは気楽に答える。
フランはその自信に満ちた様子を見て、パントは西方三島を訪れる前から情報を得ていたのだろうと判断したが、その見解は半分正解といった所だろうか。
パントが間違いないと断言できたのは、その情報を語ったララムが信用できる人物だと知っていたからだ。
それもそのはず、彼女は西方三島に隠れたエトルリアの王子に仕えている、パントとも面識のある人物なのだから。
だから、パントが彼女の事を信じるのは何の問題もないのだが、ロイ達は別だ。
(トリアでもワグナーの企みに感づいていたようだし、今回も何か想うところがあったのかな?)
勘がいいのか、人を見る目があるのか……どちらにしろ、ロイが正しい選択をしたことに違いは無い。
そして、正しい選択ができる人物だからこそマークが助言し、パントも同行したいと思えたのだ。
「リキアよりいずる炎の子、か……」
「ニニアンの子に相応しい呼び名とは思えないがな」
「確かにそうだね」
パントの呟きに、マークは過剰な期待はするなと釘を刺すのであった。